給養研究会の報告書   作:waf

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午前十三時二十分 川内艦隊司令基地 南棟33号室厨房

提督「…さて、ここに角煮の材料があります」
提督「…そして、できあがったものがこちらになります」
磯風「…で?」
提督「…ごめん、一回やってみたか‥った‥んだ…」

鳳翔さんと霧島が殺気をまとっているのが全身で感じられる。

提督「…はい、まじめにやります。」



報告書2 「遠征食」 三頁

提督「今回角煮を作るにあたって、このスロークッカーという機械を使いました」

磯風「スロークッカー?なんだ、それは?」

提督「これはね、言ってみれば煮込み調理に特化した器具なんだよ。」

磯風「煮込みに特化?どういうことなんだ?」

提督「ゆっくりと加熱していく調理器具で、これを使ってお湯を沸かすと強火でも一時間はかかる。」

磯風「強火で一時間!?相当火力が弱いんだな…」

提督「だから、ゆっくりと食材に火が通って行く。つまり、じっくり煮込む必要のある料理にはうってつけなんだよ。」

 

そう言うと、提督は角煮の材料である豚バラブロックを目の前に置いた。

500gはありそうな見事なブロック肉だ。提督はそれをぺちぺちと叩いて磯風に言った。

 

提督「さて、材料を準備するよ。磯風がやってみなさいな。」

磯風「えぇっ!?いや、私は…」

提督「大丈夫だって、俺も鳳翔さんもサポートするから。」

鳳翔「はい。では、豚バラを一口大に切ってください。」

 

鳳翔さんに促され、磯風は恐る恐る包丁を手にとった。

野菜とかはたまに切ったことがあるが、こんな大きな肉を切ったことはない。

どういう風に扱えばいいんだろう?というか一口大って?

いろいろと考えるうちに手が震えてきた。…とりあえず切ってしまおう。

…うまく切れない。目一杯力を入れているのに。なぜだ?

 

鳳翔「力を入れ過ぎると逆に危ないですよ?」

 

磯風ははっとして肉から包丁を離した。

 

磯風「いや、その、これだけ大きいから力がいるのかと思ったが‥」

鳳翔「肉類を切る際は、包丁の刃を肉に立てたら前後に動かしてください。力はほとんどいりません。」

磯風「…わかった。」

 

鳳翔さんに言われたとおりに包丁を動かす。

こんな大きな肉、刃を当てて前後で動かすだけで切れるわけ…切れた。すんなりと。

磯風はやや驚きながら鳳翔さんを見た。

 

鳳翔「そうです。その調子で一口大に切ってしまいましょう」

磯風「は‥はい!」

 

あれだけ大きな豚バラが、あれよあれよと切れてしまった。

今までは切れるはずのものが切れなかったり、食材がどっか飛んで行ったりしていたのに…

不思議そうに包丁を見る磯風に提督が言った。

 

提督「肉類は、弾力があるから力入れると逆に切りにくいんだよ。」

磯風「…確かにそうだ。ある程度柔らかい敵は、攻撃を吸収されてしまうこともあるしな‥」

提督「攻…撃…?…ま、まぁ、あれだよ。押してダメなら引いてみな?ってやつだよ。」

鳳翔「食材によって、包丁の扱いは180度変わります。わからない時は遠慮せず聞いてくださいね?」

磯風「…了解した。」

提督「さて、次は切った豚肉を少しだけ焼こうか?」

磯風「や、焼くのか!?」

提督「そうだよ?そのまま入れてもできるけど、焼き目があったほうがいいんだよ。」

磯風「そ、それももちろん…」

提督「そう、君がやるんだ。」

 

提督はフライパンなどを用意する。

磯風はそれを見ながら少し怯えていた。

火加減はどうすればいいんだろうか?焦げてしまわないだろうか?

火が通らなかったら…

今までの失敗が思い出される。

そのうち準備が終わり、提督が話し始めた。

 

提督「さて、今回は焼き目をつけるのが目的なので、ずっと強火でいいよ。」

磯風「強火でいいのか…?しかし、火が通り切らないのでは…」

提督「通らなくていいんだよ。あとで煮込むから。」

磯風「あ、そうか…」

 

磯風は慌てすぎて後の工程をすっかり忘れていた。

少し落ち着かなければ…

 

磯風「…どの程度焼けばいいか、指示をくれるか?」

提督「もちろん。いろいろ教えるから、焼きに集中していいよ。」

磯風「わかった…油は?」

提督「ほんの少しでいいよ。この5ccスプーンですくった分だけね。」

磯風「わかった、よし。」

 

コンロに火を入れ、フライパンに油を敷く。

…そろそろだろうか?どうやってフライパンが熱されたか判断すれば?

