(海未)
「オレ、次のライブでμ 'sのマネージャー辞めるわ」
「、、、え?」
そう呟いたのは誰だったのでしょう。それでも、その一文字はその場にいる私たちも全員の様子をよく表していました。
「え?辞めるって、どういうこと?」
私の隣で穂乃果が大輝に尋ねます。もしかしたら、聞き間違いだったのかもしれない、と淡い期待を重ねながら。
「言葉通り、今後はμ 'sの活動には参加しないってことかな。、、、アイドル研究部も辞める、と思う」
「ちょっとアンタ!そんなの部長である私が認めないわ!一体どういう訳よ!」
にこ先輩がすかさず反発する。そうだ。理由も無く辞めるなんて言われて誰が納得できるのか。
「大輝、理由を話してくれませんか?」
「海未、、、それもそうだな、、、いや、詳しくは言えないんだけどさ、、、家庭の事情って奴かな」
嘘だ。直感的にそうおもいました。大輝には何か私たちに話せないことがあって、恐らくそれが理由なのでしょう。
「そんな説明で、」
「海未、あまりの詮索するのは良くない」
私の追求を遮ったのは雄大先輩でした。
「突然で驚くのも分かるが、他人の家庭の事情じゃぁどうしようもない」
雄大先輩の言っていることは正しい。正しいのだけれど、私は納得できなかった。大輝がアイドル研究部から抜ける、というのがどうしても許せなかった。結局、私は俯くことしか出来ませんでした。
「まあ、海未。そういう風に残念がってくれるのも、オレが今まで上手くやってこれたってことなんだろうから、オレとしては嬉しいよ。だからさ、次のライブまで、いつも通りにやらせてくれないか?」
優しい、彼の言葉はしかし、どこかに嘘がある。そんな気がしてなりません。
「よし、それじゃあ今日も練習始めるぞ!ほら、屋上に行こうぜ!」
明るく声を張り、落ち込んだ雰囲気を振り払おうとする大輝。その意図を読んだにこ先輩や絵里先輩がみんなを促します。なんとか明るく努めなくては、と思い私は部室から逃げるようにして出ました。
*☼*―――――*☼*―――――(海未→ことり)
みんなが部室を出ていったけれど、私は残ってノートを開いていた。それは作詞ノート。今までいろんなことを書こうと努力してきた。けれど、それは形にならなくて、ノートには箇条書きで意味の無い言葉が並んでしまう。
「ふぇーん」
ひとりだからか、思わず声が出てしまった。
「結構大変そうだな?」
「うわっ!?」
後ろにはいつの間にか大輝くんが居た。誰かの飲み物を取りに来たのか手にはペットボトルがあった。
「凛が無くなったって駄々こねたんだよ。全く先輩をパシリやがって」
大輝くんは口でいう割に顔は笑っている。彼はとても優しい人だ。だから、もしかしたら、
「大輝くん、あのさ、大輝くんが辞めるのってあの人たちと、、、」
「それじゃあ頑張れよ〜ことり先生」
大輝くんは私の質問を無視して部室を出ていった。
「あ、、、」
開いたままの扉が軋む音をたてながらゆっくりと閉じていく。そして、ついに、ガシャンと音を立てて閉じた。
いつの間にか伸びていた私の腕は真っ直ぐにその扉に向かっていた。私はその手を自分の胸元に寄せて握る。大輝くんが辞めるのはきっとあの人たちが関わっている。大輝を『犯罪者』と呼んだあの人たちが。
でも、それを話してもいいのかな。大輝くんが隠したがっていることに勝手に踏み込んで、それを暴いて何になるのかな。
結論の出ない私の葛藤が再び席についても消えることはなく、ノートにはまだ何も産まれる気配がなかった。
*☼*―――――*☼*―――――(ことり→大輝)
少しだけ、申し訳なさを感じながら、それを仕方のないことだ、と自分に言い聞かせて無理やり飲み込む。ことりは既に勘づいたかもしれないが、ライブまであと少し、それさえすぎればオレはμ 'sから離れて、そして、全部守り通すことができる。
早足に廊下を歩いて行き、屋上に戻ろうとする。その道すがらだった。
「あ、大輝くん」
穂乃果が階段の上から降りてくる。
