戦姫絶唱シンフォギア ~歪鏡に選ばれた少女~   作:きおう屋

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 久しぶりにイチャイチャを書いた気がします(虚偽にあらず)
 いつもより少し短め、ポエム要素強めです。



EPISODE 24 「銃爪にかけた指で夢をなぞる」

 緒川家。それは戦国の世から現代にまで、生き長らえた隠忍の家系だ。飛騨地方にその起源を持ち、古くは木下藤吉郎と呼ばれていた頃の豊臣秀吉に仕えていたと言われている。

 関が原の合戦以降、その姿は表舞台から消えるが、明治維新の後、風鳴の家と共に日本の国防を内外の敵から退けてきた。

 彼らは、脈々と受け継がれた秘伝の忍術を現代風に昇華させた――飛苦無や手裏剣を銃に置き換える等した――現代忍法を用いる。それは人の身でありながら、影を縫う、水上を駆けるといった超常の技を可能とする。人間の生み出した技術の粋と言っても過言ではないだろう。

 だが――。

 

「所詮は人の身。真の超常を――異端技術(ブラックアート)を前にしては、その技も人の域を出ることは適いません」

 

 感情の篭もらない声に乗せ、蛍は覆し難い現実を口にすると共に、眼前で膝を着く緒川慎次に視線を投げかける。《光芒》により撃ち抜かれた右足を押さえ、苦悶の声を漏らす慎次。悲しいかな、如何にその技術が素晴らしかろうとも、それは人の技に過ぎず、神々の時代に用いられた超常の力の――絶対たる力の前に、人間は屈する他ない。

 とは言え、彼はあくまでも忍者であり、隠密行動に長けた者だ。直接戦闘が不得手であっても――と言っても並の人間では相手にならないだろうが――それは仕方のない事だと言える。もしも、相手が風鳴弦十郎であれば、如何な神獣鏡(シェンショウジン)を纏った蛍と言えども、結果は分からなかったかもしれない。それ程までに、彼の戦闘力は突出し過ぎている。

 あのフィーネをして、人外だと言わしめる弦十郎。記録映像を見た限りではあるが、天羽々斬(アメノハバキリ)を身に纏った風鳴翼の《天ノ逆鱗》を拳一つで受け止めるなど、人間を辞めていると言わざるを得ない。ソロモンの杖によるノイズの遠隔操作という人間に対する圧倒的な鬼札がなければ、彼が直接戦場に出てきたかと思うと頭が痛い。

 とまれ、当の彼は二課所属の装者と共に遠く離れた山奥だ。もしも、間に合うようであれば、作戦前にフィーネに渡された()()を使うことも考慮に入れるべきだが、間に合うにせよ、間に合わないにせよ、今この場に居ない事だけは確かである。

 故に、今この場に蛍を止められるものは存在しない。早々に任務を果たすべきだろう。少女達にはまんまと逃げられた為、其方も追う必要がある。あの漫才トリオに関しては放置しても問題ないが、あの4人目の少女だけは駄目だ。言葉一つで自身に不調和を齎す存在。あれは蛍の障害足り得る。

 地に伏せ、撃ち抜かれた右足からの痛みに喘ぐ慎次。蛍はその姿を瞳に映すも、何の感慨も持つことはない。これは果たすべき任務だ。これは滅すべき敵だ。ならば、後は手にした鉄扇を振り下ろすのみ。

 

「何を遊んでいる蛍、貴様には増援に備えろと命令していた筈だが」

 

 迅速に、そして正確に、その首を断とうとした蛍だったが、背後から聞こえる声にその手を止めた。

 冷たさを孕んだ聞き慣れた声に振り返れば、其処には黄金の鎧ーーネフシュタンを身に纏ったフィーネの姿があった。その手には、今もなおこの地に破壊と殺戮を撒き散らすノイズを従える為のソロモンの杖が握られている。

 

「? 二課職員の殲滅も任務に含まれていた筈ですが?」

「…………融通が効かないのも考えものだな。そんなものノイズに任せておけば良い。この場にノイズに抗う術も持つ者など皆無だ。であれば、増援に即応する為に外で待機すべきだろう」

「はい、フィーネ。貴女がそう言うのであれば直ちに」

 

