ときめきのアンサンブル ~ Story of Nico 作:Kohya S.
穂乃果が復活してからも学院はあわただしかった。
生徒会役員の改選では、絵里の推薦もあり新生徒会長に穂乃果が就任した。海未とことりも、生徒会役員として穂乃果を支えることになった。
また、第一回は順当にA-RISEの優勝で幕を閉じた「ラブライブ!」だったが、スクールアイドル人気に押されてか、早くも第二回の開催がアナウンスされた。
当然、にこを筆頭にメンバーは参加を希望したのだが、肝心の穂乃果は参加したくないといい出した。
ただ、それはまた独走して迷惑をかけたくない、という穂乃果の自制の結果で――海未にそれをいい当てられた穂乃果は、みなの後押しもあって「ラブライブ!」出場を目指すことを決めたのだった。
・
そんなある日の放課後、御茶ノ水駅に近いファミリーレストラン。
にこはフロアの隅のほうの席に陣取っていた。智也との待ち合わせだった。
にこは髪をしばっていたリボンをほどいた。みどりの黒髪が肩から背中にかけて広がる。首を振って髪を落ち着ける。
にこは鞄から手鏡を取り出した。じっとのぞき込む。次ににこっと笑ってみる。
まあ、こんなものかしらね……。控えめにいっても……美少女よね。ふふん。
にこは手鏡をしまい、かわりに文庫本を取り出した。文庫本には近くの大型書店のブックカバーがかかっている。
テーブルの上にはドリンクバーから持ってきたカップと紅茶のポット。
にこは椅子に座りなおした。意識して足を揃えて背筋を伸ばす。おもむろに本を開き読み始めた。
しばらく待つと智也がやってきた気配がした。顔を上げると彼と目があった。微笑みかける。
にこのところまで来た彼はあきらかに驚いていた。
「ニコちゃん……なにかあったの?」
第一声がそれかい、と思いつつもにこは向かいの席を示す。
「どうぞ、お座りになって」
「はい……」彼はおずおずと座った。「えっと」
店員がやって来た。彼はプリンとドリンクバー注文する。
店員が去ったあと、にこは本を置いた。
「……私、どうかしら」
すこし上目遣いで彼を見つめる。清楚な魅力が出てるかしら。
「……うん、髪をおろすと、印象変わるね」
「それだけ……?」
「いや、その、すごく可愛いけど……」
戸惑ったようすの彼。
「けど?」
「そういう路線で行くの?」
「えっ……私、なにも変わってないわ」
首をかしげてみせる。
「……ニコちゃん、熱でもあるの?」
彼は本気で心配そうだ。
「はあっ」にこはため息をついた。肩の力を抜く。
「だめね、もうすこし感動するかと思ったんだけど……」
「感動?」
「そうよ、私の魅力にビビッと来て、ニコちゃん素敵、くらいいってもらえるかと思ったのに」
「……普段からすると、違和感しかなかったよ」
「なによそれ」
にこはふくれっ面をする。
紅茶を飲んでにこは智也から目をそらす。
「可愛さが足りないわ」
「え?」
「……ほら、私、まあまあ外見は悪くないと思うのよね」
ちらっと彼のほうを見る。
「うん、それは、そう思うけど」
なんか微妙な表現ね……。まあ、それはいいわ。にこはそう思いながら彼に向いて続ける。
「でも、μ'sの活動報告とか、動画へのコメントを見てても……ことりとか真姫のほうが、可愛いって、いわれてるのよね」
「うーん、なるほど」
彼は上を向いてなにかを思い出すような仕草だ。そして続けた。
「たしかにわかるかも」
「……あ、そう」
自分でいい出しておきながら、にこは腹が立った。わかるんかい、と内心でつっこんでおく。
店員がプリンを持ってきた。智也は飲み物を取りに行った。
彼が戻ってきて、にこは続ける。
「なんとなく……ちょっと上滑りしてるのかしら、って思ったりして」
にこは髪をかき上げた。
「ニコちゃんもそういうこと、思うんだ」
彼は面白そうな顔。
「悪い?」にこはツンとすましてみせる。「……それでね、ことりと真姫の、可愛さの理由を知りたいのよね……」
