東方喰種! 現代入りしたルーミア   作:YSHS

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 お待たせ! (話に)メリハリ少ないけど、いいかな?

 


手本見せてやるから、見とけよ見とけよ~

【0】

 

 『亜門鋼太郎の手記』

 

 中嶋さんの死体が発見されたのは、十一月十三日未明。CCG二十区支部局入り口付近に、歯を全て抜かれ皮を丸ごと剥ぎ取られた、彼と思しき首が捜査官手帳と一緒に放置されているのが発見された。人相が無く、歯型も採れなかったため、血液などから本人と断定された。

 

 捜査官手帳に仕込まれた発信機には故障が見られないのにも拘らず、手帳の移動の軌跡は判らなかった。犯人が、首から下をどこに隠したのか、また如何にして捜査官手帳と首を持ち運んだのかは依然として不明のままである。

 

 この事件は喰種に関する情報の規制によって一般には報されていない。とは言え、この事件に於いて、喰種がやったとされる強い証拠が見つからない。にも拘らずどうして、あたかも喰種の仕業のように扱われているのか。それは、ある喰種の存在があるからだ。

 

 『空亡(そらなき)』という、赫子痕を一切残さずに獲物を捕食する喰種が、近頃二十区で活動している。目撃した者に拠れば、それは真っ黒な球体と共に現れ、犠牲者をそこに引きずり込むとのこと。そのような特徴から、とあるテレビゲームに出てくるキャラクターの名前の初期案を取って、そう命名されたのである。

 

 『745番』を追跡している最中の私に襲い掛かってきた、あの眼帯の喰種。奴は十中八九、ラビットの仲間だろう。

 

 ラビットが草葉さんを殺害し、その直後に中嶋さんが殺された。これが偶然でないと仮定すると、ラビットと、中嶋さんを殺害した犯人は――仲間であるかどうかまでは判らないが――少なくとも何かしらの繋がりがあるということになる。

 

 空亡による事件の現場から採取された歯型と指紋は子どものものであるらしい。だがあの眼帯の喰種は、身長や体格からして高校生、見積もって大学生といったところ。

 

 あの時私が問い詰めたのは、眼帯が奴について何か漏らさないものかと睨んでのことであった。しかしあいつは何も知らない様子だった。判ったのは、あいつにはラビット以外の仲間がいるということのみ。

 

 また十一月十五日、重原小学校付近の水路にて俺は、上司の真戸呉緒上等捜査官が死亡しているのを発見した。

 

 現場からは二種類の赫子痕と、彼のを除く二人分の指紋が検出された。片方はラビットのものと合致、もう片方は『745番』笛口雛実のものだった。真戸さんの体からも赫子痕が検出されたが、いずれも致命傷とはなり得ないもので、致命傷となった外傷からは赫子痕が検出されなかったらしい。

 

 また現場からは、真戸さんの左の手袋と財布が持ち去られていた。

 

 この事件では空亡の、指紋や歯型などの痕跡は発見されなかった。調書では空亡は関与していないとして、奴について言及はされていない。だが、私の勘はそうは思っていない。

 

 何故、彼の手袋と財布は持ち去られたのか。考えられることは、それらには犯人の痕跡が、例えば指紋が残っていたということだ。私の勘が正しければ、この件にはきっと奴が関わっているに違いない。

 

 しかしもう一つ不可解なことが、右手の手袋の存在だ。

 

 真戸さんの切断された右手は、彼の近くに落ちていた、それも目立つ所に。それをどうして見逃す事があるだろうか。指紋を残さないように気を回すくらいなら、もう片方の手袋も回収するはずだ。

 

 やはりこれらの足掛かりは、わざと残されている。私の勘はそう囁いている。奴が私の見立て通りの狡猾な者であるなら、そうとしか考えられない。

 

 現在俺は、局内では不吉な者として敬遠されている。『745番』に関わる人たちが死んでいく中で生き残っている私は、謂わば死神のようなものなのだ。

 

 それは満更ただの偏見ではないのかもしれない。

 

 【1】

 

 捜査官撃退後からの次の出勤日。その日は大学が午前中に終わる曜日なので、早くにバイトを入れている。その日の電車での出来事である。

 

 僕が電車で座っていたところ、ある駅で停まった時に乗車してきた盲目の人が、ちょうど僕の前に立った。僕は逡巡した後、立ち上がってその人に、どうぞ、と声を掛けた。が、そんなもので伝わるはずがないので、今度はその人の肩に手を置いて、また同じように声を掛けたのである。その人は、あっと僕の方へ顔を向けて、

 

 「あら、空きましたか?」

 

 と尋ねられたので僕は、はい、とこれまたボソボソした声で返答をした。

 

 「ええとどこら辺が空きましたか?」

 

 こちらです、と僕は思わず、今さっきまで自分が座っていた席を指差したが、盲目の人にそれはないとすぐさま気づいた。相手の肩に手を置いたまま、何とか席の前まで誘導して座らせる。

 

 「すみません、ありがとうございます」

 

 面映い。席を譲った事もそうであるが、何より、やり取りのぎこちなさで物凄くばつの悪い。そんな気持ちを引きずりつつ、次の駅で降りた。

 

 「偉いね」

 

 と、先刻の事の一部始終を見ていたルーミアちゃんが僕に言った。

 

 「放っておいても他の人が席を譲ったかもしれなかったけれど、それでも偉いと思う」

 

 「正直、あれが正しいことだったのか。あの人は、席に座る必要はあったのかな、むしろ僕の行いは有難迷惑だったんじゃって思うと」

 

 大丈夫でしょ、と彼女は虚心坦懐に答えた。

 

 「確かに、目が見えなければ平衡感覚がに影響があるだろうけれど、めくらだったらそういうのには慣れているかもしれない。でも、親切にされるのはそれほど悪くはないんじゃないの」

 

 「ううむ……」

 

 「随分と気が沈んでるわね」

 

 うん、と僕はひと言分の間を挟み、

 

 「僕が席を譲ったのって、どちらかというと差別意識に近いんじゃないかなって思ってさ」

 

 別にいいじゃない、と首を傾げつつ彼女は、

 

 「ほら、『善人なおもって往生を遂ぐ、況や悪人をや』っていうでしょう。差別は本能だからね、仕様がないね」

 

 言い切って、それ以降は何も語らなかった。

 

 まさか年下の女の子から悪人正機を説かれるとは、面食らった。以前、古間さんが言っていた彼女の見識にはつくづく驚嘆させられる。大人びているというか、諦観しているのか。

 

 大人びたといえば、近頃彼女の身長が異様に伸びている気がする。僕が『あんていく』に来た当初では、小学生くらいの身長しかなかった彼女が、今では僕の肩辺りにまで伸びている。ボブカットだった髪の毛も、今では背中まである。

 

 「何か?」

 

 「いや、何でもないよ」

 

 何のこともない瑣末な違和感などはすぐに薄れる。店に着く頃には、最早僕は全く別のことを考えていた。

 

 して、店の中に入ったのだが。

 

 「よう!」

 

 と、見知らぬ人に、いきなり強く肩を叩かれたのである。何事かと瞠目していると、

 

 「お前、箱持ちを退けたんだってな!」

 

 の一言で僕は悟った。

 

 どうも、あの時の戦闘の現場を、目撃した者がいたらしい。

 

 案の定目の前の人は、別の人を引っ張ってきて、

 

 「こいつがさ、狩りの最中にたまたまお前が捜査官と闘っていたところに出くわしてさ、それで最後まで見てたんだ」

 

 と、わざわざ説明した。

 

 「やるじゃねえか、英雄! その調子で、二十区の白鳩をぶっ飛ばしてやってくれや」

 

