戦姫絶唱シンフォギア ~歪鏡に選ばれた少女~   作:きおう屋

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 長らくお待たせしました。



EPISODE 11 「勇気の歌」

 辿り着いたコンビナート区画で建物の物陰に隠れた蛍は、額から流れ出る汗と口から漏れる荒い呼吸を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸を数度行った。慣れない潮の香りが肺いっぱいに広がるが、それでも深い呼吸を続ける。

 シンフォギアを身に纏っていない蛍は只の16歳の少女だ。幾ら訓練を積んでいるとはいえ、全速力で走ればこうなる。そしてそんな状態でまともな思考などできる筈もない。これから謎のシンフォギア装者を相手取って、限られた戦力で最低15分の遅滞戦闘を成功させなければならない蛍にとって、最も頼りになるのは自分の頭だ。手持ちの武器は万全の状態で運用するべきだろう。

 

「……やっぱり戦ってる」

 

 耳に届くのは、コンビナート中央区画から聞こえてくる何かが崩れるような音とノイズが発する不協和音、そして歌。未知のシンフォギア装者に関して半信半疑だった蛍であったが、戦闘音に混じって微かに聞こえる少女の歌を耳にして漸くその存在を確信する。戦場で歌を歌うなどシンフォギアを纏った者以外あり得ない。

 

「よし。行こう」

 

 呼吸を整えた蛍は、夜の闇に紛れて移動を開始する。此処からは更なる慎重を期さなければならない。二課の目が集中する戦場に身を投じるのだ。フィーネから隠密行動を義務付けられている以上、見つかる訳にはいかない。

 逸る気持ちを抑えてこそこそと建物の隙間を縫うように移動していた蛍だったが、少し開けた広場のような場所に差し掛かり足を止める。工場などの建物やコンテナが立ち並んだコンビナート区画の中にあるぽっかりと空いた空白地帯。

 身を隠しながらもノイズ達に細かい指示を送らなければならない以上どうしても目視での確認が不可欠となる。本来であれば、コンビナート区画という建物のジャングルを利用し、物陰からの奇襲を繰り返して敵の足を止めたいが、そこまで細かな指示を出す術が今の蛍にはない。コンビナートの地図すら手元になく、戦場の全体を見通すことも出来ない現状、その様なゲリラ戦術を取ることは出来ないだろう。

 であれば、フィーネの言に従い、対象にも分かりやすく包囲を完成させることで、時間を稼ぐことが有効だろう。視覚的にも分かるよう包囲を完成させれば、相手の戦意を削ぐことも可能かもしれない。その点、目の前の広場はうってつけだ。大きさも程よく、ざっと見渡す限りでは残存するノイズでも無理なく辺りを囲むことができるだろう。

 そう結論付けた蛍は、ソロモンの杖を通して、コンビナート区画に散らばるノイズ達に指示を送り始めた。

 

「来て」

 

 散らばったノイズ達を広場に集めると共に、ガングニールの装者の近くにいるノイズ達には彼女を広場に追い込む様に展開させていく。どうにも積極的な戦闘を行おうとしない彼女のことだ。恐らく逃げ込む形でこの広場にやってくる筈。

 そうなってしまえばもう此方のものだ。広場をノイズで封鎖し、翼の到着までズルズルと戦闘を続けさせてもらおう。

 

 歌が近づいてくる。

 

 先程までは距離がありはっきりとは聞き取れなかった甲高い少女の声が、蛍の耳に届く。その歌声に浮かぶのは、困惑。なんで、どうして、訳がわからない。そんな少女の心の声が歌にありありと現れている。

 

「……これが彼女の歌? こんな困惑に満ちた歌でシンフォギアが纏えるの?」

 

 覚悟もなく、戦う意思も感じない。けれど、そこには何かの想いがある筈だ。戸惑いなんて温い感情だけでシンフォギアが身に纏える訳がない。

 

「そんな此処にも!?」

 

 歌声が途絶え、代わりにその身に橙色のシンフォギアを見に纏った少女が驚愕に満ちた声と共に、ノイズに依る包囲が完了した広場へと駆け込んでくる。そして蛍は初めて謎の装者の姿を瞳に映した。肩程で切り揃えられ外側に跳ねるようなクセをもった色素の薄いブラウンの髪、見に纏ったシンフォギアと同色の瞳。見た目で年齢を計ることができないのは重々承知だが、それでも敢えて言うならば、昼間に会った三人娘と同じぐらいの年齢だろうか。あまり蛍と年齢に差はないかもしれない。

