ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》 作:あけろん
GWなのでペースが上がっています。
連休バンザイ。
「お~い、起きろよサチ」
体を揺さぶられる感覚に私は目を開いた。まず目に入ったのは沈み始めた茜色の太陽。その光がガラスの張られた窓から部屋に差し込んでいる。私はまだぼんやりとする頭で辺りを見回した。夕焼けに染まる部屋の中にあるのはコの字型に並べられた学習机、その上には最近やっと人数分そろえることができたPCが置かれている。コンクリートで作られた壁、天井から部屋を照らす蛍光灯、そこは私が通っている高校のパソコン研究会の部室だった。
(え……私は確かクリムゾンナイツに襲われて……)
私はあの時自分の首を掴んだあの冷たい手の感触と、自分に向けられた闇のような殺意を思い出す。気を失ってしまったため後のことは分からないが、あの状況で自分が助かるとは思えない。助かったのだとしてもどうして自分は部室にいるのだろうか。私はログアウトが不可能なあのゲームの中に閉じ込められているはずなのに。
「アバターが全く動かないと思ったら寝オチしてるなんてなぁ。楽しみで昨日よく眠れなかったのか?」
そう言ったのは隣りに座って私の肩を揺すっていたテツオだった。私たちはよくつけるアバター名がそれぞれのあだ名として定着しており、リアルでもそのあだ名で呼び合っている。私を見ながら笑っているテツオの服装はあのゲームの中のような金属鎧ではなく紺色の学生服であり、私の服装も学校指定のセーラー服になっていた。私はわけが分からずにテツオにたずねる。
「ど、どうしてみんな部室にいるの?! 私達はあのゲーム《ソードアートオンライン》からログアウトできなくなって、HPが0になったら本当に死ぬ世界に閉じ込められて……」
混乱する頭で詰め寄った私の顔をテツオはキョトンとした顔で見ると、次の瞬間大笑いしだした。周りを見るとPCの前に座った他のパソコン研究会のメンバーもお腹を抱えて笑い転げている。周囲の予想外の反応に私は目を白黒させるばかりだった。
「ハハハ! サチがここまでゲームにハマる性格だったなんてなぁ。《ソードアートオンライン》なら今僕らがやっているじゃないか。ホラ」
そう言ってテツオは目の前のPCのモニターを指差す。私は自分のPCのモニターに目をやるとそこには美しいグラフィックのゲーム画面が映っており、その中には《Sati》と名前のついた女性アバターとパソコン研究会メンバーの男性アバターが立っていた。もちろん私の意識はきちんとこちら側に存在している。
「前評判通りの綺麗なグラフィックだよなぁ。アーガスの技術の粋を集めて作られた ”MMORPG” の新タイトル《ソードアートオンライン》。発売日に徹夜で並んだ甲斐があったよほんと」
「そうそう、リアルすぎてサチが現実と勘違いしちゃうぐらいだからな!」
私の向かいに座っているササマルとダッカーが茶化すと、また研究会のメンバー達はドッと笑った。それは私が《ソードアートオンライン》に閉じ込められると同時に奪われた日常、ゲームの中で恐怖に震えながら求め続けた平穏だった。私は半信半疑でコの字型にならんだ机の奥に座っている部長のケイタに、《ソードアートオンライン》のことを確認する。
「《ソードアートオンライン》がただのMMORPG? VRMMORPGじゃなくて?」
「VRMMORPGか。そんなタイトルが出たら是非やってみたいな。でも残念ながらこの《ソードアートオンライン》はグラフィックは綺麗だけど実際に触れるわけじゃない。その点じゃただのMMORPGだ。当然ログアウトもできるし、HPが0になっても死ぬことはないよ」
ケイタの言葉を聞き、私は自分の頭に触れる。そこには当然あの忌まわしいナーヴギアはない。そして《ソードアートオンライン》は普通のMMORPGであり、私達はそれをプレイしているところだった。そして前日楽しみでよく眠れなかった私は、寝オチしているところをテツオに起こされた。じゃあ、今までのことは――――。
「悪い夢でも見たんだよ。サチ」
そう言ってケイタが優しく笑った。そうか、夢だったのだ。《ソードアートオンライン》が茅場晶彦によってデスゲームと化した事も、その中で死と隣り合わせの戦いをしなければならなかったことも、街の中でクリムゾンナイツに襲われたことも、全て私が見た悪夢だったに違いない。そして私は今目覚めて夢から現実に戻ってきたのだ。
