ときめきのアンサンブル ~ Story of Nico   作:Kohya S.

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14. 最初のデート

 合宿の帰り、メンバーは秋葉原駅で解散した。

 

「ただいま」

 にこは自宅の扉を開けた。妹のここあが出迎える。

「お帰りなさい、お姉さま」

「ただいま、ここあ。いい子にしてた」

「はい!」

「えらいわね」にこは頭をなでる。

 こころと虎太郎も走り寄ってきた。

「おみやげー」

「はいはい」

 にこは別荘の駅前で買ったご当地お菓子を取り出す。

「はい、地域限定よ」

「ちいきげんてー」

 虎太郎はお菓子を抱えて居間に走っていった。

 

 着替えて荷物を整理したり、弟妹の相手をしたり、母を手伝って夕食を作ったりするうち、いつの間にか夜はふけていった。

 入浴して自室に戻ると眠気が襲ってきた。

 

 すこしだけ……。と、にこはクッションに身を投げた。

 

 寒さを感じて体を起こす。

「うう、寒い。……あれ、いま何時かしら」

 そういえば智也にも電話していなかった。

 ふと見ると、机の上にほうり投げてあったスマートフォンのLEDが、暗い部屋のなかでにぶく光っていた。

 

 スマートフォンを開くと智也からのメールが届いていた。時刻はすでに午前零時近かった。

 メールを開く。合宿へのねぎらいと、何時でもいいのでよかったら電話してほしいと書かれていた。

 さすがにちょっと遅いかしら……。ちらっとそう考えたが思い切ってそのまま発信した。

 

 呼び出し画面を見ながら――にこはいつになく緊張していることに気付いた。

 いつもよりすこしだけコールが長く鳴った。

「はい」と彼の声。

「あ……」

 にこは声を聞いたとたん、急に彼に会いたくなった。返答に詰まる。

「……ごめん、遅くなって」

 なんとかそういった。

「いや、わざわざ電話してくれて、ありがとう。合宿、帰り、遅かったの?」

「そうでもないんだけど、ちょっと寝ちゃってて」

「そうなんだ」彼は軽く笑った。「お疲れさま」

「うん、ありがと」

「曲、できた?」

「まあね。ばっちりよ」

「さすがだね。……今度、聞かせてほしいな」

「ラブライブの予選でやるわよ。……見に来なさいよね」

「うん、もちろん行くよ。……予選突破、期待してるから」

 彼の口調は熱を帯びていた。

「任せなさい!」

 にこは自信たっぷりに電話口で胸を張った。

 

 彼は一転して抑えた口調になる。

「それで……この前のことだけど」

 この前……なんだろ。今度どこかに行く話? それともおとといのこと? 料理のことかしら。心当たりが多すぎて、にこは迷った。

「ほら、動物園の帰りに……」

 ああ、おとといのことじゃなくて、よかったわ。にこはすこしほっとする。

「……ニコちゃん、忙しいと思うから……いつでもいいから」

「……いつでもよくないわよ」

 にこは思わずそういっていた。赤面する。電話でよかったわ、と思った。

「えっ」と彼。

「なに、それじゃ、ずーっと先でもいいの?」

「それは、困るけど……」

「……都合がついたら、連絡するから。……その、なるべく早く」

 最後のほうは小声になった。

「……ありがとう。待ってるから」彼は穏やかにいった。

「ええ。……それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 にこは電話を切った。

 

 はあ、思わずいっちゃっけど。まあでも、会いたかったのは、本当なのよね……。

 

        ・

 

 翌日から新曲の練習を続けた。ラブライブの予選まで二週間を切っていた。練習はきびしくなり、にこは自主トレを中止せざるを得なかった。

 

 また、いよいよラブライブの予選の詳細が発表された。

 予選は各チームが希望する場所で配信してよいことになった。もちろん主催者が用意するスタジオから配信することもできるのだが、せっかくなら独自色をアピールしたい、ということでμ'sメンバーの意見は一致した。