 彼はまた僕の肩を叩いて、自身が居た席に戻っていった。

 

 不本意な気持ちだった。僕は捜査官をヒナミちゃんから遠ざけようとして闘ったけど、彼らを二十区から駆逐するために活動してるわけじゃない。僕の中に潜むリゼさんに引っ張られるままに相手を攻撃してしまったのだ。

 

 「複雑な顔してるわね」

 

 ルーミアちゃんが、可笑しいと言う風に言った。

 

 「楽しそうだね、君は」

 

 僕はぶっきらぼう気味に返し、その後すぐに自分の大人気のなさを感じた。

 

 僕らは更衣室に向かった。エプロンだけ掴んでルーミアちゃんはすぐ部屋を出た。僕は着替えてから仕事に入る。

 

そうしてそろそろお客が来るという頃に、扉が開いたのである。ベルが鳴ったのに気づいて、

 

 「いらっしゃいませ」

 

 と声を掛けて目を向けた先に立っていたのは、質感の良さそうな赤いスーツを着た男性であった。

 

 ゲッ……、とトーカちゃんが後ろで呻くのが聞こえた。

 

 「ううん、良い匂いだ。やっぱりここは落ち着くね……」

 

 うっとりとしたような綺麗な声で彼は言った。

 

 「そうか、帰れ」

 

 けんもほろろな返事をトーカちゃんがした。

 

 「相変わらず冷たいなあ、霧島さんは。とは言え、そこが君の魅力でもある……」

 

 「気色ワリィんだよ、キザ野郎が……」

 

 眉間に皺を寄せてトーカちゃんが彼を睨む。

 

 「さっさと用件を言ったらどうなのさ、月山」

 

 どうやら彼は月山という名前らしい。

 

 「そうしたいところだけど、生憎と芳村氏に直接の用件なんだ」

 

 「店長は今留守にしてる。伝言預かってやっから、それでさっさと出てけ、仕事の邪魔なんだよ」

 

 「いや、プライベートなことだから、伝言を頼むわけには行かないんだ」

 

 「はあ? そしたら店長に会うのにてめえがここに来る回数が一回増えンじゃねえか、ふざけ倒せ!」

 

 トーカちゃんからの罵詈雑言に、紳士的な体を保っていた月山さんもついには苦笑して頬を掻いた。

 

 同情混じりに僕が二人を眺めていると、ちょうど月山さんと眼が合った。おや、と彼が不思議そうに僕の方へ寄ってきて、

 

 「そこの眼帯の子、新入りかい?」

 

 「え、ええ、はい」

 

 ふうん、と彼は、

 

 「君、名前は?」

 

 「か、金木、金木研です」

 

 「そうか、カネキ君か……」

 

 と顔を近づけてきたのである。その際、彼の吐息が首筋や頬に当たった。心なしか匂いを嗅がれた気がする。

 

 「不思議な――」

 

 ぼそぼそと彼が何かを呟くのが聞こえた。

 

 「よろしくね、カネキ君。僕は月山習と言うんだ。君とはそれなりの付き合いになりそうだね、今度ゆっくりと話でも……」

 

 「よし自己紹介は終わったな月山、さっさと帰ってくれ月山。あと気持ち悪いんだよ月山」

 

 と勢い良く捲くし立てるトーカちゃんによって、月山さんの話が打ち切られた。

 

 「まったく、それは無粋というものだよ、霧島さん。もっとさ、落ち着きを持とうよ。そんなにせかせかしていると、余計に気がせかせかしてくるものなんだからね」

 

 それじゃあ僕はお暇するよ、というような穏やかな口調をついぞ崩さずに、彼は店を出る事となった。

 

 「それじゃあね、カネキ君、……また会おう」

 

 そう言い残して、彼は店から出ていった。

 

 「まったく、何だよあれ」

 

 「随分と煙たがっているね。でも、どうしてそんなに。あの人は?」

 

 「当たり前でしょ。私はね、あいつを見ると虫唾が走んだよ……」

 

 寒がるように身を竦ませて、さもおぞましい物を見たかが如く顔をしかめて彼女は言った。

 

 「二十区の厄介モンだよ。あんたも、あいつには気をつけときな」

 

 ――きっと眼を付けられた。

 

 彼女に拠ると、彼はCCGに『美食家(グルメ)』と呼称され、二十区に捜査官を呼び寄せる一因となっているらしい。

 

 「あの人が……」

 

 確かに、彼は妖しいものを醸していた。しかしながら僕は、彼の容貌や所作から滲み出る高邁な雰囲気から、俄かに彼女の言を鵜呑みにすることは出来なかった。

 

 「ああ、習が来てたの?」

 

 ルーミアちゃんが出てきた。

 

 「やけに董香が騒がしいと思ったら」

 

 と、からかう眼で彼女は言った。

 

 「知ってるの?」

 

 「少しはね。おもしろい人よ。教養が高いみたいだし、研とも相性が良いかも。語学が堪能らしいから、外国語の本も読めるみたい」

 

 「へえ……」

 

 僕は外国語は一切出来ない。英語の成績にはそれなりに自信はある。が、英語の本を読めるような言語能力があるわけではない。

 

 原著が読めるということは、その本の執筆者の気持ちを、より一層理解できるかもしれない。

 

 それに僕は、引っ込み思案で、ヒデを置いて他に知り合いがあまりおらず、本について語り合える仲間が全くいない。そんな僕としては、そうした読書家は大変魅力的だった。

 

 さて、と彼女はきびすを返し、

 

 「そろそろお客さんが来るかもしれないから、滅多なことを言うのは控えましょ」

 

 人間が来るかもしれないから、と結んで彼女は奥へ消えた。

 

 僕はトーカちゃんを見やった。彼女は何かを言いたそうに僕を見返したが、入り口のほうを気にしている素振りを見せたのち、

 

 「とにかくあいつには気をつけろ」

 

 とだけ言って仕事についた。

 

 それからは、特筆するような事もなかった。覚えることが多くて戸惑っていた作業も、今ではすっかり板に付いて作業と化して、それをいつも通りにこなしている内に勤務時間は過ぎていく。家に帰って、今日やった講義の内容のノートを何となく眺めたりして時間を潰し、夜になったらシャワーを浴びて、寝る。ほぼいつも通りに一日が終わったのである。

 

 その日以後のバイトの日の事である。今日も今日とて、普段と――面倒臭いお客に絡まれた事を除けば――変わり映えのない時間を過ごし、同じように一日を終えた時。

 

 「研、……こっちへ来てくれ。それと……、動きやすい服も持ってだ」

 

 と、ヨモさんに呼ばれたのである。その日は体育の授業があってたまたまジャージを持っていたので、それに着替えてから、言われるがままについて行った。そうして連れてこられたのは、地下の、まるで戦時中に造られた防空壕みたいな場所であった。

 

 コンクリートで塗り固められた天井や壁のその空間はやたらと広かった。体育館に迫る広さだ。一体ここで何をしようと言うのだろう。

 

 「研、先日の……捜査官と闘った時のことは憶えているか?」

 

 「あの時、ですか?」 

 

 「そうだ。実際に捜査官と対峙して、……手応えはどうだった」

 

 「素手じゃほとんど歯が立ちませんでした。特に、クインケ……を出された時には、赫子がなければどうしようも……」

 

 それだ、と彼は指摘した。

 

 「あの時のお前の赫子捌きを見ていたが、どうもお前は赫子に引っ張られているようだった。赫子を操り切れないのは致し方ないが、鍛えた捜査官相手には格闘も通用しないともなると目も当てられない事になる」

 

 「でも僕は、出来るだけ闘いは避けたいと思っていて……」

 

