大学部誌の保管庫   作:三樹知久

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連載ではないが世界設定は同一という
キノの旅に近い作品形式を目指したらしい
こういうのを身の程知らずといいます


ファンタジー系
今日も明日も明後日も


 早朝定時、夜間自己分析(スリープデバッグ)終了。再起動(リブート)。

 本日の実行スケジュール確認。

 条件追加、項目、天候。

 命令の取捨選択のパターンに変更発生。

「今日は洗濯日和だなーっと」

 条件追加、項目、時刻。定時条件命令の実行。

「そろそろ朝飯を御用意しますかね」

 後方より生体反応接近。対象を確認。

「ボルクさん、今日の分の牛乳が届きましたよ」

 下位個体の一を確認。表情のパターンを補正。パターン微笑の七。言語入力を確認。反応パターンを実行。

「ああ、ナナリー。ちょうどよかった、今日はヨーグルトを切らしてたからな」

 条件追加、項目、物資。

 命令の取捨選択のパターンに変更発生。

 追記実行。下位個体への命令。

「さて、今朝はちっと贅沢にパンケーキといくか、ほれナナリー、お前も働け」

「牛乳運びの重労働したばっかりなんすけど!?」

「働け」

「はい……」

 

 ##

 

 壁も天井も紫に塗りたくられ、敷かれたカーペットも度合いは違うがやはり紫だ。そんな、高級感漂わないズレた内装の土地だけは高そうな館。名をカストロフォビア邸。

 その館の台所でソレは料理に勤しんでいた。顔の上半分は目出し穴のない鉄の仮面に覆われ、左の手首には蛇口のついた腕輪、服装は燕尾服。その姿は執事に見えないこともないが、たった二つの異物があまりにも冒涜的だった。

 パンケーキの生地を作る途中で、コップを取り出す。手首の蛇口をひねるとどぽりと重たい水音と共に血が溢れた。コップの八分目あたりで蛇口を閉め、小匙で一杯掬う。それを生地に混ぜ込み、もう二三回泡だて器で撹ぜたあとフライパンに流す。

 後ろで野菜を切っていた赤毛のポニーテールにメイド服の少女がコップに手を伸ばす。

 あと一歩で届くという時にその額に右の手刀が打ち込まれる。

「ナナリー、ソレはぼっちゃんのお目覚めの白湯だ」

 ソレに入っているのは水でもなければ白くもないが、目的として最も近い表現なのだろう。

「もう四日も飲んでないっすよ!?」

「わかってる、飲みたいサイズのコップを出せ」

 遠慮も容赦もなくナナリーと呼ばれた少女はビール用のジョッキを差し出した。

 左手の蛇口のコックがまた捻られた。

 

 ##

 

 紫色のシーツの天幕付きベッド、天幕から垂れ下がる青紫色の薄いレース。

 その中で眠るあどけない少年の肌と髪は限りなく白。

「ぼっちゃん、御目覚めの時間で御座います」

 もぞりと幼い体をくねらせて、寝転んだまま伸びをした。

「うぅ……あぁ」

 白い少年を起こしに来た執事は血の注がれたコップを取り出す。更にそのコップの口元を少しばかり手で扇ぐ。

「うむ……おはよう、ボルク。食欲をそそるいい匂いがする」

 幼子が寝起きでぐずるような声を上げ、僅かに頭を揺らした。すぐに正気を取り戻しその姿に似つかわしくない尊大な口調で、その姿に似つかわしい清らかな声を出す。

「はい、御早う御座います、ぼっちゃん。まずは御目覚めの一杯を」

 コップを握らずに手のひらに乗せて取りやすい高さで差し出す。

「ぼっちゃん、それをお飲みになったら御着替えです」

「どうせ着せるのもお前の仕事だろ?」

 上半身だけを起こして、枕にもたれかかりながらコップを受け取ると、ドロリと粘性の高い赤を一息に飲み干し、手のひらにコップを返した。

 床に素足のまま立つ少年の背丈は執事の鳩尾あたりに留まる。着替えは滞り無く進み、そして終わった。

 

 ##

 

