土を掘る音が好きです。落とし穴を掘る音が好きです。ロケット団が好きです。
杉の木の皮は逆剥けを重ねたようになっていて、素手でもペリペリと剥がすことができる。その剥がした皮程度が狭い小屋の暖炉にはちょうどいい。暖炉は火を部屋の中に晒すことで成立する暖房器具だ。よく燃えて長持ちする薪は火を見張り続けなくてはならないため私には少々辛い。そもそも眠っている時が一番楽だし、眠ってさえいれば私は寒さも暑さも関係ない。曇った夜空に星は映らず、雲と空の協会は見つからずただただ薄暗い新月の夜。ざくりざくりと硬い地面を穿つ音がして、私は仕事がやってきたことを知る。
旅の途中男が偶然訪れた村で、葬式が行われていた。雨の晴れかけた夕暮れ、弔われてゆく娘は駆け落ちから戻ってきたばかりだったという。男にはすぐ分かった。この葬列の誰が親で、娘は何故死んだのか。身なりの良い口髭の男とその妻が悲しそうな演技をしていた。清々したと、恥を片付けられたとそう言っているのが男には聞こえているかのようだった。慣れない土地での病で逝った? 笑わせる。堕胎のついでの間違いだろう? 葬列の目の前を横切りながら男はそう嘯いて投石で追われた。げたげた笑いながら男は立ち去ったふりをした。
墓地は杉の木の人造林で囲まれ霧が晴れない。まっすぐに伸びる杉の木が乱立するさまは遠目には壁のように見える。日が沈めば杉の木たちが村の明かりを阻み、今夜のような新月は墓地から色彩を奪う。
ひとつ全ては金のため、ふたつ全ては天下の周り物、みっつ全ての権威を削ぎ落とせ。
鼻歌を歌いながら男はツルハシを操る。でかい獲物が眠ってると知っている時ほど愉快な仕事はない。新月の夜、色彩のない世界で目は蘭々と光をはらむ。
「なにをしているんです?」
抑揚はないが清らかで、それでいて空寒い、枯れ果てた老婆のようにも花も恥じらうような年頃のようにも聞こえる声がした。
「カネになるもんが地面の下に埋まってんだぜ? 天下の周り物がこんなトコに留まっていいわきゃねえだろ?」
「立ち去りなさい」
声の主は女物の喪服を着ていた。右手のランプがゆらゆらと乱暴に扱われながら世界に色彩を戻す。ベールで顔は覆われ、わずかに覗く紫色の唇のみ。足音もなく衣擦れの音すらなく、素足のまま近づいてゆく。
「死人本人は文句言わねえぜ? 疎まれた娘の墓だ、生者も文句言わねえし」
光をはらんだ目が細く歪む。それが笑顔だとわかるにはまだ両者の距離は遠すぎて、ランプに与えられる色彩が男に届いていなかった。ざくりざくりと土を掘り返す音は静かな会話の中でも途切れない。
「私が文句を言います、立ち去りなさい」
再度の警告と同時、べきりと土以外の音がした。木で出来た夕暮れに埋められたばかりの真新しい棺にツルハシが突き刺さる。
「安心しろよ、死体に興味はねえから。副葬品だけ相場の半額で叩き売って、ついでにこの娘の親の家系を曰く付きにしてやんのさ」
色彩が戻った男は焦げ茶色のボロ布をマントのように羽織っていた。
棺の中にはネックレスを掛けられたまだ幼さの残る顔。唇だけが生者の様に瑞々しい。
堕胎に失敗して毒で死んだにしては腹が平らになっていた。副葬品はネックレスだけではない。指輪や化粧品、手鏡。あちらへ逝っても困らないように。そんな気遣いの見える副葬品を選んだのは母親なのだろう。
「カッ、死人は気遣いされても知ったこっちゃねーっての」
「弔いは生者への慰めです、死者はあなたの言う通り何も感じない」
「弔いするような奴は棺の中を確認しねえよ、結局此処にあるだけ無駄だろう?」
平行線な言い合いが止む。赤子の声がした。腹が平らになっていたのは中身が出ていたからだ。
赤子の声に驚いた隙に喪服は盗賊からツルハシを奪う。それをそのまま棺から這いずり出てきた赤子めがけて振り下ろした。胴体を貫き、その大半が抉れて失われる。残っているのは手足と首のみ。
「何してる? ってか俺の商売道具に血をつけるなよ」
