大学部誌の保管庫   作:三樹知久

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同期「R-18は禁止つったよな」

ご安心を


外道探偵の愛玩少女飼育計画

 この事務所に灰皿はない。いいことだ。従業員にヘビースモーカーがいたが二日前にこめかみに穴が開いて死んでしまった。だというのにこの事務所も事務所のあるこのビルも平常運転だ。少し悲しくなる。

 このビルは七階建てで二階から上に一階につき一つずつオフィスがある。この虚首楼蘭――カラサキロウランと読む。――探偵事務所は三階の住人だ。

 このビルはさる業界では有名で伏魔殿とすら呼ばれる。俺はこの呼名がこのビルに相応しいと常々思っている。今回の依頼もやっぱりろくでもないものだった。

 そもそも五体満足なわけでもないこの俺が探偵やっててしかも事務所の雇われ探偵の生きてるメンバーの中では一番の古株って事態がおかしい。ちなみに先輩は三人いた。

 過去形なのは当然死んだからだが人員が欠ける度にせっせと補充してくれるほどウチの所長は優しくないし勤勉でもない。あれはただのメカフェチの変態女だ。

 

 ##

 

 ガンガンと乱暴なノック音がした。今日のお客は機嫌が悪いようだ。

「どうぞ」

 椅子から立つこともなく出迎える。というか俺は立てない。車椅子は今日も油が足りずキイキイと嫌な音を出す。

 ドアが開き現れたのは見知った顔だ。この伏魔殿四階の闇金のオーナーだ。どこぞのヤクザの下請けのそのまた下請け。上納のためにいろいろやらかしてるらしく一番このビルでバイオレンスなお方だ。どう見ても頬にあるのは刀傷だし。ただ、顔の傷は俺のほうが多い。

 で、その上着の裾を女の子が掴んでた。なんと白人だ。日本には珍しいな……、わかったぞ。

「とうとう人身売買ですか、旦那」

「人聞きワリイな、依頼に来たんだよ」

 この見た目でこんなちまいの連れてるとかなり怪しいがここは本人の言葉を信じてるふりをしよう。

 依頼内容はこうだ。金借りて逃げた外人夫婦がいて子供を置き去りにしやがった。気に食わねえから探してこい。闇金とは思えない対応だ。この娘に金稼がせりゃあいいのに。

「部下どもにもそれは言われたがな、俺がこの仕事での理念はこうだ。俺は金で奴らが不幸になる経過を見る権利を買ってるんだ。金を貸した覚えはねえ」

 の癖して金返せっていうのかやはり伏魔殿に相応しいお方だ。

「つまりどんなゲスい目に合わせようと金を返すのは夫婦であるべきと?」

「そういうこった。あとこれは好きに扱っていいからな。お前らに預ける。めんどくせえし」

「つまりこの娘の運命はこっちの事務所が握っていいんですね?」

「下世話な話だがな」

 しかし、残念ながらうちの従業員にロリコンはいない。性的に終わってる奴なんて精々下半身が死んでて不能の俺とメカフェチの所長ぐらいか。ああシスコンの後輩もいたな。

 闇金のおっさんは言いたいことだけ言ってそのまま立ち去りやがった。他の集金と上部組織への土下座で忙しいらしい。ヘタすると、この依頼報酬でないな。あっちが先に目標を見つける場合もある。もっと下手を打てば依頼人が先に死ぬ。色々考え事をしていると少女が手を差し出す。

