ときめきのアンサンブル ~ Story of Nico 作:Kohya S.
翌日、にこは早起きして集合場所の秋葉原駅へ向かった。幸い遅刻者は出なかった。
何度か乗り換えて合計一時間半ほど電車に揺られ、真姫の別荘の最寄り駅に到着した。そこからはバスで十分ほど。
真姫の別荘は、以前に行った海辺の別荘と同じく豪勢だった。
さっそく、真姫と海未、ことりはそれぞれ作曲、作詞、衣装作りに取り掛かった。残りのメンバーは練習を開始した。
しかし――しばらくして三人が音を上げた。ラブライブ予選の新曲ということでプレッシャーを感じてしまったらしい。
そこでメンバーはくじ引きをおこなって三班にわかれ、三人をそれぞれサポートすることにした。
くじ引きの結果、にこは絵里とともに真姫の作曲を手伝うことになった。
・
「で、どうして別荘があるのに、そとでテント張らなきゃいけないのよ!」
にこは、なぜか別荘の庭に設置されたテントで毒づいた。
「すこし距離、取らないと、三班にわけた意味ないでしょ。ちょうど別荘にテントもあったし」と絵里。
「こんなので本当に作曲できるの?」
にこは聞く。
「わたしはどうせあとで、ピアノのところに戻るから」
真姫は五線譜を片手になにか書き込んでいる。
「はあ」
にこはため息をついた。
まあ、真姫の助けになれば、なんでもいいけどね。
とりあえず五線譜とにらめっこしている真姫を見守った。絵里も同様だ。
しばらくして手が止まったようなので、体育座りのにこは聞いてみる。
「詞がなくても、作曲、できるもんなの?」
真姫は顔を上げた。
「……そうね、詞から作ったり、曲から作ったりだけど……。今回は別々に作ってるから……」
真姫は上を向いて考える。
「最後に海未といっしょにあわせなきゃ、だと思うわ」
「ふーん、たいへんなのね」
にこは笑いかけた。
「ま、まあね」真姫も笑う。「……でも、海未とずいぶん曲を作ってきたから……。なんとなく、どんな感じになりそうか、わかるのよね。きっと、うまくいくと思うわ」
「そっか」
真姫はまた譜面に顔を戻した。小さい鼻歌が聞こえてきた。
絵里はそんなふたりを面白そうに見つめていた。
こころもち暗くなってきた気がして、にこはテントの外に出た。日がやや傾いてきていた。
テントのなかに頭を突っ込んで、ふたりに聞く。
「ねえ、夕ご飯、どうするのよ」
「管理人さんに頼んでおいたから、別荘にすこし食材があるはずだけど……」と真姫。
「へえ、準備がいいのね」
「じゃあ、そろそろ食事でも作りましょうか。真姫がすこしでも進めるように」
絵里はそういって笑った。
絵里とふたりで別荘に戻って食材を確認してみる。米は当然として、根菜類などの日持ちする野菜に、冷凍の肉。
「これは……カレー作れ、っていってるようなものね」
「そうね……。ビーツがあれば、ボルシチもできるけど……」
探すとしっかりカレーのルーも用意されていた。
ふたりで準備を始めた。米を炊飯器にかけて、その他の食材を調理していく。
鍋が沸騰したのであくを取って本格的に煮込み始めた。このまま待つだけだが、さすがに火のそばからは離れないほうがいいだろう。
「絵里、あとは見てるだけだから、やるわよ」
「そう? 悪いわね」
絵里はいったんテントに戻った。
にこは手持ち無沙汰になったので――智也にメールを書き始めた。昨日会ってからまだ一日だが、ずいぶん長い時間がたっているような気がする。
合宿に来ていること、料理中であることなどをメールした。
もう一度、鍋からあくを取る。このひと手間で、おいしくなるのよね……と思う。
スマートフォンが軽快な音を立てた。メールを開いてみる。
智也からの返信には、ねぎらいの言葉と、あとで料理をごちそうしてほしいことなどが書かれていた。にこは微笑ましくなった。
料理ね。あいつ、なにが好きなんだろ。ときどき妙に子供っぽいから、ハンバーグとか、かしらね……。
・