 少女が見に纏ったシンフォギアは細部こそ異なるものの、ヘッドギア、ボディスーツ、四肢に纏った機械装甲、そのどれもが奏が身に纏ったガングニールに似通っている。

 

 大きく違う点と言えば、その手に持ったものが槍型のアームドギアではなく、小さな幼女だという点だ。

 ノイズに怯えるその様子から恐らく一般人なのだろう。幼女――蛍とは違い恐らく本当に幼い――は、目に一杯の涙を溜めながら不安そうな顔で、自分を抱き抱える少女を見上げている。そんな幼女に向かって、ガングニールの少女が「大丈夫、大丈夫だから」と笑いかける。端から見れば、恐怖を押し殺した不恰好な少女の笑顔が、腕の中の幼女の為に取り繕った笑顔である事は一目瞭然だ。

 どうやらガングニールを纏った少女は、幼女を守りながら戦っているらしい。そしてそれならば、ノイズの殲滅スピードが遅かった事も少しは合点がいく。生身の幼女を抱えたままで、まともな戦闘ができる筈もない。

 アームドギアを展開しないのも、腕の中の幼女を慮っての事なのだろう。アームドギアを用いての全力戦闘を行えば、戦闘の余波だけで幼女の身体にどのような影響が出るか分かったものではない。

 その様子を見た蛍は、反射的に耳に手を当て通信機のスイッチを入れた。通信機の向こう側から微かに聞こえる音に、通信が繋がったことを確認してから、感情を押し殺した声を発した。

 

「一般人を連れているなんて聞いていないですよ、フィーネ」

『あら、ごめんね、蛍ちゃん。伝え忘れてたわ』

「……只でさえ状況は未だ不透明なんです。せめて判明している敵の情報ぐらいは正確に報告して貰いたいです」

『そんなに怒らないでってば。ほんのチョットど忘れしてただけじゃない』

 

 白々しいフィーネの台詞に、鳴りそうになった歯の根を何とか押し込める。ど忘れ? あのフィーネが? ありえない。意図的に伝えなかったに決まっている。

 フィーネは装者の姿を映像で確認したと言っていた。ならば、二課は既に装者の動きをトレースしてる筈で、櫻井了子として二課の情報を得ているフィーネが、幼女の存在を知らない訳がない。

 

『でも、別に戦闘には大して影響しないでしょう? と言うか、どちらかと言えば蛍ちゃんに有利よね?』

「それは……そうですが……」

『あの装者は、どうやら女の子を守りながら戦ってるみたいだし、それで動きが鈍っているなら都合が良いじゃない。こっちの目的はあくまでも翼ちゃんが来るまでの時間稼ぎ。相手が自ら力をセーブしてくれるなんてラッキーね。それとも、なーに、あんな小さい子にノイズを差し向けるのは気が引ける?』

 

 フィーネの此方を試すような声にドクンと心臓が跳ねる。蛍の迷いを見透かすように、フィーネが言う。蛍が撤退を渋った理由をフィーネはきっと察している。こういう時の彼女は神がかって蛍の心情を読んでくる。

 

「まさか」

 

 覚悟は既に決めたのだ。どんな事をしてでも、成し遂げたい想いが蛍にはある。立ち止まる事も、迷う事も、もう蛍には許されない。既に、蛍の手は赤く染まってしまったから。

 昼間に召喚したノイズで、少なくはない人数の人々を蛍は殺した。街中に散ったあの灰は 間違いなく蛍の手によって生み出されたものなのだから。コンビナート区画に到着するまでのあの光景に見ないふりをすることは許されない。きっと犠牲となった人々の中には、あの少女のような年端もいかない子供も含まれている筈だ。

 

 今更選んで殺すなんて、虫がよすぎる。

 

「……ノイズによる包囲は完了しました。遅滞戦闘に移ります。風鳴翼の到着までに後何分程かかりそうですか?」

『10分と言ったところかしら。今の所、周辺区域に不審な船やヘリなどは見当たらないけれど、どんな脱出経路を用意しているか分からないわ。最後まで油断しないようにねん』

「了解しました。保たせてみせます」

 

