ときめきのアンサンブル ~ Story of Nico   作:Kohya S.

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13. 合宿

 翌日、にこは早起きして集合場所の秋葉原駅へ向かった。幸い遅刻者は出なかった。

 何度か乗り換えて合計一時間半ほど電車に揺られ、真姫の別荘の最寄り駅に到着した。そこからはバスで十分ほど。

 真姫の別荘は、以前に行った海辺の別荘と同じく豪勢だった。

 

 さっそく、真姫と海未、ことりはそれぞれ作曲、作詞、衣装作りに取り掛かった。残りのメンバーは練習を開始した。

 

 しかし――しばらくして三人が音を上げた。ラブライブ予選の新曲ということでプレッシャーを感じてしまったらしい。

 そこでメンバーはくじ引きをおこなって三班にわかれ、三人をそれぞれサポートすることにした。

 

 くじ引きの結果、にこは絵里とともに真姫の作曲を手伝うことになった。

 

        ・

 

「で、どうして別荘があるのに、そとでテント張らなきゃいけないのよ!」

 にこは、なぜか別荘の庭に設置されたテントで毒づいた。

「すこし距離、取らないと、三班にわけた意味ないでしょ。ちょうど別荘にテントもあったし」と絵里。

「こんなので本当に作曲できるの?」

 にこは聞く。

「わたしはどうせあとで、ピアノのところに戻るから」

 真姫は五線譜を片手になにか書き込んでいる。

「はあ」

 にこはため息をついた。

 

 まあ、真姫の助けになれば、なんでもいいけどね。

 

 とりあえず五線譜とにらめっこしている真姫を見守った。絵里も同様だ。

 しばらくして手が止まったようなので、体育座りのにこは聞いてみる。

「詞がなくても、作曲、できるもんなの?」

 真姫は顔を上げた。

「……そうね、詞から作ったり、曲から作ったりだけど……。今回は別々に作ってるから……」

 真姫は上を向いて考える。

「最後に海未といっしょにあわせなきゃ、だと思うわ」

「ふーん、たいへんなのね」

 にこは笑いかけた。

「ま、まあね」真姫も笑う。「……でも、海未とずいぶん曲を作ってきたから……。なんとなく、どんな感じになりそうか、わかるのよね。きっと、うまくいくと思うわ」

「そっか」

 真姫はまた譜面に顔を戻した。小さい鼻歌が聞こえてきた。

 絵里はそんなふたりを面白そうに見つめていた。

 

 こころもち暗くなってきた気がして、にこはテントの外に出た。日がやや傾いてきていた。

 テントのなかに頭を突っ込んで、ふたりに聞く。

「ねえ、夕ご飯、どうするのよ」

「管理人さんに頼んでおいたから、別荘にすこし食材があるはずだけど……」と真姫。

「へえ、準備がいいのね」

「じゃあ、そろそろ食事でも作りましょうか。真姫がすこしでも進めるように」

 絵里はそういって笑った。

 

 絵里とふたりで別荘に戻って食材を確認してみる。米は当然として、根菜類などの日持ちする野菜に、冷凍の肉。

「これは……カレー作れ、っていってるようなものね」

「そうね……。ビーツがあれば、ボルシチもできるけど……」

 探すとしっかりカレーのルーも用意されていた。

 

 ふたりで準備を始めた。米を炊飯器にかけて、その他の食材を調理していく。

 鍋が沸騰したのであくを取って本格的に煮込み始めた。このまま待つだけだが、さすがに火のそばからは離れないほうがいいだろう。

 

「絵里、あとは見てるだけだから、やるわよ」

「そう? 悪いわね」

 絵里はいったんテントに戻った。

 

 にこは手持ち無沙汰になったので――智也にメールを書き始めた。昨日会ってからまだ一日だが、ずいぶん長い時間がたっているような気がする。

 合宿に来ていること、料理中であることなどをメールした。

 

 もう一度、鍋からあくを取る。このひと手間で、おいしくなるのよね……と思う。

 

 スマートフォンが軽快な音を立てた。メールを開いてみる。

 智也からの返信には、ねぎらいの言葉と、あとで料理をごちそうしてほしいことなどが書かれていた。にこは微笑ましくなった。

 

 料理ね。あいつ、なにが好きなんだろ。ときどき妙に子供っぽいから、ハンバーグとか、かしらね……。

 

        ・

 

