大学部誌の保管庫   作:三樹知久

7 / 23
超能力とそれを管理する秘密結社という設定で一つ書けといわれた冊子での原稿。

その冊子に出された全ての原稿は世界設定を同一としていてお互いの作品のキャラを使うこともありとされましたが私はやらなかった。
そこまで器用じゃないからです。


邪気眼と副音声

「フッ……朝だ……今日も俺の存在を太陽が祝福する……輝け鏡よ、太陽こそ俺が鏡とするにふさわしい……フフ、フハハ、ハーハッハッハッハ――キャー!!」

 今日も俺の朝は、厨二病を発症した残念な姉貴を目覚ましに、正しい目覚ましを叩き付けることから始まる。姉貴は今日も無駄に頑丈だ。これで後頭部命中は……何回目だっけ?

 まあいい、朝の日課その二へ移ろう。

「まず、一人称が〈俺〉の女なんか創作上ですらもうそろそろ絶滅する。私と言えなんて言わないからせめてボクと言ってくれ」

 俺にはボクっ娘趣味はないのでこの条件もかなり不本意だ。

 先ほど投げつけた目覚まし時計が示す時刻はまだ余裕がある。まずは素っ裸のくせにカーテンあけて高笑いしていたという事実に説教だ。厨二病だけでなく露出癖まであるとはもう情けない。

「露出? 何を血迷っている、鏡の前で全裸なのは当たり前だ。そうでなくては隅々まで己を確認できないではないか」

 血迷っているのはお前だ、太陽眺めて自己が確認できるわけがない。待っているのは目に青い残像が残るアレだ。

「いろいろと文句はあるけど今朝のところはもういい。俺は朝飯を用意してくる」

「お前はいつも風の如く忙しないな。俺の様に堂々とした態度で、おい姉の話を聞け」

 話をする前に服を着ろ。

 バカをほったらかして台所へ向かう。昨夜のうちに炊いておいた米があるから今日は楽だ。とっとと目玉焼き焼いて、大根おろして、三枚の皿にそれぞれ盛り付ける。目玉焼きを吐き出して空になったフライパンをおたまで全力でぶっ叩く。

 このガァン!! という音ともに、麻葉家の朝食は始まる……といいなぁ。

 毎度のことながら姉貴も親父も出てこない。不登校の姉貴はともかく遅刻したいのか親父は? いやいや、不登校は免罪符にならない。

 姉貴の部屋を見れば、ジャックナイフを研ぐ銃刀法違反者がいた。姉貴だった。部屋から蹴り出し食卓へ向かうよう命じる。

 親父の部屋を見れば、イヤホンしてラジオ体操する中年がいた。親父だった。

 ご丁寧にもこの動きは第二だ。これもまた姉貴と同じ対応ですませる。

「「「いただきます」」」

 一家団欒なんてうちにはない。まあ俺のせいなんだけど。

 今日も無言のまま朝食を終え、無言のままの親父から昼食代を受け取る。

 これでやっと寝間着から制服に着替えたり洗顔したりと、本来なら朝起きてまずするべきである当たり前の朝の用意をすることができる。順序が逆なのは姉貴のせいだ。あの目覚まし時計は一度として俺を起こしたことはない。常にあれの高笑いが俺の朝だ。

 でも仕方ないのだろう、親父が口数少なくなったのも、姉貴が厨二病発症して不登校なのも、俺のせいだからな。

 

##

 