「知って、どうするの?」
「決まってるじゃない、私のアイドルとしての魅力につなげるのよ」
にこは腕を組み、胸を張った。智也は苦笑して自分のコーヒーを飲んだ。
「……でも、いつも一緒にいるなら、わかってるんじゃないの?」と彼。
「そこなのよ。私みたいに、努力してる感じじゃないのよね」
「……それが理由なんじゃないかな」
彼がぽつりとつぶやいた。
「ん? なに?」聞き取れなかったにこは聞き返す。
「なんでもないよ」
にこは眉を上げるがそのまま続ける。
「……で、あんたに、ちょっと調べてもらいたいのよね」
「あまりへんなことは……したくないけど」
「大丈夫よ」
にこは、にやりと笑った。
「今度、私がことりと真姫を連れ出すから、あんた、見えないところから監視して、私に報告しなさい」
こいつ、けっこう観察力ありそうだし、ね。
「えっ……僕、怪しい人じゃない」
智也は目を見開いた。
「そんなことないわよ。もし見つかったとしても、単なるアイドルの追っかけよ」
はあっ、と彼は大きなため息をついた。
「ニコちゃん、ときどき変なこと考えるよね……」
「……どうかしら?」にこは微笑む。
「……わかったよ」
彼は肩をすくめてうなずいた。
「ありがと」
「……もう、しょうがないなあ」
彼も笑ってコーヒーを口にした。
「あ、そうだ……」
智也が鞄を開き一枚の細長い紙を取り出した。
「これ、もらって欲しいんだけど……」
「なにこれ?」ライブのチケットかしら?
「吹奏楽部の定演のチケットなんだ」
「ふーん」
にこはチケットを眺める。
「へえ、ちゃんとしたホールでやるのね。すごいじゃない」
「うん、うちの高校、狭いから……でも、ホールもそんなに大きくないよ。よかったら、来てよね」
「考えておくわ」
にこは丁寧にチケットを鞄にしまった。
・
にこは次の土曜日にことりと、日曜日には真姫と、いっしょに外出する約束を取り付けた。だいたいの時間はあらかじめ智也にも連絡しておいた。
土曜日の午後、μ'sの練習が終わったあと、にことことりは一緒に学院を出た。ふたりとも制服姿だ。
学院から続く長い坂道を歩いていく。
「ニコちゃんが付きあってくれるなんて、嬉しいな♪」
ことりは後ろ手で鞄を持ちながら、跳ねるように歩く。
にこから誘ったものの、ことりのほうが乗り気だった。
たまにはどこかへ買い物にいかないか、というにこに、ことりは次のライブに向けて衣装の生地が見たいといったのだった。
どこに行くのか具体的には聞いていなかったし、学院から智也に付いてきてもらうのはいかにも怪しいので、あとから智也に連絡することになっていた。
「それで、どこに行くの?」
「あのね、生地屋さんがいーっぱい、集まってる場所があるの」
「へえ、そんなのがあるのね」
「行きたいなって思ってたんだけど、ひとりだと悩んじゃいそうだったから、ちょうどよかったな」
ことりは微笑んだ。
「まあ、相談なら乗るわよ」
「うん、よろしくね。ニコちゃん」
ことりもうれしそうだし……これは、
「……それで、どのへんなの?」
「えっと、日暮里なの。ここからだと、秋葉原からJR、かな?」
ことりは黄色いスマートフォンを取り出してなにやら確認している。
「うん、いいみたい♪」
「わかったわ」
にこはうなずいてスマートフォンを取り出す。なにかを調べるふりをしながら智也に「JR日暮里駅」とだけ書いた短いメールを送った。
「じゃ、どんどん行くわよ」
にこはことりに笑いかけた。
「うん♪」
秋葉原駅まで歩いて山手線に乗った。日暮里駅まではすぐだった。
駅前にはバスのロータリーがあって、その周りには雑居ビルなどが並び、いかにも都内の駅前といった感じだった。
あまり服飾店とか、ありそうにない雰囲気だけど、とにこは思う。
「えーと、こっちかな」
「来たことがあるの、ことり?」
「うん、二、三回あるけど、いつもなにも買えなかったんだよね」
にこのスマートフォンが鳴った。
「あれ、メール?」とことり。