私はPCを操作し、画面内のSAOのメニューウィンドウを開く。あっさりとログアウトボタンを見つけ、それをクリックすると当たり前のようにアバターはログアウトし、元のPC画面に戻った。
「ごめんね。なんか悪い夢を見てたみたい」
「気にしないでいいさ。いい時間だしそろそろ帰ろう。今日はゆっくり寝なよサチ」
私が謝るとケイタは首を振りながら立ち上がった。他のメンバーも鞄を取り出し、帰り支度を始める。
「明日もガンガンレベル上げするぜ! 《月夜の黒猫団》をSAOで最強のギルドにするんだ!」
「そうだな! 明日も俺の短剣がうなるぜ!」
「明日には俺レベル上がりそうだよ」
ササマル、ダッカー、テツオが楽しそうに明日のことを話している。死の危険がない日常、当たり前にくる明日、それが現実だ。”あのSAO” でのことは全て夢で、私は明日からもこの平穏な日常という現実で生きていくことができるのだ。
「全く、お前ら勉強もしないとだめだぞ?」
そう言ってケイタは廊下に続く部室の扉を開いた。続いて立ち上がろうとした私は、そこに人影が立っていることに気がつく。見回りの先生が来たのだろうか。外を見るともう日が沈んでおり、闇に沈んだ街並みが窓の外に広がっている。
「す、すみません。今帰りますから」
この高校の生徒指導の先生は厳しくて有名だ。私は慌ててそう言いながら鞄を持つと、扉に駆け寄ろうとした。
「いいや。お前はもう帰れねぇよ」
「え……?」
その人影の口が聞き覚えのある一言を放った。と同時にその手に現れた焔色の大剣が、扉を開けた状態で硬直しているケイタを刺し貫く。
「あ……が……」
ケイタの手が苦しげに宙をさまよい、そして無数のポリゴンになって砕け散った。
「ケイタ!? いやああああああああああああああ!!」
叫ぶ私の顔を満足そうに眺めながら、その人影、紅フードの少年は教室の中へと足を踏み入れる。
「つかの間の『夢』は堪能したかぁ? ならここからは楽しい楽しい『現実』の時間だ」
少年が指を鳴らすと教室の窓からガラスを突き破り、無数のモンスターが現れた。モンスター達は教室の学習机やPCを踏み潰しながら残った研究会メンバー近づいてくる。その光景は私に知りたくもない事実を突きつけた。
「じゃあ……この部室でのことは……さっきまでの平穏な日常は……」
「そう、『夢』だったってことだ」
少年がそう言うと辺りの景色が歪み、さっきまで教室だった空間は石造りの迷宮内に変化した。私達の服装も ”あのSAO” 内での装備に変わっている。そこは死と隣り合わせの地獄、私にとって恐怖そのものである『現実』だった。
「うわあああああああああああああああ!」
ササマルがモンスターの曲刀に切り裂かれ砕け散る。続いて床に転がったダッカーがモンスターの武器にメッタ打ちにされ、その体が無数のポリゴンになった。盾でモンスターの攻撃を防いでいたテツオも、群がるモンスターの攻撃を捌ききれず、そのアバターがガラスの割れるような音をたてながら消え去る。
「あ……ああ……」
私はそれを床にへたりこんで見ていることしかできなかった。一度平穏な『夢』を味わい、心から安堵してしまった私はこの『現実』に耐えることができない。私の心は恐怖と絶望に塗りつぶされようとしていた。
その時動けない私の傍らに人影が浮かび上がる。それは片手剣を持ち黒い装備に身を包んだ黒髪の少年。
「キ、キリト……!」
私は一筋の希望を見つけ、それにすがりつく。キリトならこの絶望的な状況をなんとかしてくれるのではないかと思い、その背中に声をかけようとした。私に気がついたのか、キリトがこちらに目を向ける。しかしそれはいつもの優しい眼差しではなく、まるでモノを見るかのような冷たい視線だった。
「……キリト?」
「これ以上つきあっていられないな。俺も命は惜しいんでね」
そう言うとキリトは見たこともないソードスキルを使いながらモンスターの群れの一角を突破し、そのまま消えてしまう。
「そ、そんな……」
今度こそ私は絶望の底へ突き落とされる。平穏な夢から異常な現実に引き戻され、研究会の仲間は全員殺された。頼りにしていたキリトには見捨てられ、無数のモンスター達はまもなく私の命を奪うだろう。
『王子様は君を置いて逃げてしまったねぇ。ひどいことをするものだ』
負の感情の渦に支配され、正常な思考ができない私の頭に声が響いた。あの紅フードの少年のものではない。もっと粘つくような、蛇を思わせるような声だった。
『だがこれで分かっただろう? あんな男を信じたのは間違いだったんだ。このままでは君は周りのモンスターにすぐに殺されてしまうだろうねぇ』
「……いや……死にたくない」