一時間ほどあと。にこはふたりを呼びに行った。ほかのメンバーは帰ってくるようすはなかった。それぞれなにか食べているのだろう。
別荘のダイニングキッチンで食卓を囲んだ。
「ありがとう、絵里、ニコちゃん。おいしいわ」と真姫。
「どういたしまして」絵里が笑う。
「まあ、カレーなんて誰が作っても同じだけどね」
にこは茶化すようにいった。
「あら、そんなことないわよ」
絵里はすこしむきになる。
「……ふたりとも、本当においしいわよ」
真姫がもう一度いった。
「……そうね」
「ええ」
食後の洗い物は絵里とふたりで片付けた。真姫は「わたしも食器洗うくらい、できるわよ」といったものの、作曲に集中してもらうことにしてテントに戻らせた。
ふたりが別荘から出ると、西の空は茜色に染まっていた。
にこは思いついて絵里に先に行ってもらう。別荘へ取って返して暖炉のところから
テントにつくと薪を適当に組んで火をつけた。最初はなかなかうまく燃えず苦戦したものの、やがて安定して炎を上げ始めた。
ふふん、私もなかなかやるじゃない。
ころあいを見計らって炭になった薪のなかにイモを投入した。
空はどんどんと暗くなっていく。炎がテントにゆらゆらと光と影を投げかける。
テントから絵里と真姫が顔を出した。
「あら、なにしてるのかと思ったら……」
「素敵ね」
焚き火を囲んでしばらく三人で談笑した。夜はゆっくりと更けていった。
途中、絵里が暗いところが苦手なことが判明したりして――絵里はテントに戻り、LEDランタンを灯して焚き火が消えたあとの明かりを確保していた。にこと真姫は顔を見あわせて笑った。
ふとした弾みに炎が小さくなって、にこはあわてて火に息を吹きかけた。実は私も、暗いのちょっと苦手なのよね、と思う。
真姫はくすりと笑った。
「まったく。こんな三年生のために、曲、考えるほうの身にもなってよ」
「え……いま、なんていった?」
にこは聞き返す。
「いま、三年生のため、っていったわよね」
「だったらなによ」と真姫。
「はあ」にこはため息をついた。「そうじゃないかと思ってたのよね。三年生のためにいい曲作って、三年生のために勝とう、って……」
「そ、そんなこと……」
真姫は顔をそらした。
にこはたき火を見つめていう。
「……曲はいつも、どんなときも、全員のためにあるのよ」
「……な、なに偉そうにいってんのよ」
「部長だもん、当たり前でしょ」
にこは胸をそらした。
そろそろ頃合いだろう。にこは焚き火のなかからイモを引っ張り出した。真姫に差し出す。
「これは?」
真姫は物珍しそうに眺める。
「焼き芋よ。焚き火といったら焼き芋でしょ」
真姫は恐る恐るといったようすで受け取った。
「うわ、あちちっ」
ふうふうと息を吹きかける。そしてふたつに割った。
「はい……」と片方をにこに差し出した。
「あ、ありがと」
にこは微笑む。真姫も笑みを浮かべた。
ふたりで焼き芋を
「……食べたわね。食べた以上は、ニコを一番、目立つようにしてよ。三年生なんだし!」
「なによそれ、台無し」
「なにが台無しなのよ!」
「台無しだから台無しっていったの!」
「なんですって、焼き芋、返しなさい!」
いつの間にか絵里がテントからのぞいていた。にこと真姫はばつの悪い思いで顔を見あわせた。
「……絵里も食べる?」とにこ。
「ええ、いただくわ」
三人でそろって焼き芋を食べた。
「……さすがに、眠くなってきたわね」
にこはあくびをした。
時間はまだそれほど遅くないはずだが、日中の疲れが出ているのだろう。それにおなかもくちくなった。
「そろそろ寝ましょうか」と絵里。
にこは別荘からバケツに水をくんできて焚き火を始末した。
テントに入り寝袋に潜り込んだ。にこはキュウリパックも忘れない。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
三人は口々にいい、絵里がLEDランタンを暗くした。消さないのね、とにこは微笑ましく思った。
