ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》 作:あけろん
妄想が爆発した回になりました。
色々な捏造が含まれておりますがご容赦を
神代凜子が茅場晶彦と出会ったのは彼女が大学に入った時だった。いつもよれよれの白衣をまとい、青白い顔をして一日中観測装置に張り付いている茅場の様を見た凜子は、研究室に生えた養分の不足した豆もやしのようだと思ったものだ。そんな彼のことをなぜか放っておけなかった凜子はつい色々と世話を焼いてしまい、それが恋人同士の付き合いになるのにそう時間はかからなかった。後に彼が大学生にして億単位の年収を稼ぎ出している天才だったことが分かっても、それで付き合い方を変えられるほど凜子は器用な人間ではなかったし、歳の離れた彼の義妹であるエルナディータとも最初はギクシャクしたが、打ち解けると姉妹のように仲良くなっていた。
凜子が修士課程を終えるまでの6年間は、そのまま彼女が茅場晶彦の恋人として過ごした時間でもあった。研究室に閉じこもる茅場を無理やり連れ出し、同じくPCをいじってばかりいるエルナディータも一緒にオンボロの軽自動車に放り込んで、湘南まで引っ張り出したことは昨日の様に鮮明に記憶に残っている。世間の恋人達とは少し違ったかもしれないが、それでも凜子にとって茅場晶彦と過ごした6年間は幸せな時間だった。
しかし、その幸せは突然の終わりを告げる。
凜子が修士論文を書き上げたその翌日、茅場と連絡が取れなくなった。電話をしてもメールをしても彼からの返信がない。その日は茅場とエルナディータが手がけていたVRMMO《ソードアートオンライン》の正式サービスの日でもあった。慌ててエルナディータに連絡を取ると、彼女も茅場を探しているところだった。一緒にマンションまで行き、そこにもいないことを確認するといよいよ凜子は心配になった。茅場はあの若さで相当な資産家で、しかもその頭脳は様々な機関から注目されている。何かよからぬことに巻き込まれたのではなかろうか。そう思いながら青ざめる凜子にエルナディータはため息をつきながら首を振った。
『それはないわね。見て凜子さん、義兄さんのナーヴギアがなくなってるわ。《ソードアートオンライン》のパッケージもね。多分義兄さんは誰の邪魔も入らないところでSAOの正式サービス初日を楽しもうとしているにちがいないわ』
腕組みをしながら「私と一緒にログインしようって約束したのに……」と文句を言っているエルナディータを見ながら、凜子はホッと胸をなでおろす。確かにソードアートオンラインは茅場がここまでもてる頭脳と時間を全て費やしてきたモノだと言っていい。その正式サービスともなれば特別な感慨があるのだろう。
やがてエルナディータから提案が出される。ゲームの中と外から茅場を探そうというものだった。「見つけたら説教をしてやる」と言いながらSAOにログインするエルナディータを見送りながら、この時の凜子はそれほど真剣に茅場を探そうとは思っていなかった。彼が寝物語でよく語ってくれた空に浮かぶ城への思いを凜子はよく知っている。茅場も一通りゲームを楽しんだらログアウトしてくるだろう。それまでは邪魔をせずにいようと思ったのだ。ゲームから帰ってきた時の茅場の満足げな顔と置いていかれたエルナディータの拗ねた顔を思い、笑いをこらえながら買い物を済ませる。家に帰ってきた凜子はテレビをつけると、ログアウトした2人に差し入れる郷土料理でも作ろうと、買い物袋を持って台所に向かおうとした。その時、つけたテレビから流れたニュースが彼女の耳に飛び込んできた。
『臨時ニュースです。本日未明、正式サービスを迎えたVRMMO《ソードアートオンライン》に重大なバグが発生し、プレイヤーがログアウト出来なくなっていることが分かりました。マスコミ各社にはソードアートオンラインの開発者である茅場晶彦の名前で犯行声明とおぼしき警告文が送られている模様です。警察ではこれを極めて悪質なテロ行為と見て茅場晶彦の行方を捜索しています。繰り返します。本日未明、正式サービスを迎えた《ソードアートオンライン》に――――』
凜子の手から買い物袋が落ちる。袋の中の野菜がゴトリと大きな音を立てたが、凜子の耳には聞こえていなかった。テレビの画面には凜子のよく知る茅場晶彦の写真と名前が映っている。食べる者のいなくなった料理の材料が床に散らばっていくのもかまわずに、凜子はその場に立ち尽くした。目の前が真っ暗になる。今まで当たり前にあった幸せが音を立てて崩れていく。それを信じたくない一心で茅場のマンションに向かった凜子はそこに詰め掛けている大量のパトカーを見て、初めて現実を認識した。
