ソードアート・オンライン 《神聖剣》と《神魔剣》 作:あけろん
両手剣ソードスキル《ソニックチャージ》でブラウンハウンドウルフを吹き飛ばしたクラディールはまずその威力に驚いていた。《ソニックチャージ》は第十層でクラディールがフロアボスに止めを刺した技であり、彼にとって特別思い入れのあるソードスキルだ。とはいえ《ソニックチャージ》は第十層のクラディールでも使える程度の技なので、両手剣ソードスキルの中ではそれほど上位のものではない。だがクラディールが放った《ソニックチャージ》は、吹き飛ばしたブラウンハウンドウルフのHPを8割も削り取っていた。
(ここまでの攻撃力とはな……)
その理由はクラディールの手にある。LAドロップ両手剣《スターダストテイカー》だ。第10層のドロップであるにもかかわらず、その攻撃力は第二十八層のモンスターにも十二分な威力を発揮している。手に入れた当初はまともに振ることすらできないほどの筋力要求値だったこの両手剣は、その美しさから見ても間違いなく ”魔剣” と呼ばれる類のものだろう。この武器を手にしたクラディールが自分とのギャップに悩まされるのも当然といえる。
(だが、今はそんなことを考えている場合じゃねぇ)
幸いクラディールの集中力を奪っていた『声』は聞こえなくなっており、手に入れて以来初めてまともに《スターダストテイカー》を扱えている。だが、その幸運をもってしてもこの状況を打破するのは難しい。そう思ったクラディールはロザリアの方を見る。
「ふん、助けたつもりかい。こっちは頼んじゃいないよ」
立ち上がりながらロザリアの口から出たのは感謝の言葉ではなかった。彼女のクラデイールを見る視線は、周囲のウルフに向けるものよりもさらに冷たい。
「あんただってあのカインと一緒さ。信用できるもんか。危なくなったらその懐にある転移結晶で逃げるつもりなんだろう? それとも狼に襲われてるアタシ達を後ろから斬るつもりかい」
「信用しろとは言っていない。だがこのままだと全員死ぬぞ。ブランカに率いられた群れはやっかいなんだ。適正レベルじゃないパーティーでは勝ち目がない」
《ハウンドウルフリーダー・ブランカ》の恐ろしい所は仲間を召喚し、さらに連携させてくるところにある。ブランカの群れは一定時間ごとに手下ウルフによる1匹~5匹の同時攻撃をランダムに繰り返してくる。残りの手下ウルフはプレイヤーを逃がさない為の伏兵だ。攻撃に参加しないウルフは包囲から逃げようとする者を優先的にターゲットにして襲い掛かる。今のクラディール達はまさに狼達の『狩り』を味わっているのだ。
「だからあんたが助けてくれるってのかい? 思い上がるんじゃないよ。アタシはこいつら以外に頼る気はないんだ。あんたに助けてもらうならここで死んだほうがマシさ!」
「どこまでもお供するっス! こんなやつら俺たちとあねさんで十分っスよ!」
「助太刀無用。これは拙者達のイクサでゴザル!」
「ここにオメーの席はねぇんダナ!」
にらみ合うクラディールとロザリアのパーティーに今度は2匹のウルフが襲い掛かる。その内の1匹とクラディールが、もう1匹とロザリアのパーティーがそれぞれ対峙する。
「ガウゥ!」
咆哮と共に飛び掛ってくるブラウンハウンドウルフにクラディールは剣を合わせる。空中にいるウルフの胴体をクラディールの《スターダストテイカー》がカウンター気味に切り裂いた。ブランカに率いられているとはいえブラウンハウンドウルフの強さ自体に変わりはない。これまでの狩りでこのモンスターばかりを狩ってきたのでさすがに動きにも慣れているのだ。この《スターダストテイカー》をもってすれば1対1で負ける気はしない。
HPの4割を削り取られながら群れへと後退するウルフを確認しながらロザリア達の方を見ると、そちらもウルフを群れへと押し返したところだった。
「なんだい、いけるじゃないか。これならなんとか……」
「いやダメだ。見ろ」
安堵するロザリアをさえぎってクラディールは群れを指差す。
「ウォォォォォォォォォォン!」
その先にいた《ハウンドウルフリーダー・ブランカ》が吠えると、さっきの攻防でダメージを負ったウルフ達のHPがみるみる回復していく。最初にクラディールがHPを8割削り取ったウルフも今は回復してしまっているだろう。
「なんだいありゃ! あんなのアリなのかい!」
「ブランカの固有スキル《ハウリングヒール》だ。ああやってダメージを負ったウルフは後方に下げて回復させちまうんだ」
攻撃してきたウルフは少しでもダメージを負うと群れへと後退する。そして群れへと戻ったウルフはブランカに回復させられてしまうのだ。つまりウルフの数を減らすには向こうの攻撃を迎え撃ち、群れへと戻る前に仕留めなければならない。だが今の攻防でクラディールとロザリアのパーティーが2匹に与えたダメージはそれぞれ4割ずつ。それを1匹に集めたとしても仕留めることはできないだろう。そもそも今は攻撃してきたウルフが2匹だから対処できたのだ。これが3匹、4匹と増えていけばソードスキルを使ったとしても対処することは難しくなる。
「相手は無限に回復する。こっちは消耗する一方だ。あとはどうなるかなんて分かりきってる」