「これなーんだ」

 その開いた手の平にあったのはダイアモンドだった。四十万は下らない。そして、どう見ても盗品だ。

「どっからとってきた?」

 正直聞きたくない。が、聞かなければもっとまずい事態になる。

「パパとママが夜逃げする晩に荷物から」

 盗品をさらに盗んだわけだ。あのおっさんがめんどくせえといった理由がよくわかった。たしかにこの子はめんどくさい。

「これがあれば借金なんかチョチョイのちょいなのに傷のおじちゃん受け取ってくれないの、だから車椅子のおじちゃんにあげる。で、あたしからも依頼。あたしの面倒見て」

 おじちゃん……おじちゃん……車椅子のために目線が近く面と向かって言われてしまった。まあ、お兄さんではないな。四十過ぎてるし。

「おじちゃんじゃない、俺は暮森(クレモリ)っていうんだ。お嬢ちゃんは?」

「アマンダ」

「じゃあアマンダ。しばらくそのソファで待ててくれ。君をおうちで面倒見てくれるお兄ちゃんが来るから」

 年下の女の面倒など所長の面倒だけで十分だ。角砂糖の油炒めを料理と言い張るダメ女の機嫌を損ねないように梅干しの握りを与えるのが俺の仕事の一つなのだから。……ここ探偵事務所だよな?

 一抹の疑問を覚えながらも俺は携帯を開いた。

 

 ##

 

 家出少女捜索依頼のために出会い系掲示板や神待ち掲示板で、片っ端から抱くつもりもない女を漁ってはドタキャン漁ってはドタキャンを繰り返していたせいか、生活サイクルはぐちゃぐちゃになっちまった。起きると九時だ。

 俺の職場は明確な出勤時間がないし外回りも多い職場だがこれはまずい。仕方ない今日は体調悪いと法螺こいてサボろう。と思いついた矢先。電子音が響いた。携帯を開くと暮森とある。よし、良いタイミングだ。ここで法螺を吹こう。

「さっさと来い。次の仕事だ」

 通話は即座に切れた。法螺吹く間すらくれねえでやんの。泣きたい。

 

 ##

 

 事務所のドアを開けると幼女と元傭兵で車椅子の先輩があやとりしてた。何が起きてるのか全くわからねえ。一度ドアを閉める。ドアに付けられた簡素な看板を確認する。間違い無く俺の職場だ。

 もう一度ドアを開ける。やっぱりあやとりしてた。その傷だらけの面であやとり……にあわねえ……。そしてこの小娘は誰だ。まさか新しい依頼人コイツじゃねえだろうな。金払えんのか? 非常にめんどくさい。

「お前が受け持つ依頼はこの少女の護衛な。育児と言い換えてもいい」

 仕事の説明中くらいあやとりの手を止めろ。止めてくれ。頼むから。

「金は? コイツ払えんの?」

「現金ではないが現物を見せてきた。一括百万以上、今までで一番の大口だ」

「みてみてー真珠もあるよー、ルビーもあるよー」

 メスガキの膝に置かれたくまさんポーチには溢れんばかりの宝石があった。どう見ても盗品です本当にどうもありがとうございました。

「期限は?」

「夜逃げした彼女の両親を捜索する依頼を別口で受けたがそれの完了までだ」

 もっとまともな護衛会社雇ったほうがいいと思う。これだけの金……じゃないな元手がありゃ余裕だろうに。

 

 ##

 

「どうして車椅子なの? 最近機械義手や機械義足なんて当たり前なのに」

 昔は兵隊さんやってたんだという車椅子のおじちゃんに聞いた。

「おじちゃんは背骨が逝ってるからね。義足を付けても動かないんだ」

「ふーん」

 おしゃべりしながらあやとりは続く。正直顔がすごく怖いこのおじちゃんにあやとりは似合わない。

 ノックの音がないのにドアが開いた。いっけないんだー。現れたお兄ちゃんは少し怖い。

 髪は綺麗な茶色をしているけど何故か黒い三つ編みお下げがついてる。膝下までのこげ茶のコートはボロっちい。目はほったらかされた水槽みたいに濁ってる。

 何故かお兄ちゃんは一度ドアを閉めた。あれ? なんで? もう一度ドアを開け、大きくため息を吐いた。

「お前が受け持つ依頼はこの少女の護衛な。育児と言い換えてもいい」

 おじちゃんはお兄ちゃんの方を見もせずに言った。あやとりは続いている。

「金は? 払えんの?」

 むっ。このお兄ちゃんあたしを信用してない。あたしはあやとりの手を止めた。

「現金ではないが現物を見せてきた。一括百万以上、今までで一番の大口だ」

 おじちゃんが説明中だしいいよね。あたしはお気に入りのくまさんポーチをスカートの中から取り出して中身を見せる。

「みてみてー真珠もあるよー、ルビーもあるよー」

 お兄ちゃんは何故かもっと大きなため息を吐いた。

「期限は?」

「夜逃げした彼女の両親を捜索する依頼を別口で受けたがそれの完了までだ」

 そうだ、パパとママはまだ日本にいる。このおじちゃんたちが探しだすってことはパパとママは必ずここに連れて来られるはず。パパとママを捕まえたらあたしは……。

 