 はっきり言って、俺は姉貴の不登校にあまり偉そうなことは言えないし言ってない。なにしろ学校に到着してまず訪れるのは屋上だ。鞄を枕にそのまま遅い二度寝。

 目を覚ますとそろそろ三限目だ。流石に教室に向かおう。

 教室に入ったところで誰一人俺に話しかけないし俺をいないものとして扱う。 

 違うな、こいつらにとって事実俺はいないのだろう。誰一人として俺に意識を向けていない。向けていないふりをしてるんじゃなく向けてない。

 授業中に教室に入ってくれば異物としてギョッとはされるだろうが長続きはしないだろう。休み時間ならなおのこと。

 けれど、うるさい。うるさい。うるさい。うるさい……。

「でさーアイツチョー受ける」

『私今流行最先端!! ふー!!!』

「まじでー今度テレビ見てみるわ」

『もう知ってんだよ情報おせーなー。こんなのと付き合ってるアタシちょーやさしい』

「…………ぶつぶつぶつぶつ」

『火薬…萌、電車とかよさげかな……』

「アイツついに北高にケンカ売ったらしいぜ」

『どうせボコられるくせに何やってんだか』

「シャーねーんじゃね? 最近北高ちょーしのってたし」

『お前はどっちの味方だよこの金魚の糞が』

ああ、今日も副音声は快調だ。リアルの声に覆いかぶさるように本音が聞こえる。いわば声を出してる相手限定のテレパス。そんな、いらないものが俺にはあった。

 

##

 

 昔はもうちょっとマシだった。

具体的にはP2機関とやらが現れるまではマシだった。

 いや、マシというよりその頃俺達には何も起こっていなかった。

 誰にだってあるだろ? 視線のズレ、声のうわずり、表情の変化。なんでか知らないが、俺には嘘が読めた。いや、聞こえた。

 でも誰だってあるだろ? 相手が嘘を吐いてるかどうか判断する力なんてさ、でなきゃ駆け引きなんてこの世に存在しない。問題は、俺のソレが正答率百パーだったってことだ。

 サンタは居「ない」、閻魔も居「ない」、コウノトリは赤子を連れて来「ない」。ここまでならただ幻想を信じないひねたガキだ。が、隣のおっさんは妻に誠実なんてことは「ない」、交番のおじさんは違反切符の判断基準に賄賂を使わないなんてことは「ない」。この世は「ない」で満ちていた。 

 同じころ姉貴は長靴をはいた猫を読み、非常に腹が立ったそうだ。嘘吐きは嫌いだ、とよく言っていた。今も昔も姉貴には「ない」がなかったように思う。

 

##

 

 学校からの帰り道、朝の冷蔵庫の中身を思い出し今日はスーパーに寄って帰ることにする。おお、キャベツと鶏肉が安い。助かる助かる。

 ん? 何やらカラフルな広告が目に入る。壁に貼ってある広告にはここの入り口付近でヒーローショーがあると書いてあった。しかもそろそろ始まってしまう。さっさと退却して晩飯の用意をしたいのだがレジが混んでいる。そして何よりおばさん方の今日もお綺麗ですわ等の美辞麗句と、それに伴うド汚い本音の副音声が鼓膜と神経をガリガリと削ってゆく。

 ああ、うるさい。嘘吐きや、お世辞が悪いとは言わない。それで世界は回っている。おかしいのは俺のほうで、落伍者は俺のほうだ。

 P2機関とやらは俺を人類の進化の可能性の一つだとか抜かした。だとすれば人類は社会性の生物でありながら社会性を捨て自滅しようとしてるんじゃないだろうか? 

 やっとこさレジを終え、スーパーを出た時には遅かった。

 すでに赤タイツにヘルメットのヒーローが黒タイツの戦闘員を殴るふりをしていた。これぐらいならどこのヒーローショーでも見られる光景だ。ただ、俺が懸念してるのはそこじゃない。

「手ぬるいぞ!! ラスレッド!! グラトニーイエローとプライドブルーはどうした!! 悪を!! 偽善者を許すな!! 貴様達はヒーローだろう!!」

 ナレーターよりもうるさい。あの女は不登校ではあるが、正確にはひきこもりではなかった。はた迷惑な話だ。しかしいやな名前のヒーローだな、全部で七人いそうだ。そしてどう考えても悪役側につけられる名前だ。

「そうだ! ストレートだ! キックだ! そして金的を叩き込めえー!! うぼぉあ!」

 卵が一つもったいないが仕方ない。顔面に命中、目標の沈黙を確認。

 服で顔を拭くために裾をたくし上げる姉貴は南半球丸出しだ。あのバカノーブラじゃねえか!!