責められる側だった盗賊が喪服を睨みながら問うた。
「この地に安寧があると生者に思わせるのが私の役目、死人の腹から生まれる生者はいない。この子も此処に留まってもらう。彼女の親もその為に彼女に薬を飲ませたはずだ」
悪びれもなく、喪服は答える。
「此処で穴を掘るのは常に埋める為であって、掘り出すためじゃない。あなたも此処に埋まってもらう」
「しゃーねえな」
右手にランプを下げたまま、左手一本でツルハシを戦斧のように振り回す。音もなく軽々と振るわれるツルハシを躱し、マントに身を包む。二撃目がマントを貫いた時、そこに盗賊はいない。
「何事にも例外はある。あんたが生者の癖に此処に留まるように」
声は後ろからした。振り返ると盗賊は胴体の風穴の為にひしゃげてしまった赤子を抱えている。ひしゃげた体は手足の方向すらバラバラだ。
が、それは動いた。赤子は自分の体に何が起きてるのか理解していないだろう。何一つ恐れることはないというように笑っている。
「例外はある、胴が潰れても死なない怪物とかな」
盗賊は三撃目を躱さなかった。ツルハシが鼻面を貫く。無事な顎は減らず口をやめない。
「そもそも死なない奴は生きてるといえるか? 生きても死んでもいない例外とか」
赤子の風穴がみるみるうちに塞がり手足の向きが戻ってゆく。
「例外同士仲良くしてやれよ。いやー悪かった。この副葬品はそのガキへの遺産であるべきだ。あーばよ」
赤子の傷が完全に塞がると同時に、盗賊の姿は掻き消えた。宙に残された赤子が地面に落ちる前に、喪服はそれを抱き止めた。
「例外……仲良く……」
気付けばツルハシもそこに既に無く、副葬品は無事なままの棺の上の地面に丁寧に積まれていた。何かに化かされたように、盗賊の痕跡はない。
「仲良く?……例外」
喪服が言われたことをぼんやりと繰り返しながら赤子をあやしていた。
物心ついた時には此処にいた。墓場に積もる落ち葉を片付けたり、葬儀の手伝いをしたり。墓暴きを殺して仲間入りさせたり。生者と死者についての話も誰かに教わったわけじゃなく、生活の中でそう思っただけだ。例外なんて考えもしなかった。けれど、よくよく思い出すと物心ついた時から背丈も姿も変わっていない私も例外なのではないか。対してこの赤子は急所の位置が違うだけで例外ではないらしい。なにせ食事を求める。
杉の木で作られたログハウスで猫が居眠りしていた。それにじゃれつくようにして、赤子が襲いかかる。しがみつき、その脇腹に噛み付く。ずず、と何かを啜る音がする。猫がひしゃげ潰れ、皮と骨ばかりになってゆく。肋骨の下に臓器はもはや収まっていない。急速に干からびてゆきながら猫は呻き声を上げ続ける。声が止まると同時に、猫は塵と化して宙に消えた。赤子はただきゃっきゃと笑っていた。
出会いからしてその赤子は狂っていた。あれは間違いなく人ではない。きゃっきゃと笑いながらその赤子は何にでも噛み付いた。既に吸うような中身も水分もないであろう薪や、墓地を囲む木々、喪服に食事として与えられた小麦粉の絞り汁は器に噛み付いて塵に変えながら飲み干した。獲物を塵にする度に赤子は育っていく。体のサイズではない、出来ることが増えてゆく。猫を塵にした時から木登りをするようになった。鼠を何十匹と与えているうちに色彩のない夜を高速で這いずり回るようになった。鳩を啜った時、脚を翼に変え逆さのまま羽ばたき飛んだ。
食事を与えているといえばそうかもしれない。極力赤子を外へ出さず獲物になりうる物は家の中で放すようにした。
怪物の赤子は育ってゆく。あどけない笑顔で、手当たりしだいに食い散らかす。それが少年と呼ばれる大きさになった頃、背中に跨がられてすすられたイノシシが干からびきらずに生き残った。