提督を見る。

 

提督「…あー、フライパンの上に手をかざして、ちょっと熱いと思ったら入れていいよ。」

 

なるほど…なぜ聞きたいことがわかったんだろうか?

ともかく、フライパンに手をかざして…このくらいだろうか?…肉を入れよう。

パチバチと音を立てる。タイミングは悪くなかったようだ。

全部肉を入れると、提督が声をかけてきた。

 

提督「さて、入れたら触りたくなるけど、基本触っちゃダメだよ。」

磯風「そ、そうなのか?張り付いたりしないか?」

提督「油もひいてるし大丈夫だよ。あと変に触ると焼き目がうまくつかなかったりするしね」

磯風「わ、わかった…焼き物って基本そうなのか?」

提督「ん〜、物によるよ。野菜炒めとかはある程度フライパンふったりするし。」

磯風「そうか…例えば、加熱している時絶対に触っちゃいけないものってあるのか?」

「「揚げ物だね(です)」」

 

提督と鳳翔さんが同時に即答した。

お互い顔を見て笑いながら、提督は鳳翔さんに説明の主導権を譲った。

 

鳳翔「揚げ物の場合は、揚げ物鍋に食材を入れてから1分は絶対に触りません。」

磯風「そうなのか?唐揚げ、とんかつ、天ぷらとかこそくっついたりしそうだが…」

鳳翔「衣に火が通れば自然と剥がれます。むしろ、火が通らないうちに触ると衣が剥がれたりして不格好になってしまうんです。」

提督「さらにそこから焦げたり、コロッケの場合だと破裂したりして結構大惨事になっちゃうからねぇ」

磯風「そうか…1分経ったら触るのか?」

鳳翔「ええ、ひっくり返したりします。もっとも、1分というのは目安で大体は音で判断します。」

磯風「音?揚げているときの?」

鳳翔「そうです。最初は泡が多くて音がしないんですが、衣に火が通るとパチパチと乾いた音がしてくるんです。」

磯風「なるほど…加熱するときは見ていればいいと思ったが、音も重要なのか…」

鳳翔「ええ、加熱するときは基本的に失敗したらおしまいですから、神経を使います。」

提督「加熱と包丁は経験重ねるしか上達法ないよね。あ、そろそろお肉ひっくり返して」

磯風「は、はい!」

 

磯風は肉を1つずつ慎重にひっくり返した。

どれもちょうどいい焼色が付いているように見える。

様子を提督が確認した。

 

提督「うん、いいね。あと少ししたらスロークッカーの中に入れちゃってね」

磯風「了解した。」

 

豚肉への焼き目付けが終わり、全てスロークッカーに入った。

その後、ネギを程よい大きさに切ったり、ゆで卵を作った。

それらも全てスロークッカーに入れた。

 

提督「さて、食材の準備は完了。あとは煮汁を作るよ。」

磯風「よし、どうすればいい?」

提督「ここに計量カップと計量スプーンがある。そして、レシピがあるから、この出汁に調味料入れていって。」

磯風「わ、わかった…司令、その、この大さじとか小さじとか、どれですれば…」

提督「そう言うと思ってた。計量スプーン見てごらん」

 

磯風が計量スプーンを見ると、文字が刻印されていた。

15ccスプーンには大さじ、5ccスプーンには小さじ、7.5ccスプーンには大さじ2分の1…

全て解りやすく整理されていたのだ。

 

磯風「こ、これは…」

提督「料理に慣れてないなら、ここらへんは知らないだろうと思ってね。文字を打ったよ。」

磯風「…心遣い、感謝する…」

提督「いいよいいよ。さて、味付けだけどこれは慣れてないうちは絶対に感覚でやっちゃいけないよ。」

磯風「…わかっているんだが、鳳翔さんがテキパキと調味料を入れているのを見ると、目分量でも行けるのかと思ってしまって…」

提督「そりゃあ、鳳翔さんは感覚が染み付いているもの。熟練者は、これだけ調味料を入れるとどうなるかは一発で解るのよ」

提督「ただ、味付けを感覚でまとめられるレベルに達するのは相当な経験が必要だよ。」

鳳翔「そして、味付けに関してはレシピというお手本で経験を積んだほうが一番効率が良いんです。」

磯風「わかった。では、調味料を入れていく。まず、醤油が大さじ…」

 

