ある殺人事件の被害者の遺族がこう言った。
「何故、憎い犯人が首吊り如きで死ぬのか」
ある死刑反対論者がこう言った。
「死刑は判決が下りた時点でその人間の人生が終わり、希望を奪うものである。囚人の人権と人格の尊厳を守るために死刑は廃止すべきなのだ」
ある殺人事件の被害者の遺族がこう言った。
「何故、奴らの末路をこの目で見れないのか」
ある死刑反対論者がこう言った。
「公務員たちに精神的な苦痛と殺人を強いる死刑は廃止すべきだ」
死刑囚に希望を与え、より残虐な死に方をさせ、公務員たちの手を煩わせない方法。
「もとより奴らは世間から外れた悪意のために隔離された存在だ。その悪意をぶつけ合えば惨たらしく死んでくれるだろう」
誰かがそう言った。
「ただ殺し合わせるだけでは人道に反する」
誰かがそう言った。これへの反論として試作兵器の実験が挙げられた。結果を言えばより非人道的な殺し合いをさせることになった。
最初にその制度が施行された時、結局生存者はいなかった。与えられた試作兵器は小型のコイルガン。電磁石によって圧縮した弾丸を磁力で撃つものだった。従来の弾丸よりはるかに重く硬い弾丸は、ホローポイント弾よりもあっさりと肉を抉った。その悪意と殺意は致命傷を負ってなお獲物を狩ることをやめなかった。指先が動くなら引き金は引けるのだ。後には肉を抉られた死刑囚のみが残った。
次にその制度が施行された時終わるまで長い日数を要した。支給された武器が近接戦闘用だったからだ。
ただ、遺族たちが望んだ惨たらしい死は実現された。死体の大半はずたずたに引き裂かれ、食料の支給がなかったことがそれに拍車をかけた。
その制度は死刑囚相互処刑制度と書類には記されている。
ある時は海の底の廃棄が決定した研究所。ある時は海の僻地の無人島。世界中から死刑囚が集められ、それは行われる。
生き残った一名はその隔絶された場所を流刑地として生存を許可される。
しかし、それは建前に過ぎず、過去二十六回執行されたこの制度において生存者が出たのはわずか二回。
さらにこの制度には時間制限があり、一週間後に生存者が二名以上なら何らかの方法で殲滅される。この殲滅もまた大抵の場合は執行されず、その規約が効力を発したのは過去二十六回中五回。
残り十九回は相討ちによる全滅に終わった。
それほどまでにこの制度に参加する者達は類稀なる悪意を持っていた。
トトカルチョすら横行するそれを人はギャンブルデッドと呼んだ。
ネット上で公開される殺し合い。ローマのコロシアムよりも惨たらしく、非理性的。
そのゲームの余りの過酷さとそれを公開することで恐怖を煽り、重犯罪は減った。
しかし、その恐怖すらものともしない狂気に満ちた者たちが現れる。これにより凶悪な殺人事件やテロが数少ない死刑判決者を占めるようになった。メンバーの凶悪化と少数化によりその傾向は回を重ねるごとに激しくなった。
海のどこかの無人島で、第二十七回死刑囚相互処刑制度が始まろうとしていた。
その日その島の上空で爆撃機が飛びまわっていた。今回の参加人数はまたも過去最少数。この制度の運営者はこのままいけば重犯罪の撲滅も夢ではないなどと世迷言を演説した。
日の出とともに爆撃機の腹が開き、人が降下する。この時点ですでに死刑の執行は始まっている。降下に使われるのは試作兵器の推進器付きのパラシュート。操縦方法などまともに教えるはずもない。パラシュートが開いたところで、島に着陸できなければそのまま溺れ死ぬ。
島に着陸できた生存者は四十名。この時点で三割が脱落した。
そして、このうち島に設置されている兵器を手に入れて本戦に進めるのはわずか八名。食料の支給はない。残りの三十二名を奪い合う戦いになるだろう。
こうして、第二十七回死刑囚相互処刑制度は執行された。
これから七日間で、三十九人か四十人が死ぬ。
これは既に決定事項だ。
##囚人四十名