「た、たぶん、たいしたことじゃないと思うわ。ちょっと待ってね」
確認すると智也からのメールだった。「到着した」と書かれている。「駅を出て指示を待て」と返信する。
「はい、すんだわ。お待たせ」
「いいえ♪」
・
ことりはロータリーからひとつの通りを選んで進み始めた。
駅の近くにはビルも多かったものの、すぐにマンションと小規模な商店が混在するようになってきた。
そしてそれらの店の多くが服飾関係らしい。
「ずっとこんな感じなの?」にこは聞いてみる。
「うん、五百メートルくらいかな」
「へえ、すごいわね」
ことりはとりあえず、といったようすで手近な店に入っていく。にこは店頭で、店の名前を智也にメールした。
「あれ、ニコちゃん?」
ことりが店内から顔を出す。
「あ、ごめん」
にこも店内へ入った。
店内はごく狭かったが、棚には生地のロールが所狭しと並んでいた。
ことりはじっくりとそれらを眺めている。
「いいのがありそう?」
「うーん、どうしよっかな」
にこが見たところ、綿やウールなど素朴な風合いの生地が多いようだった。生地の専門店、ってだけじゃなくて、さらに細かくわかれてるわけね、と思う。
ことりはなにも買わずに店を出た。
通りを歩きながらにこは聞いてみる。
「次のライブ、曲も決まってないでしょ。生地とか、選べるの?」
「うん、そうなんだけど……でも、安い生地とか、すてきなものとかがあったら、買っておきたいなーって」
「そっか。逆に、生地から衣装のイメージが広がったりすること、あるわよね」
「うん、そうなの、ニコちゃん♪」
にこのスマートフォンがまた鳴った。
にこはことりに断って取り出す。「ふたりを確認した」とメールが来ていた。にこは背伸びをしてあたりを見渡してみたが――智也の姿は見えなかった。これは任せるしかないわね、と思い「あとは頼む」と返信した。
「ニコちゃん、もしかして忙しいの?」
ことりが眉をひそめていう。
「ううん、そんなことないわよ。もう片付いたから大丈夫よ」
にこはあわてて首を振った。
にことことりは、それから何軒かの店をはしごした。生地の店、ボタンの店、アクセサリーの店など――。
ことりは目を輝かせ、うっとりとした表情で商品を眺めていた。ことりにとっては天国でしょうね、とにこは思う。
うきうきと見てまわることりの姿は、にこから見ても愛くるしかった。
「ニコちゃん、これ、どうかな」
「悪くないわね。でも、
「うーん、そうだよね。安いんだけどなー」
なかなかふたりの眼鏡にかなうものはなかった。
「あまり買っても、使わない生地が山になるだけよね」
「えへへ、気を付けます♪」
にこは店先や店内で、ときどき智也の姿を見かけた気がしたが、確信は持てなかった。うまく隠れてるみたいね、と思う。
ふたりは大きな店の激安コーナーを探す。
「あ、これ、どうかな」
ことりが手に取ったのは水色のオーガンジーだった。幅の方向に水色からピンクへとグラデーションがかかっている。
にこも手に取ってみる。
「いいわね。……でも、どうして安いのかしら」
にこは理由が気になった。
「えーと、長さが中途半端みたい……。あ、こっちに色違いもあります♪」
そちらは地の色は同じで青色へ変化していた。
「メンバーで色違いでも、いいかもしれないわね」とにこ。
両方を買えば、ドレスは無理でも、九人分のケープやオーバースカートは作れそうだった。
「うん、これ、買っちゃいます♪」
ことりは両方を手にしてレジへ向かった。
店を出るとすでに日が落ちてあたりは暗くなっていた。個人営業の店が多いのだろう、いくつかの店はもう閉まっているようだった。
ふたりは駅に向かって歩いた。
「すっかり遅くなったわね」とにこ。
「遅くまで付き合ってもらって、ごめんね」
「いいのよ。私も楽しかったわ」
「ことりも、楽しかったです♪」
ことりは生地のロールを抱えながら、にっこりと微笑んだ。
「片方、持つわよ」
「ありがとう、ニコちゃん」
