この作品はサークルのアカウントで別所にも投稿されています。
あちらに評価を頂いても私は把握できませんのでご容赦ください。
ただしあちらのはpixivに載せる際に非常に表現をマイルドにしてます
こっちがオリジナル
安物のコーヒーと合わない高い葉巻の臭いが鼻に付く。当然俺は飲まないし吸わない。大きめの茶封筒の中には写真と書類が複数入っている。脂ぎってすだれハゲで腹の突き出たお手本のような汚い強欲おやじが封筒を開いて中身を確認する。
「その報告書のとおりあなたの奥さんは貞淑で理想的若妻です。残念ながら」
目を皿のようにして目を血走らせながら報告書を読んでゆく。
「ところで、仕事の話してる間くらいその女どけちゃくれませんかね」
化粧の臭いも徐々に鬱陶しさを増してゆく。
「カナミが儂から離れたくないと聞かぬでな」
おやじの腕にしがみつき甘えた声を出す女の名前に興味はない。
ワハハと下卑た笑いとともにソファーの上で事に及ぶまではしないが手慰みにいじり回す。甘えた声の声量が上がる。
「ところで君は……なんと言ったかな?」
こいつとの付き合いはもう二ヶ月になるが俺も覚える気はないので今更だ。
「霧峰です」
「霧峰くん」
「なんでしょう?」
「儂個人と契約せんか? 五百万だそう」
この業界ではよくある話なのでこの先は分かりきっている。
「あの女騙してこい」
とうとう女を抱え上げて股ぐらに顔突っ込みながら話し始めやがった。声がくぐもってきた。コーヒー葉巻化粧加齢臭にさらに汚臭が追加される。具体的には黄色くない染み。唾液だったらまだマシなんだがな……。
「離婚の口実が見つからなきゃ作るわけですか? 浮気を先に始めたのは自分だというのに飽きた女にゃ小銭一つ渡したくないと?」
もうおやじは女の体しか見てねえ、せめて書類最後まで読めよ。
「君の知ったことではなかろう。夫公認で二十三の女とやれて金も手に入る、どうだね?」
「報告は以上で、またのご利用をお待ちしております。一応封筒はまるごと灰皿で処分をお勧めしますよ」
無視してとっととこの部屋を出よう。とにかくこいつら鼻が曲がりそうに臭い。
わざわざ山奥の別荘地帯にまで来させる時点で後ろめたい自覚はあるくせに妙なおやじだ。そもそもあの女房ももとより遺産目当てだ。誰がどう誘惑しても馬鹿な真似はしないだろう。自分から浮気を問い詰めることもないだろう、慰謝料より遺産のほうが多い。
別荘を出て原チャリのキーを捻る。ぺぺぺぺぺっと情けない音を吐き出し始めたみすぼらしい愛車のハンドルを握り、とりあえず街まで降りることにした。
職場のある街までは帰れなかった。燃料がねえ。この原チャリは職場の先輩がエンジンめちゃくちゃに弄り回したんでリッターで見た燃費は糞だ。が、サラダ油でも走れるんで値段で見れば並だな。サラダ油は最近じゃコンビニでも売ってる。ごま油のがこのコンビニ安いな。こっちにすっか。
十秒飯ゼリーを握りつぶし吸い上げながら給油を済ませる。再度ハンドルを握りキーを捻る。
そしてハンドルがへし折れた。
「あぁ?」
ポッキリと折れたハンドルを投げ捨てコンビニに駆け込むと同時に愛車が消し飛んだ。
次にガラスがはじけ飛び、雑誌を並べていた店員が不自然に吹っ飛んだ。あれはダメだな、一瞬だがこめかみに赤いのが見えた。どうせ裏口は張られてるだろうから堂々と表から出る。さっきの店員のおかげで射角も分かった。ヘルメット被って歩いて帰ろう。
何度か狙撃と職務質問に耐えながら事務所に帰り着く。七階建てのビルの三階が我らが職場。ドアにはピンク色の釣り看板『虚首楼蘭市立探偵事務所』自分の職場でさえなければ指差して爆笑したい看板だ。馬鹿丸出しすぎる。具体的には「市」の字が間違ってるし、あちこち字がきたねえ。何よりこの血生臭え職場に似合わねえピンクの花模様。俺がいない丸一日の間にだいぶドアが様変わりしてる。ノブが違うし。
ドアの向こうからはゴリラっぽい呻き声とモーター音が聞こえる、できればこのドアを開けずにこのまま帰りたい。
「たでーまー」
ため息混じりに帰還報告すると地獄絵図がそこにはあった。
