今まで失念しておりましたが、実はこの物語、脇役ながらオリキャラが出てきます。今回がそのオリキャラが出る話なのです。実はタグに入れるの忘れておりました。
が、実際にそのオリキャラを描いてみて、やっぱり脇役オリキャラで『オリキャラ』タグはどうかと思い、かと言って『脇役オリキャラ』というタグを入れる意義はあるのかと疑問に思いまして、しばらくはタグ追加を見送らせていただきます。
あっ、そうだ(唐突)。投稿が遅れてすみません。許してください! 何でもしますから!
【3】
『亜門鋼太郎の手記』
アオギリの樹のアジトへの襲撃の会合のために本部への招集が掛かった。その際、篠原さんから、彼の現パートナーを紹介されることとなった。が、しかし、その本人は道に迷ったらしく、交番から連絡が来たのだ。それで俺たちは、それを迎えに行くことになった。
交番に着いた時、そこには、白髪の中性的な者が、今まさに警官に襲い掛からんとしている状況があった。それを見るや否や篠原さんは血相を変えてそれを止めに入ったのである。なお、その止め方は、力づくという風でもなく、どちらかというと諭すという風であった。
その騒動が収まり、篠原さんから、その白髪の奴が件のパートナーだと紹介された。その白髪の奴は、篠原さんが紹介を終えると、改めて名前を名乗ったのち、へらへらと笑いながら挨拶をしてきた。それは社会人としては礼儀に欠けたものであり指摘しようと思ったのだが、何やら不穏な雰囲気を感じ取って私は、ついそのまま挨拶を返したのである。
それにしてもその男(篠原さんの談が正しければ男であるはず)鈴屋什造は、小柄で中性的ということから始まり、奇妙な風貌であった。白髪だが、染めたという感じではない。肌は異様に白く、眼は若干赤い。アルビノというやつだろうか。また身体の至る所に、糸が張り付いている。これは後で聞いたところに拠ると、ボディステッチと呼ばれるもので、薄皮の部分に針を通して糸を身体に縫い付けるファッションなのだとか。
ところで、鈴屋が警官に襲い掛かるところを阻止した際、俺は、篠原さんがあそこまで顔色を変えたことに疑問を感じた。確かに、警官を襲うのは相当まずいことではあるが、しかし俺にはややオーバーなように思えた。なので直接篠原さんに訊いてみたところ、どうやら鈴屋はあの警官を本気で半殺しにするつもりであったらしい。
鈴屋はこれまでに幾度も傷害を働いており、一応死者は出てはいないものの、これからのことを考えれば相当大きな悩みである、と。
とすれば、確かに今回の事は危なかった。何せ相手は警官だ。今までに起こした傷害事件はどうにかなっても、警官に手を出したとあれば、もう庇いきれないだろう。
正直なところ、彼はこのまま捜査官にしておくのは不安である。真戸さんをはじめとして、喰種捜査官の中には人格の破綻した者が居るのは否定出来ない。が、そんな彼らでも飽くまで攻撃する対象は喰種のみに定めており、人間に対して害を及ぼすことはあまりない。もし居たとしたら、その者は発覚次第、それ相応の罰を受けることとなる。けれども鈴屋は現に人に対して害を為している。人を傷付けてはいけないという社会常識も見受けられない。彼はまず精神ケアを受けるべきだ。
だが、俺がそう進言しても、篠原さんは首を横に振った。ケアをするにはあまりにも狂暴過ぎるとのことだ。だから喰種捜査官として活動させることで、その衝動を発散させるのだという。
そう言った篠原さんは、どこか自身を恥じているように見えた。
次に篠原さんは、鈴屋には人と関わらせることが必要だと言っていた。普通の人間の、普通の振る舞いというものを見せてやらなければならないのだと。それを俺に頼んできたのだ。
どうしてそこまで鈴屋にこだわるのかと俺は訊いた。それで俺は、鈴屋の過去を知った。
篠原さんが言うには、鈴屋は元々はビッグマダムと呼ばれる喰種の飼いビトであった。そこでさんざん、なぶりになぶられて、人殺しとその解体までやらされていた。鈴屋は、それに順応しようとした結果、人としての常識が壊れてしまったのだ。
あれもまた、喰種に因って何もかもを歪められた、被害者なのか。
途端に俺の鈴屋への感情には同情が混じった。その幾ばくかの同情から、俺は篠原さんの頼みを受けた。
しかし篠原さんは、普通に接してやるだけでいいと言った。
優しくしてやることも大事だが、腫れ物に触るような扱いでは駄目だ。良いことをしたらちゃんと褒めてやり、悪いことをしたら――攻撃されないよう注意を払いながら――ちゃんと叱ってやってほしい、と。そして何よりも大事なのは、鈴屋什造という人間を受け容れてやることなのだと。
【4】
イヨウロッパの文化が国内に流れてきておよそ十と余年。ある夏の日の幻想郷。今日も今日とて宵闇の妖怪は、自身の能力で、照り付ける太陽の光を凌ぎながら空を漂って昼間を過ごした。
そのようにして時間を潰した後、太陽が将に沈まんとした逢魔時の事である。
「今日も暇だなぁ」
これから、宵闇の妖怪にとっての一日の本番に入るにあたって、彼女はどう過ごそうか思案していた。ここのところ、彼女は暇で暇で仕方がなかった。ある時を境に、彼女が懇意にしていた、妖怪の山に住んでいた鬼たちがどこかへ去ってしまった。黒船来航から将軍家没落。その後の、体制の改革に因る激動の時代で、ある程度の暇潰しが出来るのだが、どうにも彼女は気乗りしなかった。
故に彼女は退屈だった。
「何をしよっかなぁ……」
そう言って適当な所へ目を向けた折である。木漏れ日の無くなった森の中で、数人の子供が彷徨っているところを認めた。
彼らは人里の子供であった。見ての通り、道に迷っていた。まだ日がカンカンと照っていた時分に、いつも通り遊んでいたのだ。だが今日は少々違い、事もあろうに彼らは、幼い故の好奇心から人里から更に離れた所まで来てしまった次第だった。
やがて子供たちは疲れて、座り込んで顔を伏せる子もいれば、声を上げて泣く子供もいた。もうこうなってしまっては、無事に家へ帰ることは叶わない。そのうち、森の中をうろつく妖怪に見つかり喰い殺されるのみである。
