鶏肉を変更してから1ヶ月。
塩とお酒を用いた臭み抜きの方法確立に手間取ったが、
臭み抜きと味を両立できる配分を見つけ出したことにより、
変更後も味の変化を最小限に抑えることに成功。
人気の高い鶏肉料理が減らされることはなくなった。
その他、鳳翔さんと研究会の尽力により食事を減らすことなく給養予算を12%削減。
他の基地では、食事内容を大幅に改悪したことで不満が噴出しているらしい。
おお、怖い怖い。食の恨みは恐ろしいよ?
しかし、大湊の木林少将にみやげ持たせて、六目中将に借りを作ってやった。
あの申請、そろそろ承認してくれねぇかな。佐世保の妖怪狸爺め。
さて、最近の研究会は懸案事項の消化で食事会をまともに開けなかった。
そろそろ好き勝手料理がしたい。どうしようかな…
「司令、仕事してくださいね?」
「嫌だよ。俺は懸案事項を大量に抱え」
「どうせ次の研究会でそろそろ好き勝手料理したいって考えてたんでしょう?」
…エスパーか?このインテリ脳筋眼鏡末っ娘。
「…なぁん考えよっとや?」
いや、本当にさ。
「…ともかく、15分後に主任会議ですよ。準備してください。」
ああ、そうか。…はぁ、労働はできうる限り減らしたい。
十四時十五分 川内艦隊司令基地 中央棟3F 中央会議室
この基地では、楽をした…もとい、業務を効率化したい提督の提案により、
基地内の各業務を分担し、それらを統括する”担当主任”という役職を設けた。
適材適所、現場のことは現場が判断。それが提督の信条である。
…決して楽をしたいだけじゃない。最終決定と責任は提督が、と日頃から言っている。
週に1回、提督と各担当主任が現状報告と意見具申、懸案事項の解決法の思案といった会議を行う。
それが、”主任会議”だ。
金剛「…以上で、作戦部の報告は終わりデース!」
提督「了解。…ん~、やっぱ装備改修一気にやったほうがいいのかねぇ?」
明石「今は任務消化以上の改修はしていません。上限を決めて改修を進めますか?」
提督「つっても、改修資材集め大変だからなぁ…」
金剛「35.6cm連装砲と四連装酸素魚雷の改修ペースを少し上げるだけでも良いデース」
提督「ん、理由は?」
金剛「35.6cm連装砲は戦艦全員装備OKで、魚雷は駆逐艦が夜戦で大暴れできるネー!」
提督「その2つならある程度まで改修資材の消費少ないしね。よし、改修ペースをあげようか。」
金剛「了解デース!明石!鳥海!後で資材と工期の相談ネー!」
鳥海「了解です。あ、相談には霧島さんも同席させてくださいね?」
金剛「う‥いいデース…霧島は資材の話だともすごくデンジャラスな雰囲気になるネ~…」
提督「俺はOKだしてるから。相談結果は金剛が報告してねー?」
提督の後ろ盾が付いた金剛の表情が少し和らいだ。
金剛は作戦立案担当主任、明石は兵装管理担当主任、鳥海は資産管理担当副主任。
金剛は海域出撃の作戦まとめとそれに必要な戦力の概算、そして全体的な戦略目標の管理。
明石は兵装の管理と改修工廠の運営、工廠妖精さんの統括。
鳥海は資材と予算管理を主任の霧島と共に行っている。
適材適所。それぞれが協力し合えば、全てが上手く回る…
龍田「以上が遠征隊の報告です。いかがでしょうか~?」
提督「遠征はすこぶる順調だねぇ。その調子でお願いね。」
龍田「了解です。天龍ちゃんも俄然張り切ると思うわぁ~」
龍田は遠征作戦担当主任だ。
天龍と龍田はその燃費の良さから、概ね遠征隊として運用している基地が多い。
うちもそのセオリーに乗っかり、龍田を遠征主任、天龍と望月を副主任としている。
余談ではあるが、当初遠征主任は着任が早かった天龍だった。
しかし、天龍は事務仕事があまり好きではなく、主任という管理職は性に合わなかった。
当時副主任だった龍田が意見具申し、天龍と龍田は交代することになったのだ。
