ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》 作:あけろん
まさか30話を書く日がこようとは、1話目を書いてるときには思いもしなかった……。
タクトが姉妹とキャッキャウフフしてる間にエルナディータはどうしていたのか
というお話になります。どちらかというとこっちが本筋です。
「ふぅ……」
そろそろ天辺にさしかかろうとしている作り物の太陽を見上げながらエルナディータは何度目かのため息をついた。ここは第二十二層の南西エリア。点々とログハウスが立ち並ぶのどかな森の中だ。普段ならここで隣から
『なんだ元気がないなエル! それならこのルドラスネークの生き血ドリンクでファイト一発!』
などと得体の知れない飲み物を勧めてくる相棒がいるおかげでため息をつく暇もないところなのだが、今エルナディータの隣にタクトはいない。これから向かう先にタクトを連れて行くわけにはいかないのだ。彼女がまだ誰にも話していないこと。例えタクトであっても話せないこと。これからエルナディータが会おうとしている人物は、それに大きく関わっている可能性が高い。とはいえ、ついて来ようとするタクトに対して思わず強い拒絶の言葉がでてしまったのはマズかった。去り際に見えた彼の寂しげな表情を思い出すたびに、エルナディータの口からはため息がでこぼれるのだった。
「でも、これは私が一人で解決しなきゃいけないことだもの」
エルナディータはつぶやきながら目的地へと急ぐ。彼女は昨日の第二十五層討伐戦を思い出していた。突然の介入によりジュダを退かせた《アストレイア》は、去り際に確かにこちらを見た。その時エルナディータにインスタントメールが届いていたのだ。タイミングからしてアストレイアからのものとしか考えられないそのメールを、罠の可能性も考えながら慎重に開いたエルナディータは、そこに書かれた内容に目を見開いた。
『ヒースクリフを知っているか?』
文面は短く、他の者が見ても何のことかわからなかっただろう。しかしエルナディータにはこれだけで十分だった。《ヒースクリフ》という人物は今のところこのアインクラッドには存在しない。新しい階層がアクティベートされるたびにアルゴに調査を依頼しているが、プレイヤーはおろかNPCにもそんな名前の者はいないというのが毎回の調査結果だった。つまり《ヒースクリフ》という名前を知っているのはこのアインクラッドでエルナディータとアルゴだけのはずなのだ。しかし、あの時初めてプレイヤー達の前に現れたアストレイアからこの名前が出てきた。そしてこれは後で確認したことだが、あのメールはエルナディータにしか送られていない。これはアストレイアが《ヒースクリフ》と《エルナディータ》の関係まで熟知していることを示していた。となると彼女が誰なのかも薄々見当がつく。
「とりあえず会ってみないことにはね」
アストレイアからのメールには印のついたマップデータが添付されていた。知っているのならそこに来いと言うことだろう。罠の可能性もあったが、ヒースクリフ探しに完全に行き詰まっていたエルナディータにとって、この蜘蛛の糸は魅力的すぎた。例え途中で切れる可能性があったとしてもだ。
「あそこか……」
マップデータに指定された地点、そこは湖のほとりに建つログハウスだった。辺りに人の気配はない。もしかしたらと入り口のドアノブを回すと、買った覚えのないログハウスのドアがあっさりと開いた。慎重に中をうかがうが、またしてもそこには誰もいない。慎重に室内に入ったエルナディータは外に突き出たバルコニーへと向かう。そこにも人影はなく、日当たりのよい空間が広がっているだけだ。バルコニーからは湖がよく見える。
「そういえば義兄さんとこんなログハウスでキャンプをしたことがあったっけ……」
まだエルナディータがこのデスゲームにログインする前の話だ。なかなか外に出ない義兄、茅場晶彦をなかば無理やりに連れ出してキャンプに行ったことがあった。その時泊まったログハウスもこんな湖のほとりにあり、義兄が湖を見て「VRでの液体の再現は難しそうだ」などとつぶやいていたのには呆れながらも笑ったものだ。あれはとても楽しかった。あの時いたのはエルナディータと茅場晶彦ともう一人。
「懐かしいわね」
