戦姫絶唱シンフォギア ~歪鏡に選ばれた少女~   作:きおう屋

25 / 25




EPISODE 25 「小さきこの身を暴いて」

「カディンギルの最終調整に入る。それまで時を稼げ」

「はい、フィーネ」

 

 蛍とフィーネの言葉短いやり取りがクリスの耳に届く。フィーネの命令を受けた蛍が校舎の屋上から飛び立ち、星空を背景にクリス達を見下ろす。その瞳に何を映しているのか、どんな色を浮かべているのか。牙が噛み合ったかの様なバイザーに阻まれ、クリスはその奥を知る事は出来ない。

 この後に及んでフィーネが直接手を下さないのは驕りか余裕か。はたまたそれ程までに蛍を信頼しているという事だろうか。

 否と浮かび上がった自身の考えを首を振って否定する。あのフィーネが他者に信頼など寄せるものか。痛みこそが唯一の絆と断ずる彼女が、他者を信じて頼るなどあり得ない。

 あるとすれば、それは信用だ。信じて用いる。フィーネにとって他人とは、頼るものではなく、用いるものなのだ。道具を扱う様に只使うだけだ。彼女が関心を払うのは、道具が性能通りに効果を発揮するかという一点のみ。

 

 喉を震わせ、歌声を響かせる。想いは旋律となって、クリスに超常の力を与えてくれる。真紅の鎧――イチイバルのシンフォギアはクリスの想いに応えてくれる。

 蛍を取り戻すのだ。彼女に打ち込まれた軛を解き放ち、共に歩む明日を掴む。その為に、クリスは初めて本気で彼女に向けて、銃爪を引く。

 

「あたしは、お前を取り戻すッ!」

 

 裂帛の声と共に、蛍の元へとクリスは駆け出す。身体の痛みを意志の力で無理矢理に押し込み、疾く駆ける。

 両の手に握るのは、二挺のクロスボウ。威力的にはガトリングに及ばないクロスボウではあるが、中距離戦闘における取り回ししやすさでは群を抜いている。神獣鏡(シェンショウジン)の特性を考えるならば、その反動故に足の止まりがちなガトリングは愚策だろう。彼女の一撃はまさしく必殺。あの濃紺の光に貫かれれば、それは致命的な傷となる。

 本来であれば、彼女に中遠距離戦を挑む事自体が愚策である。この距離はイチイバルの得意な距離でもあるが、彼女が得意とする距離でもある。加えて、イチイバルと神獣鏡(シェンショウジン)では得意とする相手が異なるのだ。

 イチイバルは豊富な武装による広範囲に渡る殲滅力。対する神獣鏡(シェンショウジン)は射程、攻撃範囲こそイチイバルに劣るが、聖遺物に対する絶対的な迄の攻撃性能を有している。故にイチイバルはノイズなどの群を相手とした戦闘を得意とし、神獣鏡(シェンショウジン)は対シンフォギア戦において圧倒的な優位を誇る。それこそ、天羽奏と風鳴翼の二人を相手取っても勝利を収める事が出来るとフィーネが判断を下す程に。

 加えて、此処は屋外。屋敷の訓練室の様な、閉鎖的な空間ではない。頭上に広がる空は、彼女の領域だ。自由自在に宙を舞い、上空から一撃必殺の光を放つ彼女の戦闘スタイルは、この拓けた戦場でこそ輝くものだ。

 圧倒的なまでに不利な相性、距離、地形。だが、それでもクリスはこの場に留まり、蛍と撃ち合う姿勢を見せる。詰んでいるとも言えるこの状況で、クリスの瞳には、微塵も陰りは見られない。

 

 何故なら、今この時、この場所において、雪音クリスは一人ではない。

 

「行くぞ、立花!」

「はい、翼さん!」

 

