確かこの時勇者と魔王モノは戦争モノに入りますかと聞いてきた勇気ある者がいた。
議論は数時間に及んだ。
結局その男は槍を担いでこの焼け野原に帰ってきた。焼かれた森と草原。焼けた樹の幹に突き刺さった矢。折れた槍。転がった鎧。骸骨。黒く焦げ朽ちた木々が立ち並び、そこが元は森だったことを伺わせる。
地面にはかすかに雑草が生え始めていた。戦死者の朽ちた血肉が焼けて傷んだ土地を蘇らせてゆく真っ最中だ。鎧も武器も焦げ付き敵だったか味方だったかも見分けがつかない。屍の個人の見分けに至っては問う事すら愚かだ。
乾いた風を浴びながら男はひたすら笑っていた。
「憂さ晴らしは終わったんだ!!」
分厚い布で作られた暗いテント。燭台が一つ灯り、風一つない事をブレない小さな炎が示す。
つい昨日立てるようになったばかりの幼子が二人。そこで彷徨っていた。テントの中には木で出来たおもちゃの剣、おもちゃの槍、おもちゃの弓、おもちゃの斧、おもちゃの棍、様々な小さな武器が転がっている。縋る物のない幼子たちは、泣きながら這いまわる。手に握る何かを求めていた。
一人目の赤子は女児だった。弓を掴んだ。二人目の赤子は男児だった。槍を掴んだ。
双子の姉の名はセルマ・ボウと決まった。弟の名はトーケル・ランスと決まった。
戦場でその武器がどのような役目を持ちどう扱われるかも知らずにただ恐怖の中で縋り握った武器こそが、その赤子の人生を決定する。
常に同じ毛布で眠った二人は今日から違うテントで暮らす。そこが彼らの『家』だ。
「早速仕事の話をしよう。どこの土地を焼き滅ぼせばいい?」
亜麻色の髪を短く切った目つきの悪い女だった。スカーフを巻き、マントを羽織り、右頬にはbowと刺青がされている。歯を剥き出しにして笑う凶暴そうな表情の女。
「は?」
白いフードの付いた外套、更にスカーフで顔を隠した人物が怪訝そうな声で問いに問いを返す。こちらも女の声だ。
「おいおい、頭の巡りの悪い御仁だな。このキャラバンで一番頑丈で上等なテントとそこでふんぞり返る人物、そこに案内されたよそ者。仕事の話以外何があるんだよ」
「仕事の話はわかる。が、焼き滅ぼすとは?」
フードの人物は問いを重ねた。
「アタシ等は戦士じゃねえんだよ。勝った負けたや戦いに意味が欲しいなら模造刀持ってコロシアムでも行きな、アタシ等は旅する傭兵部族だ。戦争に善戦も奮戦もねえ、虐殺するかされるかだ」
息継ぎなして一息に言い切られた、この部族の主義主張。
「君たちが今訪れているこの国から旨い汁を吸いあげる十字架の犬どもを皆殺しにしたい。いや、しなければならない。私達の祖父の国を取り戻し、次代の王がこの国を守る」
「聞こうじゃないか」
口が大きく裂け、表情が歪み、楽しみを見つけた子供のような表情をした。
傭兵部族、遊戦民、虐殺職人。ろくな名で呼ばれない集団だ。彼等は綿密な計画なぞ練りはしない。その日、農奴達が寝静まった頃、看守共の宿舎と畑が燃えた。
「無茶苦茶しますね」
未だその女は顔を晒さない。有用ではあるが信頼はしない。燃え盛る畑に軍師は僅かに声を乱している。
「働かなきゃ殺される。じゃあ働く場所がなきゃ選択肢なんざねえだろ? 恐怖と焦りでパニックになる民衆。後続部隊にゃあ技術も武器もいらねえのさ、人数と勢いだけで勝てる道筋をアタシらが先に作る」
「計画は得意ではないと聞きましたが、そううまくいくとよいですね」
ここで戦を起こせば確実に支配者層の本国から援軍が来る。それが来る前にまず今この国にいる分は殺し切らねばならない。逆に殺し切れれば敵のパニックも味方のパニックも傭兵の都合良く進むだろう。傭兵の長の目論見だった。
