大学部誌の保管庫   作:三樹知久

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あちらに評価を頂いても私は把握できませんのでご容赦ください。

……前話にもある通りこっからの雑食は駄作だらけです


自分のための利益

 僕の住んでいた孤児院には定年があった。職員の話ではない。孤児の側に定年がある。女子は二十五歳まで。男子は十五歳まで。僕はそれをずっと幼い時から知っていた。

 隣のベッドで眠っていた兄が部屋にやってきた職員に注射された。兄は目を覚まさないまま職員に担がれていって、二度と帰らなかった。僕は寝た振りをしていた。それから大勢の兄姉が消えて、大勢の弟妹が入ってきた。

 後三日で僕も十五歳になる時、僕は職員に聞いてみた。どうして十五歳なのか、女子の猶予は何故か。職員は得意気にどうせ逃げられないのだからと全てを教えてくれた。あの時、人身売買組織とか風俗とか臓器とか娼婦と男娼の寿命の違い、文字の読み方すら教えず家事と敬語を叩き込むあの孤児院で育った僕には難しい話だったけれど、今の俺にはよく分かる。というか、俺もめでたくアンダーグラウンドだ。切り売りするのは自分の命だけだが儲けはあいつらよりあるはずだ。なにせ手間暇掛からない。

 

 僕はせっかく教わった土下座とか、お掃除とかご奉仕とかをすることもなくリサイクルに回されるのが嫌だった。けれど、お前達は尊師様の利益となるのだと言われて育った僕には、自分が育つのに必要だった費用についてよく言われていた。だから、仕方ないと定年の二日前までは思っていた。

 どうやら僕はリサイクルに回しても使われない、タイミングよく怪我や病気の人がいなく僕の体はしばらく保存されるが間に合わず剥製として売られるだろうと言う話が夜中に職員室から聞こえてきた時もバラバラにされるよりは僕を欲しがってくれる方がいいかなと思っていた。その時、赤字という言葉が聞こえた。それまで受け入れていた全てがガラリと変わった。それは受け入れられない。尊師様には会ったことも声を聞いたこともないけれど、利益にならないのは嫌だ。育ててくれた誰かへの感謝を示す事が出来ないのは嫌だとその晩夜通し泣きながら気付いてしまった。あの晩寝た振りをしたのは何故だったか。僕は死にたくなかったのだと。嫌だけれど仕方ない、せめて意味がありますようにと思っていた。意味が無いと言われて、死にたくないだけが残った。今でも死にたくないと、それだけで仕事をしている。死にたくないなら仕事をやめればいいはずなのだが何処の国へ行っても俺の元には前職と関わる仕事が入ってくる。そうやって前職と言いたくても言えない日々が続く。

 

 家事を任されている僕等はマッチの場所を知っていた。灯油の場所も知っていた。買い出し袋の場所にはリュックサックもあった。そうして僕は定年前日、育った場所に火を付けた。リュックサックには日持ちのする缶詰を詰め込み、姉達と弟妹達(定年が早いので兄はその時いなかった)を見捨てた。僕が利益を生まない無駄ならば他の皆もそうなればいいと思ったからだ。初めて見る金網の外を歩いて行き、缶詰が尽きれば、道端で土下座した。繰り返すうちに土下座より路地裏でご奉仕する方が、利益が出ると気付いた。今思えば、投げ売りもいいとこだったな、安い物には安い気遣いしかしない。掛けた金の分だけ思い入れを移すのが世間って奴だ。毎日切れ痔だったのも当然だ。

 

 ある時、珍しく仕事場がベッドの上だった。真っ白いシーツなんて孤児院でも見たことがなかった。ドアをドンドンと強く叩く音はよく憶えている。ドアを蹴破った覆面の人たちが客を撃って、神の名を叫びながら慌ただしく出て行こうとした。お客を殺されて途方に暮れていた僕は連れてってと口走った。名前を名乗るとそれは名前ではなく番号だと言われ、異教徒の犠牲者を救うのも神の教えだと言って彼等は僕を縛って担いで運んだ。

 運ばれた先の地下室で、椅子に縛られた人が鞭打たれていた。何の偶然か僕はその人に見覚えがあった。何度も何度も鞭打たれながら尊師様の名を唱え、助けを求めていた。

 異教徒に助けなどない、尊師はただのペテン師だ。そう繰り返しながら尊師の居場所を吐くように命じる。鞭打っていたのは背の高い女の人だった。迷彩柄の服を着て髪の短い人だった。鞭打つように指示した人に皆敬語を使っているのに女の人だけは敬語を使わなかった。軽い口調でもなく、穏やかにもう無駄だ、洗脳が深い。と言った。