 次の戯言を吐き始める前に姉貴を捕獲。そのまま連行。一歩遅ければ汚れた服を捨て、上半身裸でヒーローの応援を再開するとこだった。あぶないあぶない。

 さぁ、説教の時間だ。

 

##

 

 姉貴に関して特徴的と言えば日曜朝の行動だ。七時二十五分に叩き起こしてくる。そしてテレビの前で正座だ。そのまま三人だったり五人とプラスワンだったりする某色付きタイツとヘルメットのヒーロー達やバッタの改造人間から連なる某バイクのりのヒーローみて、なぜかそのあとに続く女児向けものが始まる前にテレビを切る。うん……今も昔も姉貴はヒーロー大好きだったな。

 そして、鈍いのか鋭いのか判断に苦しむが、俺が大人たちに疎まれていることを察し(原因は分からなかったようだ)、ヒーローになって俺を守るとか何とか言ってたっけ? ばかばかしい話だ。

 

##

 

 晩飯は鶏肉のみそ炒め。賞味期限の怪しい味噌を一気に使い切るため副菜も味噌尽くし。姉貴も親父も何の疑問もなく箸を進めている。あー穏やかな食卓。幸せだなー。幸せってなんだっけ? 

 ああそうだ。こういう日常を、あって当たり前のものに感謝すらしないでいられることを幸せというのだろう。

 姉貴はちょっと機嫌が悪いようで行儀悪くコメをかっ込んでいる。ヒーローショーで必殺技が見れなかったのが気に食わんらしい。

 ああ、面倒くさい女だ。というか趣味が幼児すぎる。これで厨二病の中学三年生だぜ? 信じらんねー。他人だったらいい歳こいてみっともないで済むけど身内だぜ、身内。

 仕方ない明日のデザートの予定だったが奥の手を出すか。もう固まっている頃だ。

 冷蔵庫から取り出すはマグカップ。それを皿の上で逆さにしてコンとたたいて揺らすと……。

「プ、プリンごときで俺のご機嫌をとる気か? 俺の今宵の怒りを甘く見るな」

『く、卑怯な! だが姉としての威厳を保たなければ!』

 珍しく姉貴から副音声がした。普段姉貴はどんなアホな厨二台詞だろうと本心から言うので副音声がリアルの声とステレオ同調して区別がつかなくなるんだがな。つーか威厳あると思ってたのかこいつ。

 だがまだだ、生クリーム追加。

「うがぁ!!」

『甘味などに屈するものか!!』

 本性出しな。さくらんぼ追加。

「プリャアアアアアア!」

 陥落!! これで後はほっときゃ機嫌よく部屋に戻って、いつも通り夜の儀式とか意味不明なことをして遊ぶだろう。

 部屋に戻って宿題を……出来なかった。

 誰にも番号を教えていない、ポイントカードでしかない携帯が、けたたましく鳴り響いていた。

 

##

 

 原因は俺にあった。言い訳や悪あがきをするならきっかけは俺じゃなかった。

 ある日、そいつは一人で訪ねてきた。喪服じみた真っ黒なスーツ。仮面にしか見えない笑顔。

 そいつはP2機関の石橋と名乗った。一目見てまずこの男が嫌いだ。そう思った。

 そんなのと父が二人きりで話すという。盗み聞きしないわけがない。

 なぜおれはあの時姉貴を止めなかったんだろう。

 悔やむことにも嘆くことにも、たぶん意味はないのだろう。

 石橋の話は一から十まで荒唐無稽で無茶苦茶だった。

 P2機関の役目、目的、超能力の実在、過激派の横暴。

 奴曰く、能力は先天性のものであり生まれつき才能が開花するかどうかは決まっている。大抵は、心身の発達とともに能力は複雑化し、強力なものになる。ごくまれに身体的ショックや精神的なショックなどで一気に開花する者もいるが、もともと能力の因子を持つが能力が全く目覚めていない者に限られ、そういった者を拉致してショックを与える研究すらP2機関の過激派は手を出しているらしい。

