ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》 作:あけろん
忙しい&スランプで長く間が開いてしまいました。
コバルト・シスターズ
「はああああああああああああ……」
そろそろ天辺にさしかかろうとしている作り物の太陽を見上げながらタクトは何度目かの深いため息をついた。ここはつい先日解放された第二十六層主街区《イストス》の中央広場だ。広場のベンチに座りながらタクトは何をするでもなく街行くプレイヤー達を眺めている。普段ならここで隣から
『私の相棒はいつからため息製造機になったのかしら。次にため息をついたら粗大ゴミとして外郭から放り出すわよ』
などと分かりにくい励ましが飛んでくるところなのだが、今タクトの隣にエルナディータはいない。第二十五層のフロアボス討伐の後様子がおかしかった彼女は、今朝になって「少し出かけてくる」と言って出て行ってしまったのだ。自分もついていこうとしたのだが「ごめんなさい。一人で行きたいの」と強い調子で拒まれてしまった。一人で狩りに行く気にもなれず、タクトは朝からこのベンチで置物と化している。
「はああああああああああああ……」
またタクトの口からため息が漏れる。原因は自分でも分かっている。第二十五層で色々なことがありすぎたせいだ。第二十五層のフロアボス討伐はコペルと鉄仮面を中心としたパーティーが闇人形の群れを突破し、第二十六層をアクティベートしたおかげで終結したが、サチをはじめ多くの犠牲者を出した。一番犠牲者の多かったキバオウのギルド《アインクラッド解放軍》は、最前線から撤退し低層での活動に方針を切り替えるそうだ。
そしてサチを失った《月夜の黒猫団》は――――。
「あれ、タクトじゃないか。今日は一人なのかい?」
かけられた声に顔を上げると、そこには《月夜の黒猫団》リーダーのケイタが立っていた。今まさに考えようとしていた人物たちの登場に、内心驚きながらもタクトは答える。
「ああ、今日はちょっと別行動なんだ。そっちは今から狩りか?」
「うん、と言っても最前線から少し下に行こうと思ってるけどね。僕は盾剣士に転向中だし、メンバーが2人も減っちゃったからね……」
寂しげに笑いながらそう言うとケイタは後ろを振り返る。そこにはテツオ、ダッカー、ササマルとなじみのメンバーがそろっていたが、そこにはタクトの宴会芸に控えめな笑顔を浮かべていた少女の姿はない。タクトはサチがいない現実を改めて噛みしめながら、この場にいないもう一人について尋ねた。
「キリトはやっぱり戻らなかったのか……」
「ああ、今はどこで何をしてるのかもわからない……」
すぐにキリトの後を追いかけたアスナの話では、キリトは第二十六層の草原に瀕死の状態で倒れていたらしい。誰がやったのかはわからない。自分が着いた時には他に誰もいなかったとアスナは言っていた。意識を取り戻したキリトは、駆けつけたタクト達と黒猫団メンバーを見ると言った。
『ビーターの俺が君達に関わる資格なんてなかったんだ』
そしてその場で《月夜の黒猫団》を抜け、タクト達とのフレンド登録も消去して姿を消したのだった。
自分に繋がる絆を全部断ち切ってキリトは復讐に自分の全てを捧げるつもりなのだろうか。もしかしたらケイタ達<月夜の黒猫団>も……。
そう思ったタクトの不安げな視線を察したのか、ケイタは首を振りながら言った。
「僕達は復讐をしようとは思ってないよ。あの戦いで僕達は大切なものを失ったけど手に入れたものだってあるんだ。これからもアインクラッドのみんなを守るためがんばっていくつもりさ」
「そっか……乗り越えたんだなケイタ達は」
戦いが終わった後コペルから聞いた話では、月夜の黒猫団はサチを失った直後だったにもかかわらず、第二十六層のアクティベートのために奮戦したらしい。
もしエルナディータを失ったとしたら、それでも自分は戦い続けることができるだろうか。そう考えると彼等の心の強さを称賛せずにはいられない。
「強いなケイタ達は。俺も見習わないと」
「そんなことないさ。ある人に励まされてね。僕達はそれをきっかけに立ち直ることができたんだ。大きな悲しみを乗り越えるには一人じゃダメなんだよ。キリトもそれに早く気が付いてくれればいいんだけど……」
そう言ってケイタは遠くを見る。その目にはここにはいないかつてのギルドメンバーが映っているのだろうか。
「それじゃあ僕達はそろそろ行くよ。最前線に戻るのは少し時間がかかるかもしれないけど、必ず追い付く。待っていてくれ」
「ああ、とびきりの御馳走を作っておくよ」
タクトの言葉にケイタは笑うと踵を返した。後ろのメンバー達もそれぞれにタクトに別れを告げるとケイタを追って歩き出す。去っていく彼等の背中が討伐前よりも大きく見えるのはタクトの気のせいではないだろう。
(ケイタ達は乗り越えたぞ。お前はどうするんだキリト?)