「どした?お前も飲み物か?持ってきてやるから練習に戻っとけ」
「違うよ。ことりちゃんの様子を見に行こうと思って。ことりちゃんずっと歌詞を考えてるから、穂乃果も力になりたいの!そうだ、大輝くんも来る?」
「オレか?オレは今話してきたからいいよ。それよりもさ、ことりかなり考え込んじゃってるみたいだったから、練習外でどっかに行ってきたらどうだ?海未も連れて三人でさ」
「そっか、うん。わかった!じゃあね!」
相変わらず、元気一杯の穂乃果は飛び跳ねるように階段を駆け下りて行った。
「・・・『三人で』なんやね」
もう一度、階段の上から声がかかる。
「希先輩?どうしたんすか?先輩もことりの様子を見に?それとも飲み物ですか?」
「どっちも、違う」
希先輩はゆっくりと階段を降りてきてオレに近づく。その顔は真剣そのもので、目はオレをじっと見つめてきて思わず逸らした。
「ウチの目的はキミや」
希先輩は俺の前に来ると、身長差のせいで見上げてオレの目から視線をずらさずにそう言った。
「オレ?っすか?というか希先輩こっち見すぎじゃないっすか?そんな見られると照れますぜ?」
「ふざけて隠そうとしてもダメ。キミは一体何を抱えているん?」
「、、、」
「図星やんな?」
「、、、何でもないっすよ?ただ、μ 'sがずっと続けばいいなぁって」
「そこにキミはいるの?」
「マネージャーを辞めた後もファンの一人として、μ 'sは応援していきますよ?」
「、、、」
今度は希先輩が黙ってしまった。しかし、視線だけはオレの目をジッと見つめ続けている。
「あの、、、希先輩?」
「キミがマネージャーを辞めるのは、本当にしょうがないことなんやな?」
「、、、しょうがないことですよ」
「それは家庭の事情?それとも、μ 'sのため?」
「、、、オレはμ 'sから距離を置いたとしても、ファンであり続けます。それだけです」
「、、、そうか」
希先輩はやっとオレの目から視線を外した。
「いやぁ、希先輩。それにしてもどうしたんすか?あんなにオレを見続けるなんて。もしかして好きになっちゃいました?」
変な雰囲気を変えようと少しふざけてみる。けれど、
「・・・力を貸してくれた恩を、まだ返せてないんやから。勝手にいなくなるなんて、許さないで」
希先輩はそれだけいうと屋上に駆け上って行った。
*☼*―――――*☼*―――――(大輝→雄大)
俺は一人、アキバの街に繰り出していた。μ 'sのメンバーは圭と大輝のサポートの下で今も練習中だろう。もちろん、俺はただ遊びに来ている訳ではない。μ 'sが俺に期待をする仕事。その下準備を進めるためにここに来ていた。
「すみません。電話させていただいた音乃木坂学園の鈴木雄大と申します」
「あ、ちょっと待っててください、、、てんちょー?居ますー?お客さんですよー!」
「ん?ああ?」
店の置くから気のない返事が聞こえた。
「すみません。それではお話は奥の部屋で店長としてください」
「あ、はい。分かりました」
俺は店員さんの案内のもとレジの奥のスタッフルームに入った。数台のデスクとその上には様々なグッツが置かれ小さな山を作っている。店の方とは異なり照明も全開では無く、少し狭く薄暗い印象だ。その一角に置かれた向かい合わせのソファとテープルに座らされた。即席の応接間と言った感じだ。
「んー、、、。はじめまして。私がここの店長をしている青木です」
やってきたのは少し痩せ気味の中年女性だった。慣れたようにソファに体を沈める。
「はじめまして。音乃木坂学院三年の鈴木雄大です」
「話は、電話で話していたことよね?」
「はい、それです」
「って言っても、本当にそんなことしていいのかい?ウチのぼろ儲けだけど」
「ええ、いいですよ?但し、私たちの要求も認めてくださいね」
「寧ろそっちは願ったり叶ったりだよ」
交渉は順調に進んでいく。
この二人の会話は後にスクールアイドル全体に影響を与えることになるのだが、このことを知るものは、未だ、片手で収まるほどしか知らない。