池袋某所・・・・
「あンのガキ共どこ行きやがったんだぁ!?」
「まだ遠くへは行ってないはずっすけど・・・」
「見つけたら絶対殺すぞ!!」
人の通りが少ない裏通り、誰に対してでもない怒声を張り上げながら、必死で何かを探す黒服の一団があった。
傍目から見ればホスト同士の喧嘩か、チンピラ同士の抗争にも見えなくはなかったが、彼らの持つ拳銃や日本刀などの得物が、ただの若者同士の喧嘩ではないという空気を醸し出していた。
「クッソ!ここには居ねーのか!?」
「他当たるぞ!!」
ここに探している対象はいない、と判断したのか、男達は裏通りを抜けて行った。
(・・・行ったか)
と、突然、近くの電柱付近にあったゴミバケツが口を利いた。
(そうみたいだな・・・)
(うぅ・・・早く帰りたいよぉ・・・)
今度はそのゴミバケツの近くに置いてあった二つの段ボールが口を利いた。
これだけを見れば、本来は物言わぬ無生物が喋るという心霊現象にも見えるが、決してそうではない。
ゴミバケツの蓋が開き、中から銀髪をオールバックにした少年が現れる。
「やれやれ、とんだ目に遭ったな・・・」
説明するまでも無いが、ゴミバケツから現れたのは我らが主人公、氷川京多である。
「俺らってホントについてないぜ」
言いながら、段ボールを脱ぎ捨てたのは玄野計と平沢唯だ。
「こんな事なら、買い出し係に立候補なんてするんじゃなかった」
「あぁ、全くだよ・・・」
「あの人達・・・何なの?玄野君のこと知ってるみたいだったけど・・・」
「あぁ、あれは吸血鬼だ」
「はぁ?吸血鬼?」
「吸血鬼って、牙が生えてて、血を吸う、あの吸血鬼?」
「そうそう」
玄野は当たり前であるかのように頷く。
「でも、何でだよ?何で俺たちが吸血鬼なんかに狙われてるんだ?」
「あー・・・実は、それにはちと深い理由があってな・・・」
玄野は肩についていた段ボールの切れ端を払いながら、事の次第を語り始めた。
「元々あいつらは、ガンツ部のミッションで討伐対象だったんだ・・・俺たちガンツ部は星人とか妖怪とか・・・まぁ、要は人外の存在を狩ってるんだけど、吸血鬼ってのは本来は人間なんだ」
「・・・それで?」
「星人とかの場合は、一度仲間を殺されたら大概はビビって俺たちには手を出さないんだけど・・・
奴らは仲間を殺されたら、どんな手を使ってでも復讐をして来やがるんだ。俺たちを研究し尽くして、スーツ無しでも充分に対抗できる手段を持ってな・・・例えばガンツ装備のステルス機能を無効化するサングラスとか、コンタクトレンズとか・・・当然奴らにとってはこっちの事情なんかお構い無しだから、さっきみたいに休日で丸腰の奴も殺そうとするんだ」
「だからガンツ部の部長である玄野が狙われた・・・って事か?」
「まぁ、そういう事だ」
「マジかよ・・・」
と、氷川は眉間を強く摘まんだ。
あー、ヤバい、相当ヤバい事に巻き込まれてんぞ、俺達。
「で、でも、玄野君は今武器持ってないんでしょ?こんな所でまた見つかったら・・・」
「あぁ、今度こそ一巻の終わりだろうな・・・」
「ふぇぇぇん、う〜い〜・・・」
玄野の言葉に唯はしくしく泣き出した。
---泣きたいのはこっちも同じだっつの・・・---
氷川は口には出さずに胸の中でそう呟いた。
「まぁ、そうめそめそすんなよ・・・とにかく、今は奴らから逃げる事を考えよう」
「あぁ、そうだな・・・」
と、氷川は玄野に同意した。
「とりあえずは大通りに逃げて、交番にでも通報するか・・・」
玄野はすぐ後ろにあった行き先表示を見上げながら言う。
そこには『20m先、大通り』とあり、どうやら先ほど吸血鬼達から逃げ回る内に大通りのすぐ近くまで来ていたらしい。
「幸いだな・・・すぐ近くだ」
