ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》 作:あけろん
本当にすみませんでした。しかも終わりませんでした。
「アイテムとコルを全部置いていきな。そうすれば命だけは助けてやるよ」
クラディールは4人のパーティーに完全に包囲される形になっていた。正面に立つロザリアがクラディールにむかって長槍を突きつける。
「身につけてる装備も全部っスよ!」
「言うとおりにせぬのならハイクを詠ませた後にカイシャクでゴザル!」
「10数える内に出すんダナ!」
左右背後をとっている他の3人もそれぞれに片手剣、短剣、戦斧をちらつかせながら口々にクラディールを責め立てる。
人数差は4対1。レベル制MMOであるソードアートオンラインではレベルが高ければ4対1だろうが10対1だろうが人数差を覆すことが可能だ。しかしクラディールは相手の装備のランクを見て、自分よりレベルは低そうだが4人同時に相手をするのは難しいだろうと判断する。
ならばここは潔く言う通りにするべきなのだが。
「お断りだ。お前らにくれてやる物なんて一つもないな」
「……なんだって?」
まさかこの状況で相手が断るとは思っていなかったのだろう。思わず聞き返してくるロザリアにクラディールは小馬鹿にしたような口調で続けた。
「お前らレストランでギルドリーダーに騙されてた奴らだな。これはその復讐ってわけか? やるなら騙した本人にやれってんだ。バカ女のやつあたりに俺を巻き込んでるんじゃねぇよ」
「どうやら死にたいようだね……」
クラディールの挑発でロザリアの顔に怒りの表情が浮かぶ。
「お前達! 構わないからやっちまいな!」
「で、でもあねさん。『あいつ』は先に向こうに攻撃させろって言ってたっスけど……」
「男にコケにされて黙ってられるかい! いいからやるんだよ!」
パーティーの一人が忠告したが、完全に頭に血が登っているロザリアは攻撃命令を出した。
「アンタに恨みはないっスけど、これもあねさんの為っス!」
「ニンジャは主の命令には絶対服従。それがサダメでゴザル!」
「10…9…8…。ヒャア! もう我慢できねぇ0なんダナ!」
ロザリアの合図に応えてクラディールを取り囲む3人が同時こちらに斬りかかってくる。
そうなることを想定して身構えていたクラディールは即座に対応した。右からくる片手剣から身を逃がしながら左からくる戦斧を両手剣で受け止める。片手剣が右の脇腹をかずめ、後ろからの短剣の攻撃をまともに食らった感触はあったが、クラディールは構わず受け止めた戦斧の刃を手で軽くなでると低い姿勢で4人の包囲から抜け出した。
「へぇ……がんばるじゃないか。でも逃がしゃしないよ。アタシをコケにした落とし前はきっちりつけてもらうからねぇ」
ロザリアの言葉を聞きながらクラディールは自分のHPをチェックする。歯がゆいが3方向からの攻撃を無傷でさばく剣の腕がクラディールにはない。そう思ってダメージの大きい得物を優先に対応したのが功を奏したのか、短剣をまともに食らったにも関わらずクラディールのHPはそれほど減ってはいなかった。だが原因はそれだけではないだろう。ならば『そこ』に活路がある。
クラディールは思いっきり顔を歪めるとわざと大きな声をだして笑い始めた。
「ククク……ヒャハハハハ! 落とし前だとぉ? それはこちらのセリフだなァ!」
「な、なんだいコイツ急に態度が……」
雰囲気が豹変したクラディールにロザリアを始め4人がたじろぐ。
「人が我慢してやってりゃ調子に乗りやがってよぉ。でもこれでお前らは『オレンジ』だ。心置きなくぶっ殺せるってわけだなぁ! ヒャハハハハハハ!」
クラディールの言葉に斬りかかった3人は自分のカーソルを見て大きく顔色を変えた。SAOでは決闘以外で他のプレイヤーを傷つけた場合《犯罪者》と見なされカーソルがオレンジになる。その場合様々なリスクを負う事になるのだが、その中の一つに『オレンジプレイヤーを傷つけてもそのプレイヤーはオレンジにはならない』というものがあるのだ。
つまりカーソルがオレンジになっているプレイヤーにはなんのペナルティもなしに攻撃できるのである。
「贖罪クエなんて面倒だからよぉ。お前らから攻撃してきてくれて助かったぜぇ?」
その表情とセリフが相まって完全に極悪犯罪者に見えるクラディールにオレンジの3人は完全に縮み上がった。
思惑が的中しクラディールは胸をなでおろす。思ったとおりこの4人は『初犯』だ。最初の攻撃も口では威勢のいいことを言いつつも腰が完全に引けていたし、自分のオレンジカーソルを見た時のうろたえぶりからもそれは明らかだった。ならばこうした脅しには慣れていないだろうとクラディール考えたのだ。
「おらどうしたかかってこいよ。もしかしてオレンジは初めての童貞ちゃんだったかぁ? こっちはお前ら3人をぶっ殺せばちょうど10人だ。今日はいい気分で眠れそうだぜぇ。ああ、そう思ったら笑いが止まらねぇよぉ。クハッ! ヒャヒャヒャヒャ!」