にこはロールを受け取った。
駅前まで来てにこはいう。
「その……私、ちょっと用事があるの。ことり、悪いけど先に帰ってくれる?」
「うん、いいけど……生地、ことりが持っていくね」
「ううん、私が持ってるわ。たいした用事じゃないから」
「そう?」
怪訝な顔をすることりに、にこは微笑みかけた。
「じゃ、ニコちゃん、また明日。……じゃないか、明日は練習、お休みだもんね」
「そうね。また来週」
「うん、またね」
ことりはあいた方の手を振って、駅へと消えた。
・
「ふう」
ことりを見送って、にこはため息をついた。
そこへ智也があらわれた。
「……ニコちゃん」と小声でささやく。
「……あんた、なに、その格好」
智也はグレーのシャツに黒いジャケット、さらに同系色のスラックスだった。ご丁寧に黒い中折れ帽までかぶっている。
「目立たないように、だけど……」
「思いっきり目立ってるわよ!」
にこは彼を近くのファーストフード店へ誘った。飲み物だけおごる。
「ちゃんと観察できた?」とにこ。
「うん、最初に見つけたときから、追いかけてたけど……」
「……で、どうだった」
「うーん、どうっていわれても……」
智也は腕を組んで頭をひねる。
「あてにならないわね」
「そうだなあ……。夢中になってるのが、やっぱり魅力的だよね」
「そうなのよね……」にこはうなずく。「で、ほかには?」
「ほかにって……難しいなあ。こまかい仕草とか?」
「それなら、私だって負けてないわよ」
にこは胸を張る。
「……そうかなあ」彼はぼそっともらした。
「え、なあに?」聞き返すにこ。
「ううん、なんでもない。……そんな感じかなあ」
「はあ、仕方ないわね。……まあ、真姫のようすも見てから、かしら。じゃ、明日も頼んだわよ」
「えー、やっぱりやるの……」
「当然でしょ」
にこはふたたび、にやりと笑った。
「……あとで南さん、紹介してよね」
「はいはい」
ったく、しょうがないわね……。
ふたりは駅から電車に乗って――生地のロールは途中まで智也に持たせて――にこは秋葉原駅で降りた。
・
翌日の日曜日。午後早くから真姫との待ち合わせだった。幸い天気はよく晴れていた。智也には行き先を連絡してあったので、先に現地に行っているはずだ。
待ち合わせ場所の秋葉原駅まで歩きながら、にこは真姫を誘ったときのことを思い出す。
先週の放課後、μ'sの練習が終わったあとで、真姫が帰ろうとするところをにこは呼びとめた。一緒に下校しながら話をする。
「ねえ、真姫。今度の日曜日、空いてる?」
「えーと、そうね、塾の補講に行こうかと思ってたけど……大丈夫よ」
休日に勉強……さすが、私とは違うわね。でも、誘っちゃ悪いかしら。
「あら、それならいいわ。たいした用事じゃないから」
「でも、午前中だけだから……」真姫は首を振った。「午後でいい?」
「ええ、いいわよ。よかったら、どこかに遊びに行かない?」
「ニコちゃんから誘ってくれるなんて、珍しいわね」
真姫はにこへすましたような笑顔を向ける。
「そ、そうかしら」
にこは内心の動揺をおさえて答えた。
「……それで、どこに行くの?」
首をかしげる真姫。
「……真姫の行きたいところでいいわよ」
「ますます珍しいわね。……わたしこそ、ニコちゃんに任せるけど」
「そうね……」
私が行くとしたら……うーん、買い物かしら。それともアイドルショップにでも付きあってもらう? でも、真姫が行きたいところのほうが、本音が出そうよね……。
「……やっぱり、真姫が選んでいいわよ」
「そう?」
真姫は右手で髪の毛の先をくるくるといじる。しばらく考えたあと――。
「……動物園、かな」
小声でぽつりといった。
「動物園?」
にこは聞き返した。にこは予想外だったので――口調がすこし大げさになってしまう。
「こ、子供っぽいって思ってるんでしょ……!」
真姫は真っ赤な顔で前のめりになる。
「そんなことないわ。……ちょっと意外だな、っと思っただけよ」
