ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》 作:あけろん
もっと早く書けるようになりたい……
あの行方不明になった夜以降、サチは別人のようにモンスターを怖がらなくなった。盾剣士への転向も順調に進み、より安定感の増した黒猫団はさらにレベルアップのペースを上げる。そして第二十五層のフロアボス討伐が間近に迫る頃、ついに《月夜の黒猫団》のレベルは攻略組に追いついた。はじめはサチの豹変を不振がっていたキリトも、攻略組に追いついたと喜ぶ黒猫団メンバーの雰囲気に水をさす事もあるまいと、今は気にしないようにしている。
レベルアップに比例してコルの方も順調に貯まってきたこともあり、ギルドハウス用の小さな一軒家を買うことにした黒猫団は、ギルドリーダーであるケイタが不動産仲介プレイヤーの所に行っている間に、残りのメンバーで家具を買う金を稼ごうと25層の迷宮区来ていた。
「グォォォォォォォォォォォォォォォ!」
「ハアァ!」
二十五層のモンスター《ガルムオークブレーダー》が雄叫びを上げながら、ぎらつくシミターを振り下ろす。真っ先に飛び出したサチはその攻撃を盾で受け止めながら、ソードスキル《ホリゾンタル》でガルムオークを切り裂いた。ひるんだその隙にキリトとササマルのソードスキルが決まり、モンスターの体がポリゴンになって砕け散る。
以前のサチならモンスターの雄叫びを聞いただけで怯えてしまい、盾で防御することもままならなかったのだが、最近のサチは自分から積極的にモンスターの攻撃を受け止めに行く。おかげでキリトは攻撃に専念することができ、黒猫団の殲滅力は大きく上がっていた。
「こうして最前線の迷宮に来れるなんて感激だよなぁ。それもこれもキリトとサチが頑張ってくれてるおかげだよ。ありがとうな」
「ホントホント。キリトの情報とサチの盾剣士への転向があったからここまでこれたんだぜ」
「そんなことないよ。ここまで来れたのはみんなががんばったからさ。特にサチはよくやってると思う」
「それこそキリトのおかげだよ。私キリトが守ってくれるって信じてるから、怖くなくなったんだし」
あっという間にモンスターを倒した黒猫団は、口々にキリトへの感謝を口にする。未だ自分のステータスとスキルを隠しながら戦っているキリトにとっては罪悪感を刺激されることこの上ないが、このところのメンバーの急成長でそのレベル差も大分縮まってきている。このままいけば近いうちに違和感のないレベル差になるだろう。その時こそ本当の意味でキリトは黒猫団のメンバーになれるのだ。
「よぅし、この調子でドンドン行こうぜ……っとこれもしかして――――」
先を急ごうとしたダッカーが、壁の一点を見つめながら足を止めた。その壁に近づき辺りを調べた後そこに触れると、音を立てて壁がスライドし隠し部屋が現れた。その中央にはトレジャーボックスが置いてある。
「ラッキー! 隠し部屋にお宝は付き物ってね!」
「ま、待て! うかつに開けるな!」
喜び勇んでトレジャーボックスに駆け寄るダッカーをキリトは引きとめた。このダンジョンに黒猫団よりも早く来ていたキリトは、この迷宮には凶悪な罠が多いことを知っている。加えてここは最前線だ、用心してしすぎることはない。
「どうして止めるんだよキリト? この中身があればきっといい家具が買えるぜ?」
「そ、それは……なんとなくやばそうだし……」
ダッカーの言葉にまさか「ここの罠は凶悪なのを知っている」などと言えるはずもなく、キリトは曖昧なな答えを返すしかなかった。その間にトレジャーボックスの誘惑に耐え切れなくなったダッカーがその蓋を開いてしまう。
キリトの予感通りけたたましいアラーム音が部屋に響き渡り、部屋の入り口が閉じられると同時に周りの壁から大量のモンスターが湧き出した。罠の中でも最悪な類の一つアラームトラップだ。
「うわぁぁぁ! モンスターがこんなに!」
