大学部誌の保管庫   作:三樹知久

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pixivの本文検索で三樹知久とかされると羞恥で死にます


泥濘は途絶えず

 瓦礫の上に雪が降り積もる。あちらこちらから肉の焼ける臭いと血の臭いがした。瓦礫の山の麓で、四人が焚き火を囲んでいた。それぞれ額には刺青があった。その辺に転がっている死体も大半が額に番号を持っていた。僅かに番号を持たない死体もあったがそれらはどれも武器を手に持っていたり、身なりが良かったり、果ては白衣を纏った者もいた。

「お前らはどんなふうに死んだ? 俺は腹を刺されたはずだった」

 焚き火を囲んでいた一人が他の三人に問うた。額にはL-996とあった。髪は薄茶色で、目も似たような焦げ茶色をしていた。

「瓦礫に潰された」

「首を斬られた」

「火に巻かれた」

 残りの三人はそれぞれ答えた。彼等は四者四様に自分は死んだはずだと主張していた。

「ここ、あの世だと思うか?」

 Lが再度問うた。

「死体が転がってるあの世があると思うか?」

 逆に首を斬られたと答えた者が問うた。額にはB-398とあった。金髪碧眼で御伽話の主人公のような風貌に不釣り合いな刻印だった。

「だよな」

 Lが返した。少しばかり溜息を吐き、

「じゃ、コイツはどういうことだ?」

 四人がそれぞれまた顔を見合わせた。自分たちが何故生きているのか。

「生き方を選べないなら死に方を選ぼう。そう言った奴がいたのは覚えてる」

 Bが首を傾げながら言った。

 彼等は、そしてそこらに転がっている額に番号を持った死体達は、生き方を選べない者達だった。番号で管理される商品だった。

「ああ、悪い。それ言ったの俺だ」

 凄惨な笑みを浮かべながらLが言った。

「で、死ぬことは出来ませんでしたってか、皮肉なもんだな」

 瓦礫に潰されたと答えた者も笑った。額にはN-764とあった。瞳孔が縦に長く、紅い。髪もまた紅い。その瞳孔は何かの混血を示した。この焚火も元は彼の吐いた火から起こした。

 そもそも、素材を掻き集め、強制労働させるのではなく研究材料として扱い、解剖し、投薬し、時には魔族の臓器の移植すら試した。そして、ある一定の段階に達したものを商品として出荷する。そんな施設の成れの果てがあの瓦礫の山だった。

「うし、試すか」

 Lが突然その辺に落ちていたメスで自分の首を掻き切った。血が吹き出て、少しばかり痛みにのたうち回るがその動きは衰えない。死ぬのなら出血が治まるまでには動きを止める筈だ。出血が治まるなら体にもう血は入っていない筈なのだから。出血が弱まり、止まる。そしてLは立ち上がった。手で首元を拭うと、そこには傷跡だけがあった。

「せめて断り入れてからやれ」

 青ざめた顔でBが呟いた。しかし、これで間違いなく結論は出た。

「俺達は素材じゃなく既に商品だったわけだ」

 人種が違う。年齢が違う。生まれた土地が違う。僅かな狂いは行うべき処置を大きく変えた。目指す段階とは不死。子孫代々末永くお使い頂ける高級奴隷。あの瓦礫が建物だった頃、それはこう呼ばれた。

 カウフマン奴隷収容所。研究者をしていた貴族の血は今日瓦礫と炎の中で絶えた。その血族の悲願であった確実な不死の製作法は完成しなかった。

「バレたら額の刻印で人形化されて売られてたな、運が良かった」

 Lが再び腰掛けながら言った。そしてもう一度口を開いた。

「で? これからどうする?」

「に、逃げよう。捕まったらまた売り物だ」

 それまで口を閉ざしていた最後の一人がようやく言った。額にはG-258とあった。深く暗い緑色の髪と黒い目をしていた。四人の中で一番体格は大きいのだが、表情と口調は四人の中で一番気弱そうだった。

