ときめきのアンサンブル ~ Story of Nico   作:Kohya S.

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6. とあるプレゼント

 秋葉原でのゲリラライブからしばらく経ったある日の夜。にこは自室から智也に電話をかけた。

 

 簡単に挨拶を終えてから、にこは切り出した。

「急で悪いんだけど……あんた、明日の放課後、あいてる?」

 明日はμ'sの練習は休みだった。

「えっと……うん、大丈夫だよ」

「その……ちょっとつきあってくれる?」

 にこから誘うことはすくないので、どうしてもぎこちなくなってしまう。

「もちろん」彼はすぐに答えた。にこはほっとする。

「それで、どこに行くの?」と彼。

「アキバの新しいスクールアイドルの店、行ってみたいのよ」

 花陽を誘うことも考えたのだが、明日はどうも凛と予定があるようだった。

「あ、それは僕も行きたいな」

 彼も乗り気のようだ。

「……そういうと思ったわ」

 にこは電話口で笑った。

 

「ただ……待ち合わせ、駅だとちょっと遠いのよね……」

 にこはもらす。

「僕、音ノ木坂へ回ってくよ。ちょうど途中だし」

「……そうね、そうしてもらおうかしら」

 ちょっと恥ずかしい気もしたが、それをいうのも逆におかしい気がした。

「四時ごろになると思うけど……」

「いいわよ」

「じゃあ、ついたら連絡するよ」

 嬉しそうにいう彼。

「わかったわ」

 しばらく沈黙が流れた。

「……それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 にこは電話を切った。

 

        ・

 

 翌日の放課後。

 すこし時間があったのでにこは部室で待った。ひとりで部室にいると、いろいろなことが思い出されてきた。やっとここまで来たけど……まだまだよね。

 やがて智也からメールが届いた。にこは部室に鍵をかけてから鍵を職員室に返し、小走りで校門へ向かった。

 

 校門からすこし離れて制服姿の智也が待っていた。幸いというべきか周囲に音ノ木坂学院の生徒はいなかった。

 智也が気付いて顔を上げた。

「あ、ニコちゃん」そういって笑う。

 その素直な笑顔に、にこは思わず礼をいう。

「……わざわざ悪いわね」

「いえ、ぜんぜん」

「じゃ、さっさと行くわよ」

 

 ふたりは連れ立って歩き始めた。ゆるくて長い坂を下っていく。

 

「それで、そのお店って、どんな感じなの?」と智也。

「そうね、正確には新しい店じゃないんだけど……。いままでアイドルグッズとかCDとか売ってたお店で、新しくスクールアイドルも、扱い始めたらしいのよね」

「ふーん、気になるね」

「でしょ」

 

 昌平橋で神田川を渡って中央通りに出る。平日の夕方だが秋葉原はかなり混雑していた。

 交差点で信号待ちをしていると、右手から見覚えのあるふたり組が横断歩道を渡って来るのが見えた。花陽と凛だった。

「げっ」

 にこは絶句する。しかしいまさら逃げ出すわけにはいかない。そのふたりが気付かないことを祈る。

 花陽と凛は楽しそうにおしゃべりしていたが――願いは通じず、にこに気付いたようだった。

「あーっ、ニコ先輩だ」と凛。

「こんにちは、ニコ先輩」

 花陽はぺこりと頭を下げた。

「……こ、こんなところで会うなんて、奇遇ね」

 にこは引きつった笑みを浮かべた。

 智也がひょいっと、にこの脇から顔を出した。

「あ、小泉さん、星空さん! μ'sの動画、見てますよ」そう嬉しそうにいう。

「あんたは黙ってなさいよ!」

 にこは彼の言葉をさえぎったが、ときすでに遅かった。

「あ、えっと、この前の、ニコ先輩のファンの方、ですよね」

「先輩の彼氏だニャー」

「だから、違うっていってるでしょ!」

 はあ、とにこはため息をつく。

「ちょっとこっち来なさい」

 仕方なく歩道のわきに三人を誘導した。

 