まるで生まれる前から自分のものだったかのようにこいつの背は馴染む。まるで首輪でもつけたかのように。僕はそれが自分にできると知っていた。吸い尽くす事も、生かして従えることも。濃い霧の中を駆けてゆくとこいつの毛並みも僕の髪も僕の頬もじっとりと濡れてゆく。墓場を囲うフェンスの脇に僕の家はある。更にそのフェンスを囲むように杉の木が立ち並ぶ。杉の木の隙間を霧が埋める。視界は白く濁っているけれどこいつがいれば何も恐れる必要はない。蹄が地面を蹴る音は力強く、白を突き破って現れる樹の幹を躱しながら減速せずに林を突っ切る。イノシシから降りて目の前のドアを開く。
「母さん、仕事だ。領主がくたばったってさ」
「そう、じゃあ棺桶を作るところから」
定期的に木を切り倒し、乾かしてある。これを四角い木材にしてかすがいと蝶番でまとめる。棺づくりはこんなにも簡単だ。どちらかと言うと材料の確保のほうが面倒くさい。霧の深い杉林の中では材木が乾かずカビる。そうして棺づくりを瞬時に終え、担いでイノシシに跨る。母さんは先に墓地で待つ。
村の中を走ると誰も出てこない。死に関わる者と関わると余計なものを招くだとか何とか。よくわからない。領主の屋敷に向かうとみんな普段の母さんと似たような黒い服で僕を迎える。ここの領主は一人娘を病で亡くした後、婿養子をとって後継に育てたらしい。
この屋敷のみんなは僕の顔を見てはっとした。何か驚くようなことでもあるのだろうか。メイドたちがヒソヒソとお嬢様に瓜二つとかあとは目と髪の色だけだとか言っている。昔死んだお嬢様がどんな顔だったにせよ男の僕と瓜二つというのはいい気がしない。他人の空似に決まっている。
死人を表口で扱ってはならない。だから裏口から訪ね裏口から運び出す。家族や使用人達が馬車に乗ってついてくる。霧の杉林を抜け、金網の切れ目の門を開く。母さんは既に穴を掘り始めていた。本来農具であり命を育む手伝いをするはずの鍬で、固くて雑草もない痩せた土地を掘り返す。その間僕はスコップを洗う。前に使った時もちゃんと洗ってその後しまったから汚れ一つ無いスコップだけれども決まりの一部だ。もう一本汚れたままのスコップで母さんが掘り返した土をひとつの山にする。
掘り終えた穴に棺を納め、きれいなスコップを遺族に渡す。まず次期領主の婿養子。さっき作った山から一掬いして、棺に土をかける。次は先立たれた領主の妻。一掬いして、かける。他にも数人の血縁とメイドたち。この間ただ一人を除いて無言のままだ。その一人が僕の母さんだ。墓穴の目の前に建てられた、まだ名前を掘られていない墓標。それに後ろから縋り付いて哭き真似をする。涙は一粒も流れないし、ベールで隠れた顔を気にする者もない。無言の中哭き声が響いている。死者に未練を見せてはならないから埋めている本人達は必死に涙を堪えている。その代わりを務めるように母さんは哭き続ける。
穴が埋まりきって棺の体積分、土が余る。哭き真似をやめる母さんに代わって段々と堪え切れなくなった遺族たちが泣き始める。
「まだです、埋め終えていません。死者に泣き声が聞こえます」
母さんは遺族たちを制し、僕にスコップを渡した。
「お祖父様にご挨拶」
ああ、他人の空似じゃなかったのか。昔言われた堕胎をミスった父とはこの領主の事だったらしい。けれど僕は首を横に振って、スコップを受け取らなかった。母さんは僅かに首を傾げたけれど、僕に生みの母はいない。だから祖父もいない。いるのは母さんと僕を掘り返したという盗賊だけだ。
僕等の仕事は一度終わりだ。僕等はここを離れ、遺族が泣いたり思い出話をする時間を与える。今夜一晩。それが終わればまた一日仕事が待っている。墓石に名を刻む。やり直しが効かない上に時間の掛かる仕事が待っている。
僕等は生きていない。だから変わらない。死者が出ても出なくても。僕等はここで仕事をするだけ。
ヤマ無しオチ無しイミ無しと三本柱揃ってしまった。
ここまで描写ばかりに拘って、設定や伏線ブン投げたのも初めてだ。
三題噺なんかするんじゃなかった。
ちなみに出たお題は
盗掘屋 杉の木 首輪
でした。杉の木しか使ってないような気が……きのせいきのせい