島の北端の海岸でパラシュートに圧し掛かられるようにして浅い息をする男がいた。
額の右側にはA-087とある。囚人番号だ。彼らは脳の一部に細工を受け自分の名前を知らない。
海岸の砂場は見開きがよすぎる。開幕直後ですべての執行人が丸腰とはいえここにいることにメリットはない。早々にA-087はそこから立ち去る。
ただ、そのポケットには拾った石があった。ないよりはましだ。
森の中をしばらく進むと樹にパラシュートが引っ掻かった運の悪い者がいた。
救助という選択肢は当然ない。そもそも、パラシュートのワイヤーが首に絡まりその命は長くないだろう。樹に登って男の元に向かう間すらその命は持たないだろうことを見て取って、反撃がないことに安心し木を登る。
何度も重ねるがこの制度に食料の項目はそもそもない。食料は現地調達だ。
木の下に横たえられた亡骸の額にはG-900とあった。
木の枝をへし折り亡骸に突き刺す。ぐりぐりと抉り肉を裂く、引きちぎる。
わずかな腹筋を口に入れたA-087の感想は、
「血の味しかしない」
だった。
##囚人三十七名死者三名
島の中心より少しばかり北東へ向かったあたり、
「ちくしょう、しょっぱなからハンデ背負っちまった」
右の肘と手首の間に関節が増えた男がいた。額にはY-541。垂れ下がった腕が揺れるのを恐れて動くことすらしない。樹の幹を背にただ座り込んでいる。
木々に覆われた影の中で、自分を殺しに来るであろう他の参加者を待つ。
現れた男は、
「死にたいか? 死にたくないか?」
あまりにもこの場に合わない言葉を吐いた。殺し合いをするためのこの島で相手の意思を伺う。男の額にはD-784とある。
「アンタバカか? どうせ七日後には全滅だろうが」
Y-541が返した。これだけの言葉を発するだけで疲労困憊なようだ。痛みはたやすく体力を奪う。
「そんなの島の外でも変わらないだろ、七日後だろうと七十年後だろうと人は死ぬ、必ずな。そのうえで、お前は生きたいか?」
やはりこの男は場違いだ、まるで悟りきったような表情と言葉。
「死にたくない、少なくともまだあがきたい、だが価値はあるのか? 今生きのこる価値は、お前が俺を殺さない価値は」
「いや? 命に価値があるとは思ってないが」
「じゃあなんで助けるんだよ」
「生きたいとあがく人間が大好きで、諦めた人間が嫌いだから」
言いながら手近な枝を折り、Y-541の服を脱がせて破く。お手本のような骨折の応急処置がテキパキと完了する。
「何者だ?」
D-784は答えた。
「医者だ、大嫌いな安楽死希望者を望みどおりにした。殺した奴にも救った奴にも感謝された。まるで嬉しくなかったよ」
「安心した、この島に来るに相応しい糞野郎だな」
「当たり前だろ」
応急処置を終え、二人はその場を後にした。
「これからどうする?」
「適当なところで裏切るよ、ドクター」
この島に相応しくない、いい笑顔。
「まぁ生き残るのは一人だし」
見たい動物が見れた動物園の子供のような表情で答えた。
##囚人三十六名死者四名
島のどこかに、棺桶のようなものが立っている。黒すぎるほどに黒く、片面は平面、片面は半筒状。それは一ヶ所ではなく、八ヶ所に設置されていた。
一人の男がそのうちの一つをみつけた。額にはK-326。
無人島の森の中にあるはずのない未来的なイメージの人工物。
不気味、奇怪、好奇、様々な感情の入り混じる表情ではあるが今より状況が悪くなることはないと判断したのか、それの半筒状の側に手を触れた。ウォン、と機械の起動音がした。静かな音ではあるが、無骨なエンジン音や爆発音ではない。もっと洗練された未知の何かが動き始める音。
ばかりと半筒状の側が左右に開き中から金属でできた骨格標本のようなものが現れる。実際の骨格よりも複雑で、難解で、そして何より悪趣味だった。金属は一繋ぎになっておらず薄い金属片で構成されていた。それは一枚一枚が鋭い刃になっていた。