「ならば名前がいるな。外で番号を名乗って暮らすのは色々とまずいだろうしな」

 Bが言った。そしてLに手を差し出し先ほどのメスを受け取った。

「そういうわけでだ」

 そして額の刺青をメスで切り裂き皮膚ごと剥がした。が、番号の数字だけが剥がれ頭文字は残ってしまった。

「ほら、おまえらもやれ。額を見られて番号を呼ばれたら即俺達は人形だ」

 残りの三人も剥がした。

「うまくいかねえもんだな、後やっぱむちゃくちゃいてえ」

 まずLが剥がした。やはり頭文字が残った。

「いっそ俺等の間の目印ってことで」

次にNが剥がした。わざと頭文字を残した。

「あ、それいいかも」

 GもNの言葉に頷き、頭文字を残した。

「さて、肝心の名前だ。なにせ俺達は元の名前を思い出せない」

 話を進めようとするBを、

「なぁ少しいいか?」

 Lが留めた。

「名前ってのは誰かに付けられてそして呼ばれるもんだと思う。だからここでお互い額の字から始まる名前をつけあうってのはどうだ」

 Bが少し意地の悪そうな笑みとともに答えた。

「最初からその気でいたのだがな」

 焚き火を囲んだままそれぞれの右隣へ名前を送る。まずはLがBに送る。

「バルマー。ガキの頃憧れだった御伽話の英雄の名。お前にゃ多分ピッタリだろ?」

 バルマーが、Gに送る。

「グザファン。すまんが特に意味は無い。思いついただけだ」

 グザファンが、Nに送る。

「ニトロ。たしか、火とか赤に関係する言葉だったと思う」

 一周回り、ニトロがLに送る。

「レドルフ。傷を負うほど強くなった神話の悪役、突然首を掻き切るお前にピッタリ」

「でだ、姓はどうする?」

 バルマーが三人に問うた。いつのまにやらリーダー役だ。

「そりゃ俺等は下克上したわけだから奪うのが一番だろ、カウフマン一択」

 ニトロが提案し、残りの三人も頷いた。

「じゃ、バラバラに逃げるか」

 レドルフが立ち上がった。ニトロもバルマーも立った。

「え?」

 グザファンだけが不安そうな表情で少し遅れて立った

「え? じゃない。四人で逃げて何かあったら芋蔓だ。恐らくはこれが今生の別れなわけだが何か言いたいことはあるか?」

 バルマーが顔を見回しながら問うた。

「あるぜ」

 レドルフが目付きを変え、意志の籠った表情で言った。

「俺等は今までGBLNだった、そうゴブリンだ。斬られ役ヤラレ役だった。だが、今は違う!! しかも俺等は何をされてもまた立ち上がれる。たしかにここでバラバラに逃げたらもう逢えねえかもしれねえが、それでも名を挙げることは出来る。何度やられようが諦めるな。悪名でも名誉でもいい、この世界に名を轟かし、その名を伝えることで互いの無事を伝え合おう。少なくとも俺はここでそれをお前らに誓う」

 この反乱を先導しただけのことはある、雄々しく意志に満ちた宣言だった。

「……誓う」

 バルマーが頷く。

「誓おう、いっそ競争ってのはどうだ?」

 ニトロが軽口とともに頷く。再会せねばその賭けも成立しないだろうに。

「ち、誓います」

 スケールの大きな話に怯えながらも、最後にグザファンが頷いた。

 四人がそれぞれ背を向け立ち去ってゆく。しかし、グザファンだけは何度か振り返り、焚き火を見つめていた。他の三人が夜の暗さに姿を消してゆく中、一人だけ何度も焚き火を見ていた。

 

 木々の葉が風に音をたてる。葉の隙間から指す朝日が照らすのは、ある意味自然にふさわしい光景だった。だが、よく観察すれば生命への反逆すら意味する光景だった。噎せ返るような血の臭いと、しつこいほどに粘液と肉の塊が蠢く悍ましい音がしていた。人のカタチを失った喰い残しが散らばっていた。手足はバラバラどころか脛や腿、二の腕の数が足りず、頭は割られ、胴は食い破られ臓器は殆ど無い。