 にこは腕組みをして胸を張る。

「その、今日は……ファン感謝デーで、特別に一緒に買い物、という企画なのよ」

「えーと」

 智也は困惑しているようだ。

「いいから、話、あわせなさいよ」

 にこは耳元でささやいた。

「えっと、そうなんです。嬉しいなあ」

 智也は頭をかきながらぎこちない笑みを浮かべる。

「ニコ先輩、ファンサービスですね!」と花陽。

「そう、そうなのよ!」

「凛は、デートかと思ったニャ」

「しつこいわね、あんたも……」

 

「あれ、それは……」

 智也が花陽の持っているピンク色のビニール袋に目をとめたようだ。ショップのロゴが入っている。

「あ、この前のアイドルショップ、行ってきたんです」

 花陽が袋を持ち上げてみせる。駅前のあそこに行ってきたのね、とにこは思う。

「凛ちゃんに付きあってもらって……」

「あら、そうなのね……」にこは予感がした。「次はどこに行くつもりだったの?」

「その、もう一軒、Mブックスっていうお店に行こうかと思ってます」

 にこたちが行く予定の店だった。にこはまた、ため息をついた。

「ひょっとして、ニコ先輩もですか?」

 にこはうなずいた。

「仕方ないわね、一緒に行きましょ」

「はい!」

 花陽は嬉しそうに笑った。

 

 信号が青に変わり四人で歩き出した。

 智也は花陽と話していた。花陽は愛くるしい笑顔で、にこは心穏やかではなかったが……まあ、あいつ、なによりアイドルファン、なのよね。仕方ないわね。と自らを納得させた。

 

 にこは凛に話しかけてみる。

「あんた、ほかのアイドルとか、興味あるの?」

「凛は、もともとあまり興味ないんだけど……。でも、μ'sのグッズとか並んでると、ちょっと嬉しいニャ!」

 そういって花陽の写真のついた缶バッジを取り出して見せた。

「ふーん」

 凛も変わってきてるのかしらね……。

 

 すこし歩くとその店だった。

 もともとCDショップだったらしいが、店舗の一階の一角にスクールアイドルコーナーができていた。

「へえ、なかなかいい感じじゃない」とにこ。

「そうだね」

 いつの間にか智也がとなりに来ていて、にこに答えた。

 

 グッズのほか自主制作CDも数多く並んでいた。店員の描いたものだろうポップにも、こだわりが感じられる。

 壁にはポスターが所狭しと貼られていて、そのなか、ひときわ大きな日本地図には「全国ご当地アイドル」の文字とともに各グループの写真が貼られていた。東京にはA-RISEとμ'sが並んでいた。

 

 花陽はすっかり夢中になって商品を物色し、凛はそんな花陽についてまわっていた。にこと智也も花陽にならって棚を眺め始めた。

 

 しばらくして店の前に全員が集まる。

「はー、堪能しました……」

 花陽の顔は上気していた。にこはそんな花陽を微笑ましく思った。

 

「……ちょっとお茶でもしてく? もちろん割り勘だけど」

 にこはそう提案した。全員異論はないようで、近くのファーストフード店へ入る。

 

 にこと智也はドリンクだけだったが、花陽と凛はポテトを注文していた。にこと智也がとなり同士に、にこの向かいに凛が、智也の向かいに花陽が座る。

 

「新しいお店も、なかなか充実してました……」と花陽。

「そうね」にこも同意する。

「特にCDが多くて……買い逃したのもみつけました」

「店頭で扱ってくれると、嬉しいですよね」と智也。

「はい! 『はんなりアイドル』のCDが手に入るなんて」

「レアですね!」

「京都までライブに行くのは、花陽には無理ですから……」

 

 なんか盛り上がってるわね……。にこは自分のシェイクを音を立てて飲んだ。

 

「凛、あんたもなんかいいなさいよ」と振ってみる。

「凛は、こっちのかよちんも、好きニャー」

「そういう問題なの……」

 

 凛の話が出たせいか、智也が我に返ったようにいった。

「あの、小泉さん、星空さん。いつもμ'sの動画、みてます」

「ありがとうございます」

「嬉しいニャ」

「小泉さんは声がきれいで、あとスタイルもよくて……すごく素敵です」

「そ、そんな……」

 花陽は赤くなって下を向いた。

「星空さんはダンスの切れが良くて、ボーイッシュな雰囲気のなかにもガーリーなところがあって、魅力的です」

「よくわかんないけど、悪い気はしないニャ」

 凛も笑った。

 