 組織内での能力者に対する見解の相違によって幾度となく起こったというクーデター。人類の進化の可能性と語る者、人類の文明を覆す危険なものであると語る者。

 そして、俺と姉貴どちらかが能力者の因子を持つということ。

 荒唐無稽にもほどがある。俺はこの男が間違いなく頭のおかしいズレた奴だと思った。何しろこんな戯言を並べ立ててるくせに一つも嘘が、「ない」がないのだ。本心で言ってるなら相当やばい奴だ。まともに話を聞く必要なんざないはず。

 なのに親父は問うた。

「私の子のどちらが、能力者なんだ?」

 

##

 

 携帯からは聞きたくもない声がした。

「お久しぶりですね、叩いて渡りましょう慎重に、石橋です」

『まずはフレンドリー、まずはフレンドリー』

 副音声にいちいち返事などしていられない。副音声がここまで激しくなった中学入学あたりからリアルの声だけに反応する癖をつけるまでは会話すらまともに出来なかった。

「アンタと直接話したことはないんだし親父に電話かけたほうがよかったんじゃないか?」

「いえいえ、もう中学生なんですし進路について考える時期ですよ?」

『というよりあんな能力者ではない父親に用はない』

「要件は? とうとう俺と姉貴のどっちを拉致るか決定されたのか?」

 まぁ間違いなく俺だろう。

「拉致だなんて人聞きの悪い。説得ですよ、説得」

 副音声がリアルと同調した。本心らしい。

「説得? 正気か?」

「いえね? 過激派にあなたの存在を隠すのが限界になってきましてこのままいくとあなたにとってあまりいい結果になりません」

『奴らに捕まり拉致監禁コースに入ればそのまま一生を地下で終えるとこになるだろう。その上円熟期に入った強力な能力者を味方にするチャンスを失う。彼にとっても我々にとっても痛い損失だ』

 さすがにこれは見過ごせない。いや、聞き過ごせない。

「つまり、能力の弱かったガキの頃の俺はどうなろうと知ったこっちゃなかったわけだ」

「おや? うまく会話が通じていないんでしょうか? 私に対し少し穿った見方をしすぎでは?」

『電話越しにも能力は有効。敵の暗号を傍受した際に解読の必要がなくなるわけだ』

「俺はまだそっちに行くとも言ってないのにもう利用法の模索か?」

 まずい、副音声に会話が引っ張られてゆく。

「経過観察と称しあなたを保護しなかった事を我々は後悔すらしています。その能力のためにつらい思いをしてきたのでは?」

 副音声が来ない。本心で言っている。余計質が悪いな、まるで狂信者のようだ。

 

##

 

 親父の問いに石橋ははぐらかしたようなことを言った

「お答えできません。職務規定に触れれば私は消されてしまいます。何よりあなた、自分の子のどちらかが化け物であると知って、差別しない自信はありますか? 人として……親として」

 親父がテーブルを殴った。

「帰ってくれ」

「そうします。私が受けた上からの命令は経過観察であって保護ではありませんから」

 俺はこの時初めて副音声を聞いた。保護の辺り、間違いなくはっきりと、『拉致』と聞こえた。

 姉貴はP2機関を悪の組織と断じ、それからスプーン曲げの本や黒魔術、悪魔召喚の本を読みふけるようになった。P2機関といずれ戦うために。正直後者二つのジャンルは役に立つとは思えなかったんだがな。

 

##

 

「つらいというよりにがいな」

「はい?」

「辛みというか痛みというか、急激に何かが壊れたり誰かに俺の能力がバレて迫害されたりとかはなかったが……重く……沈み込んでくる。俺の人生を確実に蝕んでゆく。そんな感覚だ」

 俺は何を言っている。よりにもよってなんでこいつにこんな弱音を吐く。違うだろう、こいつは恨み節を叩き付けるべき相手だろうに。

 イライラしてきたので電話を切る。こんな奴にまともな応対などいるものか。

 俺は宿題と家計簿で忙しい。う~む味噌を賞味期限ぎりぎりまで粘ったおかげか、食費がちょい浮いている。来月贅沢しようなどとは決して考えない。貯蓄だ。

 

