それでも彼女を愛してる   作:トクサン

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邂逅

 雫のクラスは校舎の端にあった、此処までに来るのに随分時間が掛かった。途中遭遇した感染者は用務員らしき男と教師らしき女の二人のみ。だがそれ以外の人間が見当たらない事に俺は一抹の不安を抱いていた。若しかしたら既にこの学校には行き残りが居ないのかもしれない、どれだけ校舎で叫んでも誰一人と返事を寄越さないのだ、流石におかしい。

「雫、居るのか」

 教室へ踏み込む前に声を上げる、だがやはり無駄な様で中から何も音は聞こえてこない。俺は二、三度深呼吸をした後にバッドを強く握りしめ、扉に手を掛けた。この先に何が待っているのか、俺の見たくない光景が広がっているかもしれない、そうなっても取り乱さない様に、狂ってしまわない様に、俺は覚悟を決めた。そして一息に扉を開け放つ。

「雫!」

 声を上げ、しっかりと目を見開いて教室を見渡す。そこで見た光景は半分俺の望んでいた光景で、そしてもう半分は望まない光景だった。

「たつ‥ッ」

雫は生きていた。

だが。

「雫っ!」

噛まれていたのだ、クラスメイトと思わしき数人が雫の肩や腕に食い付いていた。窓際に追いやられている雫が俺を見て涙を流す。その瞬間、俺の中の理性が失われた。

「こンのぉッ、糞野郎共がぁァッ」

自分でも驚く程の声量で叫び、雫に纏わりつく数人に向かって突進する。一番手前に居た腕に食い付いた男子生徒の脳天目掛けてバッドを振り下ろし、渾身の力で振りぬいた。手元に強烈な衝撃が走りバッドがベコリと大きく歪む、男子生徒の側頭部に直撃したバッドは頭蓋を割り、頭から噴水の様に血が噴き出してその場にゆっくりと倒れ伏した。

続いて凹んだバッドを薙いで雫の肩に食い付いていた女子生徒の顔を打ち、鼻の辺りを強打する。鼻が大きく歪んで、女子生徒は数歩後ろに踏鞴(たたら)を踏んだ。

「がぁァ」

女子生徒が悲鳴を上げながら口を離した瞬間、バッドを口目掛けて突き出す。歯をへし折りながら女子生徒の口に突っ込まれたバッドは、顎を外し喉奥を突いた。そのまま柄を蹴飛ばして女子生徒を転ばせる。そのまま雫に駆け寄り肩を抱くと、足に組み付いていた男子生徒の顔面を思いっ切り蹴り上げた。コンバットブーツの爪先に何か硬い感触を感じ、男子生徒は思い切り舌を噛む。その拍子に足を掴んでいた手が離れた。

「あっ!」

雫と共に窓際を離れて教室の入り口へと後退する、その間にバッドを口に突っ込まれた女子生徒と頭を蹴り飛ばされた男子生徒が緩慢な動作で起き上がって来る。このまま逃げるべきか迷ったが、震える雫の足を見て撃退する事を決めた。艶やかな黒髪を掻き分けて、雫の瞳をしっかりと捉える。

「雫、いいか、此処を動くな」

俺が全部何とかしてやる、それだけ言って自分でも白々しいと思うほどの笑みを浮かべた。震える指先が俺のシャツを摘まむが、彼女も一つだけコクンと頷く。それを確認して俺は比較的近場に居た男子生徒目掛けて駆けた、死体でも動くっていうならどうだろう、四肢を捥ぐか或は。先程頭をバッドで殴打した男子生徒を見ると、動く気配が無い。血だまりに沈んだままピクリともしない様子から、恐らく脳をやったのだと思った。幾ら死体を動かすと言っても指令を出す脳味噌が無ければ何も出来ない、俺は起き上がり掛けていた男子生徒の顔面に膝を入れると、そのまま仰け反る男子生徒の顎にフックを叩きこんだ。骨がぶつかる感触に僅かな痛み、それから仰向けに転がる男子生徒。近くにあった椅子を無造作に掴むと、それを大きく振り上げて男子生徒へと振り下ろした。肉を叩く様な生々しい音が響き男子生徒の体がビクンと跳ねる、椅子の背もたれ部分に血が付着し確かに頭を割った感触があった、頭部からは大量の血が流れている。だが、まだ足りない。