対して、彼等の雇い主である軍師はそこまで苛烈な発想は無かった。殺し切った後は国境沿いの森に陣を張り抵抗戦を続けながら条約の締結。それぐらいで手打ちだ。だが、戦うのだけが仕事の傭兵にそれを伝える必要はない。
が、その夜のうちに外との戦闘は始まってしまった。植民地政策で経済が成り立つような国が見張りを怠る筈もなく陣を張る筈だった場所は既に敵の陣があった。
パイクと呼ばれる槍がある。陣形を組むために使われる槍だ。二列横隊で用い後ろの列は斜めに掲げ騎兵を狙い、前列は地面と水平に構え歩兵を牽制する。長さは基本的に使用者の三倍以上。独力で戦う事を想定した槍が使用者の倍が望ましいとされることを鑑みればそれはそこにあってはならない槍だった。
その男は大柄で、その槍は更に長く見える。手首の角度と掌の感覚で刃先の向きを調整しながら振るわれるそれは、突く物でなく敵を両断する物だった。
樹の枝の上で弓を構えていた兵が五本程放ってからあの敵は矢では倒せないと諦め逃げようとするが一手遅い。
「あるるろろららあ!!」
その背に突き立てられた槍が胸から突き出る。それを引き抜きもせずに敵兵ごと振り回す常人離れした膂力。苦悶の声を上げる前に槍のしなりが彼を跳ね上げ小刻みに振るわれ更に激しくしなる。弓兵が地面に落ちる頃には胴体は三つほどに斬られていた。逃げ遅れた次の兵に振り下ろされ、頭蓋を斜めに割った槍を鋭く引き戻し、また手頃な距離の敵の胴へ穂先は飛び込んでゆく。
「なんだあれ」
遠くからその戦闘を眺めていた傭兵の長は呆れきっていた。
「英雄だそうです」
フードの雇い主は嫌悪を隠そうともしない苛立ちに満ちた声だった。
「へぇー、あれが神のゴカゴとかなにやら言ってる誇大妄想野郎の筆頭かい」
言いながら髪を一本抜き、息を吹き付ける。髪はズルリと伸びて矢に変わる。術で作った矢に小さな布の袋を括りつけ、放つ。
槍の男になんの策も無い矢が通じもせず、切り落とされる。
「ばーか」
もう一本。狙いは、布袋。爆ぜる。周りの木々が圧し折れ、見晴らしの良くなったそこには上半身が無かった。
「ところで、あれはただの尖兵ですよ。誇大妄想の筆頭は十字架で自慰するのが仕事ですから」
森の向こうでは大規模な乱戦。フルプレートの鎧、片手持ちのフレイル、片手持ちのヘビィカイトシールド。まるで作り物の様に同じ格好の兵士達。どれもそのデザインは十字架の意匠を入れた物。
対するは右頬に刺青のあるポンチョの集団。色とりどりで統一性もなく、武器も刺青もそれぞれ違う。それぞれに特徴のある見た目だがその表情はどれも雇われ傭兵とは思えないほどに士気と怨嗟に満ちていた。
せっかく武器も服装も違うのにその咆哮、その表情、その狂気。どれも統一された傀儡の様。
油の上に炎が広がるのを何故と問うものは愚か者だ。彼等にとっては今の自分達の状態はそれと同じだ。目の前にいる敵の存在が既に油なのだ。そこに奴らがいるなら炎のように彼等は猛るのみ。
対して鎧の集団は三撃加えられてから反撃する点、常に敵を斃す度に祈りを口にする点、どこか理性的で戦場に立つ者にあるべき恐慌が全く見られなかった。
全くの第三者の目から見るならこの戦場に人間はいない様にすら見える。
此処は異常だ。
フレイルで脇腹がひしゃげる者、斧が鎧の首を跳ね飛ばす。フルプレートの優位性は高く、刃物の武器は殆ど通用しない。それでも彼等は武器を捨てない、武器を変えない。武器を奪わない。
