ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》   作:あけろん

33 / 36
第33話です。
今回は間を開けずに書けました。



『相棒』

 闇に染まりつつあるログハウスの中で、その背にエルナディータをかばうタクトが凜子と向かい合う。エルナディータへの止めを邪魔された凜子だったがその表情に苛立った様子はなく、突然の乱入者に向けて興味深そうな眼差しを送っていた。

 

「フロアボスの部屋で見た顔ね。あの時エルナのパーティーにいた子かしら」

「タクトだ。そういうあんたはアストレイアだな。どうしてこんなところいるんだ?」

「言ってもあなたには分からないわ。そんな相手には説明するだけ無駄ね」

「なら何も言わなくていい。あんたは俺の相棒を傷つけた。分かるのはそれだけで十分だ」

 

 タクトの構えた両手剣に力がこもる。その刃は漆黒に染まっており、すでに神魔剣がアクティベートされた状態になっていた。その様子からタクトの本気を悟ったエルナディータはあわてて彼の袖をつかんだ。

 

「待ってタクト。お願い彼女を傷つけないで」

「あいつも《クリムゾンナイツ》なんだろ? それにエルはあいつに殺されそうになってたんじゃないか」

「それでも……お願い」

 

 エルナディータの言葉に戸惑うタクトを見ながら凜子は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「どうやらあなたはエルナから何も聞かされていないようね。彼女が私とどういう関係なのか教えてあげましょうか?」

「やめて凜子さん!」

「彼女はね――――ッ?!」

 

 エルナディータの静止を無視してなおも続けようとした凜子の言葉は、しかし最後まで語られることはなかった。一瞬にして凜子の目の前に踏み込んだタクトの剣が、彼女の顔をかすめたからだ。

 

「さっき言ったよな。『何も言わなくていい』ってさ。エルの願いだから今のは外したが次はないぜ。見逃してやるからさっさと帰れよ」

「口の減らない子ね。あなたを殺せばエルナはこちらに来てくれるかしら」

 

 凜子が両手を体の前に構える。タクトも相手が帰るつもりがないことを察して両手剣を構えなおした。

 

「攻撃をしのぎながらまずはこのログハウスから出よう。あとは……逃げるしかないな」

「ごめんなさい。私は……」

「話は後だ。まずはここを切り抜けようぜ」

「ええ、そうね。彼女は右手に見えない短剣を装備しているわ。気をつけて」

 

 エルナディータの言葉にタクトは「短剣が見えないだって?」と首を捻った。驚いたにしては妙な反応だとエルナディータは思ったが気にしている暇はない。《神魔剣》のペナルティでタクトのHPは今この間も減り続けているのだ。

 

「仕様にない正体不明のソードスキルか。どれほどのものか見せてもらうわよ」

 

 今度は凜子がタクトに向かって間合いを詰める。

 相手に短剣のカラクリがばれている為か、拳を繰り出すのではなく手にした短剣で突きを放つモーションだ。短剣による攻撃がまる分かりなので知らない間にダメージを食らうことはないが、その短剣が目に見えない為相手は必要以上に大きく回避するしかない。

 しかしタクトはその場から動くことなく己に向かって突きこまれる短剣を両手剣で正確に弾き返した。

 

「なっ……?!」

 

 これにはさすがの凜子も驚いた声をあげる。短剣がそこにあるとわかっていても、刃渡りすら見えない突きをこうも的確に弾き返せるものではない。

 

「まさかね……少し試してみましょうか」

 

 凜子はそう言うと左手を振ってメニューウィンドウを出し操作を始める。操作は一瞬で終わり、メニューウィンドウを消した凜子は再びタクトに向かって攻撃を仕掛けた。先程より少し離れた間合いから見えない武器をタクトの首筋目掛けて放つ。

 だが踏み込みが浅い。短剣でタクトの首筋を狙うならもう半歩踏み込まなければならないはずだ。凜子の攻撃はタクトには届かず、タクトは動く必要すらないのだが……。

 タクトは何を思ったか両手剣を跳ね上げると首筋をガードする。そしてその瞬間両手剣にかん高い金属音と共に激しい衝撃が走った。

 攻撃を防がれた凜子は予想を確信に変えて飛びのく。

 

「やっぱり……あなた ”見えている” わね」

「ああ……だからあんたが今装備しているのが『短剣』じゃなく『片手剣』だってことも分かってるぜ」

 