そうすると、天龍は遠征隊駆逐艦を非常に効率よく引率し、
その成果を、龍田が報告書としてまとめ主任会議で全体に報告。
遠征任務の拡充に伴い、今では基地の生命線だ。
その中で、資産管理担当と遠征隊の就業環境改善に火花を散らすこともある。
恐らく、主任クラスでもトップクラスで柔剛使い分けた働きをできる管理職だろう。
龍田「あ、そうだ。少し相談があるのよ~」
提督「ん?なに?」
龍田「遠征中の食事に関してなんだけどね~、ちょっと改善をしてほしいの。」
提督「ん~、というと?」
龍田「ほら~、今の遠征隊の出撃中の食事って、各自が用意するようにしてるじゃない~?」
提督「そだね。炊事も立派な訓練だと思ってあえてそうしてるけど…なんかあった?」
龍田「実はねぇ、この前の遠征中にね~…」
龍田の報告によると、駆逐艦での調理技術に差が大きいため、
食事に不平等さが生まれて少し雰囲気が悪くなることがあるらしい。
確かに、ただでさえゆっくりできない遠征中にしけた飯を食らうなんて可哀想な気もする。
しかも、自分で用意しているため怒りのぶつけどころもない。
提督「えー、磯風泣いちゃったの?」
龍田「そうなの~。あ、これみなさんオフレコよ~?」
磯風は着任してまだ日数が経っていない。故に、練度も高くない。
練度が高くない駆逐艦は、経験を積ませる目的で遠征作戦で重点的に出撃させる。
遠征作戦はほとんど戦闘海域ではない範囲で動くため非常に都合がいいのだ。
さて、磯風は駆逐艦でありながら、非常に武人らしい実直な性格をしている。
ただ、提督はちょっと不器用な雰囲気を感じ取っていたが、それは正解だったようだ。
その後鳳翔さんが給養当番時の磯風の様子を教えてくれた。
包丁を握る手は震え、火加減は強火か極弱火。塩は舞い散り胡椒が燃える。
ただ責任感は人一倍なため、なんとかこなそうとするが空回りしてしまうのだという。
周りがフォローして、本人はそれに萎縮しての悪循環。
すっかり料理に苦手意識が植え付けられてしまったようだと鳳翔さんは語った。
それが遠征中の食事で限界点を超えたのだろう。
提督「んー…あ、そうか。鳳翔さん?」
鳳翔「…まさか、ですか?」
提督「うん。次のお題決まったよ。後で各自に連絡しとくね?久しぶりに招待…あっ。」
提督は話す場所を間違えた。鳳翔さんが目で合図するが時すでに遅し。
今ここにいる人員は全員古参だ。今の会話で提督が解決のために何をするか容易に感づく。
しばらく基地が静かに騒がしくなるのは想像に容易かった。
十六時 川内艦隊指令基地 中央棟3F 提督執務室
赤城「簡単に作れる遠征食…つまり戦闘糧食ですね?」
提督「そうそう。ただ、”簡単に作れる”っていう線引きが難しいんだよねぇ‥」
鳳翔「そうですね。対象は、”おにぎりを作るのもままらない人でも大丈夫”ですからね。」
霧島「ん~…私は料理が得手とはいいませんが、流石におにぎりは作れますし…」
雷「私もよ。というか、その対象の人ってもしかして…」
提督が雷を目で制する。
対象は今のところ主任会議出席者以外には内密だ。
そのせいで参っている状態で、それが主任会議で話題なったなんて本人が知れば、
精神的負担は更に増してしまう。そうなると通常業務さえこなせなくなってしまうかもしれない。
今回の対象が、真面目な性格というところを考えるとなおさらだ。
ただ、雷が察してしまったことから、磯風の料理は駆逐艦の中では常識のようだ。
提督「…ま、ある程度できるようになると、できなかった時のことって忘れちゃうことが多いからね。」
料理など、体や感覚で覚えるような要素のある技術は、できない頃はとことんできない。
ただ、一回コツを掴むとするりと出来るようになる。その代わり、できない頃の癖は上書きされて消えてしまうのだ。
