ダンジョンに召喚された者が潜るのは間違っているだろうか? 作:猫の手
お暇つぶしにどうぞ
デルメル・ファミリアは市場へ農作物の準備などで朝は非常に早い。"畑の悪魔"と二つ名を持つカリーナが陣頭指揮を執り出荷の準備をしていた。
冬の石榴亭の主人は出荷する農作物の中から形が悪いものを仕分け譲り受けていた。冬の石榴亭の料理が安くて美味いのはここら辺に秘密があるようだ。市場には決して出さない失敗作を安価で購入することが出来る環境。デルメル・ファミリアの眷族のみに与えられる特権である。
活気あふれる早朝、それを背にチェルシーはコジロー――弟分の様子を見に行くことにした。農作業はデメテル・ファミリアの仕事、客分たる彼に手伝わせるつもりは無いようだ。例外としてカリーナがコジローの持つ知識についてご執心であり、たまに捕まえては根掘り葉掘り聞いていた。ホームの片隅で数を数える声が響く。コジローは飽きもせず素振りをしているようだ。冒険者の大半は素振りなどは行わない。修行をするにしても組手が基本となる。人によっては無駄といわれる修練法、その時間でモンスターを一匹でも狩った方が強くなれる。それがオラリオの主流の考え方だ。だが、コジローはそんな声を気にも留めず、ただひたすら素振りを行っていた。
「9898,9899……」
専心し一心不乱に剣を振るう弟分、その剣は大気を切り裂く音すらさせない。曰く風切り音が鳴るのは道半ばである程度まで行けば自然にそうなるそうだ。最初は不良債権に取りつかれた不幸な冒険者と考えていた。モンスターとの戦闘を続け積極的に階層を下ってゆく。修練と読書とダンジョン……後駄女神の後始末。この4つを繰り返す機械的な人間にしか見えなかった。―――評価が変わり、弟分と考えるようになったのはいつからだろうか。物思いにふけそうになったとき、弟分の素振りは終了していた。汗だくになり、立ったまま深呼吸を繰り返し乱れた呼吸を整え始めた。それに気が付いたチェルシーは用意していたタオルを差し出し声をかける。
「おはよう、コジロー。汗をかかないと風邪を引くわよ。」
「ありがとっ、チェルシー」
感謝の言葉と共にコジローはタオルを受け取り、汗をぬぐい始めた。汗をぬぐった後、弟分はチェルシーを見上げて目を丸くする。チェルシーは今日デルメル・ファミリアの友人とショッピングに出かける予定だ。そのため、少しばかりおめかしをしていた。白いワンピースに身を包み、金糸を編んだかのような金髪は朝日に照らされ光の束を集めたかのように輝いていた。
「そのワンピース似合っているよ。今日はどこかに出かけるの?」
いつもとは違う姉貴分に動揺しているのかコジローは少し顔を赤らめていた。そんな弟分に内心喜びつつもそれらの素振りを隠しチェルシーはコジローの質問に答える。
「ありがと。今日はファミリアの皆とショッピングに行くわ。……ショッピングって言っても必需品の買出しがほとんどだけどね」
冬の石榴亭の接客用とは違う砕けた口調、弟分だけに見せる姉の顔だ。
「わりぃ。今回は手伝えない。次は出来るだけ手伝うようにするよ。」
「気にしないで、今日のショッピングは男子禁制よ。力仕事が必要なときに声をかけるわ。」
依頼をするのであれば数日前に声をかけている。基本的に色々と年毎の男の子には内緒にしておきたいもの―疚しい意味ではない―を購入するのだ。着いてこないほうがいいだろう。チェルシーもスリーサイズを知られる可能性があるところに弟分を連れて行きたくは無いのだ。コジローがよっと声をかけて立ち上がる。
「じゃぁ、出掛ける準備をしてくる。今日は色々と回らないといけないんでね。」
そういうと弟分は草臥れたサラリーマンのような表情を浮かべる。チェルシーは弟分に苦労をかける駄女神を心の底から呪う。かわいい子には苦労をさせろというがこんな苦労のさせ方は無いだろう。弟分は木に掛けていた上着を取る。すると、ポケットの中に入れていた本が転げ落ちてきた。本のタイトルは『葉隠』。弟分の故郷で武士のあり方を説いた本といっていた。それを共通語に翻訳しデルメル・ファミリアを通じて販売しているようだ。割と人気があるらしく。それなりの売上になっていると言っていた。
弟分は本を拾い上げると表紙に目を向け深々と一言呟く。
「『若き中には随分不仕合せなるがよし』……まぁ、頑張るとするかね。」