多くの刃が一本の骨を一塊の骨を表現していた。頭蓋骨に至っては薄く、鋭く、細く針で出来たスケイルメイルのようだった。
意志を持つかのように目の前の男の肩を掴み、それを後ろに向けた。
何が起きたのか理解できていない男は一瞬後に正気を取り戻すが既に作業は始まっていた。
さく、と軽い音からそれは始まった。次に、
「うぐぁ」
と痛みに呻く声。無数の刃が次から次へと背中と尻と後頭部に突き刺さってゆく。全身の背面を刃が凌辱する。腕も足も例外ではない。人が着ぐるみを着るように、刃の怪物は人間を着こんでゆく。
空洞でへたっている着ぐるみと違い、それには中身が既に入っているという点だった。
皮膚の内側、筋肉の内側へとそれは潜り込み、骨格を覆ってゆく。重要な血管を避けながらも皮膚と筋肉には一切の容赦はない。
凌辱と呼んでもまだ足りないほどの仕打ちを受けた男は吐血は一滴たりともなかった。肺も胃も内臓には一切傷を受けていないからだ。
それが体内に収納され切った後力なく膝をついたK-326に後ろから無数のワイヤーが襲い掛かった。一瞬で繭の様に梱包され、そのまま刃の怪物を生み出した棺へと飲み込まれていった。
棺が扉の様に無慈悲に閉じる。その後その棺の平面の片面に
『Inside Armor Model Tyrant Rex』
と、
『Sleep Mode』
この二つが交互に点滅表示されていた。
##囚人三十五名執行人一名死者四名
島のどこかでまた別の棺があった。
右腕に骨折の応急処置をされた男がそれの前で呆然としていた。
「な……何が起きた?」
答える者はいない。
「ドクター!? 大丈夫か? おい、出てこい!」
ドクターと呼ばれたおそらく唯一この島で名前を持っていた男は棺の中で人型殲滅兵器として待機状態にある。
もとより人体に搭載されていなかった体内の部位を音声や指などの予備動作なしに自由に扱えるように脳の運動野を拡張され、代わりに臓器制御野を失う。肺の呼吸も心臓の鼓動ももはや体内に潜り込んだ怪物に供えられた生命維持システムなしにはままならない。
骨格を包み込んだ刃の装甲は筋肉の代わりに肉体を動かす。元の筋力も肉体のダメージも無視する人知を超えた戦士。
生体部分と金属部分が組み合わさって初めて一つの生物であり兵器。
そういう存在がその棺には眠っている。
途方に暮れる男を尻目にゲームの戦況は進んでゆく。
『Inside Armor Model Forest Hopper』
そして、
『Sleep Mode』
の二つの交互点滅表示が、
『Reboot』
のみの点滅表示に変わった。同時に島中に放送が流れる。
「ただいま、今回の死刑囚相互処刑制度に使用される試作兵器、内部駆動装甲(インサイドアーマー)が全て解放されました。よって、八名の本戦参加者が決定いたしました。兵器所持者の待機状態を解除します」
観音開きに棺が開いた。兵器となった元人間が問うた。
「諦めるのか」
Y-541は答えない。しかしその表情に覇気も意思も見られない。
腕を折ったとしても兵器さえ手に入れば勝機はあったろう。しかし兵器は全て先に奪われ、しかも奪取のしようのない体内にその兵器はある。
「そうか、お前も安楽死組か……」
D-784の腕から刃が皮膚と筋肉を切り裂いて現れる。痛みはないようだ。筋を切り裂いているというのに指も未だ動いている。
D-784。否、内部駆動装甲ForestHopperがあっけなくY-541の首を切り落とした。
##囚人二十三名執行人八名死者九名
一晩が過ぎた頃だ。
島の中心部近くは現在最も過酷な戦場だった。兵器所持者はそれぞれ自分の性能を確かめながら死刑囚たちを狩っていた。そしてついに兵器所持者同士が出会ってしまった。
島のどこかで森の木々が切り倒されてゆく。金属の足が地面を踏み荒し、倒れた樹を蹴り砕く。