 場所についてメンバーは悩んだが妙案は出ず――結局、ひょんなことから出会ったA-RISEの提案を受け入れ、UTX高校を配信場所として借りることになった。

 

 翌週の月曜日。次の日曜日に控えた予選までの練習スケジュールが決まった。当然、毎日が練習だったがライブの前日の土曜日は休養日になった。

 月曜日の放課後、にこは智也に連絡して御茶ノ水駅近くのファミリーレストランで待ち合わせた。

 

 智也は先に来ていてプリンを食べていた。

「あ、ニコちゃん。久しぶり」

 彼とは先週、定期演奏会で会って以来だった。プリン、気にいったみたいね、と思う。

「元気だった?」

 にこは席に座る。

「うん。ニコちゃんも元気そうだね」

「まあ、毎日、忙しいけどね」

 にこは上を向いてわざとらしくため息をつく。

 そんなにこを見て智也は笑った。

「ラブライブ予選、来週だもんね」

「そうね、いよいよだわ」

 にこは背筋を伸ばした。

「応援してるよ」

 彼もうなずいた。

 

 にこはやってきた店員にプリンを頼む。

 

「それで……その、この前の予定の話、だけど」にこは目を落とす。「予選の前日、休養日なのよ。その日なら、付き合ってあげなくもないわ」

 そういいながら顔がほてるのを感じた。

「えっ。嬉しいけど……前日で、大丈夫なの」

 彼は案じるようにいった。にこは彼に視線を戻した。

「なにしてもいいのよ。そのための休養日よ」

 にこはすこしむきになる。

「ありがとう」彼は顔を赤らめているようだ。「じゃ、よろしくお願いします」

 しますは、いらないわよ。にこは心のなかで笑った。

「どこに行くか、決めといて」

「わかった」彼は破顔した。

「せっかくだから、楽しいとこに、しなさいよね」

 

 ふたりでプリンを食べて、合宿のことや、A-RISEに会ったこと、配信場所がUTX高校になったことなどをしばらく話した。

 

        ・

 

 週のなかばのある日の夜に、にこは智也と行き先について電話で話した。

 

「土曜日だけど……」と智也。

「……決まった?」

「あまりあれだとニコちゃん、疲れちゃうと思うから……」

 なによそれ、余計なお世話よ。そう思いながらも気遣いは嬉しかった。

「遊園地とか、カラオケとか、行きたいんだけど……」

 

 遊園地はまだしも、カラオケって……次の日、ライブよ。

 

「……水族館、とかどうかな」

「動物園じゃなくて、水族館ね」

 にこはくすりと笑った。

「……子供っぽいとか、思ってる?」

 ちょっとすねたように彼はいった。

「ぜんぜんよ」

 にこはなだめるようにいった。まあ、すこしそう思ったけど、ね。

「いいんじゃない」という。

 彼はほっとしたように続ける。

「それで、待ち合わせだけど……御茶ノ水駅近くの、Sシティって知ってる?」

 にこは名前には聞き覚えがあった。たしか駅近くの複合施設で、その近くの店には花陽や凛と、ときどき行っていた。

「ええ、知ってるわよ」

「じゃあ、そこの広場で……。午後からがいいかな。一時くらいで、どう?」

「わかったわ」

「よろしく。それで……」

 彼はしばらく間をおいていった。

「……楽しみにしてるから。おやすみなさい」

「……おやすみ」

 にこがいうと彼は電話を切った。

 

 電話が切れてから――にこはさきほどいえなかった台詞をぽつりとつぶやいた。

「……私も、よ」

 

        ・

 

 土曜日。

 幸い母も休みだったので、にこは久しぶりに遅くまで寝ていた。昼近くになって起き出す。天気はよく晴れているようだった。

 軽く朝昼兼用の食事をとってから準備を始めた。

 自室のクローゼットを開ける。

 

 どうしようかしら……。今日は……デート、なのよね。

 