##

 

 親父は多分わかっていた、化け物がどっちなのか。俺の嘘を聞き分ける特技がどういった意味を持つのか、俺がこれからどういった存在になるのかに気付き、それを案じ俺自身に俺の能力を気付かせまいとしているようだった。

 そんな親父の思いやりとは裏腹に、意識を相手の話に集中して、やっと単語の裏側が聞ける程度から始まった副音声は徐々に化け物じみてきた。

 今じゃ小声で何言ってるかわからない声にも副音声が入る。どれだけの人数の中でもどの副音声が誰なのかはっきりとわかる。それに伴って、人の声に対してだけは聴覚が研ぎ澄まされていった。蚊の羽音にも気付かない癖に、陰口には自分が対象でなくとも誰より早く気付くようになった。

 教室にいながらにして女子トイレの陰口が聞こえたこともあった。

 確か生徒会長が女なんだよな。でもって創作上にしかいないような人気者だったそうだ。まあ廊下ですれ違った時の副音声で知ったが陰口の内容は大体正解だった。

 人って見かけによらねーよな、良くも悪くも。

 

##

 

 深夜を過ぎ宿題も終わっている。どうせ授業になんざでないくせに明日の教科書を鞄に詰め込んだ。

 だが、眠れない。

 副音声がうるさいわけじゃない。ただただイラついて、睡魔を弾き飛ばしてしまう。

 ちょっと運動でもしてぐったりすれば眠れるんじゃないだろうか。

 よし、ジョギングだ。体育なんて中学入ってから一度も出てないしな。ジャージ何処やったっけ? おお、あったあった。ジョギングってなんか健康管理とか意識したパンピーっぽいな。日課にしよう。

 しゅっぱ~つ。

 ……ジョギングしながら俺は酷く自己嫌悪に襲われた。

 なんとなく夜はいいななどと思ってしまったのだ。なんと厨二臭い。いや実年齢中二ですけども。

 だって仕方ないだろ。みんな寝静まって人の声なんて全くしないんだから。人の声がなければ副音声だってしないのだという事。逆に言えば人の声がわずかでもある限り俺に平穏はない。学校の屋上でもここまで静かになることはなかったように思う。

 町内を一周し、心地よい疲労感とともに帰宅しようとしたが、

「…………」

『ターゲットを確認、確保する』

 かすかな呼吸音に副音声が入った。いやいや、家から出て結構たってますから。え、マジでたった今見つけたの? もしかしてこいつ等案外無能?

 過激派とか穏健派とか縦浜ベイスターズの順位ぐらいどうでもいい。こいつらにだけは捕まりたくねー。

 しかしどうしよう。俺耳以外は完全にパンピーだしな……。

 

##

 

 静かな日々と言えば……たった一度だけ、静かな日々が欲しくて鼓膜をシャーペンで突き刺したことがある。

 それはもう惚れ惚れするくらい静かな静かな世界だった。

 だというのに、姉貴も親父もめちゃくちゃに怒り狂って俺に説教をかました。

 それ以来親父はイヤホンをして、本当に必要な時に筆談をするぐらいにしか俺と意思疎通をしなくなった。俺と姉貴を差別したくないからと、そう紙に書いて姉貴にも筆談をするようになった。当然食事中は箸を持ってるので無言無筆だ。

 姉貴はヒーローへの憧れがどう昂じたのか知らんが副音声がほとんどしなくなり、狂人一歩手前な厨二病を発症してしまった。

 後にも先にも姉貴が俺に説教する側に回ったのはそれだけだ。

 ただ、鼓膜が本調子でなかった俺はその説教の内容を知らない。

 

##

 