 にも拘らずそれは生きていた。肉片はそれぞれ相方を求め、片方しかない目はぎょろぎょろと動いてあたりを見渡し、舌は言葉を紡ごうとしていた。

 誰かが歩いてきた。黒いローブで手先や顔を隠した人物だった。

「意識は……あるようだね」

 嗄れた老婆の声だった。何か空洞のものに反響させたような奇妙な声。

 肉塊の唇が動いた、声帯を失い、肺とも繋がっていないそれに声を出す機能はない。それでも確かにその左半分しかない首は、

「いたいのはいやだ」

 と言った。

「痛みの延長、傷の延長に死があるのさ、痛いのが怖いなら大丈夫だ。死ぬのが怖い奴はみんな生き物だ」

 ローブで隠された腕が動く。まるでちちんぷいぷいと適当な呪文でも唱えて指を回すように。ローブの中の手の動きは見えないが腕全体がそんな動きをした。肉塊が浮かんで老婆の周りに集まり回る。いくつかの肉塊が空中でへばり付き、形を取り戻す。喰われて足りなくなった部分は傷口が泡と粘液と染み出させながら再生してゆく。その再生の途中、抱え込むようにして肉塊を一塊に纏めて、手を放してまた浮かせた。

「いい拾い物をした。私のことは師匠とお呼びよ」

 老婆と肉塊が立ち去っていく。肉塊の額にはGの刺青と、皮膚を引き剥がしたような傷跡があり、深く暗い緑色の髪をしていた。

 

「昔ある男がいた。その男は人は空を飛べるのだと言って住んでた農村のみなに笑われて暮らしていた。その男は足が不自由だったが、そうなる前はロープを操る達人だった」

 本に囲まれた部屋だった。窓の向こうは暗くもう夜も更けている。蝋燭の灯の中、昔話は続く。布団はないところを見ると、寝物語として語っているわけではないようだ。

「ロープを使って木々の枝を跳びまわり、その手練手管と脚力は空をとぶハーピィにすら追い付くほどだったという。足を失って以来跳ぶことができなくなった彼は飛ぶことを目指した。彼は飛行機を作ることに成功したが重要視されたのは翼ではなくそれに使われた動力だったと言われてる」

 老婆の声だった。フードの深く袖も長いローブを羽織って顔や手先を隠していた。

 フードの内側には光は差し込まず、黒い霧のようなもののなかに、青白い眼光のようなものが二つだけ浮かんでいた。

「飛ぶなら箒使ったほうが早いのに」

「だがグザファン? お前が箒を使えるようになるまで何ヶ月あった?」

 グザファンと呼ばれた男は大柄だったがそれに似合わない子供じみた仕草で横を向いた。気弱そうな仕草で老婆を伺う様もまた怯える子供じみていた。

「断言するが彼の飛行機なら使い始めて一日も立たずに人は空を飛べる。魔力を通しやすい部品で既に物理的に術式は組まれ、術者によって性質の違う精錬魔力でなく自然界から取り出した水晶などに貯めこまれた魔力を動力としたそれを人は機械と呼んだ。魔力の扱いを学ぶという前提すらなく魔力の籠ったものを拾ってくるだけで起動できる術式……どう思う?」

 グザファンは即答した。心底イヤそうな顔をしていた。怯えがまた色濃くなる。

「兵器には最適ですね。訓練されてないその辺の孤児でも大魔術を起動でき、大量生産も簡単。動力もお手軽」

「だから、彼のいた国は滅ぼされた」

 グザファンは歴史の講義が恐ろしかった、覚えるのが苦手といった意味ではない。外の世界の広大さ、その積み上がってきた歴史が恐ろしいのだ。彼の持つ外の世界の知識はこの老婆のもとに辿り着いてから日毎に膨れ上がっていた。同時に外への怯えもまた、膨れ上がるばかりだった。

「いいかい? 何かを為してその影響は世界にどう出るかを知らなきゃあ世界に名なぞ残せやしないよ?」

 雷に怯えた孫をあやすような口調で顔のない老婆は言う。

「僕には無理です、師匠」

「何故? 友人との約束なんだろう? ともに永きを彷徨うかけがえのない友人なのだろう? いいかい? お前は何にでもなれるし何だって出来るんだ。お前が望むならね。私は永い時間を欲しがってこうして引きこもり研究を続けたがお前は運だけで私の手にしてないものを持ってるじゃないか」

