『白騎士事件』より十年近くが経った。インフィニット・ストラトス、通称ISは世界に広く周知され、既に車や飛行機に様に、知らぬ者のいない存在となった。
さりとてISの数は未だ四百に届かない。需要は幾らでもあるが、供給がすでに止まってしまって久しかった。それはISコアを造る際、協力してもらう(材料になる、の方が正しい気がしないでもない)神魔の数に問題があった。
神魔とは即ち宇宙の法則そのものの化身であり、意思を持った現象に近い。彼らは宇宙の誕生と共に生まれ、宇宙の死と共に消える。彼らは『宇宙に生きる生物』ではなく、『独立して行動する、世界の一部』なのである。
そんな彼らは原則としてその数を減らすことはないが、増えることに関しても同様のことが言える。詰まる所、志願者が途絶えればそれ以上ISコアの造りようがないのだ。
それでも神魔、魔法使いに真正面から対抗できる戦力が存在するというだけで、超常の者達と、通常の理に生きる者達にとってパワーバランスを維持する為に意味がある。ISとその関係者達はこの十年近くで、両者の共存に決して少なくない貢献をしてきた。
だが、そのISとて事と次第によっては新たな火種になる可能性を秘めている。
ISは、操縦者の技量やISコアとの相性、機体性能にもよるが、平均して中級神魔なら互角に戦える。一部、上級神魔とも渡り合えるのではないかと噂されるものすら存在するのだ。
更にISコアの製法。神魔を半封印措置を施し、それを機械で制御する、動力機関兼演算装置。神魔と一般社会の友好の為、その概要だけが公開されているが、製造に必要な技術は秘匿されている。
仮に、ではあるが。
今は秘匿されているISコアの製造方法が漏れ出したら。ISが超常の者に敵対的な者達の支配下に置かれれば。
ISコアを増産する為に神魔を襲う者が現れる可能性はないだろうか。
何せ今現在、世界最強の戦闘能力を持った兵器は、間違いなくISなのだ。今まで超常の者達が力では優位にあったが、今は互角に近づいた。双方の距離を縮めたが、今後新たな火種にもなり得る存在なのである。
そんな、世界情勢を左右する存在の一つとなったISだったが、
『そのISを盗まれるのじゃから、呆れてものも言えぬわ』
「その点に関しては同感だが、事件のうち半数以上に魔法か、それに類する力が関わった痕跡がある。一方的に彼らの失態だと責めることは出来ん」
公道を疾走する高級スポーツカー。円にして数千万は下らないそれの後部座席にて、男はケータイに向かって言葉を交わしていた。
「問題は事が国家の威信に関わるが故に、何処の国もISを奪われたことを隠蔽せざるを得ないことだ。お蔭でどれ程の被害が出ているか、把握できていない」
男の声は落ち着き払ったものだが、話の内容は非常に重大なものである。
『まあ、分からんのはそんな者達にも力を貸すコアが存在するということじゃな』
『致し方あるまい。『悪の女幹部』はタツ○コ作品であるタイムボ○ンシリーズでも知られる伝統ある萌え属性。自我が中途半端なコアたちがその魅力に抗うのは難しいだろう」
『ふむ、ならば仕方あるまい』
「兎に角だ、状況の把握はIS委員会に出向している寒河江教授に任せる他あるまい。我々は、我々にできる方法で今の人間との関係維持に努めるべきだ。違うか、ガブヤン」
金糸の如く美しい長髪、絶世の美男子と形容すべき冷たい容貌、人間であることを否定する長く伸びた耳。そして『旗建御免』やら『罰怒縁努上等』などが刺繍された黒い特攻服。
男の名はアガリアレプト。ある意味残念な見た目だが、多くのグリモワールにその名を記され、どんな秘密をも解明してしまう力があるとされた悪魔である。
現在、魔界の外交員に近い立場となって、一般社会との折衝に一役担っていた。
『そうじゃな、色々と面倒な役職がついてきてしまったとは言え、堂々と人の文明に触れることができる世になったのじゃ。そうそう手放せぬしのう、アガリン』
そして電話の相手、彼がガブリンと呼んだ相手こそ、大天使ガブリエル。年寄りのような口調だが可愛らしいゴスロリ少女天使である。見た目はね。
『時にアガリン、中国に出張と聞いたが、何用じゃ?』
「なに、中国の新しい専用機持ちが決まったようでな。萌専門的助言を求められた。あとでシュタイン教授とも合流する予定だ」
諸事情により、何かしらのヲタクと化し易い神魔。この二人もそうだが、ISコアもロボっ娘萌えを基本としてソッチ系である。為に魔界に於ける萌えの第一人者である彼に、萌え文化に疎い国家から萌え専門知識的助言を求められる事がしばしあった。
『ほう、中国の専用機か。確か赤くて、モノアイで、腕が三本あるんじゃったか?』
「あれは確かに中国製だが、ISではないぞ、ガブヤン。」
怪獣映画は好い物である。でしょ?