毛布を頭からかぶって狸寝入りを決め込む車椅子の先輩、椅子に縛り付けられた見覚えのない全裸アイマスク男。指がいくつか足りないし股間から伸びるピンクのコードは見なかったことにしたい。モーター音もあるし多分間違いないんだろうな。見なかったことにしたい。最近雇われた金髪十代前半の幼女後輩が男の足の親指に金槌を振り下ろしていたし、我らが偉大な女所長、三十路目前の童顔幼児体型は注射器を男の臍にぶっ刺していた。
「おかえり立人、そこに正座」
口を開くやいなや意味不明の命令が来る。
「正座する心当たりがありませんが? 所長」
羽箒で男の喉を擽りながら、
「お得意様のゴキゲンはどうなの?」
追求が迫る。あっちゃーやっぱ機嫌損ねてたか。
「つかぬことをお聞きしますがそのマゾ一歩手前のゴリラは何ですか?」
「事務所のドアを爆破してくれた不審者。お得意様ンとこの私兵らしいから色々聞き出してるの」
ご愁傷様。間違いなくその男は明日の朝には二階の肉屋に並ぶ。
「どうやってとっ捕まえたんです? 見るからに体格はプロですが」
「涙目でおじちゃんに酷いことされるって言って簡単に近づいてスタンガンで一発」
末恐ろしい上司だな、チクショウ。ところで狸寝入りしてる先輩は元傭兵のはずだが拷問直視できないってのは初耳だったな。
とりあえず状況は大体分かった。次の仕事は決定なわけか。俺原チャ失った直後なんすけどね。アシどーすんだよ。それはともかく、
「所長、俺の耳が確かならそれ呼吸止まってませんかね?」
「まだ子供の頃の恥ずかしい思い出ランキング三までしか聞いてないわ。後二つ吐かせるまでは死なせらんないわ、新入り!! スタンガンよ!!」
そのゴリラはもう許してやれ。そんなん仕事に関係ある情報じゃねーだろ。
「すだれデブと抵抗する連中、場合によっちゃ若妻も始末ってことでいいんすかね」
「カナミは生かして連れてきて、肉屋以外に売るから。写真見る限りじゃ良い値つくわ、妻はすだれさえ死ねばおとなしく遺産で優雅に暮らすからほっときなさい」
「ところで所長、『俺達に休みはない』って映画ありませんでしたっけ?」
「『俺たちに明日はない』よ馬鹿」
休みがないのは映画じゃなく俺だ。事務所のビルを出ると目の前に見覚えのある黒のワゴン車。
「原チャ吹っ飛んだんだって? 乗れ」
肉屋の世話にだけはなりたくなかった。
一度自宅に戻る。お亡くなりになった愛車と同じくみすぼらしい。ドアは鍵を基本掛けてねえ。膝下までの防弾耐火コート、フェンシング用のヘルメットの網を防弾ガラスに変えた特注メット、鉄板仕込みのブーツ、防刃チョッキにグローブ、銃と、ナイフ数本。最後にくぎ抜きと鉈。全滅ならもっと楽な装備でいいんだがな。
道のり半ばで横の車がパンクして突っ込んできた。うまい手だ、ポリ公はパンクさせられた車の人物背景を捜査するからこっちに気付かない。
「よく躱せたな」
「後ろの冷蔵庫は大事な商売道具だ。で、事情聴取は?」
「シカトに決まってんだろ。時間が経てば経つほど不利だ」
肉屋がアクセルを親の敵のように踏みつけた。事故の時からつけてくる車に俺も肉屋も気付いてはいた。ダッシュボードをあさると瞬間接着剤と大量のレシート。準備のいいことだ。
「何する気だ?」
「少し落として近づかせろ。銃撃はまず助手席の俺から狙われるからお前はシカトでいい」
車の中でヘルメットとは我ながら滑稽な格好だが、まあしかたない。
「俺が回収できない状況での殺しはご法度だ、死体が出るから殺人になる」
「車がすっ転ぶ程度で済むから黙って運転してろ」
車が近づく、後部座席から身を乗り出すバカの姿がミラーで見えた。
瞬着をレシートの束にベッタリとぶっかけ、頃合いを見計らって窓からポイ捨てした上で撃つ。接着紙切れとなったレシートが舞い上がりフロントにへばりついた。
ついでだから釘入りビール瓶も一つプレゼント。銃声よりもでかい爆発音が三つ響いた。パーフェクトに一つ足りないがあの車は間違いなく廃車だ。おめでとう。
ブレーキ音すら出さずにどっかの壁に突っ込んで炎上した。廃車どころか大破しやがった。船なら中破大破轟沈と続くが車の場合最終段階なんて言うんだこれ。何でもいいが綺麗に吹っ飛んだもんだな。
「おい、死んでないだろうな、もったいない。命は大事にしろ」
「肉屋のセリフとしては正しいんだろうな。きっと」
別荘の二階は明かりが消えてるが車はある。つまりは真っ最中かおねんねだ。窓をぶち抜き火炎瓶を投げ込む。どうせヘルメット越しじゃ匂いがわからねえ。索敵するよか炙り出した方がいい。待つこと二十秒。わらわらと黒服のお出迎え。鉈と釘抜きで片っ端から潰してゆく。