突然後ろからかけられた声に、エルナディータは振り向きながら身構える。そこにはいつの間に入ってきたのか、白いフーデッドマントをかぶったアストレイアが立っていた。彼女はバルコニーまで歩いてくるとそこから見える湖を見つめる。
「やっぱり彼とあなたも液体の再現には苦労したみたいね。もっとキャンプに連れて行って綺麗な水を見せてあげれば良かったかな」
「水なんて水道の蛇口をひねればいくらでも見ることができるわ。単純に義兄さんと私の力が足りなかっただけのことよ」
「そういう自分に厳しい所は変わらないのねエルナ」
そう言ってアストレイアはフードの下で笑った。本人はもう隠すつもりもないようだ。なにより自分のことを『エルナ』と呼ぶのは義兄と ”彼女” しかいない。エルナディータはアストレイアを正面から見つめると彼女の名前を口にした。
「それで、どうしてあなたがここにいるの。凛子さん」
それを聞いたアストレイアがゆっくりと頭を覆っていたフードを取る。その下から現れたのは華やかさはないものの、素朴な印象が魅力的な美女だった。エルナディータはその顔をよく知っている。彼女の名前は神代凜子。義兄の恋人であり、エルナディータとも姉妹のような付き合いをしていた女性だった。
「その様子だと薄々分かっていたみたいね。さすがは天才プログラマー茅場晶彦の義妹にして右腕と呼ばれた《エルナディータ=茅場》といったところかしら」
「質問に答えて凛子さん。現実世界で義兄さんを探しているはずのあなたがどうしてここにいるの?」
姉と慕っていた凜子を前にエルナディータの表情は硬かった。アストレイアの正体が神代凜子ならば彼女は敵側の人間ということになる。凜子に対してこんな感情を持ちたくはなかったが、彼女の真意を確かめるまでは気を許すわけにはいかないのだ。エルナディータの表情とは裏腹に凜子の表情は柔らかかった。彼女は微笑みながら口を開く。
「もちろん、あなたとプレイヤー達をこの《ソードアートオンライン》という牢獄から助け出す為よ」
「え……?」
敵側の人間であるはずの凜子の意外な一言に、エルナディータは無意識に声を漏らしていた。彼女はそんなエルナディータを優しく見つめながら話を続ける。
「現在、レクトが組織した救出チームによるカーディナルのハッキングが行われているわ。私はゲーム内からその補助をしているの。カーディナルの中枢を掌握できれば、全プレイヤーは無事にログアウトすることができるはずよ」
凜子の言葉にエルナディータは衝撃を受けた。カーディナルの強固なファイアーウォールを突破して外部から助けがくるなど想像もしていなかったからだ。
「今日ここにあなたを呼び出したのは、私の手伝いをしてほしいからよ。いえ、正確にはあなたを私が手伝うという形になるかしらね。あなたの知識を、プレイヤー達を解放するために貸して頂戴」
凜子の口調はどこまでも優しい。そのまなざしは妹を見る姉のような慈愛に満ちたものだった。エルナディータは思わずうなずいてしまいそうになる自分を懸命に抑える。現在カーディナルをハッキングしているツールがどのようなものかは分からないが、凜子の口ぶりから察するにカーディナルに対してかなり有効なようだ。ならばカーディナルの開発に携わったエルナディータの知識は、ハッキングの速度を上げる手助けになるだろう。
しかし、彼女の誘いを受け入れる為には、今までの説明で抜け落ちていた重要な点を明らかにしておく必要があった。
「凜子さんは私とプレイヤー達を助ける為にここに来たと言ったわよね。それならどうして《クリムゾンナイツ》と関わりを持っているの?」
第二十五層のフロアボス討伐の時、プレイヤー達の前に現れた彼女は、ジュダに退却するよう命令しているように見えた。つまり凜子は《クリムゾンナイツ》に対してそれだけの権限を持つ立場にいるということになる。プレイヤーを助けるという彼女の言葉と、彼女の立場は矛盾しているようにしか見えない。
「何もおかしいことではないわ。《クリムゾンナイツ》はプレイヤー達を助ける為に存在するのだもの。私が行動を共にしていてもなにも不思議もないでしょう?」
「ふざけないで! あいつらはプレイヤー達を助けるどころか殺しているじゃない!」
