戦姫絶唱シンフォギア ~歪鏡に選ばれた少女~   作:きおう屋

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 唐突な未来さん回です。
 難産だった上に、全然話が進まない……何故だ……。

 追記:感想欄で指摘を受け未来の幼馴染設定を中学校→小学校に修正


EPISODE 18 「陽だまりと太陽」

 小日向未来にとって立花響は一番の親友だ。未来が響と出会ったのは9年前。小学校に入学して、同じクラスになり、直ぐに仲良くなった。切欠は特にない。気が付けば、いつも一緒にいた。しいて言うならば、彼女の側は心地良かった。底抜けに明るくて、彼女が笑えばいつの間にか周囲も笑顔になる。そんな太陽のような人。響はよく未来の事を陽だまりだと評してくれるが、そんな陽だまりをいつも照らしてくれるのは、彼女という太陽だった。

 

 だが、未来はそんな太陽を陰らせてしまった。

 

 2年前、未来が響と出会って7年目、中学校に入学してから迎える最初の冬。響は大怪我を負って長い入院生活を余儀なくされた。未来の所為だった。あの日、未来が響をツヴァイウイングのライブに誘わなければ、盛岡の叔母の所になど行かなければ、あんな事にはならなかったのに。

 ノイズによる襲撃。12874人という多くの人が犠牲になったあのライブでの惨劇は、日本におけるノイズの被害としては過去最大のものであり、連日テレビや新聞で取り上げられた。未来はその報せを初めて知らされた時、自分の足元がガラガラと音を立てて崩れ落ちた気がした。震える手で携帯電話を手にして、何度も何度も響の携帯電話にコールした。けれど、繋がらなかった。今朝にはきちんと繋がり、彼女の声を届けてくれた携帯電話は、無機質なコール音を響かせるばかりだった。響の家にも電話をかけてみたが、それも繋がらない。未来は両親の反対を押し切り、事件があった次の日には1人電車で響の家へと向かった。居ても立っても居られなかった。

 響の家には、彼女の祖母が居た。普段はとても優しい響の祖母が、今にも泣きそうな顔をしているのを見て、未来は目の前が真っ暗になった。滲んだ視界と震える声で、「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返す未来に、彼女は「未来ちゃんの所為じゃないわよ」と抱きしめて宥めてくれた。

 響は生きている。嘆くばかりの未来を、響の祖母はそう言って宥めてくれた。響の生存を知り、嬉しさからまた涙が溢れた。しかし、謗られ罵られても仕方ない事をした未来に優しい言葉を掛けてくれた彼女に響の姿を重ねて、未来の嘆きと後悔は更に深まった。

 響の容態が安定し、面会謝絶の文字が病室から剥がされたその日に未来は響を見舞った。病室でベットに寝かされた響を見て視界が滲んだ。驚く彼女の事を他所に、未来はあの日の事を謝った。謝って許される様な事ではない。未来がライブに誘わなければ、響を一人にしなければ、彼女が傷を負うことなどなかったのかもしれないのだから。全て、未来の責任だった。怒って欲しかった。蔑んで欲しかった。罵って欲しかった。未来を罰して欲しかった。けれど、響は、いつもの様に、明るく、太陽の様に微笑んだのだ。

 

「未来の責任じゃないよ。こんな事で未来を嫌いになったりなんてしない。小日向未来は、今までもこれからも、ずーっと私にとっての陽だまりだよ!」

 

 その言葉を聞いて、未来は恥も外聞もなく彼女の病室で大泣きした。陽だまりだと――友達だと響が言ってくれた。たったそれだけの事なのに、その時の未来には、それが何より尊いものに思えて、声をあげて響に泣きついた。その時、決めたのだ。これから先、何があっても、この子の側に居ようと。罪の意識でもなければ、責任感でもない。そんな後ろめたいものではなく、立花響という一人の少女の存在が、眩しくて、暖かくて。

 

 響の言葉で漸く落ち着きを取り戻すと、泣き喚いていた自分が恥ずかしくなり、それを誤魔化す為にお見舞いの品を差し出した。普段であれば、花より団子の響であるから、お見舞いの品は果物にしたと言えば、プリプリと怒りながらも「流石未来は私の事をよく分かってるぅ!」と笑ったので、未来は瞳を拭って笑って見せた。

 