頭の中に響く声に私は首を振る。それを聞いた声の主が『ククク……』と笑った。
『安心したまえ。これからは私が君を守ってあげよう』
「ほん……とう……?」
『ああ、本当だとも。その証拠を今から見せよう』
その声が頭に響くと、私の傍に1本の槍が出現する。紅の色をしたその槍は私を誘うように赤く光り、空中に静止した。
『さぁ、その槍を取りたまえ。君を守ってくれるだろう』
私はその槍に手を伸ばそうとして寸前で思いとどまる。槍から感じる光はひどく禍々しく、かろうじて頭の隅に残っている理性が手にしてはいけないと警鐘を鳴らす。手を空中にさまよわせたまま硬直する私の頭に、心なしか苛立ったような声が響く。
『チッ! どうしたのかね! 死にたくないんじゃなかったのか?』
その一言に命令されたかのように、モンスターの群れが私に向かって襲い掛かってきた。喉元に突きつけられた死の恐怖に、かろうじて残っていた理性は吹き飛び、私は半ば反射的に空中に浮かんだ槍を掴む。
その瞬間私の中に私でないものが流れ込んでくるのを感じた。それは甘い毒のように私を満たし、思考の主導権を奪っていく。
私は私でない何かの命じるまま、無造作に槍を横薙ぎに振り払った。次の瞬間その軌道にいたモンスター達が一撃で吹き飛ぶ。返す一振りは背後から迫ってきていたモンスターをまとめて消し飛ばした。なおも襲い掛かってくる無数のモンスターに私はもう恐怖を感じることはなかった。
私の手には力がある。私を殺そうとする全てを薙ぎ払う力が。
もう何も恐れなくていい、何にも頼らなくていい、そして――――何も考えなくていい。
部屋を埋め尽くしていた無数のモンスターは、1匹残らず私の槍によって貫かれ、引き裂かれ、ポリゴンとなって爆散した。紅フードの少年もいつのまにかいなくなっている。
『そう、それでいい。君は私の言う通りにしていればいいんだ。そうすればその槍はいつまでも君を守るだろう』
「はい……」
私は素直に返事をする。もう私の中にあるのはこの声に従い、手にした力にすがることだけだ。迷宮に立ちすくむ私の体を空中に現れた紅のフードが包む。
『ようこそ《クリムゾンナイツ》へ、《無限槍》のサチ君。我々は君を歓迎しよう』
私はゆっくりと足を踏み出す。その先に待っている結末を知らぬままに。
◆ ◆ ◆
円筒形のカプセルの中での実験結果を見ながら、須郷伸之は満足そうに唇を歪めた。ここはユグドラシル内部でも須郷しか入れない特別なフロアだ。そしてここにある円筒形のカプセルも、他のフロアにあるようなフラクトライトの調整装置ではない。これは須郷の研究している人間の記憶、感情、意識を意のままにコントロールする装置、そのプロトタイプだった。
「そして君は栄えある実験体第一号というわけだ。サチ君」
そのカプセルの中には黒髪の少女が横たわっている。現実世界では非合法・非人道的であるためコソコソと研究を進めるしかなく、しかも人体実験などできるわけがない。しかし、この隔絶された電脳空間は須郷にとって都合のいい研究所だった。しかもこうして待望の実験体まで手に入る。できればSAOプレイヤー達を片っ端から捕獲し実験したいところなのだが、そんなことをすれば異変に気づいた《カーディナル》が即座に須郷を排除するだろう。だがサチに関してはその心配はない。彼女は《適格者》であるがゆえに完璧な影武者が存在するのだから。
「これで準備は整った。あとはあの勇者きどりの小僧を絶望の底に叩き落すだけだ」
須郷は改めてカプセルの中の少女を見る。先ほどまでは苦悶の表情を浮かべていたが、今ではもうその気配はない。それはすなわち須郷のコントロールにサチ本人の抵抗がなくなったことを意味していた。彼女に幸せな『夢』を見せ、その後にさらなる絶望の『現実』を味あわせる。結果彼女は自分からコントロールの核である《槍》を受け入れ、その意識は完全に須郷の支配下に入っていた。
「いい子だ、私が守ってあげよう。役に立つ道具としてねぇ」
そう言いながら須郷が少女に抱いているのは道具に対する愛情ですらない。須郷にとってサチは実験動物であり、キリトを追い込むための駒にすぎなかった。
須郷は高らかに笑う。その先に待っている結末を知るがゆえに。
はい、あとがきです。
あなたはこの後「精神攻撃は基本」と言う。
須郷さん外道マジ外道(自分で書いておいて)これはサチが好きな人は怒るかもしれませんね。
でも、今後の展開のためには必要なことなのです。お許しください。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
感想をお待ちしています。