にこは笑いかける。真姫は目をそらしていった。
「前に、凛が動物園に行った、って話してて……楽しそうだったの。そういえばわたし、ずっと行ってないなって」
「ふーん、凛がね」
まあ、たしかに凛には、あいそうだけど……。
「ほら、μ'sのメンバーでも、意外にああいうところ、行かないし……」
「……いいわね、動物園。行きましょ」
「ありがとう、ニコちゃん」
真姫はにこへ向きなおり微笑んだ。
そんな笑顔を見せられちゃうと……へんな下心があるぶん、罪悪感を覚えるわね……。
・
歩くうちに待ち合わせ場所の駅前、UTX高校の見える広場についた。真姫はまだ来ていないようだったので、壁際に立ってしばらく待つ。ちらっとスマートフォンを確認すると時間までは数分あった。
しばらくして左手から真姫がやってきた。
「ごめん、ニコちゃん。待たせちゃった」
「ううん、いま来たところよ」
真姫は、赤い花柄が細かくプリントされたペールブルーのワンピースだった。胸元の白い紐の編み上げと、同じく白い、襟と袖口の切り替えがアクセントになっていた。
いかにもお嬢様ぽくて、にこは気に入った。
にこは淡いピンクのブラウスに、カーキ色のコットンのミニスカートをあわせていた。足元はグレーのニーハイソックス。
ちょっと子供っぽかったかしら、と思う。
「なにかへん?」
にこの視線を感じたのか真姫がたずねる。
「ううん、なんでもないわ。行きましょ」
ふたりは電車に乗った。行き先は有名な動物園だ。二駅目で降りる。
公園のなかを十分ほど歩くと動物園の入り口だった。入園券を買うため売り場にしばらく並ぶ。
このへんに智也がいるはずたけど……とにこはあたりを見渡した。あ、いたわ。
入り口の近くにいて、こちらを見ているようだった。今日は無難に白系統のポロシャツにベージュのカーゴパンツだ。
にこはスマートフォンを取り出してメールを打つ。「見えてる?」
すぐに返信があった。「確認した、あとは任せろ」
「ニコちゃん、どうしたの?」
真姫が話しかけてきて、にこはあわてる。
「あ、ちょっとお友達からメールみたい。すぐ返信しちゃうね」
にこは「任せた」とだけ書いてメールを送信した。
列はすぐに終わった。こちらから誘ったからといって二枚買おうとする真姫を押しとどめて、にこは自分の分を買った。
ここで買ってもらったら、それこそ悪いわよね……。
動物園に入る。休日の午後ともあってそれなりに混雑していた。ちょっとパンダはおあずけかもね、とにこは思う。
「で、真姫、どこに行きたいの?」
「そうね、これっていうのはないから……一通り見てまわれれば、いいわ」
「じゃあ、なんとなく歩きましょ」
やはりパンダ舎は混雑していたので、その先へ進む。
カワウソや大型鳥類を見てから、トラやライオンのいる森へまわった。
「真姫って、なんとなくヒョウとかトラとか、ネコ科っぽいわよね……。孤高の存在っていうか……」
「なにそれ、意味わかんない」
真姫はそういいながらも本気で嫌がってはいないようだった。
ホッキョクグマの展示では泳ぐ姿が見られるようになっていた。
「大きいのね……」
真姫は素直に感動していた。
「きっと絵里は、ロシアにいたころ、こんなのと死闘を演じてたのよ」
にこは真顔でいってみる。
「そんなこと、あるわけないじゃない!」
「わからないわよ……」
にこは目を細めて唇のはしを上げる。
「……あとで絵里に聞いてみるわ」
にこは真姫に気付かれないように、口に手を当てて笑った。
こういう素直なところ、可愛いのよね……。
その先にはクマ、ゾウとメジャーどころの動物が続いた。
「うん、いかにも動物園って感じね」とにこ。
「そうね」
真姫は目を輝かせていた。
東側は見終わったようなので、いったんベンチに座って休憩する。ちらっと智也を見かけたような気がした。
西側に渡ってすぐの場所はレッサーパンダの展示だった。
「うん、これは花陽だわね」
にこがいうと真姫は笑った。