 二十人が一度に着席できそうな長テーブルに椅子は一つだけ。テーブルの端から端まで皿が並べられている。

 皿に乗っているのは大半が肉だ。ディナーのコースのメインディッシュとして出されそうなものばかりが並ぶ。

 しかし、ただひとつの椅子に腰掛ける少年の目の前にすらフォークもナイフも置かれていない。

「朝食としては僅かに及第点に足りないかな」

 これだけの量を目の前にして少年はまだまだ食えると言わんばかりの言葉を口にした。

「朝は時間との戦いですし、日によって配達物も物資も変わりますので」

「言い訳のつもりか?」

 体躯に見合わない鋭い視線も目隠しをされた執事には通じない。

「いえ、私はぼっちゃんの命令通りに動くしか能がございませんので、不測の対処に御不満ならば私への命令とパターンの追記を進言致します」

 主である少年に対し真正面からお前が無能ならその傀儡も無能に決まってると言ってのけるが、その表情は清らかな笑みのままだ。

「まあいい、喰うか」

 憮然とした表情で執事の不備の追求を諦める。

 両腕を大きく広げたまま、口も大きく開く。口の端が裂け、耳まで到達する。裂け目は耳の下を通り首の横へ、そのままシャツの中へと消える。シャツが内側から破け、脇の下を通って胴体前面全てが下顎となったのが現れる。大きく開き下に向いた下顎から肉が一枚離れた。

 舌だ。にちにちと不気味に脈打ちながら少年の全身の体積を超える勢いで舌は伸びていく。

 それが料理を次から次へと巻き取り、すべての料理に到達し、ずるんと僅かな粘液を皿に残して幼い肢体に一瞬で収められた。

 口がみるみるうちに閉じ、化け物じみた姿が上半身を露わにした少年の姿に還った。それでも胴体全てが口になった名残はあるようで、ゴリゴリと咀嚼する音と共に全身が波打つ。波打つ度に破けて散った服が床から掻き消え、うっすらと透けるようなシャツが見え始め、そのシャツは蠢く度に存在感を濃くしてゆく。最後にゴクリと飲み込む音がしてその蠢きは終わり、同時に衣服も完全に元通りになっていた。

 胴体がまるごと口となったというのに飲み込んだそれはどこへ向かうのか。明らかに少年の体積より大きかった舌と同じ場所に入ったのだろうがそれは一体少年の体からどこへどう繋がっているのだろうか。

「量はともかく、味は良かった」

 見た目通りのあどけない笑顔で言う。

「恐縮です」

 答えてから手を二度叩く。

「あいさー!! デザートっす!!」

 皿を両手で持ったメイドが扉を蹴破って現れた。

 皿の上には蜂蜜のかかったパンケーキ。

「ナナリー、フォークとナイフはどうしました?」

 部下相手であっても主の前ではその口調と態度は崩さない。話す相手の立場ではなく公私で口調を変えるように組まれているらしい。

「忘れたんで素手で食ってください」

 単純な者の笑顔は眩い。そんな笑顔に容赦なく手刀が叩き込まれるが、その一撃は届くはずのない椅子に座った主の物だった。伸びた腕は蛇が鎌首をもたげるようにメイドの喉笛を狙う。

「望みどおり素手で喰ってやるからそこを動くな」

「食器とってきまーっす」

 即答して皿を持ったまま逃げ出した。

「ぼっちゃん、アレの解雇を進言致します。役に立ちません」

「不便を楽しめ、お前の仮面と同じだ」

 ナナリーが戻ってきた時、パンケーキは半分減っていた。

「いい感じに役立たずで不便だな、折檻は任せるぞ、ボルク」

「はい、ぼっちゃん」

 

 ##

 

「あの性悪執事……。そもそもね、あーんなうまそーなもん我慢しろってのが鬼畜なんですよね。むしろ半分残したことを褒めてほしい」

 使用人として破綻しきった発言をしながらもその声の主は一応言いつけられた仕事をこなす。モップを握りしめ、絨毯を押しのけた床を磨く。

 窓の外は太陽から光が降り注いでいる。

その向こうではシーツやテーブルクロス等が干されている。どれも濃度や彩度は違えど紫色だ。そんな光景を日陰から窓を斜めに見つめ、カーテンを閉じて日陰を増やしてから窓の前の掃除に移る。