 牽制の矢を放つクリスの傍を、蒼と黄の影が駆け抜ける。クリス一人では、蛍に勝てない。だが、此処には肩を並べる他者がいる。

 心の底から信じている訳ではない。情に流された訳でもない。つい最近まで、敵同士だったのだ。そんな簡単に絆される程、クリスは軽い女ではない。

 けれど、クリスは、彼女達の歌を聴いた。あの太陽の様に温かく、空へと羽ばたく意志を聴いた。あの旋律が、嘘だったとは思えない。歌により通じ合った響と翼――眩く輝くあの姿に、クリスは希望を見たのだから。

 故に、共に戦場に立つ。仲間と言う程、信頼し合っている訳ではない。友達と言う程、親愛の情を抱いている訳ではない。それでもクリスは、共に背中を任せる程度には、彼女達に信を置いている。敢えて言葉にするのであれば――戦友。それが、今のクリスが響と翼に抱く距離感だった。

 

「あたしが牽制する! お前らはその隙に!」

「作戦通りに、だね!」

「背中は預けるぞ雪音!」

 

 すれ違いざまに言葉を掛け合い、黄と蒼の背中が遠ざかる。降り注ぐ濃紺の光の雨の中を縫うように駆け抜け、蛍の真下目指して。

 必然、近距離戦闘が主である2人に近付かれる事を蛍は看過できず、放たれる《光芒》は響と翼に集中する。上空から放たれる破魔の光に、遠距離攻撃手段の乏しい天羽々斬(アメノハバキリ)とガングニールでは回避に徹する他なく、遅々として蛍との距離は縮まらない。

 だが、此処には雪音クリスがいる。中遠距離攻撃に特化したクリスは、単身では蛍に勝てない。だが、1人でなければ――クリスが援護に回れるという状況であれば、それは逆転し得るのだ。

 クリスは自身へと向かう《光芒》の数が減ったこの隙を逃さず、手にしたアームドギアから桃色の矢を放つ。狙うは、蛍の周囲に浮かぶミラーデバイス群。彼女の剣であり、彼女の目でもあるそれらは、蛍の戦闘スタイルを支える根幹だ。まずは、それを奪う。

 

「そこだッ!」

 

《QUEEN's INFERND》

 

 放たれた矢が無秩序に動き回るミラーデバイス達を寸分違わず撃ち貫く。その事に僅かながらも目を見開く蛍。

 この程度、クリスにとっては朝飯前だ。クリスが何年蛍と共に暮らし、何百、何千回模擬戦を繰り返してきたと思っている。蛍の癖、考え方、戦闘時の動き、殆ど動かない無表情の仮面の下に隠れる表情を見分ける方法も、全部、全部、知っている。

 

 雪音クリスは、詞世蛍を知っている。

 

 僅かに驚愕を浮かべた蛍だったが、その立て直しは迅速かつ的確であった。すぐ様、ミラーデバイスを再生成すると共に、先程とは異なるパターンでの回避行動を指示。夜の闇の中、淡い燐光を放つミラーデバイスが、縦横無尽に駆け回る。その矛先は未だ多くが翼と響に向けられているものの、クリスに狙いを定めさせない為に実にいやらしいタイミングで此方を狙撃してくる。

 

 だが、それは隙だ。

 

「翔ぶぞ、立花!」

「はい!」

 

《天ノ逆鱗》

 

 蛍の真下まで移動した翼が並走していた響を抱き抱えると同時に、彼女達の前に巨大な一振りの蒼の大剣が召喚され地に突き刺さる。翼は脚部のスラスターを吹かせると、その大剣を駆け上がり、速さと勢いをそのままに、空へと飛び立った。

 薄くなった弾幕は、翼達の進撃を止めるには至らない。一陣の風となった翼と響は夜空を駆け、蛍へと迫る。

 

「猪口才です」

 

 無機質な声色でポツリと蛍は呟くと、牙の様に噛み合わさったバイザーの隙間から紅い光が溢れ、その視線が翼と響の2人に向けられる。

 

「敵は、倒す。敵は、滅する。故に、貴女達は、此処で倒れて下さい。私の、私達の夢の為、徒花となって舞い散るといい」

 