コジローは本をポケットに押し込み自室へと向かっていった。その言葉は自分に言い聞かせるようであり哀愁が漂っていた。いつか必ず『改宗』させよう。その後姿を見ながらチェルシーは固く誓った。
日が昇り、冒険者たちがダンジョンへ向かう準備を始める時刻……または、歓楽街から帰ってきた冒険者たちが帰宅の途へ着くころ、タケミカヅチ・ファミリアの面々もダンジョンへ向かう準備を始めていた。女性陣は朝餉の準備をし、男性陣は装備の最終チェックをしている。そんな中、主神であるタケミカヅチは手持無沙汰であった。装備のチェックを自分がするわけにもいかず、女性陣は台所は自分たちの戦場だと言って譲らないからだ。子供たちの成長に一抹の寂しさを覚えた。
玄関の呼び鈴が鳴る。手持無沙汰だったタケミカヅチは子供たちに自分が出ると言って玄関に向かって歩いていく。軽く咳ばらいをし、ドアの前の訪問者に声をかける
「どなたかな?」
「キルケ・ファミリアが眷属、コジロー・ツバキと申します。タケミカヅチ様はご在宅でしょうか。」
キルケの名前を聞き、タケミカヅチは顔を顰める。キルケは性質の悪い遊び人であり、魔女である。昨日は友神であるヘスティアに手を出したため、止む無く叩き出したが正直あまりかかわりたい神ではない。とはいえ、眷属の少年の対応に今のところ無礼はない。故にタケミカヅチは遺恨はともかくとして対応することにした。重い音を立てて建付けの悪い扉が開く蝶番の調子が悪いようだ。修理には費用が掛かる――騙し騙し使うしかないだろう。
「初めまして、私がタケミカヅチだ。コジロー君だったね。今日はどのような用件で参られたのかな?」
年の頃は13ぐらいだろうか?少し幼い感じが残る少年がいた。黒髪、黒目……極東出身者の特徴を持つ。同郷の者だろうかとタケミカヅチは考えた。佇まいから相当の武術の修練をしたことが伺えた。このとき、タケミカヅチは少年がキルケ・ファミリアの眷族であることを忘れ強い興味を覚えた。
少年は相手がタケミカヅチであることを理解すると勢いよく地面に伏せ見事な土下座の体制を取った。そして、そのまま地べたに額を擦り付ける。少年の突然の行いに唖然とするタケミカヅチ、そして少年は謝罪の言葉を続ける。
「私のところの主神がご迷惑をお掛けしてしまい……申し訳ございません。」
どうやらこの少年は駄女神と違い常識的な正確をしているようだ。主神の代わりに謝りにきたらしい。主審の悪行を眷属が詫びる……タケミカヅチは眷属達にこのような真似をさせないようにしようと固く誓う。
「いや、君がそこまでしなくても良い。それに被害にあったのはヘスティアだ。私ではないよ。」
「ヘスティア様の件も存じております。タケミカヅチ様への謝罪を終えた後、ヘスティア様の下へ向かうつもりです。」
地べたに額を擦り付けた姿勢のまま返答を返す。……この子は苦労が耐えないんだろうなぁとタケミカヅチは同情をしてしまう。故に自分にかけた迷惑は許す気になった。
「頭を上げてくれ。先ほどもいったとおり被害にあったのは私ではない。だが、ヘスティアが許す許さないにかかわらず、私は君に免じてキルケを許そう。」
「ありがとうございます。」
コジローはタケミカヅチに感謝の言葉を述べると頭を上げ、ゆっくりと立ち上がる。そして手に持っていた風呂敷を広げるとワインを取り出し差し出した。
「主神がご迷惑をおかけしたお詫びです。お受け取りください。…もし今後、このようなことがあれば私かデルメル様にご連絡ください。物理的にヤキを入れます。」
「お……おう。次回からはそうさせて貰うよ。」
己の主神に対してヤキを入れると発言するとは……タケミカヅチは自分と眷属たちとは違う関係性に唖然とする。そうして、思考停止状態でワインを受け取る。ワインを受け取ったことを確認すると少年はその場を立ち去っていった。
命が遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。どうやら朝餉の準備が整ったらしい。受け取ったワインを片手にタケミカヅチは食堂へと向かう。少年の様子を思い返しながら、この件は他山の石として肝に銘じようとタケミカヅチは心の底から誓った。
―ちなみにヘスティア様にも同じことをした。土下座の威力を理解したヘスティアがヘファイストスに対して実践するのは別の話となる。
ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?