 ##

 

 お兄ちゃんは霧峰立人(キリミネリット)と名前を教えてくれた。リットの家は事務所からそんなに離れてはいなかった。まだお昼ごはんにはちょっと早い。鍵は掛けていないのかそのままドアを開けた。

「よし、ポチ、リビングで待て」

 ポチ!? へ? 

「聞こえなかったか? リビングで待て」

「あたし……アマンダ」

「知るか、面倒見るってことはペットだろ?」

 怖いを通り越してリットはやばいお兄ちゃんみたいだ。

 リビングには卓袱台もないしテレビもない。人が暮らしてるお部屋には見えなかった。隅っこにほったらかされてる毛布は血がついていた。目覚まし時計はガラスがひび割れている。

 しばらく一人であやとりをしているとお昼になった。

「記念すべき最初の飯だぞ、ポチ」

 ポチ呼びは変えてくれないみたい。二つのどんぶりを抱えてきた。あまり臭いがしない。なんの料理かな?

 

 ##

 

 食事なんざ極論燃料補給だ。栄養価が高くて安けりゃそれでいい。安かったから買い込んだ食料をどんぶりに入れて二人前出す。よほど腹をすかせていたのかメスガキは目を輝かせている。俺もこんなふうに餌付けされてる時期があったかな。この部屋には卓袱台などという贅沢なものはない。床に直接どんぶりを置いた。

「なにこれ……」

 どうやら文句があるみてえだ。栄養価はカロリーメイトよりいいっつーのに。一粒つまんで齧る。コリッといういい音がした。湿気てはいない。食える。問題ない。

「これ、ドッグフードじゃない?」

「よくわかったな、ほれ、スプーン」

「食べるの?」

「他にどうすんだよ」

 贅沢なやつだ。かなり買い込んだから少なくとも三日は食料はこれだ。

 しかしこれなかなかうまいな。生の虫やネズミを食ってた頃とは比べるのが間違ってるレベルだ。

「変な味……あ」

「なんだよ」

 味以外の文句があるのだろうか非難じみたた目で見てきやがる。

「右手は?」

 は?

「ちゃんとお椀持って食べなきゃだめ」

 うぜえ……食事なんざ片手でいいだろうに。そもそも両手でなきゃできないことは余計なことばかりだ。ナイフで切らなきゃならねえでかいステーキ、ゲームにあやとり。ああ煩わしい。正直今食ってる飯は素手でもいい。無視してそのまま食事を終えた。

 

 ##

 

 晩飯を終えると今まで黙りこくってあやとりばかりしていたメスガキが何やら寝言をほざいた。

「お手伝いしなくていいの? 食器洗いとかお風呂掃除とか」

「おまえはハムスターに風呂掃除を頼むのか?」

「ハムスター……」

 正直俺はコイツに何も期待していない。愛玩動物などというのは飼い主から餌もらって平和な面してるのが本分だ。昔は俺もそうだった。

「くだらねえこと言ってねえで寝ろ」

 実はこの家には毛布は一枚しかない。毛布は当然ポチに使わせるとして俺はどうすっかな……。どうせ生活サイクルがぐちゃぐちゃでこのガキと睡眠時間が被らないことに気付いた。

 ついでだからもう一つの依頼について色々と情報屋を巡るとしよう。普段は鍵など掛けないが中に無防備な弱者がいるわけだしそうはいかない。鍵どこにやったかな……。

 

 ##

 