 グザファンがこの家を仮住まいとするようになった最初の夜に彼は自分の境遇を全て告げていた。短い間だが確かに力と意思を見せて未来を示してくれた三人の友人についての話だ。

「名を送り、そして受け取った。ならお前も彼等と対等だ、何を恥じ何を恐れるのさ?」

「僕は彼等とは違う、僕は収容所で生まれた。攫われて来た者とも売られて来た者とも違う。父の名は知らず母の顔を知らず、鉄格子だけを見て育った。そんな僕が、どうやって世界に名を示すというのです!!」

 吐き出すように、叫ぶ。表情には恐怖と嫉妬があった。声には悲観と諦念があった。

「知ったことじゃないね、何度も言ったろう? お前が望むなら出来るのさ、望まないなら何も見えやしないよ。お前にとって力ってやつは手に入れるものじゃない使い方を知るものなのさ」

夜は明け、蝋燭は身を減らして部屋を照らし続けたが、気付けばもう蝋燭の明かりは必要なくなっていた。弟子の表情が薄い朝日で僅かに照らされた。蝋燭を片付け、別の講義を始める。

 

 怯えてばかりの彼はせっかく飛べるようになったというのにその力もあまり使いたがらない。不安定で広い空に怯えた。かといって視界の狭く邪魔者ばかりの森も苦手だ。木々の向こうに何が潜んでいるかに怯えた。

 彼が安心できるのは寝転がっている時だ。視界は前である上を向き、体は不動の大地に預け、そして目を閉じる。欲しい力、やりたいこと、恐怖に塗りつぶされた様々なことが眠気とともにどうでも良くなっていく。

「おはよう、薪集めは終わったのかい?」

 居眠りをしていた弟子にやさしい老婆の声がかけられる。ローブの中の顔が見れればきっとそれは微笑んでいるのだろう。穏やかで優しい声。

「いい御身分だね? 飛行術の練習放棄、それに兼ねられた薪集めも放棄、ついでに居眠りときたか、友との約束はどうしたい?」

 詰問するような口調ではない。泣き疲れた幼子の頭を撫でるような声。

「師匠、僕はここに残りたいと思います」

「そうかい……手伝いはいらないよ、お前の不死をくれればいい」

「え?」

 老婆の声が変わる。ローブの裾から、袖から、上から、黒い何かが染み出てくる。水のように流れ落ちるが水音はしない。地面に染みこみもせず積み重なる。

「永い時間を求めて研究を始めたと言ったね、時間はあるんだ。けれど私のそれは時間しか得られないのさ」

 ローブの袖から骨の手が現れる。黒い霧を失ったフードの中には髑髏がいる。眼窩に青白い火の玉を湛えた、人骨。ローブを脱ぎ捨てたそこに衣服はない。必要ない。ローブの中には骨しかなかった。

「見ての通り私は動く死体。死んでるんだ。けれどお前は違う。お前を拾った時からずっと羨ましかったよ? お前の体は無限に再生すると知ってはお前の体の一部から腕や足を作って私の骨の体に肉を貼り付けた。魔力で体は動かせても肉で動かすことは出来なかったよ。お前の体はいくらでも複製できるんだ。疑うなら家の地下でも見てくればいい。全部眠ってる」

 それまで聞いたことのない声で師は言う。嫉妬が、憎悪が、渇望が滲み出た黒よりも多く、濃く、声に含まれていた。口を開く髑髏に舌はなく、声は空洞を響く。

「けれどね。お前の体はいくら出来てもお前は一人なのさ、お前の体の複製は誰一人目を覚まさない。その体を斬れば再生するのに、空っぽの意識すら宿らないのさ、これ幸いとその体から骨を抜き取り、代わりに私を入れた。再生するお前の骨に追い出されたがね」