やり続ければそのうち体が覚えていくのである程度はできるようになる。だが…
鳳翔「対象者さんの場合、苦手意識のほうが強くなっているようです。」
提督「それが問題だよねぇ。苦手意識つくと体が拒絶しちゃうもの。」
霧島「ということは、苦手意識を払拭する、つまり成功体験を積ませるのがいいですね。」
提督「そうそう。ただその方法がねぇ‥」
包丁を握れば震え、調味料が空を舞い、コンロは燃え上がり、おにぎりも作れない。
そんな人に料理の成功体験をさせる方法。これは超難度海域を無傷で攻略する方法を考えるのと等しい。
せめて、苦手意識を一つでも…一つ…
提督「…そうか、それぞれでなぜ出来ないのかを考えればいいんだ」
赤城「それぞれで?どういうことです?」
提督「俺達は料理がそれなりにできる。だから、料理っていうくくりで見てしまってたからダメだったんだ。」
鳳翔「そういうことですか。工程ごとになぜ出来ないのかを区切って考えれば…」
霧島「完成まで持っていけるということですね。」
雷「さすが司令!いい考えね!」
そうと決まれば考察。
まず包丁を握ると震える。なぜ震えるんだろうか?
手を切るのが怖いのか、刃物自体が怖いのか…
提督「鳳翔さん、い…対象はさ、初めての給養当番の時の包丁扱いどうだった?」
鳳翔「そうですね…あ、最初はそれなりにできていましたね。」
提督「そうなの?じゃなんで…?」
鳳翔「…そういえば、いちょう切りを班に分けてさせたんですが、その人が一番遅かったですね。」
提督「…2回めのときは?」
鳳翔「…遅くはなかったんですが、厚さがバラバラでしたね…その時は煮物だったんでそのまま使用しました。」
提督「…早速原因判明したね。性格に縛られちゃってるわ。」
磯風の実直な性格がアダになっていた。最初にさせた時に一番作業が遅かった。
それを気にした彼女は、2回めの時は作業スピードを優先させた。
しかし、不器用な彼女が身に着けていない技術を速やかにこなせるわけはなく、
出来栄えは悪かった。それが積み重なって包丁扱いに苦手意識が芽生えたというわけだ。
鳳翔「すいません、私がもっと気にかけていれば…」
提督「ま、しょうがないよ。飯時の厨房は戦場だもの。余裕ないよ。」
鳳翔「ですが…」
提督「まま、ね?戦場を毎日回す鳳翔さんには頭上がらないからさ。」
赤城「全くです。鳳翔さんは我が川内艦隊指令基地の宝です!!」
全員が敬意を払った態度を見せると、鳳翔さんは申し訳無さそうに微笑んだ。
一つは解決の目処が付いた。次は…
提督「火加減かな…実はこれちょっと目星ついてるのよ」
赤城「え?そうなんですか?」
提督「うん。雷?」
雷「なに?」
提督「感づいてると思うから聞くけど、対象って実はせっかちじゃない?」
雷「…そうね、意外とせっかちよ」
提督「やっぱりねー…じゃあ、決まりかなぁ…」
赤城「なんなんですか?教えて下さい!」
提督「早くすまそうとして火を強めっちゃってるんだよね、多分」
火を強くすると、確かに食材には早く火が通る。
しかしだからといって早くできるわけではない。むしろ逆効果だ。
火加減というのは料理では重要な要素である。
焼き加減一つで風味が、煮加減一つで食感が、全てが変わる。
だからこそ火加減は調理中常に気を配るのだ。
この早く火が通るから火を強めるというのは、料理ができない人がよくやる行為の一つだ。
磯風は、早く済ませようとして強火にするが、料理が焦げそうになるので
慌てて極々弱火にして、時間が足りないので強火にして…それを繰り返す。
失敗経験が重なって、苦手意識の出来上がりというわけだ。
提督「2つめも目処ゲット。さて、最後は味付けだけど…ん~…」
霧島「…味付けの失敗は、積み重ねの結果ではないでしょうか?」