もちろんハッタリである。色々と悪事は働いてきたクラディールだが人を殺したことはない。だがこの状況で彼の演技は完全にハマっていた。オレンジの3人は目に見えて体をガタガタと震わせ後ずさりを始める。
「や、やばいっス。もしかして俺らとんでもないヤツに手を出したんじゃ……」
「アイエエエエエエ!? ソウカイヤでゴザル! ネオサイタマ炎上でゴザル!」
「オワタ。せめてアスナ様のあられもないSSを撮ってから死にたかったんダナ」
もう一押しだ。あとはこれで剣でも構えなおしながら『来ないならこっちからいくぜ』とでも言えば向こうは逃げるだろう。後はほとぼりが冷めるまでこの場所での狩りを控えればいいだけだ。今のクラディールには身を守るためならともかく自分からプレイヤーを攻撃する気はない。最後の脅し文句を放つべくクラディールは息を吸い込んだ。
「そ、そんな脅しにビビるもんかい! アタシは…アタシはもう男にナメられるわけにはいかないんだよ! もうあんな思いはしたくないんだよぉ!」
しかし先に長槍を振り回しながら震えた声で叫んだのはロザリアだった。その言葉とは裏腹に彼女の表情にも怯えが見て取れる。彼女を踏みとどまらせているのは男に対する恨みか、女の意地なのか。しかしそんなロザリアの様子を見て逃げかけていた3人の足が止まった。
「あねさんは《はじまりの街》で俺らに『一緒に行こう』と声をかけてくれたっス!」
「そんな主をこれ以上泣かせるわけにはいかぬでゴザル!」
「ボク達は、ボク達だけはあねさんを裏切るわけにはいかないんダナ!」
再びこちらに向き直り武器を構える3人組を見てクラディールは困り果てた。向こうは完全にやる気を取り戻してしまったようだ。これでは振り出しどころかマイナススタートだ。あの様子ではもう生半可なことでは向こうは引かないだろう。こうなったら最後の手段でなけなしの転移結晶を使って逃げるしかないかとクラディールが思ったその時。
「ウォォォォォォォォン!」
辺りに響いた咆哮にクラディールの顔が青ざめる。
(しまった! ”あのモンスター” にタゲられちまったのか!)
慌てて辺りを見回すクラディールの視界に白い影が映る。思ったとおりの姿を見つけて彼の頭から一気に血の気が引いた。
それは白い毛並みをした大型の狼だった。《ハウンドウルフリーダー・ブランカ》と名が付いているそのモンスターはこの狼ヶ原でもっとも注意しなければならないモンスターだ。定冠詞が付いていないにもかかわらずこのモンスターが恐れられている理由はプレイヤーをタゲると仲間を呼ぶことだ。そしてやっかいなことにこのモンスターはソロ用狩場にも現れる。普段ならその白い影は狩場で目立つ為周囲に気をつけていればタゲられる前に逃げることができるのだが、このドサクサでブランカの接近に気が付くことができなかったのだ。
そして案の定クラディール達はブランカがその咆哮によって召喚した10匹の《ブラウンハウンドウルフ》に取り囲まれていた。
「チッ! こんなことやってる場合じゃねぇ!」
クラディールは転移結晶を取り出す。ブランカに率いられたウルフ達はプレイヤーを逃がさないように連携することで知られている。ソロのクラディールがこの場を切り抜けるには転移結晶を使うしかなかった。決して安くはない転移結晶をこんな形で消費することを悔やみながら向こうの4人を見ると、まだ転移していなかったのか身を寄せ合って立ち尽くしている。
「何してる! このモンスターからは逃げられない。早く転移しろ!」
「転移結晶なんて持ってるわけないじゃないか! 回復アイテムも何もかも全部アイツに持ってかれちまったんだよ!」
ロザリアの言葉にクラディールは奥歯をかみ締めた。もし適正レベルのフルパーティーならばこの狼の群れを相手に正面から戦って勝利することができるだろう。しかし、クラディールよりレベルの低いあの4人が回復アイテムもなしにこの狼の群れに襲われたらどうなるだろうか。そんなことは言うまでもなく分かりきっている。
だがクラディールには関係のないことだ。自分の手には転移結晶がある。しかも1つきりだ。これを自分が助かるために使うことは何もおかしなことではない。
正直に言えばこの状況でクラディールを含めた5人が助かるかもしれない道が一つある。しかしそれは確率が低い上に失敗すれば全員が死ぬ道だ。そしてここでクラディールが転移結晶を使えば自分だけは100%助かるのだ。どちらを選ぶかなど迷うまでもない。
だがクラディールの右手は転移結晶をストレージに戻すと《クイックチェンジ》のショートカットを呼び出していた。
(くそっ! どうかしてるぞ俺は。何しようってんだ)
そう思いながらも右手の操作は止まらない。呼び出したショートカットキーを押し込むとそこに登録されていた ”武器” がクラディールの右手にジェネレートする。
(コレを使ったってここを切り抜けられるとは限らねぇだろうが!)