 その日から、未来はずっと響の側に居続けた。響が苦しいリハビリに励んでいる時も、退院して学校に彼女の居場所がなくなった時も、近所の人々が彼女の家族に対し腫れ物を扱う様に接し始めた時も、あの惨劇で亡くなった人々の遺族が響を口汚く罵り彼女の家に石を投げ込んだ時も、彼女の父親が響を置いて逃げ出した時も。

 何時だって、何処だって、小日向未来は、立花響の陽だまりであり続けた。それがあの病室で決めた小日向未来の在り方で、生き方だったから。

 

 健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しい時も、響を愛し、響を敬い、響を慰め、響を助け、この命ある限り、真心を尽くす。

 

 まるで、結婚式の誓いの言葉。けれど、其処に迷いもなければ恥じらいもない。小日向未来にとって立花響は太陽で。そんな彼女が、未来の事を陽だまりだと呼ぶのだ。響の側にいる事が、未来の当たり前になり、日常になった。

 

 あの事件の後、響は人助けに力を注いでいた。元々、響は誰かと競い合う事が得意ではなく、自分の事を平凡だと卑下することが時々あった。その度に、そんな事はないと、未来は声を大にして反論したが、響は「未来は優しいなぁ」と微笑むばかりだった。

 勉強もスポーツもそれ程得意ではない響が、誰かと競い合うことなく出来ること。それが人助け。響のたった一つの趣味。別に競い合う必要のないことなんて、人助け以外にも沢山ある。だと言うのに、何故人助けなのかと、一度だけ聞いたことがある。未来の疑問に響は、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ポツリポツリとその理由を語ってくれた。

 

「あの日、私はある人に救ってもらったの。命を賭けて、見ず知らずの私を助けてくれた。あのライブ会場でその人だけじゃなくて、他にも沢山の人が亡くなった。でも、私は生き残って、今日もこうして笑ったり、ご飯を食べたり、未来と過ごせてる。だから、せめて、誰かの役に立ちたいんだ。明日にまた、笑ったり、ご飯を食べたり、大事な誰かと過ごしたいから――人助けをしたいんだ」

 

 そんな事を言われては、未来は何も言えなくなってしまった。未来もまた、響に救ってもらった一人だったから。それからは、響自身の身を顧みない余りにも行き過ぎた行動こそ咎めたものの、基本的には響の人助けを特に止めなくなった。それは決して、咎めるべきものではなく、その無償の献身は彼女の美徳なのだと気付いたから。他者はそれを偽善と呼ぶのかもしれないけれど、少なくとも一人、その偽善に救われた人がいる。そこに真贋は関係ない。残るのは、響によって救われた人は確かにいるという純然たる事実のみ。だったら、それはきっと正義だろうが、偽善だろうが、尊ぶべきものだ。それを否定することなんて、誰にもさせない。未来がそれを許さない。有象無象が立花響を否定をしようとも、小日向未来は立花響を肯定し続ける。

 

 人助けと言って、平気で授業に遅刻する少し抜けた部分のある響を甲斐甲斐しくサポートする様になった。未来が部活の記録に伸び悩んだ時には、自分の事の様に悩んでくれた響の事を愛しく思った。響が、響らしくある事が、未来の何よりの喜びだった。

 順風満帆とは言えず、辛く悲しいことも多々あったが、それでも共に青春を謳歌した中学を卒業し、地元を離れて県外の高校に進学した。

 

 当然、進学先は一緒である。私立リディアン音楽院。設立こそ10年前と確固とした歴史こそないものの、海を臨むその真新しい校舎は美しく、最新の設備を整えた学校だと全国的に有名な音楽学校だ。基本的には小中高の一貫教育を掲げているが、中等科、高等科への切り替え時に外部の生徒を募集する。響と2人でその外部進学枠に滑り込んだ。

 この学園を選んだのは、未来ではなく響だ。確かに響は歌う事が好きだったが、声楽を詳しく学んでいる訳でもなく、未来の様に過去に楽器――未来の場合はピアノである――を学んでいた訳でもない。加えてリディアンは特に音楽教育に力を注いでおり、一般高校の様に普通科や商業科といった一般教科ではなく、声楽科やピアノ科、ヴァイオリン科といった音楽の専門的な知識を学ぶ意味合いの強い学校だった。言ってしまえば、将来的に音大を志す様な女子達が通う学園なのだ。