 にこは、智也の言葉がアイドルファンとしてのものだとはわかってはいたが――目の前でいわれると、やはり気になった。

 

「こほん」と、にこはわざとらしく咳払いをする。

 ちらっとにこを見る智也。

「あ、その、応援してますので、これからも頑張ってください」

 智也は頭を下げた。

 

 それからしばらくアイドル談義に花を咲かせてから四人は店を出た。

 

 昌平橋の手前で、にこが先に別れることになりそうだった。

 智也を花陽と凛と一緒に行かせるのは、なぜかひどく腹立たしく――そして不安だった。

「それじゃ、私、ここで」とにこは仕方なく切り出した。

「はい、ニコ先輩、明日もよろしくお願いします」

「またね、ニコ先輩」

 花陽は頭を下げ、凛は手を振った。

「僕もここで」

 智也もそういった。にこは驚いたが――なにもいわなかった。

 

 信号が青になり、花陽と凛は淡路町のほうへ歩いて行った。

 残ったふたりはゆっくりと歩き出した。

「その……送るよ」と智也。

「……ありがと」

 しばらく無言で歩く。

「……ふたりと一緒に行けばよかったのに」

 にこは小声でいった。

「ニコちゃんを……ひとりにしちゃいけない気がして……」

「……ったく、余計なお世話よ」

 にこはさきほどの不安が溶けていき――かわりに温かいものが心にわき起こるのを感じた。

 

「そういえば……今日はファン感謝デー、ありがとう」

「……くっ」

 にこは頬を膨らませた。

「……悪かったわよ」

 彼はにこりと笑った。

 

 次の交差点まで歩いて、にこはいう。

「ここでいいわ」

「……うん、それじゃ」

「またね」

 彼は手を振ってからもと来たほうへ歩いていった。

 

 彼の姿が見えなくなってから、にこは自宅に向けて歩き始めた。

 

        ・

 

 数日後の夜。にこが自室でひと段落したとき、スマートフォンに着信があった。

 取り上げてみると智也からだった。なにかしら、と思いながら受話ボタンをタップする。

「はい」

「あ、ニコちゃん。いま大丈夫かな?」

「大丈夫だけど」

「あの……」智也はすこし間を置いた。「……明日の放課後、会えないかな」

「別にいいけど……練習のあとになるわよ」

「うん、それでいい」

「秋葉原とか?」とにこは聞いてみる。

「うーん、渡したいものがあるから……。ちょっと落ち着けるところがいいかな」

 彼の声はすこしうわずっているようだった。渡したいもの……なにかしらね……。

「それじゃ、オトノキの近くのMバーガーでどう」ファーストフード店の名前を挙げる。

「わかった」

「練習が終わったらメール入れるわ」

「よろしく」

「……それだけ?」

 にこは聞いてみる。

「うん、詳しい話は明日で……」

「……それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 彼は電話を切った。

 

 いったいなにかしら。気になるわね……。

 

        ・

 

 翌日、練習を終えたにこは智也にメールを入れた。すぐに返信があった。

 

 部室で「ニコ先輩、なにか食べに行きませんか?」と花陽に誘われたが――。

「ごめん、今日はちょっと……」と断り、急いで音ノ木坂学院をあとにした。

 

 そういえばお店で誰かに出くわしたら気まずいわね……。もうすこし遠くの店にしておくんだったわ……。

 

 店につくと一階席には智也はいないようだった。飲み物だけ注文して二階へ上がる。彼はまだ来ていないようだったので、隅のほうの席に座った。

 

 ほどなくして階段を上って制服姿の智也があらわれた。にこは合図する。

「ごめん、待たせた?」

 トレーをテーブルに置いて彼は席につく。

「いま来たとこよ」

「それならよかった」

 彼はいつものように笑顔を浮かべた。

「……それで、渡したいものって、なによ」

「あっ……その」と鞄をごそごそ探る。

「これなんだけど……」

 彼は下を向き顔を赤らめながら、にこに封筒を差し出した。

「なによこれ……」

 にこは封筒を受け取った。白い横開きの封筒だった。まさかラブレターかしら、と思う。

「その……開けてみて」

 