 リットが出ていった。鍵なんてあったんだこの家。あたしは当然寝たふり。男の人の家にお邪魔するなら家探しだよね。テレビでそう言ってた。でもこの家何もない。棚はもともと家に備え付けられてるような押し入れとかキッチン棚とかばかりだし……。キッチン棚はどうせ食器だけだろうから、押入れかな。

 押入れには様々な物がごちゃごちゃにしまわれていた。ナイフに釘抜き、金槌と鉈。多分このへんは凶器。破れた毛布に割れた皿と欠けたコップ。ゴミを捨てるのも面倒みたい。

 そんなふうにめちゃめちゃな押入れの中に埃をかぶった大きめの封筒があった。お、エロ本かな? よかったーリットもちゃんと人間だった。

 ドキドキしながら開けた封筒の中身は十年以上前の古い新聞記事だった。

 

 ##

 

 情報は足で探すものとか言ってる奴は素人だ。情報はコネで探すものだ。手掛かりなしに歩きまわるのは人海戦術が使える警察だけだ。一般人でしかない俺等が聞き込みなんかしても聞き出せる情報などないし、まず話し相手が歩いてない。

 あの宝石の量と質から言って盗品売買や裏オークション関連を漁るのがいいだろう。あと、こういう事やらかす親がやってないはずはねえからな。売春関連も調べとくか。

 あーあー今日も今日とて俺は奴隷待遇だ。あれ? じゃあ奴隷に飼われるあのメスガキは何待遇だ?

 お、あの猫食えるな。あれだけ肥えてるなら飼い猫だ。

 

 ##

 

「モノ言わぬ機械がアタシに尻尾を振って跪く、人工衛星も核実験基地もアタシの下僕、嗚呼、エクスタシィ!」

 所長のテンションがさっきから全く留まることを知らない。テクノブレイクを心配するレベルだ。複数のキーボードを同時に叩いてモニターを舐めるように見つめているその姿はどう見ても危ない人だ。傭兵時代の知り合いにハッカーは四人いたがここまでハイな奴らじゃなかった。伏魔殿に来てかなり経つが未だにこの光景にはドン引きする。

「嗚呼、これぞ人生よ、アタシの物語よ、生きた悲劇よ、歴史の喜劇よ! 捕まえたわ」

 一瞬にしてテンションがゼロに戻る。そろそろ梅干しの握りを用意しておこう。

「太陽(タカハル)、おにぎり」

 ほらキタ。ご要望にお答えする前に口答え。

「所長、たまには炭水化物以外も摂ってください」

 身長百四十三センチの小さな二十九歳。この意味不明女が我等が所長虚首楼蘭だ。

「この事務所にはカロリーメイトという心強い味方がいるわ」

「昼前にアマンダが貴重な三箱を食いつくしました、大人しく野菜を食べましょう」

 渋々といった様子で温野菜を食べる姿は聞き分けのいい子供のようだ。来年三十路だぞこの女。

「で、何についての情報を捕まえたんです?」

「ここ最近の裏オークションで急遽出品中止になって出品者が行方不明になったものがあるの。すべて盗品であることが明記され、しかも宝石類。写真も見たけど間違い無いわ」

「保護依頼の依頼人のポーチの中身ですか」

「そ、更に出品者は夫婦」

「確定ですね、夫婦は今頃海の底でしょうか?」

 最悪だ。そうなれば捜索依頼は失敗扱いだし、捜索依頼が終わらなければあの少女の保護も期間が決まらない。

「いいえ、行方不明っていうのはオークション現場にすら辿り着いてないの。現場は海外。夫婦はまだ日本にいる。多分あの幼女に高飛びのための最低限の現金まで持ってかれたわね」

 幼女恐るべし。希望の光も見えたグッジョブ幼女。

「とっとと霧峰に電話して。アイツのことだから今頃外ぶらついてるわ。こっからは肉体労働になる。無理矢理にでも寝ておくように言いなさい」

 

 ##

 