第二話:バベルと鍛冶屋のサットル
日が中天に昇る。
メアリは一張羅のインバネスコート、鹿撃ち帽を被りバベルへ向かっていた。薄い化粧も相まって男装の麗人といった装い――創作小説の探偵のような恰好をした男装の麗人がいればだが――まぁ、素直に言えば、奇人の装いである。
待ち合わせの場所にたどり着くとコジローは大通りに面するような半円球の広場にあるベンチに腰を掛けていた。待ち合わせる場所としては摩天楼は不適のため、広場で待ち合わせをして行くことになった。メアリはコジローに対しと手を振る。
「やぁ、お待たせ。随分早かったんだね。」
「用事が早く終わったからな。相変わらずの格好だな。それ」
昨晩の甘い雰囲気など探偵狂いの格好を見れば吹き飛んでしまう。良い気つけである。残念美人のメアリに対しコジローは服装に突っ込みを入れる。
「似合っているだろう?最近仕立てたばかりのお気に入りの一品なんだ。今度パイプを作ってみようかと思っているよ。」
「匂いが染みついたら、ダンジョンで面倒になるんじゃない?」
「こうも問題点をあっさり指摘できるとは……やっぱりボクの助手にならないかい?君がいれば探偵稼業もきっとうまく――」
メアリ・マコット"探偵未満"という不名誉な二つ名を持つ上級冒険者。ちなみに彼女は迷推理で有名だ。そんなのの助手になった日にはそら恐ろしいことになるだろう。コジローは二つ返事で断ることにした。
「駄女神様の面倒を見るだけでも大変だからな。それは断るよ。それよりも鍛冶屋を紹介してくれるんだろ?」
「むぅ……残念。仕方ないね。じゃぁ、行こう。ボクの行きつけの鍛冶屋を紹介するよ。」
あっさりと流されたメアリは面白くなく、えいっとコジローの腕に両手で抱き着き胸を押し当てる。
「メアリ!?」
「どうしたんだい?道に迷わないように手をつないだだけだよ」
インバネスコートは戦闘用だ流石に胸の感触などは分からないが、純情少年たるコジローはじたばたと暴れるが悲しいかな。上級冒険者となりたての冒険者との基礎的なステータスの差、それがコジローが脱出することを阻む
「当たってる。当たっているから離してくれ!!」
「ふふふっ、どーしよーかな~」
メアリの香りと声に耳を擽られながら、コジローは悲鳴を上げた。
摩天楼のエレベータが昇る。
エレベータの中にはからかわれて不機嫌になってしまったコジローとメアリ。
メアリはちょっとやりすぎたかなぁと思ったけれども、きっと役得だったからいいかとあっさりと割り切った。
割り切られてたまらないのはコジローの方である。青少年に美人とのスキンシップに耐えられる精神など存在しない。むすっとした表情のままエレベータの中に乗っていた。
到着音が鳴り響く。
バベル8階はヘファイストス・ファミリアのテナントだ。
特に若い、未熟な鍛冶屋達が店を開いている。客商売をすることによってより成長を促そうというのがこの階層の狙いだ。
所狭しと並ぶテナント。テナントの中には武器や防具が並べられており。様々な冒険者たちがそれらを吟味していく。
その熱気と興奮に先程までの不機嫌さもどこへやら子供のような表情を浮かべふらふらっとテナントへ向かう。
だが、メアリに肩をつかまれ阻止される。
「全く、どこに行くつもりだい?今日はボクが懇意にしている鍛冶屋を紹介するって約束だっただろう。」
メアリは指先を立てると「めっ」と叱る。
コジローは先程のスキンシップのせいか上手い切替しが出来ない。それに歯噛みをしながら、メアリに先導されるまま着いていくことにした。絶対にメアリに一泡吹かせてやると固く誓う。