膝の裏、腋、目出し穴。どうあがいても鎧に出来る隙間を縫うように的確に仕留めてゆく。
ある男がフレイルを槍の柄で受け、折れた。
これだけ多くの死者が出た戦場だというのにそれが初めてだった。彼がこの戦場で最初に武器を捨てた。武器を捨てた彼は即座に髪を一本引き抜き、息を吹き付ける。円錐状の長大な穂先、短い柄。ランス――突撃槍だ。石突の横の部分に小さな穴が空いている。
小さな布袋をそこに入れ、さっきまで向かい合っていた敵を無視し前進。
「逃がすか!!」
逃げているのなら後退すると気付くには、もう彼も戦場の空気に憑かれていた。
奴が背を向けたまま石突で突いてくる。鎧相手、故に打撃に切り替えたか? という疑問が彼の最期の思考になった。
爆発音が咆哮と戟音を掻き消す。本来なら全方位に弾けるはずの爆風が、石突の先から噴出され、その一瞬だけ脚を浮かせていた彼が槍ごと前へすっ飛んでゆく。一点集中で鎧をぶちぬいた爆風の余波が鎧の内側を灼き、更に胴を消し飛ばし、鎧の背中側だけが弾け飛んだ。
前方へ跳んだ彼は別の敵のこめかみを貫いていた。円錐状のそれに貫かれ、内側から押し広げられた兜も頭蓋もまた弾け飛び、首から上が失くなっていた。
その右頬の刺青はlance。
「英雄を兵卒に!」
爆発音の後で僅かな間静まり返った戦場を塗り潰すほどに轟く叫び。槍を構え直し、石突に次を込める。
「「「「「武功を罪業に!!」」」」」
傭兵たちが答える。
「歴史に名を残すは王!」
もとより彼は脚力だけの突撃で頭蓋を貫ける。一斉に轟いた傭兵の謳うような叫びに怯んだ鎧がまた一人斃れる。
「「「「「兵卒は忘れ去られるべし!!」」」」」
『故に我等の戦! 栄光の為にあらず!! 我等に故郷はなく! 戦、國の為にあらず!! 我等に記憶あり! 寝物語に語られるは先祖の恨み事!! 故に我等の解!! 常に憂さ晴らしただ一つ也!!!!』
叫ぶ程に、謳う程に、戦意が向上してゆく。次々に彼等は武器を捨て髪を引き抜く。戦場に火薬の匂いが充満してゆく。血の匂いを灼き、更に不快感のある匂いが大地に染み込む。肉の焼ける匂いが漂う。生きている者も死んでいる者ももう音は聞こえない。火薬の音に耳が狂ってしまっている。
「慈悲を!!」
雨雲はなかった。それは間違いない。落雷が双斧を振り回していた巨漢を焼き消した。
女の声だった。鎧達の中の一人が兜を外す。美しいわけではなかった。厳しい顔の女だが、微笑んでいた。
「我が名はエルザリア・カーレス!!
最初に武器を抜いた槍の男、名を名乗りなさい」
両軍互いに、睨み合いながら止まる。
「それは正々堂々だとか名誉だとかの為か?」
呆れきった表情、それは森の奥でゲリラ戦を続ける弓を携えた族長と似た嘲笑の表情だった。
「御名に捧げられる名です、強者は選ばれた者であり、それが蛮族であるならば打倒されるべき悪として歴史に現れ、打倒される。あなたは歴史に名を残す。主に逆らう愚者の象徴として、教訓として後の歴史に名を残す。そして我等の名誉と主の威光が更に世界を照らすのです」
傭兵たちが一斉に笑い出した。これほど惨めな連中はいないと。これほど愚かな連中はいないと嘲笑っている。戦況がどうだとかではない。どちらがこの戦に勝利しようとその愚かさは隠せないと、唾を吐き捨て嗤う。
「威光!? 名誉!? 戯けた話だ、この場のどこに名誉がある、この日この場でこれに参加した事程不名誉な話は無いだろうに!! これは、ただの殺し合いなのだから!! だが、名乗らねば納得せんのだろ? ドレル・ランス・カストロフォビア! 傭兵部族、長柄の家の長!!!!」