「早く逃げようよぉ・・・怖いよぉ・・・」
「それもそうだな。よし、行くぞ!」
と、氷川達が大通りに向けて駆け出そうとしたその時。
「いたぞー!!!ハンターだ!!!」
背後から何者かの叫ぶ声、そしてその直後に、
パァン・・・・
乾いた銃声が響き、氷川の頬に小さな衝撃が走る。
「・・・あ」
氷川は頬にそっと手をやる。
ヌルリ、と生暖かい液体に触れる感覚が指先を支配する。
手を見ると、色の濃い、赤い液体が指先に付着していた。
「・・・マジで・・・?」
「・・・マジかよ・・・」
「・・・・・」
この時、もはや三人の顔には感情など無かった。
しかし、その数秒後、
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」
ゴム風船が弾けたかのように、三人は絶叫と共に裏路地を疾駆した。
一方その頃、池袋上空・・・・
「あの外敵共は一体どこへ行きやがったのですか・・・」
日曜の午後、気持ちの良い晴天の中を一人の女子高生が"飛んで"いた。
「鎖々美さんを手にかけようとした罪は重いのです・・・」
と、空飛ぶ女子高生、邪神かがみは、上空から池袋の街に目を光らせながら独り言した。
彼女は先ほど、吸血鬼の一味に親友を殺されかけたので、現在はロボットである自身の飛行ユニットを用い、仇討ちのために空から吸血鬼達の動向を追っているのだ。
「親玉を見つけたらただじゃおかないのです。千倍返しした上で土下座をさせてやるのです・・・」
と、どこぞの銀行員のような事を言いながら、街の状況を偵察するかがみ。
休日というだけあって、池袋は全体的に人で溢れている。
連中はこの夏場にも関わらず、黒いスーツを着ているため、すぐに判別が付く。
と、ここでかがみの携帯機能につるぎの携帯から連絡が入る。
「もしもし?姉さん?」
飛行しながらも、かがみは器用に右手を携帯電話へ変化させ、電話に出る。
『おぅ、かがみ。吸血鬼共は見つかったか?』
「今のところはまだ見つかっていないのです。しかし、先ほど三下の吸血鬼に鎖々美さんを殺されかけたのです」
『げ!?マジか!?』
電話口の向こうで(恐らく)大仰に仰け反りながら、つるぎは驚く。
「ええ・・・奴らは絶対に許しません・・・何としても不届き者をひっ捕らえてやるのです」
『そうか・・・分かった、でも無理だけはするなよ?何かあったら連絡寄越せ』
そう言うとつるぎは電話を切った。
「さて・・・ん?」
通話モードを切り、偵察を再開したかがみは、地上の細い路地を全力疾走する三人組を見つける。
かがみにはその三人組に見覚えがあった。
「あれは・・・もしやさっきの・・・」
と、かがみは頭頂部からスコープを出現させ、分析機能を起動する。
やはり地上の三人組は先ほど吸血鬼に追われていた者達のようだ。
内一人は右頬に怪我を負っており、その後ろからは黒服の集団が得物を手に、彼らを追い回している。
「あの三人、まだ追いかけられていたのですか・・・」
呆れたようにかがみは目を細める。
別に知り合いでもない限りは助ける必要も無いが、このまま放っておくのも気が引ける。
---まぁ、とりあえずは人命救助が先決なのです---
かがみは大腿から伸びる飛行ユニットの翼を畳み、地上への着陸体制に入った。
池袋・裏路地・・・・
「ヤバいって!!これマジで死ぬって!!!」
「京多君が撃たれたよぉぉ!!もうおしまいだぁぁぁぁ!!」
「唯!俺はまだピンピンしとるわ!!」
と、各々に絶叫しながら、氷川達は池袋の細い裏路地を駆け抜ける。
後ろからは吸血鬼が言葉にならない怒声を張り上げながら追いすがって来る。
---あぁ、今日は何て日だよ!!!---
こんな事なら、寮の自室で何もせずに寝ていれば良かった・・・