現れたのは濃紺の刀身をした美しい両手剣だった。刀身の内部では細かい結晶が星のようにキラキラと光っている。これこそクラディールが第十層フロアボス戦で手に入れたLAドロップの両手剣、銘は《スターダストテイカー》、あの時クラディールはまさに本物の星をつかんでいたのだ。だがこの星の剣はクラディールにとってはまさに ”呪われた剣” であった。
『オイオイ、まさかあいつらを助ける気かよ?』
刀身に映りこんだ自分の顔がぐにゃりを歪んだように見えた。自分には不釣合いなこの剣を抜くたびに、クラディールの胸の奥からもう一人の自分の声が聞こえる気がするのだ。
『もしかして第十層で ”たまたま” うまくやれたからって勘違いしてるんじゃねぇよな?』
もちろんこれは気のせいだ。この剣の機能というわけではないだろうし、実際にクラディールの耳に聞こえているわけではない。しかしその『声』は確実にクラディールから力を奪っていく。
『あれで自分が他人の為に戦える人間だとでも思ったか? あの時はやらなきゃ自分の身も危なかった。結局お前はあの時自分の為に戦ったんだよ』
要求筋力値を満たしているはずの《スターダストテイカー》がやけに重く感じる。まるで手に入れたばかりの頃に戻ってしまったかのように。
『逃げちまえよ。今回はそれができる。自分を襲った奴らを助ける義理なんてないだろう?』
こうしている間にもウルフ達の包囲網はジリジリと縮まってきている。最初の1匹が攻撃を始めるのも時間の問題だろう。そうなれば転移結晶を使う間もないかもしれない。
『掴んだ星なんて捨てちまえ。その方がずっと楽だ。そうだろ?』
動けないクラディールを置き去りに状況は動いていく。とうとうパーティーの一人に《ブラウンウルフ》の一匹が襲い掛かった。
「うわぁ! 来るな! 来るなっス!」
襲われた片手剣使いはパニックになっていてまともに戦える状態ではない。あわやウルフの牙がその喉笛に突き刺さろうとしたところで横から伸びたロザリアの長槍がそれを遮った。
「仲間はやらせやしないよ! 安心しなお前達、アタシもあんた達を裏切らない。アタシら《タイタンズハンド》は4人で一つさ!」
『あねさん!』
ロザリアと3人組のやり取りを見ながらクラディールは思い出す。
あの時も同じこと言った少年がいた。
あの時自分はどう思っただろうか。
あの時の自分は確かにその輝きを守るために戦ったのではなかっただろうか。
(思い出させてもらったぜ。あの時の気持ちを)
クラディールは下がりかけていた両手剣を持ち上げる。
「うわああああああああ!」
『あねさん!?』
クラディールの目線の先ではとうとうさばききれなくなったのか、地面に倒れたロザリアにウルフが飛び掛かるところだった。
『ほら、向こうにヘイトがいってる隙に早く転移を……』
「うるせぇ!!」
聞こえる『声』を一言でねじ伏せるとクラディールはソードスキルのモーションを起こす。
《スターダストテイカー》の刀身が青いライトエフェクトを放ち、クラディールの体が放たれた矢のように加速する。撃ちだされた突進系単発斬撃技《ソニックチャージ》はロザリアに飛び掛かる《ブラウンウルフ》を吹き飛ばした。
「あんた……なんで……?」
こちらを呆然と見るロザリアに背を向けクラディールは剣を構えなおす。
「話は後だ。こうなった以上お前らにも協力してもらうぞ」
あの日の思いを胸にクラディールはもう一度星に手を伸ばす。
クラディールの受難はまだ、終わらない。
はい、あとがきです。
まずはお待たせして本当にすみませんでした。
忙しくて時間がとれなかったり、他の話を書いていたりでなかなかこっちを書くことができませんでした。
しかも本当はこれ後編だったはずなんですよね……。
なんだか書き始めたら色々増えちゃって中編になってしまいました。
今回は少し原作ちっくなクラさんを出そうと思って書いています。雰囲気出てるでしょうかね。
後編は早くだせるといいなぁ……。