ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》   作:あけろん

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第20話です。
早いものでこのお話も20話を数えるまでになりました。
設定の説明や複線の多い回になりますが、楽しんでいただけたらと思います。


幕間《ある男の狂気》
ユグドラシルアタック


《アインクラッド》

 

 それは史上初のVRMMOである《ソードアートオンライン》の舞台の名だ。だが、それが ”空に浮かぶ巨大な城” であることを何人のプレイヤーが実感しているだろうか。

 内部は100層ものフィールドに別れ、無数の街と豊かな自然を内包したそこは、最早コロニーといってもいい。茅場晶彦によってそこに閉じ込められ、そこでの生活を余儀なくされたプレイヤー達にとって、《アインクラッド》は1つの完成された「世界」そのものだ。現実世界に生きる人々も、自分の世界が暗い宇宙に浮かんだ地球という星の上だと実感しながら生活している者は少ないだろう。

 自分が世界の全てだと思っているものは、実はさらに大きな世界の一部にすぎないのだ。それを本当の意味で実感できる人間がいるとしたら、それは1つの「世界」を外から見たことがある人間だろう。例えばスペースシャトルで宇宙に上がり、そこから地球を見た人間。

 あるいは――――。

 

「こうして外から《アインクラッド》を眺めている私のような人間……か」

 

 そう独り言をつぶやいたのは一人の女だった。ゆったりとした白のローブをまとい、肩の辺りで切りそろえられた髪を揺らしながら見つめるその先には、青い空に浮かぶ城《アインクラッド》がある。

 その全体像は城というより巨大な岩の塊だ。所々が外壁から突き出しており、そこから飛び降りて死んだ者もいるという。その人間は落下しながら最後にこの光景を見ることができたのだろうか。

 そう、女が見る光景は普通のプレイヤーには見ることができないものだ。ここがゲームの中であったとしても、SAOのアバターは空を飛ぶようにはできていないのだから。

 もし仮に空を飛ぶことのできるプレイヤーがいたのなら、《アインクラッド》が浮かぶ空にもう一つ奇妙なものが浮いていることに気がついただろう。それは小さな浮島とそこに生えた1本の樹だった。女はそこで樹に手を添えながら立っているのである。

 

「《ユグドラシル》の根はなんとか城に取り付いたようね」

 

 女はそう言って傍らの樹を撫でる。

 それは奇妙な樹であった。よく見ると幹の中を無数の光が高速で下から上へ流れていっている。その一つ一つがこの樹の見えない「根」が《アインクラッド》から吸い上げている情報なのである。この樹は超高性能なハッキングツールなのだ。

 その名も《ユグドラシル》。一人の男の狂気と妄執が形になったものの一つである。そんなものに頼らなければならないことに、以前ほどの抵抗がないことが女には驚きだった。

 

「堕ちたものね。本当に……」

 

 そう言いながら《アインクラッド》から目をそむけると、《ユグドラシル》の幹を指でなぞる。認証コードが打ち込まれた樹の内部に女の体は吸い込まれていった。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 《ユグドラシル》の内部はいくつかのブロックに別れた広い空間になっている。ここは電脳世界に作られた仮想空間であるため、樹の大きさと内部の空間の広さはイコールではないのだ。女が転送された部屋は巨大な樹の内部をくりぬいたような空間になっており、木の質感が再現されている壁床と家具が並んでいる。唯一生活感のあるその部屋の中へ歩き出そうとしたその時、男の声が女を出迎えた。

 

「どうだったかね《アストレイア》。モルモット達の檻の眺めは?」

 

 アストレイアと呼ばれた女は嫌悪感を隠そうともせず、部屋の中央で備え付けられたソファに座っている男を睨み付けた。

 

「随分と遅かったのね。須郷伸之」

 

 男は片手でワイングラスに入った赤い液体をもてあそびながら笑う。

 

「ここにいる時は《アルベリヒ》と呼びたまえよ。神代凜子君?」

 

 そう言ってグラスをあおった須郷の姿は金髪の美丈夫であり、その服にも所々に金の派手な刺繍がはいっている。素朴な部屋の雰囲気も相まって男はその空間で完全に浮いていた。現実と同じ見た目をしている凜子は冷ややかな目でそれを見ながらも、あくまで事務的に須郷が聞きたいであろう情報を告げる。

 