 蛍は手にしたソロモンの杖を握りしめて、物陰から広場の様子を伺う。コンビナート区画の夜間照明に仄かに照らされた広場では、ガングニールの少女が震える幼女を両手で抱きしめて、周りをぐるりと囲んだノイズ達に右往左往している。歌うことすら止めて、なんでもない風を装って腕の中の幼女を只管に励ますその姿は酷く痛ましい。

 その様子を見て、蛍はガングニールの少女が戦い慣れていないことを悟る。

 

「フィーネの予想は正しかったということでしょうか」

 

 彼女のガングニールがどういった特性を持った聖遺物であるかは分からないが、本来のシンフォギアのスペックであれば、こんな周囲をぐるりと囲っただけの薄い包囲網など一点突破することは造作もない。

 シンフォギアは素材となった聖遺物と装者の技量やバトルスタイルに合わせてその特性や装備を大きく変える。総数301,655,722種類ものロックが、系統的、段階的に限定解除され、装者が最も力を発揮しやすいように自動的に調整されるのだ。

 彼女の身に纏ったガングニールも、シンフォギアである以上その機能は搭載されている筈であり、少女の資質に合わせて最適な調整がなされ、何かしらの特徴がある筈である。

 蛍の神獣鏡であれば凶祓いによる防御不可能の破壊力。クリスのイチイバルであれば豊富な遠距離武器による圧倒的な殲滅力。翼の天羽々斬であれば卓越した近接戦闘技術から繰り出さられる正確無比な斬撃。

 そのどれもが一級品の武器であり、この場を満たす程度のノイズなど、歯牙にも掛けない強力無比な力だ。しかし、少女が身に纏ったガングニールからは、そういったオンリーワンの特徴は今の所見られない。

 それどころか今の少女からはシンフォギアの基本的な機能である身体能力の向上すら、その恩恵を使いこなしている様には見えない。幾ら人一人を抱えているのだとしても、シンフォギアを身に纏った今の彼女であれば、これだけ多くの大小様々な建造物があるのだから、もっと立体的な機動だって可能な筈だ。蛍はその可能性を考慮して大型のノイズを控えさせていたものの、この様子では杞憂だったのだろうか。

 これでは、まるで、今しがたシンフォギアを身に纏ったばかりの只の素人の様ではないか。

 

 どの程度戦えるのか確かめてみるべきでしょうか?

 

 少女の正体は未だに謎に包まれている。何故フィーネさえその存在を知らないシンフォギアを身に纏っているのか。どういった組織に所属しているのか。どのようなアームドギアを展開するのか。敵か味方かすら定かではないが、どちらにしろ現時点での彼女の力量を測ることは必要だろう。

 翼の到着まで時間を稼ぐならば、このままノイズによる包囲を続けることが最適ではある。しかし、それは人を襲う事に終始する単調な行動パターンをとるノイズには相応しくない行動だ。少女の姿が二課にモニターされている以上、ノイズに露骨な組織だった行動を取らせ二課に余計な不信感を抱かせるのは得策ではない。適度な攻撃は必要だ。

 

「ごめんなさい」

 

 名前も知らない少女とその腕に抱かれた幼女に、通信機が音を拾わないよう声を潜めて、蛍はただ一言謝罪する。

 酷く身勝手であることは分かっている。しかし、それでも、その言葉は蛍の口をついて出た。

 

 

◇◇◇

 

 

 目の前の光景に、立花響の胸中は困惑の只中にあった。学校の成績が芳しくない響でも知っている特異災害ノイズ。色も形も大きささえもバラバラではあるものの、自身の周りをぐるりと囲むこの異形の者たちは、間違いなくノイズだった。

 ノイズは触れた人を炭素へと変える。大人も子供も男も女も関係なく、ノイズはその身を道連れに人を炭へと変換する。どんな防御手段を用いてもそれを防ぐことはできない。だから、運悪くノイズに遭遇してしまったら逃げる以外に選択肢はない。

 

 人はノイズに勝てない。それがこの世界の常識だ。

 

 だが、響の右腕は、そのノイズを打ち砕いた。触れれば体が炭と変わるしかない筈のノイズを打ち砕いたのだ。身に纏った橙色の機械的な鎧は、響に超常の力を与えた。歌を歌う度に、体の奥から力が溢れてくる。

 それ程力を込めずに踏み抜いた足は硬いコンクリートの地面を砕き、響の身体はふわりと体が宙を舞った。

 