 俺の副音声はいろんな超能力関係のくだらないSFの本によるとかなり高性能なようだ。呼吸音の位置が理屈とかじゃなく感覚でわかる。正確なメートル表記で表すことはできないが自分の周りが巨大な虫かごなら奴がその虫かごのどのあたりにいるかが自分が虫かごの外にいるようにはっきりとわかる。当然逃げるのも余裕……とはいかない、体力の問題がある。

 それに無線を使う声。暗号で話す声。更に別の呼吸音。虫かごの中にどんどんと点が増える。元々そこにいたのに気付けなかった妖精か害虫のようだ。

 囲まれてるな……抜けれそうな方向へ動けば動くほど家から遠ざかってゆく。

 公衆電話を発見、ひとまず自宅にすぐ逃げるように電話を……繋がらない。誰も出ないとかじゃなく繋がらない。電話機を壊された? 家にもすでに手が回ってる? 浮浪者確定? いや結構前から世捨て人する以上自分の将来の姿として諦めてたけど、せめて自分が行方不明になるのは中卒からって思ってたんだが。

 それどころか憧れの世捨て人ライフのためにはこいつらから逃げ切らなければならない。ははっ笑えるなこれ。浮浪者にすらなれねーのかよ。折角ジョギングして心地よい疲労が体に溜まったっていうのにまたイラついてきた。叩き付けるように受話器を置き、ドアを開けた瞬間電話が鳴った。ここ公衆電話ですけど……。ま、奴だろうな。

「清く正しい穏健派、石橋でーす」

「お前状況わかってるか?」

 やはり奴だった。なんかテンションがおかしい。

「そりゃーもう、あなたも私も風前の灯ですね。あなたの勧誘に失敗すると責任の取らされ方がやばいんで」

『状況わかってないのはお前だ。なぜ狙われてると知ってジョギングに行く』

「やっぱお前穏健派じゃないだろ?」

「まっさかー。今この町に潜入してるP2機関で銃持ってないの私ぐらいですよ?」

 つまり唯一の味方は認めたくないがこいつのみでしかもこいつは戦力にならないわけだ。終わったな、俺。

「で、策はあるのか?」

「少なくとももうあなたに選択肢はない訳ですし、既にあなたが行方不明になっても怪しまれないような筋書きはあります。というか既に私の上司がやらかしちゃいました」

『こいつを死んだことにして隠す、手段はいつも通りだ』

 いつも通り? 何か嫌な予感がするが何をしたんだ?

「やらかした?」

「あなたの家が放火犯の被害に遭いました、その火事の中であなたは死にます。死体のダミーもしっかりおうちの中に」

 これがいつも通りだと!? どこが穏健派だ、昔思った通りだ。こいつらめちゃくちゃだ。

 電話ボックスを飛び出す。囲まれてる事が頭から抜け落ちる。早く戻らなければ。耳をすませろ、奴らの網目を縫え。

『ターゲットが動いた。何やら混乱している』

 はっはっはっはっはっはっはっは

『相手は危険度の低い受信系統の能力だが油断するな』

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ

『こちら12番、ターゲットをスカウトしようとする裏切り者と接触、交戦中』

 息が、切れる。

『12番の援護は最寄りの人員2名とする。作戦を続行せよ』

 普段からオートで入ってくる情報の何倍もの情報を聞き流すのではなく聞き取る。利用する。脳が沸騰しそうだ。

 ただただ熱い。暑い。もっとだもっと走れ、もっと聴覚を研ぎ澄ませろ。

 もっと!!