 封筒には封がされていなかった。にこはどきどきしながら封筒を開ける。そこには便箋ではなく横長の紙が入っていた。にこは取り出す。

 

「これ……A-RISEのライブのチケットじゃない!」

 にこは驚きの声を上げた。

「うん、そうなんだ」

 彼は顔を上げてはにかんだように笑う。

「……よく取れたわね」

「たまたまネットで申し込んだら、取れたんだ」

 

 A-RISEのライブは定期的に開催されているが、昨年までに何度か行ったことのあるにこは、相当に競争率が高いことを知っていた。今年も挑戦していたのだが、まだ買えたことがなかった。智也は苦労しただろうと思う。

 

「その……ありがと。お金、払うわね」

「……ううん、もらって欲しいんだ」

「そんなこと、できないわよ」

 にこは首を振った。彼はまっすぐににこを見つめていう。

「……ニコちゃん、そろそろ誕生日だし」

 にこは言葉に詰まった。ゆっくりと感動が押し寄せてくる。

「……なんで知ってるのよ」

「だって、μ'sのサイトに、書いてあるし」

 ああ、そうだったわね……。

 

 にこは照れ隠しに目の前のドリンクを飲んだ。

 そして気付く。

「二枚あるわね……」

「よかったら一緒に……」彼が小声でいう。

「……花陽と行こうかしら」

 ふといたずら心でそういってしまうにこ。彼が泣きそうな顔になり、にこは後悔する。

「冗談よ、冗談。……その、ごめん、なさい」

 にこも頬を赤らめて目を落とした。

「じゃあ、一緒に行ってくれる?」

 彼が上目遣いでいった。

「……もちろん、智也くん」

 にこはとびきりの笑顔で笑いかけた。

 

        ・

 

 次の土曜日がライブだった。午後遅く、にこと智也はUTX高校前のペデストリアンデッキで待ち合わせた。

 

 にこは秋葉原駅前の広場から階段を上ってデッキに上がる。UTX高校のビルの壁面、大型ディスプレイにはA-RISEのライブ紹介の動画が流れていた。

 

 見渡すと柵にもたれかかり動画を眺めている智也がいた。

 彼はネイビー系のボーダーのカットソーに、オフホワイトの半袖シャツ、黒のクロップドパンツだった。決して大人っぽい装いではないが、いつものジャージや制服姿とは印象が変わって――にこは好ましく思った。

 

 駆け寄って声をかけようとして――自分の格好を再確認する。にこはラベンダー色のワンピースにベージュのロングカーディガンをあわせていた。胸元には金色の星があしらわれたネックレス。髪はいつものようにピンクのリボンでふたつにまとめていた。

 

 そういえば私服で会うのは初めてかもしれないわね。おかしなとこ、ないわよね……。

 

 あらためて彼に近付き軽く手を振って注意を引く。

「あ、ニコちゃん」

 彼が動画から目をはなして、にこに笑いかけた。

「こんにちは」

 にこも微笑みを返す。彼はにこをしげしげと眺めている。

「……なにじろじろ見てんのよ……」

 いつかの台詞を繰り返すにこ。

「その……私服姿も可愛いなって……」

「……まあ、当然よね」

 にこは顔を赤らめながらそっぽを向いた。

 

「もう開場してるでしょ。そろそろ行きましょ」

 彼と目をあわせられず、にこはくるっと身をひるがえす。スカートの裾とツインテールがふわっと浮いた。彼はそんなにこを眩しげに見つめた。

「……そうだね」

 ふたりは歩き出した。

 

 UTX高校へ入り、生徒たちの通るゲートの脇から奥に進む。

 エスカレーターで上層階に行くと、そこにUTX劇場の受付が用意されていた。チケットを確認された先は、左側がガラス張りの通路になっていた。右側にホールへの入り口が並んでいる。チケットの席番号を確認して近い入り口から中に入った。

 

 ホールは決して広くはないが、それでもビルのなかとは思えないサイズだった。500席はあるだろうか。

 

 これがプライベートシアターっていうんだから、たいしたものよね。

 