 「……残念だが、この間の一件でCCGにマークされてしまっただろうな……。お前が乗り気でなくとも、向こうが仕掛けてくる。戦意がないというなら尚更だ」

 

 そう言って、来ていたコートを脱ぎ捨て半袖一枚になった彼は、ファイティングポーズを取って、

 

 「行くぞ」

 

 と僕に一声掛けるや否や、いきなり左拳を突き出してきたのである。反動を全くつけず繰り出されたそれは僕の頬にあたる。

 

 「ちょっ……」

 

 僕はそのまま二、三発程そのジャブで殴られる。反射で頭を左右に振ってそれらを避け始めた直後、彼は僕の動きを先読みした右ストレートを放ってきた。それも辛うじて回避。しかしまたもや左で、今度はレバー辺りを小突かれ、それに気を取られると即座に右フックを喰らう。そしてトドメとばかりに額に膝蹴りを叩き込まれ、僕は仰向けにダウンする。手も足も出なかった。

 

 と言うより出せなかった。殴ってしまうと、相手が激昂して、より強い攻撃で急所を抉られるのではないかと怖気づいてしまうのだ。それ以前に、殴りかかってカウンターを取られるのが怖くもあった。

 

 上のような具合に、この後さんざんしごかれた。体育の授業ではあまり汗をかかなかったのに、この運動のせいですっかりジャージがしっとりしてしまった。

 

 終わった後にヨモさんが、

 

 「よけるのはまともに出来るようだが……、他はまるで駄目だな……。これからは、仕事の入っている時は必ずここに立ち寄るんだ、稽古を付けてやる」

 

 「……はい」

 

 息を切らしながら僕は、とりあえず彼の厚意を受け取ることにした。僕はきっと弱い自分を無くしたいのだろう、……そういうことにしておこう。

 

 「ところで……、俺はこの後寄る所がある。そこに、お前に会いたいという奴が居るんだが……、お前も来るか」

 

 「……はい」 

 

 考えるより先に空の了承の返事が出た。応えた後になって彼の言っていたことが解り、最早断れる空気じゃないと思い、結局僕はにホイホイついて行くのであった。

 

 つれて行かれた場所は、十四区の『Helter Skelter』というバー。到って普通のバーのように見える。

 

 「ここですか?」

 

 「そうだ、ここだ」

 

 とヨモさんは言ったっきり、静止していた。開けろということなのだろうか。おずおずとしながら僕は扉を開けた。中の様子を窺いながら、ゆっくりと開けていく。すると……。

 

 「ババアァーッ!」

 

恐ろしい顔の老婆が迫ってきて、

 

 「ババアァーッ!」

 

 僕は絶叫を上げる。

 

 「ババーン」

 

 心臓が弾けてしまいそうなくらい仰天した。

 

 ところで三人目のは誰だろう。

 

 僕はもんどり打たんばかりに飛び退き腰を抜かす。そんな僕の上から溌剌とした笑い声が降ってきた。

 

 「いやあ、ウーさんのマスクは最高だねえ! で、この子誰?」

 

 と言って、その人はマスクを取った。赤い髪の毛の女性であった。

 

 というか、見ず知らずの人を驚かそうとしたのか。

 

 「こいつがカネキだ」

 

 彼女の問いに、ヨモさんが代わりに答えた。

 

 「ああ、この子が! 話は聞いてるよ!」

 

 どうぞ入って、と言って彼女は僕を引き起こし、僕は店の中へ連行された。

 

 こういったバーの中に入るのは初めてだ。

 

 「ようこそ、私の店へ!」

 

 席についた僕は、キョロキョロと落ち着き無く辺りを見回していた。そんな僕の様子を面白がって、さらに彼女は笑った。

 

 「カネキ君、久しぶり」

 

 僕の横に座った――さっきこの女性と一緒に僕を驚かした――男性に声を掛けられた。独特のパンクファッションに、常時赫眼の瞳。

 

 「あ、ああ……ウタさん……」

 

 彼の名前はウタと言い、僕が以前あつらえたマスクを作ってくれた人だ。で、その店の名前は……。

 

 「うん、ハイサーイ」

 

 「ぐっ……」

 

 不意打ちで言われて僕は吹きだし、ボロが出てしまった。

 

 「やっぱり、そう読まれていたんだね」

 

 ウタさんはしみじみと言った。

 

 「す、すみません……」

 

 マスクを作ってくれた彼の店の名前は、『HySy ArtMask Studio』と言うのだが、この最初のHySyを、僕は見た直後ではハイサイと勘違いしていたのである。本人に出迎えられた際に、彼が店の名前を口にすることで、失言をする前に僕は正確な名前を知ることが出来たのだ。

 

 「まあ気にする必要はないよ、きっとDyDo(ダイドー)のせいだよ」

 

 哀愁漂わせながら彼は言った。何と返せば良いのか僕は考えあぐね、そののちに、

 

 「あははは……」

 

 と無理に笑った。

 

 「ウーさんと蓮ちゃんから聞いてるよ」

 

 と、あの女性が委細構わず喋りだした。

 

 「二人して同じ話題を出しといて私だけってのも癪だったから、会えて嬉しいよ。この店の店主イトリよ、よろしくぅ!」

 

 「は、はあ、よろしくおねがいします」

 

 「そんなに硬くならんでもいいよ、カネキチ君」

 

 「カネキチじゃないです」

 

 と言う僕をスルーして、カウンターの裏から彼女は何やら取り出そうと屈んだ。

 

 「ところで、三人とも、知り合い同士なんですか」

 

 「そう、そう。四区に居た時からの腐れ縁でさ。昔はさ、蓮とウタって凄っごく仲悪かったのよ。で、そのせいで四区荒れちゃって」

 

 「今では仲良しだけどね、僕たち」

 

 と、ウタさん。

 

 「本っ当参っちゃったわよ。カネキチも想像してごらんなさいな、鉄面皮の大男にパンクファッションの色んな意味で危なそうな奴が睨みあってるとこ」

 

 と、イトリさんに具体的に言われて、思わず想像した。

 

 「ううん、それはおっかない……」

 

 カウンターから顔を上げた彼女の両手には、片方にはグラス、もう片方にはドロドロの何かが入ったボトルがあった。それを彼女はグラスに注ぐと、はい、と僕のほうへ差し出した。流されるままに僕は受け取る。

 

 「安心しなよ、それにはアルコールは入れてないから」

 

 カウンターから出て僕の隣に座った彼女は言った。

 

 匂いを嗅いでみると、確かにアルコールは入っていないらしい。むしろ、しつこいまでに芳わしい匂いが鼻腔を満たしてくる。

 

 何と言うか、葡萄酒にしては透明度があまりにも低く、それとドロドロしていると言うか。

 

 「これって……もしかして」

 

 「そ、血だよ。お酒として出すんだったら、これにスピリタスだとか甲類焼酎だとか入れて出すの。中には本格焼酎を入れて、血酒の中に混ざる不快な味を楽しむ人もいてね」

 

 ここだけの話、とイトリさんは内緒話をするように手の甲で口元を隠しつつ、

 

 「メタノールも入れてたりして……」

 

 「えッ!」

 

 「嘘、嘘っそーん! あっはっはっは! まあ、戦後の動乱期とかだったら、あり得たことだけどね。メタノールを水で薄めて出す偽粕取り焼酎にあやかって、粕取り血酒! 詐欺としての製造以外にも、度胸試しとして飲まれていたらしいのよね」

 

 「やっぱり、戦後は相当荒れていたんですね」

 

 「それどころか、軍隊に多くの喰種が紛れ込んでいたなんてのもあったくらいよ、戦場では人肉に困らないからね。それに、死者の多くは、国が喰種の食料用に保管して、遺族のもとに帰ってきたのは結局一部なんてね」