氷川は自らの運命を呪った。
右頬には銃弾が掠めた傷跡から血が滔々と流れている。
幸い、命に別条がある訳ではないが、依然として吸血鬼達は発砲してくるのを止めない。
もし再び被弾すれば、今度は確実に重傷を免れないだろう。
何としても、今は奴らに捕まる訳にはいかない。
「あっ!」
・・・しかし、悪い事は連続するもんである。
唯が地面の僅かな凹凸に躓いて盛大に転けたのだ。
「ゆ、唯!?」
「大丈夫か!?」
玄野と氷川は立ち止まり、唯を介抱する。
「うぅ・・・痛いよぉ・・・」
涙と砂埃でズルズルになった顔で唯が小さく呻く。
膝が擦りむけ、血が滲んでいる。
傷の状態から判断するに、立つ事はできそうだが、走るのは恐らく難しいだろう。
「クッソ・・・ここまでか・・・」
氷川は舌打ちした。
「私の事は良いから・・・先に逃げて・・・」
と、消え入りそうな声で言う唯。
「バカ!お前一人見捨てて逃げられる訳ないだろ!!」
氷川はそう言ったが、後ろからは吸血鬼が迫る。
あっと言う間に氷川達は吸血鬼達に取り囲まれてしまった。
「チョロチョロ逃げ回りやがってコラァ・・・」
「よぉ、地獄逝き決定だな」
長い間走り回っていたせいか、吸血鬼達も多少は辟易していたが、すぐに呼吸を整えて銃口や切先を氷川達に向ける。
「クソ・・・お前ら・・・」
玄野は恨めしげに吸血鬼を睨み上げる。
---ここにXガンがあったら・・・!---
玄野は苦々しげに歯ぎしりした。
ガンツ装備が無ければ玄野もただの人だ。
それに対して吸血鬼達は刀や銃で武装している。
どちらが有利か不利かは一目瞭然だ。
吸血鬼の一人が銃の照準を氷川達に合わせる。
「・・・チェックメイトだぜ」
吸血鬼は不気味な笑みを顔に浮かべ、ゆっくりと引き鉄を引いた。
氷川はギュッと目を瞑った。
ガンッ・・・・
辺りに乾いた銃声・・・ではなく何か鈍器のような物で殴られたような音が鳴り響く。
「ぐっ・・・あ・・・」
その直後に奇妙な断末魔と共に何かが倒れる音。
「んだぁ!?」
「なぁーに考えとんじゃこのガキィ!!」
「じゃっぞゴラァ!!!」
続けて、吸血鬼達の怒声が聞こえる。
氷川はそっと目を開けた。
人垣ができているせいで、何があったのかはよく見えないが、どうやら闖入者がいるらしい。
その証拠に、先ほどまでこちらに得物を向けていた吸血鬼達が全員氷川達のいる方とは真逆の方を向いている。
「さて、人命救助の前に外敵の排除を開始するのです・・・」
人垣の向こうから女の子の声がする。
---が、外・・・敵・・・?---
聞き慣れない単語に反応する氷川。
しかし、人命救助と言っているあたり、何らかの助けが来たのは確からしい。
「おいおい、女の子サマよぉ、ここは危険だぜ?見なかった事にして早く失せた方が良いと思うぜぇ?」
と、吸血鬼の一人が闖入者を挑発した。
すると・・・
・・・・ドゴッ
堅い物質が肉体に叩きつけられる音がし、
「ぐゔぇっ・・・!?」
小さな悲鳴が聞こえてくる。
「・・・くぉのガキがァァァァ!!!」
「ナメんなコラァ!!!」
「ブッ殺せ!!!」
吸血鬼の怒声と共に、けたたましい銃声が響く。
氷川はこれから起こるであろう残酷な光景を見ないため、唯の目を手で覆い、自らも再び目を瞑った。
しかし、その銃声も数秒間続いたかと思うと、辺りには再び静けさが訪れる。
「大丈夫なのですか?」
すると突然、氷川は話しかけられる。
声の主はどうやら先ほどの闖入者らしい。
恐る恐る目を開くと、おかっぱ頭に赤い制服を着た少女が自分の顔を覗き込んでいた。
「あ、は、はい・・・大丈夫っすけど・・・」
「・・・その傷は」
と、おかっぱの少女が氷川の右頬に手を触れようとする。
「あ、あぁ・・・これは大丈夫、少し擦っただけだから」