メアリの後をおとなしくついていく。
テナントの奥、ひっそりとした場所にメアリの馴染みの鍛冶屋の工房があった。
工房には鋼で出来た無骨な看板があり、それには『工房オーリ』と書かれていた。
「ここだよ。ボクが懇意にしている鍛冶屋は、彼女は割りと融通が効いてね。ボクのコートも彼女謹製さ。」
メアリは鋼で出来た看板を指し示しながら、自慢するようにインバネス・コートを叩く。
「それを作ってくれたのはここだったのかよ……」
そりゃそうだろう。わざわざ、探偵が好んで切るようなコートを作る物好きな奴は居ない。特注品で大分値が張ったんだろう。
メアリは勝手知ったるなんとやら、遠慮なくドアを開くと店の奥に向かって声を上げる。
「アトラ、いるかい?」
メアリの声を聞いて、店の奥から出てきたのは小さな姿のドワーフの女の子だった。メアリの顔を確認すると迷惑そうに顔をしかめる。
「何のようじゃ、メアリよ。そのケッタイなコートの次はモノクルでも作れというつもり気か?」
コートを作るのは彼女の本意ではなかったようだ。メアリの熱意に負けて作ったんだろう。コジローはそんな女ドワーフの職人に同情する。
「ふふっ、それもいいけれど、流石にダンジョンでは邪魔になるからね。今日来たのはそういう用じゃないよ。君に新しい客を紹介しに着たのさ。」
ステッキを体の中央に持ってきて両手を乗せる。宝塚の男役のように一々似合っているのが苛立たしい。メアリは左手をコジローに向けて差し出した。
アトラと呼ばれたドワーフ―どう見てもロリータ名幼女にしか見えない―はコジローに視線を向ける。装備を見て眉をひそめる。何故ならコジローが装備している武器や防具はギルド支給品(有料)であり、それを使うということは初心者にしか思えないからだ。
アトラのぶしつけな視線に居心地の悪さを感じつつも、コジローはこれから付き合うことになるかも知れない鍛冶屋に自己紹介をする。
「コジロー・ツバキだ。一応7階層をメインで探索をしている。」
7階層、その言葉を聞いたアトラは視線を鋭くする。ギルド支給品では到達できない階層。嘘ではないかと疑う。真偽を見極めるためにコジローと呼ばれた少年の剣を見ることにした。嘘であれば追い払えばいい。
「俄かに信じられぬの。主の剣を見せてはくれぬか。剣は鍛冶屋に嘘をつかぬ。真偽はそれで見極めよう。」
「構わんよ。」
コジローは気安げに鞘ごと剣をはずすとアトラに渡す。剣を受け取るとアトラはゆっくりと剣を引き抜き検分する。
剣を見るアトラが息を呑む声が静まり返った鍛冶屋に響く。アトラが始めてみる。理解できない傷の付き方であった。
刀身の歪みは根元から、剣脊側に曲がった後は無く、剣刃側にのみ歪んでいた。数多の刃毀れこそあるが皹は入っていなかった。己が理想とする剣の傷がそこにあった。故に己の目が信じられない。上級冒険者ですらこのような剣の使い方を出来るものは数を数えるほどしか居ないだろう。
剣を鞘に収めると、様々な感情が入り混じり混乱した表情でコジローを見る。
だが、それを素直に出すのはアトラの流儀ではない。故にからかい半分の口調で答えを返してやることにした。
「……面白いの小僧。」
そういって剣を鞘に収めるとアトラはコジローに剣を返す。コジローは剣を受け取ると何事も無かったかのように剣帯でとめる。