磯風はレシピとにらめっこしながらダシ汁に調味料を入れた。

それはもう慎重に。

一通り入れ終わり、顔を上げた磯風に提督が声をかけた。

 

提督「味付けが終わったら味見してね?」

磯風「味見か?レシピどおりに調味料を入れたから大丈夫だと…」

提督「味見をしないっていうのは一番やっちゃいけない。これは料理の血の掟と言っても過言じゃないよ。」

鳳翔「味見は大事ですよ。どれだけ慣れてても確認は怠ってはなりません。何事も慢心には注意、ですよ?」

磯風「了解した!」

 

それまで優しかった提督と鳳翔さんだが、味見をしないことには明らかに殺気を放った。笑ってはいたが。

これは本当に大事だということを、骨の髄から磯風は理解したのだった。

 

磯風「…味は問題ないと思う。」

提督「うん、ならそれをスロークッカーに入れて」

 

磯風はスロークッカーに出汁を入れた。

出汁を入れ終わると、提督が懐から冊子を出して言った。

 

提督「はい、後は蓋をして、前面のダイヤルを回して5時間、火加減は強に設定してね。これ説明書。」

 

磯風は説明書を読みながらスロークッカーを設定する。

入念にチェックし、静かに指差し呼称をして設定を終えた。

 

磯風「後は…このスタートを押せばいいんだな?」

提督「そうだよ」

磯風「よし…押したぞ?後は?」

提督「5時間待つだけだよ。」

磯風「…終わってみると本当に楽だったな。肉の下ごしらえの時はちょっと驚いたが…」

提督「まぁ、あれは面倒くさかったら省略するけどね。今回はあえてさせたの。」

磯風「…あえて?」

提督「そう。しっかりと下ごしらえも出来たじゃん?後は5時間待てば美味しい角煮ができるよ。」

鳳翔「お料理の苦手意識を少しでも解消できれば、と思ったんですよ。」

 

磯風はハッとした。

ぎこちないところはあったが今回は概ね平和に”料理”というものが出来た。

確かに簡単な料理法ではあるが、おにぎりもろくに握れなかった自分からすると大成功だ。

肉の焼き目付けを終えた当たりからは、いろいろな作業をそんなに苦なく出来た気がする。

 

提督「成功体験は、苦手意識を払拭する一番の薬だからね。」

磯風「…度重なる心遣い、本当に感謝する。」

提督「いや、いいのいいの。気分でやったことだからさ。」

 

提督は頭を深々と下げる磯風の背中に優しく手をおきながら言った。

磯風は提督に促され顔を上げると、一つ質問をした。

 

磯風「そうだ、一つ聞かせてくれ。フライパンが熱せられたかわからない時にすぐ察したのはなぜだ?」

提督「ああ、それはね…料理で解らないところは大体解るんだよ。」

磯風「それは…どういう…?」

提督「それは、料理好きな俺でも、厨房の唯一神たる鳳翔さんでも、最初から出来たわけじゃないってこと」

鳳翔「ええ、最初は出来ないことのほうがたくさんありました。でも一個一個、できるように続けていったんです。」

提督「生まれつきのプロなんてこの世には存在しないさ。だから、今練度が低くても気負わないでリラックスしよう。」

磯風「…こういうことを言うのも恥ずかしいが、この司令基地に着任してよかったと思っている。これからもよろしくお願い致します。」

 

再び頭を下げる磯風を見ながら、提督たちは微笑んでいた。

そんな空気に似つかわしくない言葉を誰かが発した。

 

赤城「あの…ところで、そのセットした角煮はどうするんでしょうか?」

 

この妖怪大食い空母…

提督は魂の抜けたような表情で問いかける。

 

提督「お前にはやらん。これは磯風のものだから、できたら俺が責任を持って届けるよ。」

磯風「届ける?とは‥?」

提督「おみやげだよ。同室の浜風と一緒に食べなさい。今日は食堂の休館日だから、晩ごはんにちょうどいいだろう。」

磯風「感謝する。それと、浜風はこの食事会に呼ばれたがっていた。だからもしよければ…」

提督「あー、あの子食べるの好きそうだもんねぇ…」

鳳翔「どうです?新規着任した駆逐艦の子たちもそろそろ…?」

提督「そうするかぁ…近いうちに呼ばれるかもしれないから、準備しといてって言っていいよ。」

磯風「ああ、浜風はすごく喜ぶだろう。あと、流石に二人でこの量は多いから、半分赤城さんにあげても構わな」

赤城「ありがとうございます!!ありがとうございます!!!」

 

赤城は光の速さで深々と頭を下げた。磯風はあっけにとられた。

これがこの基地で中核を担う一航戦なのか?