 そんな学校に何故と問えば、響は「翼さんが通っているの!」と目を輝かせて答えた事を覚えている。確かに響はあのライブ以降、風鳴翼の――もっと言えばツヴァイウイングの――熱狂的なファンになった。あんな出来事があったのにも関わらず、響は彼女達の歌をいたく気に入っており、新曲が発売されるとなれば発売日に店頭に赴き、ダウンロード販売が全盛のこのご時勢に特典目当てでCDを買う程だ。

 であれば、翼が在籍するタレントコースに通うのかと問えば、両手をアワアワと振りながら「わ、私が芸能人になんてなれる訳ないよ!」と顔を赤くするのだ。もしも、響がタレントコースを志すと言うのであれば、全力でサポートする心算であったが、響の答えにほっとすると共に、煌びやかな衣装に身を包んだ響を想像して少しばかり残念に思った事は一生の秘密だ。

 響が行くというのであれば、未来は何処にだってついて行くつもりだった。これでは翼に憧れて学校を選んだ響と大差ないなと自嘲したことは今でも覚えている。

 

 響から大まかな概要こそ伝えられたものの、自分も通うとなれば、更に詳しい情報が必要だと、パンフレットを取り寄せ、学校のホームページを熟読した。その過程で、響がリディアンを選んだ本当の理由を知った。

 

 リディアンは学費がとても安い。普通の私立高校とは比べるまでもなく、公立高校と比べてもかなり安いというのだから驚きである。加えて、遠方の学生には家賃無料の学生寮まで完備しており、至れり尽くせりだった。

 響の家は、決して裕福ではない。その家計状況ははっきりと言ってしまえば、貧乏とも呼べるものだった。元々がそうであった訳ではない。それもやはり、あの惨劇が原因だった。響の手術代や入院費用は莫大であり、それはノイズ被害者に配給される政府からの補償金が出たとしても、一般家庭には重い負担だった。加えて、立花家の稼ぎ頭であった響の父である洸が、家族を捨て失踪したことも大きく影響していた。今では、響の母が土日を問わずに働き家計を支えている。響は確かに天然で抜けた部分もあるが、決して馬鹿ではない。自分の家の家計が厳しいことだって、彼女は理解していた。翼と同じ学校に通いたいという気持ちが嘘だとは言わないが、恐らく響にとって、リディアンを志した理由は学費の安さが大部分を占めている。

 それを口にしなかったのは、多分、響の優しさだ。未だ未来があの日の責任を感じている事に響は気付いているのだろう。口にすれば、未来が気にすると分かっているから、あえて翼の事を理由としてあげたのだ。そんな響の気遣いに胸が熱くなり、絶対に彼女について行こうと決意を新たにした。

 同じ寮に入り、ルームメイトとして響と2人での共同生活はまるで夢の様な生活だった。食事も、お風呂も、ベッドも全てが、響と一緒の生活。親に無理を押し通して、リディアンに入学した甲斐があったというものだ。

 

 しかし、そんな響との生活は長くは続かなかった。リディアンに入学して、漸く生活にも慣れ始めた時分――リディアンの近郊にノイズが頻繁に現れる様になった頃から、突然響の様子がおかしくなった。

 

 朝はいつの間にかベッドから抜け出し、帰宅は寮の門限を過ぎてからなんて事を繰り返した。授業も頻繁に抜け出し、放課後の友人との付き合いも悪くなった。

 誰かと畏まった口調で、頻繁に電話で連絡を取り合っていたから、初めはバイトでも始めたのかと思った。響の家庭事情を考えれば、バイトをしてお金を稼ぎたいという気持ちは理解できた。しかし、リディアンでは基本的にバイトは校則で禁止されていたから、もし、本当にバイトを始めたのだとすれば、きちんと学校側に事情を説明し許可を貰うべきだと言うつもりだった。だが、よくよく観察して見れば、どうにもそうではないらしい。

 次に思い描いたのは、自分でもどうかと思うが、万が一、いや億が一、いや那由多の彼方にミジンコレベルで存在する程度の確率ではあるが、響に――彼氏が出来た、とか。リディアンは女子校で、響は寮生活であるし、未来も常々目を光らせているので、男子との出会いなど皆無である筈だが、響は世界一可愛らしいし、もしかして、もしかするとという可能性も捨て切れなかった。だが、朝昼晩と引っ切り無しに呼び出す男などきっと碌でもないに違いない。少しばかりお話しなければならないだろう。とはいえ、響がオシャレに気を使い始めるだとかそういった兆候は見られないので、恐らくこの可能性もない。

 

 色々と悩み一ヶ月程が過ぎた。そして今日、私はその理由を知った。

 