 

 「国が喰種のために? そんなまさか……」

 

 喰種対策局は国が創った組織である。その国が喰種のために人肉を確保しているなど、言語道断のはずだ。

 

 「でも、何のために」

 

 「例えば、喰種にやってほしい仕事があるとかね。一番解りやすいやつだと、特殊慰安施設協会(RAA)とか」

 

 「RAAって、Recreation Amusement Associationのことですか?」

 

 「そう、そう、そのRAA。当初では私娼に募集を掛けていたけど、集まってきた人が少ないという事で、一般の女性にも破格の報酬で募集を掛けた。けれども、それでも足りないってんで、上が独断で喰種の募集もしていたらしいのよ。勿論、根拠もあるわ。私の知り合いの婆さんがね、それに参加していたの」

 

 「なるほど……、彼女の証言が虚偽じゃないのだとしたら、それは本当に……」

 

 タブロイド誌に載っていそうな話だ。

 

 戦後と言えばさ、と唐突にイトリさんが切り出す。

 

 「カネキチさ、喰種のレストランって知ってる?」

 

 「喰種のレストラン……。いえ、全く。喰種の情報には疎いものだから……」

 

 ただでさえ、一般に出回っている喰種の情報には疎いのに、どうして斯界の事情を知っていようか。

 

 「して、戦後とその喰種レストランにどんな関係があるんですか」

 

 「いやね、飽くまで噂なんだけどさ。闇市時代に、喰種に人肉を提供していたのがアングラにあってさ、それが現在まで喰種のレストランとして残っているらしいのよ」

 

 「何だか信じられないですね……。CCGはどうしていたんですか」

 

 「戦後だからこそ喰種の活動が活発で、CCGはてんてこまいってとこでしょうね。けれども、あまりの多さにさすがの連中も目を回してて、その隙に周到に逃げまくっていたんだって」

 

 「まるでヤクザのシノギだ……」

 

 ヤクザと喰種が繋がっているというのは聞いたことがある。何となしに読んだタブロイド誌に載っていて、それに拠れば、ヤクザからすると喰種は死体処理にはそれなりに便利らしい。故に喰種とヤクザにはちょっとした繋がりがある、と。

 

 それでもヤクザがCCGから摘発を受けないのは、やはり彼らもそれなりにCCG対策をしてるからだろう。殊に暴対法の布かれた昨今に於いては。

 

 まあそれは置いといて、と肩を叩かれた。

 

 「もし、喰種のレストランについて何か情報が入ったら、是非とも私に教えてくれたまえ!」

 

 イトリさんは気軽な笑いを見せた。

 

 こうして僕は喰種のレストランの存在を知ったのである。

 

 後日僕は、件のレストランに行く機会を得る事となる。その過程を、まずは語らねばなるまい。

 

 イトリさんのバーに行く以前の日に、大学で月山さんに遭遇したのである。

 

 その日の時間割は、ちょうど昼前の講義が空いていたので、屋外にあるテーブル席でゆったりとコーヒーでも飲みながら――珍しくルーミアちゃんとは別行動をしていた――独りくつろいでいた。その正面に座ったのが彼であった。

 

 「つ、月山さん?……でしたっけ。どうして上井大学に……」

 

 そう、彼は別の大学に通っているはずなのだ。

 

 ふふっと艶やかな笑みを浮かべると彼は、

 

 「君に会いにさ……」

 

 僕は当惑した。

 

 「安心しなよ、変な意味じゃないからさ」

 

 どうやら僕はからかわれていたらしい。そうして彼はくすぐったそうに笑った。

 

 「君に興味が湧いたんだ。聞くところに拠ると、君はなかなかの活字中毒らしいね」

 

 「は、はあ、恐れ入ります……」

 

 「そんなに畏まることはないよ、僕たちは同士なのだからさ」

 

 そよ風に吹かれた水面のようにたおやかな笑みを浮かべながら彼は言った。

 

 「本は実に良いものだよね。自分の行きたい世界に、どこへでも連れていってくれる……。たった一つのセンテンスを読む、それだけでも様々な夢想に耽ることが出来る。読み手の意識が作者に近づくだけ、本人の気持ちを深く味わえる……、尤もこれは持論なんだけどね。僕は、作者の意識が詳細にに描かれている西洋文学が好きだから。お喋りを厭う日本文学を好む人ならば、きっと別の意見を語ってくれるはずさ」

 

 「海外文学がお好きなんですか。もしかして、原著も読んでいたり?」

 

 「出来るだけ読むようにしているよ」

 

 限界はあるけどね、と頬を掻きながら彼ははにかんだ。

 

 「出来ることならドストエフスキーやツルゲーネフも原著で読んでみたいのだけれど、如何せんロシア語がね。英語以外ではフランス語やドイツ語あたりなら出来るんだけど」

 

 憂いた表情で彼はこのように語る。ルーミアちゃんの言っていた通りの人のようだった。もしかしたら、根は優しい人なのかも。

 

 「時にカネキ君、きみ、高槻泉を読むのかい?」

 

 彼は、僕が手に持っていた本に視線を移して口を切った。

 

 「え? ええ、はい。一見して繊細なようで、それでいてしっかりとした――力強い文章に惹きつけられると言うか……」

 

 と、やや要領を得ない調子で僕は喋くった。

 

 「僕も君と同じ気持ちさ」

 

 彼は小さく頷きながら、にっこりと微笑んだ。それで、そうか高槻泉か……と呟いたのち、

 

 「そう言えばさ、僕の知っているカフェに、本好きのマスターがやっている所があってね、噂では高槻産泉も偶さかそこに来るとか。よければだけど、今度一緒に行かないかな?」

 

 「高槻泉が!」

 

 という具合に、何の猜疑もせずに僕は、彼と一緒にその喫茶店に行く約束を取り付けたのであった。で、その約束の日というのが、イトリさんのバーを訪れたすぐ後の日だった。そこで例の喰種レストランのことを、月山さんに教えられたのだ。

 

 そして、リゼさんの行きつけでもあるらしい。

 

 僕を騙し、喰おうとしたその人。上から降ってきた鉄骨に押し潰され、息絶えたその身から取り出された臓器で僕は生きながらえ、そして喰種になった。

 

 喰種としての僕の――母親。

 

 無意味に僕は、彼女について知る機会を欲した。それが僕を後押ししたのだ。

 

 斯様ないきさつを以って僕は、例のレストランに辿り着いたのである。

 

 それに、月山さんの様子の変容が気になったのもあった。本人からは、彼女とは懇意にしていて、仲は良好であったと告げられはした。が、僕が、具体的にどんな関係であったかを問うと、刹那彼は沈思し、その後凄まじい形相で、手に持ったコーヒーカップを握り潰したのである。

 

 そしてそのカップに思わず触れた際に僕は指に切り傷を負った。慌てて月山さんは、ハンカチで僕の傷口を覆った。だが不可解なのは彼の挙動だった。それまでとは一転して、どこか逸っていたような。

 

 そんなこんなで、その約束の日。

 

 待ち合わせの時間と場所で僕らは落ち合う。しかしすぐには例のアレには行かなかった。彼の案内の下に僕が連れてこられたのは、スポーツクラブだったのだ。で、そこで何をやったのかと言うと、『スカッシュ』と呼ばれるものである。

 

 スカッシュというのは、テニスコートの半分くらいの、四方が壁に囲まれたスペースにて一対一で行うスポーツだ。前方の壁にゴムボールを当てて、跳ね返ってきたそれを相手がまた前方の壁に打ち込んで返すという、ラリーゲームと言うべきか。

 

 まるで囚人の暇潰しだ。

 