少し掠っただけとはいえ、実際には何ミリか肉を抉られていたのだが。
しかし、氷川は少女の手を押し退けながら言った。
「そうですか・・・そちらのお二人は?」
少女は氷川から唯と玄野に目を向ける。
「え?あ、あぁ、大丈・・・って邪神!?」
「かがみちゃん!?何でここに!?」
唯と玄野は驚いた声をあげる。
「おや、誰かと思えば玄野先輩に平沢先輩でしたか」
と、おかっぱの少女。
どうやら玄野と唯は彼女に面識があるらしい。
「せ、先輩って・・・?」
ただ一人状況を飲み込めていない氷川はキョトンとする。
「申し遅れました、私は顔巣学園の高等部1-L組の邪神かがみという者なのです」
すると、かがみは自己紹介と共に氷川に一礼した。
氷川も「あ、あぁ、どうも・・・」とそれに応じた。
「・・・って言うか、玄野も唯もこの人と知り合いなのか?」
「まぁな・・・俺は邪神とはトルネードでよく一緒に暴れてる」
玄野は後ろ頭を掻きながら言う。
ちなみに玄野の言うトルネードが何たるかは、第6話を参照してほしい。
「私はこの間の部活紹介で知り合ったの。かがみちゃん、お友達と一緒に軽音部に来てくれたんだよ」
と、唯も続けて言った。
どうやらこの少女と二人は知り合いらしい。
「あの時はどうも、ご丁寧にお茶まで用意して頂いて・・・」
かがみはスカートの裾を正しながら唯に軽く頭を下げた。
「いえいえー!私達はいつでも大歓迎だよー!」
同じく唯も軽く頭を下げながら応じる。
「って言うか、何で邪神がここにいんだ?」
玄野は疑問に思っていた事をかがみに問う。
「いえ、夏祭に向けての買い出しをしている最中に吸血鬼に追われている皆さんを見つけまして・・・それで後を追ってみたら案の定、殺されそうになっていたのでちょっと乱入しただけの事なのですよ」
「お、おぉ、そうか・・・まぁ、何にせよ助かったわ、ありがとう」
「いえ、礼には及びませんよ・・・」
それよりも、とかがみは少し声を重くしながら続ける。
「この地域は現在、第一級戦闘地域に指定されたのです。玄野先輩以外のお二人は早くここから離脱するのです」
「は?第一級・・・何?」
初めて聞く単語に氷川は目を丸くする。
「第一級戦闘地域、要するに緊急事態って事さ」
玄野が氷川に解説する。
「顔巣学園付近の都市とかは学園管轄の自治体警察が治安維持してるんだけど・・・たまにヤバい連中が、それも武器とか持って集団で暴れてると、自治体だけでは対応が遅れる事があんだよ。その時にジャッジメントとか、俺達ガンツ部とか・・・とにかく戦力になる奴らが結集してそいつらを追い詰めんのさ」
「その間は戦闘地域が指定されるんだけど、私達みたいな一般生徒や市民は戦闘地域から離れなきゃいけないの」
「じゃ、今ここは・・・」
「既に戦闘地域に指定されたのです」
かがみは路地の角から大通りを見ながら言う。
大通りの方では多くの人々が誘導員に導かれて、建物の中や地下鉄の駅へ入って行く。
そして車道では顔巣学園生徒会---ジャッジメント---のマーキングが施された車両が点々と停車し、その近くにはアサルトライフルで武装した生徒会役員や、ガンツ部、死んだ世界戦線、調査兵団などの戦力系部活や軍事科のメンバーが警戒体制を敷いていた。
「・・・まるでブラックホーク・ダウンみたいだな」
その物々しい光景を見ながら、氷川は昔の戦争映画の名を出した。
「とにかく、これからここは危険地域になる可能性があるので、平沢先輩と・・・そう言えば、あなたのお名前は?」
かがみは一人だけ名前を知らなかった氷川に名前を尋ねる。
「氷川、氷川京多」
「では氷川先輩と平沢先輩、お二人は非戦闘区画に避難して下さい。何かあってからでは遅いですから」