 さんざん悩んで、結局、ウエスト部分が絞られたシンプルな黒のワンピースにした。襟と袖は白でアクセントになっている。

 

 あまり自信ないけど……。まあ、こんなもんでしょ。

 

 最後に化粧をして、フローラル系のトワレをつけた。

 時計を見るとすでに一時を過ぎていた。

 

 げっ、まずいじゃない。近いからって油断したわね。

 

「いってきまーす」

 あわてて家を飛び出した。

 

 外は日差しこそ強いものの風は涼しく、秋の気配を感じさせた。

 

 待ち合わせ場所までは数分の距離だ。速足で歩いたものの、にこは十分ほど遅れてしまった。

 エスカレーターを降りて地下一階の広場へ。

 見渡すと日陰のベンチに智也が座っていた。にこはあわてて駆け寄る。

 彼は淡いブルー系のTシャツにオフホワイトのスキニーパンツ、それに薄手のネイビーのテーラードジャケットをあわせていた。

 

「ごめんね、遅くなっちゃって」

「あ、ニコちゃん」

 彼は顔を上げた。

「……さっき来たところだよ。……でも、珍しいね、遅れるなんて」

「た、たまにはそういうこともあるわよ」

 服を選んでたから、なんて、いえるわけないじゃない。

「とにかく、ごめんね」

「ぜんぜん」

 彼は立ち上がり、にこをまぶしそうに見つめた。

「それで……今日は、どうもありがとう」

 すこし照れたようすで続けた。

「……ま、まあね。感謝しなさいよね」

 にこは腕を組んでそっぽを向いた。

 

 あーあ、私、素直じゃないわね。ま、仕方ないか……。

 

 にこは気を取りなおす。

「さっさと行きましょ。今日は案内、してくれるんでしょ」

 くるっとエスカレーターのほうへ振り返った。スカートの裾がふわりと舞い上がった。そのまま歩き始める。

 智也は一瞬、その姿を見つめたが――。

「はい!」

 にこのあとを急いで追った。

 

「で、どこに行くのよ」

 歩きながらにこは聞く。

「えーと、S水族館、ってところなんだけど」

「あら、聞いたことあるわね」

「もしかして、行ったことある?」

「いいえ、ないわ」

「それならよかった」

 彼は得意そうな笑みを浮かべた。

 

        ・

 

 彼の案内で川を渡り、近くの駅から地下鉄に乗った。十分ほどでターミナル駅につく。

 

 ふたりは駅から出て歩き始めた。週末とあってかなりの混雑だ。

「ちょっと歩くけど」と智也。

「大丈夫よ。鍛えてるから」

「そうだね」彼は笑った。「……ニコちゃん、このへん、よく来たりするの」

「……あまり来ないわね。買い物だと、どうしても秋葉原の近くが多いし」

 

 絵里とか希とかは、来てるのかしら。

 

「そうなんだ。スクールアイドルショップとかも、ちらほらあるみたい。秋葉原ほどじゃないけど」

「へえ、そうなのね」

 にこはすこし興味をひかれる。

「……寄ってく?」

「……今日は、いいわ」

 にこは首を振った。

 

 通りをしばらく歩いてから、エスカレーターで地下に下りた。さらに地下通路を進むと商業施設へとつながっていた。そのなかを抜けていく。

 エレベーターで上層階に上がると水族館の入り口だった。

 

 チケット売り場には行列ができていた。

「僕が並ぶけど……」と智也。

「いいわよ、いっしょに並ぶわよ。退屈でしょ」

 

 列はゆっくり進んだ。

「あら、プラネタリウムもあるのね」

 にこは気付いていう。

「そっちにする?」

「ずいぶん待つみたいだし……。今度にしましょ」

「今度?」

 彼がにやりと笑った。

「……今度、真姫といっしょに来ようかなって、思ったのよ」

 にこはつんと顔をそむけた。

 

 ようやくカウンターの前につく。

「大人、二枚で」

 にこがなにかいう前に彼がチケットを買った。チケットを受け取り列から離れた。

 