アトラは思案する。このまま武器を売っても詰らない。さて、どうやって、コジローの剣術を見るか。視線が店内を彷徨う。石柱が目に入った。アトラは腕試しの一環として灯篭切りを行っている。成功すれば武器を一つタダでくれてやると言うもの。さて、どうやって乗せるかと考えつつ、コジローに対して提案を行う。
「小僧、そこに石の柱があるじゃろ。濃が腕試し用に置いてあるんじゃがな。ソイツを切ってみぬか?できれば、武器を一本タダでくれてやる。」
からかう様なアトラの口調にメアリは呆れた声を上げる。この馴染みの鍛冶屋の悪い癖である。
「まだそれやっていたんだ。趣味が悪すぎるよ。Lv1なのに切れるわけ無いじゃないか」
そのアトラの挑発に乗って武器を駄目にしたLv1の冒険者は数知れず。その後、八階のテナントで武器を購入して帰るそうだ。性質の悪い商売方法である。アトラはそんなメアリの抗議をどこ吹く風と挑発するように言葉を続けた。
「別に構わんじゃろ。失敗しても何を支払うわけでもないやって見ぬか?」
確かに元々武器を買い換える必要のあるコジローには損の無い話である。また、出来るものならやってみろと言うアトラの言動が癇に障った。剣に軽く触れてみる。否定も肯定も無い。それは、自分を気にするなと言っている様に感じられた。
「……まぁ減るもんでもねぇしやってやるよ。」
アトラはあっさりと事が運んだことに歓喜する。これで上手くいかなかったらどうやって話を持っていこうか悩んだところだ。コジローの剣術を被り付きで見ようと見やすい場所に移動し、椅子を引いて座った。メアリも諦めたのかアトラの近くに移動して見守ることにした。
コジローはゆっくりとした動作で剣を抜くと右上段の構えを取る。ゆっくりと呼気を吐き調息を行う。そして、ゆっくりと意識を深く深く沈めてゆく。現実が遠くなり、石柱と己以外がゆっくりと消え去ってゆく錯覚を覚える。まず最初に活気に満ちた喧騒が消え去る。次にアトラが消え、最後にメアリが消える。己と石柱のみがある世界。その世界で石柱をじっくりと見据える。外観が鮮明に、石の模様がはっきりと視界に移る。その内側をもっと詳細に見ようと目を凝らす。石柱についた数々の傷跡。数多の挑戦者たちが残し敗北した傷跡。それが連なり、石柱に小さな皹が生まれていた。その皹を見た途端、己が石柱を切る姿が鮮明に描けた。ならば、斬るべきだろう。打ち込む場所は脊柱に入った皹。足の踏み込みを軸に上半身へと伝わる勁。右上段より斬撃が放たれる。斬撃は見事に皹を捉える。剣は止まらない。勢いそのままに石柱を両断した。
コジローの行った偉業にメアリとアトラは息を呑む。
「嘘……」
「……やってのけるとはの。」
アトラは口元が緩む。理想の剣の使い手。上級冒険者でしか出来ない偉業を鈍らの剣と己の技量で成し遂げたのだ。喝采をあげたくなる。アトラは己の理想の剣術を使う冒険者に出会えた幸運を噛締めていた。
だが、それを成した当事者は悲しげに剣を見ていた。その剣は皹が入り、二度と振るえぬほどにボロボロに痛んでいた。
「ありがとう。……悪りぃな。」
ギルド支給品の鈍ら剣に少年は感謝と謝罪を伝えていた。アトラにはその行動が理解できない。剣が駄目になったのは少年の技量に剣がついてゆかなかったため、他の冒険者ならば罵倒しているだろう。詫びると言う行いをしたコジローにアトラは疑問を覚え気がつけば質問をしていた。
「何故謝るのじゃ?その剣がただお主の技量についていけなかっただけじゃろ?」
「ああ、そうだな。俺はコイツの限界を理解していたんだよ。灯篭切りをすりゃ二度と使えなくなることも分かっていた。なのに俺はコイツを酷使したんだ。詫びなければならんだろうよ。」