「あぁア」

声が聞こえて、振り向くとバッドを口に突っ込んだまま雫に向かう女子生徒が見えた。雫は女子生徒を見ながら歯を食いしばっている、小刻みに震える様子から恐怖か、或は怪我から動けないようだった。それでなくともクラスメイトに暴力を奮うと言う選択は、彼女の中に存在しないのかもしれない。手に持った椅子を女子生徒目掛けて投げつけると、丁度肩の辺りに当たってバランスを崩した。

「雫っ」

走り出し、勢いをつけて飛び蹴りをお見舞いする。脇腹に当たった足はそのまま女子生徒を壁に叩き付けた。俺も教室の床の上に転がってしまうが素早く起き上がる、壁に衝突しズルズルと座り込む女子生徒の咥えるバッド目掛けて、俺は思い切りハイキックをお見舞いした。下から抉る様な蹴り、それは見事バッドの柄に命中し女子生徒の顔面が上に弾け、バッドが宙を舞った。床にパラパラと落ちる歯、恐らくバッドを蹴り上げた拍子に折れたのだろう。それきり女子生徒は動かなくなり、顔面から座り込んだ状態で倒れた。

「死んでろッ、化け物!」

 甲高い音を立てて地面に転がったバッドを拾い上げ、倒れた女子生徒の脳天を砕く。頭蓋を砕いた感触と飛び散った脳髄で女子生徒の死を確信した。それから起き上がり掛けていた男子生徒の頭部目掛けて、フルスイングでバッドを振り抜く。立ち膝状態だった男子生徒はその場で一回転し、後頭部から床に激突。四肢を投げだして二度と動く事は無かった。

「っ‥‥はぁ、はぁ」

 無意識に止めていた呼吸を再開すると、脳が酸素を求めて再稼働。心臓が早鐘を打って額に冷汗が流れた。手に持っていた血濡れのバッドを投げ捨てて、背後を振り向く。教室の壁に背を預け座り込んでいる雫を視界に入れると彼女の元に駆け寄った。

「雫、怪我の具合は?」

「‥‥腕と肩に、少しだけ噛まれちゃった‥‥服の上だったから浅くだけど」

 そう言って袖を捲る雫、関節の少し下辺りに赤い歯型が見えた、白い肌の上にうっすらと存在するそれは僅かに皮膚を突き破ったのだろう、僅かに出血していた。肩口も見てみれば、うっすらとYシャツに血が滲んでいる。

「痛みは無いか? 吐き気や倦怠感は?」

「痛くは無い、かな‥‥倦怠感は、その‥‥少し」

 顔色悪く、儚げに笑って見せる雫。

 俺の脳内に『感染』の二文字が過った。感染者に噛まれたから発症するのか或は他の要因で感染するのか、その辺りの情報は余り知られていない。兎に角感染者には近づかない事、政府から通達されていたのはそれだけ。粘膜感染か、血液感染か、或は他の感染経路か、流石に空気感染は無いだろう。だが今此処でそんな事に思考を裂いている暇は無い、感染していようがしていまいが、雫は雫なのだ。俺は雫に背を向けると屈み両手を後ろに回した。

「乗れ雫、取り敢えずお前の家まで行こう」

「で、でも」

「良いから、ほら、連中が集まってきたらマズい」

 そう言うと雫は僅かな逡巡の後、おずおずと俺の背中に身を預けた。彼女の体重は俺と比べれば随分と軽い、ふっと息を吐き出しながら立ち上がると、そのまま教室を飛び出した。廊下には先ほどまで見えなかった生徒の感染者が多く姿を現していた、お前等はゲームの待ち伏せキャラかよ、そう叫びたくなる。恐らく先程の乱闘騒ぎで音を出してしまったのだろう、それを聞き付けた訳だ。

