欠伸とともに、竿を上げる。小魚が一匹上がる。こんなものでは小さな子供の食事にさえ数匹いるだろう。
片手だけで魚を掴み数度振っただけで針を抜き、どれだけ跳ねても水に届かないような所に無造作に小魚を置く。小魚を掴んだ右手はあぐらをかいた足の間にだらりと投げ出され、左手で再び竿を振った。
浮きが沈んだり流れたり浮き上がったりを繰り返す。よらよらとした動きも長い目で見れば規則性がある。川の流水がゆらゆらと浮きを弄ぶ。
使われている竿はその辺の枝で、糸は髪の毛数本を結んだ頼りないものだ。
くるりと渦を巻くように浮きが沈む。規則と違う動きに対し、さっと竿を上げる。また一匹。先ほどと同じように針を外す。
小魚がこんもりと山を積み上げる頃。上流から桃が流れてきた。あぐらをかいて背を曲げた釣り人と比べられる程度の大きさの桃。ごろごろりと川底を転がる。皮は傷だらけで、食えるようには見えない。
釣り人はそんな桃を見て。薄気味悪いから手を出さなかった。
明日一日分の魚を釣り上げ魚籠に詰め、川岸から立ち去る。
魚ばかりでは味気ない。釣り人改め山人として山菜を採りながら帰ることにしたようだ。道すがらには茸も菜もある。
夢中になってとっているうちに山人はおかしな事に気付く。この山には季節がない。秋の七草も春の七草もあれば栗もある。茸だってここまで無節操には生えはしない。
いつの間にか道を外れたようでここはどこだろうと不安に思っていると竹林に出た。ますますおかしい。この山に竹は生えていなかったはずだ。
山でおかしな事に会った時には頂上を目指すものと相場が決まっている。
凸凹している山というものは下を目指したところで沢や崖に当たったり方角が狂ったりとろくな事がないものだ。
しかし、頂上なら必ず登山道があるはずでそれを下ればいい。
せっかくなので筍を掘りながら竹林の中をえっちらおっちら登っていると、光る竹があった。
やはり山のナニカに自分は化かされていたのかと、その見るからに怪しいのを無視して山人は頂上を目指した。
どうにか、頂上に辿り着いた山人は登山道を見つけて山を下り始める。
その途中に傘をかぶった六地蔵が並んでいた。地蔵に供えられた団子はどれも泥団子ばかり。泥では供えになりはしないだろうが、地蔵はきっと泥の団子で飢えを凌ぐ苦行の最中なのだなと何の悪意もなく見当違いに早合点して、そのまま立ち去った。
まだまだ山を下ってゆくと、老婆が大きな岩を背負って歩いていた。大きな葛籠にゃ大判小判、大判小判……。
何やら不気味なことを呟いている。あの岩をお宝の山だと思い込んでいるようだ。しかし、そんなものを担いで歩いていたら何時かは潰れてしまう。
声をかけてみるが老婆は完全に気が狂っており、スズメのたからもんは渡さねえだど。と、まるで話を聞きゃしないどころか老婆とは思えぬ力で岩を持ち上げ山人の頭めがけて振り回す始末。
仕方なく山道を下りながら老婆から逃げ出す。あれは化かされたのではなく悪いことでもして祟られたんだろうと諦めることにした。
山を下り切るといつの間にやら浜辺についていた。
どこかで子供の囃子声がする。どうやら何かを虐めているようだ。
見てみれば、亀がのろまのろまと虐められている。やめさせようと思う……のだが、先ほどのばあさんを見捨てた自分にあれを咎める資格はあるのだろうか? そんな見当違いの早合点と後味の悪い気分とともに立ち去った。
ようやく、家に帰り着く。釣ってきた魚の殆どを捌いて肝を取り、家の中で吊るして干す。本当なら日向で干してお日さんの恵みがほしいがそんなことをすれば鳥や猫に取られてしまう。
次に茸と山菜を干す。こちらは日向に干しても好き好んでとる生き物はいない。干した野菜は煮ると体にいい。
保存食を作っているうちに日が沈む。
そろそろ夕食にしようと、干さなかった分を鍋に入れてよく煮る。
夏だろうと冬だろうと煮るに勝る夕食はない。
夕食を終えたら体に入れた力を無駄にせず早く寝る。
「いつになったら空から天女ふってくんのかなー」
意味のない独り言をつぶやいてそのまま眠った。
チャンスは何処にでも転がってるって偉い人は言った。
チャンスを掴もうともせずに下らないこと言って時間を無駄にしてるやつを若者というのだそうで。
お前のことだぞ去年の俺、来年の俺。
自覚すると首吊りたくなるね。
この話は一応ルート分岐があって、桃を拾えば中から桃乃と名乗る美少女が出て竹林では当然かぐや姫、二人が山で道案内するのでババアに会わずにすんで、乙姫フラグも立つという……。
ハーレムルートですね、チャンスは大事にしましょう。