ときめきのアンサンブル ~ Story of Nico   作:Kohya S.

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5. メイドさんに恋して

 新曲「これからのSomeday」の評判はまずまずで、μ'sのネット上での人気もすこしずつだが上がりつつあった。

 そんなとき大きなニュースが飛び込んできた。「ラブライブ!」が開催されるというのだ。ラブライブ!は各校のスクールアイドルが順位を競う、いわばスクールアイドルの甲子園だった。

 

 μ'sも当然、出場を願ったのだが、理事長からはひとつの条件が付けられてしまった。その条件とは、生徒である以上は勉強が本分ということで、メンバー全員の期末テストでの赤点回避だった。

 

 にこも学業には自信がなくきわめて危うい状況だったが、μ'sのメンバーや友人の東條(とうじょう)(のぞみ)の協力もあってなんとか赤点を回避することができた。

 

 そして、以前から穂乃果たちと因縁のあった、三年生で生徒会長の絢瀬(あやせ)絵里(えり)も、みずからのやりたいことを見つめなおし、希とともにμ'sに加わったのだった。

 μ'sは九人になった。

 

 九人になってからの新曲「僕らのLIVE 君とのLIFE」はその年のオープンキャンパスで披露された。

 二年前と違って、にこは智也を呼ぶことはできなかったが、撮影された動画はサイトで配信された。

 

「またよくなったみたいだね」

 動画配信が始まった日の夜、にこの電話に智也はいった。

「でしょ」

 にこは誇らしげにいう。

「特にダンスが良くなったと思うよ」

「……絵里がね、こだわりがあって……。びしびし鍛えるのよね」

 苦労したわね、と思う。でも、そのかいはあったみたいね。

「そうなんだ……。たしかに絢瀬さん、動きに切れがあるし、長身でスタイルもいいし、映えるよね」

 彼が思い出すようにいった。

「……」

 にこは無言。

「えっと、ニコちゃんもよくなってたよ」

「……お世辞じゃないでしょうね」

「もちろん。イントロの最後、ニコちゃんが前列に出てきてからの動きとか、切れがあったし……」

 彼は思い出すように間を置いて続ける。

「……サビのラスト、だいすきってポーズをとってから、星空さんと絢瀬さんと笑うところとか、可愛かったよ」

「……ありがと」

「そういえば、最後の決めポーズ、ニコちゃんが星空さんより、一瞬、速いような気がするんだけど……」

 にこは彼が良く見てくれていて嬉しくなる。

「ああ、あれはオケにあわせて、ずらしたの」

「そうなんだ」

 

 そんな彼にフィジカルな悩みを相談するか、にこはしばらく迷った。結局、今日はやめておく。

「……次のライブは、あんたも呼ぶからね」

「うん、楽しみにしてる」

 おやすみの挨拶をして電話を切った。

 

        ・

 

 九人になったμ'sはスクールアイドルのランキングサイトでも確実に順位を上げていた。

 絵里は特に女子への人気が高いらしく、それも貢献しているようだった。

 なんか悔しいわね、とにこは思う。ただ、絵里のダンスパフォーマンスは、にこも認めざるを得なかった。

 

 まあ、スタイルはどうにもならないとしてもね……。

 

 にこはすこしだけ早起きして、例の公園に回って無理のない範囲で自分だけのトレーニングをしてから神田明神に行くことにした。

 公園にはときどき智也が来ていて――ふたりが偶然出会うのは週に一度くらいだったが――それでも智也はにこに会える機会が増えたことを喜んでいた。

 

        ・

 

 そんなある日、μ'sのメンバーは放課後、秋葉原へ遊びに行った。

 そこで立ち寄ったスクールアイドルショップ――以前、智也と来た店だ――で、にこたちは思いがけないものを見つけた。

 それはμ'sのグッズだった。にこは感慨に目頭が熱くなった。

 

 意外に早く、現実になったわね……。あいつに報告しなきゃ……。

 

 そしてもうひとつ、意外な事実が明らかになった。ことりがメイドカフェでアルバイトをしていたのだ。それも一部のファンの間では「伝説のメイド」とまでいわれたミナリンスキーが、ことりなのだという。

