ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》   作:あけろん

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第32話です
お久しぶりです。生きてます。


覚悟の刃

「嘘……嘘よ……」

 

 首を振りながらエルナディータはよろめいた。信じたくなかった。信じたくなかったが目の前にいる凜子の絶望の表情がそれが真実だということをなによりも物語っていた。

 

茅場晶彦が死んでいる。

 

 凜子から告げられた事実は、ずっとその茅場晶彦を探し続けてきたエルナディータにとって残酷すぎるものだった。この《ソードアートオンライン》という地獄から抜け出すための蜘蛛の糸、希望という名のその糸は、今エルナディータの目の前で無残にも断ち切られたのだ。

 

「茅場君というGMがいないこの世界の混沌はさらに加速していくわ。法と秩序の失われた《ソードアートオンライン》でいつまでプレイヤーは人として生きられるのかしら。まだ人であるうちに、人の為に犠牲となって死ぬ。それも幸せな結末だとは思わない?」

 

 崩れかけているエルナディータの心に凜子の言葉が染みこんでくる。凜子は優しい笑顔を浮かべながらエルナディ-タに向かって手を差し出した。彼女がもし一人だったならこの時点で凜子の手をとっていただろう。

しかしエルナディータはそうではなかった。

 

「それでも……」

 

強く生きようとするプレイヤー達を知っている。

正しく生きようとするプレイヤー達を知っている。

 

「それでも私は……」

 

 エルナディータは今まで出会ってきたプレイヤー達の姿を思い浮かべる。最後にいつも隣で笑っている相棒の顔を思い出すと、崩れかけていた心は力を取り戻した。

 

「それでも私はみんなを犠牲になんてしない! こんなことはやめて凜子さん!」

 

 エルナディータは凜子の言葉を正面から否定する。それは姉と慕っていた彼女との決別。凜子とエルナディータの道が完全に分かたれた瞬間だった。

 

「そう……残念だわ。あなたは、あなただけは私の気持ちを分かってくれると思っていたのだけど」

 

 凜子は差し出した手をゆっくりと引き戻すとパチリと指を鳴らした。と同時にエルナディータの視界の隅に赤いクエストアイコンが現れる。それは《クリムゾンクエスト》のアイコンだった。

 

「エルナ、私を止めたいのならチャンスをあげるわ。クエストのクリア条件は ”私を殺すこと” 。クリアできたらハッキングの計画は止まるわよ。どうする?」

「そ、そんな……」

 

 不適に笑う凜子にエルナディータは戸惑うしかない。彼女は自分を止めたければ殺せと言っているのだ。動こうとしないエルナディータを見て凜子は口の端をつり上げる。

 

「遠慮はいらないわよ。ログハウスの中は圏内だけどクエスト中の私達は決闘状態にあるわ。《ユグドラシル》を統括する私と1対1なんてチャンスはもうないわよ? それともあなたの大切な人がハッキングの犠牲になってから後悔する方がいいのかしら」

「……ッ!」

 

 凜子の言葉にエルナディータは半ば反射的に腰の片手剣を引き抜いていた。一方その様子を見て面白そうに目を細めた凜子は指を鳴らした手を降ろすとエルナディータに向かって半身の体勢をとる。明らかに戦闘態勢だが凜子は武器を装備してはおらず、ゆるく握った両手を体の前で構えているだけだ。

 

(体術? そういうイメージはなかったんだけど)

 

 感情にまかせて剣を抜いたエルナディータだったが、冷静さを失っているわけではない。ログハウスの中はプレイヤーが自由にレイアウトができるように家具の類が一切置いておらず、十分なスペースがある。槍などの長物ならともかく片手剣での戦いの妨げにはなるまい。

 決闘状態にある為凜子の頭上には可視化されたHPバーが浮いている。フロアボス並みに何段もバーが積み重なっているのを想像していたが、そこにあったHPバーはプレイヤー達と同じく1本であった。エルナディータの視線に気が付いた凛子は肩をすくめる。

 

「もともとアインクラッドにIDがあった私はNPCとしてじゃなくプレイヤーとしてここにログインしているの。だからフロアボスのようなデタラメなHPはないわよ。安心したかしら?」

 

 言うと同時に凜子が動いた。さしてスピードのない動きからこれまたさしてスピードのない右拳を横殴りに繰り出す。なんのフェイントもなくエルナディータの顔面へ迫る右フックだったが、その程度の攻撃を彼女が見切れないはずがない。おそらく凜子はこのアインクラッドでの戦闘経験はほとんどないだろう。一方エルナディータには数々の修羅場を乗り越えてきた戦闘経験がある。普通に考えれば負けるはずがない。

 

(悪いけど少し痛い目にあってもらうわよ凜子さん!)