「わっ! わわっ! おおうっ!」

「お、お姉ちゃん!」

 

 腕に抱えた少女が響の腰に回した手に力を込める。その様子を見た響は、空中でなんとか姿勢を保ちながら、目の前に迫るノイズの攻撃への恐怖を押し殺して、努めて明るい声を出す。

 

「平気へっちゃら! お姉ちゃんに任せなさい!」

 

 眼前に迫ったノイズは、その体を細く変形させて体当たりしてくる。それに対して響が行った行動はまさかの迎撃だった。

 間違ってもノイズが少女に触れないよう、両手でしっかりと少女の体を抱きながら、響は遮二無二に右足を振り抜いた。空中で碌にバランスを取れず、本来であれば十全な威力を発揮できない筈のその右足は、迫り来るノイズの体を粉々に打ち砕いた。

 砕かれたノイズの体が炭へと変わり、潮風に吹かれ散ってゆく。橙色の両眼にその光景をしっかりと捉えながら地面に着地する。ビル3階分は有ろうかという高さから着地したにも関わらず、その際に感じた衝撃は驚く程に微々たるものだ。

 先程の跳躍といい、ノイズを砕くこの力といい、今の響の身体能力はあまりにも人間離れしている。最近できた友人の言葉を借りれば、「アニメじゃないんだから!」というやつだ。

 

「お姉ちゃん! 前! 前!」

 

 少女の言葉に視線を上げれば、3体のノイズが先程と同じように身体を細く槍のような形状に変化させながら、響達を貫かんと殺到している。

 

「うわっ! ひぃ! ぎゃー!」

 

 避けないと――そう頭で考える前に、体が反応した。少女を腕に抱えて、飛び込むように横へと跳ねる。数秒前まで響達が居た場所にノイズが突き刺さり、轟音と共にコンクリートの地面が砕けた。

 右手で地面を押して、空中で一回転。まるでテレビで見る体操選手のような動きで体勢を立て直し、地面に着地した響は、ノイズの着弾地点を見る。活動限界だったのか3体のノイズは、その体を炭へと変え、ボロボロと崩壊していった。

 少女の手前、なるべく怯えを顔に出さないよう努めているが、響の心は未だにノイズの恐怖に震えている。それでも体が動いてくれる。

 まるで、自分の体ではないように、力強く、それでいて軽やかに。

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 もう少しだッ!

 

 昼に響がノイズに遭遇してから、かなりの時間が経過している。日はすっかり落ち、空には満天の星空がある。先程のノイズが活動限界で炭になったのだとすれば、他のノイズに残された時間もそう多くはない筈だ。

 ノイズに囲まれ、孤立無援という絶望の真っ只中に、小さく細い希望という光が生まれる。

 幾ら自分が身に纏ったこの鎧が、ノイズに対抗できるのだとしても、辺りを囲んだノイズ全てを倒せるとは響も考えてない。

 響にとって、大切なのはノイズを倒すことではない。腕の中の少女と共に生き延びることだ。

 生き延びる為の希望が生まれ、響の心に少しの余裕が生まれる。

 

 それがいけなかった。その心の弛緩は、明確な隙となる。

 

 その場に居たのが、蛍やクリス、翼のように訓練を受け戦士としての心構えを身につけた者であれば、決して気を抜くことはしなかった。

 だが、響は只の15歳の少女だ。過去にノイズに襲われ、生き残った経験があったとしても、立花響は戦場(いくさば)に身を置く戦士ではなく、普通の女子高生だ。

 だから、背後から迫るノイズの一撃に、響が反応出来ないのは、至極当然のことだった。

 

「かはっ!!」

 

 肺の中の空気が全て吐き出される程の衝撃と共に、響は訳も分からず吹き飛ばされた。それでも、腕の中の少女を手放さず、庇うように両手で抱え込んだのは響が響たる所以だろうか。

 

「あ、ぐっ……痛っ……」

 

 まともな受け身も取れずに、地面を転がった。至る所を地面にぶつけたが、身に纏った鎧の効果か痛みは思ったよりも少ない。只、それでも、ノイズに穿たれた背中からは、鈍い痛みが伝わってくる。

 

「お、お姉ちゃん……」

「平気、へっちゃ――ッ!!」

 