その背中を見送りながらタクトは思う。キリトはおそらくサチが死んだのは全部自分のせいだと思っているのだろう。自分が殺したとさえ思っているのかもしれない。
――――だがそれは違う。
――――サチを殺したのはアイツだ。
《暗黒剣》のジュダ。漆黒の剣技を操る紅の死神を思い出す。奴はこの先必ずまた現れるだろう。そして今後はタクトを執拗に狙ってくるはずだ。これはタクトにとっては好都合だった。他のプレイヤーにあの凶刃が向けられ、目の前でサチのような犠牲者がでるくらいなら自分が狙われた方がマシだからだ。
それにジュダの《暗黒剣》の特殊効果《スキルイレイザー》に対抗できるのは今のところタクトの《神魔剣》しかない。対抗手段を持っている自分が一番ジュダの相手には向いているだろう。次に現れた時はもう誰も殺させはしないとタクトは心に決めていた。
「次に現れた時は俺が必ず――――もがっ!?」
「だーれだ♪」
その時無意識に漏れたタクトの言葉を遮るように、後ろから声をかけられる。声の主は自分が誰だか当ててほしいようだが、なぜか後ろから伸びた手はタクトの目ではなく口をふさいでいた。
「もが! もがもーがもがが!」
「ブー! 残念。ボクはモガモガなんて名前じゃありません。正解は――――」
口をふさいでいた手が離れ、タクトの頭上を小さな影が飛び越える。それは空中でクルリと一回転すると小柄な体がタクトの前に着地した。濃紺の髪がフワリと揺れ、大きなアメジストを思わせる紫の瞳をしたその少女がニパッと笑う。
「正解はボクでしたー! 久しぶりだねお兄さん!」
「……っぷは! ハァハァ……え?」
目の前に立っているのは以前タクトが第十層で出会った少女だった。小柄な体をゆったりとした黒い布装備で覆った少女は、相変わらず無邪気な笑顔を浮かべながら全身から強烈な元気印オーラを放っている。
「もう! 声だけで分かってほしかったなぁ。薄情だぞお兄さん!」
「誰か分かったとしても口を押さえられてたら答えられないと思うんだが……」
「それもそっか。てっきりお兄さんはボクが持ってたおにぎりのことしか覚えてないんだと思ったよ」
「そんなわけあるか。ええっと名前は《ONIGIRI》ちゃんでしたよネ」
「……お兄さんを丸めておにぎりにしてもいいかな?」
「すみませんでしたぁ! ユウリ様!」
会ったのは一度だけだが、彼女の名前はその太陽のような雰囲気と共にタクトの心に焼き付いていた。ユウリはタクトの心からの謝罪に「よろしい」と言ってまた笑う。その様子にタクトは思わず頬がゆるんでしまった。先程までのささくれだった心が温かいものに包まれていくようだ。少女が見せる太陽のような笑顔には周囲を元気にする不思議な魅力がある。ユウリはベンチに近づくと飛び乗るように座り、足をブラブラとさせながらタクトを見上げた。
「ボクは新しく解放された街を見に来たところなんだ。そしたら一人でぼーっとしてるお兄さんを見つけたから、イタズラしちゃえって思ってさ。怒った?」
「いや、怒ってないよ。色々あってちょっと沈んでたからさ。ユウリのおかげでちょっと元気が出たよ」
「ふーむ、ちょっとかぁ。じゃあ、もっと元気が出るように『ボクたち』と一緒に狩りに行こうよ!」
ユウリはそう言うとベンチから勢いよく立ち上がり、広場の人混みに向かって手を振る。するとその中から一人の少女がこちらに近づいてきた。
「探したわよユウリ。街についたと思ったら急にいなくなるんだもの」
「ごめん、姉ちゃん。新しい街って色々珍しいからじっとしてられなくて」