「雫、このまま一階まで走る! 捕まっとけよ!」

「う、うん!」

 襲い掛かって来る生徒達をすり抜けながら疾走する、これでも高校時代まではラガーマンをやっていたのだ、単調な動きで捕まえられると思うな。それに今背中には雫が居る、尚更捕まってなどやれない。襲い掛かって来る感染者を避けながら、時に蹴り飛ばしながら階段を駆け下りてそのまま一階へ、後は事務室と書いてあるドアを蹴り破り、そのまま椅子を投げて窓を割り外に飛び出した。

「た、辰巳! 家まではどうやって行くの? もうバスとか電車は止まってるし‥‥」

「バイクを持って来た! それでお前の家まで行ける!」

 校門付近まで来ると、校舎からぞろぞろと感染者が出てくるのが見えた。後はこの門を登るだけだ。

「雫、登れるか?」

「うん、多分大丈夫」

 彼女の腰を持って下から押し上げながら門を超えさせる、後は俺も勢い良くよじ登り、そのまま校門を超えて向こう側へと着地した。しかし感染者が門を超えて来ないとは限らない、素早くバイクに跨るとキーを回してエンジンを掛けた。相変わらず周囲の住宅街は静寂を守っている。静かな町の中にバイクの排気音だけが響いた。

「雫、後ろに乗って、俺の腰を思いっ切り抱きしめるんだ」

「わ、分かった」

 素直にバイクの後ろに跨ると、そのまま俺に密着する雫。念の為ヘルメットを付けてやりたかったが迫る感染者に断念、「絶対離すなよ」と念を押してそのままアクセルを回した。

「きゃっ」

 猛烈な振動が尻から伝わり同時にバイクは急激に加速する、一瞬で風を切った愛車は彼女の家に向かって猛スピードで駆け出した。

 

 

 全速力で町を駆け抜けて大分経った頃、背後から感染者が追って来る気配も無く、街中は相変わらず静寂に包まれていた。誰もかれもが姿を見せない町の中で疾走するバイク、エンジン音だけが木霊する中でふと無言を貫いていた雫が声を上げた。

「ねぇ、私達、どうなっちゃうのかな」

 雫の僅かに震えた声、エンジン音に掻き消される様な小さな声では無かったが不安がありありと感じられる様なか細い声。俺は少しの間を空けてから「分からない」とだけ答えた。変な希望を持たせて後から粉々にされるのも嫌だし、かと言ってネガティブな発言で不安にさせるのもどうかと思う。結局正直に「分からない」と答える他無かった。

「お父さんとお母さんは無事かな、電話、繋がらなくて‥‥」

「‥大丈夫だろ、屋敷には警備だって居るんだ」

 これから先の事は分からない、しかし彼女の家に到着すれば取り敢えず安心であると俺は思っていた。彼女の両親は有名な資産家であり、ちょっとした財閥傘下に属している良家である。それは俺の家も同様であり、古くから同じ境遇で苦楽を共にした繋がりの強い家同士、そして生まれた時から共に過ごして来た俺達は「許嫁」(いいなずけ)という立場にあった。それだけの家だ、勿論警備は一般的な家庭より厳重だし備えだってある、最悪この混乱が収まるまで籠城する事だって出来るだろう。

「辰巳のお父さんとお母さんは‥‥?」

 雫は自分の家の事を考えて、それから連鎖的に俺の家にも考えが及んだのだろう。おずおずとそう問うて来た。

「郊外だし大丈夫だろ、それに本邸には(みやび)も居る、こっちの心配はするな」「‥‥‥でも」

「大丈夫だって、殺しても死なないよ、うちの両親は」

 おどける様にそう言って大げさに肩を竦めれば、雫は少しだけ頬を緩めて「‥‥そう、だよね」と口にした。サイドミラーで雫を見ていた俺は「あぁ」と頷く。それが例え空元気だとしても、陰鬱になってしまうよりは何倍もマシだと思えた。

「あと少しで雫の家だ、あとちょっと頑張ってくれ」

「うん‥‥大丈夫」

 ぎゅっと腰に回った腕から圧迫感を感じると同時、俺は少しだけ強くアクセルを握った。愛車が加速し、静寂な街を置き去りにする。背に感じる温もり、彼女が生きている事に感謝しながら、どうか両親も無事である様に祈った。

 

 




3000~4000字に分けて投稿するのと、10000字とかに纏めてどばーっと投稿するのではどちらが良いのでしょうか。
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