宵闇の妖怪の顔には瞬く間に喜びの情が瀰漫した。
「人殺しでもするか!」
うきうきと彼女は、その子供たちの所へ一直線に降下していき、
「死ねーッ!」
と叫ぶ。
「うわーっ、バケモノだあっ!」
満面の笑みで叫びながらよく分からない者が自身らに迫ってくることに気づいた哀れな子供たちは、声を上げた後に一瞬遅れて、まさしく蜘蛛の子を散らしたかの如く走り出した。
四方八方に散らばった子供たち。そんな彼らを、宵闇の妖怪は適当に追いかけた。所詮は子供、焦る必要は無い。一人、また一人と捕まえていった。その度に命を奪っていく。粗方狩り尽くすのに、そんなに時間は掛からなかった。
そして後にはひぐらしの鳴き声のみが残る。
一通り狩り終えた後、宵闇の妖怪はその死骸らを一ヵ所に集め、そして喰いだした。死骸が着ている邪魔な衣服は取り去る。丸裸にしたそれらを彼女は、色々な食べ方で貪っていった。
まだ硬直していない柔肌を舐めて、それから皮を噛んで剥がしていってから食べたり。或いは豪快に胸や腹からかぶり付いてみたり。手足の先からチビチビと齧っていったり。食べることすら楽しんでいるようであった。
思う様食べ尽したのち、宵闇の世会は、自らが喰い散らかしたその獲物の残骸らを見て、満足そうに笑った。可笑しいから笑うのではない。満足したという嬉しさから来るものであった。そうしてひとしきり笑った。
食べ残しの死体には、一応まだ生命は残っていた。なので宵闇の妖怪は、それらを自身の剣に取り込ませた。
この剣にはとある性質がある。その性質というのは、生物の、特に人間の生命を好んで喰らうというものである。喰われた生命は――月日が経つに連れて劣化していくが――剣の中に溜まっていき、この溜め込んだ生命は持ち主である彼女に流入させることが出来る。これを使えば、たとえ致命傷を負ってもそこから復活が出来るのである。
そして、全てを喰らい尽したそのあと、あることに気づいた。
何気なしにその死骸を数えていると、どうも違和感を覚えたのだ。数が合わないような気がしたのである。そこで、自身の先ほどの、子供たちを発見した時の記憶を引き出してみる。果たしてそこには何人居たか。
朧げな記憶の中の光景で、どうにか子供たちの人数を数え上げていった。すると、
「あ、一人足りないや」
と彼女は呟く。
そこでまた彼女は考え込んだ。今から探して仕留めるか、それとも放っておこうか。
生かしておけば面倒な事になる。かと言って、今更探し出すのは面倒臭い。それに、面倒事は、確かに面倒臭いけど、刺激的で楽しい。
と、両方のadvantageを考えてみたものの、物臭なところのある彼女は須臾にして飽き、思考を中断してしまった。結局、生き残りは探さないということにしたのである。そうして彼女は伸びをして、一息吐いてから、再び飛び上がって薄暗い空を漂いだしたのであった。
さて、宵闇の妖怪が飛び去った後、近場の草陰から子供が一人這い出てきた。この子は、宵闇の妖怪に殺された子供たちの仲間である。彼女が襲撃してきた時、この子も例に漏れず、恐怖の中でがむしゃらに逃げ出していた。そこまでは他の子と同じであった。が、この子は足を挫いて動けなくなってしまい、早々に、逃げることを諦めて近場の草陰に隠れたのである。そして幸運にも、その隠れ場所は追っ手の視界から逃れ続けていたのだった。
同時にこの子は不幸でもあった。
まさかそこが、宵闇の妖怪が子供たちの死骸を集めた場所を見ることが出来る場所だったとは。
この子は、自らの友達が惨たらしく喰われていく様をまざまざと見せつけられた。惨憺たる光景にこの子の息は詰まった、そのお陰で存在を感知されなかった。加えて、この子はそのまま自失して彷徨い歩き、幸運にも妖怪に遭遇することはなく、軽い擦り傷や切り傷を除いて無事に、人里へ帰還したのであった。
全ては偶然の事である。
これらの偶然がこの子にとって幸福なのか不幸なのか、それはこの先のこの子の人生を慮れば、断定出来るものではないであろう。
また宵闇の妖怪も然りだった。
この、生き残った子供が、宵闇の妖怪の容姿や特徴ををはっきりと憶えていて、これを大人たちに伝えることが出来た。それによって人里は宵闇の妖怪の情報を手に入れて、また更に、近頃突如として現れた謎の巫女――博麗の巫女に依頼する決心をした。
これは単なる一過性の出来事ではない。宵闇の妖怪に、向こう百年は絡み付く因業の引き金となるのである。果たしてこれが彼女にとって僥倖となるか否か。その答えは、百年後の彼女のみが知る。
次の日の朝。
今日も今日とて太陽は眩しい。いつものように宵闇の妖怪は闇を纏って空中を漂っていた。もう昨日の事など忘れきっていた。最早あれらは、彼女が今までに殺した人間の内の一部に過ぎなかった。だから彼女は、無警戒に、堂々と空をふわふわと飛んでいた。
その時、宵闇の妖怪に向かって何かが飛んできて、彼女に貼り付いた。宵闇の妖怪がそれに気づいた瞬間、それは爆発し、あおりを食って彼女は地面に叩き付けられた。これ自体は彼女にとってのdamageには、あまりならなかった。問題なのは、彼女を撃ち落とした飛翔体のほうだった。
「一体何が……」
宵闇の妖怪は目を白黒させていた。爆風を表面的に受けたはずなのに、――まるで内側から爆破されたような、――その爆風の中に含まれる毒素に身体を蝕まれていく苦しみに悶えていた。
今しがた受けた攻撃に因って、宵闇の妖怪が纏っていた闇の能力が解除されてしまった。その上ここは彼女にとっても都合が悪い場所でもあった。森の中であるのだから、当然、大小様々な樹木がある。が、枝葉が少なく、そこら中に木漏れ日があり、彼女からすれば障害物の在る陽の下であった。
「見つけたわよ」
宵闇の妖怪の耳に、高く、あどけない女の子の声が届いた。その声の主である女の子は、宵闇の妖怪が目を向けるのには眩しい、日当たりの良すぎる場所から聞こえてきた。
「そろそろ姿、お天道様に見せてもいいんじゃない? お嬢さん?」
相手は特異な格好だった。巫女服と思われるそれは、赤い、西洋の人間が着るような服とよく似たdesignで、袖は服の本体から分離していた。