 腕の中で怯える少女に笑顔を返そうとした響だったが、頭上から迫り来る気配を感じ取り、形振り構わず身体を宙へと投げ出した。

 その直後、衝撃と砕かれたコンクリートの欠片が、腕の中の少女を守るために晒した響の背中へと襲いかかった。

 

「がっ……!」

 

 痛みから溢れそうになる涙を必死に堪えた響の瞳が映したのは、緑色をした見上げるほどに巨大な人型のノイズだ。両腕の先から生えた巨大な鋏は、直前まで響がいた地面に振り下ろされ、大きなクレーターを生み出している。

 甘かった。たった数瞬油断しただけで、先程まで感じていた希望が吹き飛んだ。

 相手は、人類の天敵だ。過去、世界中の多くの人々を炭へと変えてきた正真正銘の化け物だ。そんな化け物を相手に、一瞬でも気を抜くなんて愚行を響はしてしまった。

 そして、頭の片隅で考えてしまった。本当に逃げ切れるのか、と。

 頭の中でぽつりと湧いた疑問は、瞬く間に響の心に広がり、暗い影を落とした。努めて忘れていた感情が――恐怖が、響の足元に這いよってくる。

 手足が竦み、歯の根が鳴り始める。頭の中は真っ白で、恐怖という感情だけが響の胸中を満たしていた。

 

 ぐちゃぐちゃになりそうだった心を鎮めてくれたのは、腕の中の温もりだった。

 

 響の腕の中で、少女は顔を青褪めながら、小さな身体を震わせている。そのことに、ふと、気付いた。

 響は、今、一人ではない。助けなければならない人がいる。

 胸に火が灯る。体の奥から力が湧いてくる。

 諦めるなんて、立花響らしくない。そう、らしくないのだ。

 

『生きるのを諦めるなッッ!!』

 

 瞳に焼き付いた彼女の姿を思い出す。赤い羽毛のような髪をたなびかせ、閃光のようにノイズを屠った彼女は、響に諦めない意思を教えてくれた。どんな状況でも生きることを諦めない意思を、響はあの時確かに彼女から受け取ったのだ。

 だから、まだ、がんばれる。まだ、立ち上がれる。彼女から貰った諦めない意思が、挫けそうになった心を支えてくれる。

 あの日、生き残った自分は、あの人の代わりに、もっと沢山の人を助けなければならない。こんなところで、膝をつくなんて許される筈がない。

 「へいき……へっちゃら……」といつの間にか、口癖になった言葉を、震える唇で無理矢理呟く。響が辛く苦しい時にいつも支えてくれた魔法の言葉を。少女に聴かせる為に、そして、なにより自分自身に言い聞かせる為に。

 目の前に立ちふさがる巨大ノイズを睨みつけながら、響は四肢に力を入れて立ち上がる。背中から伝わる痛みに泣きそうになるも、奥歯を食いしばって耐えた。

 これから先は、もう一瞬足りとも気は抜かない。余計なことは考えない。生き残ることに全力を尽くす。

 

 ――私には、まだ出来ることがある。

 

 難しいことは分からない。身に纏ったこの鎧はなんなのか。なぜノイズが必要に自分たちを追いかけてくるのか。なぜノイズに触れたこの体が無事なのか。

 なぜ、なぜ、なぜ。分からないことだらけだ。

 けれど、分かっていることもある。

 抱えた腕から温もりが伝わってくる。此処に震えている子がいる。泣いている子がいる。助けを求めている子がいる。

 理由なんてそれだけでいい。難しいことなんて、意識の外に追いだせ。そんなことは後で考えればいい。後先考えるなんてらしくない。

 

 あの日、あの時、あの場所で、彼女に命を救ってもらった。生きる為の指針をもらった。

 それは、無理でも、無茶でも、無謀でも、貫き通さなきゃいけない立花響の根っこだ。

 生きることを諦めない。それが立花響の生き方だ。

 困っている人がいたら助ける。それが立花響の在り方だ。

 

 だから――

 

 ――私がこの子を守らなくちゃいけない!!