 猫の目玉を飴玉代わりに舐め回してたら電話が掛かってきた。仕事ならしてたぜ、メールはちゃんと出したんだ。夫婦の居所さえ判れば事情や経緯はどうでもいいしな。

「所長はお前の仕事を明日にまわすという慈悲を見せてるがあえて無視だ。今すぐ動け」

「やっぱ日本にまだいるか」

「そこまで分かってるなら後はお前の仕事だ」

「目撃者と逃亡幇助者は?」

「二階の肉屋に引き渡せ」

 此処から先は俺の仕事だ。既にメールの返信は二つ着ている。お得意様だから割引でいいとのこと。情報屋のご利用は計画的にいっぺんに二人までにしましょう。

 とりあえず夫婦の居場所はどっかの港町のどっかの埠頭。その中のコンテナ。逃亡幇助者アリ。とっとと家に戻って原チャリ乗るか。

 

 ##

 

 新聞の見出しは『オオカミ少年ならぬ野良犬少年保護される』とある。

 女の子でもここまで伸ばしはしないってくらい長い髪。血みどろの体。右の二の腕の中ほどで引きちぎれて、尖った骨が露出している。傍らには腹の潰れた犬。車に轢かれた親子と写真の説明にはあった。肉体年齢は三歳程度と推測。四足歩行が右腕の欠損により不可能になったことがきっかけで二足歩行を習得。立つことで人となったとして、立人と命名された。

 食い入るように新聞を読んでいると、ガチャリと鍵の開く音がした。

「おかえりー」

「起きてやがったか」

 しまった。あたし寝たフリ中だった。

「ちょうどいい、ついてこい、お前の親の居場所がわかった。とっ捕まえて四階経由で叩き売る」

「わかった、行く」

 小さなスクーターにリットは腰掛けてた。

 大人二人で乗れるサイズじゃない。でもあたしなら腰にしがみつける。子供っておっとくー。

 エンジンは既にかかっていた。気の抜けた音を立てながらスクーターは出発した。

 顔の前を三つ編みお下げがゆらゆら揺れた。

「ねえ、あの新聞やっぱり……」

「みたのか」

「うん」

「昔、図書館の倉庫から盗み出した」

 あの封筒にはいろんな新聞社の野良犬少年に関する記事がかき集められていた。

「右腕は?」

「動力は足りてる。問題ない」

 そういうこと聞きたいわけじゃないけど、いいか。

 

 ##

 

 目的地に辿り着いた後はあれよあれよと話が進んでいった。何しろ逃げ回りもせずにいきなり夫婦揃って土下座してきやがる。腹が立つ。伏魔殿四階のおっさんに車で来させる。何しろスクーターで四人移動は無理だ。メスガキも一時そちらに預けることにする。

 なにせこの街にはもうひとつ用事があった。

 いかにもなガードマンの立つビル。

「何の用だ?」

「ここの事務所にいる議員さん、最近脅迫受けてねえ?」

「俺はタダの警備員なんで知らんな、とりあえず俺の仕事なんでここは通せない」

 通りすがりを見られたならまだしもここの関係者なら仕方ない。

「運悪いな、アンタ」

 返事をさせる前に右手を横に薙ぐ。首が転がってった。手刀とはいうが、鋭いわけでもないのでうまいこと時代劇のようにはいかない。何時になったら斬った首が落ちないでくれるようになるのやら。

 人間離れした力のある義手とはいえ原形保ったまま殺すのは案外難しい。腕とは武器として使うと大概鈍器だ。潰す以外の殺害方法はない。さっきのはかなり上手く行った例外だ。