 にこもミナリンスキーの名前は聞いたことがあった。直筆サインも持っている。

 

 ことりに事情を聞いてメンバーは納得したが、それでも驚きは大きかった。

 

 そんなことりに刺激を受けて絵里が路上ライブを提案した。メンバーも乗り気で――どうやら、にこの校外での初ライブは秋葉原で、ということになりそうだった。

 

        ・

 

 ライブの日程が決まり、にこは智也に伝えようとしたが――そのまま伝えたんじゃ面白くないわね、とにこは思った。

 

 それに、アイドルショップのこともあるしね。

 

 にこは智也にメールで連絡を取り、翌日の放課後に秋葉原駅で待ち合わせることにした。

 

 翌日。練習のあとなので時刻は遅いが、待ち合わせ場所は前回と同じだ。

 ほぼ時刻通りに、にこが秋葉原駅につくと智也はすでに来ていた。

 彼は前回と同じく制服姿だった。にこは、ほんのすこしだが彼の背がまた伸びているような気がした。

 彼に気付かれる前に「智也」と呼びかける。

「あ、ニコちゃん」

 彼は顔をほころばせた。

「その……待たせたわね」

「いま来たところ。……それで今日は、どうしたの?」

「まあ、ついて来なさい」

 にこは先に立って歩き出した。彼は不思議そうな表情で、それでも楽しそうについてきた。例のアイドルショップへ行く。

 

 μ'sのグッズが陳列されたコーナーの前でにこは振り向いた。髪を芝居がかってかき上げる。

「ふふん、見てみなさい」

 智也はにこの脇からスチールラックに近付いた。

「……これって、もしかして……」

 彼の目が輝いた。

「す、すごいね。いつの間にか、こんなに出てるなんて……」

「私も……さすがにちょっと、感動したわね」

 にこは彼の背中からいった。彼は真剣に選び始めた。

「僕、買ってきます!」

 彼はいくつかを持って――にこがのぞいていたようすだと、にこのグッズも選んでいたようだった――レジへ向かった。

 すこし恥ずかしいわね、とにこは思った。

 

 店を出て歩き出す。

「ところでこれ、権利関係とか、どうなってるのかな……」と智也。

「そのへん、よくわかんないわね……。理事長がなにかやってるのかしら……」

 まあ、あまり触れないでおきましょ。

 

「そうそう、もうひとつ、話があるのよね」

「話?」彼が首をかしげる。

「立ち話もなんだから……どこか行きましょ。おごるわ」

「ありがとう」

 

 にこはまた同じファーストフード店でよいかとも思ったが、せっかくなので近くのカフェを選んだ。

「ここにしましょ」

 店に入りドリンクを注文する。にこはカフェラテを、智也はコーヒーを選んだ。それらを受け取ってから席につく。

 

「それで、話って……」

 コーヒーもそこそこに智也が切り出した。まっすぐににこを見つめている。にこはそれを受け止めていった。

「ライブが決まったわ」

「えっ」彼の顔が輝いた。

「お、おめでとうございます」

「ございます、は、いらないわよ」

「……おめでとう、ニコちゃん」

 彼は満面の笑みで――それを見たにこも胸が温かくなった。彼に微笑みかける。

「……ありがと」

 

 にこはカフェラテを一口飲んでから続ける。

「ただ、ちょっと変則的なのよね……路上ライブなのよ」

「路上?」

「そ。今度の日曜日の夕方、交差点近くのビルのところ」

「面白そうだね。でも、どうして急に?」

「それがね……」

 にこは事情を説明した。ミナリンスキーがことりだったことも。

 

「えっ、ミナリンスキーさん?」

 彼が驚いたようにいった。

「あんた、知ってるの?」にこも驚く。

「そのメイドカフェで会ったことあるよ。二回くらい」

「へえ……。っていうか、ことりだって気付かなかったの?」

「南さん、動画でしか見たことないし、雰囲気も違ったし……」

 まあ、そうかもね、とにこは思う。

 

