内容無視、性格改変などあるかもしれませんがそれでもいいよと言う方はどうぞ
《君》は、無限に続くような、歪んだ回廊を歩いていた。回廊は闇に包まれ、怒り、憎しみ、悲しみ、喜び、様々な感情が渦巻いている
「どうした魔法使い、もう限界か?」
先を行く魔界の王、アルドベリク・ゴドーが尋ねる。《君》は大丈夫、と言い、回廊を歩き続ける
「大丈夫ですか?ここは少々刺激の強いところですからね……だから帰るならさっさと帰れよ」
心配する声は、途端に冷たくぶっきらぼうな声に変わる。彼の名はレイフェル・ユリーマ。この回路の管理人だ
「にゃはは、この程度で音を上げるほど私の弟子はやわじゃないにゃ」
《君》の横を歩く、猫……ウィズが笑う。この回廊に来たのは、アルドベリクともう一人の天使……ルシエラ・フオルを救う可能性を見つけるためだ。回廊を歩き続ける途中で、いくつものアルドベリクとルシエラに似た声を聴いた。そのどれもが、これまでにアルドベリクとルシエラが別世界で繰り返してきた別れの歴史だという
いくつもの声が犇く中、全てを消し去るような、悲痛に満ちた叫びが響く
「うぁぁぁぁぁ……! ああ……ああああああ!」
声の先に、一際大きな歪みが形成される
「もしかすると、最初の<可能性>の声かも」
レイフェルが言う。《君》が歪みの先を見ると、中にアルドベルクによく似た白い羽を持つ男がいる
レイフェルとアルドベリクが話す中、《君》は、歪みのその先にあるものに手を伸ばす、歪みは、《君》を包み込み、とある夢を見せた
《彼》は、天界の城の王だった
美しき白い羽と綺麗な顔、その姿は人々から天使と崇め称えられるのに十分すぎる、神秘的な存在だった
《彼》は、日課として、下界へ降り人々の営みを見守っていた。その日もいつものように、下界の暗い森に降りたち、辺りを見る。このあたりは魔物も多く、人はまず来ない。ここで休憩してから近くの街の様子を見るのが習慣となっていた
「いや……!来ないで!あっちいって!」
近くで、誰かの叫び声が聞こえる。急いで駆けつけると、少女が魔物に追われていた。《彼》は剣を抜き、一太刀で魔物を消し去った
「あ……ありがとうございます。……あれ?あなたは……」
少女が《彼》の体をまじまじと見る。そして、絶叫に近い悲鳴を上げた
「あっ!もしかして神様!?……初めて見た!」
それが、少女と《彼》の、初めての出会いだった
「……神様、か」
《彼》は、姿を街の住人に見られたことは一度もない。見ようと思っても、魔法で身を隠すため見つからないはずだった。しかし、今はあまりに急な出来事のため、身を隠す暇もなかった
「すごい……本当に羽とか生えてるんですね。飛べるんですか?飾りじゃないんですか?」
次々と質問をしてくる少女、それには答えず、語気を強くし問う
「なぜ、森に入った」
少女の体がびくりと動く。バツの悪そうな顔で《彼》を見上げる
「この森は魔物がよく現れる。この森に人間が入るのは危険だ。早く去れ」
「……理由なんて、ありませんよ」
少女が、呟く
「なんとなく、ここに来たんです。今日は何かあるかもしれない。運命の出会いのようななにかが……って。私、いつもいろんなところを冒険してるんです。ここに来たのは初めてですけど」
「夢の見すぎだな」
「でも、神様と会えました」
屈託なく笑う少女に、《彼》はやれやれとため息をつきつつも、自然と笑みがこぼれていた
これが、彼女と《彼》の、初めての出会いだった。
この日から《彼》が下界へ降りるとき、少女はいつもそこにいた。ここは危険だ、と何度も警告するが
「大丈夫ですよ!神様が守ってくれますから!」
「……何度もわざわざ守ってやるほど、俺はお人好しではない」
こんな風に、軽く流されるだけだった。だが、長く天界の天使とだけ接し、また魔族との闘いに疲れていた《彼》にとって、少女との出会いは新鮮で、また癒しになり始めていた
しかし、天界の乱れは下界にまで及び始めていた。《彼》が下りる暗い森にも魔物が増え、今は《彼》がその魔物を倒している。だが、彼には天界での責務もあるため、長くは続けられない。どうしようか、と悩んでいると、少女が彼のもとへやってくる
「遅れちゃったかー、久々に来ましたね」
苦労も知らずに笑う少女に、《彼》は疲れをなるべく感じさせないように言う
「……こうやって下界の様子を見るのも、俺の役目だからな」
「やっぱり、優しい」
「……優しくは、ない」
魔族との闘いも、日に日に激しさを増している。実際、少女が言ったように、《彼》が地上へ降りる回数は減ってきていた。これ以上は続けられないか、と、少女に彼は告げる
「俺がこうやって下界を見に来るのも、もう限界かもしれん」
少女の顔が曇る。《彼》の心も痛む気がしたが、心を鬼にし、続ける
「もうここには近寄るな。俺がいなければ、この森は危険だ。最近は魔族も増えている。危険だから帰った方がいい」