「あ、あぁ、分かった。でも、大丈夫なのか?まさか、君もあの吸血鬼とか言うのと戦うのか?」
「えぇ、一応私もその役目を背負っておりますので・・・」
と、かがみが言いかけたその時。
大通りから何かの爆発音が響き、その直後に銃声が聞こえてくる。
「な!?今度は何だ!?」
「・・・どうやら本格的に戦闘が始まったようなのです」
路地の影から大通りを見ながら、かがみは眉を顰めた。
氷川達も大通りの様子を影から覗く。
「うっわ・・・」
「やべぇ・・・」
「怖いよぉぉ・・・」
大通りではサブマシンガンや日本刀で武装した黒服集団がジャッジメントのメンバーと熾烈な戦闘を展開していた。
よく見ると既に負傷者が出ているらしく、仲間に引きずられて遮蔽物の影に隠れる者、血まみれで地面に倒れている者もいる。
「これじゃ、まるで戦争だよぉ・・・」
唯が泣き出しそうな顔で言う。
唯一の逃げ道である大通りがこの状態では逃げるどころか、学園に辿り着くのも難しいだろう。
「仕方がありません・・・私が氷川先輩と平沢先輩を非戦闘区画まで案内いたします」
「でも、大通りは戦争状態だぞ?どうやって・・・?」
「そこはお任せ下さい」
言うが早いか、かがみは背中から鋼鉄製の翼を展開し、飛行形態へ変形した。
「え!?か、かがみさんって、ロボットだったの!?」
それを見た氷川が驚愕のあまり、腰を抜かす。
「クラスの皆にはナ・イ・シ・ョですよ?」
口元に人差し指を当て、あざとく言うかがみ。
元々がギャルゲーに登場するキャラのような見た目であるため、結構様になっている。
「あ、そうそう、玄野先輩にお届け物があるのです」
と、かがみは制服の内ポケットに手を突っ込むと、黒光りする銃のような物を取り出して玄野に渡した。
「これ・・・何でお前が持ってるんだ?」
玄野は対星人用の特殊銃---Xガン---を受け取りながら尋ねる。
「私は霊的ロボットなのです。それくらいは標準装備ですよ?」
軽やかに笑みながら返答するかがみ。
中々に用意の良い奴である。
「・・・まぁ、何だか分からないが、ありがとな」
玄野はかがみに礼を言いながらXガンを構え、
「さぁて、暴れるか!!」
大通りへと駆け出した。
「さぁ、お二方、これから非戦闘区画までご案内致しますので、私に掴まっていて下さい」
そう言いつつ、かがみは氷川と唯へ向き直る。
「へ?何で」
「細かい事は良いのです!」
氷川がかがみの言葉に疑問を投げかけようとしたが、それは途中で遮られた。
かがみは氷川と唯を小脇に抱えると、下半身に意識を集中する。
「・・・フッ!!」
すると、彼女の大腿から現れたロケットブースターが火を吹き、一瞬の内に三人の身体が空へ向かって飛翔した。
池袋・上空・・・・
「わー、高ーい!!」
と、かがみに抱えられながら唯。
「それどこじゃないだろ・・・」
意外にも高所恐怖症な氷川は、できる限り下を見ないようにしていた。
「氷川先輩は高所恐怖症なのですね?」
と、かがみが氷川に問う。
「昔、プールの飛び込み台から突き落とされた経験があってさ・・・それ以来高い所は全然ダメになった」
「それはまた、難儀な経験なのです・・・着きましたよ」
かがみ達はすぐ傍にあったビルの屋上に着地した。
銃声や悲鳴が遠のいた事からも、乱戦状態にある大通りからは、とりあえず離れた事が分かる。
「先ほどとある方に救援を要請しましたので、お二人はここで助けが来るまで待機していて下さい」
---・・・とある方?---
何故かぼかした表現に氷川は顔を顰める。
救援に来てくれるだけならば誰なのか言ってくれても良いだろう。
「かがみちゃんも、さっきのと戦うの?」
と、唯が不安げにかがみへ問うた。