 蛍が動いた。その手に握られるのは鉄扇。腕から伸びた帯は、まるで意思を持っているかの様に蠢き、翼と響への迎撃体制を取る。

 蛍の自衛能力の高さを知っている翼は、僅かに顔を強張らせながらも、その緊張を振り払う為に声を張り上げた。「立花!」と抱きかかえた響の名をただ呼ぶ。響がその声にコクリと頷くと、翼はそのまま、響を()()()()()()()()()

 シンフォギアの膂力とこれまでの加速が加わり、響は尋常ではない速度で蛍へと迫る。

 

「蛍ちゃん、私達は貴女を必ず助ける! だから――」

「助ける? 可笑しな事を。何から助けるというのですか。私は自分の意志であの人の元にいます」

 

 響の言葉を遮り、迎撃に放たれた帯が彼女を打ち付けんと殺到する。だが、響はそれを空中を蹴る事で回避した。脚部に備え付けられたパワージョッキにて、空中を蹴るという荒技。クリスには、何をどうやっているのかさっぱり分からないが、あの規格外の装者はそれを可能とする。

 蛍の様に滑らかな軌道ではなく、ジグザグとした鋭利な軌道を空中に描く。その姿は、さながら稲妻の様で。

 蛍の眼前に響が迫る。振るわれる鉄扇。だが、響は再び空中を蹴る事で鉄扇を回避すると、三角飛びの要領で蛍の頭上へと躍り出た。

 

「はあああああああッ!!」

「それで背後を獲ったつもりですか。私に死角はありません」

 

 頭上から迫る響の拳を蛍は振り返ることなく、腕から伸びた帯で受け流す。そのまま響の腕に帯を巻き付けると、打ち付けられた拳の勢いをそのままに、身体を回転させ響の身体を眼前へと迫りつつあった翼へと投げつけた。

 

「お返しします」

「ぐっ……!」

「ちぃ……! やはりそう上手くはいかないか。だが、時間は稼いだぞ! 雪音!」

「任せろッ!!」

 

《MEGA DETH FUGA》

 

 待ち侘びたとばかりにクリスは喉を震わせ歌を奏でる。高まるフォニックゲインを集中させ二基のミサイルを生成し撃ち放つ。

 

「本命は、こっちだッ! ロックオンアクティブッ!」

 

 追尾効果を伴ったミサイルが蛍へ向かう。

 

「2人は陽動? ですが、それでも、まだ足りない」

 

 響と翼の挟撃により反応が遅れたものの、それでも蛍は迫り来るミサイルに僅かな動揺も見せず、宙を舞う事で回避しようと試みる。しかし、追尾効果を付与されたミサイルを振り切れないと感じたのか、手にした鉄扇から濃紺の光を放ち、難なくミサイルを撃墜する。

 爆発による炎と煙が夜空を彩り、蛍の小さな身体を飲み込む。直撃はしていない。あの程度では、シンフォギアを相手にダメージを与えるには至らないだろう。

 

 だが、それでいい。全て作戦通りだ。

 

 響と翼による接近戦も、それを囮に利用したミサイルによる攻撃も、全てはこの状況を――蛍の視覚情報を封じる状況を作り出すことへの布石に過ぎない。

 

 クリスは両手に握ったクロスボウを手放すと新たにアームドギアを生成する。生み出すのは、スナイパーライフル型のアームドギア。クリスの身長程もある巨大な銃身を構え片膝を着くと、天へと向けて銃口を向けた。

 頭部バイザーが変形し、クリスの眼前にスコープが展開される。バイザーの両端から伸びた高解像度カメラが夜空を照らす爆炎を捉え、視覚情報として拡大映像をクリスの網膜に映し出す。

 

 クリスは考慮する。蛍の癖を。

 クリスは予想する。蛍の考えを。

 クリスは思考する。蛍の動きを。

 