赤城と磯風以外の面々は、やれやれといった表情だ。

赤城の熱い御礼が終わった頃、提督が磯風に言った。

 

提督「あ、あとおみやげはまだあるんだ。」

磯風「ん?なんだ?」

提督「計量スプーンと提督特製スロークッカーレシピ冊子を付けて、こちらにある新品のスロークッカーを…」

磯風「えっ!?いや、申し訳なさすぎてもらえ…!」

提督「貰いなさい。これは命令だよ。」

磯風「うっ…!了解した。」

提督「これはほら、遠征食を作るための道具だよ。レシピもあるから、後は食材を準備すれば大丈夫になるでしょ?だから命令。」

磯風「な、なるほど…」

鳳翔「あと、事前に何を作るか言っていただければ、材料を給養部の扱いで取り寄せできますよ。」

磯風「そ、そうなのか!?それはありがたいが…」

提督「遠征班の戦闘糧食は各自用意だけど、食材の準備くらいはやってあげたほうがいいかな、と思ってね。」

鳳翔「あと、料理に関する相談もご飯時以外は遠慮なくしてくださいね?」

磯風「…感謝しきれないな。本当にこの基地に着任できてよかった…」

 

 

十九時五十分  川内艦隊司令基地 東棟第七居住区画8号室

 

浜風「なるほどねぇ…提督もよく考えたわねぇ…」

 

磯風は自分が作った角煮を浜風と食べながら、今日の食事会での出来事を報告した。

浜風は最初、角煮を磯風が作ったと聞いて覚悟を決めたが、

それは非常に美味であり、半分ほど食べ進めた頃にはすっかり気にならなくなっていた。

 

磯風「ああ、変わり者で正直苦手だったが、考えを改めざる負えないな…」

浜風「それはあるわねぇ。あ、変人といえば、提督と前に話した時、軍人ぽくないですね?って聞いたらなんて言ったと思う?」

磯風「わからないな…」

浜風「”俺は軍人になりたくなかったからね”って言ったのよ。冗談だと思って笑ったら”いや、本当に”って真顔で言われちゃった。」

磯風「それは…なんともな返答だな…」

 

磯風はどこか合点がいく気がした。

あの提督は態度から行動、言動、全てにおいて軍人らしい規律が全く感じられない。

第一、軍人が非番に趣味の料理を適当に部下ひっ捕まえて振る舞ってるなんて聞いたこともない。

ましてやそこでの経験を普段の給養に活かそうしているんだがら更に眉唾だ。

人によっては、それだけでたるんでいるとかなんとか言われそうだ。

しかし、司令官としては有能らしい。主力艦隊の面々は司令官に全幅の信頼を置いている。

そして…

 

浜風「でも、司令官としては信頼できるのよね。いざというときの意見が的を射てるのよ。」

磯風「…そうだな。」

浜風「今回の磯風の悩みも、全部その通りだったんでしょ?」

磯風「ああ、全部しっかりと解決の道筋を付けてくれた。」

浜風「それがこのスロークッカーかぁ…へぇ、いろんな料理ができるんだねぇ…」

 

浜風は提督特製レシピ冊子を見ていた。

さっきから浜風は食べながら喋って読んでいる。器用だな…

磯風がふとプレゼントされたスロークッカーの箱に目をやると、

箱に何かが貼り付けてあるのを見つけた。封筒だ…見たことのある封筒だ…

封筒を剥がし取り、宛名を見る…つい数時間前にお願いしたばかりなのにな…

 

浜風「どうしたの?」

磯風「…本当に掴み所がないな…」

浜風「何笑ってるのよ…?」

磯風「ほら、司令からだ。」

浜風「え?な…に…!!!!」

 

磯風はその後しばらく浜風の喜びに振り回された。

今日の朝までの緊張した磯風の表情はとっくに消えていた。

 




設定はあるが語彙が少ねぇ


一番細かく設定が決められていないのは、実はこの給養研究会関連です。
後付でもいいよね、破綻しなければ(慢心)
あと、調理知識に関しても素人知識です。
いいんだよ、妄想から溢れだしたものを形にしたかっただけだし(傲慢)


そして、阿武隈がいないのでカタパルト入手出来ません(白目)
鶴姉妹がこちらを見ている…せっかく改造Lvまで上げたのに…
設計図も確保したのに…正月休みで取る予定だったのに…

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