 ところがこのゲーム、存外に難しい。ゴムボールがよく跳ねるので、微妙に動きが読みづらい。また、背後の壁に当たるくらい強くやられると、前に跳ね返っていくボールを、追うように打つ必要がある。月山さんはそうしたいやらしいボールこそ打ってこないものの、僕は元より運動が苦手で、而してスカッシュに不慣れな事も相まって余計に出来ない。

 

 「君はどうも、運動は不得手みたいだね」

 

 苦笑気味に彼は言う。

 

 「僕の知り合いでも、君ほどの……運動が苦手な人は珍しいね」

 

 彼の運動神経が良いものだから、余計に面目ない。

 

 終わった後は、建物に備え付けられたシャワールームで汗を流す。そんなこんなで、とうとう喰種レストランに向かう。その道すがらで月山さんが、

 

 「上質な食事をするのなら、良き運動をした後が最も適している、カネキ君もそうは思わないかい?」

 

 「とは言われても、さっきも見た通り僕は運動が苦手だし、あんまりその考えには……馴染みが無いと言うか」

 

 よく解らない会話ののち、彼はとある建物の前で止まった。そこは、人気の少ない雑居ビル。国家機関の目を盗んで経営されていると言うからには地味めな外装であることは想定していたが、まさかここまでとは。

 

 無関係者が偶然発見するなんていう事が無いように工夫のなされた入り口から入り、僕らは地下へ行った。案の定、行き着いた先にはレッドカーペットの敷かれた豪奢な空間が在った。で、とある豪華な扉の前で、

 

 「先に着替えをしないとね」

 

 このレストランには服装規定(ドレスコード)があるらしく、僕と彼はそれぞれ別の更衣室へ行く。案内された所で、まずシャワーを浴びることを要請された。格式高い空間に迷い込み、緊張をしていた僕は、何の疑問もなしに言われるがままにシャワーを浴びたのである。スカッシュの後にシャワーを浴びはしたが、さすがに外の、東京の空気に曝されているのは頂けないのだろうか。

 

 シャワーを浴びた後に僕は、用意されていたスーツの群を見た。これまた瀟洒で巨大なクローゼットの中に並ぶ様々なフォーマルスーツ。僕にはサイズ以外の違いがちっとも判らなかった。それで自分のサイズのスーツを適当に引っ張り出して着た。

 

 違いなんて判りっこないと言いはしたが、着てみると、成程心地良いものであった。『注文の多いレストラン』じみた注文の多さは、やはり格式の高さだろうか。

 

 このレストランではドレスコードの他にも、完全会員制というものもある。で、その会員権の取得には、招待制が採用されている。また、喰種は死亡率が高いので、ここはほとんど常に会員を募集している状態で、顧客の入れ替わりが激しいのであるらしい。なお、リゼさんを除き、月山さんは過去に一度、会員権を与えたことがあるとのこと。

 

 スーツを着終えたら、今度は待機室らしき部屋へ連れていかれた。シンプルなヴィクトリア朝めいた内装の、趣深い部屋である。僕が来る時には、既に二人の先客が居た。

 

 片方は、眼鏡を掛けた男性で、もう片方はふくよかな体系の女性であった。

 

 「あ、また一人来たのか。いやあ、良かった、二人だとどうも気まずくてね」

 

 と、男性が話し掛けてきて、

 

 「私、翔英社のトーキョーグルメの記者の小鉢と言います」

 

 名刺を手渡してきた。

 

 「照英? ……あ、僕は金木研です」

 

 「カネキ君ね。見たところ、高校生かな」

 

 「いえ、大学生です」

 

 「ほほう、学生でこんな所に来る機会に恵まれるとは、君は本当に運が良いね! 僕なんて、御手洗さんに――あ、御手洗さんっていうのは、今日僕をここに連れてきてくれた人ね。食通仲間なんだ。それで、その御手洗さんに紹介されたようやくここを知ったんだ。本当に悔しいねぇ……、東京の隠れレストランなんて知り尽くしているものと自負していたんだけど……。とは言え、不定期で場所を変えるレストランなんて、そうそう見つからないよなぁ……」

 

 という具合に、目の前の饒舌な人の相手をして時間を潰していると、まもなく部屋に、妙な真っ白い仮面を被った給仕服の女性が、ワゴンにコーヒーカップとクッキーの皿を乗せて入ってきた。彼女は僕たちに、準備が出来るまでもう少し待てという旨を伝えて出ていった。

 

 「このクッキー……」

 

 小鉢さんはクッキーを一口食べて言った。

 

 「パサパサしていて、味が薄いな」

 

 と聞いて、僕も一枚食べてみたところ、

 

 「うっ……」

 

 かつて感じていた甘みとサクサクとした食感、今ではその良さが解らなくなっていた。味そのものは同じなのに、出てきた感想は、甘ったるい土を固めて焼いたみたいな味というものであった。

 

 小鉢さんは、そんな僕を見て若干訝しげに見てから少し笑い、

 

 「それはちょっと大げさなんじゃないかなあ。確かに妙な味だけど、これが貴族的な味なのかもしれないよ」

 

 と言われて、僕は瞠目した。食通という自己紹介をされてから、妙だとは思っていた。明らかに人間の食べ物であるはずのこれを、微妙という言葉で片付けるとは。

 

 「私、ブラックコーヒーって苦手なのよね。せめて砂糖と牛乳でも一緒に持ってきたらどうなのかしら」

 

 と、ふくよかな女性はぼやいた。やはりおかしい、砂糖だったら、喰種でも摂取できる物はあるが、牛乳は摂取できないはずだ。

 

 或いはこの人たちは人間なのか。だとしたら、どうして喰種のレストランに連れてこられたのか。

 

 考えられることといえば、この人たちはここの食材として運ばれてきたということだ。でもどうして、僕がこの人たちと一緒に居る状況になっているのか。

 

 もしや僕は人間と間違えられたのではないか。

 

 喰種から人間と誤認されて捕食されかけた経験は何度かある、大抵の原因は人間と同じ匂いを放っていたからというものであった。もしもあの時、僕が月山さんが連れてきた食材だとスタッフに思われていたのだとしたら、あり得ることだ。あのコーヒーから漂う変な匂いも、犠牲者に一服盛ろうというものなのかもしれない。

 

 と、そのような考えに至った折に、

 

 「お食事のご用意が出来ました。どうぞこちらへ」

 

 一瞬、僕は人間ではないと言おうかと思いはしたが、この二人の人間の前でいうのがはばかられた。忍びないくらい気が引けるが、この二人の命は諦めるしかない。周到に会場を変えるまでに徹底しているなら、ここを知った人間を生かして帰すわけがない。

 

 致し方ない、連れていかれた場所で事情を話すしかないだろう、として黙って僕は後に付いた。で、案内された場所というのが、とても広く殺風景な広い空間だった。その中央にポツンとテーブルと、人ひとりくらいは横たわれるほどの鉄板があった。

 

 「ほほう、鉄板料理か!」

 

 小鉢さんは、自信の置かれた立場を露知らず、そんなことを言った。申し訳ないという感じのもの哀しい気持ちがこみ上げてきた。

 

 僕らが席に着いたその時、パッと眩い光が点いて、つい視線を下に向けて光を避けた。

 

 どこからか歓声が聞こえてきた。上を見ると、この空間の壁の上の部分が開いていき、そこから客席のようなものが現れたのである。歓声はそこから出てきていた。

 

 「皆様、お待たせ致しました」

 

 という司会らしき人の声。

 

 「ただ今より、本日のディナーの解体ショーが始まります」

 

 そのアナウンスが流れると、客席の中に居る集団はますます沸き立った。

 

 「まず最初の人間! 仲介はTR様となります!」

 