となりの子ども動物園では、ちょうど小動物とのふれあい体験がおこなわれていたが、子供が多かったので自粛しておいた。
「ニコちゃんは、うさぎさんって感じよね」
「まあね。ちっちゃくて可愛いところとか、ぴったりよね」
次にペンギンのいるプールをのぞいてみる。
「これは……ことりっぽいわね」とにこ。
「……もうすこしスマートな気がするけど」
「でも、あの動きとか、愛嬌のあるあたり、似てるわよ」
「そうかしら……」
シマウマやカバ、サイ、キリンなどのエリアをまわってから、その先にある大きな檻へ。
そこには灰色の体に黄色いくちばしの、大きな鳥がいた。
「なにこれ、へんなの。……えっと、ハシビロコウ?」
にこは案内板を読む。
「凛がおすすめしてたのよ」と真姫。
「へえ、凛もへんな趣味があるのね……」
じっとして動かない鳥には――たしかに妙な魅力があった。
最後に爬虫類館を見学した。
「これでだいたい、全部、見たかしら」とにこ。
「そうみたい。……ニコちゃん、今日はありがと」
真姫はそういってにこの手を取った。顔が軽く上気している。
「どういたしまして」
にこは微笑み返した。なにも考えずに、ふつうに遊びに来ればよかったわね……。真姫のまっすぐな瞳に、にこはすこし後悔した。
・
西側の出口から動物園を出て、ふたりは駅まで歩く。途中、大きな池のわきを通って行けるようだった。
「せっかくだから、こっちから行きましょ」
にこは提案する。
「ええ、いいわよ」
九月に入ったとはいえ午後のこの時間はまだまだ暑い。水面を抜けてくる風が心地よかった。
「夏休みに、御茶ノ水に行ったとき、以来かしら。ニコちゃんと一緒に遊びに来たの……」
歩きながら真姫がいった。
「そうね。……練習、忙しすぎるのよね」
「いろいろ、あったしね」
真姫はにこを見て微笑む。
「あったわね」にこも笑い返した。
「でも……楽しいわ」
「……そっか、よかったじゃない」
「ええ」
「……それで、ニコちゃん。例の彼とは、その後どうなの?」
「えっ。なによ、突然」
思わぬ方向に話が進み、にこはしどろもどろになる。
「べ、別に、なにもないわ」という。
「もう、とぼけちゃって」
真姫は面白そうに笑った。視線をそらして続ける。
「……ちょっと、うらやましいかも」
「……あんたもファンぐらい、すぐできるわよ」
「そうじゃないけど……」
小声でそういってから、真姫は上目遣いでにこを見る。
「うまくいくといいわね」
「なによ、その、うまくいくって……」
にこは顔を赤らめながらそっぽを向いた。
そのあと、駅前のカフェでお茶をした。会計のとき、にこは入り口のわきに智也がいるのに気付いた。あとでお金、払わなくちゃね、と思う。
ふたりは秋葉原駅まで電車に乗った。
秋葉原駅を出ると、日は傾いて夕方の気配が漂い始めていた。
音ノ木坂学院のほうにしばらく行った交差点で、にこは真姫に別れを告げた。
「それじゃ、私、この先だから」
「うん、今日はありがと、ニコちゃん」
「さっきも聞いたわよ」
「別に、何回いってもいいじゃない……」
真姫ははにかむように目をそらした。
「まあ、そうね」
「楽しかったわ」真姫はにこを見つめる。「……また、一緒に遊んでね」
「ええ、こちらこそ」
にこが微笑むと、真姫も笑った。
真姫はすこし歩いてから振り返って手を振った。にこも振り返した。
・
真姫の姿が見えなくなって、にこは肩の力を抜いた。
「お疲れさま」
背後から声をかけられて、にこは飛び上がりそうになった。振り返る。
「智也……」
さきほど真姫にいわれたことが頭に浮かび、にこは頬を染めた。
「……?」
なにもいわないにこを智也は不思議そうに眺めている。
カフェでも行こうかしら……いえ、さっき行ったばかりよね……。
「すこし歩きましょうか」
にこは近くの橋のたもとの、ちょっとした広場へ向かった。
ベンチに腰を下ろす。智也もとなりに座った。
「ずっとついてきてたの?」
「そうだよ。疲れたよ」