・
いざ眠りにつこうとしたものの――にこはなかなか寝付けなかった。時間が早いせいもあるのかもしれない。
絵里は規則正しい寝息を立てていた。真姫は――なんとなく起きている気配がする。
「……真姫。起きてるの?」
にこはささやいてみる。
「……ええ。ニコちゃんも?」
真姫がささやき返した。
「なんとなく眠れなくてね」
「わたしも……曲のことが、気になってるのかも知れないわ」
「明日になれば、なにか思いつくわよ」
「だといいけど……」
真姫は軽いため息をついた。
しばらくはふたりとも無言だった。
にこが、寝てしまったのかな、と思い始めたとき。
「ニコちゃん……いろいろ、がんばってるでしょ」
真姫がつぶやいた。
「いろいろって、なによ」
「……μ'sの練習のほかに、自主トレ、してるでしょ」
にこはどきりとした。
「……気付いてたの?」
「朝練のときに、ひと走りしてきた感じだったし、来る方向も違うし……。おやすみの日に走ってるのを見かけたこともあるわ」
「参ったわね、秘密にしてたのに……」
にこは嘆息する。
別に知られたからといってなにが悪いということはないのだが――泥臭くて恥ずかしい気がするのだった。
真姫は寝返りを打ち、にこのほうへ向いた。
「わたし、すごいと思うわ」
にこは上を向いたまま答える。
「……あんたたちがすごいのよ。私、正直いって、驚いたわ。あんたたちがμ'sを結成して……あんなにすぐに、上達するなんてね。ダンスも、歌も」
にこはいったん口を閉じた。
穂乃果、ことり、海未の三人から始まった、半年前のあの日のことが思い出された。そして花陽、凛、真姫。みな驚くほどの才能だと感じた。もちろん絵里と希も。
「……私みたいな……その、凡人には、努力するしかないのよ」
ぽつりとつぶやいた。
「そんなことない!」
真姫が間髪を入れずいった。すこし声が大きくなる。
「しーっ!」にこは真姫を向いて唇に指をあててみせる。
ふたりは絵里が起き出さないか気にしたが――彼女はなにか寝言をもらしたものの、そのまま眠り続けた。
「……ニコちゃん、そんなこといっちゃダメよ」
真姫は声を落としていった。そして。
「……自分を悪くいっちゃダメ」
さとすように続けた。
真姫の言葉はにこの心にゆっくりと染み渡った。
「……ごめん。私……その、自信、なかったから……」
にこは目頭が熱くなるのを感じる。
「ニコちゃんはすごいわ。努力ができることがそう。それに、後輩思いのところも……。さっきだって、わたしに、曲はみんなのためって……。アイドルへの情熱も、キャラ作りも……。もちろん、歌も踊りも、ね」
真姫は優しく微笑んだ。にこはなにもいえなかった。
真姫の瞳が暗がりのなかで輝いていた。
しばらくふたりの間に沈黙が流れた。外からは虫の声。遠くからはせせらぎの音も聞こえた。
やがて真姫が口を開いた。
「ニコちゃん、努力してて……その甲斐はあったと思うの。ニコちゃん、前より……μ'sに入ったばかりのころより、ずっと成長してると思うわ」
「お世辞じゃないでしょうね」
にこは恥ずかしくて冗談めかしていう。
「どうしてお世辞、いわなくちゃいけないのよ」
真姫もそれに応じた。
「そっか。ごめんね」
ふたりはくすくすと笑いあった。
そして真姫は続ける。
「……ほんとよ、ニコちゃん、体力ついてるし、ダンスもよくなったわ」
「ありがと」
にこは素直に礼をいった。寝返りを打って真姫の反対側を向いて――そっと涙をぬぐった。
・
今度こそ寝てしまったかなと、にこが思っていると。
「そういえば……」
真姫が話し始めた。
「智也くんとは、どうなの」とささやく。
「どうって……」
にこは真姫に背中を向けたまま口ごもった。
「……別に、なにもないわよ」
「でも、昨日……なにかあったでしょ。急いで帰ったりして……」
「……気付いてたのね、やっぱり」