「あなた、たしか博麗の巫女とか言う……。なるほど、仕掛けたのはあなたね」
苦悶から立ち直った宵闇の妖怪は、立ち上がりながら言った。
「やっぱりあなた、人間ではないわね。ま、尤も、一人までなら大量殺人犯じゃないから大丈夫だけど」
「嘘吐け、絶対私を始末しに来たんだゾ」
「あら、分かっちゃった? ええ、そうよ、あんたを殺っつけてほしいって頼みがあったのよ。というわけで、とにかく、ここから出ていってくれる?」
「ここは誰のものではないわ。強いて言うなら、ここ幻想郷は人里を除いて全域が妖怪の居場所と言ったところかしら」
「この世から出てってほしいのよ」
不敵な笑みを薄く浮かべながら巫女は言った。
次の瞬間、巫女が腕を突き出すように振るった。すると彼女の袖から紐状の物が飛び出した。それは宵闇の妖怪にまっすぐ伸びていく。宵闇の妖怪は上体を横にずらしてよけた。が、伸びてきたそれは突如曲がり、宵闇の妖怪の首に巻き付いた。巻き付いたそれは凄まじい力で彼女の首を絞めつける。人間を遥かに凌駕する膂力のある彼女の首すらも折る力だった。
宵闇の妖怪は、巫女の手から伸びているその紐状の物を掴んで引っ張る。巻き付いている紐状のそれの力は相当なもの。だが、巫女の腕力はやはり人間程度でしかない。宵闇の妖怪が引っ張る力にあっさりと負け、巫女は体制を崩した。それによって巻き付いている紐状のそれは弛み、その隙に宵闇の妖怪は剣を取り出しそれを切断した。
ここでは分が悪い。そう思い宵闇の妖怪はその場から駆け出した。
しかしそれは許されなかった。
彼女が駆け出して、ある所を踏んだ瞬間、途轍もない力がその脚を捕らえたのだ。トラバサミに似た衝撃だった。が、ただの畜生を狩るためのそれとは違う。生半可な力では傷を付けることすら出来ないはずの妖怪の脚を損傷させたのだ。
その正体は御札だった。見ると、宵闇の妖怪が踏んだ所には、御札が数枚散らばっていて、その地面からまたトラバサミを模した御札の連なりが彼女の左足首に食い込んでいたのである。
この仕掛けを剣で破壊して宵闇の妖怪は立ち上がろうとする。けれども、片足を失くしたばかりで、その場でよろめく。ちょうど近くにあった木に左肘を突いてもたれ掛かった。そして宵闇の妖怪は気づかなかった、自身がもたれ掛かっている気に貼られている御札の存在に。
それが突如爆発し、あおりを食った宵闇の妖怪は吹き飛ばされた。更に、飛ばされた先にはまた、御札の束が仕掛けられていた。彼女がそこに落ちると同時に、その御札から発せられた結界の力が彼女を上空へと弾き飛ばす。陰が一切無い上空へ、宵闇の妖怪は闇を纏う間も無く、無防備なまま放り出された。そしてある高さまで来ると、今度は、上空に張られた結界に弾かれて、再び地面に叩き付けられた。
一連の仕込みに、さすがの宵闇の妖怪もしばらくは立ち直れないでいた。そこへ件の巫女が近づきてきた。けれども彼女は、ある程度近づいたらそれ以上は近づかず、距離を保ったままその辺をうろうろとしだしたのである。
「結界を張っているのは上のほうだけよ」
落ち着き払って巫女は言う。
「地上では障害物や、私が仕掛けた術で突破は難しいけれど……、上だったら何も仕込んでいないし、私の定めた領域の外に簡単に出られる。……ただし、私の追跡を振り切れればの話だけど」
巫女は、手に持った御幣を手で弄んでいた。その御幣は紙垂(紙の部分)が半分近く千切れていた。先ほど彼女が伸ばして宵闇の妖怪の首に巻き付けたのはのはまさにこの紙垂であり、千切れているのも、宵闇の妖怪によって断ち切られたからである。
玉串に残った紙垂を巫女は、掬い上げるように持ち上げて、その手を根元のほうまで持っていくと、小さく勢いを付けて引き千切った。そうして懐から御札の束を取り出すと、玉串へ装着する。それで玉串を一つ振ると、束になっていた御札が縦に伸ばされ、それらの角と角が繋がった紙垂らしい形となった。またもう一回、今度は仕付けるようにそれを振ると、その御札の連なりはたちまち紙としての柔らかさを失い、鋸状の剣の形を取った。手首を回して巫女は、確かめるようにこれを振り回し、まだ立ち直りきっていない宵闇の妖怪へ、その切っ先を向けた。
「さて、仕切り直しと行きましょうか。さっきは、あんたの力量を見誤って油断したけど、――今度はしないわ」
ほら立ちなさい、と巫女は叱咤を飛ばしながら、手に持った剣を振るう。振られた剣は彼女の腕の動きに合わせて、空中で剣の形を解き、鞭の形で宵闇の妖怪を襲う。素早く宵闇の妖怪は、跳ねる勢いで、倒れていたところから飛び退いてよけた。それで足で着地したが、先ほどの先手を打たれたことで損傷した左脚と左腕はそのままであり、機動力は削がれた状態となっていた。
失った機動力を補うために、宵闇の妖怪は背中から黒い翼を出した。素早く動くにしては些か大き過ぎる物だが、無いよりはマシであると思われる。ただ、動き続けることには向いていないようで、だからこそ宵闇の妖怪はその場に留まって、相手を迎え撃つ体勢を取った。が、肝心の相手は仕掛けてこない。
宵闇の妖怪の一挙一動を警戒するわけでもない、張り詰めたものが無い。冷静を保ってしげしげと彼女を、巫女のほうは観ている。
しばしの膠着状態が続く。
最初に手を出したのは宵闇の妖怪であった。彼女は妖力を固めたものを何発か巫女に向けて撃ち出した。別段惑う様子も巫女は見せない。手に持った剣を鞭の形体に切り替えて、それら妖力の弾を打ち落としたのだ。
あの武器は厄介である。剣と鞭を切り替えることで近距離と中距離に対応し、もし紙垂の部分が掴まれても、これをpurgeしてまた新たに御札の束を付けることで再構成が出来る、全く合理的な武器だ。
それに加えて周囲には巫女の罠。宵闇の妖怪が受けただけでも、その場に釘付けにする、爆発する、結界の応用による跳ね飛ばしがある。日が落ちた後ならまだしも、今は朝で、さてはここは日影が少なく、太陽の光が彼女の感覚を鈍らせる。罠の察知は難しい。
