大学部誌の保管庫   作:三樹知久

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処女作
他の作品読んでらっしゃる方は大層驚くでしょう


飛ぶバカ飛ばぬバカ

 空から降ってくるのは女と相場が決まってるらしい。

 「親方! 空からナンチャラ」然り、「あ~空から美少カンチャラ」然り。

 願望や事件の幕開け、とりあえず未知との遭遇は女が降ってくるのが相場なようだ。

 そろそろ自分の性別を考え直そうか?今回で記念すべき百回目の落下である。

 風が頬を撫で脇の辺りが突っ張りパラシュートが大きく開く。あたりは見渡す限り草原でおそらく被害者は出ないだろう。俺以外には。といっても俺はちゃんとパラシュートを用意しているから被害は最小で済む。よし、問題ない。ゆらりゆらりと揺れながらも確実に、しかしまったく無意味な姿勢制御を行う。地面が近づく。爪先から地面に着くが下半身にまったく力が入らず、そのまま膝、胴体、手の平と地面に倒れこんでゆく。顔を地に擦り付け、咽る。背中にパラシュートが覆いかぶさり、全身を覆う。周りが見えなくなる。地面に耳を押し付けているとドズーンと爆発音が聞こえる。さらばだ、三十八号。君はいい機体だった。

 爆発音にまじって地響きが耳に伝わり始める。足音だ。俺が最も恐れるアイツの足音だ。地響きが地面を介さずに聞こえるレベルになるまでさほど時間はかからない。どんな察知能力してんだよ。村からどんだけ距離あると思ってんだ。

 パラシュートが鋭い爪で引き裂かれ、首を鷲掴みにされる。首を掴む手は人間のものとは大きく形状が異なり、鳥を思わせる。三本の指と人間の親指にあたる指が一本。うん、文字通り鷲掴みだ。少々、いやかなり痛い。ぐるりと首をねじられ目の前にまあ美をつけてもいい程度の少女の顔。怒りに歪んでいる。

「アンタ、バッカじゃないの!? これで何回目!? 何度言えばわかるわけ!?」

 いうに事欠いてバカときた。叫びながらも俺の首から胸倉に手をずらすことを忘れない。当然乱暴に揺することも忘れない。脳が揺れる。マジでやめてくれ。俺の胸ぐらをつかむ腕は手首を境に鱗と羽毛に分かれている。ええい、描写が面倒だ。彼女はハーピーだ。名はモノ。あとは脳内保管してくれ。悪いが俺はいま彼女の怒りのために緊急事態だ。とにかく言い訳だ、言い訳をしなければ。

「不時着は記念すべき百回目になるな。機体をダメにしてしまったのはこれで三十八回目だ。素晴らしい出来だったんだがな……。惜しいことをした」

「アンタそれ飛行機潰す度に同じセリフ吐いてるわよ!? 失敗作はなかったの!? いい? 口を酸っぱくして言うけれど、人間は飛べない。人間は簡単に大怪我するし簡単に死ぬ。自分の足で跳べない高さから落ちれば取り返しのつかないことになる。まだわからないの?」

 いつもの説教だ。確かに聞き飽きている。そして、俺がこの反論を返すこともモノは分かっているはずだ。それは反論になってないただの感情論でしかないがこれを言えば必ずモノは黙る。

「人間じゃないお前が飛ばない理由はないよな? 俺がすることが危険っつーならどうすれば安全なのか手本を示せよ」

 ものすごく悔しそうな、悲しそうな顔になる。彼女には彼女の傷跡があるんだろうが、知ったこっちゃない。跳べず歩けずの俺にはもう飛ぶしかないのだ。

「で? アンタ車椅子どうしたわけ?」

「はぁ?」

 珍しいな……。いつもはこれを言えばびんたかまして立ち去るもんだが。この前設計図を書いてるときはそうだった。

 って、やべ……今回潰した三十八号は車椅子ごと乗れるように作ってあった。つまり向こうでガラクタの山と化したアレの中には……。

「車椅子は?」

「飛行機と一緒に落ちた」

 ここは正直に言おう。どうせ行きつく先は同じだ。

「この大バカ!」

「あがっ」

 痛い。ってかビンタ通り越してゲンコツかよ。容赦ねーなおい。

「どうやって村まで帰る気?」

「弁当と寝袋はあるから匍匐前し――あがっ」

 二発目とともに俺の意識は途絶えた。

 

##

 彼は突然現れた。木登りが得意で、木の枝を飛ぶのも得意で、森の中でなら翼をもつ私にだって追いついてきた。

 森の中で親と暮らしていた私はやることもなくスズメや虫を追いながら暮らした。魚捕って、木の実探して、今日の食料は集め終わっていた。やることもなくの木の枝に腰かけていると、ゆさっと木全体が揺れた。次に上から

