ときめきのアンサンブル ~ Story of Nico   作:Kohya S.

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12. 定期演奏会

「たいへんです!」

 練習前の屋上に花陽が駆け込んできた。

 

 第二回「ラブライブ!」が近付き、いよいよ詳細が明らかになったのだが――花陽によると、地方予選では新曲を披露しなくてはならないのだそうだ。

 

「これから一か月足らずでなんとかしないと、ラブライブに出られない、ってことよ」と絵里。

 メンバーのあいだに沈鬱な空気が漂う。

「こうなったら、仕方ない……」

 にこは胸を張る。

「こんなこともあろうかと、私がこのまえ作詞した、『ニコにーニコちゃん』という詩に、曲を付けて……」

 と説明を始めたものの、メンバーには華麗にスルーされてしまった。

 なによ、もう。

 

 しかしほかのメンバーに妙案があるわけではなかった。

「いったい、どうすれば……」と穂乃果。

「作るしかないわね……」絵里はいう。「真姫!」

「もしかして……」

 真姫が戸惑いながらいった。

「ええ……」絵里は高らかに宣言した。「合宿よ!」

 

「でも……いつから行くの、絵里ちゃん」とことり。

「それはもう、できるだけ早いほうがいいわね」

「そうですね」

 海未もうなずく。

 全員、乗り気のようだった。にこも例外ではなかったが――。

 

 あれ、ちょっと待って、あいつの定期演奏会、次の土曜日だったけど……。参ったわね、ちょっといい出せる雰囲気じゃないわよ……。

 

 にこはひとり冷や汗を流した。

 

「幸い、今度の週末は連休だから……日曜日と次の祝日でどうかしら」と絵里。

 ふう、助かったわね。にこは胸をなでおろした。

「いいんじゃない」とにこはこたえた。

「楽しみだニャー」と飛び跳ねる凛。

「真姫ちゃん、よろしくね」

 花陽は真姫の手をにぎっている。

 

 メンバーの顔はみな輝いていた。

 

        ・

 

 次の土曜日。智也の吹奏楽部の定期演奏会は夕方からだった。

 

 にこは朝のうちに彼に演奏会に行く旨をメールしておいた。すぐに返信があり、そこにはお礼と、終わったら一階の待ち合わせスペースで待っていてほしいと書いてあった。にこは了解したと返信した。

 

 午前中は軽く練習して、午後は花陽、凛、真姫といっしょに合宿のための買い物に出かけた。

 九月も下旬だがまだまだ残暑はきびしかった。

 そんななかで数軒の店をはしごする。

 

「これでだいたい揃ったかしら」

 秋葉原の大型雑貨店を出て真姫がいった。

「はい、私も、大丈夫です」

 花陽は手にしたメモを確認していた。

「凛、おなか減ったニャ!」

「しょうがないわね」と真姫。

「それでは、なにか食べていきましょう」

 花陽が目を輝かせる。

 

 にこはスマートフォンを取り出してちらっと時刻を確認した。演奏会までまだ時間はあったが、多少は準備する余裕が欲しかった。

「私、ちょっと用事があるの。悪いけど、先に帰るわね」と切り出す。

「え、ニコちゃん、帰っちゃうの」と凛。

「ごめんね」

 にこは凛をなだめるように微笑む。

「……あまり引き止めちゃ悪いわよ」

 真姫が凛にいった。にこが真姫に目配せすると真姫は軽くうなずいた。

「それじゃ、また明日ね。遅れるんじゃないわよ」

 にこは三人に手を振って、自宅のほうへ歩き出した。いつの間にか速足になっていることに、にこは気付いていなかった。

 

        ・

 

 自宅の玄関の鍵を開ける。母と弟妹たちは出かけているようだった。

 

 汗をかいた体が気持ち悪かったので、にこはシャワーを浴びることにした。

 真姫の別荘は山の上らしいから、涼しそうだけど、とにこは思った。

 

 制服を脱いで浴室へ入る。

 ぬるめのお湯を出して頭から浴びた。髪を、体を、水滴が流れていく。しばらくそのまま立ちつくした。汗とともに不快感が洗われていった。

 

 目を開けると浴室の鏡に映った自分の姿がいやでも目に入った。控えめなふたつのふくらみと、なめらかに続く腰から臀部への線。

 すらりとした――といえば聞こえがいいが、要はめりはりに欠けた体。さきほど別れたばかりの花陽と真姫のスタイルが思い出される。

 

 やっぱり……男の子には受けが悪い、かしらね……。

 

 にこは、これも個性のひとつだと思っているので、自分の体が嫌いではなかったが――どうしてもときどき考えてしまう。

 