 分かる筈だ。否、分からなくてどうする。雪音クリスは詞世蛍を知っている。世界中の誰よりも、彼女の事を知っているという自負がある。ならば、この弾丸は当たる。翼相手にすら出来たのだ。蛍の動きを未来予測する程度出来なくてどうする。

 深く鼻から息を吸い、ゆっくりと口から吐き出す。身体を弛緩させ、肩の力を抜く。思考は怜悧に。いつか彼女に聞いた心構えを心中で唱え、銃爪に指をかけた。

 

 爆炎と煙が晴れる。

 瞬間、クリスは銃爪を引いた。

 

《RED HOT BLAZE》

 

 銃口から吐き出された二つの弾丸は、吸い込まれる様に蛍の左右の脚部ユニットを撃ち貫いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 蛍は困惑に包まれていた。

 

 撃ち抜かれた両足の脚部装甲。それはつまり、飛行継続は困難だという事に他ならない。

 敵は、蛍を知っている。でなければ、あの動きはあり得ない。

 神獣鏡(シェンショウジン)の特性である破魔の力。聖遺物が相手であれば、一撃一撃が必殺足り得る力だが、彼女達はその攻撃を一撃も受け止めることなく、全て躱す事で対応した。如何な防御であろうとも、それが聖遺物に由来するものであれば、問答無用で滅するだけの一撃だが、当たらなければ意味はない。

 しかし、これはまだ理解出来るのだ。以前の風鳴翼との交戦時、蛍は敵に神獣鏡(シェンショウジン)の力の一端を晒してしまっている。あの戦闘により、神獣鏡(シェンショウジン)の特性を解析されたと仮定すれば、敵の不可解な動きも納得がいく。

 

 だが、これは何だ。

 あの真紅のシンフォギアを身に纏った少女は誰だ。

 

 爆炎と煙による蛍の視覚を塞いだ上での長距離狙撃。それも銃声は爆炎と煙が晴れた同時に、ほぼタイムラグ無しに聞こえてきた。これは、蛍の動きを予想していなければ不可能だ。蛍の視覚が塞がれていたということは、あの少女から見ても蛍の姿は視認出来なかった筈。だというのに、彼女は蛍の両足を正確に撃ち抜いてきた。

 いや、それ以前に、それまでの戦闘の流れもおかしいのだ。蛍自身ではなく周囲のミラーデバイスを狙った射撃や響や翼に因る蛍の意識を割く為の挟撃。まるで、蛍の視覚を削り、並列思考のリソースを奪う為の戦い。

 ミラーデバイスの視覚共有も、並列思考によるそれらの制御も、実戦で使うのは今回が初めてなのだ。破魔の光とは違い一目見て判断出来るものでもない。にも関わらず、敵は蛍の能力を知っているとしか思えない戦い方をとってくる。

 

 私は彼女を知らない。

 彼女の名前も、顔も、声も知らない。

 けれども、彼女は蛍の事を知っている。

 名前も知らない少女が、知らない筈の私の名前を呼ぶ。

 

 バイザー越しに少女の姿を視界に納めて、蛍は初めて彼女の顔をしっかりと認識した。綺麗だと、素直に思った。白藤色の柔らかな髪も、日本人離れした顔立ちも、真っ直ぐに此方を見つめる紫の瞳もその全てが美しいと感じた。

 倒すべき敵にこんな感情を抱くことを不可解に思いながらも、心の内から湧き出たのは、締め付けられる程の懐かしさ。

 それが無性に蛍の心を騒めき立てる。拭いきれない違和感が、蛍の脳を掻き回し、並列思考が上手く保てない。何かが致命的にズレている。その齟齬に気付きながらも、蛍はその解に辿り着けない。

 分からない。分からないのだ。幾ら思考を重ねてもあの少女が何者なのかが、全く予想出来ない。彼女の事を考えると、まるで頭が霞みがかったかのように思考が鈍る。いつの間に怜悧を誇っていた筈の自分の思考回路は、こんなにも錆つき、鈍臭くなってしまったのだろうか。

 

「あれは、敵。倒すべき敵」

 