 気になったにこは聞いてみる。

「で、どんな感じだったの、ミナリンスキーさんは」

「うん、可愛かった。メイド服がすごくよく似合ってたし」

「へえ」

「接客も完璧で、なにより笑顔が素敵なんだよね」

「……ふーん」

 にこの目がだんだんときびしくなっていく。彼は気付かず続ける。

「清楚っていうのかな……ふんわりした感じで……」

「……」

「イベントで歌も歌ったらしいんだよね。聞きたかったな……」

「…………」

「そうなんだ、南さんが……」

 彼は遠くを見るような目でいった。

 

 にこは残っていたカフェオレを一気に飲み干した。

「……私、用事を思い出したわ」

 席を立って入口に向かう。

「あ、ニコちゃん!」

 彼の声が追いかけてきたが、にこは外に出た。

 そしてそのまま駆け出した。

 

        ・

 

 にこは遠回りしてから自宅に帰った。

 弟妹の世話をしているうちにあっという間に夜になった。その間も智也から電話やメールがあったようだが、にこはスマートフォンをマナーモードにして放り出しておいた。

 ようやく自室に落ちつく。

 

 クッションに座り込んで――カフェでの智也の言葉を思い出すと、胸がざわめくのだった。

 

 もう、どうしてこんなに気になるのかしら……。あいつがミナリンスキーさんのことを……ことりのことをどう思ったって、いいじゃない。

 でも……私よりことりが可愛いから、ニコちゃんのファン止めます、なんてことになったら……。

 

 スマートフォンがもう一度、LEDを瞬かせて鈍い音を立てた。仕方なくにこはスマートフォンのロックを解除する。

 智也から何通かのメールが届いていた。いきなり帰ったにこのことを心配するメール。

 ったく、とつぶやきながら、それでもにこは短い文面のメールを送信した。

 

        ・

 

 翌朝から、にこは例の公園に行くのは止めておいた。智也の顔を見ると、なにかいってしまいそうだったから。

 

 ライブが決まったことで練習はきびしくなった。

 作詞を任せられたことりはずいぶんと悩んでいたが、穂乃果や海未の手助けもあってなんとか詩を完成させた。

 

 ライブの数日前には、ことりがライブの衣装としてメイド服を持参した。基本は店の制服を借りたものだが、メンバーひとりひとりにあわせて、ことりがすこしずつ調整したらしい。その日はサイズの最終確認だった。

 

「はい、どうぞ♪」

 練習前の部室でことりが衣装を披露する。

「す、素敵です!」

「おおっ、いいやん!」

「凛にも似合うかな……」

 メンバーは大いに盛り上がった。

 

 にこも初めてメイド服に袖を通した。

 部室の鏡の前でくるっと回ってみる。フリルの入った黒いスカートと白いエプロンが舞い上がる。ふふっ、悪くないじゃない。にこは悦にいった。

 

 そのあとメンバーたちは屋上へ出た。

 

「ど、どうかしら」

 絵里が照れたように裾を上げてみせる。

「おぉーっ!」

 穂乃果が感動したようにいった。

 また、ことりの着こなしは板についていて、さすがの貫禄だった。

 

 むむっ、ことり、たしかに似合ってるわね……。智也もこの魅力に……いえ、そんなことないはずよ。……絵里もうらやましいわ。まあでも、負けてないわよね……。

 

 にこはしばらくメイド服に似合うポーズをいろいろと模索してみるのだった。

 

        ・

 

 ライブの前日、智也からは時刻を確認するメールが届いた。にこは間違いない旨を返信した。すぐに返信があり、そこには「必ず行くよ」と書かれていた。

 もちろんライブには全力を尽くすつもりだったが――それを読んだにこはさらに前向きになれる気がするのだった。

 

 そしてライブ当日。

 秋葉原の中心部の交差点、その角の大きなビルが会場だった。ビルの控室でにこたちはメイド服に着替えた。

 

 簡単なアナウンスのあと、メンバーたちはビルの前の催事スペースに並んだ。

 事前の告知もあってか、かなりの観客が集まっていた。メンバーの登場にあわせて会場が沸く。通りすがりの人たちも足を止めていく。

 

「みなさん、今日は私たちのために集まってくれて、ありがとうございます」

 ことりが口を開いた。ほかのメンバーは目を閉じて待機する。

 幸いにもよい天気で、夕日がみなのメイド服をオレンジ色に染めていた。

 