今度動いたのは巫女のほうだ。彼女が御幣を一振りし、飛んでくる攻撃を宵闇の妖怪が防ぐ。続いて二振り目もよけ、三振り目で宵闇の妖怪は、飛んでくる紙垂に剣を振る。すると紙垂は見事に剣に絡み付く。それでいきなり強く引っ張ると、その力に巫女の足の踏ん張りも利かず、凄まじい勢いで宵闇の妖怪の方へと引き寄せられる。
その刹那の最中に巫女は、剣に絡まった紙垂を操ってこれを解放し、すぐさま剣状に戻して、引き寄せられた勢いに乗せて宵闇の妖怪へ斬り掛かった。それに対し宵闇の妖怪は、柄を握る手に力を込めて一歩前に出、巫女のその剣の軌道上に叩き付けるように剣を振るった。二振りの剣のぶつかり合いで、妖怪の力と人間の力では話にならず、巫女のほうの剣は見事に破壊された。
そのあおりを食って巫女は空中で体勢を崩された。だが彼女はそれも読んでいた。彼女は自分が飛ばされた先にある木に向かって御札を投げつけ、そこに緩衝の性質を持った結界を貼り付けた。そこにぶつかり、緩衝からの反発を利用して飛び出す。先ほど宵闇の妖怪にかち合う際のものに劣らぬ速度だ。しかし宵闇の妖怪にとっては、目で追えないものではない。
宵闇の妖怪は手首を動かして剣を構える。そして飛んでくる巫女とぶつかり合うところで、切り上げを放った。
それを巫女は、あろう事か蹴りで迎え撃った。常人では捉えられない速度で放たれた斬撃を、巫女は剣の腹の部分を蹴ってやることで吹き飛ばしたのである。無論彼女の目でその剣筋は追えない。が、巫女は剣の軌道と速さを読むことで実行したのだ。
相手の予想外な行動に虚を突かれ、宵闇の妖怪は剣を蹴り飛ばされる。剣は木や地面を跳ねながら遠くに飛ばされていき、草や倒木などの陰に隠れて見えなくなった。さりとて、宵闇の妖怪であれば、どこに剣が飛ばされようとも感覚的にその正確な位置を知ることが出来、回収は容易。しかし巫女がそれを許さない。武装が解除されたところを巫女は畳み掛ける。鞭状にした御幣を宵闇の妖怪に巻き付けて引っ張り、木漏れ日の下へ引きずり出した。すかさず巫女は肉薄し、剣の形体に切り替えて斬り付けた。
数度程、巫女の攻撃をいなしてから、宵闇の妖怪はそこから飛び退いて離脱した。翼を近くの木の幹に叩き付けて軌道を変えながら飛んでいく。着地地点に妖力の塊を飛ばしてそこに何もないことを確認してから地面に足を付けた。
その時、不意に何かの力によって宵闇の妖怪は後ろに吸い寄せられた。その先で彼女は背中を木に打ち付け、そのまま固定された。そこへ間髪入れず巫女が、伸ばした紙垂で宵闇の妖怪の胴を突き刺す。その状態から紙垂を縮めることで、巫女は宵闇の妖怪へ引き寄せられるように飛んでいく。そして勢いのままに蹴りつけた。
巫女の足には御札が仕込んであり、それによって威力は普通の蹴りよりも強烈だった。しかし宵闇の妖怪は、気力を振り絞って相手に向かって手刀を振った。巫女は後ろに跳んで避けた。その隙に宵闇の妖怪は、自らに突き刺さっている紙垂を引き抜く。この無理な行動が身体に負荷を掛けるが、彼女はそれを押して巫女へ突っ込む。反射的に巫女がそれを避けると、宵闇の妖怪はそのまま向こうへと飛んでいった。
戦局は巫女に確実に傾いている。生命線というほど宵闇の妖怪は剣に依存しているわけではないが、かの巫女を素手で相手にするのは得策ではないのは確かだ。
巫女が仕掛けた罠に注意を払いながら、宵闇の妖怪は自分の剣のある所へ向かっている。
真正面にあった木をよけた直後である。巫女が紙垂を伸ばした。その切っ先は、たった今宵闇の妖怪がよけた気を貫通する。それから宵闇の妖怪の背中を射抜き、彼女を引き戻して、またもやその背中を木に打ち付けさせた。
宵闇の妖怪の腹から突き出た鋭いその紙垂は、更に伸び、彼女とその木に巻き付いて縛り付けてしまった。その手応えを御幣越しに感じ取って巫女は、そこへ向かって歩き出した。彼女の足取りは悠然としたものだった。焦る必要は無いのだと、御幣から伝わる感覚で判るからだ。
ようよう巫女は、宵闇の妖怪が磔られている木の所まで来た。宵闇の妖怪は、激しく暴れるでもなく、はたまた弱々しく抵抗するでもなく、――諦観したような、――後はただ結末を待つのみという風な、落ち着き払った様子で、自身の正面に回る巫女を見据えていた。
黙然として巫女は、宵闇の妖怪を縛り付けている紙垂を御幣から引き千切ると、その玉串に御札の束を付け、また新たな紙垂を作り出す。それを脇差程度の長さに固めると、間髪入れずに宵闇の妖怪の胸に突き刺した。肌を突き破る音、刃が肉に食い込む音がして、命を貫く手応えが巫女の手を震わす。その後、見る見るうちに宵闇の妖怪の顔から精気が抜け、そうして彼女は静かに一息吐いて、目を瞑った。
巫女は玉串を握りしめたまま、ゆっくりと肩を弛緩させ、溜まっていた息を吐き出した。
その瞬間だった。
突如後ろから何かに、正面の宵闇の妖怪の亡骸ごと串刺しにされたのだ。
それは剣だった。先刻巫女が宵闇の妖怪の手から弾き飛ばした物あれだった。
一体全体どういう事なのか分からないまま、巫女は、たった今自分が仕留めたはずの妖怪を見た。
「そんな……、どうして……」
血反吐を吐きながら巫女は言った。
宵闇の妖怪の口元はほくそ笑んでいたのだ。青ざめた顔ながらも、しっかりと口角を上げて笑っていた。すると、彼女の顔にはたちまち精気がみなぎり、カッと目を見開いたのである。巫女にやられた左腕と左脚も、受けたdamageも全て元通りだった。
これは、この剣の特性である、犠牲者から吸収した生命を自身に流入させたことで回復したのである。
「今度からは、化け物の持っている武器には、たとえ武装解除しても気を付けることね。――特に、持ち主と武器の間には」
巫女の背中に宵闇の妖怪の手が回る。その手は、巫女の背中に突き刺さっている剣身に添えられた。
直後に剣は更に深く突き込まれ、それが巫女にとっての致命傷となった。じわじわと出ていた血が、途端に溢れだすように流れ出ていく。さっきとは逆に、今度は、巫女のほうの顔から見る見るうちに血の気が失せていく。そうして、今にも吐瀉をしそうな、断続的な呼吸を巫繰り返していた。
「い、嫌よ……」
巫女は泣き出しそうな声をひり出した。