「《コノハ》の介入と第十層のフロアボスの改変で《カーディナル》に負荷をかけられたおかげで、《ユグドラシル》の根が《アインクラッド》に取り付いたわ。だけど問題はここからね。防壁を突破して《カーディナル》を掌握するのにどれだけかかるかしら?」

 

 挑むような視線にも須郷は余裕の笑みを崩さない。

 

「そのための《ユグドラシル》と《クリムゾンナイツ》さ。あの樹は今開発中のVRMMOの中枢からリソースを引っ張ってきていてね。情報処理能力は折り紙つきさ。あとは《クリムゾンナイツ》の介入で《カーディナル》にできる隙間に《ユグドラシル》の根を潜り込ませていけばいい」

 

 そう言うと須郷は立ち上がる。

 

「根が取り付いただけで上出来だ。今日は ”落ちる” ことにしよう。こちらはこちらでやることがあるのでね」

 

 須郷の体が青い光に包まれると、その姿が掻き消える。ログアウトしたのだ。《ユグドラシル》の影響下にあるこの空間は、SAOの中であっても《カーディナル》の目が届かない。SAO内部に入り込んだ凜子が中から手引きした結果、須郷はこの空間を作り上げたのである。この空間限定で須郷はSAOと現実世界を自由に行き来できるのだ。

 この空間で凜子もログアウトできないか試してみたが、正規のプレイヤーとしてログインした時点で凜子のメニューウィンドウからログアウトボタンは消えている。ナーヴギアの切断、解体も考えたがそれらに関してはナーヴギア側が感知するので、《カーディナル》の目がなくても凜子の脳は仕様通りに焼かれるだろう。IDを持たないが故に須郷はこの制限から解放されている。

 だが逆を言えば須郷がSAOの中でログインできる場所はここだけだ。IDを持たない須郷は、《ユグドラシル》の力でSAOには入れても《アインクラッド》の中にはいることはできない。それに須郷がログアウトできることは凜子にとっても幸いだ。あの男とここで四六時中一緒など御免だからである。

 凜子は誰もいなくなったその部屋を後にし、隣の部屋への扉を開く。とたんに目に飛び込む異質な空間に目を細めた。

 

(いつ来てもここは好きになれないわね)

 

 そこは壁も床も一面真っ白な部屋であった。目を引くのはその部屋の大部分を占領している横たわった円筒形の物体だ。全部で6つあるそれは、須郷のもう一つの狂気と妄執の結晶であるフラクトライトNPCの調整装置だった。

 凜子は調整装置の1つに近づく。円筒形のカプセルの中に横たわるアバターは、先日《クリムゾンナイツ》として初めてプレイヤーと接触した、ユニークスキル《抜刀術》を持つフラクトライトNPC《コノハ》だ。

 凜子はカプセルのそばにあるコンソールに指を走らせると、目の前に現れたいくつかのウィンドウを見ながらフラクトライトの状態とモニターしていたログをチェックしていく。

 

(フラクトライトは若干の高揚は見られるけど誤差の範囲内ね。ログのほうは……)

 

 コンソールを操作していた指が止まる。その視線の先には、ログの映像の中で《コノハ》と戦う少女の姿があった。凜子はその顔をよく知っている。凜子の恋人であった茅場晶彦の義妹であり、自分も妹のようにかわいがっていた少女だった。

 

『義兄さんは必ず《アインクラッド》にいるわ。凜子さんはリアルで、私はSAOの中で義兄さんを探す。連れ戻して一緒にお説教してやりましょ』

 

 そう言って笑った少女はゲームの中に捕えられ、そしてそれを見送った凜子はその後に深い絶望を味わうことになるのだ。

 

(結果だけを言えば私は晶彦を見つけ出した。でも――――)

 

 その時突如鳴ったアラームに凜子は我に返った。ウィンドウを見るとコノハのフラクトライトに軽い混乱が見られる。須郷による記憶の改竄は完全ではなく、外部からの刺激により元の記憶が甦ってきてしまうことがある。放っておけば自身の矛盾に耐え切れずフラクトライトは崩壊してしまうだろう。凜子はコンソールを操作すると《コノハ》のフラクトライトに電気信号を加え、元の記憶を書き換える。

 カプセルの中に横たわるコノハが金色の髪を揺らしながら身じろぎし、妖精のような顔が一瞬曇る。その口が小さく開き、うわ言のような声が漏れ出した。

 