「えーと、この列かな」

 彼が席に案内する。彼とは当然ながら、となり同士だ。

 ライブに誰かと来るのは久しぶりで――男性と来るのは初めてだが、にこはあまり意識しないようにする。

 ライブに集中しなきゃね。

 にこはペンライトを準備した。彼も同様だ。

 

 開演が近付き席がうまっていく。

 ずっと続いていた注意事項のアナウンスが静かになった。ホールが徐々に暗くなっていく。会場の空気が張り詰めていった。

 

 ステージが後ろから照らされ、綺羅(きら)ツバサ、統堂(とうどう)英玲奈(えれな)優木(ゆうき)あんじゅの三人のシルエットが浮かび上がった。

 イントロが流れ始める。去年のA-RISEの曲「My Precious Flowers」だった。観客席から上がる歓声。

 照明がスポットライトに切り替わり三人が歌い始めた。アップテンポで軽快な、いかにもアイドルらしい曲だ。

 

 三人は巧みにステップを踏む。指先まで気を配ったダンスパフォーマンス、張りのある歌声。

 UTX高校の制服をモチーフにした衣装も、可愛らしさのなかに凛々しさを感じさせた。

 

 これがスクールアイドルの頂点ね。にこはペンライトを振って盛り上がりながらも、自分の一部がどこか冷静にステージを眺めているのに気付いた。

 

 そのあともほかのアイドルのカバー曲や昨年までのUTX高校の曲が続く。

 ちらっととなりをみると智也は興奮したようすでステージに見入っていた。

 

 そして最後に今年のA-RISEの新曲「Private Wars」。ダンサブルなユーロビートに客席がわく。

 アンコールには「Love Intersection」が歌われた。去年のA-RISEの曲だがメンバーにあわせた新アレンジだった。観客の盛り上がりは最高潮に達した。

 

       ・

 

 ライブが終わり、興奮したようすの観客たちに混じって、ふたりはUTX高校から出た。

 外はすっかり暗くなっていた。ペデストリアンデッキをゆっくりと歩く。

 

「……すごかったね」

 智也がぽつりといった。

「そうね、さすがだわ」

 にこもうなずいた。ふたりともライブの余韻に包まれ、しばらく無言だった。

 

 いつの間にかペデストリアンデッキの端まで来ていた。

「……よかったら食事でもどう?」

 彼がさりげなくいった。にこが彼に視線を送ると、彼は秋葉原の街並みに目をやっていた。上気しているのはライブのせいかしらね、とにこは思った。

「いいわよ」

 彼はにこを向く。

「えっと、ファミレスとかでいいかな」

「ふふっ」

 にこは笑った。なんか雰囲気、でないわね。

「もちろんいいわよ」

 

 ペデストリアンデッキから降りて近くの店に入った。

 

 注文が来るまでの間に、にこはいい忘れていたことを思い出す。

「その……今日は、ありがとう」

「どういたしまして。……誕生日、おめでとう」

 彼はそういって笑った。

「……ありがとう」

 照れくさくて顔をふせるにこ。

「また年の差がひらいちゃったな」と彼。

「……そういえば、あんた、誕生日いつなの?」

 にこは顔を上げて聞く。

「十二月十八日だよ」

「ふーん。まだまだ先ね」

 それまでは……みっつも違うわけね。

 

 しばらく沈黙が流れた。やがて彼が口を開いた。

「あの、今日は……ニコちゃんとデート、でいいんだよね」

「……っ」

 にこは言葉に詰まった。彼はにこを心許なげに見つめている。そこには期待と不安が浮かんでいて、にこはどきっとするが――。

「……お、お友達とライブに来ただけよ」

 そういい放ったにこの顔は真っ赤に染まっていた。

「あ、アイドルに恋愛はご法度なのよ」

 彼は一瞬、寂しそうな顔をしたがすぐに笑みを浮かべた。

「うん、それでいいや」

「……なにがいいのよ」

「ただのファンより、先に進んだよね」

「……ふんっ」

 にこはなんといっていいかわからずに、腕を組んでそっぽを向いた。

 

 ったく、先輩をからかうんじゃないわよ……。

 