「るおおおぉおぉおお!!」
咆哮を上げるその姿は本来の内部駆動装甲の基本機能である装甲の一部表出とは一線を画すものだった。
大量の脚部装甲が同時に表出し、金属の足を作り上げていた。膝から下は元が人間の足に収まっていたとは思えない形状をしている。爪先側に三本、踵側に一本の太い怪物じみた爪。
背中もまた表出した装甲が背びれの様になっている。尻には金属製の長くしなやかな尾。
前屈姿勢を保ち、尾で周りの木々を切り倒し切り開いた地面を強靭な足が駆け抜ける。
方向も破壊対象も気まぐれに、目につくものを蹂躙し、前方を征服する。
それは金属で再現された暴君竜。内部駆動装甲TyrantRex。
既に五人の囚人を踏み潰したが暴君は満足していない。
「どこだぁ!! 挑戦者ぁ!」
それどころか暴君はやっとみつけた歯応えのある相手を見失い苛立っていた。
その相手は木の枝を跳びまわり、どんな角度であろうが垂直に立って見せた。ありとあらゆる角度から斬撃を浴びせてきた。暴君と似た爪付きの足をしていたが、そのイメージは暴君の尾に近かった。しなやかで軽やかに跳ね回る。
ForestHopperとTyrantRexの戦いは膠着状態に入っていた。
前屈姿勢を保ち背面に装甲を集中させた暴君が跳躍者の止まり木を次から次へと切り倒す。
その度に跳躍者は攻撃を仕掛けるが、その背面装甲と姿勢に阻まれ臓器に致命傷を与えることができない。
しかし、たがいに装甲を表出させた傷口は開いたままで血が垂れ流しだ。
互いに一刻も早く敵を倒して装甲を収納し、内部駆動装甲の生命維持機能で傷口を修復しなければならない状態にあった。
その戦いはあっけなく第三者の手によって終わった。突如地面が盛り上がり、金属でできた巨大な爪付きの手が突き出された。それは暴君の腹を抉った。
地雷の直撃すら足の裏で受け止められたはずの暴君は走行時のバランスをとるため前屈姿勢を保ち背面に装甲を集中させた。反面、腹部の装甲が薄かった。地面からの攻撃は踏んだ時に爆発する地雷のみだと思い込んだ開発者のミスだ。
試作兵器はこんなミスと犠牲によって改良されてゆく。次に開発される暴君竜にこの奇襲は通用しないだろう。
しかし、今この土竜の爪は無敵の暴君の腹を抉り、内部駆動装甲の生命維持と脳との同調を担当するメインCPUを破壊しつくした。
この制度の運営側の誰もが優勝候補とした暴君竜が兵器所持者を一人も倒せずに沈んだ。
ネットで公開されるこのゲームで賭けをしていた者たちがその大番狂わせに興奮した。
土竜も興奮していたのか致命的なミスを犯した。地面から出てしまったのだ。
土竜は地中をスムーズに進むために骨格保護用の内部装甲が充実していた。地面に潜んで奇襲を行うことを主とする戦闘は攻撃を受けることを想定されておらず、暴君の腹よりもその装甲は薄い。武器は地面を掘り奇襲をかける爪のみ。
そんな状態で森の中で顔を出せば、跳躍者の餌食になるよりほかになかった。
相手の生命維持機能がどれほどなのか読めない為に、内部駆動装甲装着者同士の戦いは死体を徹底的に破壊することで終わる。
地面から顔を出したモグラは猛禽の餌食と相場が決まっていた。ただ、跳躍者には翼はない。
「俺も今回は足掻く側なんでね、生まれて初めて自分が好きになれそうだ。好きなだけ恨んでくれ」
跳躍者は次の獲物を探し始めた。
##囚人十五名執行人六名死者十九名
今回使用された兵器はあまりに強力で、所持者とそれ以外の戦力差はあまりにも大きかった。一週間の時間制限はもはや何の意味もなく、二日目の夜にしてほとんどの参加者は絶望していた。A-087もそんな絶望した者の一人だった。木の枝に衣服を引き裂いた紐で石を括り付け棍棒を作ったA-087はただの囚人相手なら無敵だった。
木々の葉だろうと蟲だろうと食えるものは何でも食った。常に食いながら歩いていた。