脚力による突貫を避ける。エルザリアが振り返った時、同時に火薬の音が響く。一騎打ちを見守っていた鎧達の中の一人が石突に消し飛ばされ、次の突貫が来る。
それも躱す。突っ込んだ先は味方の中。次は脚力で来る。
「やれ!! ドレル!!」
次も、火薬。彼等には味方すら足場に過ぎず、足場にされる者もそれを納得している。それも躱すエルザリア。
「十の同胞の死は、十一の敵の死で報いるべし」
そう呟きながら、敵の鎧を足場に次を放つ。腕の骨が砕け、肉がひしゃげ、千切れ飛ぶ。通り過ぎる間のカウンターで、フレイルが左の二の腕を砕いていた。
エルザリアの一歩後ろで力尽き斃れる。
「汝が選ばれし者ならば裁きの後に――」
「バカが」
慣性の法則を無視し、真後ろで斃れた事に違和感を覚えぬまま見過ごす。それがその一撃を許した。残った右手で槍を出す。それは彼女の鎧の隙間、右肘に食い込んだ。石突の穴は塞がっている。
「この日、長柄の長が代替わりする!!」
一歩下がり石突を蹴る。鎧を着ていない彼は食らった場所が胴体でなくともその火薬に耐えられない。彼の全身と引き換えに、右肘を槍が食い破る。
「裁きの後に救われよう、AMEN」
直後、火薬の音がした。彼女の眉間に赤い小さな点が出来、同時に後頭部が飛び散った。
「不意打ちとは!! 貴様等!!」
鎧の誰かが叫び、そいつも首から上が失くなった。
「一騎打ちは先代の負けでおしまい。ならもう、戦争なんだから。卑怯もクソもねーだろ」
亜麻色の髪を伸ばしたその男も右頬にlanceとあった。
「見えるか? この槍の穂先……」
その男が味方に囲まれ敵から離れた所から突撃槍を突き出す度、火薬の音と共に鎧が弾ける。その槍の穂先から微かに煙が漏れる。そこに穴が空いている。石突でなく握りの位置から火薬を込める。円錐状の槍の穂先に一点集中された爆風のみで錐よりも鋭く穿ち、敵を灼く。敵が事態を把握する前に六撃。
地上は飽きたと言わんばかりに、穂先を地面に叩きこむ。爆発音が次代の槍の長を空へ誘う。
「あんたら、弓兵いねーだろ? 詰んでんな」
空中で穂先から後ろへ向けもう一発。それが合図となり、傭兵達全員が再び躍りかかった。
「かー、射っても射ってもキリがねえ」
英雄を消し飛ばした矢と違い、命中と同時に炸裂するよう、鏃に火薬袋を付けた奥の手。もうこの矢を奥の手と呼ぶことは明日から無いだろう。射ち過ぎた。
軍師の女は弓兵の横で周りの木々に壁役を命じていた。枝が敵の矢を叩き落とし、味方の矢を避ける。根が地面から起き上がり、敵を貫く。葉は矢尻をより鋭く降り注ぐ。
「案外アンタも面白え事出来んのな」
「手足は意識を持ちません。人と違う事を為すには出来て当然と思うことですよ。植物も意識を持ちません。ならば手足も植物も鎧も等価です」
極論ではあるが実際にその論理を持って彼女はその術を操る。
最後のテントから声が消える。森の制圧は終わった。陣が組める。
ほっと一息ついて、族長は肩に違和感を感じた。
鎌が刺さっている。あり得ない。
今、自分たちが最後尾の筈だ。弓の家の長が部族の長を務めるのだ。戦場を一番遠くから眺め指示を矢文で出し、一番遠くから敵と味方のいる最前線より戦線の奥へ、敵しかいない場所へ火薬を撃ち込む。他の武器の長が最前線に立つのに対し弓の長は最も後ろに立つ。弓兵の群れの更に後ろ。彼女の後ろに兵はいない。
では、この刃は何だ?