どうやら現れた少女はユウリの姉らしい。姉というわりには顔はあまり似ていないように見える。雰囲気としてはアスナが近いだろうか。ユウリの髪が腰まで長いのに対して姉のほうは肩の辺りで切りそろえられている。ゆったりとした白の布装備が、ユウリとおなじくらいの小柄な体を包んでいた。少女はタクトの視線に気が付くと怪訝そうな表情を作る。
「ユウリ、こちらの方は?」
「この前話したお兄さんだよ! ほら、第十層でさ」
ユウリの話を聞いた少女はタクトの方に向き直ると右手を差し出した。
「ご挨拶が遅れました。ユウリの姉でアイリと申します。あなたがタクトさんでしたか。ユウリから話を聞いてお会いしたいと思っていました」
「え、ええっと……タクトだ。よ、よろしく」
アイリと名乗った少女の手を握りながらタクトは慌てて挨拶を返す。ユウリが太陽ならこちらは月だろうか。歳はタクトと同じか下に見えるのにアイリが放つ雰囲気はとても落ち着いていて、それでいて冷たさを感じさせない。
アイリは左手も出して両手でタクトの手を包み込む。柔らかな感触にタクトの胸がドキリと跳ねた。
「本当にお会いしたかった……」
そう言って微笑んだアイリは強くタクトの手を握り締めている。タクトはなぜか心に浮かんでくる相棒の顔に「これは違うんですよ! 不可抗力なんです! でもごめんなさい!」と意味不明の謝罪をしながら、されるがままになっていた。その間にもアイリの手は痛いくらいにタクトの手を握り締めてくる。
というかこれは強すぎないだろうか。しかもさらに握り締める力が強くなっているような……。
「なんでも私の大切なユウリにしつこく言い寄ったのちに舐めまわそうとしたり、あげくの果てにはお金をチラつかせてどこかへ連れ去ろうとしたそうですね? 私、その男性にお会いできる日を楽しみにしていたんですよ? うふふふふ……」
「あれぇ!? 先ほどまでの甘い空間はどこに!?」
アイリはタクトの言葉を完全に無視しながら、今度はぐいぐいとタクトの手を引っ張り始める。
「さぁ、向こうでゆっくりとお話しいたしましょう。ユウリはここで待っていて? これから起こることはとてもあなたには見せられないわ」
「何されるの俺! どうなっちゃうの!?」
「姉ちゃん、落ち着いてぇ!」
ユウリの説得をアイリが聞き入れるまで、タクトは自分より小柄な少女に延々と引きずり回されたのであった。
◆ ◆ ◆
「……で、いつのまにかここまで連れてこられたわけだが」
誰に言うでもなくつぶやいたタクトは辺りを見回した。アイリの誤解が解けた後、狩りに行こうというユウリに連れてこられたのは、タクト達がいた第二十六層からずっと下の第十層の森の中だった。小さくひらけたその空間には土を耕した畑になっており、等間隔で何かの苗が植えられている。畑の隅には藁でできた案山子が一つだけポツンと立っていた。
勝手に最前線の迷宮区にでも行くつもりなのかと思っていたタクトは少し拍子抜けする思いだったが、考えてみればこの2人の姿を討伐隊で見たことはない。彼女たちは最前線より下を主な狩場にしている《中層プレイヤー》なのだろう。
「ここが今日の狩場だよ!」
「第十層か。俺としてはもう少し上でもいいんだけどな」
「タクトさん、ユウリの選んだ狩場に何かご不満があるのでしたら向こうでお話を……」
「何でもありません! さぁ、始めようぜユウリ!」
アイリが放つ静かなプレッシャーが恐ろしい。ユウリはタクトの様子を見ながら苦笑すると、立っている案山子に近づいた。すると案山子の頭上にクエストのアイコンが現れ、案山子の腕にボロボロになった手紙が現れる。そこにはこう書かれていた。