「まだ、死にたくない!……。やっと……、やっと見つけたのに……。誰にも虐げられない、私の存在を許してもらえる居場所を!……」
このように悲痛なことを、うわ言のように吐露し続けていた。震わせながらも手を、宵闇の妖怪の腕に持っていき、強く掴む。既に多量の血が流れ出て、意識すらも朦朧としているはずなのに、その力はますます強くなっていくばかりだった。
やがて、巫女から流れ出る血の勢いが弱まるに連れて、その力は次第に弱まっていき、ついに彼女は事切れた。
剣を通じて、巫女の生命が途絶えたことを確認した宵闇の妖怪は、自身と巫女を串刺しにしている剣を引き抜いて地面に降りる。彼女の腹には、剣で刺されたらしい跡は無かった。勿論、服も破れていない。
地面に降りて、まず宵闇の妖怪は思案した。巫女が使っていた武器のことが気になるのだ。近距離から即座に遠距離に切り替えられるというのはなかなか便利である。どうにか自分もあれを模倣出来ないだろうか。そう思い、宵闇の妖怪は自分の剣を持ち上げて、しげしげと見た。
おもむろに宵闇の妖怪が、左手で拳を作って剣身を叩く。すると、甲高い金属の音と共に、剣の腹には、『く』の字形の節目が等間隔に出来上がったのである。
出来上がったそれを宵闇の妖怪は、試しに一振り。横薙ぎに振られたそれは残像の影となり、弧を描きながら周囲の木々に傷を付けていく。そして振られた後、その正体が明らかとなる。それは所謂、蛇腹剣という物であった。剣身は『く』の字形の節目から多数に分離して、これら分離した剣身に一本の黒い針金が通っている。鞭のようにしなり、鋸の原理で対象を切り裂く。
再度宵闇の妖怪は剣を二、三回程振って、一旦剣型に戻した後、遠くにある倒木に向かって突きを繰り出した。蛇腹剣の切っ先は真っ直ぐ伸びていき、見事にその中心を穿つ。宵闇の妖怪がそこから引っ張れば、倒木は強烈な勢いで彼女の方へ引き寄せられていった。宵闇の妖怪の方へ向かって飛んでいる倒木から蛇腹剣の切っ先が引き抜かれ、彼女はそこから完全に剣の状態へと戻し、飛んできたその倒木を一刀両断で切り捨てた。
ふむ、と一つ唸り、顎に手を当てて宵闇の妖怪は沈思した。遠近両方への攻撃については文句は無い。が、あの巫女のように、使い捨てては再生するという機能が無いため、やや不満が残る。
とは言え、そこはやはりいい加減なところのある宵闇の妖怪で、すぐに妥協の頷きをして、さっさと剣を仕舞ってしまったのである。
して、今肝心なのは、この、宵闇の妖怪を襲撃して返り討ちにされた巫女のことである。宵闇の妖怪は博麗の巫女については耳にしていたし、この巫女がそれであると推察していた。それで妙なのは、この巫女の持つ霊力の性質である。
先ほど宵闇の妖怪は、巫女と一緒に剣に貫かれている時、剣を通してこの巫女の霊力や生命に触れていたのであるが、人間の霊力や生命力にしてはどうも淀んでいた。人間の霊力というのは、妖怪の持つ妖力などと違って、清涼で、透き通った水と形容される爽やかな感じがする。それに対してこの巫女の霊力は、やや温く、塵よりも細かい異物が入っているように感じるのだ。
それに、霊力を巡らす身体の構造にも甚だしい差異があった。その差異というのは、霊力の巡り方は勿論、その回路に、別のものが繋がれているというものである。で、その繋がっているものというのが、感情のこと。具体的に言えば、『憎悪』や『怒り』などの、激しいnegativeな感情のことだ。
端的に言えば、神か妖怪の手が入っている。
今までに宵闇の妖怪も、このように、改造が施された人間を見たことがあるが、ここまで画期的なものは見たことがない。
感情を使って霊力の増大や強化はまだ序の口で、その際のenergyを利用して永久機関を構築している。。ただでさえ、霊力と感情を繋げることは途方もないことなのに。それに、不安定で扱いにくいはずの感情を巧く制御するtheoryと機構を組むとは。
これが単なる精神のことだけならまだしも、霊力などの神秘が関わるのなら話は別だ。本来、妖怪や神、霊力や妖力は存在しないモノである。伝承などが伝播し、それによって人々の精神に根付いた神秘が、人々の認知に入り込むことで存在しているのだ。
つまるところ、そうした神秘の力と精神の二つの要素が在るとなると、個人と他者、人と神秘などの『
粗削りではあるが、ここまで複雑なtheoryを組むとしたら、個人が考えるだけのものでは難しい。それこそ、学問として体系化された叡智が必要となるだろう。斯様なものを作り出せる者と言って、心当たりのある者はただ一人しか居ない。
そう、八雲紫だ。
伊吹萃香からの伝聞でしか宵闇の妖怪は知らないが、八雲紫ならば、このような無茶苦茶なことを考え出し、実行に移せるはずである。そう彼女は考えている。
頬を掻きながら宵闇の妖怪は、博麗の巫女の亡骸を見下ろす。この巫女を勝手に殺して、果たして八雲紫はどう出るだろうか。やはり、怒る可能性が一番だ。そしてもしこの予想が当たったとしたら、よもや宵闇の妖怪は逃げられないことは請け合いである。
「よし」
そうと来れば、彼女が考える、現在自分がするべきことは、八雲について調べることである。
差し当たってすることは、この巫女の亡骸を人里の住人に発見させることだ。早朝が好ましい。人が集まったところに紛れ込んで、人里へ潜入する。そこから、博麗の巫女の死亡の報を聞いた人里の反応を観る。じっくりと。
博麗の巫女の亡骸を抱えて、宵闇の妖怪は飛び立った。夏場はすぐに死体が腐敗する。丸一日もあれば下腹部のほうから腐っていく。それに森の中の虫が死体を食い荒らすだろう。巫女の遺体が損壊したところで構わない、むしろそのほうが宵闇の妖怪にとっては良い。が、崩し過ぎて身元が判りにくくなることもある。それに宵闇の妖怪は、八雲紫について嗅ぎまわるつもりではあるが、殊更に挑発したいわけではない。どうせ彼奴とはいずれ衝突するのだろうから、わざわざ急ぐ必要も無い。