「それでも……それでもアタシはあんたに助けてもらう気はないよ。襲った相手に助けてもらうなんてみっともないマネできるもんか」
ロザリアの言葉にクラディールはため息をついた。完全に勘違いをしているロザリアにあきれてしまったのだ。
「誰がお前らを『助ける』と言った?」
「え……?」
予想外の言葉にロザリアは思わず聞き返す。
「俺は『協力しろ』と言ったはずだ。この状況から一人でお前らを助けられるほど俺は強くねぇんだよ。だがお前らが俺に協力するのならこの状況をひっくり返せるかもしれねぇ。だから……」
クラディールは一旦言葉を切り、ロザリアを正面から見つめる。
「5人で協力してここから『助かる』気はあるかと言っているんだ」
クラディールは自分が強くないことを知っている。自分が一人で何でもできるヒーローなどではないことを知っている。自分はどこまでいってもタクトやキリトのようにはなれないことを知っている。
だから自分が一人で『助ける』のではなく、5人が協力して『助かる』方法をクラディールは考えていたのだ。
ロザリアは驚いたようにクラディールを見た後、一瞬考えるようなそぶりを見せたが決心したように口を開いた。
「いいだろう。あくまでアタシらが『助かる』為に協力してやろうじゃないか」
「あねさん! こいつを信用するんスか!?」
「別に信用したわけじゃないさ。でもこいつは自分が弱いことを偽らなかった。少なくともカインと同類じゃなさそうだ。それにアタシはともかくあんた達まで死なせるのはいただけないからね」
そう言うとロザリアは狼達を警戒しながらもクラディールに視線を投げる。
「それでどうするんだい。このまま迎え撃っていてもジリ貧なんだろう?」
「ああ、だからこちらから攻撃を仕掛けて《ハウンドウルフリーダー・ブランカ》を倒す」
この群れは《ハウンドウルフリーダー・ブランカ》によって統制されている為、ブランカを倒せば一定時間手下のウルフがノンアクティブになる仕様なのだ。その隙をつけば5人全員がここから逃げることができる。しかしこれは言うほど簡単なことではなかった。ブランカに攻撃を仕掛けた場合手下の攻撃対象がそのプレイヤーに集中するのだ。クラディールが一人でブランカに突っ込めば手下の集中攻撃に会い、あっと言う間にやられてしまうだろう。
「だからお前らは俺に襲い掛かってくるウルフにダメージを与えて群れに押し返してくれ。ブランカと1対1の状況を作り出してくれれば俺が必ず奴を倒す。信用はできないかもしれないが……」
「みなまで言うんじゃないよ。一番危険なのはあんたじゃないか。周りのウルフはアタシ達に任せな。あんたに近づけさせやしないさ」
「な、なんだかあの三白眼男がちょっとカッコよく見えてきたっス」
「自ら一番過酷な役回りを選ぶとは、奴もニンジャソウルの持ち主でゴザったか」
「ウホッ! いいオトコなんダナ!」
ブランカの群れは3度目の攻撃に入ろうとしている。細かい打ち合わせをしたいところだがその時間はなさそうだ。クラディールは手持ちの回復アイテムをロザリアに渡すと攻撃の合図を出す。
「始めるぞ。取り巻きは任せる」
「わかったよ。お前たちも気合入れな!」
『合点、あねさん!』
体勢を低くしてクラディールがブランカへとダッシュする。それに追従するようにロザリアのパーティーも彼を囲む形で走り始める。
「おらぁぁ!」
3度目の攻撃が始まる前にブランカを剣の間合いに捉えたクラディールは、ダッシュの勢いを乗せつつ上段斬りを放つ。しかしブランカは十分な速度をもっていたはずのその斬撃を軽やかにかわして見せた。
(クッ! さすがに手下より動きが速い)
そしてリーダーへの攻撃を感知した狼の群れが動く。2匹のブラウンハウンドウルフが近くにいるのロザリアを無視してクラディールへと襲い掛かった。
「いかせないっス!」
「とおさないんダナ!」
その動きを察知した片手剣使いと戦斧使いが2匹のウルフへと攻撃を仕掛ける。彼らの攻撃を回避し、足が止まったウルフへロザリアと短剣使いが追撃する。
「そら、あっちに行きな!」
「成敗でゴザル!」
2人の攻撃でダメージを負ったウルフが、クラディールへの攻撃を諦め群れへと下がっていく。
前衛が動きを止めて後衛がダメージを与えるというシンプルな戦術だが、さすが同じギルドのメンバーだけあってちゃんと連携がとれている。これならばすぐに彼らが崩れることはないだろう。
しかし時間はかけられない。これまでの狩りでかなり使ってしまっていた為ロザリアに渡した回復アイテムはかなり少ないのだ。長引けば彼らの中から確実に死者が出る。
そう思ったクラディールはブランカに次々と攻撃を繰り出すのだが、かなり高い敏捷値を持つこの白狼の前に彼の剣は空を切るばかりだ。いくら《スターダストテイカー》が高い攻撃力を備えていても当たらなければ意味がない。
(くそっ! ”あの時” みたいなチャンスがあれば……)
第十層フロアボス戦では鎧の継ぎ目にヒットした一撃でクラディールは勝機を掴んだ。しかしそれは振った剣がたまたまそこに当たったというだけの話だ。そしてそんなラッキーヒットを待つ余裕はない。あの時とは状況が違うのだから。
(だが俺だってあの時とは違うんだよ!)