隠れ潜みながら歩き回り、男は棺を見つける。男はこれまでにも棺を見つけていたがどちらも開放済みで平面側には、『Dead』
とのみ表示されていた。その棺が土竜と暴君のものだったことに男は気付いていなかった。
みつけた三つ目の棺は、
『Charge Mode』
と記されていた。
内部駆動装甲は機械である。装着者の生体部分の動力は食事によって賄われるが、機械部分はこの棺によってチャージする。
外気の酸素と水素によって燃料電池発電を行い棺内の充電池に溜め込まれこれを使う。
さらに棺が破壊されればエネルギーの節約のために内部駆動装甲側がどこにいても関係なく生命維持以外の全ての機能が停止する。
これほどの兵器の装着者が反逆した際のストッパーとしてもこの棺は重要な意味を持つ。
男はこのChargeModeの表示からそこまで深くは読めなかったものの、この棺が実は装着者の生命線であることは理解した。
しかも目の前の棺は無人だ。これに攻撃を加えても島のどこかで狩りにいそしむ装着者に気付かれない。そう思った男はニタリとおぞましい笑みを浮かべながら棍棒を振り下ろす。
装着者の充電中であるスリープモードでは強固な防御力を誇る棺だが無人のチャージモードではストッパーとしての意味を持たせるため外側からでも簡単に開くことができその内部は脆い。
ガンガンと棍棒を何度も振り下ろすとギシギシと軋みながら棺が観音開きに開いた。内部の重要そうな器具を狙って棍棒を振り下ろす。
「てめぇ!! ぶち殺してや――」
棺の危機を察知し戻ってきた装着者。空中を滑空する機能があるらしくその声は上空から聞こえた。
が、途中で止まったセリフが物語っている。すでにこの装着者は脱落した。
ドサリと地面に重たいものが落ちる音がする。
その声と音に振り返った男は嬉しそうに楽しそうに狂ったように笑った。
「ははっ、あはははっあははっあははははははは」
生命維持モードに入った無抵抗の装着者を殺すのは素手で絞め殺すだけでも充分だった。
「勝ったぞ!! 化け物に!! 人間が勝った!! ざまぁみろ! 兵器が! 人間様に、使う側に勝てるわけねぇだろうが!!」
興奮のままに笑い、肉を引き剝がし喰らう。血の味しかしないとぼやいていた肉を最高級の御馳走のように嬉しそうに、しかし下品に食らう。手で肉を掴むことすらしない。その腹から直接口をつけ肉を喰らう。
「ああ、俺は今生きている!! こうしちゃいられねぇ他の棺を壊しにいかねぇと」
ゲフリとげっぷを漏らし血みどろになった体を拭きもせずにA-087は立ち去った。
そして一日が経過するまでにさらに一つ棺の破壊に成功した。
##囚人七名執行人四名死者二十九名
A-087が最初の棺を破壊して二日が経過した。装着者が棺の重要性を理解し好き勝手な狩りをやめるようになった。
装着者は自分の棺の近くに陣取り囚人同士は徒党を組む。
既に丸一日人数の変化が止まっている。
最初の棺破壊者として囚人達のリーダーに祭り上げられたA-087とその腰巾着どもは前に破壊した棺の持ち主を発見して肉として消費して以来何も食っていない。
残り三日の制限時間で決着をつけれるか? 既に腐り始めた死体を食い体調を崩すものまで現れる。
飢えていた。島に潜む全ての参加者が飢えていた。
装着者の一人が痺れを切らした。
「かかってきたらどうだぁ!! お前らはもう俺たちを殺す手段を持っているのだろう!? 来ないなら、俺が行く!!」
痺れを切らせた装着者は全身から細いワイヤーを吐き出した。
内部駆動装甲で唯一刃でなく金属製の絲で骨格を包んでいる。骨格だけでなく皮膚のすぐ内側にもその絲は及び暴君竜の背面装甲に次ぐ強固さと、最も汎用性の高い表出装甲を併せ持つ。彼が待機状態にあるとき棺にはこうあった。
『Inside Armor Model Spider』