突き放すように、最後の一言を付け加える
「……いつまでも守ってやるほど、俺はお人好しじゃない」
背を向け、翼を広げる。飛び立とうとした《彼》の手を、彼女は掴む
「……神様」
少女は泣きそうだ。頭を優しく撫で、《彼》は微笑む
「……また、会えるさ。ここでなくても、きっとどこかでな」
「……神様の笑った顔、初めて見ました」
照れくさくなり、《彼》はそのまま羽ばたいた。飛び去る時に、羽が一枚落ちる。少女はその羽を広い、優しく抱いた
それから、どれくらい経っただろうか。魔族との戦闘はさらに激しさを増し、《彼》は下界へ降りることがなくなっていた。魔族は、《彼》が下界へ降りてくるのをやめたタイミングで、激しく襲ってきたようにも思える
「……考えすぎか」
この日も、彼は魔族との戦争を終え自室で休んでいた。あの日別れた少女のことが、ふと気になった
―――下界は、無事だろうか
そんな、不安をなぜか抱く。久々に下界の様子を見よう、と思った《彼》のもとに、天使の従者が入ってくる
「た、大変です!下界に魔族の放つ魔物が!」
「……何だと!?」
《彼》は下界へ向け、走った。いつもの森へ、急いで降り立つ
「……これは……」
森は、燃えていた。森だけではない、街も燃えている
「どうして……こんな……っ!」
きつく拳を握りしめる《彼》のもとに、多くの魔物が集まってくる。まるで、《彼》がここにいるのを知っているかのように
「邪魔……だっ……!」
《彼》は、焦りと怒りのままに剣を振るう。町を目指し、一直線に飛ぶ
その最中、森の奥、まだ焼けてないであろう暗いところに、白い輝きを見た。あれは、と急いで駆けつける。……もしかしたら、誰か生きている人がそこにいるのかもしれない、と
魔物を殲滅しながら、《彼》は飛ぶ。森すら切り開きながら、何かが光った場所にたどり着いた
「―――っ―――」
そこにあったのは、赤い、赤い、池だ
多くの人間が、そこで惨殺されであろう跡。その惨状に、《彼》は息をすることすら忘れてしまう
―――どうして―――じゃあ―――あの子は―――?
頭の中を、最悪な予想ばかり回る。その時、なにか足音が聞こえてきた
「こっちです……こっちに……!」
《彼》の意識が戻る。聞き覚えのある、少女の声だ。急いで声のする方へ駆ける
少女がいた、何人かを連れて走っているようだ。よかった、彼女は無事だったんだ。と彼女の手を取ろうとする
少女は《彼》に気づき、顔を輝かせる。しかし、直ぐにその顔は何か焦りを見せ、《彼》の手を取って―――
―――突き飛ばした。《彼》は何が起こったかわからず、少女の方へ向く。すると、少女の体には穴が開いていた。……背後から、魔物に狙われていたらしい。それに気づいた彼女が、《彼》を突き飛ばしたのだ
魔物を一撃で屠り、倒れそうになる少女を受け止める。《彼》は叫んだ
「……なぜ、なぜだ!」
少女は、薄く目を開ける。息も絶え絶えで、それでも言葉を絞り出す
「神様でも……そんな顔するんですね」
「冗談はいい!早く治療を……」
「待って……ください……」
焦る《彼》の腕を、弱弱しい、だが堅く少女の手が抑える
「みんなを……助けて……」
「―――っ!」
魔物はまだ残っている。少女が連れてきた街の人間も、まだいるのだ。《彼》は、少女を街の人間に任せ、剣を構えた
「う……おおおおおおおおおおおっ!」
魔物を全滅させるのに、そう時間はかからなかった。だが、この状況では少女を助けることなど、到底不可能で―――
半壊した街に、生き残った住人と、多くの亡骸が集まる。その中に、《彼》も立っていた
《彼》は、あの日起こった出来事をすべて聞いた。魔物が押し寄せ、人々が襲われる中、少女は白い、美しい羽を持ち人々を誘導し、あの森へ集めたのだと。その森へ行けば、神様が助けてくれると……
「私どもはその言葉を信じていませんでしたが、わらにもすがる思いで森へ行きました」
長老であろうか、妙齢の男が話す。その言葉は、《彼》には届いているのだろうか
「しかし、多くの犠牲は生じたものの、本当に神様が来てくださいました。私どもを救っていただき、本当に、本当に、ありがとうございます……」
生き残った人々が、一斉に頭を下げる。その光景が、《彼》にはひどく不快に見える
「……違う」
怒りを込め、《彼》は翼を広げる。その腕には、もう動かなくなった少女がいた
「……俺は、そこまでお人好しじゃない。誰も守れない。誰も助けられないんだ……」
そして、彼は羽ばたく。向かう先は、少女と出会った森
朽ち果て焼野原となった森に、少女を埋めていく
―――運命みたいな出会いを―――
その言葉が、《彼》の内に響いていた。もし彼女が《彼》と出会わなければ、彼女は死ななかったのではないか?また、街の被害もそこまで大きくなかったのではないか?