「お……にぃ……ちゃん」

 

 凜子はフラクトライト達がどういう人物のコピーなのかを聞かされてはいない。このフラクトライトをコピーされた人物はよほど兄を慕っていたのだろう。その思いを踏みにじろうとも、今の自分にはここでやらなければならないことがある。こみあげる罪悪感を押さえつけながら凜子は指を動かし続けた。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 ログアウトした須郷はレクトの研究室で体を起こすとナーヴギアを外す。SAOのプレイヤー達が求めてやまないその動作をなんの感慨もなく行うと、自身のPCに向かい《カーディナル》のハッキング作業に入った。虎の子の《ユグドラシル》とSAOの内部からの神代凜子のサポートを持ってしても《カーディナル》の防壁は強固で容易に突破できるものではない。

 そのため内部での《クリムゾンナイツ》の活動やデータ改変には大幅な制限がかけられていた。基本的に《カーディナル》は理不尽な仕様や強すぎるモンスターの存在を認めない。第十層でプレイヤーに接触したコノハも本来のパラメータでは弾かれてしまい、仕方なくパラメータと装備のランクを下げて投入したのだ。《ザ・ソウルコレクター》にしても「虫カゴからの脱出不可能」「ソードスキルに即死効果」などの改変を行ったが《カーディナル》に受け付けられず、設定を甘くせざるをえなかった。

 

「まったく忌々しい。どこまでも邪魔してくれるものだ。茅場晶彦」

 

 現状は《クリムゾンナイツ》を使って《カーディナル》が認めるギリギリの範囲で《アインクラッド》に干渉し、そちらの対処に追われる隙を狙ってハッキングを進めていくしかない。ある程度まで機能を掌握できれば仕様の制限を緩和のちに解除することも可能だろう。そして《カーディナル》を完全に乗っ取った暁には須郷は全てを手に入れるのだ。アインクラッドに眠る《ザ・シード》とそして――――

 

「君だよ。明日奈」

 

 PCの画面が切り替わる。

 そこには《ザ・ソウルコレクター》のログから掠め取った映像が映されており、画面の中で苦しげに肩で息をしながら攻撃を続けるアスナの姿があった。須郷は恍惚の表情でそれを見つめる。

 

「ああ、明日奈。君は美しい……」

 

 須郷はPCの画面に顔を寄せ、画面に映るアスナの顔を舌でベロリと舐め上げた。自分が改変を行った《ザ・ソウルコレクター》の攻撃にアスナが苦悶の表情を浮かべる度、まるで自分がアスナに苦痛を与えているかのような錯覚が須郷の心を支配し、その快感に体を震わせる。

 

「でも、君は悪い子だ明日奈……」

 

 須郷の視線は画面の中でアスナに寄り添いながら守るように戦う少年、キリトの姿に注がれている。2人の連携は鮮やかで、アスナの苦悶の表情もキリトの傍ではいくらかやわらいでいる様に見えた。須郷は歯をギリリと噛み締める。

 

「僕と言うものがありながらこんな男に心を許すなんて……」

 

 須郷はデスクの傍らに置いてあったカッターナイフを手に取ると、PC画面に映っているキリトの顔に向かって突き刺した。そのままグリグリと刃を押し込みながら憎しみに満ちた表情を浮かべる。

 

「僕の明日奈に近づく害虫は即刻潰さないとねぇ」

 

 ただ殺すなどという生易しいことはしない。勇者きどりのその心を完膚なきまでにへし折り、奈落の底に叩き落してやらなければ気がすまない。そうすれば明日奈も目を覚ますだろう。幸いそれを可能にする手駒を須郷は持っていた。

 

「くくく……楽しみだねぇ……」

 

 その時キリトが浮かべるであろう絶望の表情を想像し、光を失った画面の前で須郷は笑い続けた。




はい、あとがきです。
やばい。我ながら須郷さんを変態に書きすぎた気がします。
色々頭をしぼった設定とか書いてるのに、読み終わったら須郷のことしか印象に残らないぞこれ……。
なお、今回名前にだけインフィニティモーメントの設定を使わせてもらいました。
次回からは新しいエピソードになります。あの死にたくないヒロインが登場です。


ここまで読んでくださってありがとうございました。
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