提督「…ていうと?」
霧島「鳳翔さんから料理を教わった際、味付けは後半でするとおっしゃっていたんです。」
焼き物の場合、調味料、特に塩はある程度火が通ってから入れることが多い。
味の基本となる塩味、その基礎となる塩を入れると食材から水が出るからだ。
野菜炒めなどで最初に塩コショウを振ると水分が出てべちゃっとしてしまう。
だから、味付けは最後のほうでしてくださいと提督も鳳翔さんも指示していた。
煮物の場合、味のベースはある程度最初に付けられるが、微調整はある程度煮詰まってからだ。
つまり、料理を工程ごとに並べると味付けは中盤~後半、終盤という位置づけになることが多い。
磯風の場合、前工程で失敗を重ねているため、味付けを考える余裕がなくなっていたのだ。
提督「その可能性が高そう、というか多分そうだろうねぇ‥」
鳳翔「確かに、味付けはかなり神経を使いますからね…」
霧島「はい、私もたまに味付けをする余裕がない時があるので…」
雷「仕方ないと思うわ…でもこれでとりあえず!」
赤城「工程ごとの苦手意識の原因はわかりましたね!」
と言ったところでまた長考が始まった。
苦手意識の原因がわかったところで、それを解決する方法が重要なのだ。
赤城の腹時計が17時を告げる頃…
提督「そういやもうすぐ17時だけど、鳳翔さん大丈夫?」
鳳翔「あ、今日はあと30分位は大丈夫です。メニューはクリームシチューなので」
提督「てことは、もう火をいれるだけか。」
鳳翔「はい、全て午前中に準備を終わらしています。」
提督「煮物の利点はそこだよねぇ。俺もこの前さ…あっ!」
提督が声を上げ、全員が提督を見た。
提督の表情は、してやったりという顔をしていた。
提督は、アイデアが思いつくと勝ち誇ったような顔をする。
ただ、そのアイデアで振り回されることも少なくないので、秘書艦は少し緊張する。
提督「…乱切り食材で、火加減も気にせず、味付けも最初でいい調理法。解っちった。」
赤城「…そんな都合のいい調理法があるんですか!?」
鳳翔「私もちょっと思いつきませんね…」
提督「大人数だとちょっとむずいけどね。でも、遠征食ならむしろいいんじゃないかな?」
そう言うと提督はさらさらとメモを書き始め、それを霧島に渡した。
提督「この道具の手配よろしく。食材は明日中にでも鳳翔さんと話し合うね。」
霧島「了解しました…司令?なんですか、この”スロークッカー”って?」
それを聞いて、鳳翔さんと赤城ははっとした。
それはその案が名案だと物語っていた。
提督「調べればすぐ解るよ。それらは磯風へのプレゼントだからね。」
霧島「はい、了解しました。ということは、招待するのは磯風さんでいいんですね?」
提督「うん、よろし…あれ?」
提督は違和感を覚えた。なんで対象の名前を会議に出ていない霧島が知っているんだ?
そして数秒前を思い返した…しまった、やらかした。
提督「…あの、できましたらば、ご配慮を…」
赤城「…というかですね…」
霧島「そもそもですね…」
雷「磯風の料理は、有名なのよ…」
提督「…えっ?」
鳳翔「そう、ですね‥」
提督「あれっ?えっ?」
提督は考えた。
無駄な努力だった。
ちょっと考えればすぐに分かることだ。
給養当番の際にいろいろとやらかしているということは、
娘の集う艦隊指令基地で噂にならないはずがない。
そして、今回の秘匿事項は「料理下手が我慢できずに泣いてしまった」ということだ。
「料理が下手」ということではない。
それをいつの間にかはき違えていたのだ。
提督は、ささやかな精神的疲労を感じていた。
鳳翔「…会議はちゃんと聞きましょうね?」
提督は黙って頷いた。
1話の反省として無駄に長かったので、分割することにしました。
設定を詰めると、設定を忘れる。これってトリビアになりません。