クラディールは両手剣を上段に構えると、大きく右足を踏み出しながらブランカの頭部へと袈裟斬りを放つ。だがブランカは体勢を低くしながらダッシュし、その斬撃をくぐりぬけると一気にクラディールとの間合いを詰める。
「ガァウ!」
咆哮を上げながらブランカが攻撃後の動けないクラディールに迫る。白狼は低い体勢を崩さずにクラディールの大きく踏み出した右足の脛に噛みついた。
「ぐぅっ!」
右足から這い上がってくる不快な痺れと共にクラディールのHPが削り取られる。しかもブランカはそのまま右足に食らい付いているためHPはさらに減少していく。だがこの状況でクラディールの顔に浮かんだのは笑みであった。
「ようやく捕まえたぜ」
クラディールは右足を固定したまま上半身を動かし刃先を下に向けながらソードスキルのモーションを起こす。《スターダストテイカー》が青色のライトエフェクトに包まれると同時に左足と上半身でブーストされた《ソニックチャージ》が、噛み付いたまま動きを止めているブランカにゼロ距離で炸裂した。ブランカに突き刺さった《スターダストテイカー》はそのまま胴体を貫通し、白狼の体を地面に縫いとめる。
「チャンスがないなら作り出すまでなんだよぉ!」
頭部への攻撃と大きく踏み出した右足でブランカの攻撃を誘導し、わざと噛み付かせることで動きを止めたのだ。以前のクラディールならば噛み付かれた時点でパニックを起こしてやられていただろう。しかし曲がりなりにもフロアボスと1対1という修羅場を乗り越えたクラディールは、こみ上げる恐怖をギリギリのところで押さえ込んだ。そして片足を固定したままでも撃てるほどに習熟した《ソニックチャージ》が彼に勝機を掴ませる。
「くそっ! 早くやられちまえってんだ!」
「グルルルルル!」
剣と牙、お互いの得物を足と体に突き刺したままクラディールとブランカはにらみ合う。継続貫通ダメージが互いのHPを削っているのだが、一方が離せばトドメを刺されるこの状況では動くことが出来ない。
(だがこのままいけば俺の勝ちだ)
なぜならブランカの方がHPの減少が速いからだ。足と胴体では受けるダメージが違う上に、ブランカを貫いているのは《スターダストテイカー》なのだ。HPの総量は向こうの方が多いが、それでもこの魔剣はガリガリとブランカのHPを削っていく。このペースならば向こうのHPが先に尽きるはずだ。あとは全力で走ってこの場を離れればいい。
ブランカの動きに気をつけながらもクラディールがホッと胸を撫で下ろしたその時。左腕に嫌な痺れが走ると同時に彼のHPがガクリと減少した。
(なんッ……!?)
慌てて自分の左側を見たクラディールの目に飛び込んできたのは、左腕に噛み付いているブラウンハウンドウルフの姿だった。周りを見るとロザリアパーティーはそれぞれが1匹のブラウンウルフを群れへと追い返している。5匹のアタックを防ぎきれずに1匹が彼らを突破したのだろう。
(くそったれが!)