 よくよく考えれば、フィーネの言う通りではあるのだが、何故自分はその様に思考を停止していたのだろうか。殲滅を任せるのであれば、ソロモンの杖を蛍に委ねた筈だ。任務の優先度を履き違えるとは、これは叱られても仕方がない。

 

「フィーネ、デュランダルは?」

「確保した。今はカ・ディンギルとの間にエネルギーラインを繋ぎ起動に必要なエネルギーをチャージしている」

「では、屋内にいるのは危険ですね」

「あぁ、だから外に出ていろと言ったであろう」

 

 ――カ・ディンギル。その正体は、特異災害対策機動部二課本部施設内に広がるエレベーターシャフトを砲身とした超巨大荷電粒子砲である。地下1800mにまで届くそのエレベーターシャフトは、カ・ディンギルとして起動した時、その真の姿を現し、天を突く魔塔として屹立する。

 起動に際し、地上にあるリディアン校舎は全てとは言わないが、その殆どが崩れ去る予定である。この場に居ては、その崩落に巻き込まれる可能性があるのだ。

 

「了子さん……やはり、貴女が……」

「緒川慎次、おまえを無能だと罵ることはしまい。所詮は只人。我が叡智とは比べるまでもないのだからな」

 

 膝をつく慎次に向けるフィーネの目線は、只管に冷たく侮蔑と侮辱に塗れている。それもその筈で、この場にいるのは、彼らの仲間としてあった二課研究部主任の櫻井了子ではなく、月を穿ち統一言語を取り戻す為に永遠を生きる巫女フィーネなのだから。

 彼女の言動からそれを痛感したのか、慎次は沈痛の面持ちを浮かべる。しかし、次に顔を上げた時、彼の顔に浮かぶのは悲痛を押し殺した決意の眼差しだった。

 

「僕は貴女を止めなくてはならない。二課情報部として貴女の裏切りを事前に察知出来なかった責任を果たさなければならない。けれど、それ以上に、間違った道を歩もうとする嘗ての仲間を、そのままにしておく事は出来ません。この命に替えてもッ!」

「ハッ、凡夫が我が覇道を否定するか。矮小な存在に過ぎぬ貴様等如きが幾ら足掻こうとも、我が覇道は小揺るぎもせぬわ。身の程を知るがいい、俗人」

 

 フィーネは、慎次の決死とも取れる覚悟を鼻で笑い一顧だにしない。それはネフシュタンを身に纏った己と只人たる慎次の間に存在する隔絶された力の差を、誰よりも理解しているからこその行動だった。

 

「殺しはしない。貴様らにそんな安らぎなどくれてやるものか。貴様はそうやって地べたを這い、己の無力さを嘆きながら世界の葬世と創世を見届けるがいい」

 

 膝を着く慎次に対し、フィーネはそう吐き捨てる様に言葉を投げかけると、もう用はないとばかりに背を向けた。

 

「宜しいのですか?」

「構わん。捨て置け」

 

 蛍個人としては、禍根は此処で摘み取るべきだと思うが、フィーネが捨て置けと言うのであれば是非もなし。蛍にとってフィーネの言葉は絶対だ。4年前、全てを失った蛍の前に現れ、全てを与えてくれたのは彼女なのだから。彼女が黒を白だと言うのであれば、蛍は首を縦に振るのみだ。

 

 慎次に背を向け歩き始めたフィーネを追い、蛍もまた歩を進める。足早に廊下を歩き、階段を登る。辿り着いた先は、屋上だった。

 

 日は既に落ち、辺りは闇に包まれている。ノイズの警戒警報が発せられた為か眼下に見える街には最小限の灯りしか灯されておらず、周囲にある光源はノイズにより火の手が上がった校舎と空に瞬く星々のみ。その中に一際大きく輝く月が見えた。憎むべき人類不和の象徴が、蛍の頭上から此方を見下すかの如く、静かに、けれども爛々と怪しげな光を放っている。

 蛍は宙を見上げ、その輝きを睨みつける。今に見ていろと、忽然とした決意の眼差しで。

 

「――私が、私達が世界を変える」

「そうだ。月を穿ち、統一言語を取り戻す。そうでなければ、あの輝かしき日々を取り戻せはしないのだ」

 

 思わず呟いた声に返ってきた返事に驚き、隣を見遣れば、フィーネもまた蛍と同じ様に空を見上げていた。その視線には、様々な感情が含まれている。懐古、寂寞、希望――そして焦がれる様な恋慕。彼女は、その焦がれる視線の先に、何を、否、誰を見ているのだろうか。