 向こうの方で大きな何かが燃えてるのが分かる。その辺りだけ空が赤い。

「…………!!」

『何考えてるんだ!? あんな火の中に飛び込んだらどうなると思う!?』

かすかな叫び声が聞こえる。

「……!!」

『子供を守れない親がどれほど無念だと思う!?』

 初めて聞く親父の副音声。

「…………!!」

『弟ひとり救えずに英雄なぞ目指せるか!!』

 ああ、あのバカはこんな状況でも相変わらずなんだな。

 もうすこしで二人に心配いらないと言ってやれるんだ。何事もなかったように、冷蔵庫の中身どうしようとか明日の朝飯何が食いたいかとか、そんな他愛もない話ができるんだ。

 だから……

「そこどけ、石橋」

「あのですね、ここであなたが家族に接触して生存がばれたらこっちの気遣い台無しなわけで」

『どうする、仲間は現在交戦中。一対一? 無理だろ。相手は超高度の能力者』

「そこをどけ、石橋」

「一応穏健派名乗ってるので手荒な真似はしたくありません」

『こいつの逃走経路から連中にこいつの能力の規模がバレ始めている。連中は捕獲から処分に計画を切り替えてもおかしくない』

「どけ……はぁ、はぁ……石橋」

「何よりあなたはもう限界のはずです」

『昼間より能力の活性化が激しい、処理能力を限界まで使用しているうえに脳のストッパーがまともに働いていない』

 囲みがもうぐちゃぐちゃなのがわかる。

 聞こえてくる副音声に怒号が増え始める。戦闘は酷くなってきている。

『斬られた!』

『サイレンサー付きだ油断するな!』

『麻酔銃じゃない! 実弾だ!』

 騒ぎの中火事の野次馬が増え始めるのが分かる。もうずいぶんとこのあたりの住民は目を覚ましてしまったようだ。

 副音声が混線する。声の取捨選択ができない。少し耳を広げすぎたのか、聞き逃せない。次から次へと脳に入り込んでくる。

 暑い。ジャージなんか着てられない。脱いで、丸めて投げつける。

「目隠しのつもりですか?」

『無駄なことを』

 空中で広がるジャージに向けて落ちてた小さめの煉瓦を投げた。

「うがぁ!!」

 命中確認。そういや俺、目覚まし時計といい、生卵といい的当ては得意なんだ。

 やっと、家が見えた。叫ぶ。親父がこっちを見て、姉貴が俺に気付く。

 おいおい、姉貴が泣いてるのなんて初めて見た。

 そして、足に、衝撃を感じた。

 撃たれた? 

 すっころびながら振り返ると、俺を撃ったらしい奴が野次馬の中に消えそいつの副音声も途絶える。別の奴に殺られた様だ。

 人ごみの中でなら倒れこんでも介抱するふりをして回収できる。うまいやり方だ。俺もおそらくそうされるだろう。

 

##

 

 まず一言言っとくと俺はこの仕事と立場に納得している。地下室からあまり出ないのは確かだが監禁されてるわけではなく、出入りも自由。

 最近は自分で調理することもなくなり買い食いばかりだ。

 今も仕事場で握り飯を食っている。目の前にいる襤褸雑巾のような女はもう三日ほど泥水しか飲んでない。

 両手の親指を切り落とされた。歯をすべて抜かれ、一本一本丁寧に逆向きに挿し直された。瞼は裏返されたまま額に縫い付けられた。鼻の孔ははさみで切られて一つにされた。膝の皿は割られ二度と立てない状態にされた。貨物用のフックに背中の皮膚を引掛けられた。体重を支えられない足に体重がかかるように、フックにも体重がかかるように、全身に疲労と苦痛をまんべんなく与えられるように、計算された高さに吊り下げられた。

 それでもこの女は今まで何があったんだとか、ずっと心配していただとか、こんなところで何をしているんだとか、どうでもいいことしか言わなかった。副音声も似たり寄ったりだ。

 最近俺の所属するこの組織には新しい派閥ができた。開放派と呼ばれている。

 連中の目的は能力者、P2機関の情報の一般公開とそれによる一般人と能力者とP2機関の三者平等。

 一般公開されれば非人道的なことは行えないだろうという事や、能力者の人権などといった主張。おおよそ秘密組織向けでない人格者の集まりなようだが、バカだろこいつ等。

 化け物がまともに暮らせるわけがないのにな。人権があろうが家族が居ようが学校に通おうが関係ない。もちろん化け物であることが周りにバレてなくても結果は同じだ。化け物は自分が化け物であることに耐えられないんだからな。