「まさか……こんなことになるなんて」
「転移《タフト》! くそっ! 転移結晶も使えないぞ!」
周囲に沸いた大量のモンスターと結晶アイテムの類を無効化する「結晶無効化空間」の罠に、逃げることもできない黒猫団はパニックにおちいった。この状況でメンバーがバラバラになるのは命取りだ。なんとかメンバーを落ち着かせたいが、キリトにはなんと言ったらいいのか分からない。
「みんな落ち着いて! キリトがいれば大丈夫だよ!」
その時メンバーの中で大きな声を出したのは意外にもサチだった。一番怯えていいはずのサチの落ち着いた言葉に、他のメンバーが冷静さを取り戻す。サチはキリトを見つめながらうなずいた。
「キリト、私達に指示をだして。キリトならこの状況でも私を守ってくれるでしょう?」
キリトはそう言ったサチの様子になぜか微妙な違和感を感じながらも、それについて考えている場合ではないと頭を切り替える。状況はかなりまずいが、黒猫団メンバーのレベルはこの階層の安全圏まで上がっているし、落ち着いてさえいればかなりの間持ちこたえることはできるだろう。後は自分の覚悟の問題だ。
キリトは一瞬で迷いを振り切ると、黒猫団メンバーに指示を出す。
「中央に集まって互いの背中をフォローしあうんだ! 攻撃はしなくていい。スイッチしながら持ちこたえてくれ。その間に俺が敵を減らす!」
「それじゃキリトが危険すぎる! せめて誰か一人フォローを……」
「俺は大丈夫だ。なぜなら俺は――――」
「ビーターだからな」と自嘲ぎみにつぶやきながらキリトは襲い掛かってくるモンスターの攻撃をすばやく回避すると、それまで封印してきたソードスキルの一つ《バーチカル・スクエア》を放つ。青いライトエフェクトに包まれた4本の斬撃が正方形を描き、連続でモンスターにヒットした。のけぞるモンスターのクリティカルポイントに止めの一撃を食らわせると、次のモンスターに斬りかかる。
キリトは今まで隠してきたステータスとスキルをフルに使って戦っていた。例えこの場で自分が攻略組でありなおかつビーターであることがバレてしまうことよりも、黒猫団をそしてサチを守ることの方がよほど重要だ。そう思えるぐらいにキリトにとって黒猫団のメンバーは大切な存在になっていた。キリトの剣が霞むように閃き、ソードスキルの光が瞬くにつれモンスターは一体また一体とその数を減らしていく。
「キリトすげえ……」
「でも、いくらなんでもあれは……」
「あ、ああ……」
初めは感嘆の声を上げていたメンバー達も、あまりに自分達とはかけ離れた強さに不信感を募らせ始める。襲い来る無数のモンスターをなんとか退け、肩で息をしながら戻ってきたキリトを待っていたのは笑顔のサチと何か得体の知れないものを見るような視線を投げかけるテツオ、ササマル、ダッカーの姿だった。
「ここはまだ危ない。街に帰ったらきちんと話すよ」
この事態を覚悟していたキリトは、力なく笑うと転移結晶を取り出した。
◆ ◆ ◆
第二十二層にある小さな一軒家。そこが《月夜の黒猫団》の購入したギルドハウスだった。普通なら初めてのギルドハウスにはしゃぐメンバーの声が響いているはずの室内は、重苦しい雰囲気に支配されている。
部屋にある大きなテーブルには迷宮区から戻ったキリト達5人と不動産の取引から戻ったケイタ、そしてケイタが戻る途中で偶然出会いギルドハウスに誘ったというタクトとエルナディータが座っていた。
静まり返った室内で事情を知らないタクトとケイタはおろおろとメンバーを見回しているが、エルナディータはキリトに集まる視線でおおよそのことを察したのか黙ったまま状況を見守っている。その中でまずダッカーが口を開いた。
「じゃあ、どういうことか説明してくれキリト」
「ああ……。俺はステータスとスキルを偽ってこのギルドに入った。今の俺の本当のレベルは45だ。そして攻略組の中で《ビーター》と呼ばれているはみ出し者でもある」