 と、客席の中にスポットライトが当てられ、前に出てきた仮面を被った男性がお辞儀をした。

 

 「み、御手洗さんっ!」

 

 ぎょっして小鉢さんは驚愕した。それを無視して、TRと呼ばれた男性はマイクを受け取り、

 

 「彼は忙しい中でもジムに通っておりまして、その引き締まった肉の食感は、さぞ心地よいものでしょう! 存分に味わいください」

 

 「続いて二人目! 仲介はPG様となります!」

 

 次にスポットライトが当てられたのは、白い服を着た、ピエロのマスクを被った男性だった。

 

 どこかで見たことあるような……。

 

 「そ、宗太ッ!」

 

 今度はこのふくよかな女性だった。

 

 「あ、あんた、私を騙してたのねッ! け、結婚してくれるって約束は……」

 

 「え? 嘘だけど。いやあ、さすがに君のような豚とは嫌だなぁ……亜美ちゃん。俺ってば面食いだし」

 

 「あ、怪しいとは思ってたわよっ、私と一緒に居る時にはほとんど食事なんてしなかったし、その度によく解らない言い訳なんかして! 馬ァ鹿! 判ってたんだよ!」

 

 「アア、アア、キチガイが何か叫んでおりますねえ、意気の良いことに。皆さん、そこの女には、本日に備えて脂ぎった食事をたっぷりと取らせておりますので、さぞ肥えている事でしょう。そのトロトロの脂、とくとご賞味ください」

 

 糞がァ! と、亜美と呼ばれた女性は激しく地団太を踏んだ。

 

 「それでは本日のメインディッシュ! 提供は、MM様でございます!」

 

 「あ、あの!……」

 

 僕が声を掛けるが、司会は無視をした。

 

 「皆様!」

 

 如何にも特等席という感じの、一番上の真ん中辺り、そこに月山さんは居た。

 

 「今回のメインディッシュは……何と喰種です!」

 

 「えッ……」

 

 彼はあろう事か、僕を食材として紹介したのである。

 

 「き、君が、喰種?……」

 

 小鉢さんと亜美さんが目を丸くして僕を見た。客席のほうも騒然となっている。不満が混じっている声が聞こえた。

 

 月山さんが、静粛に静粛に、と声を張った。

 

 「皆様、周知の通り、私も喰種は粗雑な味であると存じ上げております。しかしながら――」

 

 月山さんは懐から、フリーザーパックに入れたハンカチを取り出し、開けたそれを下の客席の方に投げた。すると、そこに居た人たちは俄かに浮き立ち、そこから身を乗り出して僕の方を見やってきた。

 

 僕は見えた、あのハンカチに付いた血を。あの血は僕のだ。

 

 「喰おうとしていたのか……」

 

 嵌められた。まさに煮え湯を飲まされた気分だ。あんなに優しくしてくれたのは、ただ僕を喰いたかったからだったなんて。どうして僕は学習しない。

 

 「そう、彼は喰種にも拘らず人と同じ匂いを、それも極上の香りを醸しているのです。さあ……、彼のような身からはどのような味が染み出るのか!」

 

 語尾を強くした演説をすると、今までで最も激しいの喝采が起こった。

 

 「さて!」

 

 それらを制止するように、司会が口を切った。

 

 「この三人の人間を解体する本日のスクラッパーは、マダムAの飼いビト、タロちゃんでございます! それではマダムA様、何かおひと言を」

 

 と、今度は金髪の、髪の毛を両サイドで団子状にまとめた女性にスポットライトが当てられた。

 

 「ええ、皆様! 本日は、タロちゃんに温かい声援をお願い致しますわ!」

 

 甲高い声で彼女がそう言ったその直後、僕らの前方にある巨大な扉が開いた。それで中から現れたのは、身長が明らかに人間のそれではない、赤い頭巾を被った上半身裸の巨漢であった。

 

 「ひ、ひいっ!」

 

 巨漢の姿に恐れをなした亜美さんが、僕らが入ってきた扉に走っていった。

 

 「あ、開かないっ!……」

 

 しかし扉は、獲物を逃がさないらしかった。その間にも巨漢は、タロは悠々とこちらへ足を運んでくる。

 

 「えっと……よろひく、おねがいひます!」

 

 その容貌には不釣合いな、元気の良い幼児言葉でタロは言った。

 

 「あは、はは……」

 

 小鉢さんが力なく笑いだした。

 

 「そ、そうか! これはハプニングレストランなんだ!」

 

 唐突な言葉だった。

 

 「僕もさ、以前ヨーロッパで、ドッキリ付きのレストランに行ったことがあってね。ドッキリと料理をいっぺんに楽しめる愉快なレストランなんだ!」

 

 彼は、喰種であるはずの僕に言った。出来ることなら、その言葉に縋りたいものであった。

 

 そうこうしている内に、タロはまず小鉢さんの方へ歩み寄り、のし掛かった。相変わらず彼は大口を開けて笑っている。

 

 「あははははは! す、凄いなッ、まるで本物だ! こんな迫力のあるドッキリは初めてだあ!」

 

 タロが、手に持っている糸ノコギリを腕に押し当てた。それでも彼は、まだドッキリだと信じて、疑わなかった。

 

 糸ノコギリが一気に引かれる。痛いッ、と小鉢さんは金切り声を上げた。断続的に彼は叫び、やがて動物の鳴き声のような絶叫を、息の切れるまで上げ続けた。

 

 「ぎっこ! ぎっこ! まずいっぽーん!」

 

 タロは片腕を切り離し、それを客席に投げた。興奮した喰種たちがそれに飛び付いた。

 

 「素敵よぉ、タロちゃぁん! その調子で頑張ってぇ!」

 

 タロの飼い主マダムAは、猫撫で声を響かせた。タロは反応して立ち上がり、両手を大きく振って、

 

 「ママァ!」

 

 と、無邪気な返答をした。その間にも、小鉢さんはズルズルと、タロから逃げんと地面を這っていき、最早一片の希望の無い野太い声で叫んだ。

 

 「こ、これ……ハプニングバーじゃねえっ!」

 

 まあ確かにここはハプニングバーなんてエッチな店ではない、エッチはエッチでも地獄(HELL)のほうだけど。

 

 ギャグじみた死に際ではあるが、今の状況に立たされた僕からすれば洒落にならない。人間、こうしたパニックに直面すれば、途端に頓珍漢なことを言いだし、而していやに冷静になったりするものだ。

 

 タロは引き続き、小鉢さんの解体に勤しんだ。まずは手足を、各々の付け根にある太い動脈を外して切り取っていった。それが終わると、例の鉄板に断面を押し当てて焼き、止血を施した。その次には腹を割かれた。しかし、小鉢さんには、もう激しい絶叫を上げる気力は残っていないようだった、その代わり、苦悶の挙動が瞭然と見えた。

 

 ホルモンがタロによって引きずり出された。タロは乱雑にそれをまとめて切り取ると、一口サイズに千切って四方八方の客席にばら撒いたのであった。

 

 「その調子よぉ、タロちゃん! 腸を千切るのを見せ付けるなんて、百点満点よぉ!」

 

 この店は狂っている。生きた食材を、拷問を掛けながら解体するなんて。

 

 人を殺して命を繋ぐ生き様に耐え切れなかったのか? 自らの心を悪に染めて切って、罪咎の重責に耐えようとしたのか?