「あーあー不便な体になったもんですねー。そうだこの体が悪い、胸が育たんのも背が伸びないのも、腹がへるのもみーんなこの体が悪い!!」

「その体が不便かどうかは置いといて、忌々しいのは確かだ。死に給え」

 壁を突き破る鋭く長い刃が少女の股から脳天へと通り過ぎた。

 左右に開いた肢体が地面に倒れる寸前に、それは無数の鼠になって崩れた。

 鼠共が互いの体を駆け上り、積み上がり、人型を成す。

 鼠色のままの人型が叫ぶ。

「乙女の股間に何ぶちこんでくれるんですかぁ!?」

 壁の向こうに消えた刃が、向こう側から壁を切り砕く。差し込む日に逃げきれなかった鼠が灰になる。

「げ、服取りにいけねーじゃん」

 肉体の再構成と着色を終えた全裸の少女に向かい合ったのは東洋の刃を携えた神父の服装の老人だった。

「ナナリー・カストロフォビアだね? 慈悲を受け取り給え」

 顔を伏せ、右手に刃を左手に首から下げた十字架を握り締め、厳かに告げる。

「カストロフォビアに会いたきゃ庭の墓でも拝んだらどうっすかい? 怪物に襲われて滅んだ貴族の館にゃ赤の他人が住まうのみっすよ?」

 皮膚の内側から、鼠に喰い破らせながら湧き出させ、体中から無数の牙と敵意を剥き出しにする。

 

 ##

 

 同時刻、執事は台所で皿を洗っていた。すすぎを終えた皿が横に積み上がる。指先は皿を撫でキュッキュと小気味のいい音で皿の清潔を示す。

 最後の皿のすすぎを終え、横に積む。

「皿洗いの次は、あなたが終わり」

 壁を砕きながら鈍器が襲い掛かる。鈍器は巨大な十字架だ。振り下ろしたのは豊満な肉体の修道女。

 首が圧し砕け、頭蓋は肋骨の中に埋もれる。衝撃で両腕が斜めに跳ね上がる。

「子孫代々に渡って末永く御使い頂ける、高級奴隷。人身売買はカウフマン人体実験場にお任せあれ」

 頭の潰れた筈の男が謳う。それは身勝手極まりない人買い達の商売文句。

「執事は人間って報告受けてたんだけれど……」

 頭の上から十字架をどかし、めり込んだ頭頂の髪を鷲掴みにして引っ張る姿はどう見ても人間ではない。

「そちらの業界では珍しい相手でもないだろう? 十字架の狗」

 頭を引き釣り出した後、ナイフやフォークを首筋に刺し込み砕けた骨の代わりにする。

 洗い終えた皿の中でも一際大きな物を左手に携え、右には肉切り包丁を握る。

「昼食の食材、及び物資の予定を変更」

 

 

 ##

 

 あの頃私は宝石箱の中のように輝かしい日々を送っていた。人は恐ろしい目に遭うと記憶が飛ぶものだというが、あの日のことはよく覚えている。逆に、あの日以降の記憶が曖昧で、目が覚めれば体に纏わり付く蛇。全身を埋め尽くす蛇の群れ。それを引き千切ってひたすら食っていた。

 伝統と一族に誇りを持つお父様。優しく美しいお母様。無機質な命令じゃなく温かい信頼で仕え続けてくれた∨-69号。内装も紫だらけの趣味の悪いものじゃなかった。

 あの夜、死なないだけの取り柄は、本物の怪物の前には四肢を切り落とされた木偶になる他の道はなく。貞淑な妻なぞ、純血喰らいの蛇の前には血の詰まった酒樽だ。人の王に軽口を叩ける程の忠言を持った男なぞ、夜の王の前では踏み砕かれる柵だった。

 その夜私は怪物の血に犯され、蛇の肉に侵された。その後のは何もかもがおぼろげだが、一つ言えるのは私は勝って自由を得たのだ。蛇を眷属に持つ怪物は、たかだか鼠に縋る少女に負けて喰われたのだ。

 その後は苦労した。とうに夜行性になった体を無理やり昼に動かし、太陽の位置と日陰の角度に気を使いながら自分のいる土地の位置と言葉を覚え、夜にこそ全力で距離を稼ぎ、ようやく辿り着いた我が家は……。見知らぬ糞ガキの城と成り果て、信じた従者は自我を捨てていた。

 ああ、恥ずかしくて昔の苗字なぞ名乗れる筈がない。

 

 ##

 