 だが、たった一つ分かっている事もある。あれは、敵だ。蛍達の夢を阻もうと立ち塞がる敵だ。

 分からないことは、一旦脇に置くべきだ。問題はどうすれば、敵に勝てるのかという一点のみ。

 

 フィーネの言葉を心に刻み付け、何とか地面に着地した蛍は少女と対峙する。状況を確認。少女の両隣には、翼と響が控えており、3人ともに目立った消耗は見られない。

 対する蛍は、足を奪われ、己の領域を失った。少女の弾丸により撃ち抜かれた脚部装甲はパチパチと火花をたてており、飛行機能は完全に潰された。シンフォギアを再展開でもしない限りは復旧は見込めないだろう。そしてこの状況でそれが許されるなどとは、蛍も考えてはいない。

 ふと手が震えている事に気が付く。これは任務を果たせない事への恐怖か。それとも、真紅のシンフォギアを身に纏った少女への不安からか。この震えがどんな感情からくるものなのか蛍には理解出来なかった。

 拳を握りしめ、歯の根を噛み締める。震えよ止まれと言い聞かせるも、身体は蛍の意思に反するばかりで、一向に収まる気配はない。

 フィーネの声が聞きたい。彼女の声を聞けば、この震えは止まるだろうか。分からない。けれど、きっと、何かしらの解を彼女は示してくれる筈。この胸の内に巣食う不安を消し去ってほしい。

 なんて脆弱な精神なのだろうか。人の温もりを思い出してしまった蛍は、その温もりが、かつてこの心をバラバラに引き裂いたものであると分かっていながらも、彼女に縋らずにはいられない。

 

「蛍ッ!!」

 

 目の前の少女が蛍の名を呼ぶ。蛍の知らない少女が蛍の知らない声で、蛍の名を呼ぶ。

 思考が鈍る。酷い頭痛がする。

 

「その声で私の名を呼ぶなッ!!」

 

 蛍は衝動的に声を荒げて、周囲に展開したミラーデバイスへと命令を下す。目の前の敵を滅せよと。

 風鳴翼も立花響も後回しでどうとでもなる。蛍ならば、打ち倒せる。それだけの訓練も積んだ。それだけの意思と覚悟も持っている。

 だが、目の前の少女だけが、蛍の計算の埒外にいる。蛍の戦術を、計算を、意思を狂わせる不確定要素。彼女だけは、真っ先に、何が何でも倒さなければならない。

 

「貴女は、敵。私の、私達の夢を邪魔する敵ッ!」

「違うッ! 思い出せッ! あたしは――」

「問答は無用ッ! 敵の言葉に耳を傾ける必要はないッ! フィーネがそう言ったんだッ! だったら私はそう在るだけだッ!」

 

 そうだ。フィーネがそう言ったのだ。であれば、その言葉を、命令を蛍は果たさなければならない。斯くあるべし。夢の為、彼女の為に。この力は――この歌はその為にあるのだから。

 息を大きく吸い込み、喉を震わせる。この世界を変える為の詞を高らかに口にする。

 

 あらゆる神秘を滅する破魔の光を此処に。眼前の敵を打ち破らんが為に。己が夢を叶える為に。いつかの時間、何処かの場所で、誰かと繋がる為に。

 

 私は、歌を、歌う。

 

 自身をグルリと囲う様に円形のミラーデバイスを脚部装甲から周囲に展開し、腕から伸びたエネルギーケーブルを直結。蛍の歌により出力を増した神獣鏡のフォニックゲインをありったけ注ぎ込む。チャージを開始。濃紺の燐光が蛍の周囲を舞い散り、夜の闇を淡く照らす。

 

「――ッ!? させんッ!!」

「邪魔をするなッ! これは――これは私と彼女の戦いだッ!!」

 

 以前食らった経験からか、蛍のチャージを止めようと翼が即座に反応し、脚部スラスターを吹かし接近してくる。蒼い疾風となって迫る翼に対して、蛍はチャージの演算を並列思考にて維持しつつ、《光芒》による射撃にて牽制。 当てる為の射撃は必要ない。翼の足を止められさえすれば充分なのだ。彼女の足を止める為に威力を度外視して、射線を増やし攻撃の密度を高める。