 

 こうなっては多少強引な手を使ってでも凜子の目を覚まさせなくてはならない。HPをイエローゾーンまで削った上で動きを封じる。自分も死の危険に晒されれば、凜子もプレイヤーを犠牲にすることを思いとどまってくれるかもしれない。もちろんそれ以上をするつもりはない。凜子はハッキングを止めたければ自分を殺せと言ったが、エルナディータは凜子を殺すつもりなどなかった。

 あまりにも分かり易すぎる攻撃に誘いであることも警戒しながら大きく攻撃を回避するが、凜子の拳を繰り出す動作はどうもぎこちなく素手での戦闘に慣れていないように見える。罠はないと判断したエルナディータは反撃に転じた。巧みにフェイントを織り交ぜながら凜子の動きを誘導し、部屋の隅へと追い込んでいく。やがてエルナディータの攻撃を回避しようとした凜子の背中が、ログハウスの丸太の壁にぶつかった。部屋の隅に追い込まれた凜子は左右の逃げ道を失う。次のエルナディータの攻撃は確実に彼女をとらえるだろう。

 

「もう一度言うわ。ハッキングを中断して凜子さん! 義兄さんだってこんなこと望んでいないはずよ!」

「陳腐なセリフだわ。あなたにあの人の何が分かるの? 私には分かるわ。あの人はきっとカーディナルの中で私を待っている。早く開放してあげないとね。その為なら2000人の犠牲くらい安いものよ」

 

 凜子の言葉にエルナディータは剣を構える。やはり口ではなく剣で語るやり方しかないようだ。システムがエルナディータのモーションを感知し、剣が青色のライトエフェクトを放つ。片手剣四連撃技《ホリゾンタルスクエア》が逃げ道を失った凜子に向かって撃ちだされた。

 

「SAOでの戦闘なら私に分があるわ。ここであなたを止めてみせる!」

「どうかしら? 教えてあげるわエルナ。あなたと私の違いをね」

 

 そう言った凜子は自分から不可避の四連撃へと突っ込んだ。次々に斬撃が凜子の体にヒットし、その度に頭上のHPが削り取られる。エルナディータは凜子の行動に驚きながらも攻撃の手は緩めることはなかったが、最後の斬撃を放つその瞬間その目が凜子の頭上に吸い寄せられた。彼女のHPバーの色がイエローを通り過ぎてレッドになっているのだ。もくろみでは四連撃が全てヒットしたとしても凜子のHPはイエローゾーンでとどまるはずが、彼女が自分から攻撃に突っ込んだ為予想以上にHPが削られているのだ。そして四番目の斬撃が凜子の首筋へと叩き込まれようとしたその時。

 

(ダメッ……!)

 

 最後の一撃が凜子の命を奪ってしまうことを恐れたエルナディータは、わざと強引に体勢を崩しソードスキルを中断してしまう。剣を覆っていたライトエフェクトが四散する派手な音に凜子の声が重なった。

 

「予測していたとはいえがっかりね」

 

 凜子はソードスキル発動後の硬直を強いられているエルナディータの腕をつかむと自分と彼女の立ち位置を入れ替えた。今度はエルナディータが部屋の隅に追い込まれている形になる。

 

「2000人の命を前にして私を殺す覚悟もできない。そんな半端者に私を止められるわけがない」

 

 凜子の右手が動く。ゆるく握った拳による右フックが放たれエルナディータに迫る。硬直のとけたエルナディータはなんとか回避しようと体をひねった。幸いスピードは速くない。ログハウスの壁に体を押し付けるようにしながら体を引くと同時に凜子の拳が彼女の胸の前を通り過ぎる。

 

(よし! あとは隙をついてこの場所から脱出を……ッ!?)

 

 凜子の攻撃後の隙をついて彼女の脇へ飛び出そうとしていたエルナディータの体を不可解な衝撃が襲う。

 

「なっ! これは!?」

 

 いや、彼女はこの体を走る衝撃を知っている。不可解なのはどうしてこのタイミングでそれがあるのかだ。エルナディータの体を走ったのはダメージによる衝撃だった。信じられない気持ちで己の胸元を見た彼女はそこに赤く切り裂かれたようなエフェクトが体に刻まれているのを目の当たりにする。

 

(ダメージエフェクト! どうして!?)

 

 凜子の拳は確かにかわしたはずだ。彼女の攻撃はエルナディータの体をかすりもしなかった。エルナディータは視界の隅にある自分のHPを見る。それは今の一連の出来事が夢でなかったことを証明するかのように1割ほど削り取られていた。

 

「これが私とあなたの違いよ。大切な物の為に全てを投げ打つ覚悟があなたにはない。全てを失った私にカーディナルはこんな力を授けてくれたわ」

 

 再び凜子が拳を放つ。横へ避けたエルナディータの体にまたもダメージエフェクトが走りHPが減少する。

 

「さぁ、私の手で踊らせてあげるわ。かわいいエルナ」

 

 凜子から2度3度と攻撃が繰り出され、エルナディータは狭い部屋の隅でそれを回避することを迫られる。身をひねりながら懸命に回避しようとする様はダンスを踊っているように見えなくもない。しかしそれは死のダンスに他ならなかった。攻撃は完全にかわしているというのに謎のダメージがエルナディータからじわじわとHPを奪っていっているからだ。

 