「皿洗いの次はあなたが終わり」

 条件追加、項目、外敵情報。音声及び足音から距離と位置を概算。対応のパターンを補正。

 条件追加、項目、戦闘状況。鈍器の衝突角度、重量、及び速度から腕の長さと肩の高さを概算。

 戦闘行動のパターンを補正。

 条件追加、項目、損傷状況。損傷軽微。行動のパターンを補正。計算続行。

 発言のパターンを補正。警告の九八。実行。

「子孫代々に渡って末永く御使い頂ける、高級奴隷。人身売買はカウフマン人体実験場にお任せあれ」

 情報入力音声による反応を確認。

「執事は人間って報告受けてたんだけれど……」

 情報入力、修復のパターンを実行。

 追記実行、挑発の五六。

「そちらの業界では珍しい相手でもないだろう? 十字架の狗」

 戦闘行動の取捨選択のパターンに変更発生。武装開始。

「昼食の食材、及び物資の予定の変更」

「冷蔵庫壊した覚えはないわよ!」

 条件追加、項目、音声入力。反論。却下。

 同時入力、敵対対象が追加の攻撃行動を実行。右方より鈍器接近。

「新鮮な肉は調理するなとの坊っちゃんのお達しでね」

 挙動情報を計算式に追加入力。位置情報の保持を目的に回避パターンを選択肢から一時削除。戦闘行動のパターンを補正。

 防御行動と計算を優先する。敵対対象の二回の攻撃行動から骨格の形状概算が完了。臓器位置補足。

「が、解体はさせてもらう」

 反げ――

 

 ##

 

「冷蔵庫壊した覚えはないわよ!」

 修道女が巨大な鈍器を横薙ぎに降る。肉切り包丁を逆手に握った右手の肘を跳ね上げ二の腕の内側で上向きに受ける。

「新鮮な肉は調理するなとの坊っちゃんのお達しでね」

 が、それが命中する寸前に修道女は武器を放棄した。跳ね上げた肘関節を伸ばしながら振り上げられる刃、それが振り下ろされる前に一歩距離を詰める執事。

「が、解体はさせてもらう」

 対する修道女はスリットを引き裂きながら膝を上げ、跳ぶ。顎にカウンターで飛び膝を叩き込み、上がる仮面に肘を入れる。肘に何か仕込んでいたのか金属がぶつかり合う重たい音がした。

 もう一撃。仮面が、砕けた。中から現れた精悍な顔つき、額に刻まれた製品管理番号は、∨-69。

 更に一撃。後頭部が完全に肩甲骨にめり込む。首筋に刺さっていたナイフははじけ飛ぶ。頸骨は完全に砕け折れた。

「……全然貞淑でも清貧でもねえな、豚」

 目を開くと同時に口から吐かれる今までの無感情なソレとはまるで違う悪態。

「ロリコンは神の慈悲を受けられないって知ってた?」

「そもそも神の前に行く予定がねえんだよ、残念だがお引き取りください」

 十字架の柄を握り直しもせず、踵を少し上げた独特の構えをとった。

「しっかしこれじゃあうまく前が見えねえな」

 背を大きくそらし、勢い良く戻す。骨が崩れる耳障りな音がして、彼の首は元に戻っていた。骨の代わりのナイフすら必要ない。

「化物の相手はいつものことよ、大した芸じゃないわ」

 優美に微笑んで殴りかかる。

「相性が悪かったな、打撃じゃカウフマン製は止められねえ」

 凄惨に嗤ってナイフを構えた。

 

 ##

 

 初代から六代まで仕えた間俺は一睡もしていなかった。意識が途絶えるのが何より怖かった。常に何かを考えていたかった。時間はいくらでもあるのに考えるという行為に飽きたことはなかった。考えることは常に明日のこと、家事のこと、額の刻印も仮面も使わないでいてくれた初代カストロフォビアへの恩義のこと。

 その日、俺は初めて考える事を放棄した。考えたところで実行する手足は切り落とされ、仕えるべき六代目と六代目が選んだ女性は遺体と呼ぶのも憚られる姿になった。

 お嬢様は連れ去られ、館に一人残された。手足も仕える相手もなく、考える意義もなく、床にうつ伏せのまま転がっていた。

 途方も無い退屈、灼けつくような乾き、胃袋を劈くような餓え……。

 自分がカウフマンの成功個体であることを初めて呪った。

 意識なんて無くなればいいのに……。

「その願い、叶えてやろうか?」

 懐かしい声がした。

「セルマ……ぼっちゃ……ま?」

 うつ伏せでは姿は見えない。が、この声は間違いない。初代カストロフォビアの一子、俺に仮面を付けることを反対なさった、二代目カストロフォビア。セルマ様だ、何故幼い頃の声なのだろう……。

「そうか、この姿はセルマというのか……。? 何を不思議がってる、お前が望んだ相手がお前の望みを叶えると言ってるんだ。さぁ……」

 もう俺は何も考えなくていい。

「ふむ、番号は呼びにくい。今日からボルクだ」

 

 ##

 

 この鼠の群れにとって、斬られることと傷を受けることはイコールではない。

 壁を切り砕いて日差しを増やすなどという荒業は目の前にいなかったから出来た不意打ちであり、面と向かって無尽蔵の鼠を切り捨て続けるこの局面では壁に向かうことすら難しい。