 

「ぐっ、これでは!」

「風鳴翼、貴女はそうして踊っていろ!」

 

 翼への足止めの射撃に並列思考の大半を割く蛍だったが、ミラーデバイスにより広がった視界の中、響の姿が消えていることに気が付く。

 視覚共有をしたミラーデバイスの配置を変えながらその姿を探せば、程なくして黄色い影を捉える。その位置は上。星空を背に脚部パワージョッキを用いた擬似的な空中飛行により蛍へと響が迫る。

 

「やあああああああああああッ!!」

「次から次へと鬱陶しい! 落ちなさい!」

「またこの帯! あぁ、もう、避けにくい! あぅ!」

 

 上空から迫る響を腕から伸びた帯で再び迎撃し地に叩き落とす。普段は上空を警戒する必要性が薄い事から対応が遅れた。敵が的確に此方の弱点を突いてくる点に歯噛みする。

 

「私を忘れてんじゃないのか!」

「――ッ!?」

 

 耳障りな声と共に銃声が轟き、周囲に展開したミラーデバイスが撃ち抜かれる。驚きと共に銃声が鳴り響いた方角を見遣れば、其処にはスコープを覗き込み大型のスナイパーライフルの銃口を此方へと向ける赤い少女の姿。

 先程から何度も回避パターンは変えている。だというのに、何故だ。何故、あの少女はいとも容易く此方の動きを捉えられる。

 

「くっ、演算も再生成も追いつかない」

 

 やはり敵の狙いは、波状攻撃による蛍の並列思考を処理限界まで飽和させる事。多数のミラーデバイスを同時に操作する事を主戦法とする蛍にとって、自身の思考能力は戦いの中で最大の武器であり、生命線とも呼べる。だからこそ、この武器を4年間磨き続けてきた。初めは3つしか同時に操作出来なかったミラーデバイスも、今では14個まで同時に操作出来る程になっている。

 だが、蛍の現状は芳しくない。只でさえあの真紅のシンフォギアを纏った少女の事を考えると思考が鈍るというのに、加えて、装者3人による連携攻撃。頭の中に注ぎ込まれる情報は膨大であり、蛍の処理能力は既に限界を超えている。

 更に敵は蛍の思考の癖を知っている。蛍の動きを先読みし、的確に対応してくる。ミラーデバイスは幾ら再生成が出来るとは言っても、それには時間が必要になる。平時であれば、それは僅かな時間に過ぎないが、戦闘中ともなればそれは致命的な隙になりかねず、それにかまけていてはいずれ息切れを起こすのは自明の理であろう。

 

 このままでは勝てない。命令を果たせない。ならば――

 

「…………ダイレクトフィードバックシステムによる演算処理の一部代替を実行。ミラーデバイスを手動操作から、自動操作へ変更。バトルパターン設定――実行。アシスト開始」

 

 敵が此方の動きを知っているというのであれば、その動きを変えるまで。その為ならば、多少の無茶は押し通す。

 周囲に浮かんだミラーデバイスが蛍の意思を離れ、予め決められていたバトルパターンに則り展開を始める。

 

「これはッ!? 何だこの動きはッ!?」

 

 急激なミラーデバイスの動きの変化に赤いシンフォギアを纏った少女から驚きの声が上がる。どうやらこの動きには対応出来ないらしい。少女の放つ弾丸の命中率が目に見えて落ちた。

 その様子を見て、フィーネの組んだバトルパターンは優秀だと蛍は心の内で称賛する。だが、やはり自分の意思で動かしていた時と比べるとどうしても違和感を拭えない。自身の手足をもがれ、無理矢理義肢をつなぎ合わせたかの様な違和感が蛍を苛む。ミラーデバイス達の意図しない動き、攻撃、視界。そしてその違和感は、蛍の行動のズレとなって現れる。