「大丈夫なのです。私はこれでもロボットですし、顔巣学園が誇る警察組織であるジャッジメントが負けるはずありませんから」
言いながら軽やかに笑んでみせるかがみ。
すると、突然、かがみの携帯電話機能に連絡が入る。
「はい、もしもし?」
『邪神さんですか?調査兵団のサシャです』
通話相手は顔巣学園の軍事科の生徒ようだ。
ちなみに顔巣学園には英語や数学などの一般教養を学ぶ普通科以外にも、兵器や軍隊式格闘術を学ぶ軍事科、音楽関係の学科である音楽科、古来から伝わる魔術や呪術を学ぶ魔法科など、数多くの学科が存在し、こと軍事科に於いては調査兵団や偵察兵団、暗殺兵団などの各分野に分かれている。
中でも調査兵団は最前線で活動する兵団であるため、今回のような有事でもよく出動していたりする。
「どうしたのですか?」
『池袋のAブロックで武装集団と交戦中、応援よろしくお願いします!』
電話口の向こうでは銃声と怒号が響いている。
どうやら戦況があまり芳しくないらしい。
「分かりました、今すぐ向かいます」
そう言って通話モードを切ると、かがみは氷川と唯に向き直った。
「私は今からここを離れますが、二人とも大丈夫ですね?」
「あぁ、大丈夫だ」
「かがみちゃんも怪我しないように気をつけてね?」
「お気遣い、ありがたいのです」
かがみは膝の下から強化装甲を出現させ、屋上のフェンスの淵に立った。
「あ、そうそう、ついでなので言っておくのですが」
最後にかがみは後ろを振り返って言った。
「少しばかり手荒い救援でも私に文句は言うんじゃねぇのですよ?」
---・・・は?手荒い?---
「お、おい、そりゃ一体どういう・・・」
と、氷川が問おうとした時には既に彼女は大通りの方向へ飛び去っていた。
「何なんだよ・・・」
「とある方って誰かなぁ?」
「さぁ・・・」
と、残された二人は首を傾げる。
---手荒い救援、とか言ってたけど・・・---
氷川は嫌な予感に背筋を強張らせた。
この後、その予感は見事に的中し、氷川と唯はネコミミヘルメットを被った物言わぬ謎のライダーの駆るバイクに乗せられ、重力の法則を明らかに無視したドライビングテクニックを体験したり、ライダーが自らの手から発生(!)させた、質量を持った影で立体機動めいた事をさせられたりしたのだが・・・それはまた別の話。
池袋・大通り・・・・
「っしゃぁぁぁ!!!」
「行ける!行けるぞぉぉ!!」
「押せやぁぁぁぁ!!」
一方、大通り。
邪神かがみ以外にも多くの人員が加勢した結果、吸血鬼軍団は少しずつだが鎮圧されつつあった。
「ふー、結構派手に暴れたな」
地面に倒れ伏す吸血鬼達を見下しながら、Xガン片手に玄野が呟く。
今日の玄野はガンツスーツを着ていないため、体中の至る所に切り傷やかすり傷を負っているが、それでも銃一つで大量の屈強な野郎共をねじ伏せたのだ。
それはまさしく、一種の才能とも言えるだろう。
「片付いたみたいだな、計ちゃん」
と、玄野の友人にしてガンツ部副部長の加藤勝が現れる。
こちらはガンツスーツを着ており、外傷は顔に受けた切り傷以外は全く無い。
「まさか計ちゃんがガンツスーツを忘れるなんてな・・・」
「はははっ、ほっとけよ」
玄野は首を回しながら言った。
「そう言えば、加藤の所はもう終わったのか?」
「あぁ、もう皆撤収準備始めてるよ」
その言葉通り、加藤の背後では緑色のマントを身につけた二人組が壁に付着した血糊を水で洗い流したり、何故か場違いにミントンを振っていた男が目付きの鋭い男に殴り飛ばされていたりした。
加藤はオールバックにした髪を後ろへ撫で下ろしながら続ける。
「にしても、夏祭も三日後に迫ってるのに、吸血鬼の襲撃とはなぁ・・・」
「まぁ・・・半分は俺が用心してXガン一挺くらいは持ってなかったのが悪いんだけどな・・・」
と、玄野。