 その問いに対する答えを蛍は知らない。実際、蛍がフィーネについて知っている事などほんの僅かだ。フィーネ自身に関する事で蛍が知っている事と言えば、ドSだとか、服を着ない露出狂であるとか、そう言った趣味嗜好ぐらいであり、過去に何があったかだとか、フィーネが何の為に統一言語を取り戻したいのかなんて知る機会はなかったのだ。

 

 だから、だろうか。気付けば、口を開いていた。

 

「フィーネは誰かを愛しているのですか?」

「…………何だ、藪から棒に」

「いえ、そう言った目をしていたので」

 

 蛍の問いにフィーネは、彼女にしては珍しく、少しばかり目を開いて、驚きを露わにする。それが何だかおかしくて、思わず笑みを浮かべそうになった笑みを無表情の鎧で覆い隠す。

 愛情。それは蛍がこの世で最も信じられない感情だ。両親に捨てられて以来、彼らに与えられたその暖かな感情は、蛍を縛る呪いに変わった。愛する事も、愛される事も、怖くて怖くて堪らなかった。温もりが脆く崩れ去り、冷たい刃となって胸を刺すその痛みを、蛍は誰よりも知っていたから。

 だが、ここ数年で蛍は変わった。フィーネと出逢って血潮が熱を取り戻した。そして、彼女は、蛍に再び温もりを与えた。その温もりは恐ろしい、けれど、縋らずにはいられなかった。もう一度、それを手放す事を蛍は何よりも恐れた。だからこそ、蛍は確かめたい。その温もりが、本物であるのかどうかを。この温もりが、彼女に届いているのかどうかを。信じたいのだ、他者を。

 では、フィーネは? 彼女は何の為に、統一言語を取り戻したいのだろうか。輝かしい黄金の時代を取り戻すのだと彼女は言う。それは、きっと、彼女がフィーネとして生きた遥か過去への憧憬だ。統一言語を失う前の人と人が誤解なく分かり合えた最後の時代。それを取り戻すのだと。

 だが、それは残酷にも過ぎ去った過去の時代だ。人は時の歩みを戻すことは出来ず、フィーネが生きたその時代に生きた人など、とうの昔に息絶えている。では、彼女は統一言語を取り戻して、誰と分かり合いたいのだろうか。

 

「――愛している。焦がれている。この数千年、変わる事なく。私は、あの方を想っているわ」

 

 まさか答えが返ってくるとは思わず、今度は蛍が目を見開いた。柔らかな声色と、遠くを見つめる双眸。長い間生活を共にしてきたが、こんなに穏やかな彼女は蛍は初めて目にした。

 

「どうした? 意外か?」

「いえ、その、まさか答えてくれるとは思わず……」

「ふん、自ら問うてきた事だろうに。答えが返ってきて驚くとは、可笑しな奴だ」

 

 不機嫌そうに眉をひそめるフィーネ。だが、そこに普段の苛烈さは見られず、冷たさもまたない。不機嫌そうに顔を背けるその態度に、胸の内が温かくなるのを感じ、思わず頬が緩みそうになる。それが何だか無性に嬉しい。まさか彼女とこんなやり取りが出来るだなんて蛍は思ってもみなかったのだ。ほんの少しだけ、フィーネを知る事が出来た。そんな気がした。

 

 そうか、私は()()()()()分かり合いたいんだ。

 

 自身が抱いたその想いのおかしさに、上機嫌な蛍は気が付かない。その小さな綻びは、蛍に認識されることなく、淡い泡沫となって溶けて消えた。

 蛍が問い、フィーネが答える。作戦中だと分かっていても、フィーネと何気ない会話をしている今この時が、とてもかけがいのないものに思える。

 いつ間にか鎧を纏う事も忘れて、フィーネとの会話を楽しむ蛍だったが、その表情は直ぐに曇る事となる。鎧を纏っていない事が災いし、突如として襲いかかってきたその痛みに、蛍は我慢という言葉を忘れて喉が裂ける程の悲鳴を上げた。

 

 ――歌が聞こえた。

 