 ミラーデバイスが蛍に追随するのではない。蛍がミラーデバイスに合わせるのだ。

 操り人形の様に決められたバトルパターンに沿う動き。普段の自分の動きとはまるで異なる機械じみた行動。

 ダイレクトフィードバックシステムから意識に流し込まれるバトルパターンを只管に繰り返す。

 

「ダメ! 近付けない!」

「この動き、先とはまるで違うぞ! どうなっている、雪音!?」

「あの馬鹿、ミラーデバイスの操作をオートに切り替えやがった! 普段はちっとも使いたがらないから、あたしにも動きが予想できねえ!」

 

 少女のまるで普段から蛍と接しているかのような言は気になったものの、さしたる問題ではない。重要なのは、この戦法が敵に有効だというその事実のみ。

 少女達への迎撃をミラーデバイスに任せ、蛍は再び喉を震わせる。チャージを再開。戦場に響き渡る歌声が、淡い燐光となって周囲を照らす。

 高まるフォニックゲイン。ありったけを注ぎ込み、臨界に達したミラーデバイスは明滅を繰り返す。

 

「私の前から消えてなくなれええええええええッッ!!!!」

 

《流星》

 

 全てを滅する濃紺の極光が少女に向かって放たれる。蛍の想いの結晶が、力の奔流となって闇夜を切り裂き、少女を飲み込まんと疾走する。

 正真正銘、今の蛍に可能な最大火力。この攻撃を受けて、無事でいられる聖遺物など存在しない。たとえ相手が不滅を謳うネフシュタンの鎧であろうとも、再生する前に滅するだけの力をこの光の奔流は有している。

 だというのに――

 

「何故――何故貴女はまだ其処にいる!?」

 

 濃紺の光は尚も照射され続けている。だが、少女は健在だった。流星の直撃を受けながらも、その身は変わらず真紅の鎧を身に纏い超常の力を行使している。

 よく観察すれば、《流星》は少女に直撃してはいない。少女の正面に展開した透明の水晶状の物体が、濃紺の光を弾いているのだ。

 ただ正面から受け止めているだけではない。仮にただ真っ正面から受け止めているだけであれば、例えあの武装が光を反射することが可能なのだとしても、シンフォギアが聖遺物を元にして作られている以上、神獣鏡(シェンショウジン)で突破出来ない筈はない。

 だが、あの水晶は錐体状に配置され、《流星》を受け流すかのように配置されている。錐体の頂点に触れた濃紺の光は、切り裂き受けながされ、少女の身に届くことはない。

 両腕を顔の前で交差して、濃紺の奔流の中を少女は一歩、また一歩と確固とした足取りを蛍へ向ける。

 

「な、なんで……」

 

 距離が近づくにつれ、少女の姿が露わになる。それは無事とは言い難い姿だった。幾ら直撃を避けているとは言っても、神獣鏡の破魔の光を相殺仕切れず、流星の余波を受け少女が身に纏うシンフォギアのアーマーはドロドロと溶け出し、その顔は苦悶に歪んでいる。

 痛い筈だ。辛い筈だ。苦しい筈だ。だというのに、少女は歩みを止める事はない。

 

「なんで、そんなに……」

「決まっているだろ!」

 

 力強い言葉と共に濃紺の光を退け眼前にまで迫った少女が蛍に抱き付いてくる。少女の予想外の行動にその衝撃を支えることが出来ず、蛍は少女と共に地面に倒れ伏した。

 息の掛かる程の距離に少女の顔がある。紫色の強い意志を秘めた双眸が、蛍の紅い瞳を捉えて離さない。その真っすぐな視線から感じるのは、身を焦がす程に燃え盛る情炎の熱。

 

「そんな顔で歌うお前をあたしが見過ごせるものかよ!」

「か、お……?」

 