 ドアに鍵がかかってたのでドアノブを殴ってドアに小さめの穴を開ける。

 取っ手を失いタダの鉄板と化したドアはいとも簡単に侵入者を受け入れた。

 中にいる奴は全部ターゲットの関係者。ターゲットだけ行方不明にすると後腐れがあるので中の人間は見つけ次第始末する。と言うより探して回る。一部屋一部屋虐殺する。

 寝ている奴は首を握りつぶす。廊下にいた銃を向けてきた奴は目に五百円玉突っ込んで始末する。指で弾いただけで出ていい速度じゃねえな。

 ターゲットの部屋にはボディーガードがもう一人いた。筋骨隆々のそいつの胸に右拳を入れる。中で指を開いて心臓を握りしめたうえで背中から突き出す。

 その心臓を見せつけるようにしながらターゲットに話しかけた。

「ある夫婦から脅迫を受けたよな?」

「わ、わしは何も知らんぞ、この化物」

 うーんその化物の機嫌損ねるような態度取るなよ……。

「脅迫内容は少女買春。要求内容は夫婦への隠れ家の提供、だな?」

「な、何しに来た? 奴らの使いか? まだ要求があるのか?」

 もう少し殊勝な態度取れよ。ま、何言っても仕事は変わらねえんだがな。

「いんや? 俺はその夫婦の敵。もうすぐあの夫婦は借金で売り飛ばされる。でも、要求はあるんだ」

「金か?」

 ならここまで派手にボディーガード殺すかよ。議員さんが頭いいってのは嘘だな。世の中が良くならねえわけだ。

「単純だ。関係者は死ね」

 どいつもこいつもここで死んだ奴は俺の右手しか見てなかった。

 俺は右手をボディーガードの体から抜きもせず、左手で銃を撃った。

 余裕余裕、伊達に十年以上左手一本で暮らしてねえよ。

「右手のがパワーあるけど不思議な事に俺の効き手は左だったのでーす」

 聞こえてねえか。

 左手で携帯を開き、伏魔殿二階の住人を呼び出す。いつどんな時間帯でも電話は店主が取る。アイツ何時寝てんだ?

 伏魔殿の関係者は誰一人死んでも墓には入れない。よほどぐちゃぐちゃのばらばらにならない限り二階の商品になる。ターゲットはもちろんのこと、依頼が終わらないうちに死んだ依頼人も繋がりを消して行方不明にするためにそうなる。

 今回はだいぶ散らかしたから店主の機嫌を損ねるだろう。

 ま、自分で喰いもしないものを殺すのは気分悪いしな。これぐらいは俺のストレス料ってことで。

 死んだターゲットを眺めながら思う。俺にはコイツを理解できない。当然だ。俺はロリコンじゃない、シスコンだ。

 野良犬から脱却した俺を育ててくれた人は俺に対し母と呼ぶなといった。まあ呼ぶ気はなかった。俺の母は車に轢かれて死んだ。ソレ以外に俺に母はいない。

 だからあの人は俺の姉だ。あの人以外の人間なんざ全人類まるごとどうでもいい。あの人が死んだ今、全人類俺含めてどうでもいい。

 俺が死んだ時、首の後の三つ編みが無事なら他は丸ごとどうでもいい。

 

 ##

 