鈴、本名凰 鈴音はISを扱う才能に恵まれていた。小柄ではあるが運動神経に恵まれ、容姿も明るさと愛らしさを併せ持っている。
パワードスーツに近い構造のISを扱うに重要な反射速度と敏捷性。そして自我が半端に封印されながらも萌え心を忘れぬISコアをやる気にさせる資質を、彼女は兼ね備えていたのである。
そんな彼女は中国のISの世界大会である、モンド・グロッソの代表候補としてこの場にいた。分かりやすく言えば、スポーツのオリンピック強化指定選手が最も近いだろうか。
鈴がISに触れてまだ一年程であるにも関わらず、そんな中にいると言えば、その非凡さが伝わるだろう。
そんな彼女は専用機として与えられた新型機、『甲龍』を纏い、強化キャンプに使われているガレージにいた。
紫を基調に黒をアクセントに入れ、球体的な曲線と刺々しい突起による独特のシルエット。特に両肩部位に浮遊する、竜の頭を思わせるアンロックユニットが特徴的である。
第三世代とカテゴライズされる、中国武警隊に属する専用機でもある。
観測機器に囲まれ、機器から延びるコードは全て鈴が纏う甲龍に繋がれ、甲龍の情報を伝え続けている。
そんなガレージに入って来る一団があった。中国側の関係者の案内で鈴に目を向けている金髪の二人。何れも整った容貌の金髪男性。片方は黒い特攻服、片方は眼鏡と黒いコート。
魔界の外交官的な仕事をしている悪魔アガリアレプトと、魔法使いの最大派閥<学園>関係者フランクリン・シュタイン。『白騎士事件』に関わり名を知られ、鈴も資料やテレビを通して知っていた。
ISコアは中途半端に封印された神魔である。如何に彼らのやる気を煽るかで限界出力が決まるアレな代物だ。その為、操縦者の容姿も大真面目に重要事項なのである。
天然物の強気っ娘成分とツンデレ分を生まれ持った鈴は、そういう意味でも才能に恵まれたと言えるだろう。お蔭でただ甲龍を装着するだけで、出力限界値112%という数字を持っている。
だが、そんな彼女の魅力は充分引き出せているのか(萌え的な意味で)。彼女がもっと周りを魅了できる少女(萌え的な意味で)になればよりISの性能は向上するのだ。正直一番効果が高い上に、金銭的に安上がりでもある。
「彼女が、我々が萌え専門的助言を必要とする娘か」
冷淡な声に、思わず鈴は唾を呑んだ。視線を向けられただけで、周囲の空気が重くなったように感じた。
意図的に力を抑えなければ、そこに存在するだけで周囲を聖域や地獄へと変貌させてしまうとされる上級神魔。その力を鈴は知識としてしか知らないが、納得できてしまうだけの迫力をアガリアレプトは持っていた。
一方、シュタインは言葉を発しない。眼鏡の反射光に隠れて表情は見えないが、自分に向けられている視線は真剣なものを感じた。その存在感は共に立っている上級神魔にも劣らない。
「シュタイン教授、どう見る?我としては……ふむ?」
シュタインはアガリアレプトに問いに答えず、真っ直ぐに鈴音に向かって歩いていく。レンズの奥から除く理知的で凛々しい碧眼。そこに戦場に向かう戦士のような気迫を宿した眼差しが覗く。
こちらも、鈴の思考を止めるに十分な迫力だった。呆けたように立っている彼女まで、手を伸ばせば顔に触れられる距離で立ち止まる。
ISを纏っている為、顔の位置の高い鈴を、シュタインは見上げる。暫く真剣に鈴の顔を見つめ続け、ふと顔つきを柔らかいものに変える。
まるで慈しむかのような視線と共に、彼は外套からあるものを取出した。
「君に、これを」
取り出した物は、黒毛の猫耳カチューシャだった。
「……へ?」
気の抜けた声を出す鈴。まあ、色々と印象深い登場の仕方にこれが続けば、訳が分からなくなるのも無理はない。
まあ、常人には理解し難いレベルの入れ込みだしね。
シュタインは、そっと鈴の頭に猫耳を乗せる。その瞬間、甲龍のデータをモニタリングしていた研究員達から驚きの声が上がる。
「出力限界値、6%アップ!?そんな、我々が試した時は反応などなかったというのに」