 まるでアニメやマンガに出てくる様な銀色の鎧を身に纏った少女と対峙する響は、少女のそれと比べて何処か機械的なパーツが四肢に散在する橙色のスーツを身に纏っている。

 これは果たして現実なのだろうか。風鳴翼の病室で、彼女と響が楽しげに会話をしていたことのショックを引き摺り、荒唐無稽な幻を見ているのではないかと頬をつねってみるも、伝わってくる確かな痛みが、これは現実だと未来の疑心を揺さぶった。

 響が道路脇の林へと姿を消し、少女も響を追いかけ姿を消す。続いて、林の中から響くのは断続的な破壊音。

 先程まで響が立っていた場所に目を向ければ、コンクリートの地面を無理矢理に抉り取ったかの様な一筋の跡。その脇に、響の携帯電話が落ちている。駆け足でそれを拾い上げ、ディスプレイを覗き込めば通話中の文字。表示された連絡先は「特異災害対策機動部ニ課」という見慣れない文字。スピーカーから微かに漏れ聞こえる誰かの声に、未来は震える手で携帯電話を耳に添わせた。

 

『響ちゃん、交戦に入りました。現在、市街地を避けて移動中』

『そのままトレースをしつつ、映像記録を照会! 絶対に見失うなよ!』

 

 聞きなれない女性と男性の声が、訳の分からない事をずっと喋り続けている。その内容は、重要ではない。未来の耳に届いたのは、「響ちゃん」という親友の名前だけだ。やはりあれは響なのだ。他人の空似でもなければ、未来の空想でもない。立花響という世界で一番大切な未来の親友が此処に居た。

 

「……響。やっぱりあれは響なんだ」

『これは響ちゃんの携帯から? 司令、付近に一般人が! 貴女、そこを動かないで! 直ぐに救助――』

 

 スピーカーから聞こえる若い女性の声を最後まで聞かずに携帯電話を閉じて、ポケットに仕舞い込む。

 足は自然と、未だ鳴り止まない破壊の音へと向いていた。舗装されたコンクリートの地面を蹴り、草木が生い茂る雑木林へと駆け出した。危険なんて百も承知だ。だが、響が彼処にいる。ならば危険は、未来が足を止める理由にはなり得ない。

 誰かと争うなんて、響が最も厭う事を何故彼女がしているのか。あんな響を未来は知らない。ずっと側にいたのに、彼女があんな事をしているなんて未来は思ってもみなかった。

 

 恐い。響が遠くに行ってしまう。嫌だ。私を置いて行かないで。

 

 空気を震わせる鋭い音と、それにより引き起こされたであろう破壊の爪痕を道標として、未来は林の中を駆けていく。ローファーが走り辛くて仕方がない。陸上競技用の運動靴をこんなに恋しいと思ったことは初めてだった。生え茂った草と地面から顔を覗かせる木の根に何度も足を盗られそうになる。まだ一ヶ月程度しか着ていない新品同然だったリディアンの制服は、枝に引っ掛けたのか所々が解れ、葉っぱ塗れの無惨な姿になっている。手入れを欠かしていないローファーは土に塗れ、光沢を失っている。だが、未来はそんな自分の姿を気にも留めなかった。未来の心の内にあるのは、響を遠くに感じる恐怖心。響が自分の知らない何処か遠くへ行ってしまうという強迫観念にも似た思いが、焦燥の念へと転じて未来の身体を突き動かす。

 

「はぁ……はぁ……響……響!」

 

 いつの間にか、破壊音が止んでいる。まさか響の身に何かあったのではとは、更なる焦りが未来の胸中を焦がし荒ぶらせた。

 なぎ倒された木々と引き裂かれた地面を頼りに足を動かしていると、誰かの声が聞こえた。その声に導かれる様に進めば、其処には先程の様に向かい合って対峙する響と少女の姿があった。

 

「話し合おうよ! 私達は、戦っちゃいけないんだ! ノイズと違って私達は人間なんだよ! 言葉を紡げる! 話し合える! そうして交わした言葉は、きっと誰か(貴女)に届くから!」

 

 真っ直ぐに少女の瞳を見つめて、響は言葉を紡ぐ。それは疑うまでもなく、立花響の本気の想い。その言葉を聞いて、未来は自分の思い違いを恥じた。響は変わってなどいなかった。他者を思い遣り、優しく強い、決して諦めない強い貴女。あの惨劇の後、周りにどれだけ虐げられても変わることのなかった立花響の在り方は今も枯れずに、彼女の心を形作っている。