 切り捨てられた鼠は別の鼠に触れただけで溶け込まれ、また新たな鼠へと分裂する。

 限りなく気の長い戦いだが千日手ですらない。老人が疲れで動きが鈍ればこれは終わる。

「飽きた!!」

 が、鼠の声と同時に突如天井が形を保ったまま落下する。鼠の群れも、老人もまとめて一撃で平にした。落下した天井には鎖がついていてそれが引かれて再び天井は上へと戻る。

「吊り天井くらいこれだけ古い館にないはずないでしょうに」

 平らになったはずの鼠の声がした。否、鼠が一匹天井裏から床に飛び降りる。

 平らな肉と化した鼠と老人に鼠が触れただけで肉がうねり、渦を巻き、さっきの姿と比べると少しだけ背が伸びた少女がいた。

「後どれくらい食べたら、あのちび殺せるかな……念のためモチっと蓄えてから挑もーかなー」

 そしてすぐに全身を鼠に変えて散らばっていった。

 

 ##

 

 目と自我を取り戻した執事の動きは精密さも速度も劣っていた。あらゆる打撃を一発残らず甘んじて受ける。しかし、砕けた骨も潰れた臓も裂けた皮も瞬時に修復してみせる。数分が経ち、修道女の動きが一瞬止まる。次の瞬間、

「本日は大漁也ってね!」

「ひっなにこれ、いや――あぎゃああああああああ!!!……」

 どこから湧いたのか鼠の波に呑まれた。

「うえ、加齢臭の次は香水味……まっずーい」

 そしてそこには入れ替わりの手品のようにブカブカの修道服を着たナナリーがいた。

「代理知能の仮面外れたのね」

 上司に対しかける声色ではなかった。懐かしい相手にかける声はどことなく冷たい。

「お久しぶりですね、お嬢様」

 慇懃無礼な、皮肉めいた笑みの表情。親しみを込めた表情には見えない。互いに互いが記憶とズレた姿を嘆いていた。

「∨-69、この館の主は誰?」

 今にも泣き叫びそうな顔で言った。

「存じ上げません」

 飽食の顎も、目の前の少女も、指定しなかった。ひねくれた笑顔を変えもしない。

「V-69!? お前の……主は?」

 まだ堪える。なけなしの威厳を保とうとする。

「お帰りなさいませ、七代目様」

 名前は呼ばない。彼が仕えるのは、彼女個人ではなくこの館とそれを担う一族なのだから。

「分かった、仮面の予備を受け取りに行きなさい。いつか必ずアンタもあの糞ガキもあたしが真正面からぶちのめす。今のあたしに七代目を名乗る資格はない」

 そう告げて、何処からか取り出したモップを担いで背を向ける。もうしばらくメイドを続けると、まずは掃除から始めると、ただそれだけのことだ。

「いってらっしゃいませ、お嬢様。御武運を」

 執事もまた、背を向けた。もうしばらく、眠ったままの仮初の日常は続く。

 

 ##

 

「いいのか? ボルク、いつまで待たされるかわからんぞ? せっかく本物がいるのに俺でいいのか?」

 感情を交えず淡々と、抑揚も無く問う。

「ぼっちゃん、まず今の私はボルクではありません。それは私の体を代理操縦していた仮面に付けられた名前のはずです」

「拘るな、番号などという味気ない名に」

 愉快そうにかすかに笑う。

「ええ、本物のセルマ様は私の名を御伽話のブリキ人形の様で頼もしいとおっしゃいました。今の私は眠ることが恐ろしくない、お嬢様への信頼がある。確信があるのです、次、目を覚ます時――

 




以下のあとがきは部誌に投稿された際のあとがきです
だいたい2年前です

 最初は異世界系ほのぼのを書こうと思ってた。出てくる連中が人外だらけでもごちゃごちゃ日常生活っぽく家事のシーン入れればほのぼのしくなると思ってた……時期が俺にもありました。
 最近弟がハマった箱庭弾幕シューティングの二次創作みたいな感じで人外ほのぼの行けると思ってた……無理でした。
 ところで、里帰りしたら借金で売り払われて影も形もない実家。実家のあったはずの土地で鎮座する趣味の悪い秘宝館でメイド服を着て借金返す、屈辱系ストーリー(枕も陵辱もあるんだよ!!)とか萌えない?
 私だけ? そんな……こんなの絶対おかしいよ!!
 弟に相談したら
「よしわかった、そのアイデアもらい。う~☆が下克上食らって中華風メイド服着る同人誌描いてくる」
 って言って部屋から出てきません。受験生……。わけがわからないよ。

今は弟も大学生してます
よかったよかった
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