「ばぁっ」

 と突如逆さの顔が襲い掛かってきた。

「森で迷っちってさ。どっちに向かえばいいかおせーてよ」

「アタシ森から出たことないから」

 とりあえずここで待てと言い、上空に飛ぶ。西のほうに人家の集まりが見える。森の切れ目もここからならその方角が一番近い。

「西が一番外に近いよ」

「お、あんがと」

 そういって枝から枝へ飛び移っていった。

 数日して又も上から彼は現れた。

「ばぁっ」

「また迷ったの?」

「いや、今回はちゃんと地図を作りながら来たし、木にナイフで印もつけてる」

「じゃ、何しに来たのよ」

「ここで飢え死にされたくなければ飯をよこせ」

 呆れた。何を斬新な脅迫してんだこいつ。

そのあと家に連れてって、昼食を食べた。家で外についての話を聞いた。名前もこのとき聞いた。思えばこいつは最初からアタシらを全く恐れてなかった。アルム。父と母は父さん母さんと呼ぶから、名前で人を呼ぶのはこれが初めてだ。

「人の言葉が通じるなら対話できるし、大鼠や大蜘蛛のほうがよっぽど怖い」

 そんな奴らはこの森にはいくらでもいるんだけど。

 それからも何度もこいつは現れ、一緒にスズメや虫を追う仲になった。常にアタシが勝った。アルムよりアタシのが目はいいし、上空からの急降下なら枝跳びの得意なアルムでも追いつけない。何度も獲物捕りで競った。何度も勝った。

 ある時アルムは一計を案じたようだ。ズボンのポケットがパンパンなままやってきた。ポケットからはロープ。ロープはアタシの足に巻きつく。バランスを崩さないよう跳ぶには少し苦労した。振り落すわけにもいかずそのまま空へ連れて行った。

 アタシが獲物を見つけその方向へ急降下し始めると、アルムはロープから手を放した。

「ちょ、バカ!!」

 しかしよく見ると左のポケットはまだパンパンだ。その中からもロープが出る。アタシに投げたのとは違い、そのロープの先には金属がついていた。枝にそれをひっかけ、振り子のように体を揺らす、回す。横向き、縦向き、上から下から……

 元々運動神経だけならアタシより上だったアルムはそれを惜しみなく使い、初めてアタシに勝った。

 それからの勝負はアルムのロープがアタシの足を捕えるかどうかの勝負にかわっていった。ロープがかかればアイツは必ず勝ったし、一番上の枝からも届かないような高さに上がれればアタシが勝った。アイツが空に来たときアタシに勝ち目がないのはやはり迷いない落下だったと思う。安全を意識しながら降下するアタシとでは、最後に達する速度が違う。加速した自分の体ををぎりぎりまで使いこなすアイツの身のこなしもさすがだった。

 数年が経ち、アタシら一家が森の外に移り住んでもそんな生活は変わらず、突然終わりを告げた。

 ロープのかかった枝が折れた。たったそれだけ。

 どれだけ急いでも、ただの落下のほうが早い。

 何より空にいる間アタシの腕はただの翼で、落ちていく誰かを助けるようにはできていない。元々アタシらハーピーは飛べる奴同士で暮らしてきたのだから当たり前だ。

 何かがへし折れる音と、何かが潰れる音が混ざった。

 一週間彼は目を覚まさなかった。医者は背中の骨がやられているから二度と歩けないだろうと言った。

 背中の骨? 意味が分からない。足と何のかかわりもないじゃない。

 目を覚ましたアルムは、三日ほど飯も食わず眠りもせずに部屋に閉じこもり、突然また病院に運ばれた。原因は衰弱じゃなかった。

家の屋根から車椅子ごと飛び降りて大怪我をしたらしい。

壊れかけた車椅子には、滑らかな形の鉄板がついていた。

 問いただすとあのバカはソレを翼だと言い張った。

で、三日ほど再入院した。

 

##

「人と魔物は共存できるって学校で習ったよね? ならアタシはもう二度と飛ばない。この村で畑仕事手伝って人間に混ざって生きる」

「跳べず歩けずの俺に畑仕事なんざ出来るかよ。俺は飛ぶ。人間なんざやめてやる」

肝心な時に役にたってくれなかった両腕を嫌ってアタシは人になろうとした。

アイツはもう二度と動かない足を嫌って人をやめようとした。

 どちらも正しいんだろう。

 どちらも間違っているんだろう。

 共存とは何なんだろうか。

 けれどアイツは足をなくした頃の悲壮感がすこしずつ薄れていき、死に物狂いだった飛行機作りも今では楽しんでいるようだ。

 アタシはいまだに畑仕事が辛くて仕方なく空を見上げてばかりいる。

 そして今日も、アルムの飛行機が風に煽られてバランスを崩すのが見えた。

 ああ、アレじゃあ隣町までは届かないな。せいぜい途中で不時着だろう。

アルムの父に迎えを頼まれる。村が小さくなるぐらいまで歩くと爆発音がした。

アタシは反射的に駈け出した。

それでも飛ばない。アタシは飛ばない。

 