 月が輝き浮かぶ夜空に、蛍の知っている(知らない)歌声が響き渡る。その歌声を耳にした瞬間、蛍は頭が割れるかと思う程の痛みを覚えた。先程の少女の言葉により引き起こされたものなど比ではない程の痛み。痛みには慣れている筈の蛍だったが、頭の中から際限なく溢れるその激痛に泣き叫び、のたうち回る。

 

「ああああアあああぁぁああああ嗚呼あああアアアッッ!!!!」

 

 痛い。痛い。痛い。

 脳がこの歌を聞くことを拒否している。旋律が鼓膜を震わせる度に、耐え難い頭痛が襲い掛かってくる。叶うならば、自ら耳を切り落としてしまいたい。視界が滲み、悲鳴が溢れる。

 恥も外聞もなくのたうち回る蛍を包んだのは、薬品と香水が入り混じった何時もの香りだった。暴れる四肢を抑え込まれ、彼女の顔が間近に迫る。

 

「落ち着きない。あんな歌に耳を傾ける必要なんてないわ。貴女は、私の声だけを耳にしていればいいの」

「……がっ……ぎぃ……ふ、フィー、ネ」

「あれは貴女の、いえ、私達の敵の歌。私達の計画を害する邪魔者の歌」

「て、き……わたし、たちの……てき……」

「そう。あれは、敵よ。その敵を、貴女は、知らない。名前も、顔も、声も知らない只の敵。敵の言葉に耳を貸す必要はない。何を言ってこようとも、それは敵の言葉なのだから。私達が望む明日を否定する滅すべき敵の言葉なのだから」

「てき、は……倒す……滅する……」

「そうよ、蛍。敵は打ち倒すもの。一切の感慨なく、無情を以ってして相対すべきもの。そこに温もりはなく、冷酷さだけが在れば良い」

 

 歌声を塗り潰し耳元で囁かれるフィーネの声が蛍の中に染み渡り、掻き回された頭を癒してくれる。彼女の言葉をまるで呪文の様に繰り返し、口にする。何度も、何度も。口にする度に、蛍を苛む頭痛は収まっていく。代わりに湧き上がるのは、フィーネへの親愛。彼女だけが、蛍を助けてくれる。彼女だけが、蛍を抱きしめてくれる。彼女だけが、蛍に温もりをくれる。

 

 彼女の為に、敵は、滅ぼす。

 

「そう。それでいいのよ、愛しい愛しい私の蛍。さぁ、最後の戦いを始めましょう」

 

 頭痛は、もう感じなかった。

 

 

◇◇◇

 

 雪音クリスは彗星の如く夜空を駆ける。自ら創造した一基のミサイルに乗り、数多の星が瞬くを切り裂きながら、戦火の鳴り止まぬ戦場へと。

 それは、以前翼の絶唱により蛍が重症を負った際にも用いた移動手段だった。攻撃手段である筈のミサイルを、移動手段として用いる狂気の沙汰。だが、現状クリスにとって手段を選べる程の余裕はなく、使える物はなんであれ使う必要があった。今何より優先すべきは、手遅れになる前に、一刻も早く、リディアンに――蛍の元へ辿り着く事なのだから。

 

「あわわわわわわ、く、クリスちゃん、飛んでる! 飛んでるよ!?」

「ぐっ、何というジャジャ馬っぷり! だが、この程度乗りこなせなくて何が防人か!」

「お前等、御託は結構だから、大人しくしろッ! こちとら、慣れねえ3人乗りで制御に手一杯なんだよッ!」

 

 同行者は2人。初めての空中飛行におどろおどろしい声を上げる響と、ミサイルの上で何とかバランスを保とうと四苦八苦する翼。どちらもクリス同様にシンフォギアを装着している。

 

 リディアン襲撃の報を受けてからの、クリス達の行動は素早かった。

 

 まず屋敷を隈なく捜索すると共に、二課本部に連絡をいれ現状の把握に努めた。その結果として、屋敷はデータ端末すら破壊され人っ子一人いないもぬけの殻であり、二課本部との通信も繋がらない事が分かった。

 その時点で、弦十郎はリディアン襲撃の報が誤報ではないと確信し、自分達がまんまと釣り出された事を悟った。弦十郎は直ぐに本部へと取って返すように指示を出したが、そこに待ったをかけたのがクリスだった。

 

「行きと同じ足じゃ到底間に合わねえ。あたしにいい案がある」

 