ああ、私の幸せな時間は終わったのだ。と
日本中が血まなこになって茅場晶彦を探すなか、凜子は長野の山道を車で疾走していた。自身も茅場の行方を探すうちに、彼の車のカーナビに長野の山奥の座標が残っていたのを思い出したのだ。その時点で警察に知らせる選択肢もあったが、警察が茅場の潜伏場所に踏み込めば彼は即座にプレイヤー全員を殺すかもしれない。凜子は警察の監視を撒いて長野に向かうことに決めた。よく見たわけではない座標の位置はひどくあいまいで、車を降りた凜子は山の中をさまよう事になった。
記憶だけを頼りに暗い森の中を歩く。その間も浮かぶのは恋人である茅場晶彦のことばかりだった。いや、恋人と思っていたのはもしかしたら自分だけだったのかもしれない。考えてみれば様々な女性に言い寄られていたにもかかわらずそれらに全く興味を示さなかった彼が、どうして一歳年下の冴えない山出し娘を拒絶しなかったのだろう。考えれば考えるほど凜子の心には黒い感情が沸き上がってくる。彼女は腰のベルトに挿した硬く冷たい感触を確かめた。そこにはサバイバルナイフがある。茅場晶彦を――――殺すための。
山の中をさまよって3日目の朝、凜子はついに茅場がいるとおぼしき山荘にたどりついた。足音を殺しながら山荘のドアを開けた凜子は、腰から抜いたサバイバルナイフを後ろ手に握る。中に人の気配はない。そもそも茅場がここにいるという確証はないのだ。自分の思い違いだったかと凜子が肩を落とそうとした時、部屋の奥から機械の駆動音のようなものがかすかに聞こえた。凜子の肩がビクリと跳ね上がる。いる。誰かが部屋の奥に。
凜子は奥の部屋への扉をそっと開いた。聞こえていた機械の駆動音が大きくなる。様々な計器に埋め尽くされたその部屋の中心で、ロックキングチェアーに座った男の背中が見えた。その傍らには彼のマンションにはなかったナーヴギアと《ソードアートオンライン》のパッケージが無造作に置かれている。顔は見えなかったが凜子にはそれが誰であるかハッキリと分かった。
『茅場君……見つけたわよ』
凜子はその背中に向かって声をかける。
『こんなことはもうやめて……あの中にはエルナもいるのよ』
今まで凜子は自分が茅場の一番の理解者だと自負していた。しかしそれは間違いだった。ナーヴギアの基本設計にも協力し、《ソードアートオンライン》のことも知っていたのに彼がこんなことを計画していたことに全く気づかなかったのだ。茅場はこの事件を起こす時に自分やエルナのことを全く省みなかったのだろうか。何も言わないその背中に怒りを覚えた凜子は、後ろ手に握ったサバイバルナイフを胸の前で構えると両手で握り締めた。
『やめないというのなら……私……私は……』
ナイフを握りながらゆっくりと茅場の背中に近づく。背中を向けた茅場は動かない。凜子は逆手に握ったサバイバルナイフをその背中に突きたてようとして、その手が寸前で止まる。
『できない……できるわけがない……』
例え茅場が自分のことを愛していなかったとしても、凜子は間違いなく茅場の事を愛していたのだ。いや、過去形ではなく今この瞬間も凜子は彼に対して憎しみの感情を持つことができない。もし、茅場がこの計画をやめることなく凜子の前でナーヴギアをかぶりSAOにログインしたとしても、自分は手に持ったナイフをその体に振り下ろすことはできないだろう。椅子に腰掛けた茅場は相変わらず何も言わず、微動だにしない。
『なんとか言ってよ! 茅場君!』
こちらを無視し続ける茅場に業を煮やした凜子は、椅子に座った彼の肩を後ろから揺さぶった。力をこめたとはいえ女の細腕だ。それほど強く揺さぶられたわけではない。しかし、椅子に座っていた茅場の体はまるで糸が切れた操り人形のように無造作に床に転がった。
『え……』
凜子は何が起こったのか分からなかった。慌ててその体を抱き起こす。妙に重たいその体は嘘のように冷たく、顔は蝋のように白かった。閉じられた目は開く気配はなく、床に投げ出された腕はピクリとも動かない。
『あ……あ……』
天才プログラマーにして量子物理学者だった男。
史上初のVRMMO《ソードアートオンライン》を開発した男。
1万人もの人間をデスゲームに巻き込んだ男。
そして6年間神代凜子の恋人だった男。
茅場晶彦は――――死んでいた。