叫びたい気持ちを懸命に抑えてクラディールはHPを確認する。2匹目に噛み付かれたダメージと2箇所から与えられる継続貫通ダメージはブランカとクラディールの立場を逆転させていた。このままではクラディールのHPが先に尽きてしまう。
懸命に左腕をゆすっても噛み付いたウルフが離れる気配はない。かといって剣から手を離せばその瞬間クラディールはブランカにやられてしまう。どうすることもできないままクラディールのHPがレッドゾーンへと突入する。
(ダメか……)
クラディールは己の死を覚悟しながらも剣から手を離さない。だがポリゴンになって砕け散ったのはクラディールのアバターではなかった。
「そのまま動くんじゃないよ!」
手下を追い返してかけつけたロザリアの長槍がライトエフェクトをまとって撃ち出される。クラディールの足に当たらないように狙いすまされた一撃は、ブランカの頭蓋にヒットし残りのHPを消し飛ばした。
「こっちもいくっスよ!」
「すまぬ。1匹見逃してしまうとは!」
「アニキから離れるんダナ!」
続いて左腕に噛み付いていたブラウンハウンドウルフにも三人のソードスキルが叩き込まれ、ポリゴンになって砕け散った。突然のことに驚くクラディールだが、呆けている暇はないことに気づく。
「今だ、走れ!」
クラディールの言葉がスタートの合図であったかのように、5人はリーダーを失い棒立ちになっているブラウンハウンドウルフに背を向け、全速力で走りだした。
◆ ◆ ◆
「ハァ……ハァ……ハァ……」
ロザリアは肩で息をしながら振り返った。狼ヶ原からはもうかなり離れているのだが、狼達が追ってきていないか確認せずにはいられなかったのだ。
「ここまでくればもう大丈夫だろう」
名前も知らない悪人面の男がそう言って足を止めるとロザリアはその場に座り込んでしまった。今更ながらに自分達が死の危険に晒されていたことを実感し、ガタガタを体を震わせる。
そんなロザリアの様子を男は見下ろしていた。
「男達から全てを奪ってやるとか威勢のいいことを言いながらこのザマさ。結局アタシは騙されて、捨てられて、そんなみじめな気持ちをこれからもずっと引きずっていかなきゃならないんだ」
本当は分かっていたのだ。この男を襲ってアイテムや装備を奪ったとしてもこの気持ちを晴らすことなどできないことを。だが、どうしようもない怒りに火を付けた人間がいた。
『それならあんた達も奪う側にまわればいい』
あのレストランでロザリア達に近づいてきたシミター使いは爽やかな笑顔さえ浮かべながら言ったのだ。その言葉は不思議と人を惹きつけ、気が付けばロザリア達はそのシミター使いから人を襲う為の手ほどきまで受けていた。
『システムがそれを認めているってことは、この世界がそれを認めているってことなんだぜ?』
シミター使いが最後にそう言って去った後、ロザリア達は完全に人を襲うことしか考えられないようになっていた。そして一番近い狩場である狼ヶ原へ行き、この男を見つけたのである。
「それで襲い掛かったら逆に助けられて、みっともないったらありゃしないよ。これからアタシはどうすればいいんだい……」
ロザリアの口から弱々しい言葉が漏れる。勝気な言動は心の弱さの裏返しだ。本当の彼女は逆境や困難に一人で立ち向かえるほど強くはない。デスゲームが始まった当初も心細さからカインのような男につけこまれてしまったのだ。
「どうするかなんて俺に聞くな。自分で決めろ」
ロザリアを見下ろす男が放ったのはそんな優しさの欠片もない言葉だった。
「少なくとも俺は自分で決めて泥の中から這い上がった。いろんな人間の手は借りたがな。だから俺がこの先どうなろうがそれを他人のせいにだけはしないだろうよ」
男はそれだけ言うと「じゃあな」と言って歩き出す。
ロザリアが唇をかみ締める。自分の弱さと迂闊さを棚に上げて、全てをカインとあまつさえ男全てに責任を押し付けていた自分に気が付く。考えてみればギルドの方針も全てカイン任せでそれになんの疑問も持っていなかったのだ。騙された責任の一端は間違いなくロザリアにもある。
それに比べてあの男はどうだろう。例えばあの時ブランカとの戦闘で命を落としたとしてもあの男は悔やみこそすれ、それをロザリア達のせいだとは思わなかったに違いない。彼女は離れていく男の姿を見る。その背中はなぜかとても大きく見えた。
「あねさん。これからどうするっスか?」
仲間の一人が不安げに尋ねてくる。ロザリアの心は決まっていた。
「お前たち。あいつを追うよ!」
『ええっ!?』
驚く3人を置いて彼女は立ち上がる。
「ど、どういうことでゴザルか。あねさん!」
「男は顔じゃないってことさ」
「なるほど、わからないんダナ!」
小さくなりつつある男の背中を追って4人は走り出す。
それは誰でもないロザリア自身が決めたことだった。
こうしてクラディールの受難は続くのだが、それはまた別の話。
はい、あとがきです。
プログレッシブ2の設定無視な展開ですがご勘弁を。
1人対10匹の戦闘はないとかタイミング良すぎますよ原作さーん><