 そう言って、クリスは弦十郎らに、ミサイルによる超長距離移動を提案した。一度に多くの人員こそ運べないものの、一分一秒が惜しいこの状況で戦闘要員である装者三人を短時間で現着させるには理想的な手段だった。一基のミサイルに対し、シンフォギアを身に纏った装者が三人乗りという、積載量オーバー所の話ではないが、そこはクリスの腕次第であり、クリスは最悪途中でミサイルを乗り継げば問題ないと考えていた。

 しかし、今度は弦十郎がその作戦に待ったをかける。何と彼は自分も連れて行けというのだ。「生身でミサイルに乗れるものかよッ!」とクリスが反論すれば、彼は自信満々の表情で「問題ないッ!」と正面から言い切った。結局、「相手がソロモンの杖を持っている以上、ノイズと相対する可能性がある」と部下達に反対にされ、弦十郎は後続として車で移動する事になったものの、彼のその自信が何処から湧いて出てくるのかクリスには最後まで疑問だった。

 

「見えたぞ、リディアンだ!」

 

 鋭い翼の声にクリスは姿勢制御に必死だった意識を浮上させ視線を上げる。小高い丘の上に建てられた真新しい校舎は見る影もなく、所々が崩れ落ち、至る所にノイズが徘徊している。その光景を目の当たりにしたクリスは、僅かばかり身を強張らせながらも喉を震わせて、ミサイルが万が一にも墜落しないよう出力を上げた。

 

「リディアンが……私達の学校が……未来……みんな……」

「立花、気持ちを乱すな。本部には緒川さん達が居る。きっと皆無事だ」

「翼さん……」

 

 果たして、そんな甘さをフィーネが許容するだろうか。翼の言葉にクリスはそんな疑問を抱くものの、それを口に出すのは愚策だ。響は幾らひよっ子と言えども、今は手を組んだ此方の重要な戦力だ。態々味方の士気を下げる言葉を口にする必要はない。

 これを人は打算と言うのだろう。だが、クリスの調子が万全とは言い難い以上、形振り構ってなどいられないのだ。これから相対するのはあのフィーネであり、本来ならば、万全に万全を重ねてそれでも足りないと最大限の警戒をして相対すべき相手。例え万全であろうとも、フィーネはそう言った相手の間隙をつく事に非常に長けているので、備える事は無駄だと言えばそれまでだが、少なくとも、心構えだけは済ませておくべきだろう。

 

 「降りるぞ!」という言葉と共に、クリスはミサイルの上から飛び立ち、校舎敷地内の広々としたグラウンドに着地する。一拍遅れて、響と翼もクリスの後に続き、グラウンドへと降り立った。

 その直後、クリスは背筋が凍る悪寒を覚え、遮二無二横へと跳ねた。無茶な身体の使い方をした為か、四肢に痛みが走り顔を歪める。次の瞬間、幾房もの濃紺の光の筋が先程までクリスが立っていた場所に撃ち込まれ地面を穿った。

 安心する間も無く、直ぐ様第二射、第三射がクリスへと迫り、まるで雨の様に濃紺の光が降り注ぐ。その全てを、クリスは身体にかかる負荷を無視して避け続けた。

 

 この攻撃をクリスは知っている。何故ならば、これは彼女が好んで用いた技の一つだ。

 

 その名は《光芒》。 周囲に浮かべたミラーデバイスから光の筋を放ち、敵を撃ち貫く彼女の十八番。一つ、一つの威力は然程でもないが、シンフォギアがーー聖遺物が相手となれば話は違う。魔を祓う鏡、神獣鏡(シェンショウジン)。その特性は、聖遺物を殺す聖遺物。三次元的に配置されたデバイスから放たれるオールレンジ攻撃は、防御する事叶わず、その一つ一つがシンフォギア装者に取って致命傷足り得る。

 降り注ぐ濃紺の光の雨を回避しつつ、クリスは射出点を探る為、周囲を見渡す。

 響と翼は健在。作戦前のミーティングで、決して彼女の放つ光に触れてはならないと忠告したのが幸いしたのか、翼は天羽々斬(アメノハバキリ)の機動力を以ってして安定した回避を、響は脚部装甲に装着されたパワージャッキを用いた緩急による回避方法で危なっかしいながらも生き長らえている。

 

「お前ら無事か!?」

「何とかな! しかし、このままではジリ貧だ! 射手は何処だ!?」

「さっきから探してる!」

「うわ! ほぁ! っとと! ……あれ!! クリスちゃん! 翼さん! 彼処! リディアンの屋上!」

 