そこからの凜子の記憶はひどくあいまいだった。山道に倒れていた彼女は通りかかった車に拾われ、病院に運び込まれた。凜子が倒れていた山の中は警察によって徹底的に捜査され、まもなく茅場が死んでいた山荘も発見された。彼の体は悪性の病巣でボロボロだったらしい。凜子はまた一つ知らない茅場の一面を思い知らされた。
世間への影響を考慮された結果茅場晶彦の死は世間に知らされることはなく、事件解決のてがかりを失った警察が途方にくれる中、その男が凜子をたずねてきたのは事件から1ヶ月がたった頃だった。警察と共にやってきたその男は、食べ物もロクに喉を通らない凜子のやつれた顔を見て愉快そうに顔を歪めこう言った。
茅場晶彦は《アインクラッド》にいるかもしれない。と
凜子にはわかった。これは悪魔の囁きだと。この男の誘いに乗ってはいけないと。しかしからっぽの凜子の心に『茅場晶彦』という言葉はあまりにも魅力的過ぎた。彼は去り際に凜子に何も残してはくれなかった。愛の言葉も別れの言葉も何一つ残してはくれなかったのだ。こんな結末には納得できない。納得できるものか。どんな形でもいい、もう一度彼に会える可能性があるのならば悪魔に魂だって売ってやろう。
こうして凜子はその男、須郷信之が進めるカーディナルハッキングプロジェクトに参加する。アインクラッドの中に存在するであろう『茅場晶彦』を探す為に。
準備は順調に進み《ソードアートオンライン》へログインする日がやってきた。
『こちらの準備は整ったよ。そちらはどうかな? 今更怖気づいたりはしていないだろうねぇ』
「今更私が何を怖がるというの? くだらないことは聞かないで」
受話器の向こうで話しているのは最終確認のために電話をかけてきた須郷信之だ。今更くだらないことを言う須郷にひび割れた声を返す。泣き叫びすぎた喉はしばらくは癒えないだろう。そして時がたっても癒えることのない心の傷は凜子を狂気へと走らせる。例え彼が作った世界を敵にまわそうとも、多くのプレイヤーが死ぬことになろうとも凛子の意思は揺るがない。
『アインクラッド内にすでにIDがある君は、このオペレーションで唯一プレイヤーとしてSAO内に入ることができる存在だ。向こうでのフラクトライトの調整は任せたよ』
「分かっているわ。そちらも約束は守ってもらうわよ」
アインクラッド内にIDを持ちフラクトライトの調整ができ、なおかつユニークスキルの適格者である凜子は須郷にとってさぞかし都合のいい存在だろう。しかし彼女もタダで首を縦に振ったわけではなかった。プロジェクトに使用される高性能ハッキングツール《ユグドラシル》のSランクの管理者権限をアバターに持たせることを約束させ、アインクラッド内にログインできない須郷に代わり《クリムゾンナイツ》を指揮する権限も凜子の手にあった。
『いいだろう。10分後に始めよう。向こうで『彼』に会えるといいねぇ』
「…………」
粘つくような須郷の声をこれ以上聞いてはいられないと、凜子は無言で電話を切る。全ての準備は整った。彼の心を拾いに行こう。ゲームの中に捕らわれている彼女もこのゲームの ”真実” を知ればきっと凜子に協力してくれるだろう。だが万が一彼女が自分の前に立ちはだかるのなら、その時は容赦はしない。茅場晶彦を失いからっぽだった心に宿った一つの願いは、今や凜子の全てだ。彼女はそれを成し遂げる為のあらゆる手段を肯定する。
もし茅場晶彦が神代凜子に何かを残していたのなら、彼女はこうはならなかったのかもしれない。それは愛の言葉や別れの言葉でなくてもよかった。死への恐怖でも、運命への怒りでも、裏切りの告白でも、そして遠隔起爆型マイクロ爆弾でもよかったのだ。しかし不幸にも何も得ることができなかった神代凜子は茅場晶彦を求めて暴走する。
彼にもう一度会いたい。
神代凜子の心にあるのはもうそれだけなのだから。
はい、あとがきです。
お得意(?)の妄想設定「茅場晶彦が死んでいて神代凜子に爆弾が入ってなかったら」の回です。
神代凜子という女性は本来強い女性だと思うんですよね。重犯罪者になったしかも自分を愛していたかも分からない男を2年間に渡って世話し続ける。良くも悪くも並みの精神力じゃありません。
その精神力を別ベクトルに向けたらこうなるんじゃないかなぁ。という妄想のもとこの話ができました。
ほんとこういう話は最初に載せるべきでしたね。やっと書けたという感じです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
感想をお待ちしています。