にこは昨日のことを――展望スペースでのことを思い出した。しばらく逡巡したが、ごろりと真姫のほうへ体を向ける。
「よく、わかんないのよ……」
「わかんないって?」
「昨日……あいつの演奏会に行ってきたの。終わったあとで……その……」
にこはまた、続けるべきかどうか悩んだが――もし相談できるとしたら相手は真姫しかいないと思った。にこは腹をくくった。
「ふたりっきりになって、なんとなくちょっと、それっぽい雰囲気に、なったんだけど……」
いったん口ごもったにこを、真姫は無言でうながした。
「……でも、あいつ、なにもいわなくて……。あいつ……私のこと、どう思ってるのか、気になるのよ」
ああ、もう、恥ずかしいわね。この暗さなら……顔が赤くなっても、わからないのはありがたいわ。あ、そもそもパックしてるわね……。
「あきれた。それって……もう、答え、出てるようなもんじゃないの」と真姫。
「はあ?」
なによ、それ。
「……ニコちゃんは、彼のこと……どう思ってるの?」
「どうって……別に、単なる、そのファンのひとりよ。せいぜい友達ね」
「ふーん」
真姫は面白そうに微笑んだ。にこはすこしだけ腹が立った。
「……でも、ニコちゃんがかわったって、さっきわたし、いったけど……」
「……けど?」
「わたしがいうのも、あれだけど……ニコちゃん、その……可愛くなったと思うわ。……とくに最近」
「へっ?」にこは思わぬ話に不意を突かれた。「どういうこと?」と聞き返す。
逆に真姫のほうが戸惑っているようだった。ようやく口を開く。
「……雰囲気がかわった、っていうのかしら。最初のころは……ずっと、張り詰めてた感じだったでしょ」真姫は思い出すようにいった。
「……そうかもね」にこも同意する。
「でも、最近は……余裕ができたっていうか……。それに、ときどき、そわそわしたり、うきうきしたりしてる感じが、わかって……。素敵だと、思うの」
真姫は寝袋を引っ張り上げて顔を半分、かくした。
にこは嬉しかったが、どう答えていいのかわからなくて――黙っていた。それを非難と取ったのか。
「……もちろん、真剣なときは、それはそれで、格好いいのよ」そう付け加えた。
「……ありがと」
「それでね、もしかして、それって……彼のせい、なのかもって」
真姫は寝袋から顔を出して微笑んだ。
「……そうなのかしら」
「ニコちゃん、これだけ変われたんだから……。自分のことも、素直になってみたら」
真姫はそういって上を向いた。
素直に、か……。
「……いろいろありがとう」
にこはしばらくしてそれだけ答えた。
それ以上はふたりとも話さなかった。やがて真姫の寝息が聞こえてきた。さまざまな思いが交錯して、にこに眠りが訪れたのはもうすこしあとだった。
夢のなかで――にこは優しいピアノの音を聞いたような気がした。
・
翌朝、にこが目を覚ますと、テントのなかに真姫の姿はなかった。
絵里と一緒に別荘へ戻る。別荘の居間では、真姫とことり、海未が思い思いの格好で眠っていた。そのかたわらには五線譜と歌詞ノート、衣装のスケッチ。
無事にできたみたいね。にこの胸は温かくなった。
・
三人が目覚めたあと、メンバーでさっそく新曲の練習をして、午後に帰路についた。
最寄りの駅から電車に乗る。
メンバーたちは最初のうちこそ、はしゃいでいたがそのうち疲れが出たのか、ひとり、またひとりと静かになっていった。
にこがとなりを見ると、真姫もうつらうつらしている。にこは微笑んだ。
そして窓の外を眺める。
帰ったらあいつに電話しようかしら……。にこは彼に合宿について話すのを、楽しみにしていることに気付いた。
そして、一昨日も彼のことを考えながら車窓を眺めたことを思い出す。あれからまだ二日しか経っていないのが、うそのようだった。
私は、あいつのこと……ううん、まだ、よくわからないけど……。でも、いつまでもこのままじゃ、いけないわよね。
だんだんと都会に近付いていく景色のなか、にこの心はさまよい続けた。