 一時間ほどあと。にこはふたりを呼びに行った。ほかのメンバーは帰ってくるようすはなかった。それぞれなにか食べているのだろう。

 

 別荘のダイニングキッチンで食卓を囲んだ。

「ありがとう、絵里、ニコちゃん。おいしいわ」と真姫。

「どういたしまして」絵里が笑う。

「まあ、カレーなんて誰が作っても同じだけどね」

 にこは茶化すようにいった。

「あら、そんなことないわよ」

 絵里はすこしむきになる。

「……ふたりとも、本当においしいわよ」

 真姫がもう一度いった。

「……そうね」

「ええ」

 

 食後の洗い物は絵里とふたりで片付けた。真姫は「わたしも食器洗うくらい、できるわよ」といったものの、作曲に集中してもらうことにしてテントに戻らせた。

 

 ふたりが別荘から出ると、西の空は茜色に染まっていた。

 

 にこは思いついて絵里に先に行ってもらう。別荘へ取って返して暖炉のところから(まき)を取った。()き付けの細い薪と着火剤、ライターも持つ。さらにキッチンに立ち寄ってサツマイモを何個かいただいた。洗ってアルミホイルで包む。

 

 テントにつくと薪を適当に組んで火をつけた。最初はなかなかうまく燃えず苦戦したものの、やがて安定して炎を上げ始めた。

 

 ふふん、私もなかなかやるじゃない。

 

 ころあいを見計らって炭になった薪のなかにイモを投入した。

 

 空はどんどんと暗くなっていく。炎がテントにゆらゆらと光と影を投げかける。

 テントから絵里と真姫が顔を出した。

「あら、なにしてるのかと思ったら……」

「素敵ね」

 

 焚き火を囲んでしばらく三人で談笑した。夜はゆっくりと更けていった。

 

 途中、絵里が暗いところが苦手なことが判明したりして――絵里はテントに戻り、LEDランタンを灯して焚き火が消えたあとの明かりを確保していた。にこと真姫は顔を見あわせて笑った。

 

 ふとした弾みに炎が小さくなって、にこはあわてて火に息を吹きかけた。実は私も、暗いのちょっと苦手なのよね、と思う。

 

 真姫はくすりと笑った。

「まったく。こんな三年生のために、曲、考えるほうの身にもなってよ」

「え……いま、なんていった?」

 にこは聞き返す。

「いま、三年生のため、っていったわよね」

「だったらなによ」と真姫。

「はあ」にこはため息をついた。「そうじゃないかと思ってたのよね。三年生のためにいい曲作って、三年生のために勝とう、って……」

「そ、そんなこと……」

 真姫は顔をそらした。

 にこはたき火を見つめていう。

「……曲はいつも、どんなときも、全員のためにあるのよ」

「……な、なに偉そうにいってんのよ」

「部長だもん、当たり前でしょ」

 にこは胸をそらした。

 

 そろそろ頃合いだろう。にこは焚き火のなかからイモを引っ張り出した。真姫に差し出す。

「これは?」

 真姫は物珍しそうに眺める。

「焼き芋よ。焚き火といったら焼き芋でしょ」

 真姫は恐る恐るといったようすで受け取った。

「うわ、あちちっ」

 ふうふうと息を吹きかける。そしてふたつに割った。

「はい……」と片方をにこに差し出した。

「あ、ありがと」

 にこは微笑む。真姫も笑みを浮かべた。

 ふたりで焼き芋を頬張(ほおば)った。

 

「……食べたわね。食べた以上は、ニコを一番、目立つようにしてよ。三年生なんだし!」

「なによそれ、台無し」

「なにが台無しなのよ!」

「台無しだから台無しっていったの!」

「なんですって、焼き芋、返しなさい!」

 

 いつの間にか絵里がテントからのぞいていた。にこと真姫はばつの悪い思いで顔を見あわせた。

「……絵里も食べる?」とにこ。

「ええ、いただくわ」

 三人でそろって焼き芋を食べた。

 

「……さすがに、眠くなってきたわね」

 にこはあくびをした。

 時間はまだそれほど遅くないはずだが、日中の疲れが出ているのだろう。それにおなかもくちくなった。

「そろそろ寝ましょうか」と絵里。

 

 にこは別荘からバケツに水をくんできて焚き火を始末した。

 

