大学部誌の保管庫   作:三樹知久

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江戸時代辺りじゃないかな


雑食
おにぎりひとつくださいな


 暗い、何も見えない穴の中。荒い息遣いが聞こえる。手に触れる冷たい肌。これはもう息をしていない。手で触れた顔の形は、多分六助だ。後、何人この穴に残っているだろうか。こんなにも腕が細いのに、体が重い。真っ暗だけど、重いからどっちが上かはわかる。

 上は、大人たちが岩で塞いでしまった。暗くて、狭くて、息苦しくて、腹が減る。

 この穴にいるのは先に親が死んだ子供だ。

 時間の感覚もなくしたぼくらの息が、一つ一つ止まってゆく。

 

 ##

 

 原因は飢饉か疫病か。

 名目は人身御供か口減らしか。

 渇ききった田に痩せ細った死体が折り重なる。この世の地獄に、大人たちの結論は子殺しだった。穴の底に投げ込まれてゆく子供を想う者はない。誰も彼も、どうせ死ぬ。

 

 ##

 

 六助も死んだ、兵一も死んだ、次郎も死んだ、八重葉も死んだ、勘太も死んだ。聞こえる息は自分だけになった。自分の顔を手で触って確かめる。

 この顔、誰だっけ?

 六助も死んだ、兵一も死んだ、次郎も死んだ、八重葉も死んだ、勘太も死んだ。

 この穴、何人入れられたっけ?

 今生きてる「これ」は……誰だ?

 だめだ…………。眠い。

 腹が減るという感覚さえ、もうよくわからない。何も見えないし、何も聞こえない。自分の息も聞こえない。

 あれ? 息、止まってる?

 

 ##

 

 次第に岩で塞いだ穴は増えた。が、途中から穴にまだ生きている子供を投げ込むようになった。もう、穴を岩で塞いで墓標の代わりにする膂力も、新しい穴を掘る余裕もなかった。

 とうとう、死体と死体になる予定の者を捨てる穴もなくなった。村から逃げだす者達もいた。彼等の噂さえ村には戻らなかった。

 そうして、為す術なく飢饉の中その村は滅んだ。他の村では同胞すら喰ったことを鑑みれば、この村はまだ幸いだった。

 

 ##

 

 気付くと岩に腰掛けていた。自分がどの岩の下にいたのか、曖昧だ。こんなにも腹が減っているのに、体中に力がみなぎっていた。

 ここではない、どこかへ行きたいと思った。

 気付くと空にいた。吾等(あれら)が空を飛べるのだと気付いてからは何処へだって行けた。

 あんまりにも腹が減ったので、草でも食べようかと思った。穴に入る前は草も生えてなかった。手を差し伸べたら、突然イナゴの大群がやってきて草を台無しにした。

 山に行こう、木の皮ぐらいは残っているかもしれない。山は山火事が起きて台無しになった。

 何を食べようとしても横から掻っ攫われていった。

 お腹……空いた。

 

 ##

 

 飢饉が過ぎ去り十年ほどが経過した。人々は傷跡を抱えながらも前へ進んでいた。滅んだ村の土地を腐らせる訳にはいかないと領主が開墾のしなおしを命じた。

 開墾は困難を極めた。あの飢饉を生き残った村々をイナゴの群れが襲い、山へ逃げ込んだ人々を山火事が止めを刺した。

 残されていた井戸には人骨が詰まり水は腐っていた。田の跡を掘り返す度に人骨が鍬の邪魔をした。

 人々は一連の困難の元を祟りと呼んだ。

 

 ##

 

 何かを食べたいと思わなくなった。何も口にしていないのに腹が減らない。鼠が蔵を食い破る音を聞くと、頬が緩んだ。燃え盛る村を見ると力が湧いた、イナゴの群れが何かを台無しにする度に、口に涎が溢れた。

 頭のなかに響く。大人たちが怯える聲(こえ)。子供たちの嗤い聲。もっと欲しい。もっと聲が欲しい。聲が溢れると、何も口にしてないのに、抱締められるように安らいだ。疲れた時は岩に腰掛け聲を聞く。岩から染み出してくる嗤い聲、空から降ってくる嘆き聲。聞いてるだけで力が湧く。

 腹が減っていないのに、手を差し伸べる先は変わらない。けれど求めるものは変わった。喰おうなんて思わない。あれが台無しになればいい。

 もっと、もっと、もっと……もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと……。

 聲を!

