邂逅 Ⅰ
「ほえ?」
間の抜けた声が、宙に溶けて消えた。
声を発した少年は、開いた視界いっぱいに広がる漆喰の塗られたダークブラウンの板張りの天井と、取り付けられたゴシックのランプから自分が横になっているのだと認識した。
次いで、背中を包む柔らかくも弾力のある感触と、頭部をやや高い位置で支えるクッションから、自分が横になっているのはベッドだと理解した。
自室で勉強していたつもりだったが、いつの間にベッドに入ったのだろうか、と首を傾げる少年だが、それ以上に気になるのは果たして自分の部屋の天井はこんな造りだっただろうか、ということだった。少なくとも照明はランプではなく、LEDのライトだったはずだ。
ここ、どこだ?
少年は室内も確認するために頭をやや持ち上げた。しかしそこで、ぎょっとして動きを止めた。
白い、白い少女がベッドの脇に立ち、少年の穿くスウェット生地のグレーの部屋着を両手で触っていた。撫でて、擦り合わせて、引っ張って。
腰まで垂れた純白の髪と身にまとった白い無地のワンピースがその動作に合わせて微かに揺れる。
だが、空色の瞳をたたえた表情はまるで仮面を被っているかのように小動もせず、視線は一心に少年の部屋着に向けられている。
「えーっとぉ……」
少年はたじろぎながらも、少女とコンタクトを図る。
少女が夢中で触っている下半身を動かさないように注意しながら、上半身を起こす。すると少女は視線を少年に移した。黒い瞳と青い瞳がぶつかる。
「起きた」
抑揚の少ない静かな声で言うと、少女は少年のすぐ横へと移動した。
「すごい、いい生地」
今度は少年の着ているトレーナーを触り始めた。一緒に腹や脇を触られながら、少年はすぐ近くにある少女の顔をまじまじと見つめる。
顔は綺麗な卵形。目は二重でぱっちりと大きく、桜色の唇はぷっくりと柔らかそうだ。肌は白く透き通っているが、そこに弱さや儚さといった印象はない。百人が見て百人が可愛い、綺麗と評価するであろう美貌の持ち主だ。ただ惜しいのは、無表情で印象がやや冷たいところだろうか。
体は小柄だが、ワンピースを押し上げる二つの膨らみはこれからの成長が十分に期待できる、と考察する。
そして最も特徴的なのが、その白い髪。まさに雪のごとく純白のそれは一本一本が絡まることなく、まるで水のように流れ、揺れる。白い髪など、少年が知る限りでは異様という評価しか聞かないが、これほど白い髪の似合うこの少女こそ異様だった。
必然的に、少年は悟った。これは夢だと。そして、この少女がどういう存在なのかも。
十五で童貞卒業かぁ。夢ん中だけど。
そうと分かれば、なにも躊躇うことなどない。
「ん?……わっ」
少年は少女の両肩を掴み、自分に引き寄せた。バランスを崩した少女は驚きの声を上げてよろめき、少年に覆いかぶさった。
少年は再びベッドに仰向けになると、自分に馬乗り状態になった少女を見上げる。
「……なにする気?」
少女の瞳が警戒を表して細められた。だが少年は微笑むと、まだトレーナーを掴んでいた少女の手を取った。
「その反応だと初めてですね? 大丈夫! 俺もですから! とりあえず一発目に騎乗位で……」
言い終わる前に、少年は言葉を切った。
目を向けた先。やや頬を紅潮させて自分を睨む少女がいる。先程までの鉄面皮からのギャップに胸を打たれるようだが、少年の視線はその先を捉えていた。
少女の背後のなにもない空間が蜃気楼のように揺れ、なにかが形を作り始めた。
白、赤、青、黄といった様々な色を内部で反射するガラスのようなそのなにかは、左右一対に分かれ、瞬く間に部屋いっぱいに広がった。天井のランプを遮り、代わりに内部で蠢く色の光を室内に投げかける。内部の色はまるで水のように形を変え、他の色と混ざりながらゆらゆらと揺れてる。
「……翼?」
それはまさに、翼の姿形そのものだった。淡く光を放つ様々な色を湛えた水のような翼。表面は鳥のそれのように羽毛ではなく、まるで磨かれたように滑らかだ。
写真でしか見たことはないが、少年はオパールという宝石にそっくりだと感じた。
翼の光が目に焼き付き、少年はその威容に魅入った。
少年は翼に触れようと、手を伸ばそうとした。しかしそれよりも速く、少女が動いた。顔の横まで右腕を上げると、指を鷲の爪のように立てる。
「変態……」
シャキンッ! と硬い金属を摺り合わせたような音と同時に、少女の手が肘の辺りまで銀色の金属で覆われた。またしてもなにもないところから現れたのだ。全体はなめらかで継ぎ目一つなく、指先は釘のように鋭利で、翼からの光を受けて虹のように輝いている。
少女は右手を矢を絞るように引き、狙いを定めるように目を細めた。
なにをしようとしているかは明白だった。
「ちょ、ちょっと待って! それはやばいって! 死ぬ死ぬ!!」
慌ててベッドから這い出ようとした少年だが、馬乗りになった少女の左手に肩を押さえ込まれ、身動き一つ取れない。とてもか細い女の子の腕力ではない。
「ウソウソウソ! さっきのウソ! 夢でもそれはやばい! やばいってば!!」
必死に弁明を続ける少年に向かって、険しい表情の少女は容赦なく鋼の右腕を突き出した。