 最後に冷水をさっとかぶると、ずいぶんすっきりした。

 

 バスタオルを髪と体に巻いて自室へ。下着だけ身に着けると、クローゼットを開けた。

 

 さて、どうしようかしら……。定期演奏会だから……多少、きれい目のほうがいいかしら。でも、あまり気合入れても、へんよね……。

 

 しばらく悩んで、いったん髪を乾かしてくる。

 

 結局、ワインレッドのオフショルダーで半袖のカットソーと、フリルの入ったチャコールグレーのミニスカートの組み合わせにした。スカートと同色の細いサスペンダーがアクセントになる。

 それらを着てから、黒いジョーゼットのスカーフを首に軽く巻いた。さいごにダークベージュの中折れ帽を頭にのせる。リボン部分はトップスと同系色だ。

 クローゼットの扉の内側の鏡に映してみる。

 

 ふふん、悪くないじゃない。

 

 軽く化粧をして、ほんのすこし香水をつけて――時計を見るとそろそろ時間だった。

 

 チケットを持ったことを確認してから、にこは玄関の鍵をかけ自宅をあとにした。

 

        ・

 

 歩くにはすこし遠いのでにこは秋葉原駅から電車に乗った。数駅目で降りる。

 

 駅からはホールまでは十分ほどらしい。途中、ドーム球場のわきを通っていく。

 大きなビルの一階にホールの入り口があった。

 

 にこがなかに入ると、そこは広い吹き抜けになっていた。左側にエスカレーター、右側にはガラス張りのエレベーター。先にはベンチや自販機、コンビニなどがある。ホール以外にもオフィスなどの入った複合施設らしい。

 

 こんなところでやるなんて、さすが私立高校ね……。

 

 チケットには小ホールとあったので、案内にしたがってにこはエスカレーターで二階に上がった。ちらほらと見覚えのある東雲学院の制服姿が見えた。

 カウンターでチケットの半券を渡してプログラムを受け取った。「東雲学院吹奏楽部・第九回定期演奏会」と書かれていた。

 

 ホールは三、四百席ほどの規模だった。音ノ木坂学院の講堂よりひと回り大きいが、思ったほどではなくて、にこはなぜかほっとした。ステージ上には椅子が並んでいる。

 客席のほぼ真ん中、すこし前あたりに座った。

 

 プログラムを確認すると演奏会は三部構成だった。第一部は見慣れない曲が並んでいた。おそらく吹奏楽曲なのだろう。二部、三部はにこも目にしたことのある曲が中心だった。

 

 しだいに席が埋まっていく。制服姿のほか、小中学生らしい子供から中年の男女、老夫婦まで、意外に客層は広いようだった。

 

 開演時間になりホールの照明が落とされていった。暗いステージ上に脇から楽器を手にした部員が出ていく。

 ステージが照らされた。会場から上がる拍手。

 部員は三十人弱というところだろうか。にこは智也を探す。……いた。向かって左手の奥だ。制服姿で、緊張しているようだった。にこも胸の鼓動が速くなる。

 

 最後に黒いスーツ姿の男性――おそらく顧問の先生だろう――が出てきて、指揮台に上がり客席に向かって一礼した。もう一度あがる拍手。

 男性が部員のほうを向く。拍手が鳴りやんだ。

 

 フルートのソロから曲は始まった。すぐに他のパートが加わり厚さを増していく。アップテンポで元気のいい曲だった。

 

 最初の曲が終わると部員のなかから女の子がふたり、ステージの前、左隅に走ってきた。

「みなさん、こんばんは。今日は東雲学院、第九回定期演奏会においでいただき、ありがとうごさいます!」

「今日の司会進行をつとめさせていただきます、フルートパートの――と」

「――です。よろしくお願いします!」

「最初に演奏した曲は……」

 あら、部員が司会するのね。ちょっとライブっぽいわね、とにこは思った。多少たどたどしいところも共感を覚えた。

 

 いくつか曲が続いてから休憩になった。まったく知らない曲も聞き覚えのある曲もあったが、にこがこういった演奏会に来ることはすくないので、飽きることはなかった。

 

 第二部はアニメの曲などの軽いものが続いた。

 ちょっとした寸劇もはさまれて――幸いなことに智也は出てこなかったが――にこは微笑ましかった。けっこうこういうの、考えるのたいへんなのよね……、と思う。

 

 ある曲にはサックスと、それにトランペットのソロがあって、にこはすこし期待したが――ソロは智也ではなく別の男性部員がこなした。客席から黄色い声援が上がったところを見ると人気のある部員なのだろう。