 

 どちらにしろ、僕は彼らの気持ちを理解したくはない。

 

 ようようと最初の解体は終わった。タロは僕らに目を向ける。僕は亜美さんのそばに寄り、背中に隠した。ふくよかな体型では大変だろうと思ってのことかもしれない。

 

 「僕から、なるべく離れないようにしてください」

 

 と、言い切る前に、僕は彼女に背中を蹴られた。

 

 「ちょっ……」

 

 脂汗をかき、見開いた目で僕を見ながら彼女はわずかに口角を上げ、

 

 「あんた……、私の代わりになって、囮になって死んでよ……」

 

 またもや僕は煮え湯を飲まされた。引きつった笑い声を発しながら彼女は逃げていった。逃げる彼女の背中を見ていると、不意に影が僕を覆った。振り返れば、そこにはスクラッパーが佇んでいる。

 

 だがタロは、前屈みになって僕をじっと覗き込むと、

 

 「メインディッヒュ……、あてょ回し!」

 

 と言って亜美さんのほうを追い始めた。

 

 しかし、なかなか彼女は捕まらなかった。タロが鈍足なこともあるだろうが、何よりも、デブであるはずの彼女の足が速い。あんなデブだったら走る時に相当ハンデになり得るだろうに、彼女のフォームにはブレがあまり見られず、呼吸も整っているらしかった。デブにあるまじき逃げっぷりだった。

 

 その追いかけっこにもいよいよ終わりが見えた。ここには出口は無い。走り続けたところで、体力が切れれば捕まるのは当然の事。だがその前に、彼女が不審な倒れ方をした。そう、やっぱり先刻のコーヒーには痺れ薬か何かが盛られていたのだ。そうして彼女は捕まり、高々と掲げられた後……。

 

 ぎゃあっ、という亜美さんの叫び声。ぐぐもった金切り声が聞こえた。全身を鉄板に押し当てられたのだ。

 

 これは客席にも不評であった。ちゃんと水を掛けて汗を洗え、と、ツッコミをする調子で声がそこらで上がっていた。

 

 これにて二人目は終了し、残るはメインディッシュ――僕の番が来た。

 

 どうすることも出来ず、あえなく僕は捕まった。片手で軽々と、僕の肩辺りを掴んで、その糸ノコギリを僕に押し当てた。ギリギリとそれが引かれ、服を破り、肌へ。

 

 だが、なかなか切れない。ギザギザしたものが僕の肌を這うのみで、それどころか向こうの刃が歪んでいた。

 

 きょとんとしているタロの隙を見て、僕はタロの手から脱した。がっかりしたという風な空気が客席に漂う。

 

 けれども安心は出来ないらしい。しばらくしてスタッフが下りてきて、タロに何やら大きなアタッシュケースらしき物を……。

 

 「あれは!……」

 

 渡された相手から、持ち手にあるスイッチの存在を教えられ、タロはそれを押す。そして中から出てきたのは、巨大な妖しく光る金鋸。見るだけで僕のが粟立たつあれは――。

 

 「クインケ……」

 

 喰種である僕にはそう来るのか。

 

 タロは僕にゆっくりと歩み寄ってきた、僕は後ずさる。少しの間それが続き、ついに僕の背中が壁に当たった。その瞬間、タロはクインケを横なぎに振るった。僕はそれを間一髪でよけた。

 

 次もまたどうにか回避。クインケから受ける重圧は相変わらずであった。しかしどうだろう――、以前捜査官と対峙した時よりも、――怖いことには怖いけれど――危機感が薄いと言うか。

 

 振り下ろされたクインケが地面を割る。それを足場に僕は、タロの頭に蹴りを入れた。手応えは――無かった。

 

 ギロッとタロの瞳が見えた気がした。野獣のような眼光に一瞬僕は怯み、その隙にタロの空いている片手で、今度は首を締め上げられた。

 

 首の血管が張り詰める感覚がする。反射的に僕の首には力が入っていく。意識はまだはっきりしていた。ルーミアちゃんに締め付けられた時よりも大分楽だ。

 

 僕の胴を狙わんと振るわれたクインケを、僕は脚を上げて避ける。そして僕は、自分を持ち上げている腕を跨ぐ要領で、僕の首を支点に時計回りに回って、その回転に合わせて相手の顔を蹴った。タロの、僕を掴んでいた左手はその一連の動きに因って僕を放し、ひっくり返って手のひらが上に向いた。

 

 そんな状態を見ていたら、僕の脳裏に、ある格闘技の技術が浮かんできたのである。その知識に従って僕は、タロの左腕を引っ張って関節を伸ばし、僕の膝を叩き込んでへし折った。

 

 僕は着地し損ね、一旦身体を地面に打ち付けてから素早く立ち上がって、タロから距離を取った。

 

 タロは涙交じりの呻き声を上げ、尻餅を突くように倒れて、地面に転がりながら泣き叫んだ。

 

 到底子どもとは感じられない野太い声であるはずなのに、僕にはそれが可哀想に思えた。急に申し訳なくなってくる。

 

 上からマダムAのヒステリックな声が降ってくる。そうなって、僕は、現在自分の置かれた状況を思い出す。たとえタロをどうにかしたところで、ここに集まっている喰種の群を押し退けて脱出するなんて、果たして出来るだろうか。

 

 そんな僕に、またしても逆境が襲いくる。

 

 不意に身体に倦怠感がやって来た。不快な刺激が手足に流れ、立っているのも億劫になってくる。そのうち僕は膝をつき、立てなくなっていた。

 

 それとは対照的に、タロはマダムAからの激励と一緒に、徐々に骨折の痛みに慣れてきていた。

 

 「ご覧の通り、当レストランでは、コーヒーを飲まなかった者のために待機室には薄くガスが流されております!」

 

 司会はそう観客に説明した。

 

 確かに、エアコンやらにガスの装置を仕込んでおけば、ガスを流せるかもしれない。

 

 「タロちゃーん! 頑張れ! それ、あんよが上手! あんよが上手!」

 

 声援と共にタロは立ち上がり、折れた片腕をぶらぶらと揺らしながら僕へ向かってきた。それでも僕の身体は言うことを聴いてくれない。

 

 動けなくなった僕にとっては、クインケが存在するだけで相当な恐怖がこみ上げてくるのだ。タロが近づいてくるにつれて、僕の鼓動がどんどん速くなっていくのが判る。

 

 どうにかしなきゃ、どうにかしなきゃ。しきりに頭の中で言い続けるも、言うだけでは何も浮かばない。僕の頭は思考すらしてくれなかった。

 

 ついにタロは僕の目の前で止まり、クインケを振り上げる。重圧が僕に降り掛かる。結局何も浮かばない。

 

 もう名案なんてどうでもいい。とにかく、無理矢理にでも、僕の身体を動かさなければ!

 

 クインケが振り下ろされた。僕はもう気合で脚を動かし、拳を突き出したタロに突撃した。すると驚く事に、痺れていたはずの僕の脚は軽々と身体を持ち上げ、物凄い力でタロの胴体を殴りつけたのである。タロの巨体は吹っ飛ばされ、一気に僕から引き離されたのだった。

 

 僕は、だらしなく口を開けて、天井を仰ぎながら荒い呼吸をしていた。そうしていると、周囲が、今までとはまた違うどよめきを起こしていた。

 

 「せ、隻眼の喰種っ!」

 

 マイクを持っていた司会は、口調を乱して言った。それに気づいて僕は左目に手をやる。目蓋の周囲の血管が浮き出ていて、妙な脈動を放っていたのである。

 

 どうやら、恐怖に因る興奮で、僕の喰種としての力が暴発してしまったようであった。

 

 かと言って僕の身体から薬が抜けたわけでもなく、僕は再び地に倒れ伏していた。

 

 「タロちゃん! ほら、もうひと息よぉ! ファイトーッ!」

 

 またしても、マダムAからの声援に顔を向けて頷き、タロは痛がるのをやめてさっさと復活してしまった。腕を折ってやったのに、腹に強烈な一発もやったのに、不可思議な強靭さを以ってまた向かってくる。