「あっちゃー、アイツ等そう動きやがったか」
後ろから木々を掻き分ける音がする。全く洗練されてない足音。気配も糞もあったものじゃない。
「国を奪った十字架も土地を燃やした傭兵も皆殺しだ!!」
「あっちだ!! 囲め!!」
農具を武器代わりに掲げた素人の集団。日々酷使された彼等は痩せ細り戦いなぞ出来る体じゃない。
それでも彼等は立ち上がる。
「いいね、サイッコーだよアンタ等。強い弱いじゃない、その感情こそアタシ等と同じモノ」
まともにやって傭兵に農奴が勝てる筈がない。この日が来るまで負け犬でも生きようとしていた彼等を踏みにじった傭兵共への憎悪。此処から先はない。けれども退く後ろもない。前も後ろも失くしたそれは、傭兵達の先祖の生い立ちと同じだ。
故郷を焼かれ父と夫と兄弟を殺された女達の肚から生まれた敵兵の子。戦っても戦わなくても自分達は死ぬ。殺されるのか餓えで死ぬのか、ならば殺されようじゃないか。自分達を殺す者が目の前にいるならその喉に喰らい付くチャンスは僅かでもある筈だ。眼に見えない餓えで死んで堪るものか恨み言ぐらい目の前で言いたいじゃないか。それでも生き残った者が子を成し彼等の歴史は始まった。
これは八つ当たりだ。憂さ晴らしだ。
「殺せ!! 一人殺すまでは何があっても死ぬんじゃねえ!!!!」
農奴の誰かが叫んだ。すぐさま射抜かれその声が断末魔を叫ぶ。
陣を組むように指示した味方のいる位置から火薬の音が聞こえる。周りが紅く、そして眩い。火だ。炎で自分達を踏みにじった相手に火をぶつける。この上なく自分達らしい。そして彼等らしい。
農奴達が森に火を放った。もう火薬は使えない。撃った矢がどの位置で炸裂するか、どこがどれだけ熱いのか、もう解らない。こうならないように火薬は炸裂で燃え尽き飛び火しない物を使っていたというのに、台無しだ。
戦場とは常に何かが台無しになり虐殺が起きる場所なのだ。
「わりいな、やっぱ計画は立てるもんじゃねえや、戦場は何が起きるか予想がつかねえ」
返事はなかった。殺られた訳ではないようだ。族長の隣には誰もいなかった。
次から次へと草刈り鎌が投擲されてくる。石ころもひっきりなしに降ってくる。
「まだまだぁ!!」
武器が尽きぬ事こそ彼女の魂と頬に刻んだ兵としての価値だ。鎌の喰い込んだ肩を酷使しながら矢を放つ。一人一人丁寧に狙ってなどいられない。狙いは荒く、ばら撒くように。一度に番える矢は三本を超えた。当たったかどうかを確認すらせず乱射する。
体温も気温も際限なく熱くなる。
鎌が先か、炎が先か、火薬が先か、出血が先か、熱気が先か……。
今、傭兵部族カストロフォビアの族長に先も後もなかった。
「神の裁きは武器を奪う!!」
落雷が再び輝く。片刃のポールアックスが雷を受けて火薬を炸裂、させられる。
雷というものは高く掲げられた金属に向う物だ。この場で言うなら長物の武器。
「雷霆招来!! プルクシュ・カーレス!! 長柄と火薬を操る者共よ! 汝等の天敵ここにあり!!」
兄なのか弟なのか、先に兜を脱いで一騎打ちの後に死んだ女とよく似た顔立ちの男だった。両手持ちの巨大な盾。攻撃は全て祈りによって賄う。
若き長柄の長が放つ穂先からの爆風をその盾は真正面から防ぎ切った。
武器を一度消し飛ばされた程度では傭兵達は止まらない。髪を引き抜き、次を呼ぶ。
しかし、武器を失い、次を呼ぶ前にフレイルに屠られる者。そもそも武器ごと消し飛ぶ者。消し飛んだ武器に巻き込まれる者。その英雄が味方を押し退けるように最前に立ってから形成は逆転していた。
「どうする!! トーケル!?」
傭兵の誰かが問うたが、
「知るか!! 後退するな!! 他に言う事あるかよ」
若き家長は未だ家訓の他に叫ぶ言葉を持たなかった。
遥か後方で火薬の音がした。それ自体はいい。森の奥でも同胞は戦っているのだから。しかしその規模だ。ここまではっきりと聞こえる程の火薬音。この戦場とて火薬音戟音に苛まれているのにそれを塗り潰す音。比較的敵から遠かった男が森を振り返って、
「陣が、陣はどうなった!? セルマ様は!?」
燃えている。あそこまで火の手が強くなるまで誰も気付かなかった。