まず死体を保存するために、冷たい環境が要る。この時期、そのためには冷気を操る能力だ。この幻想郷であれば、そんな能力を持つ者はいくらでも居る。とりあえず彼女は、その辺に居る、冷たい環境を用意出来る奴を捕まえて巫女の亡骸を冷やさせた。その後、自身の住処にこれを移して、後は放置である。彼女の住処に押し入って、中にある死骸を勝手に食おうなどと考える馬鹿は居ない。
そうして彼女は、その日一日はふらふらとあちらこちらを漂い、ひたすら平坦な時間を過ごしていた。剣に溜め込む生命ののこともあるが、彼女はそのまま放置していた。物臭な彼女の狩りは、気まぐれか、たまたま遭遇した人間をとりあえず食うというものであるからだ。で、そんな出不精のくせに、彼女は退屈そうだった。明日の事もあるから、それが待ち遠しくて、尚更であった。
人間の男女を二人見つけたので、狩る。片割れの脚を叩き切って、もう一人のほうをとっくりと味わい、その後、脚を切ったほうを食らった。腹は減っていなかった宵闇の妖怪は、二人の生命のほとんどを剣に喰わせた。
その後、宵闇の妖怪は住処に戻った。巫女の亡骸を見張るという名目だが、ただ単に面倒になっただけであった。その辺の葉っぱで笛を吹いたり、手笛で梟の真似をして遊んだり。自分が襲った子供が持っていたお手玉で遊んだり。
だんだん空が明るくなってきたので、日の出の前に、巫女の亡骸を抱えて人里へ向かう。入り口には見張りが居るので、空に僅かに残る夜の気配に紛れて、卯の刻の鐘が鳴る少し前の時間に、巫女の死骸を落とした。
パァンッという、鉄砲が響くような――あるいはそれよりも甲高い――音を立てて、死骸は地面に激突した。それと共に見張りは、空から降ってきたモノとその音に腰を抜かして、その落ちてきたモノの正体を見、絶叫を上げた。
この時分は、各々の家で女房が朝飯の準備をしているので、今の破裂音と絶叫を聞いた者たちが、すぐに集まってきた。死体が振ってきたというだけで相当な事件なのに、その死体が博麗の巫女のものであると知れ渡ると、瞬く間に辺りはpanicとなった。
この混乱の隙を見て宵闇の妖怪は人里へ紛れ込んだ。その辺の路地裏に潜み、人々が出歩く頃になって出てきた。
勿論、変装も忘れない。自分が襲った人間から剥ぎ取った着物を着て、日本人にはあり得ないその髪の毛と、人に恐れを抱かせるような赤い瞳は、自身の『宵闇を操る程度の能力』を活用して黒く染めている。
そうすればもうこの通り、どこからどうみても、ただの器量の良い一町娘にしか見えない。
わざとおどおどと振る舞いつつ往来を歩きながら、人々の話に耳をそばだてる。もう辺りは博麗の巫女の件でもちきりだった。
表向きには人里はいつも通りであった。しかし人々の心を穿って観れば、明日は我が身の恐怖、それから目を背けて笑う男衆、宵闇の妖怪からの報復を恐れる自警団、そして何も知らない子供たち。
これらの様相を見て、宵闇の妖怪は、それはもうご満悦であった。彼らは、すぐそこに自身の恐怖の元凶が、堂々と闊歩しているのにも気付かない。そんな彼らを嘲笑いながら、自身に向けられる恐怖の感情をとっくりと味わっていた。
それで、肝心の博麗の巫女について。
彼女の出現はおよそ数年前で、人間では決して倒せないであろう巨大な妖怪を倒したことから、たちまち名が広まった。で、その数年間で、彼女の顔を知る者は誰一人として現れなかった。つまり彼女は幻想郷の生まれ育ちではないということになる。
そこで宵闇の妖怪は、巫女が今際の際に言っていたことを思い出した。
――やっと見つけたのに……。誰にも虐げられない、私の存在を許してもらえる居場所を!……。
言葉は違えど、似たような悲愴さを醸すことを言う者を、宵闇の妖怪は何度か見てきた。而して、そういった者たちは、得てして強力な霊能者であった。閉鎖的な村に住む者だったり、或いはそこの信仰にもとる性質の力を持っていたり、めいめいまちまちであった。
とすると、博麗の巫女は、幻想郷の外のどこかで、霊能者としての才能を持って生まれたばかりに忌み嫌われた娘と考えられる。その境遇から、当て所の無い憤懣を溜め込んでいて、それを八雲紫に利用された。
ところで、宵闇の妖怪が見た博麗の巫女は、時間帯と場所、それと周囲の状態を整え、万全を期して向かってきた慎重な性格であった。そう思いきや、まるで怒りをぶつけるみたいに激しい攻撃を仕掛けてくるなど、大胆不敵なところもあった。つまり、感情が安定しないのだ。
宵闇の妖怪が思うに、ひょっとすると、八雲紫がいじくった影響なのではないか。何しろ、感情で霊力を増大し、そのenergyで永久機関まで構築しているのだから、その感情を制御するのは困難なはず。
現に人里の住人からも、博麗の巫女が情緒不安定であるらしき声もあった。
さて、博麗の巫女に関する情報は粗方揃った。八雲紫の直接の情報は、少なくとも人里の者たちへの聞き込みで得られるものではないから、あまり意味は無いだろう。けれども、間接的な情報もあるだろうし、ということで、もう少しの間だけ人里に滞在しようと、宵闇の妖怪は決めた。
変装しているとは言え、妖怪の身で人里を歩くのには、少々慎重にならなければならない。
というのも、人里には勘の鋭い者は勿論、注意しなければならない人物が二人居る。
一人目は、稗田家八代目当主、御阿礼の子こと稗田阿弥。能力としては普通の人間、或いはそれ以下であるが、妖怪について書いているからか、人外に対しては敏感で、近づきすぎれば気取られる恐れがある。
続いて二人目は、上白沢慧音。一応、普段は人間だが、その半分は白沢という幻獣であり、満月の夜になるとその正体を現す。人間時は『歴史を食べる程度の能力』を持ち、白沢時では『歴史を創る程度の能力』を持つ。この能力がまた厄介なのである。
人里に潜入することなど、宵闇の妖怪にとっては造作もない。それどころか、彼女以外にも人里に勝手に入り込んでいる妖怪も居るくらいだ。が、皆一様に、かの二人には注意を払っている。
しばらく人里に滞在して、宵闇の妖怪は人里を出て、自身の住処に戻る。
ところで、ここで一つ、とある矛盾について説明をしなければならない。ここ幻想郷で誰も気付かない。人里の住人も、人妖も、神も。ごく一部の者を除いて誰も言及しない矛盾だ。