 テントに入り寝袋に潜り込んだ。にこはキュウリパックも忘れない。

「じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 三人は口々にいい、絵里がLEDランタンを暗くした。消さないのね、とにこは微笑ましく思った。

 

        ・

 

 いざ眠りにつこうとしたものの――にこはなかなか寝付けなかった。時間が早いせいもあるのかもしれない。

 絵里は規則正しい寝息を立てていた。真姫は――なんとなく起きている気配がする。

 

「……真姫。起きてるの?」

 にこはささやいてみる。

「……ええ。ニコちゃんも?」

 真姫がささやき返した。

「なんとなく眠れなくてね」

「わたしも……曲のことが、気になってるのかも知れないわ」

「明日になれば、なにか思いつくわよ」

「だといいけど……」

 真姫は軽いため息をついた。

 

 しばらくはふたりとも無言だった。

 

 にこが、寝てしまったのかな、と思い始めたとき。

「ニコちゃん……いろいろ、がんばってるでしょ」

 真姫がつぶやいた。

「いろいろって、なによ」

「……μ'sの練習のほかに、自主トレ、してるでしょ」

 にこはどきりとした。

「……気付いてたの?」

「朝練のときに、ひと走りしてきた感じだったし、来る方向も違うし……。おやすみの日に走ってるのを見かけたこともあるわ」

「参ったわね、秘密にしてたのに……」

 にこは嘆息する。

 

 別に知られたからといってなにが悪いということはないのだが――泥臭くて恥ずかしい気がするのだった。

 

 真姫は寝返りを打ち、にこのほうへ向いた。

「わたし、すごいと思うわ」

 にこは上を向いたまま答える。

「……あんたたちがすごいのよ。私、正直いって、驚いたわ。あんたたちがμ'sを結成して……あんなにすぐに、上達するなんてね。ダンスも、歌も」

 にこはいったん口を閉じた。

 

 穂乃果、ことり、海未の三人から始まった、半年前のあの日のことが思い出された。そして花陽、凛、真姫。みな驚くほどの才能だと感じた。もちろん絵里と希も。

 

「……私みたいな……その、凡人には、努力するしかないのよ」

 ぽつりとつぶやいた。

「そんなことない!」

 真姫が間髪を入れずいった。すこし声が大きくなる。

「しーっ!」にこは真姫を向いて唇に指をあててみせる。

 

 ふたりは絵里が起き出さないか気にしたが――彼女はなにか寝言をもらしたものの、そのまま眠り続けた。

 

「……ニコちゃん、そんなこといっちゃダメよ」

 真姫は声を落としていった。そして。

「……自分を悪くいっちゃダメ」

 さとすように続けた。

 真姫の言葉はにこの心にゆっくりと染み渡った。

 

「……ごめん。私……その、自信、なかったから……」

 にこは目頭が熱くなるのを感じる。

「ニコちゃんはすごいわ。努力ができることがそう。それに、後輩思いのところも……。さっきだって、わたしに、曲はみんなのためって……。アイドルへの情熱も、キャラ作りも……。もちろん、歌も踊りも、ね」

 真姫は優しく微笑んだ。にこはなにもいえなかった。

 真姫の瞳が暗がりのなかで輝いていた。

 

 しばらくふたりの間に沈黙が流れた。外からは虫の声。遠くからはせせらぎの音も聞こえた。

 

 やがて真姫が口を開いた。

「ニコちゃん、努力してて……その甲斐はあったと思うの。ニコちゃん、前より……μ'sに入ったばかりのころより、ずっと成長してると思うわ」

「お世辞じゃないでしょうね」

 にこは恥ずかしくて冗談めかしていう。

「どうしてお世辞、いわなくちゃいけないのよ」

 真姫もそれに応じた。

「そっか。ごめんね」

 ふたりはくすくすと笑いあった。

 そして真姫は続ける。

「……ほんとよ、ニコちゃん、体力ついてるし、ダンスもよくなったわ」

「ありがと」

 にこは素直に礼をいった。寝返りを打って真姫の反対側を向いて――そっと涙をぬぐった。

 

        ・

 

 今度こそ寝てしまったかなと、にこが思っていると。

「そういえば……」

 真姫が話し始めた。

「智也くんとは、どうなの」とささやく。

「どうって……」

 にこは真姫に背中を向けたまま口ごもった。

「……別に、なにもないわよ」

「でも、昨日……なにかあったでしょ。急いで帰ったりして……」

「……気付いてたのね、やっぱり」

 