後ろは振り返らず、ただ殺し続けるのが彼等の性だったから。
「狼狽えるな!! やけっぱち、後先考えねえ、自業自得……そんなもん、いつも通りだろ!! 背水ならぬ背火の陣!! ならば、突撃あるのみ!!」
雷霆を名乗った英雄は未だ健在。戦況は好転していない。その突撃は何も生まない。それでも、それが彼等の在り方だ。
ただ、暴走する駒を良としないものがいる。
傭兵も十字架の犬も突然足元に違和感を覚える。敵味方問わず、足元には死骸が転がっている。
足首を掴んでいた。次の違和感は、鎧を着ていた側だけに起きた。肉体が鎧の内側から鎧にぶつかる。鎧が動かない。
ただ二人、例外がいた。長柄の次代トーケル。もう一人は、先程までその戦場にいなかったはずの女軍師。未だ顔も名前も明かさないその女の第一声は、
「セルマ・ボウが戦死致しました。伝言がありますが」
「吐け」
即答した、族長の弟へ告げられた言葉は、
「弓の家全員を喪っては次の族長選出も不可能、我等の歴史は今宵閉じる。好きに生きよ。とのことです」
「野郎共聞こえたか!?」
族長の弟トーケルへ彼等の答えは、
「「「生きるより先に殺せ!!!!」」」
どこまでも彼等らしかった。
「更に私から伝えることが一つ、あなた方の雇い主は私ですが、更にその上私の雇い主もいらっしゃいます。彼は別口で兵を用意し、ここを火矢で焼き払う手筈があります。逃げるなら今しかありませんが、いかがなさいますか?」
「さっきの連中の答えが聞こえなかったか? 足首放してさっさと失せな」
足首を解かれるのは傭兵のみ。そんな卑怯な状況を疎むような連中でもない。
だが、雷は未だ数秒に一発振り下ろされる。トーケルの槍に雷が落ちる寸前、彼はそれを投槍として使った。火薬を装填されていなかった槍でさえ一撃で灼き消すその雷を前に、トーケルは数で対抗し始める。祈りを捧げ、狙いを定め、下す。しかし、下された雷は条件に合致した敵の武器を自動で狙う。対して息を吹き込み投げるだけ。当然策も糞もない槍は盾も鎧も貫けず地面に突き刺さったり転がったりする。狙いを定めることすら放棄して槍をひたすらに投げ穿つ。その最中にも動きを奪われた鎧達が為す術無く傭兵達に討ち取られてゆく。何時しか火の手は戦場を囲み、弓兵のいないこの場に火矢が飛び交い始めた。先程よりも祈りが深く長い。全身全霊の一発が来る。誰に? 何処に? 何に? 聞き届けられた祈りは天から怒れる鎚を連れて来る。
それに対し、トーケルはまだまだ槍を呼び出せる。それをどうでもいいと吐き捨てこれが最後とばかりに安全を度外視した量の火薬を詰め込んだ槍を敵に向けてではなく敵の真上に投げた。
閃光が頭上を塗り潰し、一瞬遅れて爆炎が一点に落ちた。連続する二つの轟音を区別出来る程聴覚の生きている者はこの場にいない。爆炎が地面に転がる槍を打ち抜き、更に別の槍へと連鎖する。
トーケルもプルクシュも共にその瞬間世界が止まったかの様に感じた。眼に見えない程に疾かった穂先からの爆風があんなにも遅い。プルクシュは自らを囲んでゆく爆風の線を、絹の糸の様で美しいと永い一瞬に考えていた。時間の感覚をトーケルが取り戻した時、ヤツの立っていた場所は僅かに抉れていた。
鎧を殲滅しても彼等の戦いは終わっていなかった。火矢が彼等のポンチョを燃やしてゆく。もう数えるほどしか仲間はいない。地面と水平にこちらを狙う矢と頭上から山なりに襲う矢が横たわる者達を葬ってゆく。
熱さの中直撃を受けずに倒れてゆく者共。誰かが火薬のない槍を握って突撃を駆けようとするトーケルの首筋を掴んで死体の下に潜り込ませたが、疲労し切った自分が何をされているのか、突撃を実行出来ているか、いないのか、それすら彼は判っていなかった。
彼が目を覚ました時、感じたのは腐臭と血の味だった。無意識のうちに肉を齧り、血を啜っていたらしい。空腹感は全くなかった。
軍師の言った言葉を微かに思い出す。この国が戦争に勝ったなら王がいる訳で、ここに転がってる勝った筈の同胞の亡骸達は王の命じた火矢で死んだ事になる。ならば、憂さ晴らしこそが彼等の在り方。目指す先は決まっていた。
「やあ、待っていたよ」