 

 ##

 

 あまりに祟り祟りと人々が騒ぐので、領主は旅の僧でも歩き巫女でも構わない、これを鎮められる者に褒美を出す。と、お触れを出した。

 褒美を目的にした生臭聖職者共が、次から次へと押し寄せた。どいつもこいつも服を着た白骨になって、歩いて帰ってきた。

 ある旅人が、廃村を尋ねた。

 祟りは止まった。その時村で何が起きたのかは、旅人以外誰も知らないが、旅人は開拓団に何も語らず褒美も受け取らずに立ち去った。

 

 ##

 

 聲に不快な雑音が混じり始めた。退治? 除霊? 鎮魂? 何を言っているのだろう。

 まず酒臭いボロ布をまとった坊主が来た。あれは俺達にくれとイナゴが言うので、くれてやった。来た道を逃げ帰る坊主を空から追って眺めた。まず腕の骨が見え始め、頬の骨が見え始め、腹から臓腑をはみ出させながら悲鳴を上げて走りゆく。村に辿り着いた頃には服を着た白骨になって、がしゃりと崩れ落ちた。それからいろんな奴が来て、覚悟しろだの往生しろだの訳のわからないことを言う。

 あるときは最初のようにイナゴが欲しがった。あるときは鼠が欲しがった。いろんな奴が、喰っていいかを吾等に聞いた。わざわざ許しを欲しがる理由がわからなかったが、喰われる奴の聲は心地いいので許し続けた。

 あるとき旅人がやってきた。おっとうを、おっかあを、それと聞き覚えのあるたくさんの名前。叫びながら村を歩きまわる。

 イナゴに問うた、何故食いたいと言わない、言えば許すのに。

 イナゴは答えた、あれは正真正銘貴方のためのものだ。

 鼠に問うた、吾等のためと言われても、腹が減らないのならいらないだろう。

 鼠は答えた。今に分かりますと。

 旅人は吾等の腰掛ける岩の前に来た。

 ここにいるのか、旅人が問うた。

 その聲はいつも天から降ってくるものとも、岩から染み出すものとも違った。

 その聲にどれほどの意思が込められているかはわかったので答えてやった、誰を探している。

 次郎に六助、勘太に兵一、そしてもっともっと大勢探している。

 やはり聞き覚えのある名だった。

 俺がわかるか、平吉だ。

 その名にも聞き覚えがあった。が、馴染みはなかった。

 どの岩の下に誰がいるんだ、平吉が問うた。

 もう覚えていない、誰と問うのも意味は無い。誰も吾等の名なぞ呼ばないし知りもしない。吾等は吾等だ。

 もう分けられないのか、平吉が問うた。

 岩の下の聲たちが勢だ、吾等が一だ。

 名を決めて教えてくれ、平吉が言った。俺がお前を覚えておくしお前の名を呼ぶ。

 呼びたいように呼べ。吾等を吾にしてくれるのだろう? 

「いわせ」

 岩の精にして岩の下の勢。

 名を貰った途端、聲が聞こえなくなった。

 あれ程いたイナゴも鼠も姿を消した。

 そして腹が減った。腹の音が鳴る。平吉も鳴らしていた。

 平吉は握り飯を一つ吾に差し出した。

 食い終わった後。来るかと問われたので答えた、お前がまた来い。吾は此処とこいつらを守る。

 

 ##

 

 祟りが起きなくなった後、急激に開墾は進んだ。領主の夢枕にいわせと名乗る土地神が現れ、子供達の弔いと、社の建立を求めた。

 老境に差し掛かった旅人が再び村を尋ねると、豊作の祭りが催されていた。未だ神主のいなかった社に、いわせ自らが、その旅人を指名した。




 おなかが減るのは辛いですね。
 ちなみにいわせさん豊作について何もしてません。所詮は怨霊の寄せ集め、位が高くなっても祟り神です。あの子が働かないことが豊作に繋がります。平吉の子孫あたりに穀潰し言われながらも平和に暮らすんじゃないですかね。

ラブコメラノベ化待ったなし!!(あるわけない
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