 

 対する僕は、喰種の力が暴発しても、気合を入れて相手にやっと一発入れる程度。あの巨漢を退けることは期待できそうもなかった。

 

 観客は皆喰種。それぞれの戦闘能力は不明だが、月山さんはどうだろう。たしか彼の異名は『美食家(グルメ)』。僕の知る限りだと、戦闘慣れしていることが推測できる。

 

 今回、彼は僕を珍しい食材としてここに連れてきた。上質な人間の肉の匂いを醸している稀有な喰種として、僕を喰らわんと。それで僕が隻眼の喰種であるとしたら、一体彼はどのような反応を示す。

 

 僕は顔を上げて、月山さんの方を見た。騒然となっている集団と同じように彼は、しかしどこか嬉々としたように手すりから身を乗り出していて、――悶えているようだった。もしあれが喜びに満ちた上での反応であったら、どうだろうか。

 

 もしかしたら、僕を独り占めにせんと、当面は生かしてくれるように図ってくれたりはしないだろうか。

 

 否。

 

 彼の今までの紳士的な振る舞いは、僕に友好的であるという点を除いて概ね本物である、と、僕はそう確信していた。そんな人が、卑しい独り占めというさもしい行為に、どうして至ろうか。

 

 万事休す……かもしれない。

 

 だが、その時だった。

 

 僕の目の前に誰かが躍り出てきたのだ。その者は、きょとんと小首を傾げているタロに向かって凄まじい勢いで突進していき、飛び上がってタロの顔面に蹴りをかましたのである。またしてもタロは吹っ飛び、背中を壁に打ち付け、地面に跳ね返された。

 

 突如として現れた乱入者。上質そうなブラウスに赤いネクタイと、その上に黒いベスト。黒いロングスカートを履き、白いソックスと赤いローファーを履いている。そして顔には真っ黒い、ベールのような物が掛かっている。彼女は僕の方を振り返って、

 

 「大丈夫、研?」

 

 と、両腕を左右に広げて言った。そう、あのポーズだ。

 

 「君は……」

 

 気づいて僕が、その正体を言おうとした時、

 

 「レ、レディR! 一体何を……」

 

 スタッフらしき人がそう言った。

 

 「レディ……R?……」

 

 彼らは彼女を知っているのか?

 

 彼女は僕に顔を向けたまま、

 

 「災難だったね、研。後は私に任せてちょうだい」

 

 ついでに狩りのお手本も見せてあげるから、と結んで彼女は僕に背を向けた。

 

 鷹揚な足取りで彼女はタロに向かっていく。タロのほうは、腕をへし折られたり、大きく殴り飛ばされた、そして仕事の邪魔をされて蹴り飛ばされたりで、もう怒り心頭という体であるらしかった。愚直で、標的を順番通りに襲うタロでも、さすがに乱入者のほうに恨みがましい眼を向けていた。

 

 悠然と歩く乱入者に向かって、憤り混じりに早足で歩くタロは、ある程度近づくや否やいきなりクインケを振るったのである。が、乱入者はそれを易々とかわした。力任せにクインケを振るってその勢いに釣られて体勢を崩したタロの隙を乱入者は突いて、飛び上がり、蹴りを見舞った。今度はタロは吹き飛びはしなかったが、怯みはした。その間に乱入者は、タロの持ったクインケを両手で掴み、またもう一度タロを蹴ってこれを奪ったのである。

 

 一瞬にして武装解除(・・・・)を成した乱入者は、奪ったそれを宙に放り、柄をキャッチした。その後、片手で軽々と大きく振りかぶって、タロの両脚を一刀両断し、今度は機動力を奪い(・・・・・・)、ダルマ落としよろしく地面に落としたのであった。

 

 当然タロは激痛に泣き叫ぶ、それでも乱入者からは一切の容赦は看取されなかった。彼女はクインケを放り捨てると、助走をつけて右手を振りかぶり、勢いをつけてタロの胸部にそれを突き立てた。

 

 激痛に身悶えていたタロは、突然自らの胸に手をぶち込まれた圧迫感に、苦しそうに硬直したのち、ビクビクと揺れだした。間髪入れずに乱入者は右手を引き出す。その手には、ある物が握られていた。

 

 黄色い何かに(おそらく脂肪である)覆われていてところどころにピンク色が見える、脈動するそれは――まさしく心臓である。

 

 乱入者は一瞬それを見やった後、一気に潰した。血がまだ残っていたのか、血が幾分か飛び散った。が、既に大量の返り血を浴びていた彼女には今更な量だった。

 

 「マ……マ……。マ、マッ!……」

 

 タロにはまだ息があったが、乱入者はそれを尻目にもしないで、

 

 「ねえ、習!」

 

 と、月山さんの居る所へ目を向けて大声で口を切った。

 

 「え、あ……、どうしたんだい、レディルー……レディR!」

 

 どもりがちに月山さんは応答した。

 

 「研が隻眼だって判って、皆あまり良い反応をしなかったようだけど、それで彼を出しても大丈夫なの?」

 

 「ああ、まあ……、確かにそうかも、しれないね……」

 

 あまり肯定しているようには見えなかった。

 

 「でさ、ここは研を喰べるのはやめにして、この飼いビトを出すことで手を打たないかしら。それと、研にも何かお詫びをしたほうが良いんじゃない?」

 

 ちょうどあなたが私にしたのと同じように、と結んだ。

 

 月山さんが息を呑んで硬直したのが見えた。彼は一呼吸置いて、

 

 「あ、ああ! そうだね、さすがにこのハプニングはやり過ぎた! 皆様、まさか彼が世に言う隻眼であるとは思いもよりませんでした。さすがにその肉を皆様にお出しするのはどうかと思われます。つきましては、マダムAの飼いビトのほうを、皆様にお出しするということでどうでございましょう!」

 

 月山さんは目に見えて動揺していた。観衆の皆も、その変容ぶりに困惑しているようだった。

 

 だが、その中で一人だけ、違う反応を見せた者が居た。

 

 「じょ、冗談じゃないわよぉ!」

 

 マダムAである。彼女はヒステリックにうわずった声で言い立てる。

 

 「私の可愛い可愛いタロちゃんをさんざんいたぶっておいて、挙句の果てにディナーに出すなんてどういう了見なのッ!」

 

 「マダムA、落ち着きください。何も私は、あなたから勝手に物を奪うような真似は致しません。代わりの飼いビトを仲介しましょう。年齢は十五、六の少年なんてどうでしょう。端麗な顔つきで、肉付きのほうも上等なものを用意致します、どうでしょう?」

 

 このような条件を提示した。うう、とマダムAは呻いているようだった。

 

 そんな彼女に、誰かが寄ってきて耳打ちをしだした。すると、今まで興奮していた彼女はみるみる内に消沈していったのである。

 

 耳打ちをしていた者が離れてからマダムAは、

 

 「ええ、構わないわ! 可愛いタロちゃんを喰べるのも、なかなかどうして乙なものかもしれないわね!」

 

 相変わらず声はうわずっているが、先ほどとは打って変わって余裕があるような振る舞いを見せた。

 

 一体全体どうなっているのか解らない。

 

 混乱する頭で僕は、答えを教えてくれとばかりに、乱入者の彼女を見上げた。けれども彼女は、顔に掛かったベールのような物を上げて、ニッコリと笑顔を見せるのみであった。




 休載明けにメリハリの無い話ですみません。本当だったら幻想郷に関するエピソードも書こうと思ったのですが、如何せん文字数が多すぎて、読む人が疲れてしまうのではないかと思ったもので。

 それにしても、嘘設定書くの楽しすぎて草。
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