 あいつ、来てるかしらね……。にこはともすれば目を開きたくなるのを我慢する。

 

「この秋葉原のことを思って作った、私たちの曲です。Wonder Zone、聞いてください」

 

『♪~♬~』

 ことりが歌い始めた。伝説のメイド、といわしめた甘い声。

 

 にこも曲調を意識しながら懸命に歌い、メイド服が可愛く見えるように踊った。

 智也はきちんと来ていて――にこは信じていたがやはり嬉しくなった――それもかなり前列にいて、にこと目が合うと手を振った。

 

「ありがとうございました!」

 曲が終わり全員で頭を下げた。観客から拍手がわき起こった。

 メンバーはことりを中心に集まり、笑いあった。

 

 そのあと、にこたちは控室に戻って私服に着替えてから打ち上げに行った。

 

 打ち上げの食べ放題の店で、にこは智也からのメールの着信に気付いた。結局、先日のカフェで別れてから彼とは一度も会っていなかった。

 ライブの成功を祝福するメールに、にこはお礼を書いた。そして「明日は公園に行くわ」と書き足す。すこしだけ悩んでから送信ボタンをタップした。

 

        ・

 

 翌朝、にこは例の公園に行った。

 智也は入口でにこを待っていた。

 

「おはよう、ニコちゃん」

 智也が声をかけてきた。いつもの笑顔ではなく、すこし不安そうだ

「おはよう」

 とりあえずにこはなるべく普段通りに挨拶した。

 私が最近、冷たくしたから不安なのかしら……とにこは思う。

 

 ふたりで公園のなかへ歩いていく。智也が口を開いた。

「その……この前は、ごめん」

 あら、違ったわね。

「……なんのことかしら?」

 にこはあえてとぼけてみせる。

「秋葉原のお店で……僕、その……いや、ごめん。なんでもない」

 彼は目を落とした。

「……ふふっ」

 にこは彼が気付いてくれただけで、もう十分だった。

「私、なにも怒ってなんかないわよ」とすました顔でいう。

「えっ、でも」戸惑う彼。

「……怒ってないったら」

 にこは念を押す。

「それなら……いいけど」

 彼はおずおずと笑みを浮かべた。にこはそんな彼が可愛くなる。

「……まあ、でも、ちょっと気を付けてくれると、嬉しいわね」

 そういって微笑んだ。

「……うん、気を付けるよ」

 ようやく彼に笑顔が戻った。

 

 素直なところが、こいつの取り柄よね……。カフェでの言葉も、そう考えると、仕方ないのかもね……。

 

「それで、ライブだけど……」とにこ。

「そう!」

 彼は大きな声でいった。

「ちょっと、うるさいわよ」

「あ、ごめん」

 彼は声をおさえた。

「初めて生で見たけど……すごくよかった。声もよく通るし、実力がついてきてると思う」

「それは、よかったわ」

「観客との距離も近いのに、みんな堂々としてたし」

 彼は興奮したように続ける。

「それに、歌詞もいままでにない感じで、アキバっぽいし……」

「あれ、ことりが作詞したのよ」

「へえ、南さんが……」

 彼はにこの顔色をうかがったようだ。にこはうなずいた。

「……南さん、今回、センターだったけど、確実に成長してるね」

「そうね」

 それはにこも認めるところだった。

 

「あと、メイド服もみんな、似合ってた」

「……それで?」

 にこは彼に笑いかける。

「ニコちゃんも……可愛かった」

 彼は目をそらす。

「その……個人的には一番、かな」

「……ありがと」

 にこは自分からふっておきながら――そう聞いて恥ずかしくなり、顔を赤らめた。

 

 ふと時計を見るとかなりの時間がたっていた。

「それじゃ、またね」

「また連絡するよ」

 そういう彼ににこは手を振って、公園から神田明神に向けて走り出した。

 

 ライブも成功したし、よかったわね。

 

 にこは久しぶりに晴れ晴れとしていた。智也とのちょっとした仲たがいが元に戻ったのも、その理由のひとつであることに、にこは気付いていなかった。

 

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