 鞭打たれていた人が今から殺されるとわかった僕は皆に僕はその人を知っていると言った。女の人はならば、入隊試験を兼ねよう。洗脳の度合いも一目で分かる。そう言って拳銃を二つ取り出して両方共一発ずつ弾を込めた。一つを僕に渡して、即座に女の人は僕の後ろに回った。もう一つの銃が渡された。僕の後頭部に銃口を突きつけながら言った。それが全ての始まり。その日まで俺は誰かの利益に身を任せる人形に過ぎなかった。

 

「好きな様に使うといい、お前が斃した分だけお前の利益になる」

 目の前には僕に掃除を教えてくれた人が椅子に縛られている。腕が震える、あの時台無しになればいいと思ったけれど嫌いだったわけでもない人がいる。僕の利益と女の人の利益が同じでなければすぐさま僕は死ぬだろう。僕の利益とはなんだろう、どうして死にたくなかったのだろう。何もかもがグチャグチャでよくわからない。縛られた人は僕の顔がわからないらしい。

「脅して殺人をさせるようならお前らのほうが邪教徒だ」

 息も絶え絶えに叫んでいる。僕に掃除とご奉仕を教えた人は僕のことを君と呼んだ。逃げろとかも言い出す。どう見ても無理じゃないか。

「生憎私は雇われで、彼等の宗教に興味はない。そちらがこちらより多く払えばよかっただけの話。こちらに付いた方が利益はあっただけだ。躊躇いが長いな、十、九」

 もう時間がない、腕の震えは止まらない。あの人の顔を見たくない。僕は目を瞑ったまま、引き金を引く。銃声は一発しかしない、僕は利益を得た。目を瞑ったまま、あの人の呻き声や叫び声が聞こえなくなったことに気付く。

「私のことは師匠と呼べ」

 女の人はそう言って、銃を奪い取って片付ける。弾は右目に当たっていた。

「あと、一人称は俺に改めろ。この業界舐められたら終わりだ」

 

「師匠は僕を助けたことでどれだけの利益を得ますか?」

 利益がないなら僕をこうして弟子に取るはずがないので聞いてみた。

「無い、私が利益を得るのは仕事を受けるときと片す時だけだ。お前もそうなる」

 では、僕はどのように誰かの利益になるのか。尊師を裏切った僕はどういうルートで売られるのか聞いた時、

「勘違いしているようだがお前が努力しようとどう死のうとお前が利益を生むのは一人分だ。お前を殺した敵兵がその分だけ利益を得る。お前がどう磨こうとお前が死ねばただの傭兵一人分の死体でしか無い。そして、それを受け取る奴もその戦場で殺した大勢を一人一人覚えはしないだろう。お前が誰かの特別となって利益を生むことはない」

 その言葉は今までの僕の誰かの利益になるための生き方の真逆を言った。

 そして師匠は僕に再び銃を握らせ、遠くにぶら下げた訓練用の的へ自分の銃を向けた。師匠が引き金を引く。だいぶ遠いけれど見間違えるはずがない。弾は的の右上の端っこ。

「師匠?」

「黙って見ていろ」

 次に当たったのは先程の穴のすぐ隣。次もまたその隣、次も次もその次も。そうやって的の端っこまで、穴が並んだ。ぷつりと紙で出来た的は千切れて宙を舞った。

「僅かにずらすだけの連続射撃、ミシン穴とこの技術を呼称する。複数の標的を狙うのと違って狙い直すのではなく角度と距離を意識する必要がある。銃に慣れるにはこれが一番だ。これが出来るようになる頃にはお前の利益は仕事によってのみ生まれる。そして受け取るのは他人ではなくお前だ」

 銃はとても重い。腕をピンとまっすぐに伸ばしていると余計に重く感じた。心臓が動いているから体は常に振動する。振動を少しでも減らすためには呼吸を止める。肩の上下の動きが抑制される。呼吸を止めると目が霞む。その前に撃つ。連続射撃を命じられたので呼吸を再開せず撃ち切る。拳銃から十五発弾が出て、練習用の的の採点円が丸く切り取られた。とても難しい。