 攻撃の前に凜子がメニューウィンドウで行った操作は《クイックチェンジ》。ショートカットボタン一つで装備している武器を変更するものだ。この操作で凜子は装備を短剣から片手剣に持ち替え攻撃したのである。そして装備が見えないのならこの片手剣での初撃に対応できるはずがない。

 タクトの背後にいるエルナディータも驚きに目を見開いていた。

 

「タクト、あなた本当に見えているの?」

「むしろエルが見えてないことの方が驚きだ。柄の装飾まであんなにはっきり見えてるのに」

 

 凜子の装備が見えているということは、タクトには暗殺剣の特殊効果《インビジブルエフェクト》が無効化されているということだ。その原因に凜子は心当たりがあった。

 彼女の目線はタクトの神魔剣の特殊効果《装備魔剣化》により漆黒に染まった刀身に向けられる。

 

「そのソードスキルは確かジュダの《スキルイレイザー》も無効化していたわね。面白いわ」

 

 大きなアドバンテージであるはずの《インビジブルエフェクト》が無効化されたにもかかわらず凜子は不敵な笑みを浮かべた。

 彼女は再びメニューウィンドウを出すと《クイックチェンジ》を行う。その手に現れたのは3本のスローイングダガーだった。

 

「見えているのならこういうのはどうかしら」

 

 凜子が構えると3本のスローイングダガーが赤いライトエフェクトに包まれる。システムのアシストを得て凜子の手が高速でひらめき、3本のダガーが同時に投擲された。

 

「くっ! まずい!」

 

 タクトが焦った声を出す。

 その理由は凜子がダガーを放った先だった。彼女はタクトにではなくその背後にいるエルナディータに向けてナイフを放ったのだ。

 凜子が使ったのはソードスキル《トライアドシュート》。システムにより加速された3本のダガーにはもちろん《インビジブルエフェクト》の効果が働いている。高速で向かってくる見えないダガーをエルナディータは避けられない。

 

「くそっ! 間に合え!」

 

 しかしダガーが見えているタクトはそうはいかない。両手剣で叩き落すのは無理だと判断し、ダガーの射線に自分の体を滑り込ませた。

 その体に次々とダガーが命中する。

 

「そう、そうするしかないわよね」

 

 そしてその隙を凜子が見逃すはずがなかった。彼女は《トライアドシュート》を放つと同時にタクトとの間合いを詰めている。その手には《クイックチェンジ》により装備された片手剣が握られていた。

 

「見えていることが逆に仇になったわね。終わりよ」

「タクト!!」

 

 叫ぶエルナディータの目の前で、凜子の片手剣が吸い込まれるようにタクトの心臓部分にあるクリティカルポイントに突き刺ささる。

 神魔剣のペナルティによりかなりHPが減少しているタクトにとってこの一撃は致命的だった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 タクトのアバターがポリゴンになって消滅する様を幻視してエルナディータが再び叫ぶ。しかし――――。

 

「なんて……ね」

 

 凜子の言葉にエルナディータは我に帰った。

 タクトのアバターは消滅していない。それどころか全くダメージを受けていなかった。

 凜子はこともなげに片手剣を引き抜くとタクトから離れる。

 

「忘れたの? ここは本来なら『圏内』なのよ。ここでお互いにダメージを与えられるのはクエスト中である私とエルナだけ。私はその子にダメージを与えることはできない。まぁ、逆もだけどね」

 

 つまりタクトと凜子はお互いにダメージが与えられない状態で戦っていたのである。凜子にとってタクトとの戦いは《神魔剣》の性能を見るための茶番だったのだ。

 

「《神魔剣》だったわね。本当に興味深いわ。ここで殺すのはもったいないわね」

「遊ばれてたってことかよ。くそ……」

「ふふ……とはいえ潮時かしら」

 

 悔しげに唸るタクトを見ながら凜子はパチリと指を鳴らす。と同時にエルナディータの視界にある赤いクエストアイコンが消えた。

 

「タイムオーバー。クエストは失敗よエルナ。あなたは私を止められなかった」

「凜子さん……」

「次に会う時はもう少しましな覚悟を持っていらっしゃい。じゃないと……死ぬわよ」

 

 そう言った凜子の体が転移の光に包まれ消える。

 いつのまにか陽は完全に落ちている。闇に沈んだ部屋の中で2人はそれを呆然と見送るしかなかった。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

「ふぅ……なんとか切り抜けられたな」

「タクト……あの……私……」

 