 

 

◇◇◇

 

 

 思ったよりも戦える。それがガングニールの装者の戦闘をこの目で見た蛍の感想だった。

 確かに体捌きはなっちゃいないし、些細なことで油断し戦場での心構えも身についているとは言い難い。だが、それでも、度重なるノイズの攻撃を避け、時には迎撃し、既に10分近く腕の中の幼女を守り切っている。戦闘訓練を受けていない素人だと考えれば、充分すぎる程の働きだろう。

 蛍は、あの装者が殆ど戦闘訓練を受けていない素人だという確信を得ていた。もしかすると、これが初めての実戦なのかもしれない。アームドギアに関しても、出さないのではなく、出せないのではないかとすら考えている。

 果たして、シンフォギア装者でありながら戦闘訓練を受けていないなんて馬鹿げたことが、本当にあるかどうかこの際おいておく。百聞は一見にしかずとはよく言うが、蛍は自分がこの目で見た情報を信じることにした。

 彼女の力量に関してはほぼ把握した。もし敵対することになったとしても、蛍とクリスの脅威には成り得ない。フィーネの計画が始動するまでもう間もなくだ。筋は悪くないが、彼女がどんなに努力したところで、計画始動までに蛍やクリスの力量に彼女が追いつくことはないだろう。

 それさえ分かれば今は十分だ。彼女の所属する組織や背後関係などの面倒な事柄は、二課に任せてしまえばいいのだ。情報が不足している現状でどれだけ頭を悩ませたところで、答えが出るものでもない。シンフォギアの情報流出元としてフィーネがまず間違いなく疑われるだろうが、彼女であればのらりくらりとやり過ごすだろう。その程度には、蛍はフィーネのことを信用していた。

 

 彼女の歌が聴こえる。最初に聴こえた困惑に満ちた歌声ではない。それは、自分を鼓舞し、迫り来る脅威に抗おうとする拙いながらも力強い歌だ。

 

 戸惑いも恐怖も消えたわけではない。歌声の節々に、そういった感情が見え隠れしている。腕の中の幼女を不安にさせないよう必死に押さえつけている。

 戦う意思も覚悟も足りない。歌唱技術が特別優れている訳でもなければ、歌うことを楽しんでいるわけでもない。

 だというのに、蛍は彼女の歌に惹かれていた。もっと聞いていたいとすら感じた。今まで聴いたどの装者の歌とも異なる彼女の歌は、拙いながらも心に響く、そんな歌だった。

 初めはガングニールが、何故彼女の歌に応えたのか分からなかった。だが、今なら分かる。ガングニールは彼女の「勇気」に応えたのだ。

 装者の歌う歌は心象風景の発露。歌を聞けば、装者の人となりはある程度分かるものだ。まっすぐで明るい正義感の強い娘。それが、蛍の感じた少女の人となりだった。

 そんなことを考えていた蛍だったが、彼女の歌とは違う荒々しい音を耳が捉え、意識を戦場へと戻す。けたたましいエンジン音を響かせて、一台のバイクがノイズの包囲を強引に食い破った。

 そのバイクに跨った人物を見て、蛍は漸く自分の仕事が終わったことを知る。ノイズの活動時間的にも、ギリギリのタイミングだ。辺りに所属不明のヘリや船といった不審な輸送機も見られない。

 

「満を持してのご登場。流石とでも言いましょうか。漸く肩の荷が下りそうです」

 

 2年前のライブ会場での戦闘映像を見た限りでは、もっと慎重な気質だと思っていたのだが、この2年で性格が変わったのだろうか。天羽奏という片翼を失ったのだから、それも仕方のないことかもしれない。蛍も、もしクリスを失ったらと考えると、今までの自分でいられる自信はない。

 ワンサイドアップに纏められた腰近くまで伸びた青い髪をたなびかせバイクを駆るその姿は、まるで一振りの刀のように美しい。薄く紫がかった青い瞳は険しく細められ、眼前のノイズと、そしてそのノイズと戦うガングニールの装者を睨みつけている。

 

「幾らガングニールのバリアコーティングが働いてるからって随分と無茶をしますね」

 

 ガングニールの装者が抱える幼女を見て一瞬で状況を把握したのか、彼女はバイクのスピードを更に上げガングニールの装者の隣を通り過ぎる。そしてそのままバイクを乗り捨て、空へと飛び立った。それはまるで舞い散る羽根のように。

 

Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 第一号聖遺物「天羽々斬(アメノハバキリ)」のシンフォギア装者――風鳴翼の聖詠が、ノイズに満ちたコンビナート区画の空に凛と響き渡った。

 




 蛍が操作しているせいもあって、響が原作よりも若干苦戦してます。
 只、その分、響の成長が早まるフラグがたった気がしますが多分気のせいです。

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