「……おごりなの?」とにこ。

「もちろん」

「あ、ありがと」

 にこがいうと彼は笑った。にこの全身をちらりと眺める。

「……大人一枚、中学生一枚でも、大丈夫だったかな?」

「……あんたねえ」

 にこは低い声でいって、水族館の入り口のほうへすたすたと歩き始める。

「あ、ごめん」

 彼が追ってきた。にこは振り返る。

「冗談でも、それは今後、いっちゃだめよ」

 人差し指を立ててそれを振りながら、叱るようにいう。

「うん、ごめん」

 彼は肩を落とし下を向いた。

 意気消沈したようすが面白くて、にこは「……ふふっ」と笑う。

「……いきましょ」と彼に微笑みかけた。

「はい!」

 彼は顔を上げた。

 

        ・

 

 ふたりで入り口から水族館のなかへ入った。

 館内は青系統の色で統一されていた。それぞれの魚の生息場所別に水槽が用意されているらしい。順路をゆっくりと進む。

 

 中央の巨大な水槽ではさまざまな魚が泳ぎまわっていた。それほど大きくない水族館のはずだが、なにか工夫されているのか、水槽は奥行きがあってそれを感じさせなかった。

 にこと智也はしばらく無言で水槽に見入った。

 

 しばらくするとアナウンスがあった。ラッコのエサやりがおこなわれるらしい。ふたりはラッコのコーナーへ行ってみる。

 水槽の前には大勢の子供たちがいて近付けなかったが、うしろからのぞき込んだ。

 二頭のラッコが飼育員から魚などを受け取り、水面に浮かんでくるくる回りながら食べていた。

 エサにはイカや魚の切り身、エビなどを与えているらしい。

 

「いいもん食べてんのね」

 にこがいうと彼は笑いながら「そうだね」と答えた。

 別に笑わなくたっていいじゃない。にこはふくれっ面をした。

 

 その先にはクラゲの水槽に囲まれたトンネルがあった。数え切れないほどのクラゲが青い水槽のなかで輝いていた。

「あら、素敵じゃない」

「うん」

 にこは上を見上げて歩いた。

 

 クラゲの大群を見ていると、にこは不思議な浮遊感におそわれた。そしてクラゲの一体を目で追ううちに、バランスを崩して――ふらりとよろけた。

 さっと、智也がうしろから片手を伸ばして支えた。

「大丈夫?」

 彼がにこの顔を覗き込むようにたずねる。

「……あ、ありがと」

 にこは体を起こした。顔が熱くなるのを感じた。

 

 階段を上って上層階へ。ここは海だけでなく川や湖の生物も展示されているらしい。カエルなどの両生類や、ヘビ、カメなどもいた。

 うん、カエルってちょっと可愛いとこ、あるわよね。にこはしばらくにらめっこした。智也はうしろでそれを面白そうに見ていた。

 

 下の階へ戻って今度は外へ出た。

 そこは広場になっていた。随所に熱帯風の木々が植えられている。

 中央の上空には、ドーナツ型のウォータースライダーのような水槽が設置されていた。どうやら水槽はその先の大きなプールとつながっているようで、アシカがすいすいと泳ぎ回っていた。

 

 ちょうどアシカのショーが始まるようなのでしばらく待った。席はうまっていたので立ち見で見物する。

 飼育員とともに二頭のアシカが出てきて挨拶した。子供たちがわいた。

 投げ輪を首でキャッチしたり、ジャグリングしたり、愛嬌のあるパフォーマンスが続いた。

 こういうの、久しぶりよね。にこは楽しくなる。

 

 ちらっとわきを見ると。智也と目があった。彼も白い歯を見せた。にこは気恥ずかしくなってアシカに目を戻した。

 ふと、にこの手が軽く握られた。にこはそのままショーを見続けた。頬がすこし赤くなるのを感じた。

 

 やがてショーが終わった。

「ありがとうございました」

 飼育員が手を振るのにあわせて、アシカもヒレを振った。

 