 にこは昨日のことを――展望スペースでのことを思い出した。しばらく逡巡したが、ごろりと真姫のほうへ体を向ける。

 

「よく、わかんないのよ……」

「わかんないって?」

「昨日……あいつの演奏会に行ってきたの。終わったあとで……その……」

 にこはまた、続けるべきかどうか悩んだが――もし相談できるとしたら相手は真姫しかいないと思った。にこは腹をくくった。

「ふたりっきりになって、なんとなくちょっと、それっぽい雰囲気に、なったんだけど……」

 いったん口ごもったにこを、真姫は無言でうながした。

「……でも、あいつ、なにもいわなくて……。あいつ……私のこと、どう思ってるのか、気になるのよ」

 

 ああ、もう、恥ずかしいわね。この暗さなら……顔が赤くなっても、わからないのはありがたいわ。あ、そもそもパックしてるわね……。

 

「あきれた。それって……もう、答え、出てるようなもんじゃないの」と真姫。

「はあ?」

 なによ、それ。

「……ニコちゃんは、彼のこと……どう思ってるの?」

「どうって……別に、単なる、そのファンのひとりよ。せいぜい友達ね」

「ふーん」

 真姫は面白そうに微笑んだ。にこはすこしだけ腹が立った。

 

「……でも、ニコちゃんがかわったって、さっきわたし、いったけど……」

「……けど?」

「わたしがいうのも、あれだけど……ニコちゃん、その……可愛くなったと思うわ。……とくに最近」

「へっ?」にこは思わぬ話に不意を突かれた。「どういうこと?」と聞き返す。

 

 逆に真姫のほうが戸惑っているようだった。ようやく口を開く。

「……雰囲気がかわった、っていうのかしら。最初のころは……ずっと、張り詰めてた感じだったでしょ」真姫は思い出すようにいった。

「……そうかもね」にこも同意する。

「でも、最近は……余裕ができたっていうか……。それに、ときどき、そわそわしたり、うきうきしたりしてる感じが、わかって……。素敵だと、思うの」

 真姫は寝袋を引っ張り上げて顔を半分、かくした。

 にこは嬉しかったが、どう答えていいのかわからなくて――黙っていた。それを非難と取ったのか。

「……もちろん、真剣なときは、それはそれで、格好いいのよ」そう付け加えた。

「……ありがと」

「それでね、もしかして、それって……彼のせい、なのかもって」

 真姫は寝袋から顔を出して微笑んだ。

「……そうなのかしら」

「ニコちゃん、これだけ変われたんだから……。自分のことも、素直になってみたら」

 真姫はそういって上を向いた。

 

 素直に、か……。

 

「……いろいろありがとう」

 にこはしばらくしてそれだけ答えた。

 

 それ以上はふたりとも話さなかった。やがて真姫の寝息が聞こえてきた。さまざまな思いが交錯して、にこに眠りが訪れたのはもうすこしあとだった。

 

 夢のなかで――にこは優しいピアノの音を聞いたような気がした。

 

        ・

 

 翌朝、にこが目を覚ますと、テントのなかに真姫の姿はなかった。

 絵里と一緒に別荘へ戻る。別荘の居間では、真姫とことり、海未が思い思いの格好で眠っていた。そのかたわらには五線譜と歌詞ノート、衣装のスケッチ。

 

 無事にできたみたいね。にこの胸は温かくなった。

 

        ・

 

 三人が目覚めたあと、メンバーでさっそく新曲の練習をして、午後に帰路についた。

 最寄りの駅から電車に乗る。

 

 メンバーたちは最初のうちこそ、はしゃいでいたがそのうち疲れが出たのか、ひとり、またひとりと静かになっていった。

 にこがとなりを見ると、真姫もうつらうつらしている。にこは微笑んだ。

 

 そして窓の外を眺める。

 帰ったらあいつに電話しようかしら……。にこは彼に合宿について話すのを、楽しみにしていることに気付いた。

 そして、一昨日も彼のことを考えながら車窓を眺めたことを思い出す。あれからまだ二日しか経っていないのが、うそのようだった。

 

 私は、あいつのこと……ううん、まだ、よくわからないけど……。でも、いつまでもこのままじゃ、いけないわよね。

 

 だんだんと都会に近付いていく景色のなか、にこの心はさまよい続けた。

 

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