 今俺の能力がもっとも有効に生かせるお仕事で襤褸雑巾にされているのは開放派の下っ端なようだ。

 どう見ても馬鹿だ。

 もはやまともに発音することすら怪しい状態だが、言葉なんざ必要ない。声さえあればいい。

「ああ……うう……」

『あの死体が偽物だと知っていた。あの時野次馬の中にお前がいたのを見た。ずっと探していたんだ。』

「おお……うぁ」

『無事で……良かった』

 かろうじて聞き出せた副音声は最初の方のそれだけだ。

 そのあと組織の情報や次の計画についての情報を得るため次の拷問に入るが、こいつは何も知らされてないようだ。捨て駒らしい。開放派が聞いて呆れる。

 今じゃ呼吸音しか口から出さないし、肝心の副音声はうわごとばかり。壊れちまったらしい。

 ま、それも予定通りだ。俺は絞り機だ。ジュースを作るとき、果実の形がどうなるか気にする奴はいない。

 ただ今回は果汁が全く入ってなかったようだ。

 そろそろ次の捕虜の相手に移らなきゃならない。

 注射器で薬品を入れて女を処分し、独房を出る。

 振り返ると、口から泡を吹き、白目を剥きながら女が口を動かした。

 さ、よ、な、ら。

 音が出なれば副音声はしない。だが多分これで正解だと思う。

 事切れたのを確認し次の部屋へ向かうと、そこにはまたも見知った顔。

「よう、お前はこっちの派閥裏切ったって聞いたときにゃあ驚いたもんだが、何か良心の呵責にでもあったか?」

「お久しぶりですね、石橋です。昨夜も女性の叫び声がすごくて眠れませんでしたよ? お楽しみだったんですか?」

「俺はシスコンじゃない」

「またまた~リョナ趣味は組織内じゃ有名なんですから誤魔化さなくていいんですよ? 一つ性癖がバレたら芋づる式に次から次へと」

「黙れ」

 言葉遣いに差がある程度で副音声も全く同じことを言っている。俺が機関に入ってからこいつはずっとそうだ。曰く仲間に建前は使いたくないだとよ。

 くーだらね。

「それに私は女性の叫びとしか言ってませんよ? 他にも拷問吏の方はいらっしゃいますし、女性の捕虜もあの方だけではないでしょう?」

「黙れ」

「黙っていいんですか? あなたの能力は言葉の裏を聞く能力じゃないですか。職務怠慢と言われてしまいますよ? もっとお喋り――ぐはぁっ」

 両肩のあるツボに刺さった針を突くとそれだけで痛みで思考が埋まるのか副音声も含めて静かになる。

「なぁ石橋」

「な……なんで……しょう?」

「この仕事の俺のセリフじゃねえがよ、ここまでやったら立派な過激派だよな?」

「ふふっ」

「なにがおかしい?」

「ご存じないんですか? この世界にヒーローなんていないんですよ?」

「よーく知ってるよ、おかげさまで」

 ヒーローがいたら囚われのヒロインには拷問が始まる前に助けが来て、俺はとっくに退治されてるだろうからな。

 




 今回のお話はまず厨二病の誰かとそれに溜息を吐く、能力者ってのが始まりでした。これなら必死で能力欲しがってる厨二病超みじめじゃね? いいギャグに……なりませんでしたね。非常に鬱い展開になってしまいました。
 ギャグなんてかけるかー!!
 姉貴の気違いっぷりは書いてて非常に楽しかったです。
 話のイメージとしてはすでに壊れている日常をどうにか繋ぎ止めようとする哀れな少年に止めを刺そう!! ですね。
 日常の崩壊系の中でも完成度は低いと自覚してるんですが、それでも後悔の余地もない既に終わってしまっている物語を書いてみたかったんです。
 ノベルゲームで言うと既にバッドエンド確定済みな感じ。
 ここから先は選択肢なんかないぜ!!
 ちなみに、麻葉君の同僚の話では姉貴の拷問中と石橋の拷問中凄くイキイキしてたそうですよ? 復讐に生きるシスコンとかまんま厨二病じゃないか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。