『私はついに新しい品種を開発することに成功した。しかし、それは不幸なことに奴らの格好の餌になってしまったのだ。一度の収穫もできないまま私は息絶えようとしている。ここを訪れる者がいたらお願いしたい。この畑の苗を奴らから守ってほしいのだ。この苗が実をつけるところを天にいる私にどうか見せてほしい』
「《遺志の収穫者》っていうクエストでね。この畑の苗を食べにくるモンスターを倒すっていうクエストなんだ」
「へぇ、こんなクエストがあったんだな。初めて知った」
ユウリの説明を聞きながらタクトは驚いていた。クエスト名からしてこの苗は食用である可能性が高い。食に関するクエストの情報はアルゴを通して全て知っているつもりだったが、まさかこんな下層に見落としているクエストがあるとは思わなかったのだ。
「モンスターはどこから来るかわかりません。別れて三方を警戒しましょう」
アイリの提案で畑を囲むように散った3人は、自分の前方を警戒しながら苗を食べにくるであろうモンスターを待つ。やがてタクトの前方の茂みがガサガサと揺れ、森の暗がりに2つの赤い光が灯る。それが目だと分かったのはその茂みからモンスターが姿を現した時だった。
フォルムだけを言うならそれはイナゴだ。ただし、その全身は毒々しい紫色であり、体長はは1メートルほどもある。タクトがそのモンスターを見つめると、フォーカスされたモンスターの名前が《ダイナストホッパー》と表示された。
「なるほど。作物を狙う虫としてはお約束なわけだ」
タクトは両手剣を引き抜くと、モンスターとの距離を詰めるべく走り出す。それを見た《ダイナストホッパー》はその発達した後ろ足を蹴って空中に跳び上がった。
思わずタクトは足を止め空中からの攻撃に備えるが、ホッパーはタクトには目もくれず、悠々とその頭上を飛び越える。その先にあるのは謎の作物の植わった畑だ。
「お兄さんダメだよ! モンスターが狙ってるのはボク達じゃなくて畑なんだから!」
ユウリの声に慌ててダッシュする。予測した落下地点にまわりこんだタクトは落ちてくるホッパーをすくい上げるように両手剣を繰り出した。空中で動けないホッパーの腹にカウンター気味の一撃が入り、そのままその体を真っ二つに切り裂いた。
「よっし! 終わりだ!」
ポリゴンになって砕け散るモンスターを見ながらタクトはガッツポーズをする。頭上を越えられた時は焦ったが、所詮は第十層のモンスターだ。今のタクトの敵ではない。剣を納めようとしたタクトは、2人の姉妹がいまだ警戒を解いていないことに気が付いた。
「まだ終わっていませんよ」
アイリの言葉と同時に、ユウリの前方の暗がりで《ダイナストホッパー》の目が赤く光る。しかし、今度はそれでは終わらなかった。暗闇に光る眼は徐々にその数を増やしていき、あっという間に辺りの暗がりが無数の赤い光に埋め尽くされる。あれが全て《ダイナストホッパー》の目なのだとしたら一体どれほどの数がいるのだろうか。
「さぁ、ここからが本番だよお兄さん♪」
無数のモンスターを前に、ユウリは楽しそうに笑ったのだった。
はい、あとがきです。
この姉妹が何者なのか現時点で分かる人はいるのかなぁ。
気づいた人は秘密にしてくださいね。
間は開くかもしれませんががんばって書いていきますので
これからもよろしくお願いします。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
感想をお待ちしています。