ちなみにガンツ部の生徒は、その活動内容がゆえに一部からは恨まれており、今回のような突然の襲撃に備えて常に身を守らなければならないのだが・・・
休日、しかも遠出するわけではなかったとは言え、玄野の用心不足が祟ったと言える。
「まぁ、ついうっかり、ってのは誰でもあるさ・・・」
「おぉ・・・何かごめん」
玄野はXガンをズボンのベルトに挟み込み、
「ノド渇いたな、俺何か買ってくるわ」
と、近くに自販機が無いか走って行った。
「・・・あ」
しかし突然、玄野はその足を止め、ふと呟く。
「今日、俺ら買い出ししてないじゃん・・・」
・・・今更そんな事に気付いても仕方がないだろうが。
と言うか、忘れてたのかよ。
と、呆れた口調の天の声が池袋の街を虚しく吹き抜けてゆくのであった。
池袋・某所・・・・
「全くもう・・・毎度毎度来るのが遅いんだよお兄ちゃんは!何でそんなにトロいんだよ!!このバカ!!!」
と、自転車の荷台に座り、ぐうたらと不平不満を垂れている少女がいた。
金髪のショートヘアに癖っ毛が特徴的なその少女は月読鎖々美に間違いない。
あの後、かがみによって一人残され、重たい荷物を引きずりながら数時間ほど辺りを彷徨い、今しがた自身の兄に回収された所だった。
「申し訳ありませんでした、鎖々美さん・・・でもお兄ちゃんは鎖々美さんの事を誰よりも愛していますし、何ならこの命だって惜しくはないんですよ?」
と、おかんむりな鎖々美に対し、ヘコヘコと及び腰な口調で謝る男は鎖々美の兄にして顔巣学園に勤務する教師である月読神臣だ。
革製の通勤鞄で顔を隠し、自転車を押しつつも、夏祭で使う食材が入った袋を腕に引っ掛けている。
「まぁ、別に私のために死んで、とまでは言わないけど・・・」
そんな兄の言葉に鎖々美は少しばかり言い過ぎたか、とちょっとだけフォローの言葉を入れた。
「今度から、気をつけてよね?」
「はい!お兄ちゃん、鎖々美さんを守るためなら、本当に何だってしますよぉ!!」
果たしてこの兄妹は仲が良いのか、悪いのか・・・
それは誰にも分からない。
「そう言えば、三日後は夏祭でしたねぇ。鎖々美さんは何か演し物には出るんですか?」
と、神臣は鎖々美に尋ねる。
「んー、今のところは水着コンテストとか出てみたいかなー、って」
「な、何ですとぉぉぉ!!??」
と、神臣は突然大声を出す。
「な、何よ、いきなり大声出して」
「そ、そ、それはつまり、さ、鎖々美さんの、は、は、はだ、はだか、裸を学園中に晒すと言うのですかぁぁぁぁ!!!???」
水着コンテストのどこをどう間違って解釈すればそうなるのか。
しかし、神臣はそんな事御構い無しに妄想の世界へ入り始める。
「そ、そんな事したら、鎖々美さんに変な虫がついたり、怪しい輩に目をつけられたり・・・そしていつかは・・・大変だぁぁぁ!!!!」
何が大変なのか、神臣は大いに狼狽する。
「ちょ、お兄ちゃん?」
「は!そうだ!鎖々美さん!!学園の皆さんの前での水着コンテストは辞めて、代わりに僕の前での水着コンテストをしましょう!!」
と、まるで大発見をしたかのような調子で神臣は鎖々美に提案する。
「は、はぁ!!??何で!?」
「だって、鎖々美さんは僕だけの天使なのですから!!誰かに奪われるくらいなら、僕が先に奪げぼらっ」
神臣の言葉は最後まで続く事はなく、鎖々美が放った地獄突きによって無理矢理中断させられた。
喉仏に強烈な一撃を喰らった神臣はその場に情けなく倒れた。
「・・・お兄ちゃんの変態」
口ではそう言っているものの、この時、鎖々美の頬は薄ら赤く染まっていたんだとか、なかったんだとか。
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