キリトはレベルだけでなく自分が《ビーター》であることまで告白した。これ以上ギルドメンバーに隠し事しないことが今のキリトにとって精一杯の誠意であったからだ。キリトの答えにケイタが驚きの表情を浮かべ、タクトの眉がひそめられ、エルナディータは目を閉じる。テーブルの全員が沈黙し、部屋が静寂に包まれた。その中でキリトは判決を待つ罪人の様な気持ちでうつむくしかなかった。やがてケイタがその静寂を破る。
「キリト、僕から聞きたいのは一つだけだ。自分のことしか考えていないはずの《ビーター》である君が、どうしてこのギルドに入ろうと思ったんだい?」
ケイタの言葉は容赦がないものだった。しかしそれは無理もない。第一層で生まれた《ビーター》という言葉は、自分の利益のために他人を食い物にする人間に与えられるSAOプレイヤーにとって最悪の呼称だからだ。そのような人間がわざわざ中層プレイヤーのギルドに入っている。そこに裏があると思ってしまうのは当然だろう。ケイタの問いかけにキリトは答える。
「一人でいることに疲れていた俺にとって、自分より弱い君達に頼られるのは気持ちがよかった。それだけだったんだ」
キリトはそのときの正直な気持ちを口にする。もうこのメンバーに嘘をつくことはできなかった。
「でも、俺は――――」
「見損なったぜキリト」
先を続けようとしたキリトをダッカーが遮った。その目は怒りに満ちており、キリトをにらみつけている。
「おい、ダッカー……」
「だってそうだろ!? 俺はキリトを対等な仲間だと思ってた。なのにこいつは俺達のことを仲間だなんて思ってなかった。都合のいい太鼓持ちくらいにしか見てなかったんだぜ!?」
「ああ、そうだな。そうやってずっと俺達を見下してたのか」
ケイタがダッカーをなだめようとしたが、怒りの収まらないダッカーはキリトに詰め寄った。それを見ていたササマルも非難を言葉をあびせる。テツオは何も言わないがキリトと目を合わせようとはしなかった。覚悟していたとはいえ、ギルドの仲間からの辛辣な言葉にキリトはもう声を出すことができず、次に告げようとしていた自分の気持ちも頭からこぼれていく。
「あっはっはっはっは!!」
その時真っ白になっていた頭に大きな笑い声が響き、キリトは我に帰った。見るとそれまで黙っていたタクトが大声で笑っている。重苦しい雰囲気に似つかわしくない笑い声に部屋にいる全員の視線がタクトに集まった。タクトはひとしきり笑った後キリトに言った。
「だから言ったんだよキリト、こんな奴らほっとけってさ。弱いやつほど口だけは達者なんだよなぁ」
『なっ!?』
馬鹿にしたようなタクトの声に、ケイタ達は思わず立ち上がる。それにひるむ様子もなくタクトはさらにしゃべり続けた。
「攻略組になりたい? みんなを守りたい気持ちは負けない? ハッ! そんな気持ちで最前線に来たってすぐに死ぬのがオチだ。中層でおとなしくしてればいいのにさぁ、身の程知らずっていうの?」
「そうね。あなた達みたいなギルドが最前線に来ても正直邪魔なだけだわ」
横に座るエルナディータもすました顔をしながら冷たく言い放つ。タクトは立ち上がりキリトの横までくると、肩にポンと手を置きながらその顔をのぞきこむ。
「明日からは俺達と組もうぜ。こ~んな最低のギルドにいたっていいことねぇよ。前みたいに最前線でガッポガッポ経験値とコル稼いでた方が何倍も楽しいって。なぁ?」
「……れよ」
「あん? 何だって?」
「黙れよ!!」
キリトは立ち上がるとタクトの胸ぐらを掴んだ。
「これ以上俺の仲間の悪口を言ってみろ。お前でも許さないぞタクト!」
「何怒ってんだよキリト。お前にひどいこと言ったこいつらの肩を持つのか?」