 安堵の息をつくタクトにエルナディータは恐る恐る声をかける。

 タクトは「凜子を傷つけるな」というエルナディータの願いを何も聞かずに守ってくれた。

 その思いに報いるためにも話さなければならない。エルナディータが今まで誰にも話さなかった秘密を。

 しかし、いざとなると言葉が出てこなかった。秘密を知ったタクトはどんな顔をするだろうか。自分にどんな言葉を投げるのだろう。そう考えると舌が凍りついたように動かなくなるのだ。

 

「あの……私……私は……」

「エル」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 なんとか言葉を続けようとしたところを遮られ、エルナディータは変な返事を返してしまう。

 そんな彼女を真剣なまなざしで見つめながらタクトは口を開いた。

 

「飯にしよう」

「へ……?」

 

 エルナディータの肩ががくりと落ちる。

 そんな彼女の様子を気にすることなくタクトはログハウスの扉を開けて外に出て行ってしまう。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 慌てて後を追って外に出たエルナディータはタクトの姿を探す。

 空には落ちた陽の代わりに丸い月が出ている。月明かりのおかげか辺りはそれほど暗くはなく、エルナディータは湖のほとりにたたずむタクトをすぐに見つけることが出来た。

 

「タクト、私あなたに話が……」

「そんなのは後でいいよ。こっちは腹ぺこなんだ。景色もいいしここで夕飯にしようぜ」

 

 タクトはそう言ってその場に腰を降ろすとメニューウィンドウを操作し始めた。たちまちタクトの前に大きな野営用のランタンや手鍋、食材らしきものが次々とオブジェクト化していく。

 湖から水を汲んだタクトはランタンをクリックして火を灯すと、その上に手鍋を置き水を注ぐ。次に取り出したのは小ぶりなナイフだ。左手で食材を持ち鍋の上に持ってくると右手のナイフで削っていく。細かくなった食材が鍋の中に落ちていき、最後に大量の種のようなものがザラザラと鍋に入ったところで蓋をしてダブルクリック。鍋の上に料理待ち時間のウィンドウが浮かび上がる。

 

「もうすぐできるからさ。そんなところにいないで座ってくれよ」

「う、うん……」

 

 タクトに言われてエルナディータは仕方なくタクトの対面に腰を降ろす。ほどなくしていい香りが辺りに漂い始めた。待ちきれないといったタクトの表情を見ながらエルナディータの胃も空腹感を訴え始める。

 そしてタイマーが0になると同時にポーンという効果音と響くと、タクトは2つのお椀と大きなおたまを取り出し、鍋の中のものをお椀によそうとエルナディータに向かって差し出した。

 

「さぁ、冷めないうちに食べてくれ。きっとびっくりするからさ」

「ええ……いただきます」

 

 お椀とスプーンを受取ったエルナディータは中を覗き込む。一見すると汁物のようだが最後に入れた種のようなものが底に沈んでいるようだ。「まさか」という気持ちを抑えながらスプーンすくって口に運んだエルナディータは衝撃に言葉を失った。

 

「これって……」

 

 お椀の底に沈んでいたのはなんと米だった。タクトが作っていたのは雑炊だったのだ。

 食べる度にじんわりと体に熱がしみこんでくる感覚は心地よく、熱いにもかかわらずエルナディータは次々と雑炊をスプーンですくっては口に運んだ。

 タクトはその様子を見ながら満足げに笑うと自分のお椀にも雑炊をよそって食べ始める。

 2人はいつしか夢中になって食べ続け、あっという間に鍋の中は空になってしまった。

 

「ああ、食った食った。それにしてもエルの食べる勢いはすごかったな。3杯はおかわりしたんじゃないか?」

「し、失礼ね! 2杯よ! 2杯!」

「十分すごいじゃないか……」

「ナニカイッタ?」

「いや何も……」

 

 エルナディータが睨むとタクトは両手を上げて降参のポーズを取る。

 

「早く食べさせてやろうと思って迎えにいったらあんなことになっててさ。でもよかった。こうして2人でコイツを食べることが出来たんだからな」

「タクト……」

 

 空になったお椀を持ち上げながら笑うタクトは笑う。

 タクトはエルナディータの話を後回しにしてこの料理をふるまってくれた。彼にとってエルナディータの秘密を聞くことよりも彼女と一緒にこの雑炊を食べることの方が大事だとでもいうように。

 温かい料理とそれを通して伝わってくるタクトの想いはエルナディータの凍りついた舌をいつのまにか溶かしていた。

 

「全てを話すわタクト。ううん、あなたに聞いて欲しい」

 