「もう反撃する気力もないかしら? その剣で私の覚悟を斬り伏せてみなさい」

「ぐ……う……」

 

 しかしエルナディータは反撃できない。凜子のHPもレッドゾーンなのだ。下手に反撃をして当たり所がよければ、いや悪ければ凜子のHPは0になってしまうだろう。それだけはできないことだった。一方的に攻撃を受け続けるエルナディータのHPの色はグリーンからイエローへそしてついにレッドに変わる

 

「さようならエルナ。あなたもカーディナルへの道を開く礎になりなるといいわ」

 

 最後の一撃がエルナディータに向かって放たれた。なんの工夫もないパンチだがこれをかわしても謎のダメージが彼女のHPを消し飛ばすだろう。

 

(ごめん……みんな……ごめん……タクト……)

 

 凜子を止められなかったことを心のなかで謝りながらも反射的に攻撃をかわそうとしたエルナディータの足がもつれた。体勢が崩れると同時に右手に持った剣があらぬ方向に流れる。その時剣に何かが当たったような感触が走り、凜子が大きく飛びのいた。

 

「チッ……!」

「えっ……!」

 

 エルナディータは自分の体を確認する。彼女はダメージを受けていなかった。予想外の動きをした彼女の剣が見えない何かを弾き返したのだ。つまり、エルナディータを襲っていた謎のダメージの正体は……。

 

「実体はあるけど目に見えない攻撃……まさか……」

「気が付いたみたいね。これが私のユニークスキル《暗殺剣》よ」

 

 そう言って凜子はゆるく握った拳を突き出す。その拳がちょうど柄を握るような形で逆手に持たれた短剣が宙からにじみ出るように現れた。

 

「《暗殺剣》の特殊効果《インビジブルエフェクト》は装備した武器を不可視化する。これほど対人戦闘に特化したソードスキルはないわよね。今の私にはお似合いのスキルだわ」

 

 つまり凜子の手にはずっと目に見えない短剣が握られていたのだ。かわしやすい拳はエルナディータの動きを誘導するためのもの。こちらが回避した隙をついて見えない短剣で攻撃をされていたというわけである。

 

「手品のタネはばれてしまったけれど状況は変わらないわ。あなたも分かっているでしょう?」

 

 そう言った凜子の手から再び短剣が消える。エルナディータは唇をかみしめた。謎のダメージの正体はわかった。彼女の手に短剣があることを想定して動けばこれまでのように一方的に攻撃を食らうようなことはないだろう。しかし凜子の言う通り状況は変わらない。見えない攻撃をしのいだとしても、すでにHPがレッドになっている凜子にエルナディータはこれ以上攻撃を加えることができないのだ。彼女を殺す覚悟がないかぎりエルナディータに逆転の目はない。

 

(凜子さん……やるしかないの……?)

 

 太陽が湖の向こうに沈みかけているせいでログハウスの中は闇に覆われようとしている。わずかに差し込む西日が凜子の顔を赤く照らし出していた。その表情に迷いはない。彼女は『大切なもの』のために迷うことすら投げ打っているのだ。例えエルナディータが凜子に剣を振り下ろすことができなかったとしても、その隙をついて凜子はためらいなくエルナディータの心臓に短剣をつきたてるだろう。

 

「陽が沈む前に終わらせましょう。陽が落ちてしまってはあなたの最後がよく見えないものね」

 

 凜子は正面からエルナディータに踏み込んだ。片手剣と短剣では当然前者に分がある。しかし ”この状況” ならば正面から踏み込むのが一番いいことが凜子には分かっていた。案の定カウンター気味に振り下ろされたエルナディータの剣は彼女を捉える寸前で止まってしまう。

 

「本当に……がっかりね……」

 

 誰に言うでもなくつぶやいた凜子は目に見えない短剣を構える。狙うはエルナディータの心臓の位置にあるクリティカルポイントだ。その刃がエルナディータに向かって突き出されようとしたその時、凜子の背後でログハウスの扉が勢いよく開け放たれた。

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 それと同時に飛び込んできた一人のプレイヤーが凜子に向かって両手剣を繰り出す。凜子は短剣を引き戻すとその場から飛びのいた。漆黒のライトエフェクトを帯びた斬撃が凜子のいた空間を薙ぎ払う。エルナディータは突如現れた乱入者を見ながらつぶやいた。

 

「どうして……ここに……」

「そろそろ夕飯だから迎えに来たぜ。いい食材が手に入ったんだ。一人で食べるのはもったいない」

 

 呆然とするエルナディータをその背にかばいながら、その乱入者――――タクトは両手剣を一振りする。闇に沈みつつある部屋のなかで、漆黒の刃を持つ少年は凜子に向かって静かに剣を構えた。




はい、あとがきです。
この小説初のオリジナルユニークスキルの登場の回でした。
色々考えたのですが、使う武器ではなくその特性を変化させるユニークスキルですね。
なんか《暗黒剣》と響きがかぶっている気がしますがそこは言わないお約束……。

ここまで読んで下さってありがとうございました。
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