ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》 作:あけろん
気合を入れたら終わらなかった……
「第二十五層のフロアボス討伐に参加しない?」
ギルドハウスでの引っ越しパーティーの次の日、サチが突然そんなことを言い出した。
「私達レベルでは攻略組に追いついたわけだけど、それだけじゃダメだと思うの。やっぱりフロアボス討伐に参加して初めて攻略組を名乗れるんじゃないかな?」
サチの言葉にキリトは考え込んだ。確かに黒猫団の目標である攻略組の仲間入りを果たす為には、フロアボス討伐への参加は避けて通れない。しかし、フロアボス討伐はフィールドにいるモンスターを相手にするのとはわけが違う。何段もの大量のHPと特殊で強力な攻撃を繰り出してくるフロアボスは、毎回討伐隊をあの手この手で苦しめてきたのだ。
「もう少し最前線での経験を積んでからでもいいと思うけどな。ギリギリの戦いにある程度慣れておかないと、いざという時に対処できないしさ」
「何もいきなりフロアボスと正面から戦うつもりはないの。支援部隊や取り巻き専門の部隊なら危険は少ないでしょ? いつかはやることなんだし、それならキリトと本当の仲間になれたこのタイミングかなって思うんだ」
そう言われてしまうとキリトは何も言えない。黒猫団のメンバー達はキリトがビーターである事実を受け入れ、その上で仲間として認めてくれた。ならば自分も仲間として彼等の強さを信じなければならないだろう。それに最近は攻略組全体がフロアボス討伐に慣れてきたこともあり、苦戦することはあっても死者はでていない。サチの言うとおり支援部隊や取り巻き専門の部隊として入るならそれほど危険はないはずだ。
「そうだな、俺達《月夜の黒猫団》は十分に強いギルドだ。後方担当の部隊としてなら参加もアリだと思うんだけど、どうかなケイタ?」
「うん、やろう。この時のために僕達はがんばってきたんだ。ここで足踏みをするべきじゃないと思う」
キリトがたずねるとケイタは大きくうなずいた。
「いよいよだな! 今から武者震いがするぜ」
「月夜の黒猫団の攻略組デビューだ。派手に暴れてやろう」
「支援部隊や取り巻き部隊じゃ目立てないんじゃないか?」
「じゃあ、全員《ブリリアントフォレストスーツ》を着用するのはどうだ? 確実に目立てるぜ」
「それは嫌だ。絶対モンスター扱いされて狩られる」
笑いながら盛り上がる黒猫団メンバーを見てキリトの顔も自然と笑顔になる。メンバーにせがまれ照れながらもフロアボス討伐の説明を始めたキリトは、その顔をサチがじっと見ていることに気が付くことはなかった。
その日の夜、キリトはようやく寝心地に慣れてきたベットに腰かけアイテムストレージの整理をしていた。以前は夜に宿を抜け出しては最前線でこっそりレベル上げをしていたのだが、黒猫団が攻略組に追いついた今その必要はない。これからは心から信頼できるギルドメンバー達と共に強くなっていけばいいのだ。そのことが無性に嬉しく、早く明日にならないかとベットに潜り込もうとしたその時。キリトの部屋のドアがノックされた。
「キリト、起きてる?」
扉越しに聞こえた声はサチのものだった。キリトは立ち上がると部屋の扉を開ける。
「遅い時間にごめんね。ちょっと話がしたいんだけどいいかな?」
「ああ、大丈夫だ。リビングに行こうか?」
「ううん、他のみんなにはあまり聞かれたくない話なんだ。キリトの部屋で話したいんだけど……」
このような遅い時間に女性プレイヤーと部屋で2人というのは色々とまずい気がしたキリトは、「やっぱりリビングで……」と言いかけてその言葉を飲み込んだ。サチは昼間の思い切った発言が嘘のように沈んだ表情をしており、すがるようにキリトを見つめている。
「……わかった。入ってくれ」
その表情に差し迫ったものを感じたキリトは、頭に浮かんでこようとする甘い想像を振り払いサチを部屋に通した。扉を閉めると振り返りながら部屋の中央に立っているサチに向かって問いかけようとした。
「それで、どうしたんだサ――――」
キリトはそのセリフを最後まで言うことができなかった。なぜなら振り返ったキリトの胸にサチが飛び込んできたからだ。突然のことにフリーズしてしまったキリトの耳にサチのか細い声が響いた。
「キリト、私怖い」
その肩はかすかに震えており、その体はさらにキリトにしがみついてくる。
「フロアボス討伐のことはね、私が言い出さないと気を使って誰も言い出せないだろうと思ったの。でも、今になって怖くなってきちゃって……」