 たった一日でパパとママは見つかってしまった。漫画に出てくる刑事さんのお手伝いみたいな嘘探偵よりよっぽどこの人達すごいと思う。

 まあいいや。あたしは四階に用があるんだ。

「おじちゃん」

「アマンダか。どうした? 二人にお別れでも言いに来たか?」

 まさか。お別れはもう少しあと。

「ううん、おじちゃんに聞きたいことがあるの」

「ん? 言ってみ?」

「二人を売っぱらって借金返済なわけだよね。誰が買ってもいいの?」

「ちゃんと非人道的な扱いしてくれるんならな。俺は不幸になる過程見るためにこの商売やってるわけだからよ」

「宝石じゃなくて現金なら代金として受け取ってくれるんだよね」

「宝石は鑑定料かかるし騙されたりして価値変わるしな」

 あたしは隠しておいたネコさんポーチから札束を取り出した。

 盗みだしておいたパパとママの旅費と二人に言われて男の人の相手をしてもらってきたお金の四割。

「これで足りるかな?」

「たいした高級娼婦だな。貯め込みやがって」

「えへへ、おじちゃんも買う?」

「おれは三十路専門なんでパス」

「趣味悪ーい」

 さて、後は二階に行ってパパとママのお肉の値段を決めればいい。切り身や焼肉用の薄切りじゃなく、出来れば挽肉にしてくれるように頼まなきゃ。

 パパとママは二人ならどこへだって行けるけど私は邪魔だと言った。

 だから、世界中のどこへでも二人混ざり合ったままいけるように、挽肉にしてもらわなきゃ。

「ところでこれからどうすんだ? 宝石は探偵に、現金は今俺に払ったろ」

「パパとママを二階のお肉屋さんに売るの。そのお金を生活費にする」

「アイツ金の払い悪いからその生活は長くねえぞ?」

 本当にこのおじちゃんは闇金らしくないな。優しすぎる。

「じゃあおじちゃんが雇ってくれる?」

「凄みのねえテメエの面じゃナメられて金返ってこねえから却下」

 うーんどうしよう。

 そういえば探偵って浮気のでっち上げや書類盗んだり怪しまれないように人をつけたりするって車椅子のおじちゃんが言ってたっけ。

 浮気のでっち上げ。というかあたしが浮気相手になればいい。男の人の相手は得意。子供だから訴えられない。

 書類盗んだり。盗みは得意だ。あの宝石の幾つかは最初からあたしが持ってたのもある。

 後をつける。体が小さいから目立たない。

 あれ? 天職発見? よし、パパとママが挽肉になって残らず売れるまで眺めたら車椅子のおじちゃんに直談判だ。

 

 ##

 

 たった一日でこの事務所の歴史に残るであろう大仕事が二つも片付いた馬鹿みたいな日の翌日。死体を解体して売るばかりの二階から珍しく悲鳴が聞こえた。断末魔が二人分。

「仕留めたその場で血抜きと加工を終えた新鮮な肉が二人分か……しばらく二階の主人はホクホクね」

 この人は他人の不幸も幸福も喜ぶ。この場合は店主の幸福と二人の不幸を心から喜んでいる。

 所長曰く人生とは物語であり山も谷も観客としてならこの上なく楽しめる娯楽だという。

 理解できない。何しろ俺の人生には山も谷もない。常に底辺を一直線だ。

 慣れ親しんだ日常は毎日俺を蝕んでゆく。

 日々俺に背中を預けてくれた隊長は常々言っていた。

『物事に慣れるな。慣れるからつまらなくなる、慣れるから油断が生まれる』

 普通逆だよな。戦場に早く慣れろというべきところだ。ところがあの方はこうだ。

『慣れないままで恐怖を押さえつけろ。慣れないままで熟練しろ。初めて扱うように順序立てろ』

 傭兵でなくなった俺にはもう関係のない言葉かもしれない。

 

 ##

 

 突如としてこのオフィスに住人が増えることになった。つまり俺が世話する年下の女が増えたってことでもある。

 二階から断末魔が聞こえた一週間後。再び現れたアマンダの最初の一言は、

「あたしを雇って」

 労働基準法を知らないらしい。

「いいわよ、どうせ労基なんか糞食らえだし」

 ネトゲに興じていた所長が画面から一切目を離さずに言い放った。

「やったー」

 無邪気に喜んでいるがここは大抵の新人が一年以内に死ぬ職場だ。霧峰や俺は運がいいだけだ。俺はこの体から内部業務担当で危険が少なかっただけ、霧峰のやつは右手のおかげだ。

「後しばらくここで住みなさい。家賃でお金無駄にしたくないでしょ?」

「ほんと、いいの?」

「毎晩かわいがってあげる」

 そういやこの人メカフェチの上にレズだったな。御愁傷様……。

「ご飯は太陽に頼みなさい」

「タカハル?」

「暮森の下の名前よ」

 おい勝手に下の名前バラすな。嫌いなんだ、何しろ俺の人生全く晴れ渡ってない。いや、晴れの字なんて使ってないんだがな。

「じゃ、タカハル先輩、オムライス作ってください」

 うわあ……。この後輩ってば滅茶苦茶図々しい。霧峰より図々しい。霧峰でも俺を苗字で呼ぶってのに。

「そういえば霧峰はどうしました」

「睡眠薬かっくらって生活サイクル戻すって、三日は寝続けるつもりらしいわ」

「それじゃ戻りませんよ。多分」




暮森先輩は実は自分のための利益の「僕」だっていう設定があったり
立人は今日からはのあの子に保護されたから苗字がこうなったという設定があったりします

こういうキャラの再利用はネタを考える時間を削減できるのでよくやる
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