まず、前提として、少なくともこの時代の人妖は凶暴であった。故に人との間には絶対的な溝があった。またこういった閉鎖的な人里は、ややもすると余所者に厳しく、排他的だ。だからこそ人々は、人里の中には、人間以外の存在を入れたがらない。
しかし実際どうだろうか。何百年も前の人間が、転生を繰り返して、今も生きている。半人半獣の妖怪が人里の守護をしていることについては誰も言及しない。御阿礼の子が何度も転生していることも、上白沢慧音が半人半獣であることも、人里の誰もが知っているはずなのに。
人外をはじめとした余所者はほとんど受け付けず、それを今も守っているのだと彼らは思い込んでいながら、御阿礼の子や上白沢慧音はこうして堂々と人里で生活を営んでいる。
相反する二つの思考が同時に存在する二重思考(Doublethink)。これはさながら、矛盾の『境界』をいじくられたかのようである。
閑話休題。
住処に戻って、一晩程、宵闇の妖怪は考えた。もし、此度の件で八雲紫が激怒して、後々襲い掛かってきたとしたら、どうすれば生き残ることが出来るだろうか。幻想郷の管理をしていると知られているくらいだから、相当な力を持っていると考えてもよいだろう。或いは、本気で殺り合ったら、宵闇の妖怪の生はそこで終わりとなる。
とすれば、別の方向で血路を開くべきで、そのためには八雲紫の情報が必要不可欠となる。が、これから八雲紫を調べる上で、猶予は少ないと考えるべきである。せいぜいのところ、一ヵ所にしか行けないとする。なれば、この一ヵ所はどこにすべきか。
そのうち、カンカンと照っていた太陽が西の山の方まで来て、今にも沈みそうな時分となった。
欠伸を一つして、伸びをした彼女は、ふらふらと住処を出てとある場所へ向かった。聞き込み調査をしに行くわけであるから、その手には『手土産』がある。特に今から行く場所――妖怪の山は尚更である。
妖怪の山は、幻想郷で最も人妖の数が多く、規模や力で言えば最大の勢力となる。かつては鬼がてっぺんで、その下に天狗が居たが、人間を見限ったと言って鬼は山を離れてどこかへ消えてしまった。その後、目の上のタンコブが消えたことで天狗が山を仕切りだし、増長していった。それに因り、規範は甘くなり、下っ端の妖怪は幅を利かすようになったのであった。
具体的に言うと、妖怪の山には嘘が跋扈し始めたのである。
この独裁体制の妖怪の山に入るのは容易ではない。現に宵闇の妖怪も、裾野の辺りで、警邏の天狗に捕まっていた。以前、まだ妖怪の山に鬼が居た時分は、彼らと誼を持っていた宵闇の妖怪は、鬼らとappointmentがあれば簡単に入れた。それが今はこれだ。たとえ宵闇の妖怪が、どんなに力を持っていたとしても、天狗らは面子のために彼女を入れないように苦心する。
それだけに、天狗の彼女に対する応対は堂に入ったものである。彼らは宵闇の妖怪が、ケダモノに見えて意外と理性的であることを知り抜いている。彼女は、相手が多少居丈高であろうとも、喧嘩を売るという意思が無い限りは――例外はあるが――ほとんど全く攻撃をしない。
であるから、応対に当たる天狗は、山に入れないという意志をきっぱりと表し、かつ宵闇の妖怪を下手に刺激しないような態度でいる。いつもであれば、やがて宵闇の妖怪が根負けして引き下がるのであるが、今回は違う。
「あやややややや!」
ふざけた調子の声がして、宵闇の妖怪と、彼女の応対に当たった天狗との間に、鴉天狗の少女が突如として降り立った。
「これは、これは。お久しぶりですねえ! 毎度おなじみ、清く正しい射命丸文です!」
やかましくそう言って、射命丸文と名乗った彼女は、後ろで喚き立てる天狗を無視して宵闇の妖怪に相対した。
「この手土産、茨華仙に見せてあげてくれないかしら」
と、宵闇の妖怪が、手土産の一部を紙に包んで文に差し出すと、
「これを茨華仙殿にですね、承知しました!」
文は矢継ぎ早に了承して受け取り、轟音を立ててさっさと飛んでいってしまった。天狗のほうも、いくら文と宵闇の妖怪が凄まじくても、止めそこなったことに頭を抱えて、どう報告すればいいのだ、とうずくまった。
文が飛んでいって、まだ刹那の間に、彼女が飛んでいった先で、今度はまた違った感じの轟音が響いた。そして何かが跳躍してきて、宵闇の妖怪の前に降り立った。
飛んできたのは、両側頭部にお団子型の布を被せた少女、件の茨華仙であった。華仙は息を弾ませており、その脇には、今さっき手土産を彼女に店に行った射命丸文が抱えられていた。抱えられている文も、さすがに涙目になりながら苦笑を浮かべていた。
このようにして、宵闇の妖怪は、幾度かうまうまと妖怪の山に出入りしていたのである。
場所を移して、華仙の屋敷。
宵闇の妖怪が持ってきた手土産というのは、軍鶏の肉であった。
「ほら、あなたも手伝ってちょうだい」
言いながら歌仙は、いそいそと、宵闇の妖怪の持ってきた軍鶏を食べるための準備を始めていた。はいはい、と、やや呆れ気味に宵闇の妖怪は従った。
脂と水気で鈍い光を僅かに放つ新鮮な軍鶏の臓物を、味噌を溶いた出汁の中に、ササガキにした新牛蒡やら、葱やら、豆腐やら、白滝やらと一緒に並べていく。しばらく煮ていくと、鍋がぶくぶくと沸いてくる。味噌の匂いが立ち上ってきて、そろそろといった具合に彼女らは鍋に箸を伸ばした。
二人して、この熱いのを、ふうふう言いながら食べると、これまた何とも言えない相好で、うーん! と感激の声を上げた。また二口、三口と食べていき、やがて汗をかく。それをぬぐいぬぐい、冷酒を舐めるように飲んで、また食べた。
ある程度食べると、二人の食欲も大分落ち着いてきたのか、
「それで、用件は?」
歌仙が切り出した。
「単刀直入に言うと、命の危機だから助けて」
「その割には楽しそうだけど」
歌仙の言う通り、宵闇の妖怪はニコニコとしていた。
「で、あなたを助けて私に何の得があるの」
「まあ、まず前払いとして、天狗たちの相談役という名目でやや不自由な生活をさせられているあなたの補助を、うちの子たちにさせてあげる」
「ふむ……」