 少女の名を知り――響も初めて知ったらしい――浮かれた声を上げる響。そのはしゃぎっぷりに少しばかり胸がモヤモヤするのを感じるものの、今は胸の取っ掛かりが取れた安堵に浸りたかった。

 何故そんなアニメみたいな服装をして、こんなとんでもない事態に巻き込まれているのかだとか、特異災害対策機動部ニ課とは何なのかだとか、風鳴翼や銀色の鎧を身に纏った少女とはどういった関係なのかだとか、勿論後々問いたださなければならない事は多いが、多分どんな理由だろうと未来は受け入れるのだろう。例えどんな姿をしていようとも響は響であり、彼女が彼女らしくいてくれるならば、未来はそれで十分だった。

 

 だからこそ、続くクリスの鋭い声を未来が受け入れるなど到底無理な話だった。

 

 クリス曰く、人間は分かり合えない。この世界は理不尽で、人は誰かと手を取り合うのではなく、誰かと争いあう事を運命付けられている。強者が弱者を虐げ、信じた人には裏切られて、善人ばかりが馬鹿を見る。世界は変わらず、昔からそうあり続けている。

 確かにそうだ。人の歴史は争いの歴史と良く揶揄される様に、遥か昔から人は愚かな争いをずっと続けてきた。けれど、それは果たして人と人が分かり合えないという事とイコールなのか。否、断じて否だ。

 だって、それを認めてしまったら、今までの響を否定する事になる。誰かの為にと人助けに精を出し、何でもない日常の尊さを誰よりも知っている響が間違っていたとは未来にはどうしても思えない。少なくとも、そうして未来は響に救われ、彼女の手を握ったのだから。

 

「響!!」

「未来!? 何で此処に!?」

「聴きたいのはこっちよ! 後できっちり全部聴かせてもらうから覚悟しておきなさい!」

「ひぅ! 未来が怒ってる!?」

「当たり前でしょ! 響、あの子の言葉に飲まれかけてたでしょ? そんなに簡単にあの子の言葉を信じてどうするの!」

「ご、ごめんない!」

 

 クリスが響に差し出した手を遮る様に、未来は両手を広げて2人の間に飛び出した。驚く響を他所に、いきなり現れた未来を警戒するクリスと向き合う。

 

「お前……誰だ。二課の連中の仲間か? いや、それにしちゃ若過ぎる。それにその制服、リディアンの生徒か」

「そうよ。私は小日向未来。立花響の親友よ。ニ課って人達は知らない。私は、響や貴女みたいな特別な力なんて持ってない。只の一般人よ」

「……で? その一般人とやらが、戦場にのこのこと出てきて、一体何の用だ」

「一つは、今にも貴女の手を握り返しそうになっていた私の親友を止める為。もう一つは、少し前から貴女と響の会話を聞いていて、どうしても言いたい事があるから出てきたの」

「生まれたばっかりの子鹿みたいな足で、随分と大層な事を言うじゃねぇか。……良いぜ。聴いてやる。テメエがそうまでして、言いたい事ってやつをな」

 

 クリスの言う通りだ。未来の足はプルプルと震えて、正直、立っているだけで精一杯だ。目の前の少女が怖い。クリスが身に纏った銀色の鎧、その肩から伸びる刺々しい鞭は、未来の身体よりも太い木々を軽々なぎ倒し、固いコンクリートの地面を抉り取った。もし、アレが自分に向けて振るわれたらと考えるだけで背筋が震え、額に大量の嫌な汗が浮かび上がる。

 それでもこの恐怖に屈する訳にはいかない。背中からは「未来……」と驚きと不安と心配がごちゃ混ぜになった親友の声が聴こえる。彼女の存在が未来に恐怖に立ち向かう勇気をくれる。

 だから、伝えよう。目の前の少女にこの胸の想いを届けよう。彼女の様に。立花響は小日向未来にとっての太陽で、小日向未来は立花響に照らされた陽だまりなのだから。

 

「私は響を信じてる!!!!」

 

 人は人を完全に信じることが出来ない。それは当たり前の事だ。だって、分かり合いたいと願う誰かはどうしたって自分とは別の人間なのだから。考え方も違えば、趣味嗜好だって違う。完全に一緒な人間なんてこの世には存在しない。そんな人間を完全に信頼するなんて、土台無理な話だ。未来だって響の全てを理解している訳ではないし、それは響にも言える話で、響だって未来の全てを知っている訳ではない。お互いに隠し事だってあるし、嘘を吐く事もある。