 ちらっと、智也のほうがかっこいいじゃない、と頭に浮かび、にこはあわてて打ち消した。

 ったく、なに考えてるんだか、私……。

 

 第三部はポップスやロックが数曲。

 最後の曲はにこも聴いたことのある映画のサウンドトラックのアレンジだった。

 

 拍手のなか指揮者が礼をして退場した。ステージの照明が落とされる。客席からは手拍子が始まった。にこも参加する。いつかの――そう、もう二年も前の――ライブのことが頭をよぎった。

 

 司会の女の子たちがふたたびあらわれた。

「アンコール、ありがとうございます。……部員も喜んでいます。それでは聞いてください。――です」

 

 アンコールの曲は六十年代の歌謡曲だった。

 パートごとに立ち上がってソロを演奏し、お辞儀していく。智也も紅潮した顔でこなして頭を下げた。

 演奏が終わると今日一番の拍手がわき起こった。

 

 最後に全員が立ち上がり観客席に向かって一礼し、演奏会は終わった。

 

        ・

 

 ほかの観客といっしょに、にこはホールを出た。

 一階まで下りて吹き抜けにあったベンチに座った。

 

 にこの胸には演奏会の余韻が残っていた。にこには演奏のレベルはわからなかったが、決してうまいとはいえない気がした。ただそれでも真剣さは伝わってきた。

 

 あいつも、がんばってたみたいだし……。ちょっと、見直したわね。

 

 にこはひとり、くすりと笑った。

 

 おそらく時間がかかるだろうと思っていたので、にこは気長に待った。建物の入り口から見える外の街路はすっかり暗くなっていた。

 

 しばらくしてエスカレーターから数人の東雲学院の生徒が下りてきた。吹奏楽部の部員だろう。そのなかには智也がいて――女子部員と談笑しているようだった。

 エスカレーターの下で彼がちらっと、にこのほうを見たような気がした。

 

 しかし彼はそのまますこし立ち話をしてから、部員に手を振ると、コンビニのほうへ歩き出した。ほかの部員は出口へ向かう。

 待ち構えていたにこは、拍子抜けして彼を見守った。

 

 気付いてないのかしら……いえ、気付いてたわよね。

 

 さらに待つとコンビニからビニール袋を手に彼が出てきた。まっすぐ、にこのところに歩いてくる。

「ニコちゃん、お待たせ」

 彼はまだすこし興奮を残したようすで、笑顔を浮かべた。

「なによ、あんた、さっき気付いてたんじゃないの?」

 にこはふくれっ面をする。

「気付いてたけど……部員に知られるの、ニコちゃん、嫌がるかなって。ごめん」

 彼は軽く頭を下げた。

「そっか……気を使ってもらって、悪いわね」

 にこはばつの悪い思いで笑った。

「ううん。それより、来てくれてありがとう」

「まあ、暇だったから」にこはそっぽを向いた。「……座ったら?」

「いや、いいよ。というか……ちょっとついて来てもらえるかな?」

「いいけど……」

 

 にこは立ち上がった。彼女を智也は吹き抜けの反対側、ガラス張りのエレベーターまで案内する。

 籠が来るまでのあいだに、にこは聞く。

「時間、平気なの? 打ち上げとか、あるんじゃない」

「うん、あるけど……。学校の食堂でやるんだ。父兄とかも来てるし。だからすこしなら大丈夫」

 あら、ちょっと庶民的なところもあるのね。

 

 扉が開きふたりは乗り込んだ。

 鏡に、にこと彼が映っている。彼の背がまたすこし伸びている気がした。

「……ニコちゃん、その服、よく似合ってるね」

 彼か鏡のなかのにこに向かっていった。

「そう? ありがと」

 にこも鏡に向かって微笑んだ。にこは彼の素直な言葉が嬉しかった。

 

        ・

 

 最上階に近いフロアでエレベータを下りた。

 

 そこは半円形の展望スペースになっていた。広い窓がぐるりとフロアを囲っている。明かりも暗くおさえられていた。時間帯のせいか人はほとんどいない。

 

「なにこれ……すごいじゃない」

 にこはゆっくりと窓に近付いた。

 タワーや高層ビルに高さはおよばないはずだが、窓からは都内の夜景が一望できた。

 

「うん、なんか調べてみたら景色がいいらしい、って」

 彼も、にこの横まで来て続ける。

「昼間に一度、来てみたら眺めがよかったんで……。ニコちゃんに見せたくて」

 彼はにこへ、はにかむように笑いかけた。

「……ったく、なに格好つけてんのよ」

 にこは頬を赤らめながら夜景に見入るふりをした。

 