深い緑色をした目の人物が玉座で言った。豪華な服を着ている訳でもない。威圧感がある訳でもない。彼が王である事を示すのは椅子のみだ。
「心掛けは立派だな」
槍を構える彼に対し、王は命乞いをしなかった。けれど、
「私を殺した後、身の振り方は考えているかい? 出来ればでいいんだが、また雇われてくれないだろうか? 君にあの土地を引き続き任せたい。あの戦火を生き延びた君の実力を私は誰より評価する。だからここから最も遠くもっとも重要な土地の領主になってもらいたいんだ」
淡々と穏やかで、あの戦争を命じた人物とは思えない声。
「君一人で出来ることは少ないかもしれないが、君の身分を隠し辺境伯とすれば、領民も君に従うだろう」
何故だか彼は族長からの遺言となった伝言を思い出した。
好きに生きようにもたった一人では戦争も出来ない。キャラバンのテントの移動も不可能。どこかの傭兵団に加わろうか? 否だ。彼等と自分では戦う理由が違いすぎる。金が二の次の傭兵なぞ信用されない。自分達は集団で実力と名が認められていたからあんな真似が出来た。
領民と聞いてまず集団そして兵団という発想が浮かぶあたり、彼は貴族や伯爵などと呼ばれる存在に向いていない。彼は根っからの殺人者だ。軍人でも兵士でも戦士でも闘士でもない。殺人者だ。
「簡単な事なんだ、戦うときは領地から出て領地に入られる前に殲滅する。領地の外でなら手段は問わない。君らしい戦いをしてくれればいいんだ」
彼の好きな様に戦わせる。それが引き起こす犠牲を王は解っている筈だ。それでもあの地を守り切れねばもっと多くの民を失う。王には彼が必要だと囁く。
「君達は憂さ晴らしを、復習を糧とする部族だと聞いている。だとすれば、多くの同胞が眠るあの地を君はどうしたい?」
王の言葉は彼の意識に脳に染みこんでくる。まるで慈悲深い賢王。その優しく甘い声は自分を殺すことも復讐も同胞も肯定する。
「八つ当たりなのだろう? 武器を振るえるならなんだっていいじゃないか。八つ当たりに重要なのは対象が誰かじゃなく君が心地良くなる事。つまり課程じゃなく結果だ。より多くの成果にはより多くの機会が必要だとは思わないか?」
このままこの声を聞いていてはいけない。恐怖に駆られ武器に縋る。幼き日に昏いテントでそうしたように。
刃のなく穂先がモノを言う突撃槍でそれを実行する彼の武術には、その場の誰もが驚嘆した。突くための武器で、彼は王の右腕を切り飛ばした。
「後の歴史書には……王は勇敢に戦って腕を失ったとでも書いときやがれ」
たった一撃で息も絶え絶えになった彼は踵を返してそう告げた。
「その必要があればね」
王の返事を彼は聞かず、その場を後にした。
その国は小国だった。それでも隅々を見て回りながらジグザグに中央から渦上に、そうやって各地の農地を眺めてゆくうちに半年が過ぎ、彼はそこに帰還した。
「憂さ晴らしは終わったんだ!!」
王の言葉の意味は理解していた。彼は自分を肯定する。だが、意味や願いではなく、その声色と染みこんでくるような慈悲深さに彼は怯えた。王の言葉を否定した。憂さ晴らしは終わりだと。戦いだけが生き甲斐の傭兵部族はもういないと。
「お待ちしておりました」
聞き覚えのある声だった。女の声だった。フードを外したその顔は焼け爛れている。
「ここに戻ったということはお受けくださるのですね?」
焼け爛れた顔は眼の色と表情が王とよく似ていた。
「何の話だ?」
無表情に無感動に男はとぼけた。担いでいた武器を地面に突き刺し、その場に寝転がる。
「弟からの伝言は半年前お伝えしました」
そう言って外套を脱ぐ。その女の右腕は、王の右腕と同じに二の腕の同じ位置で切られていた。次に左腕で面を取り出す。その面を被ると女の体が伸び、声が変わる。
「王に仕える家臣としても、弟を守る姉としても。この右腕に後悔はありません」
あの日と同じ声で全く違う口調を聴く。
仮面を外し、捨てる。彼は確かにその事実に驚きはした。影武者に全く気付かなかった自分に情けなさを覚え、嘆くように目を閉じる。
「領民が揃っていないのならば、」
そうつぶやくと同時に夥しい数の鎧と遺骸が立ち上がる。僅かに肉の名残のついた骸骨達。彼等は皆懐かしい武器を握り締めている。