確かに昼間のサチの発言には驚いた。前々からフロアボス討伐への参加は考えていたが、その時の最大の心配事はサチだったからだ。最近は随分マシになったが、いずれも体が大きく凶悪な姿をしているフロアボス相手に、はたしてサチは冷静に戦えるのかということだ。他のメンバーもそう思っていたのだろう、レベルが追いついたにもかかわらず今朝までフロアボスの話題は一度として出ていなかったのである。
「ねぇキリト、約束してほしいの。どんなことがあっても私を守るって。そうしたら私フロアボスが相手でもがんばれるから……」
そんなサチを見ながらキリトは自分の思慮の無さを責めた。正直キリトは今朝のサチの言葉を聞いて、彼女がモンスターへの恐怖を完全に克服したと思っていたのだ。しかしそうではなかった。サチはずっと恐怖を押し殺して戦っていたのだ。
そう思ったキリトは宙をさまよわせていた両腕をサチの背中に回し、優しく抱きしめる。
「ああ、約束するよ。どんなことがあっても俺が君を守ってみせる」
「ありがとう。キリト……」
サチはそう言うと顔を上げ、キリトに向かって背伸びをした。キリトの唇に一瞬柔らかなものが触れ、そして離れる。
「えへへ……約束の証だよ。おやすみ、キリト」
キスをされたのだと気が付いたキリトが驚いた顔でサチを見る。サチは顔を伏せるとキリトから体を離し、恥ずかしそうにそのまま部屋から出て行った。キリトは呆然とその後ろ姿を見送ることしかできない。
「約束だよ……キリト……ふふ……」
故にその顔に浮かんでいる張り付けたような笑顔を、キリトは最後まで見ることはなかった。
◆ ◆ ◆
第二十五層のフロアボス討伐の日、ボス部屋の前に集まった討伐隊の中には緊張の面持ちで周りを見回す《月夜の黒猫団》の姿があった。
「さすがフロアボスに挑もうとする攻略組だよな。なんか雰囲気が違わないか」
「ああ……なんか圧倒されちまうな」
ボス討伐前の独特の雰囲気にあてられたのかテツオとササマルが小声でささやき合っている。黒猫団メンバーが集まった討伐隊から少し離れたところで次の支持を待っていると、討伐隊の中から抜け出したタクトとエルナディータが近づいてきた。少し不安げな面持ちでこちらをうかがった後、キリトとメンバーの様子を見るとホッとしたような顔をして声をかけてくる。
「この前は悪かった。ひどいこと言っちゃったよな」
「ごめんなさい。あの時はああ言うしかなくて」
「俺のために言ってくれたんだろ? こっちこそ悪かったな嫌な役やらせちまって」
「キリトから聞いたよ。僕達が6人でここに来れたのは君達のおかげだ。ありがとう2人共」
謝るタクトとエルナディータをキリトとケイタは笑って許した。あの時のタクト達に悪気がなかったのはもう黒猫団全員が知っている。今回の討伐隊に入れたのも彼等が今回の討伐隊のリーダーにかけあってくれたことが大きいのだ。そうでなければ最前線にきたばかりのギルドが、いきなりフロアボス討伐に参加などできなかっただろう。
「うまくいったみたいでよかったよ。今日はがんばろうぜ、じゃあまた後でな」
「頼りにしてるわ。今回もお互い生き残りましょう」
2人はそう言うと討伐隊の方へ戻っていった。その先にはコペルや鉄仮面の姿も見える。その近くにはアスナもおり、キリトに気が付くと小さく笑って手を上げた。キリトも笑いながら手で挨拶を返す。
「キリト、どうしたの?」
かけられた声に心臓の鼓動が上がるのを感じながらキリトは振り向いた。そこには不思議そうな顔をしたサチがいる。
「あ、ああ……。知り合いがいたから挨拶してたんだ」
胸の鼓動を意識しないようにしながらも、キリトの口からはややうわずった声が出てしまう。サチの態度はキスした夜から変わったところはなく普段通りキリトに接してくるが、キリトの方は妙にサチを意識してしまい、うまく話すことができずにいた。
「いよいよだねキリト。約束忘れないでね」
サチは唇に人差し指をあてて微笑んだ。キリトはあの時の唇の感触を思い出してしまい、顔が熱くなるのを感じながらもサチを見つめて言う。
「ああ、君は俺が守る。君は絶対に死なないよ」
キリトの言葉を聞いてサチが嬉しそうに笑った。なんとなく見つめあってしまった2人は、討伐隊から響いてきた大声にあわてて目をそちらへそらす。その先には討伐隊の前に進み出たキバオウの姿があった。
「ほんならそろそろ始めさせてもらうでぇ! 作戦は事前の打合せ通り、LAドロップは取った奴のもんや。みんな安心せえ今回は楽勝やで、なぜならワイがリーダーだからや! そこぉ! 今のは笑うところちゃうわ!」
キバオウの冗談にどっと笑いの起こった討伐隊だったが、キバオウがボス部屋の扉に手をかけると一様に静まり返り、各自の武器を抜き放った。
「開けると同時に壁役部隊は突撃や! いくでぇ!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