まず一番近い奴が銃を構える前に右の釘抜きを右の頬骨にぶち込む、そのまま頭蓋の前面を引き剥がす。
「ぼべぇえええ!!」
傷ひとつない綺麗な前頭葉がこんにちは、左の鉈で切り飛ばしてさようなら。次は振り上げるように釘抜きを下顎に引っ掛ける。引き寄せながらその勢いのまま鉈で首を切り離す。釘抜きから頭を外すついでに投石器の要領ですっ飛ばす。後ろの連中が既に銃を構え終えてるが一切問題ない。流石に狙いは正確だ。心臓と眉間に二発ずつ。が、ダメージなし。このための重装備だ。今の俺を殺したければ地雷か戦車がいる。
「たかが、片手撃ちの豆鉄砲が!!」
心臓を狙った一人に鉈を飛ばす。銃を握った手に刺さるように食い込む。
「あぎぃ!!」
投げナイフを喉笛へ。さっきの四発で無駄と悟ったか残りの連中はドスを構えている。
目潰しはチョキでやる必要はない。やっても正確に当たらない。指全てで目の周辺を狙い、突き指しないように軽く曲がった自然体のままカウンターで突く。目潰しは視界潰しであり眼球潰しであることは重要じゃない。目をやられた奴は顔に手をやり隙だらけ。一歩下がって距離を取り、間髪入れずに股間をつま先で蹴り潰す。
「か、は……」
「安心しろ。もうお前に使う機会はねえよ」
一人生かしたまま潰せた。肉屋が喜ぶだろう。
眉間を狙った二人が引け腰になり一歩後ずさる。
「どうした? お前らの銃じゃ殺せないのはわかった筈だ、近づけよ?」
更に一歩。もうダメだな、ビビり切って近づいてこねえ。重いからこっちから踏み込むような殺り方したくねえんだよなぁ。
「肉屋、任せる」
「任せる」の「せ」の時点で銃声がひとつ。「る」でもう一つ。倒れてるのは七つ。そのうち一人の腹を蹴る。
「なに死んだふりしてんだよお前にぶち込んだ覚えはねえぞ」
「お前、なんなんだよ、なにもんだよどっから来たなんの用だ!!」
さっきまで拳銃握り締めてやる気満々だった奴が涙声でなっさけねえ。
「質問には全部答えてやろう、霧峰さんは優しいからな。探偵だ、くせもんだ、職場から来て、お前の雇い主殺しに来た」
鉄板入りブーツで顎を蹴り砕き、喉を踏みつぶす。
「ついでにお前も……あ、やべ」
やってから気がつく、ターゲットの場所吐かせてねえ。さすがに今の重装備であの炎の中入りたくはない。そろそろ出てきてくれると嬉しいんだけど。
ようやくバスローブ姿の女が出てくる。ヘルメット越しで炎の傍だってのにくせえくせえ。アサミだったか?
「た、助けて!! イカレた鉈女に殺される!!」
はぁーあ? とりあえず腹殴って黙らせる。
「すだれハゲは?」
「真っ先にドタマぶち抜かれたわ、目つきのぶっ飛んだ女が黒服連れてきて」
「もういい」
砕かないように細心の注意をした上で顎に一撃。思ったより若妻はオツムの出来がよろしくなかったらしい。これの確保は肉屋に任せよう。
「っつー訳でとっ捕まえてくる」
「焼き肉になる前に持って帰って来て欲しいが無理そうだな」
「ヤクあるか? あと油」
「何する気だ?」
「若妻にしこたま食わせて、廃人にした後凶器握らせたまま、一発も殴らず焼き殺す」
火をやり過ごすなら風呂場だな。さっさと終わらそう。
先に私を消そうとしたのはクソジジイだ私は悪くない。
浮気をしていたのもクソジジイだ私は悪くない。
ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう、あたしの人生ご破産にしやがって、ドイツもこいつも殺してや
「はい、みーっけ」
シャワー室のドアが掌に貫かれた。
「いやああああああああ」
鉈を振り落ろす。
がいーん。と金属音がした。手は無傷で、鉈が折れてる。刃は!? どこよ!? ど
シャワー室のドアをぶちぬくと、折れた鉈が脳天に突き刺さった女がいた。
ほんと、ロクな職場じゃねえ。顔がひきつって、笑いしか出ねえ。
ピカレスクっていうんですかね? 出てくるやつ全員がまっとうじゃない話とか大好きです。ハードボイルドと違って信念も糞もなくかっこいいわけでもない、そんな話大好きです。パンピーと完璧にずれてるようなキチガイの一人称とかも好きです。
大石圭先生とか
これで、部誌の原稿は全出しとなりました。
お付き合いくださいましてありがとうございます。