##

 木の枝の中を跳びまわり、跳ね回り、駆け回る。

 たった一本のロープとちょっとした練習。

 そう、アイツに翼があるように、俺にはこの両手があった。

 創意工夫こそ人間だ。

 そうだもっと速くもっと疾く!

 右手の中に雀が入る。捕える。これで四回連続で勝った。勝ち越しだ。

 

 バキ!

 

 木の枝が折れる音。

「うあああああああああ!!」

 あの時は出なかった悲鳴。

 あの時? あの時っていつだ? 

 ああ、そうか。これ夢だ。

 目が覚めると俺は足首を掴まれて引きずられていた。

「もぅすこしマシな運び方できねえ?」

「どうせ全力でつかんでも足なら痛くないでしょ」

「いや、地面に擦りつく背が痛い」

 しかし、楽しい夢であり同時に悪夢でもあった。

 飛ぶことへの憧れと、どうしようもない喪失感。跳ぶ喜びと、落ちる恐怖。

 あんな夢を見たのは初めてだ。なんで今になって……。

 ただ……いつもの憎まれ口や売り言葉買い言葉の他に言いたいことができた。

「なあモノ……お前楽しい? 畑仕事。お前の親は翼を生かして運び屋やってるだろ? あの二人はいつも楽しそうだ。やっぱりさ、持って生まれたものを全力で使う機会って、無条件で楽しいよな。理屈じゃないんだ」

「アンタの言いたいことは分かってる。鍬よりアンタのがよっぽど重い。でも、ただ引きずってるだけで楽しい。何かを運ぶのは楽しい」

 俺が飛行機作り始めてから、いや、モノとあって初めて聞いた弱弱しい声。

「だったらなんでそんなに仏頂面してんだよ」

「うっさい! だって飛んだらアンタはまたアタシの足から――」

 あ、声のトーンがさらに聞いたことないものになる。

 はっきりと本心を告げることにする。

「あのさぁ! 足動かなくなって最初のころはこのまま終わるかって必死こいてた飛行機作りなんだけどさ、最近は意地でやってるようなもんでよ。実は全然楽しくない」

「え? うそ……だってあんたいつだって設計図ばかり」

「ああそうだ。トビたいのは事実だ。だけどよ、操縦桿で飛んでも楽しくねえんだ。俺はやっぱお前に助けられて、ロープで跳びたい」

「え、ちょ」

「創意工夫とロープでお前を出し抜いて、初めて勝った時お前に言った言葉を覚えてるか?」

「創意工夫こそ人間」

「そうだ、飛行機だって創意工夫だ。人間やめてやるなんて、寝言でしかなかった。だから俺は、お前にハーピーやめてほしくない」

「でも……アタシ……アタシ」

 まだ言葉が足りないんだろうか。親父に散々からかわれたがこいつも大したもんだ。俺に負けず劣らず鈍感だ。

「自分の持って生まれたものに誇りを持ってたお前が好きだ。空に連れてけなんてわがまま言わねえから、俺が一番好きな奴の一番好きな姿を見せてほしい」

 大泣きして抱きついてきた。首が閉まっている。あ、やべ……意識が……

 

##

 肩の痛みで目が覚めた。全身に風を感じる。風? ってここ空じゃねえか。やっぱ飛べると速いな、すぐ村に着く。

 そろそろ着地というタイミングで落とされた。痛い。

 俺を突き落した奴はとても楽しそうな顔をしている。

 着地したとき痛みに気付いた。足首が痛い。感覚が戻っている。左足にはいまだ感覚がない。でも今右足が、足首がずきずきと痛んでいた。

「さ、病院行ってこよ。車椅子作ってもらわなきゃ」

「いや、車椅子はいらない。松葉杖をくれ、自分で歩く。足が、痛いんだ」

 

もう飛行機はいらない。俺を飛ばしてくれる奴はいるし、この痛みに耐えれば、歩くこともできるだろう。

 リハビリか~何か月かかるかな。




次にお前は「お前誰だ!」と言う

冗談です。
新入生歓迎冊子で書きました。これ以降の作風(他の作品)で分かる通り
私基本ネガティブですんで、こんなの出した時
先輩方は予想と違う作風にとても微妙な表情してました。
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