「みんながそう言うのは仕方のないことだ。俺は彼等の気持ちをずっと踏みにじっていたんだからな。でも《月夜の黒猫団》のプレイヤー達を助けたいと思う気持ちは本物だ! 俺達攻略組が忘れてしまったものをこのギルドは持っている。ケイタ達が攻略組に加われば、最前線のみんなの意識を変えていけるかもしれないんだ。《月夜の黒猫団》はそんなすごいギルドなんだよ! 彼等を馬鹿にするやつは許さない!」
胸ぐらを掴んだまま叫ぶキリトをタクトはじっと見つめるとニヤリと笑い、キリトだけに聞こえる声でささやく。
「ようやく言ったか。これで第一層での借りは返したからな」
「え……タクトお前まさか……」
「ケッ! しらけちゃったなー! 俺もう帰るわー!」
タクトは不自然な程の大声を出すとさっさとギルドハウスから出て行く。エルナディータもそんなタクトを見ながらため息をつくと、立ち上がり後を追って出て行った。その後ろ姿を呆然と見送りながらキリトはタクトの意図に気づく。これは第一層で自分がディアベルとタクトにやったことと同じだ。タクトは自らを悪者にすることで、キリトの中で消えそうになっていた言葉を拾い上げてくれたのだった。
「キリト……その……」
扉を見ていたキリトが振り返るとそこには申し訳なさそうな顔をしたダッカーがいた。他のメンバーも気まずそうな顔をしながらキリトを見つめている。
「キリト悪かった。俺達誤解してたみたいだ」
「キリトにはさんざん助けてもらったのに俺達……」
ダッカーとササマルが深々と頭を下げた。その後ろからケイタがキリトの前に進み出る。
「キリト、ひどいこと言ってすまなかった。君さえよかったらこれからもこのギルドにいてくれないか」
「でも……俺はみんなの気持ちを裏切って……」
「今は違うだろう? さっきの言葉はすごく嬉しかったよ。僕達のためにこんなに怒ってくれる人が、僕達を裏切るわけがないじゃないか」
ケイタの言葉に黒猫団メンバーが同時にうなずく。
「みんな……ありがとう……」
キリトは真の意味で自分を受け入れてくれたギルドメンバーに感謝する。
「そういえば折角ギルドハウスに越したってのに何もやってないじゃないか。パーティーやろうぜ! パーティー!」
「ははは、そうだな。ゴタゴタしてて忘れてた。新生《月夜の黒猫団》のお祝いだ。パーっとやろう!」
「キリト! 今から買出しに行こうぜ。うまいもん一杯買いまくってやる!」
「おいおい、ギルドハウス買ったばかりでお金ないんだからなー」
キリトは「おう!」と返事をしながら心から笑う。それはキリトがこのSAOで初めて自分の居場所を見つけた瞬間だった。
◆ ◆ ◆
「FC-06より《ユグドラシル》へ。状況は《フェイズ2》をクリアしました」
無機質な声を発しているのは楽しそうに笑いあうキリト達を少し離れた所から見ている黒髪の少女だ。その少女のつぶやきは小さすぎて誰にも聞こえておらず、他のメンバーからはただニコニコと笑っているように見えるだろう。
少女は目の前でギルドメンバーがもめている時も仲直りをした時もただニコニコと笑っているだけだった。なぜなら少女にはきっかけを作るよう命令されただけで「このギルドの揉め事を仲裁する」という命令は刷り込まれていないからだ。《ユグドラシル》に捕らえられた「彼女」の魂の模造品である少女は、ただ与えられた命令を遂行する。
《フェイズ1》で「彼女」と入れ替わりギルドに潜り込む。《フェイズ2》で《対象》とギルドメンバーとの絆を深めた。そして今回の黒幕である男から、《ユグドラシル》を通じて最後の命令が下される。少女は貼り付けたような笑顔でそれを承諾した。
「――――了解。《最終フェイズ》に移行します」
そしてキリトの絶望が始まる。
はい、あとがきです。
死亡フラグを回避し、キリトと黒猫団が本当の仲間になりました。
しかし、これで終わりじゃないんです。
むしろここからが本番なんですよねー。
本番までが長い? ホントすみません。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
感想をお待ちしています。