他の鬼が去る中、唯一歌仙だけは残った。鬼というのは実力主義で、総じて強硬派である。が、彼女はそんな彼らの中でただ一人の穏健派であった。これが彼女と他の鬼たちの間に溝を作り、鬼たちの移住を機に両者は袂を分かつことになったのだ。それで彼女は山では孤立し、隠居を余儀なくされた。だが彼女には、この山全体の戦力を単独で相手に出来るだけの力量があった。それ故に天狗らは彼女を疎み、相談役を頼むという名目で彼女を半ば軟禁状態に置いたのである。
鬼の中で数少ない穏健派である歌仙は、それだけに天狗に近くはあったが、あるところで決定的に違かった。その最たるものが、保守派であるか革新派であるかだった。
天狗は、鬼とは別の方向で誇り高い種族であるが、元々は自惚れた修検者の成れの果てでもあり、故に傲慢である。保守派と言えば聞こえは良いが、その実状は、老害が地位を独占し、排他的で、旧弊的な慣習にいつまでも縋り付こうというものであった。
歌仙の主張は、行き過ぎた保守はやめて、必要な新と旧を取捨選択するべきだというものだが、旧弊的な価値観に捕らわれた者からはただの革新派としか捉えられなかった。
これが、歌仙が孤立した一番の所以である。
「それだったら間に合ってるわ。私には、あの娘を筆頭に手駒が居るもの」
『あの娘』とは、射命丸文のことだ。天狗たちの中にも、歌仙の思想に共感した者たちが居た。その彼らの助けがあったからこそ、歌仙はこうして、軟禁状態でもそれなりに自由が得られているのだ。
「内と外の両方に味方が出来るのは大きいと思うわよ。それに、手駒の中に紛れている不埒者のあぶり出しをするのも、少しは楽になるんじゃないかしら」
「一理あるわね」
「話を聞く気にはなった?」
「内容次第ね、とりあえず言ってみなさい」
「じゃ、まず、どうして私の命の危機なのかと言うと、そもそもは私が博麗の巫女に目を付けられて、粛清に来たあの娘を返り討ちにしてしまったからなの」
「博麗の巫女ね、なるほど。以前萃香から聞いたのだけれど、八雲紫も博麗の巫女には相当力を入れていたようね。あの力を活用すれば、幻想郷のbalanceを整えることが出来るし」
「そして人間は妖怪に対して極端に怯えることがなくなり、崇拝と畏怖の適度なbalanceが出来、人里は更に活気が増して平和になることでしょうね。――上手く行けばの話だけど」
この宵闇の妖怪の発言に歌仙が僅かに反応したことを、宵闇の妖怪は見逃さなかった。
そこで、と宵闇の妖怪が後を被せた。
「八雲紫が考える今後の幻想郷を造るに当たって、今最も邪魔な存在と言えば、やっぱりここ妖怪の山しかないなって思うのよね」
「ええ、その通りよ。特に一番の厄介者は天魔でしょうね。天魔は幻想郷の今後を考えるだけの分別はあるようだけど、それも当てにはならない」
「で、内通者が居れば、あれらを押さえ付けることも訳が無なくなる――」
と、宵闇の妖怪が言い切る直前、
「同時に、あなたに取り入ろうとする不逞の輩も押さえ付けられる」
歌仙が紡いだ。
それを聞いて宵闇の妖怪は、視線だけを歌仙に移して押し黙った。
その様子から、歌仙はあることを確信した。
昔、まだ鬼が妖怪の山に居て、宵闇の妖怪が山に偶さか訪れていた時分、天狗の上層部の中には、彼女を利用しようと水面下で動いていた者たちが居た。そのことごとくを宵闇の妖怪は、ある時はその手合いの部下を見せしめに嬲り殺したり、またある時は四天王の喧嘩のどさくさに紛れて破壊活動を行ったりして粉砕していた。
当時、歌仙からすれば、宵闇の妖怪のその行動は不自然であった。というのも、彼女の知る宵闇の妖怪とは、他人のいざこざに自分から首を突っ込んで引っ掻き回すのが趣味の陰険な奴、というものであった。そんな彼女が、妖怪の山の政治事情に乗らなかったのが歌仙には解せなかった。
そこで歌仙は、宵闇の妖怪が好むことと厭うことを分けて考えた。そこで浮かび上がったのが、宵闇の妖怪は、何かの事柄を第三者の立場で俯瞰することは好きだが、深く入れ込むようなことは嫌うというものであった。ともすると、不条理の中に安定を求めている、と考えられる言動まである。
安定とは即ち保守。
これは歌仙の憶測だが、宵闇の妖怪は、可能な限り変動の無い流れを求めていながら、その明敏過ぎる頭脳からの強迫的な衝動に突き動かされているのではないか。
これらのようなことを、決定的な根拠が無いながらも、歌仙は確信していた。
歌仙は、自身を凝視する宵闇の妖怪の眼を見ながら、憫笑を浮かべた。
「ふ、ふ」
歌仙の微笑に釣られるように宵闇の妖怪もまた口から笑いを漏らした。
「天狗を押さえ付ける機会が出来て嬉しいのは、あなたも同じでしょう。少なくとも、傲慢な天狗の脅威から人間を守れるのだから。――そうすることであなたは人間の味方であるという立場が手に入る」
今度は歌仙が固まった。
「かつてはあなたも人で、人としての心がまだ残っているからこそ、あなたも人の味方になろうと思える。ええ、それはあなたが人であったことの証左。普通の妖怪ではなかなかないことよね、……茨木華扇さん」
歌仙は片頬を上げて苦笑した。さすがに、嫌味については宵闇の妖怪のほうがうわ手だったようで、これ以上は下手なことは言わないという風に息を吐き、
「人に物を頼むにしては随分と失礼な態度ね、私を信用していないのかしら」
「腕は信用しているわよ、でも裏切るかどうかは別よ。万に一つそんな事があった時に、後腐れが無いように別れられるようにね……」
あら、と、歌仙はとぼけたように、
「鬼は嘘を吐かないわ。大丈夫よ、少なくとも今は裏切らないから」
清々しい宣告をした。
俄かに二人の間には重苦しい沈黙が流れた。
しかしその沈黙はすぐにほぐれる。
「ふ、ふ……」
おもむろに宵闇の妖怪が笑い出したのだ。
「うふふ、ふふ……」
続いて歌仙も笑い出した。
「ふふふ……」
「うふふふ……」
相好を崩して両者は、互いの目を見つめ合いながら、いつまでも笑い続けていたのであった。
今更ですが、戦闘には基本的に重要な部分は入れていないので、戦闘が好きではないと言う方は、戦闘開始から決着時まで飛ばして、どうぞ。