絲が周りの樹に絡みつき、いとも簡単にへし折った。へし折られた樹を持ち上げて投げ飛ばす。手当たり次第にでたらめにあらゆる方向に樹を投げ飛ばす。
「隠れてねぇで出てこいよぉ!」
蜘蛛が挑発をかける。囚人はいる。呼吸音がする。人数も位置もわからないが確かに獲物はいる。
一歩一歩周りを伺いながら棺から離れる。
投げ飛ばした樹が十を超えた時、囚人達が立ち上がる。蜘蛛からは棺を挟んだ絶好の位置だった。走り出した人数は二人。どちらかが死んでも確実に棺を壊すつもりでいる。
しかし、まだ距離が近すぎた。蜘蛛の絲は人間が走るよりも早かった。
瞬時に絲が二人を絡め捕り、そのまま締め上げた。
どこまでも細く強靭な絲は獲物を捕らえるというより、粘土を絲で切り裂く方が表現として適切だった。元が人間であったなどと思いたくもないような挽肉のみが残った。
##囚人四名執行人三名死者三十三名
さらに二日が経ち、ついに脱水での死者が出た。人は飢えには強いが乾きには弱い。二週間食わずにいられるといわれているが、飲まずにいられるのは三日が限度だ。樹液、葉の汁、殺した囚人の血液。あらゆる水分を啜るがこの無人島の気温が汗を奪ってゆく。
しかし、この最終日のみで残りの一人になるのは絶望的と言っていい。周りが死ぬのを待ってなどいられなかった。装着者全員がついに棺の防衛をやめる。
第二十七回死刑囚相互処刑制度最後の日が始まった。
囚人たちは残りの四名の戦力を一つの棺にのみ向けていた。もはや残り一人に生き残る気などなかった。
ただ、怪物を倒したい。血が飲みたい。肉が食いたい。それだけだった。その先にある生き残りまで意識を向ける余裕がなかった。食えればいい、飲めればいい、今死ななければそれでいい。
四人が同時に別方向から棺に飛びかかる。
「「「「うぉおおおおお!!」」」」
運の悪いことに狙われていた装着者は最弱の内部駆動装甲。
もっとも初期に開発され、一部表出装甲のみで暴君竜のような特殊装甲も跳躍者のような運動性能も土竜のような隠密性も蜘蛛のような万能性もなかった。
『Inside Armor Model Scull』
ただの髑髏。
だがそれでも人間よりは性能は高い。負けるはずがない。
そう思った。
四人がそれぞれまるで違う方向から棺のみを狙う。手の平から表出させた刃が一人目を叩き斬る。
二人目を切ろうとすれば一歩躱され樹の幹で受けられた。切れ味もまた最弱だった。他の内部駆動装甲なら樹木ごと両断できたはずだった。
ついに棺にたどり着かれる。攻撃が始まる。一番棺から遠い二人目を無視して棺に向かうと後ろから石をぶつけられる。
棺にたどり着いていた三人目を右肩から左脇腹へ抜けるように斬る。
後ろを振り返り、先ほど石をぶつけてきた二人目を見る。いつのまに近づいていていたのか距離に猶予がない。後ろから足を斬り落とす。胴体が地面に落ちる前に股間から脳天へと斬った。
最後の一人が既に棺を開いていた。その棍棒が振り下ろされれば髑髏は生命維持モードに入る。
「人間様なめるなぁ!!」
A-087の振り下ろした棍棒が棺を機能停止させた。髑髏のモードが切り替わり始める
が、間に合った。髑髏の刃がA-087の腹を抉った。
A-087もまだ諦めてなどいない。もう一度振り下ろした棍棒は棺の発電ユニットを刺激した。
棺が発電用に外気から集めていた水素がショートした火花で燃え上がり、二人とも消し飛んだ。
##囚人零名執行人二名死者三十八名
島に残された最後の二人は互いに互いを探していた。残り時間は少ない。朝日が差し始めている。日が昇り切ったときがタイムリミットだ。上空に爆撃機が待機していた。わざわざ現れたという事は装着者であろうがなかろうが殺しきれる火力を積んでいるのだろう。
もはや一時間すら残されていない。
「みつけた」