 足元には近くの遊園地とドーム球場、遠くには高層ビル街が見えた。東京の夜空は(かすみ)がかかったようにぼやけていたが、それでも煌々(こうこう)と輝く街の光と暗い空とのコントラストがあざやかだった。

 

「あ、これ、飲む?」

 智也が手元の袋からパック飲料を取り出した。イチゴオレだ。

「あら、悪いわね」

 にこは受け取ってストローを刺した。冷たい飲み物が心地よかった。

 彼もなにか紙パックから飲んでいる。

 

 にこは演奏会のことを思い出した。外を見ながらいう。

「……その、演奏会、よかったわよ」

「ありがとう。……うちの部、あまり上手じゃなかったでしょ」

 彼も夜景を見ている。

「……まあね。でも、いいんじゃない。そのうち、うまくなるわよ」

「だといいけど」

 

 にこは彼を向いていう。

「そういえば、途中、トランペットのソロがあったわね。あんたじゃなかったけど」

「ああ、シロクマか……さすがに、ソロはまだ無理だよ」

 彼は首を振った。

「にこなら、ソロくらい余裕だからね。あんたも精進、しなさいよね」

「わかったよ」

 彼は苦笑した。

 

 にこはいったん言葉を切った。もう一度外を向き――。

「……でも、あんたも、がんばってたわね。その……ちょっと格好よかったわよ」

 そうつぶやいた。すこしだけ顔がほてっているのを感じた。

 彼は意外だったのか目を見開いたようだった。

「ニコちゃんがそんなこと……ううん、ありがとう」

 あんた、なにいいかけてたのよ……そう思ったが、なにもいわないでおいた。

 

 にこはもう一度、イチゴオレを飲んだ。夜景はあいかわらず美しかった。

 

「それで……ニコちゃん」

 彼が窓の下に紙パックをおいた。

「……なによ」

 彼に視線を戻す。意外なほど近くに彼がたたずんでいた。

 おさえられた照明が複雑な陰影を彼の顔に投げかけている。まっすぐにのびた鼻梁がどこか精悍さを感じさせて、にこはどきりとした。

 彼は唇をかんで、じっとにこを見つめた。しばらくそうしていたが――。

「……ごめん、なんでもない」

 そういって目をそらし体を引いた。

 

 にこは深い息をはいた。我知らず呼吸を止めていたようだった。

「なによ、へんなの」

 ぽつりとつぶやいた。

 

「そろそろ行かなきゃ」

 彼は紙パックをふたたび手にして残りを飲み干した。にこも彼にならった。

 

 エレベーターで一階へ降りる。籠のなかではふたりとも無言だった。

 

        ・

 

 彼が紙パックを捨てに行った。誰もいなくなった吹き抜けを出口に向かって歩いた。

 

「そう、一応、伝えておくけど……私、明日とあさって、μ'sの合宿に行ってくるわ」

 にこは歩きながら話す。

「……ラブライブに向けて?」

「そうね。新曲、作らなきゃなのよ」

「たいへんそうだね」彼に笑顔が戻った。「忙しいのに、ありがとう」

「たいしたことないわよ。……こちらこそ、楽しかったわ」

 にこも微笑む。

「それならいいけど……。帰ってきたら、話、聞かせてね」

「もちろんよ」

 

 通りに出ると日中の暑さが嘘のように涼しい風が吹きつけてきて、秋の気配を感じさせた。

 

 智也と駅まではいっしょのようだったので、歩道を並んで歩いた。

 展望スペースでの話はせず、すぐ近くにせまったラブライブの話題やアイドル談義に終始した。

 それはそれで楽しかったのだが――にこはなにか物足りない気がするのだった。

 

 JRの駅まではすぐだった。

「それじゃ、ニコちゃん。合宿、がんばってね」

 改札の前で彼が笑った。

「ありがと。じゃ、またね」

 にこが手を振ると、彼も手を振り返した。

 

 秋葉原方面へ向かう電車に乗った。

 席は空いていたがにこはそのまま立つことにした。

 

 扉の窓から、流れていく夜景をぼーっと眺めていると、にこの思いは展望スペースでの会話にどうしても移っていった。

 

 あいつ……なにか、いいかけてたけど……。まさかね。

 

 にこは心当たりがあるような気がしないでもなかったが――まったく確信は持てないのだった。

 あいつ、誰にでも優しいし……やっぱり単なるファンとして、よね。そうにこは思う。ただ、もしも予想が当たっていたならどうすればいいのか、さっぱり見当がつかなかった。

 

 でも、私、期待してるのかしら。……もう、どうしてこんなこと、考えなきゃいけないのよ。

 

 にこは無性に腹が立ってきた。

 

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