「彼等を僅かな間その場凌ぎに、あなたが戦しか知らず領地をまとめる政が出来ないならば、私が助言致しましょう」
彼は目を閉じ、女の言葉を無視し続ける。無理やり叩き起こされた同胞達に眉を顰めるが、それだけだ。憂さ晴らしで武器は取らない。そう決めたから。
「私には更にもう一つ最も重要な任があります。次代を産むこと」
「あぁ!? お前そこまでするのか!?」
そこで初めて彼は感情を露わにした。
「傭兵の時代に終わりを告げた最後の族長の名を次代に。二代目辺境伯の名はセルマ・カストロフォビア。というのはいかがでしょうか」
どこか陶酔した表情で女は続けた。焼け爛れた顔色は伺えないが、耳の色を見れば把握できる。紅潮している。恋する乙女のような表情。
「俺がシスコンみてえだからやめろ」
寝転がったまま憮然とした表情で彼は言い返すも、
「弟しか眼中にない姉と、姉が死んで虚脱している弟。良い組み合わせとは思いませんか? トーケル様?」
トーケルと呼ばれた男は溜息を吐いて立ち上がる。
「このまま死ぬのはつまらねえ、ここで生きるのもいいだろう。てめえの話は保留として俺が誰を孕ませても、一つ教育方針について決めていることがある」
「どうせ他の女は近づかせませんがね、私が産むというのが王の命ですから」
トーケルは無視して続ける。
「王への恨み言は絶対吐かない、憂さ晴らしを次代に繋げるのは終わりだ。俺とあいつの溝は埋まらねえがあいつのガキと俺のガキぐらい、同胞になれればと俺は思う」
「その言葉だけでも王は十分にあなたを同胞として迎えるでしょう、旦那様」
とうとう無視しきれなくなって、トーケルは未だ名も知らぬ隻腕の女を蹴り転がした。彼の顔は当たり前の年頃の青年のように赤かった。
その男はその土地で同胞を失い、多くの敵を斃し、そしてこれからも敵を斃し続けるだろう。
その男は多くの仲間を喪ったその土地を独立と建国を宣言した新王から任された。最も信頼するからこそ最も遠くを任せるのだと、王は男に言った。ここが新たな国境となる。男はこの日からこの国境を守る砦にして領主。革命戦争で成り上がり、勲章と爵位を受け取るもその価値すら男には分からなかった。
その国が侵略を受ける前、新王の先祖もまた王をしていた。あの頃王の周りでおべっかを使っていた貴族の子孫は戦に乗じて帰ってきた。新入りを蔑む貴族共を新王は首都に集めた。そして、肝心な時に役立たずだったと皆殺しにした。彼等の持ち帰った外貨は国の復興と民の為に使われた。
貴族達の処刑を執行したのは隻腕に焼け爛れた顔の傀儡術を操る女と頬に刺青のある槍使いの男の夫婦だった。
今日も明日も明後日もで出てきたあの家のご先祖の話ですね。
カストロフォビアってのはカタスロトフ・フォビアを縮めました。
悲劇恐怖症
フォビアで検索かけても出てこなかったので造語ってことにしといてください。
恐怖症を憎む者と解釈しなおして付けました
ところで、戦争モノを一番深く描くならモブ兵士がいっぱい出てきてバッタバッタと死んでゆきその描写を余すところ無く見られる媒体だと思います。例えば漫画とか映画とか。間違っても一度に一箇所しか描写出来ない文章ではないと思うのですが戦記モノやバトル物、戦争モノの小説はいっぱいあるわけで彼等は私と脳の構造が違うのだろうああいう方々を天才と呼ぶのだろうと思います。
群像劇とかでキャラ描写の量のバランス整えるとか無理ゲー。
ラノベとかでもそういうのしっかりできる作者マジ尊敬します。というわけでみなさん綾里けいしさん読もう。入間人間さん読もう。あと北方謙三さんに、筒井康隆さんに、大石圭さんに夢枕獏さんに小林泰三さんに遠藤徹さんに甲田学人さんに菊地秀行さんに山田風太郎さんに
あれ? だんだん戦争モノや群像劇書いてない筆者さん混じってきたぞ?
……いつの間にか好きな作家さん羅列してるだけになっていた……っかしーなー、
あっれー? まあいいや。
ところでlanceって綴りネットで検索したら路に空気を吹き込むパイプって意味もあるそうです。パイプ、熱、吹き込む……こんな感じで火薬狂いのあいつらの武器設定が決まりました。