 注文した料理がやってきた。

「はい、先、どうぞ」

 にこはカトラリーの入ったかごを智也に渡す。

「ありがとう」と智也。

「おごるわよ、世話になったし」

 彼から、かごを受け取りながらにこはいった。

「えっ、そんな……」

「おごらせなさいよ、馬鹿」

「……うん、どうも」

 

 食事を終えて食器を下げてもらい、ドリンクをおかわりする。

 

「ライブ、すごかったわね」

 にこは改めて思い出した。

「やっぱり生で見ると違うね」遠い目をする智也。「やっぱり『Private Wars』が一番かな」

「そうね、やっぱりああいう曲が、あってるわね」

「うん」

 

 ストローを口にくわえて、にこは考え込む。しばらくして、ちょっとお行儀が悪いかしら、と思いなおしてストローをコップに戻した。

 

「曲は……正直いって、負けてないと思うのよね」

 ひとりごとめいてつぶやく。智也が反応した。

「……自分たちで作ってるんだっけ」

「そう、得意な子がいるの」

「たしかに、よくできてると思う」

「でしょ」

 

 にこは一口飲んで続けた。

「衣装も、がんばってると思うし……」

「可愛さならμ'sのほうがいいね」彼はうなずく。「衣装も自作?」

「いちから作ったり、市販のを改造したりね。まあ、部費がなくて大変なんだけど」

「そっか」

「ことりには頭が上がらないわ」

 

 そう考えると……メンバーにはすごく、恵まれてるわね。感謝しなきゃだわ。

 

 にこはふたたび黙った。

「……やっぱりダンスかしら」ともらす。

「その……絢瀬さんが入ってから鍛えてるって、いってたっけ」

「うん。……A-RISEとくらべて、どう? あんたから見て」

「『Wonder Zone』はあまり振り付けがなかったけど……。『ぼららら』はかなり良くなったかな」

「……なにその、ぼらららって」

 にこは低い声でたずねた。

「ああ、『僕らのLIVE 君とのLIFE』のこと。ファンサイトでそう呼んでるんだ」

「へえ」

 にこは軽い驚きの声を上げる。

「あ、メンバーのほうが知らなかったりするのか」彼は意外そうな口調だった。「……それで、『ぼららら』だけど……うん、やっぱり……ちょっとA-RISEにくらべると、切れが悪いかな」

「……そっか」

「ごめん」彼はすこし頭を下げる。

「ううん、いいの。正直にいってくれた方が、いいわ」

「それに、ダンスだけじゃなくて、全体的に……元気はいいんたけど、魅力に欠ける、というか……。カリスマがないというか。よく言葉にできないけど……」

「……なんとなく、わかったわ」

 

 具体的じゃないぶん、難しいわね……、とにこは思う。

 

 ふたたび考え込むにこ。智也はそんなにこをじっと見守っていたがしばらくして――。

「ふふっ」と面白そうに笑った。

「……なに笑ってるのよ」

 にこはふてくされる。

「いや……ニコちゃんはやっぱり、アイドルなんだなって」

「それ、どういう意味よ」

「ニコちゃん、A-RISEのこと、ファンとしてじゃなくて、ライバルとして見てる」

「えっ……」

 にこは息をのんだ。

 

 でも……たしかにその通りね。私、いつの間にか、そう考えてた。あれだけ遠くにいると、思ってたのに……。

 

「すごく……成長、してると思うよ」

「……そうかしら」

「その、友達として、頼もしい、かな」

 彼はそういって頭をかいた。

 にこは胸が温かくなってきて――。

「……ありがと」

 なんとかそれだけいった。

 

 にこが勘定を支払い、ファミリーレストランを後にした。

 

 中央通りを離れると、喧騒が嘘のように静かになる。

 にこが智也と別れる交差点まではすぐだった。

 

「今日はありがとう」

 あらためてお礼をいうにこ。

「ううん、こんなことくらいしか、できないし」智也は首を振った。「それに、ごちそうさま」

「ファミレスくらいで、恩に着せるつもりはないわよ」

「あはは」

 彼は大げさに笑う。

 

 信号が青に変わりふたりは交差点を渡った。

「それじゃ、ニコちゃん、気を付けて」

「あんたもね。……じゃ、またね」

「うん、また」

 にこは彼に手を振って、彼と別れた。

 

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