 まくし立てる声は止まらない。

「師匠?」

「けれどもね、お前が未来はいらないというなら私におくれよ? いいじゃないか、ちゃんとお前の名を名乗ってお前の代わりに友の約束を果たしてやろうじゃないか」

「なにを、言ってるんですか?」

 愚鈍で臆病な弟子は未だに気付かない、目の前にいるのが優しい振りをしていた師の本性だ。

「こんなに教えてるのにお前は欲しい力はないし使い道はないという。なんて贅沢な子だろうね? 本当に元奴隷なのかい? 閉じ込められていた憎悪も外への渇望もない!! 運だけで勝ち取った棚ぼたの自由を捨てようってのか?」

 髑髏の手が動き、弟子を襲う。火球が生まれ黒雷が迅り地からは骸が手を伸ばす。獣の躯が牙をかけ、脚に喰い込み拘束する。火球は顔を焼き、黒雷は腹を貫く。

 縋るものを失くした臆病な少年はただただそれを受けて、悲鳴をあげた。

「抵抗すらしない……だから、私はお前が嫌いなんだ」

「そう、でしたね……」

 グザファンの瞳に力が戻った。痛みを堪え、悲鳴を抑え、恐怖を隠す。指先を動かし術を生む。術式も理論も無視し、無限の命を無限の力に書き換える。魔力の効率性なぞ彼にはいらない。セオリーも禁忌も外を知らない彼には関係ない。

「痛みが怖いのはみんな生き物だと師匠は言った」

「この体になってからこっち痛覚がなくてねえ、私はもう生き物じゃないのさ!! アンタはどうだい?」

 弟子は答えない。今までの教えの中で何が必要で何がいらないかを考えていた。

『痛みが怖いのは生き物だ』

 この教えがあるから彼は抵抗する。死なない彼でも痛いのはゴメンだ。

『火山を……檻の中で生まれたお前が知るはずないね、まあいい。これだけは覚えておきな、大地は生きてるのさ。血も流れるし、その血は固まって大地の礎になる』

 大地が生きてるのだとしたら、自分とどちらが長生きするのだろう、大地も痛みを感じるのだろうか。

『お前には無限の力がある、お前にとって力は得るものじゃなく扱い方を知るものだ、何がしたいのかを明確にすると良い』

 友との約束を果たす力と恐怖の克服。とりあえずはそんなところだろうか。

『外を知りたい、恐怖を克服したい、そんな漠然としたものではいけないよ。それは目的さ、力とは手段だよ。空を飛び、敵を倒す、そのためにいるものだ』

 大地が生きてるのなら痛みを感じ恐れるのだろう、恐れる意志があるのなら、声が聞きたい。自分と同じく長生きするだろう彼はきっと、良き家族になってくれるだろうから。

 欲しい力のカタチが……決まる。指先に集めた力を大地に流す。地面が盛り上がり、無数の腕に変わる。地面が窪み、大顎が形作られる。

「御教授、ありがとうございました」

 無数の腕と敵の身の丈よりも開く大顎を携えた土塊を作ってから、ようやくグザファンは口を開いた。

「けれど僕はもう、空を飛びたいとは思いません。僕は、大地の子ですから」

「――!!――――――――!!」

 高ぶりすぎた感情が骨の声から言葉を奪った。襲う土塊は骨の紡ぐ呪文を受け、声もあげない。脚を持たず、溶けた大地を水面に見立てるようにするすると進み、巨人は拳を振るう。火球を握りつぶし、黒雷を弾き、獣の躯は砕き散らす。

「貴女が死体を名乗るなら、行く先は決まっている」

 骨が無数の腕に囚われ大顎に呑まれる。一切の抵抗を有り余る膂力が無視する。

「沼よ、棺の案内人を務めたもう」

 地面が蕩ける、彼の髪の色によく似た沼が広がる。土塊が沈む。内側から叩くような音がする。抵抗の声が響く。なにもかも無視して工程が整う。

 最後まで見届けることもなくグザファンが踵を返した。家へ戻ろう。地下に僕の複製があるなら処分してから旅に出よう。

 痛みへの恐怖は消えそうもない。けれど、旅への恐怖は消えた。僕の足元にはいつだって大地がある。




世界設定が前話と同一なのでカウフマンって名前がまた出てきている
基本ファンタジー系はこいつらの話になります
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