 他人を完全に理解できるなんて考えこそが傲慢なのだ。それは出来なくて当たり前の事で、でも、だからこそ、未来も響も相手を思い遣る事が出来る。理解出来ないからこそ、相手の事を考える努力をして、お互いを尊重し、手を取り合い、笑い合える。そうやって相手を理解しようとする自分を信じるのだ。

 この暖かさは、相手を思い遣ってこそ生まれたものだ。手を繋いで、笑い合って紡いだ未来と響の掛け替えのない絆だ。

 

「確かに、不安になる事もあるし、喧嘩をした事だって一度やニ度じゃない。けど、その度に私と響はお互いの手を取り合った。最後には笑い合えた。その時に感じた暖かさは心地良かった。例えお互いを完全に理解し合えなくても、人はそんな優しい気持ちを胸に抱く事が出来る。だから、私はこの胸の想いを信じるの!」

 

 拳を握り込んで、前を向く。堂々と真っ直ぐに。言葉を紡ぐ。

 

「世界は貴女が思っている程、冷たくもなければ、理不尽でもない! 世界には悲しくて辛い事も沢山あるけど、それと同じ位明るくて楽しい事に溢れてる! 私と響の世界は――何でもない日常は、あったかくて眩しいんだから!」

 

 クリスは何も言わなかった。顔を俯け未来の言葉を黙って最後まで聴いていた。下を向いた彼女の表情は見えない。けれど、その拳がわなわなと震えている。誰かと手を繋ぎたいから世界を変えると語ったクリスは、未来の言葉を聴いてどう思うのか。未来は静かにクリスの言葉を待った。

 顔を上げたクリスは、一度だけくしゃっと顔を歪めて、泣きそうな顔で何処かを見た。その眼差しは遠くにいる誰かを見つめる様で。漠然とその視線の先には、クリスが手を繋ぎたい誰が居るのだと分かった。クリスの唇が小さく動き、「蛍」と未来が知らない誰かの名前を呼ぶ。

 クリスがもう一度、此方に目を向けた時、その眼差しはもう先程までの弱々しいものではなかった。涙の代わりに込められたのは、燃え上がる憤怒の炎。全身から激情を滾らせたクリスに睨まれて、未来はビクンと身体が震えた。

 

「お前たちはいつもそうだ」

 

 ポツリと地の底から這う様な声が、クリスの口から溢れる。

 

「そうやって正しさを振りかざして、そう在ろうとしてるのに、それが出来ない奴のことなんざ気にも留めない。あたし達が求めて止まないものを易々と見せ付けてきやがる」

「そんな……私は……!」

「気に入らねえ! 気に入らねえッ! 気に入らねえッ!! 気に入らねえッ!!!! 暖かさを失った事もない癖にペラペラと知った風に口にするお前があああああああ!!!!」

「――ッ!? 未来、危ない!!」

「ぶっ飛べよッ!! アーマーパージだッ!!」

 

 クリスの叫び声と共に、未来は響に抱き抱えられて地面に押し倒される。その直後、激しい閃光と共に、クリスが身に纏っていた銀色の鎧が弾け散び、無数の弾丸となって未来と響に襲いかかった。

 迫り来る銀の欠片を前にして、未来は響に抱きつき、目を瞑った。しかし、待てども待てども、その痛みはやってこない。不思議に思い、固く瞑っていた瞳を薄く開けば、未来の目の前には2人を守る様にして大きな壁が立ち塞がっていた。

 

「……盾?」

「――剣だッ!」

 

 漏れ出た声に答えが返ってきた。何処かで聞いたことのある凛とした声に視線を上げれば、其処には夕日を背にした蒼い人影。響のスーツと何処か似ている蒼いスーツを身に纏い、まるで刀の様に凛と佇む風鳴翼が其処に居た。

 




 あれ? 未来さん神獣鏡使ってないよね?
 未来さんの愛が重い……。

 シンフォギア二次小説で書いてみたかった台詞ナンバー3には入る「盾?」「剣だ!」のやり取りが出来て満足です。

 響の壮絶な過去に関しては、公式HPの用語集に書かれているので、読んだことのない方は是非。アニメ本編では、ぼやかされていた響の過去が、結構詳しく載っています。

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