使用人の職業体験
「は~い、いらっしゃいませ~って、なんだリゼか」
「人の顔を見るなり『何だ』とはなんだよ。一応客だぞ?」
「はいはい」
カウンターに頬杖を付きながら、欠伸をしながらそう返す。我ながらお客様に対する態度ではないな、と思う。リゼもそう思ったのだろう、険しい表情を浮かべ、
「なんだ?そのテキトーな接客は」
ドスの利いた声で突っ込んできた。冷ややかな視線が突き刺さる。俺はそんなリゼに内心たじろぎつつも、減らず口を飛ばした。
「仕方ないじゃん。面倒くさい客に面倒くさい接客をするのは至極当然のことで――ヘブォッ!?」
「ほう、よく言ったヒョウ。歯を食いしばれ」
台詞の途中でリゼにボディーブローを叩き込まれた。腹を押さえ込みながら文句を言う。
「歯を食いしばるも何も、既に一発ぶち込まれてるんだけど……」
「問答無用だ」
そう言ってニヤリと笑い、拳をぎゅっと握り締めるリゼ。
……あ、ヤバイ。これ死にそう。
死を覚悟した俺の目に映ったのは、必殺の右ストレートのモーションに入ろうとしているリゼの姿だった。次目を覚ましたとき、死んでいませんように!そう祈りつつ、俺が目をぎゅっと瞑った、そのとき。
――ぐぎり
妙な音が聞こえた。何だろうと思いつつも、ここで目を開けるとリゼの拳をもろに喰らってしまう気がする。俺は瞼を閉じたまま、右ストレートが俺の額にぶち当たる時を待った。
…………?
「な、なあリゼ?」
「…………」
拳が飛んでこない。リゼに呼びかけたものの反応が無い。
一体どうしたんだろう。恐る恐る目を開けると、そこには。
足を押さえてうずくまった、リゼの姿があった。
「いやまじでどうしたリゼ!?」
「……あしくじいた」
涙目になって答えるリゼ。その情けない答えに、
「……はぁ!?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
『#3』
『パリッと』という形容表現とは全く無縁の年季の入った執事服。お城のような家の中でそんな物を着ていると、使用人か何かになった気分がする。
いや、実際に今日、俺はその使用人になったのだ。一日だけだが。
「……ハァ」
窓の外を見ながら溜息をつく。なんだってリゼの使用人にならなければならないのだろう。自分が言い出したことではあるし、身から出た錆であるため仕方ないのではあるが。そうだ、逆に考えるんだ。『一日だけとはいえ、リゼの使用人になれて光栄である』と。
よ~し、ぜんりょくでリゼおじょうさまにごほうしするぞ~~!
それはそうと。
「……何でお前らがいるの?」
先程から俺の後ろに座り、チラチラとこちらを見てくる知人に尋ねる。即座に言い返された。
「それはこっちの台詞ですよ先輩」
まあ、それもそうだ。ゴホンと咳払いをする。
「俺はただの罪滅ぼしだが……お二人さんは?」
俺の質問に「お二人さん」の一角、
「私がシャロちゃんの付き添いでー」
「そして私が罪滅ぼしです」
千夜に続くような形で、シャロも質問に答えた。
そんな彼女がリゼの家で給仕服を着て働いている。何故そんなことをしているのか。理由も聞きたくなるものである。
にしても罪滅ぼしで働いている、か……。
「それ答えになって無くない?」
「そっくりそのままその台詞をお返ししますよ先輩」
大変ごもっともな指摘である。俺は頭を掻きながら先日起こった出来事を説明し始めた。
かくかくしかじかと説明する。
うんぬんかんぬんと説明する。
俺が先日の出来事の説明が終わった後、シャロは
「つまり、リゼ先輩が捻挫したのはリゼ先輩がヒョウ先輩に殴りかかろうとして足首を挫いたのが原因だと思ったからなんですね」
俺の話を簡潔に纏めてくれた。俺は頷く。
「リゼに殴らせようとする原因を作ったのは俺だからな。こうでもしないと。そういうシャロはどうなんだ?」
「えっ私ですか?私は……飼い兎がリゼ先輩に突撃して、足を捻らせてしまって……」
リゼはここ数日で何回足を捻ってるんだろう。そんなどうでもいいことを考える俺に、シャロがまくしたてる。
「だからリゼ先輩が捻挫したのはどう考えてもあいつをちゃんと躾けなかった私のせいなんです!だから今日のこれはリゼ先輩への罪滅ぼし、あえて言うなら贖罪ですッ!」
「暑苦しいわよシャロちゃん」
最早俺を置いてけぼりにして一人熱弁するシャロ。そんなシャロに千夜は穏やかに、しかし容赦なく注意する。笑顔で。
その笑顔に薄ら寒いものを感じた俺がぶるっと身震いしていると、
――チリリン
呼び鈴が俺たちのいる部屋に鳴り響いた。呼び鈴といってもインターホンのことではない。映画で貴婦人が使用人を呼ぶ際に使われるような、手のひらサイズの鈴のことである。
「千夜、シャロ、リゼが呼んでるぞ~」
千夜とシャロに呼びかける。二人は頷くと、
「あ、はい。分かりましたすぐ行きます」
「え、待って~シャロちゃ~ん」
リゼの部屋に向かって駆け出した。
シャロの紹介が凄く雑になってしまった感ある。まあその辺は番外編などでいずれ……