彼は首を回す。
「……お疲れさま」
にこはやさしく微笑んだ。
「……なにかあるの?」
彼があからさまに警戒しているようなので、にこはおかしくなる。
「なにもないわよ。……わがままに付きあわせちゃったから、ね」
「まあ、ニコちゃんのことだし……」
それ、どういうことよ……と思うが、ここはいわずにおく。
「それで、どうだった? 真姫は」
「うーん、やっぱり……可愛いよね」
「わかってるわよ、それは」
にこは口をとがらせる。
彼は上を向いてしばらく考えた。
「うーん……西木野さん、楽しんでたみたいだよ。それが、魅力的に映るんじゃないかな」
「そうねえ……」
「でも……」
「でも?」
いったん言葉を切った彼をにこはうながす。
「……ニコちゃんも、楽しそうだった」
彼はにこりと笑う。
「ま、まあね」
真姫といっしょにいるのは、楽しいわね、それは。
「それで……ニコちゃんも、同じくらい魅力的だったと思う」
「……そんなこと、ないでしょ」
「ほんとだよ」
彼はにこをじっと見つめる。にこは目をそらした。
彼は間をおいてからふたたび口を開いた。
「ニコちゃん、μ'sのサイトとかPVとかより……こうやってる、普段の姿のほうが、可愛いと思うんだ」
「……なによ、突然」
にこは動揺して、なんとかそれだけいった。
「南さんも、西木野さんも……わりと、飾ってないよね」
「……まあ、そうね」
彼は地面に目を落としてしばらく黙り込んだ。にこも彼のいったことを反芻する。飾ってない、か……。
いつの間にか夕日があたりを赤く染めていた。
「それで……」
彼の次の言葉を、にこは意外な思いで聞いた。
「正直にいって……僕、すごく……その、幸せなんだと思う」
「……どういう意味よ」
にこが彼に視線を戻すと、彼は顔を赤くしていた。
「……ニコちゃん、表情が豊かで、どれも……僕にとっては……見ていて楽しいんだ。怒った顔とかも、実は、ニコちゃんの、その、やさしい心のあらわれだと思うし」
彼は恥ずかしそうにいったん間をおいた。
「……そういうのを見られるのは、僕だけなのかも、って思うと……その、嬉しいんだ」
彼は、はっとしたように、にこを見て続ける。
「あ、もちろんμ'sのメンバーとかは、別だと思うけど」
にこは無言だったが、うっすらと上気した頬が内心を
こいつ、そんなこと、考えてたのね……。なんか……恥ずかしくなるじゃない、もう。
「だからニコちゃんも、もうすこし……その、自然でもいいんじゃないかな」
「……」
「ごめん、ニコちゃん、すごくアイドルに誇りを持ってるのに……なんか否定するようなこといっちゃって……」
「……そうよ、なによ、私の気もしらないで」
にこは狼狽を押し殺して、小さな声でそうつぶやいた。
「ほんと、ごめん」
彼はすっかり恐縮していた。
「……ま、いいわ」
にこはいったん思いを封印して気を取りなおす。
「その、いろいろと、迷惑かけちゃったし。……お金、払うわよ。入園券と、カフェの」
「いや、いいよ。僕も……わりと、楽しかったし」
彼は目を細めた。
「でも……」
「……ニコちゃん、すごく楽しそうで……僕、うらやましかったんだ」
あれ、この台詞、どこかで聞いたわね……。にこが思い出せる前に彼が続けた。
「そのかわり、今度、僕と一緒に、どこか行ってくれるかな……?」
首をかしげる彼。
「……はあ、しょうがないわね」にこはあさってのほうを向く。「……いいわよ」
その顔は赤いのは夕日のせいだけではなかった。
「ありがとう」
彼はいっそう笑みを深くした。
「……じゃ、帰りましょ」
「そうだね」
彼が立ち上がり、にこに手を差し出した。にこはその手を取る。彼の手は意外に大きかった。
「それじゃ、私、すぐ近くだから」
「うん、気を付けて」
広場のすぐ外で、彼とにこは別れた。
にこはなんとなく歩き出した。
結局、可愛さの秘密は、よくわからなかったわね。でも、そうね……。自然に、か……。気負いすぎてたのかも、知れないわね。