 響が指差す方に目を向ければ、闇世の中にうっすらと佇む二人の人影が見える。その人影を見た瞬間、それが 誰か確認するまでもなく、クリスは吼えた。

 

「蛍ーーッ!!!!」

 

 その声に反応したのか、降り注いでいた光の雨がピタリと止んだ。次いで、雲の隙間から漏れ出た月の光が、二人の姿を照らし出した。

 

「遅かったな、とでも言うべきか? よくもまぁ、あの屋敷から間に合ったものだ。余程、自分達の世界が滅びゆく様を見届けたかったと見える」

「………………」

 

 現れたのは黄金の鎧を身に纏い唇を三日月に歪めたフィーネと、その傍に黙して付き従う蛍の姿。蛍の周囲には淡い燐光に彩られたミラーデバイスが幾つも浮遊しており、いつでも発射体制に移行できる事が仄めかされている。

 彼女の姿を眼にして、クリスの胸中に浮かび上がったのは悔恨の念だった。何故、自分はあの時彼女を残して屋敷を去ってしまったのか。何故、もっと早くフィーネの企みに気付く事が出来なかったのか。守ると誓った。共に歩む事を夢見た。そうありたいと、クリスが心の底から願った少女が、()()()()()()を浮かべている姿を見て、クリスは悔やまずにはいられなかった。

 だが、だからこそ、クリスはその悔恨を決意に変えて、宣誓の言葉を紡ぐのだ。フィーネに向けて、蛍に向けて、そして何より自分に向けて。

 

「フィーネ、蛍を返してもらうぞッ!」

「何を馬鹿な事を。この娘は、今も昔も変わらず、我が手中にある。それを返せとは、盗人猛々しいとはこの事か」

「ダイレクトフィードバックシステムで蛍の意思を歪めておいてよく言う」

「差し伸ばした手を拒絶されたのは貴様の方だろうに。貴様が抱くその希望こそが、この世界で最も愚かで、最も無意味な想いである事を貴様は既に知っているだろう? 故に、一度は私の手を取り世界の変革を目指した。月が変わらず、空に浮かんでいる限り、貴様のその願いは決して実ることはない」

 

 確かにあの時、クリスは蛍に拒絶された。差し伸ばした手は、彼女が握る事はなかった。あの時抱いた絶望は今も変わらず、この胸の内にある。拒絶されることは恐ろしい。もう一度手を差し伸べて、それすらも振り払われたらと心が震える。

 

 だが、それでも、クリスはもう一度、いや、何度だって手を伸ばすのだ。

 

「あぁ、そうだとも。一度は拒絶された。伸ばした手は振り払われた。けどな! それは、あたしが諦めていい理由にはならないッ!」

 

 この胸の内にある温かく、けれども熱く滾る彼女への想いをクリスはまだ蛍に伝えていない。この世界は、確かに理不尽で、残酷だ。人が人を信じられない不和に塗れた呪われた世界だ。だが、それを言い訳に、己の想いを伝える事を恐れてはならないのだ。伝わらないからと初めから諦めて口を噤んでいては、伝わるものも伝わらない。伝わらないのであれば、伝える努力をすべきなのだ。相手の心へと踏み込む勇気を、自分の心に相手を踏み込ませる勇気を、一握りの温かさと共に胸に抱き、冷たき疑心を乗り越えた先に、クリスの夢見た未来がある。

 

 故に歌おう。この胸の想いを。

 故に奏でよう。この胸の高鳴りを。

 旋律に乗せ、世界に見せつけてやる。

 曲がらず、歪まず、一直線に。

 疑心を暴き、想いよ、届け。

 まだ見ぬ夢の果てに、あたしの隣を歩く彼女を想い歌う。

 小さく、けれども、温かい。

 その手を今度こそ掴んでみせる。

 

 今こそあたしは、銃爪にかけた指で夢をなぞる。

 




 次回からは本格的に戦闘の予定。
 恐らく残り3~4話で完結すると思います。
 ……ただ、あくまでも、予定なので鵜呑みにしないでください。
 未だに構成で悩んでいる部分があるので、もしかすると話数増えるかもしれません。

 もしも、司令がミサイルに乗っていたらどうなったかって? そりゃWA5のあの人だよ。

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