キバオウが叫びながら扉を開け放つと、討伐隊は雄叫びを上げながら部屋の中へなだれこんだ。壁役部隊が先陣をきってフロアボスに向かって走る。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
凄まじい咆哮を上げながら第二十五層フロアボス《ザ・パニッシュホーン》は、角の生えた牛のような頭部を振り乱しながら、その手に持った巨大な両手斧を構え――――その巨体が無数のポリゴンになって爆散した。
やがてそのポリゴン片もキラキラと残滓を残しながら消え去り、討伐隊が倒すはずだった《ザ・パニッシュホーン》は完全に消滅する。
「遅かったじゃねぇか。本当はこの牛と二人がかりの予定だったんだが、あんまり退屈だったもんでぶっ殺しちまったぜ」
そこに立っていたのは紅のフードを被った一人の少年だった。その手にはたった今《ザ・パニッシュホーン》を葬ったと思われる焔色の大剣が握られている。
キリトは以前タクトとエルナディータに聞いた話を思い出した。たたずまいから感じられる圧倒的な存在感と印象的な紅のフードは、目の前にいる少年が何者なのかを明確に物語っている。少し離れた所にいるタクトの厳しい表情を見て確信を得たキリトは、討伐隊のリーダーであるキバオウに言った。
「気をつけろキバオウ。前の奴とは違うみたいだが、あいつも《クリムゾンナイツ》だ」
「分かっとる。相手が変わっただけや、やることは変わらん。総員戦闘体勢や! 壁役部隊を前面にしながら、まずは相手の出方を見る!」
とまどいに動きを止めていた討伐隊がキバオウの指示で動き出す。重装備と盾に身を固めた壁役部隊が前進し、支援部隊であるキリト達黒猫団は後方に下がる。それを見ながら紅フードの少年はため息をついた。
「さて、すぐに戦りてぇところなんだがな。まずは仕事の仕上げといくか」
そう言うとその姿がかき消える。少年は赤い疾風となって壁役部隊を難なくすり抜け、後方の支援部隊である月夜の黒猫団に迫る。かろうじて反応できたキリトの目の前で、サチの体が焔色の大剣に切り裂かれた。
「あ……」
小さく声を発したサチの体がグラリと傾き、スローモーションのようにゆっくりと倒れる。全く反応できずにクリムゾンナイツの一撃をまともに食らったサチのHPは急速に減少していく。サチは悲しそうな顔でキリトを見ると、その口が小さく動いた。
「ウソツキ……」
そして、その体が無数の光の欠片となって砕け散る。
サチの最後の言葉は、キリトの耳から入り呪いのように全身を駆け抜け――――彼を絶望の底へと突き落とした。
「最後までつまらねぇ仕事だったな。ついでに他の奴も殺っとくか?」
そう言ってケイタ達の方へ向き直ろうとした少年は、その横から飛び込んできたタクトの斬撃を手にした大剣で受け止めた。タクトはそのまま黒猫団をかばうように少年の前にたつ。
「サチ! くそっ! 間に合わなかったか!」
「なんだお前は? 邪魔するんじゃねぇよ」
「キリト! 黒猫団を下がらせてくれ! おい、キリト!」
タクトが何か言っているようだが、キリトの耳にはもう何も聞こえていなかった。いや、ひとつだけ彼女の最後の言葉だけが延々と頭の中に響いている。
『ウソツキ』
(ごめんよ、サチ)
『ウソツキ』
(君を必ず守ると約束したのに)
『ウソツキ』
(ああ……俺は大嘘つきだ……)
キリトはサチの姿を思い出す。戦うのが怖いと言っていたこと、それでも盾剣士をがんばっていたこと、怖いのにみんなのためにフロアボス討伐参加を提案したこと、そして守ると約束した時笑ってくれたこと。
(その思いの全てを俺は裏切った……)
「あ……ああ……ああああああああああああああああああああああああ!!」
「始まりの合図にしちゃ上出来の叫び声だ。さぁ、始めようぜ! このクリムゾンナイツの《ジュダ》が与える絶望という名の暗黒を心ゆくまで味わっていけ!」
キリトとジュダ、絶望と歓喜、相反する二つの叫びがフロアボスの部屋に響き渡った。
はい、あとがきです。
当初はここで終わるはずだったのですが、
予想以上に書きたいことが増えてしまい終わらせることができませんでした。
この話は「あの時サチの言葉が違っていたらどうなっていたのだろう」という作者の妄想で書かれたものです。
キリトがかなりやばいことになっていますが、これからどうなるのか。影が薄かったオリ主と生き残り勢も次の話では活躍する予定です。そして肝心のジュダのユニークスキルも……。
次話も読んでくださると嬉しいです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
感想をお待ちしています。