「愚問であった。すまぬ。」
アトラは己が問いを恥じた。主人に応えた剣を馬鹿にしたのだ。それは鍛冶屋にあるまじき態度。己の不明と未熟を恥じた。
空気を換えるつもりだったのか、メアリが二人に声をかける
「まぁ、それは置いておいて、貰う武器選んだほうが良いんじゃないかな?」
そうだのとアトラが頷き、店に備え付けてある倉庫の扉を開く。そこにあるのは彼女が打った業物ばかり、剣、槍、フレイル、大剣、戦斧など所狭しと並べられている。その量にコジローは息を呑んだ。
「どうじゃ、わしの自慢の武具たちじゃ、これの中から好きなものをタダで譲ってやる。そうじゃな。この剣なぞお勧めじゃ、」
アトラは自慢の武具たちに圧倒される二人を見て満足気である。自分の精魂込めて作り上げた武器を自慢したい……アトラの承認欲求が満たされて嬉しそうな自慢げな表情を浮かべていた。コジローは剣の名手である。彼に剣を売るのは鍛冶屋冥利に尽きる……アトラは自慢の一品たちを説明しようとし……
「いや、槍かハルバード。長物がほしいんだ。」
コジローの言葉に凍り付く。恐らく聞き間違いであろう。そうに違いないとアトラは思い込むことにした。改めて己の自慢の一品の説明を続けようとする
「この剣はの極東の製法を用い作った剣じゃ強度、切れ味ともわしが作った武器の中では一番優れておっての……」
「いや、俺がほしいのは長物」
再び、工房オーリの空気が固まる。今度こそ聞き違いではないようだ。アトラは信じられないと言う表情を浮かべる。あそこまでの技量を持つ剣士に槍を売る。どんな罰ゲームだろうか。半泣きになりながら剣の良さを力説した。
「剣はいいものじゃぞ。特にお主は先程の技から言っても剣を使うべきじゃ、あの技量を得るのに相当苦労をしたじゃろう!?」
「いや、ダンジョンでの立ち回りを考えるとな。長物のほうが便利だし。」
「いーや、そうとは限らぬ。現に剣姫だって剣一本で頑張って折るのじゃぞ?考え直すのじゃ、あの技量を得るのに相当な修練を積んだんじゃろ!?」
「いやさ、長物のほうが間合いが広くなるからモンスターに対して有利じゃねぇか。威力も高いし」
「そうとは限らぬ。やつ等の内側に入って斬るのが一番効果的なんじゃ。そんなことができるのは剣じゃぞ。」
コジローとアトラの言い争いは続く。
メアリにしてもアトラの言い分は十分に理解できた。石柱を切り裂く偉業を成した冒険者に剣以外を売るなんて鍛冶屋にとって最悪の罰ゲームだろう。目の前で見ただけに、とはいえ、コジローの言い分も理解できる。なんだかんだいって長物は便利なのだ。故にメアリは一肌脱いでやることにした。
「コジロー。アトラからは剣をもらってあげて、長物はボクがプレゼントするよ。良いものを見せてもらったからね。」
半泣きになっていたアトラはメアリの案を聞いた瞬間号泣する。これで剣の達人に槍をプレゼントする間抜けな鍛冶屋にならなくてすむのだ。
「ぉぉ……メアリ、感謝するぞ」
「感謝はいいから、少しは負けてよ。」
「無論じゃ」
そんな二人に置いてきぼりを食らったコジロー。灯篭切りの偉業を成し遂げたにしては情けない姿であった。
キルケ様が壊れている分主人公色々と割り喰っています。
説明が不足していたので追記
“畑の悪魔”カリーナ・フンクはオリジナル。
畑に対して悪戯をした男神をとっ捕まえ、『畑の肥料になれば、駄目にした作物の補填出来るわよね?』と脅し、畑の修復作業を行わせた女傑です。