先に敵をみつけたのは跳躍者だった。蜘蛛は絲をクモのように扱い森の空中を走り回っていた。
隙を伺う時間は残されていない。一刻も早く先手を取らなければならない。
「生きたいか!?」
だというのに跳躍者は問うた。声を出し自分がいることを蜘蛛に示したのだ。
「あたりめぇだぁ!!」
蜘蛛が答える。
「ならば足掻け。俺は足掻く人間が大好きだ!!」
跳躍者が挑発する。
「何上から目線で物言ってんだぁ!!」
蜘蛛が吼えた。
最後の戦いが始まる。
やはり戦いは拮抗した。わずかな強度の差ではあったがその細さはほんのわずかな差で断ち切られてしまう。
跳躍者が跳ぶたびに蜘蛛の絲は断たれた。絡め取ろうとしても、罠として使っても絲は切られた。しかし、跳躍者の攻撃は蜘蛛をかすりもしない。絲で空中を自在な方向に走れる蜘蛛は跳躍すれば方向転換が利かない跳躍者の攻撃を凌いでいる。刃を表出させてない部位を狙って絲を当て、最速の内部駆動装甲たるフォレストホッパーをどうにか減速させていた。
出した絲は次から次へと斬られて手を失ってゆくスパイダー。攻撃を当てれず逆にカウンターをかすめられるホッパー。
互いに消耗しながらの千日手のような戦いには時間制限がある。それはホッパーの貧血でもなければスパイダーの糸が尽きた時でもない。
日が昇り切った時、その輝かしい円が水面から出切った時。その時生存者が一人でないならば。爆撃機の腹が開き、最新式のナパームが島を焼き尽くす。
互いに足掻いていた。生きていた。生きようとしていた。死刑囚どもが、今まで殺した命に全く敬意を払わなかった二人が、
「足掻くじゃないか! 絲繰師!!」
敬意を払っていた。
「足掻いてんのはてめぇだよぉ!! 一発も当てれてねぇだろうがぁ!!」
心から敬意を払っていた。
目の前にいる生き物に自分を殺そうとする者を楽しんでいた。
目の前にいる生き物に勝ち、殺したいと全力で感じていた。
「おまえ、なんで死刑囚になった?」
どちらかがどちらかに問うた。
「さぁ、もうどうでもいいな」
どちらかがどちらかに答えた。
刃が振るわれる。絲が繰られる。戦いは続く。
##囚人零名執行人二名死者三十八名
日の出とともに爆撃機の腹が、開いた。
投下されたナパームの炎は、朝日よりも眩しかった。
この制度においてこの規約が執行されたのは六回目だった。
やはり今回も全滅した。こうして今回の死刑囚相互処刑制度、すなわち第二十七回は終了した。
##囚人零名執行人零名死者四十名
次の死刑囚相互処刑制度、第二十八回は五年後。
次に使われる兵器はまだ誰も知らない。
どのような死刑囚が参加するのかも誰も知らない。
それはつまりこの五年でどんな凶悪犯罪が起こるのか誰も知らないという事でもある。
誰かがこう言った。
「全ての人間の脳に脳波の発信機を付け、犯罪を犯す前に止めれたらどんなにいいだろう」
元はこれ体の外にまとわりつくロボットアーマーでした。いやいや、設定の話じゃなく作中世界における開発段階の話。
元は老人介護用のロボットで自分で動けるように着てもらうロボットだったんですね。
ですが老人さんなぜかこのロボットを拒みます。何故かというと一人で歩きたい要介護老人たちは気遣われたくないんです。
だから体の外にロボットをつけてこれがないと歩けません。と宣伝しながら歩くのは苦痛でしかなかったのでしょう。
この点は、
「ロボットスーツで歩けるようになったら使うか」
って私の母が私のひぃじいさん、つまり母が母の爺さんに聞いたときに、
「気遣われたくないからいらない」
と答えたという話を聞いて考えました。
で、ここからがこの作中世界の科学者の頭のおかしいところで、じゃあ体内に入れようぜって話になったんですね。
この話弟に読ませたら頭おかしいのはお前だと言われました。
まあ作中世界がおかしいってことは書いた奴つまり思いついた奴がヤバいってことですもんね。うん、認めます。