私は辰巳が好きだ。
愛している。
扉に寄り添ったまま大きく息を吐き出す、自分の体が自分のモノでは無い様だ。手足が思う様に動かず、熱を持った体はじくじくと痛む。それでも汗一つ掻かず、終いには咳に血が混じり出した。
これはもう、ダメかな。
そんな事を辰巳のバイクに乗りながら思っていた。正直言うと歩くのすら本当に辛くて、視界も歪んで良く見えなくなっている。ただの風邪で無い事は分かっているし、恐らく自分も母や父と同じになるのだろうと思った。
私は『感染』したんだ。
両親が感染者になって悲しかった、けれど自分がもう駄目だと分かって辰巳と二度と逢えなくなると思うと、もっと悲しかった。もう彼と普通に話す事も、手を繋ぐことも、抱きしめる事も、キスする事も、好きだと伝える事も出来なくなる。
こんな事ならもっと甘えておけば良かった、我儘を一杯言って辰巳を困らせて、一杯一杯愛して貰えば良かった。
けれどそれも、もう遅い。
辰巳は悲しんでくれるかな
泣いてくれるかな
私を忘れないでいてくれるかな
ずっと想い続けてくれるかな
忘れて欲しくないな
辰巳の一番で居たいな
離れたくないな
逢いたいな
最後に抱き締めて貰えば良かったな
でも辰巳にはやっぱり生きて欲しい
死んで欲しくない
やっぱり辰巳の事好きだ私
大好き
愛してる
私の事は忘れちゃうかな
他の女の人と結婚とかしちゃうのかな
嫌だな
絶対嫌だ
辰巳は私のだ
渡したくない
でも死んじゃったら何も出来ない
死にたくないな‥‥。
辰巳に対する未練が胸に積もり、自分を忘れて欲しくないと言う強い欲求が私を責め立てる。辰巳を誰にも渡したくないと言う子ども染みた独占欲、もっと触れて居たかったと言う後悔、それでも辰巳を死なせたくないと言う願望、色んな感情がごちゃ混ぜになって自分でも良く分からなくなるほど辰巳への想いは強かった。
自分の両親だった人たちがゆっくり這って来るのが分かる、その動きは遅々としたものだけれど、何時かは自分の元に辿り着いてしまうだろう。そんな姿を見て居ると不意にきゅうとお腹が鳴った。
「おなか、へったなぁ‥‥」
クラスメイトの吉成君と美和ちゃんに噛まれてから、正確には辰巳が助けに来てくれた辺りから猛烈な空腹感に苛まれていた。今では段々と意識が朦朧として来たため、気を抜くと空腹感に負けてしまいそうだった。その空腹を満たせる
辰巳だ。
私は辰巳を食べてしまいたかった。
バイクで背に抱き着いた時など、理性が飛びかけて大変だった。もし少しでも気を抜いていればその首筋に歯を立ててしまっていただろう。
あの引き締まった筋肉、硬い胸板や筋張った首元、鋭い眼光を秘めた瞳や広い背中なんて口にしたらどれ程美味しいだろう、想像するだけでお腹が鳴って唾液が溢れ出す。体が弱って来ていたからか、ふとそんな事を考えてしまって自己嫌悪。
絶対に辰巳を食べてはいけない、それだけは駄目だった。
けれど人間、ダメだダメだと言い聞かせれば反発したくなるのは何故だろう。
きゅるるるとお腹が鳴って、少しだけ負けそうになる。それを鋼の意思で抑え込む、食べちゃダメだ、彼には生きて欲しいのだから。
自分の中の空腹感と戦っていた私は、背にある扉を叩いていた音がいつの間にか止んでいる事に気付いた。扉を叩いていたのは他でもない辰巳、
両親が迫って来る、私は食べられてしまうのだろうか。死にたくないな、お腹減った、食べたいな。
空腹感は嘗て経験した程に強く私を責め立てる、空腹感を紛らわそうと私は自分の指を強く噛んだ。歯がゆっくりと皮膚を食い破って血が流れ、口内に鉄の味が広がると少しだけ空腹感が紛らわせた気がした。
けれど結局それはその場凌ぎに過ぎない、きっと少しすれば辰巳を食べたくて仕方なくなるだろう。食べたい、食べちゃいけない、けどお腹減った、食べたい、食べちゃいけない。この食人衝動は感染者となった証なのだろうか、人を食べたい何てまるでB級ホラー映画だ。しかし実際問題その立場に立ってみると、成程、麻薬中毒者の気持ちが少しだけ分かる。
ぼうっとした思考と視界で迫り来る両親を捉える、這ったまま少しずつ近づいて来る
― 辰巳を食べてしまうくらいなら、いっそ
頭に嘗ての両親の顔が浮かぶ、沢山の愛情を注いでくれた母、寡黙で頑固だけれど何だかんだ大事にしてくれた父、自慢の両親で、大好きな両親で、大切な両親。今まで育ててくれた恩、共に生きてきた情もある、きっと自分の中では何にも代え難い存在だ。
けれど
― 雫って言うのか、俺は辰巳だ、
私の生きて来た十八年間、常に寄り添ってきたひとりの男性。財閥傘下と言う同じ境遇で育ち、苦楽を共にし、最も辛い時も楽しい時も一緒に居た人。ずっと一緒に過ごして来た、ずっと見てきた、ずっと触れてきた、
私は彼に恋をしている。
今までずっとずっと一緒だった、そして、きっと、これからも、ずっとずっと。
彼の隣に居れるのは私だけ、私以外の誰かが彼の隣に立つ事は許されない、今までの努力も血反吐を吐く程の苦境も全て彼の為に乗り越えた。
容姿も、性格も、趣味も、動作も、何もかも彼の為に!
彼と初めて逢った時から、私の全ては彼の為にあり、彼の全ては私と共にあった。
だから ー
「ごめんね‥‥パパ、ママ」
空腹感は私の耐えられるギリギリのところまで迫っていた、既に殆ど視界は閉ざされていて、今では体が暑いのか寒いのかすら分からなくなっている。あらゆる感覚が失われていく中、猛烈な空腹感だけが残るのだ。きっと意識が飛んだ時、私は一も無く辰巳の元へ行ってしまうだろう。今でも気を抜けば施錠した鍵を開けて彼の元に行こうと体が動いてしまいそう。
結局はこの空腹感を満たすしかない。
辰巳を食べる以外の方法で。
私の爪先に、父の指先がそっと触れた。
あと二話程で序章は終了!
後はヤンデレ祭りですやっほい!ヾ(*´∀`*)ノ