 目の前の装者の言葉に、戦闘中に押し倒されたという事も忘れて、自分の顔に手を当てる。特に違和感は感じられず、ミラーデバイスから送られてくる視覚情報に映った自分の顔を確認するも、映るのは、何の色も感じさせないいつもの鉄面皮。己の心を覗かせない為に、蛍が身に纏った他者との壁。いつも通りの自分だ。これの何がおかしいというのだ。

 

「分からないのか!? お前はいつだって歌う時は――笑っていただろう!!」

 

 少女の言葉に愕然とする。そうだ、詞世蛍にとって歌を歌うという行為は特別だった。幼い頃、研究所での生活を支えてくれた唯一の救い。あの無機質な生活の中でたった1つ、蛍に許された自由な行動。歌を歌う時は、全てを忘れられた。喉を震わせ、旋律を紡ぐ。たったそれだけの事が、楽しくて堪らなかった。

 フィーネとの生活の中で歌だけではどうしようもない事もあると学んだ蛍だったが、それでも蛍にとって歌を歌うという行為は楽しくて、心踊るものであった筈だ。

 それをたった今思い出した。どうして忘れていたのだろう。そして何故、蛍の根幹とも呼ぶべきこんな大事なことを見ず知らずの他人の言葉で思い出すのだ。

 蛍を蛍以上に知っている目の前の少女。蛍は彼女を知らない。それが無性に腹立たしく、堪らなく気持ちが悪い。

 

「五月蝿いッ! 五月蝿いッ! 五月蝿いッ! 貴女は誰!? 人の心にずかずかと入り込んでくる貴女は!? 知らない!! 私は貴女みたいなやつなんて知らない!! やめて!! 私の心を暴かないで!!」

「あたしは知っている!! お前が楽しそうに歌を歌う姿も!! お前が人の体に抱きついて幸せそうに眠る姿も!! お前が誰よりも優しい事を!! あたしは――雪音クリスは、この世界の誰よりも詞世蛍を知っている!!」

 

 雪音クリス。知らない。そんな名前の人物は知らない筈だ。知らない――筈なのに。そのたった6文字の音の響きが、蛍の耳に焼き付いて離れない。

 

『こ、これで貸し借りはなしだからな』

 

 ――頭が痛い。

 

『あたしが側で見ててやる。お前の隣に立って、お前が無茶しそうになったら止めてやる。その度に昨日みたいなケンカをするかもしれねえ。けど、多分、きっと、それで良いんだと思う。言いたいことも言えず我慢して、余所余所しい関係にはなりたくないから』

 

 ――頭が痛い。

 

『でももヘチマもねえ。進むときは二人一緒だ』

 

 ――頭が、痛い。

 

『説明なら後で幾らでもしてやる! 蛍、あたしと来い! お前はそいつの側にいちゃダメだ! そいつの創る未来は、あたしが望んだものでも、お前が望んだものでもない!』

 

 知らない筈の誰かの顔が、知らない筈の誰かの声が、知らない筈の誰かとの思い出が、知らない筈の誰かに貰った温もりが、蛍の意識をかき回す。

 

 どうしてこんなにも懐かしい。

 どうしてこんなにも愛おしい。

 どうしてこんなにも暖かい。

 両の瞳から溢れ出るこの雫は何だ。

 締めるつけられる程に苦しいこの胸の鼓動は何だ。

 響き渡る雪の音が、積もり、重なり、私の心を白く染め上げる。

 分かってしまう。気付いてしまう。思い出してしまう。

 

 私が狂おしいまでに――貴女を求めていたことを。

 

「――――クリ」

 

 口から溢れ出したその言葉は、最後まで紡がれることはなかった。蛍が最後の一文字を紡ごうとしたその直前に、けたたましい轟音と共に大地が揺れたのだ。砂埃が舞い散り、崩壊の音が鳴り響く。

 

 ――天を衝く魔塔が屹立する。

 




 申し訳ありません。3月に間に合いませんでした。
 急いで書いたのでちょっと荒い部分があるかもしれません。

 遂に4期AXZの放送時期が発表されましたね! タイトルロゴくそかっこいいです!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。