考えれば考えるほど、彼の中で、怒り、後悔、悲しみ、様々な負の感情が渦巻く。剣を地面に突き刺し、力の限り、《彼》は叫んだ
「うぁぁぁぁぁ……! ああ……ああああああ!」
声は、下界、天界、魔界、あらゆる場所へ届きそうな声で
叫びながら、負の感情がせり出てくるように、《彼》の体、目、全てを黒く染めていった
「……お、珍しいお客だね?何の用だよ?カミサマがよ?」
あらゆる<可能性>が渦巻く回廊、そこに、《彼》は立っていた
「頼みがある。俺とこの少女が出会う<可能性>を、ここで捨てさせてくれ」
「そんなの勝手にしろ。でも<可能性>を捨てるなんて、珍しいですね?」
レイフェル・ユリーマは、二つの人格をコロコロと忙しそうに変えながら話す。その様子も気にせず、《彼》は<可能性>を捨て去っていく
「あらら……無視ですか。陰気なヤローだなぁ?」
用事だけ終えると、足早に回廊を出る。これでいい、と《彼》は翼を広げた
……これで、いい
少女と自分が出会わなければ、このような悲劇はけして起こらなかったはずだ
それだけでなく、自分を頼ろうとした街の人も、殺されなかったかもしれない
いや、それ以前に、魔物が街を襲うことさえもなかったかもしれない
「……俺は」
呪いのように、《彼》の体を黒い何かが包んでいく
「……俺は、そこまで」
黒い何かは体だけでなく、顔まで伸びる。《彼》を包み、禍々しい鎧となる
「……俺は、そこまでお人好しじゃない……っ!」
それは、もはや呪詛だ。どうして守れなかったのか。どうして救えなかったのか。どうして助けられなかったのか
《彼》は、もはや天使と呼べる風貌ではない。まさしく魔族のそれになっていた
彼は魔界へ向け、全速力で飛ぶ
全ての怒りを、魔族たちへぶつけるように―――
《彼》の残された可能性は、《彼》が死んでからも呪いを撒き続けた
《彼》の強すぎる後悔が、なぜかすべての世界で少女と《彼》を引き合わせる
しかし、もう彼らが友に生きられる〈可能性〉は無い。出会う旅に、死別を繰り返し、彼らは別の世界へ飛ぶ
その度に、残された<可能性>に残された感情、《サッド》は力を増していった
そしてまた、彼らは死別するために出会う。《彼》はアルドベリク・ゴドーという魔族、少女はルシエラ・フオルという天使に名前を変えて……
「……キミ、キミ!」
はっと我に返った《君》は、ウィズの声で意識を戻す。今のは何だったのだろうか、と考えようとするが、うまく思い出せない
「何をしてるにゃ!アルドベリクとルシエラを助けるにゃ!」
目の前には、黒い瘴気を放つ魔人がいる。それは、何処かで見たことあるような風貌だ
『俺はそこまでお人好しではない……』
全てを呪い祟る声が聞こえる。《君》はカードを構え、アルドベリクの横に立つ
「お前は、俺以上のお人好しだな」
アルドベリクは、剣を目の前の魔人に向ける
「遠慮はいらないだろう。お前は俺なんだからな」
そして、黒猫の魔法使いと、二人の魔人の戦いが始まる
そして―――永劫の螺旋は、終わるのだ