さも当然のようにクリムゾンナイツの存在を肯定する凜子に向かってエルナディータは声を荒げる。クリムゾンナイツに属するジュダが、サチをはじめ多くのプレイヤーを殺したのはつい昨日のことなのだ。例え姉と慕う凜子の言葉でも、奴らがプレイヤーを救出する為の存在などということが信じられるはずがない。
しかし、そんなエルナディータを見ても凜子は優しい笑顔を崩さない。彼女はまるで聞き分けのない妹に優しく言い聞かせるように言葉を重ねた。
「カーディナルをハッキングすると言ってもそれは簡単なことじゃないわ。あれの防壁は並大抵のことでは突破できない。チャンスがあるとしたらカーディナルに負荷がかかっている時にできる防壁の穴を突いて、少しずつシステムを掌握していくしかないわ。そしてカーディナルに一番負荷がかかるのはどんな状況か。あなたなら分かるわよねエルナ?」
「ま、まさか……」
エルナディータは言葉を失う。SAOの管理システムである《カーディナル》にもっとも負荷がかかる状況。それは――――。
「そう、『プレイヤーが死んだ時』よ。それも ”一箇所” で ”同時” に ”多数” 死ぬほどカーディナルには大きな負荷がかかる。《クリムゾンナイツ》は自分達の役割を果たしているわ。彼らの仕事はカーディナルへの負荷を作り出し、ハッキングしやすい状況を作り出す為にプレイヤーを殺すことなのよ」
「そんな……ハッキングの為にプレイヤーの命を犠牲にしようと言うの?」
「それほどにカーディナルの防壁は強固なのよ。正面からではシステムにとりつくだけならどうにかなっても、防壁の突破に何年かかることか。でもこの方法ならあと2000人分の負荷があればハッキングツールが中枢に到達できる計算よ。つまり今すぐ2000人のプレイヤーが死ねば、残りのプレイヤー達は即座にログアウトできるというわけね」
恐ろしい事実を笑顔のままで話し続ける凜子にエルナディータは戦慄を覚える。エルナディータが知る彼女はこんなことを笑顔で言える女性ではなかったはずだ。飾り気のない優しさと包容力を持ち、義兄の一番の理解者だった。そんな彼女がエルナディータは大好きだったのだ。
「そんなことをする必要はないわ凛子さん。全ては《ヒースクリフ》――――義兄さんを見つければ解決する。義兄さんを見つけて説得して、プレイヤーを開放してもらえばいいのよ」
エルナディータが今までヒースクリフという人物を探していたのはそのためだ。茅場晶彦のアバターである《ヒースクリフ》を探し出しこのデスゲームを終わらせる。それはエルナディータが誰にも話せず、たった一人で解決しようとしている彼女だけのグランドクエストだった。
「手伝うというのならこちらを手伝ってよ凛子さん。あなたの言うことなら義兄さんだってきっと聞くわ。そうすれば誰も死ぬ必要はないじゃない」
そうだ、義兄を探し出すことができれば全てが解決する。タクトもキリトもアスナも全てのプレイヤーがこのデスゲームから開放される。現実世界に戻った義兄は重い罪に問われるだろう。しかしエルナディータと凛子は何があっても義兄の味方だ。彼の罪を一緒に背負って生きていく覚悟はある。ヒースクリフさえ、茅場晶彦さえ探し出すことができればこの忌まわしいゲームはクリアなのだ。
エルナディータの言葉に凛子はうつむいた。その肩は何かに耐えるように小刻みに震えている。
「ふ……ふふふ……何も知らないのね……エルナ。あはは……可哀想な子」
凛子は笑いをこらえているのだった。しかしそれは楽しさからの笑いではない。泣いて泣いて涙の枯れた果てにたどりついたどうしようもない行き止まり。それを前にした人間が浮かべる諦めの笑いだった。
「凛子……さん?」
凛子のあまりにも異常な様子にエルナディータは名前を呼びかけるだけで精一杯だった。そこにいるのはかつての優しい姉のような女性ではない。大きな悲しみに身を浸しながら笑い続ける絶望の魔女の姿がそこにはあった。魔女は笑いながら驚愕の事実を告げる。
「教えてあげるわ。あなたの探しているヒースクリフは、茅場晶彦は――――もう死んでいるの」
絶望の魔女の言葉はエルナディータの心にあった希望を粉々に打ち砕いた。
はい、あとがきです。
今回のお話はどうしてこの小説のアインクラッドはこんなことになったのか
という大本のお話になります。
SAOのサービスが開始された時に一体何があったのか、それをこれから書いていこうと
思います。
というかこれ本当は1話の前に書いておくべきだったんじゃなかろうか……