「直線になりませんでした、師匠」

「ミシン目自体は出来ている。弾倉を入れ替えろ。次は構えてから二秒以内に」

 呼吸を止めるタイミングを掴むのにはあまりに少ない持ち時間。これが出来るまで僕は四日かかった。その頃には銃の重さにも慣れてミシン目は直線になった。

「とんでもない化け物を拾った」

 師匠はボソリと呟いたけれど僕にはよく聞こえていた。

 

「次の訓練はこれだ、地面に落ちる前に撃て」

 師匠が空き缶を投げる。僕は両手持ちの狙撃銃でそれを撃つ。段々と一度に投げられる缶は増える。

「動くものを手早く連続で狙う。実戦で立ち止まる敵兵はいない。単独で行動する敵兵もいないと思っていい」

 一つ投げられた。成功。二つ投げられた。成功。三つ。成功。四つ成功。五つ失敗。失敗。失敗。失敗。成功。六つ投げられた。成功。

「そろそろ弾倉の数が限界で同時に撃てなくなるはずだ……そもそも一日目でここまで撃つとは思ってなかったが」

 七つ。成功。八つ、一発足りない。薬室に一発仕込んで弾倉を替える。成功。

「……これ以上は無理です師匠」

「これ以上を想定した訓練じゃない。……一日で終わらせることも想定していない」

 師匠は時々妙な目で僕を見る。その日から朝起きたらミシン目三枚と缶七つを二セット。これを日課にするようになった。基本ここの食事は三色ベジタブルの缶詰なので缶は尽きない。戒律は大事らしい。尊師たちは戒律を守っていたけれど僕は信者じゃなく商品なのでお肉はたくさん食べさせられた。懐かしい限りだけれどあそこを出てからお肉一度も食べてない。そろそろ三色を食べ続けるのは限界を感じる。

「ここの食生活は今までの職場の中では上位に入る。まず毎日食事が支給される方が珍しい。お前は今まで飽食していたからもっと減らせ」

 師匠の容赦の無さは留まることを知らない。

 

 日付を数えるのをやめ、ご奉仕に向かない筋肉質な体になった頃。昼の訓練の途中で外が騒がしくなってきた。

 見覚えのある顔が窓の外に並んでいる。皆火傷の痕がある。あの顔じゃあ商品にはならなかっただろう。

「腹に爆弾巻いているだろうな。ヘッドショットだけで終わらせろ」

 それから丸一日中射撃を続け、見覚えのある顔が尽きても行列は止まらない。あそこあんなに人貯めこんでたのか。師匠はとっくに狙撃を諦め爆弾は爆弾で処理するものだと言わんばかりにグレネードランチャーを乱射する。

 僕が撃てば撃つだけ僕は利益を得ると師匠は言ったけれど、僕に利益をくれる人達の顔を僕は次から次へと忘れていく。僕もああなっていたのだろうか、あそこにいる昔の僕等は疑問も恐怖もないまま手を繋いで倒れたものを引き摺りながら前進して、散る。

 師匠も僕も無言のまま、ただ撃った。日が沈む頃。ようやく静かになった。僕等以外にも雇われていた傭兵も皆疲れきっている。どれだけ楽勝で勝てて当たり前でも射撃は疲れるものだ。

 

 一段落ついて報酬を受け取り、その土地を去る時。師匠は言った。

「何人撃ったか覚えてるか?」

 僕は覚えていなかった。これでは自分の得た利益がわからない。彼等は僕の利益になったはずなのに僕はその利益を数えることすら出来ないのだ。

「そんなものだ。これで誰かの利益になるなんてもう思わないだろ?」

 そう言って師匠は初めて笑った。僕が誰かに利益になる事について懲りるのはまだまだかかる。その笑顔を見て僕はそう思った。

「ところでな、私がミシン目を二秒直線で出来るようになるのに一月半かかった、いい拾いもんをしたよ」




 もっと絶望感ある戦局を書くはずだった。戦争モノは相変わらず苦手だ。
 ちなみに、私は自分の為にも他人の為にもならないことをして時間を無駄にしてます。
 一刻も早く死ねばいいと思います。腕の良い通り魔絶賛募集中。麻酔要りません。

当時のあとがきをそのまま掲載

締め切りに追われるとすぐこういうこと言い出すんだから
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