 そしてエルナディータは話し始める。

 自分の義兄が《ソードアートオンライン》の開発者『茅場晶彦』であること。

 自分が姉のように慕っていた神代凜子が《クリムゾンナイツ》の《アストレイア》だったこと。

 その神代凜子がプレイヤー達を犠牲にしてカーディナルのハッキングを行おうとしていること。

 そして全ての首謀者である茅場晶彦がすでに死んでいること。

 

「分かったでしょう? 私はこのデスゲームの開発者の義妹で、私自身も開発者で、敵の首謀者の妹のような存在で、その首謀者を殺す覚悟もできない役立たずなのよ」

 

 全てを語り終えたエルナディータはタクトの言葉を待った。その顔を見るのが怖くなり目を閉じる。ランタンの明かりに照らされた彼の顔は今どんな表情をしているのだろう。責められることは覚悟している。愛想をつかされても仕方がない。

 でも、できることならば――――。

 

「エル、今の話を聞いて俺が言えることは一つだけだ」

 

 まぶたの裏の暗闇からタクトの声が聞こえる。エルナディータはあびせられる言葉を覚悟して体に力をこめた。

 

「君が自分にどんな肩書きをつけたとしても、俺にとっての君は『大切な相棒』それ以外の何者でもない」

 

 エルナディータは目を開く。そこにあったのは変わらない優しい笑顔だった。

 

「こんな私をまだ相棒だと言ってくれるの?」

「当たり前だ。そっちが嫌だと言ってもついていくからな」

「それは相棒じゃなくてストーカーじゃないかしら」

「いいこと言ったのに台無しだよ!」

 

 頭をかかえたタクトに口の中で小さく「ありがとう」と言うとエルナディータは立ち上がった。

 

「あはは。そういうことなら相棒としてこれからもビシビシいかせてもらうわよ。早く宿に帰って明日からも攻略をがんばりましょ」

 

 エルナディータは意識して明るい声を出す。

 そう、早く宿に帰らなければならない。

 こんな自分を受け入れてくれた『相棒』にこれ以上迷惑をかけることなどできないから。

 

「さぁ、もう時間も遅いわ。早く宿に帰りましょう」

 

 そう言うとエルナディータは歩き出す。

 しかし数歩歩いた所でタクトがその場から動かないことに気がついた。

 タクトはじっとエルナディータを見つめた後口を開いた。

 

「エル、まだ隠してることがあるだろ?」

「な、何よ……。もう何もないわよ」

「いいや、まだあるはずだ」

「いい加減にして。何を根拠にそんなことを……」

「自分の義兄が死んで、姉のような人が敵になって、泣きたくて仕方がないはずなのに俺の前では涙を隠して宿に帰って一人で泣こうとしている。俺の相棒はそういうやつだと知っているからだ」

 

 エルナディータの体が震える。こらえていた感情があふれ出しそうになる。

 

「ダメよ……今日私はあなたに命を助けてもらって、本当の私を受け入れてもらって、もうこれ以上あなたに迷惑をかけるわけにはいかないもの」

「迷惑だなんて思うもんか。嬉しいことも悲しいことも分け合ってこその『相棒』だろ?」

 

 思えばタクトが手に入れた米を2人で食べることにこだわっていたのも『相棒』としてエルナディータと嬉しさを分かち合いたかったからなのだろう。

 エルナディータは視界がにじむのを感じて慌ててタクトから顔をそむけた。

 

「泣き顔……見られたくないから……後ろ向いてて」

 

 タクトは素直に後ろを向き目を閉じる。エルナディータはタクトに近づくとその背中にしがみついた。

 

「う……うぁ……うぁぁぁぁ……」

 

 もう限界だった。

 エルナディータの目から涙が溢れる。

 

「義兄さん……凜子さん……どうして……どうして……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 彼女は声の限り泣いていた。

 背中ごしに聞こえるエルナディータの泣き声を聞きながらタクトは目を開いて空を見上げる。

 そこには天辺まで登った丸い月。

 

「あんたも見ないでやってくれよな」

 

 タクトはエルナディータの顔を月の光から隠すように、夜空に向かって手をかざしたのだった。




はい、あとがきです。

いつか書こうと思っていたヒロインが自分の秘密を打ち明ける回なのですが、実は書きたかったのはヒロインが泣くくだりの方だったりします。
でも涙がでちゃう。女の子だもん(古い……)。

次の話は番外編になります。
皆さんお待ちかね(?)漂白されたあの男を主軸にした話になる予定です。

ありがとうございました。感想をお待ちしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。