 彼が手を離した。

「面白かったね」と彼。

「そうね、たまにはいいわね」

 にこはそういいながら手に残る彼の感触がしばらく忘れられなかった。

 

 ふたりは広場の先へ進んだ。

 広場の奥のほうにはカワウソなど水辺の動物や巨大魚、ペリカン、そしていつかの動物園と同じくペンギンもいた。やっぱりことりに似てると思うんだけど、とにこはペンギンを見ながら思った。

 

 案内板によると、その先がいよいよ出口らしい。

「どう、楽しかった?」

 智也がにこに話しかける。

「それはこっちの台詞よ」

「僕は……もちろん」そういって笑顔を浮かべる。

「そっか。……私も、まあまあ楽しかったわよ」

 にこも微笑んだ。

 

        ・

 

 水族館を出てエレベーターで下におりた。

「ちょっと休んでいく?」と智也。

「そうね」

 商業施設のフロアにあるカフェへと入った。

 

 パンケーキが売りらしいのでふたりでそれを注文した。

 雑談をするうちに注文が届く。パンケーキはふわふわの生地とクリーム、フルーツがよくマッチしていた。

 

 にこは彼の皿を見ていう。

「そっちもおいしそうね。ひとくちちょうだい」

「もちろん」

 にこはフォークをのばして一口いただく。

「うーん、ベリー系のほうがあってるかしらね……」

 彼がじっと見ていることに気付いていう。

「……あんたも食べていいわよ」

「……いただきます」

 彼も一口、にこの皿から持って行った。

「うーん、そうだね……バナナよりいいね」

 彼もうなずいた。

 

 食べ終えて会計へ向かう。

「僕が出すよ」と彼。

「いいえ、ここは私が払うわ」

 入場券、払わせちゃったしね、と思う。

「でも……」

「なにしろ先輩だしね。任せなさいよ」

「……」

 彼はすこし不満そうだったが、にこに譲った。

 

 カフェを出て、にこは彼に断ってトイレへ行った。用を済ませてから化粧をなおした。

 

 地下道を戻りエスカレーターで地上へ出る。日はかなり傾いてきていた。

 外に出たところのすぐわきには大型のホームセンターがあった。

「寄っていく?」と彼。

「そうね……」

 ちょっと楽しそうよね。

 

 パーティグッズや文房具、DIY関係に家庭用品など、いろいろなものが扱われていた。ふたりでおしゃべりしながら見てまわる。

 にこはキッチン用品、それにヘアケアやボディケア、コスメ関係を扱っているフロアが特に気になった。

 うろうろするにこに智也はついて回った。

「……つまらなくない?」と聞いてみる。

「大丈夫だよ」

 彼は微笑んだ。

 

 結局、なにも買わずにホームセンターを出た。空は赤く染まっていた。

「明日、ライブだし……そろそろ帰ろうか」と智也。

「そうね」

 相変わらず混雑する通りを駅まで歩く。

 駅から御茶ノ水まで地下鉄に乗った。

 

        ・

 

 御茶ノ水の駅を出た。にこはなじみの風景にすこしほっとした。あたりはすっかり暗くなり、西の空に残照が残るだけになっていた。

 

 ふたりは歩き始めた。

「ニコちゃんち、近くなんだっけ」と智也。

「そうね……でも、もうすこしいっしょに行くわよ」

 川を渡って駿河台下のほうへ。

 にこは足を速めなくてもいいことに――彼のほうが歩調をあわせてくれていることに気付いた。

 

 喧騒のなかをふたりで歩いた。ふたりとも無言だった。

 にこは彼と視線をあわせないまま彼の手を握った。彼も握り返した。

 

 大学のキャンパスのわきを行く。

「あ、そういえば……」にこは先に立った。「ちょっと寄っていきましょ」

 脇道にそれる。通いなれた道だ。

 

 ゆるい坂をすこし上ると、そこはいつも朝練をしていた公園だった。

 にこは公園のなかへ足を進めた。

 

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