猫耳などといった陳腐と言っても過言でない属性は、真っ先に試された。その際はこのような出力向上はなかった。
「フッ、私のこれはただの猫耳などではない。脱着式半生体猫耳、名付けて!携帯型ミミガーS(スペリオール)!」
まるで最初から鈴の体の一部だったかのように、不自然さの存在しない猫耳を指して、シュタインは叫んだ。
彼の作品、携帯型ミミガーSはただの猫耳ではなく、装着者の容姿や性格に合わせて毛色や艶、細かい形状を変化させるという物である。更にはカチューシャ部分の迷彩効果、装着者の感情を読み取っての挙動など、まるで本当に獣耳が生えているかのような効果を発揮するのである。しかも髪の毛の位置を調整したり、ウィッグ状に変化して本来の耳を自然に隠す芸の細かさである。
「それにしても、君程猫耳が似合う少女も珍しい。これは君に譲ろう」
さっきまでの無駄な迫力に続き、こんな簡単に機体性能を向上させられた事に、色々と事態についていけていない鈴。それでも礼を言っていないと気付き、感謝の言葉を口にする。
「えと、どうも、ありがとうにゃ……にや!?」
ごくごく自然に、あたかもそれが当然であるかのように鈴の口から出た、『にゃ』という語尾。困惑はそれを口にした鈴だけに留まらず、モニターを見ていた研究員もだった。その理由は違うものではあるが。
「出力限界値121%まで向上、今までにない数値です!」
「フハーハッハッハッハ!この携帯型ミミガーSには装着した者に、極自然に猫っ娘口調に修正する機能を付加してあるのだ!これで何時如何なる時も、わざとらしいあざとさのない猫っ娘口調を話せるぞ!」
過去、彼は着けた者をツンデレさせるウサ耳カチューシャを創ったことがある。着けられた超能力者の、動作や表情にまで干渉したそれとをベースに、簡易化した代物である。
「い、いらないにゃ、そんな機能!」
羞恥心的な意味で耐えられない。
「凰鈴音、それ、君の正式装備として採用するから」
仲間の筈のスタッフから告げられた言葉は残酷だった。日本での生活が長かった鈴は、趣味嗜好が一般的な同世代日本人女性と近い。故にそんなもの、恥ずかしい。だが同時にIS操縦者として、この猫耳アイテムの優秀性を否定できない。
鈴は色々な意味で優秀だった。萌え的な意味でも。多くのIS操縦者がISコアの出力限界値を上げる為に、ある者は女を磨き、また一部はあざとく萌える方向に走った。
無論、わざとらしさが出ればコアとて反応しない。作ったキャラで性能を上げるには、相応の演技力が求められる。故に素で魅力的な(萌え的な意味で)女性はそれだけで、強さに直結する才能なのである。
そして鈴は素で魅力的な少女であり、全てありのままの自分で操縦者をこなしてきた。だが、『キャラを作る』等の演技やらと無縁だったことが、語尾に『にゃ』をつけるといった行動に耐え得る精神力が育っていないのだ。必要なかった訳だから。
兎に角これは恥ずかし過ぎる。どうにかしてこの猫耳を着けなくてもいいように許可を得なくてはいけない。
だが、世界はそれほど優しくない。
「ふむ、流石はシュタイン教授。猫耳は全ての獣耳の基本。故にこそ誤魔化しが効かず、身につける者の資質を如実に映し出す。そしてこれ程までに似合うとは」
アガリアレプトは頷きながら賞賛の言葉を口にする。事実、鈴の猫耳姿は非常に萌える。もう猫耳装備がスタンダードでいいよ。
「その獣耳に敬意を表し、更なる極みに近づけよう。凰 鈴音、シールドバリアの出力を下げよ」
ISを対神魔、魔法使い用の装備とさせている重要な要素である、魔力式防御力場『シールドバリア』。物理的な衝撃に限らず、操縦者に直接的な害となる大抵の物事に反応し発現する膜状バリア。魔力による干渉から操縦者やISを守ることも可能である。
アガリアレプト程の神魔なら、『シールドバリア』を突破して操縦者に干渉することは可能ではある。だが、無益で骨が折れるだけの作業だ。故に、操縦者に意図して出力を下げてもらった方が楽だ。
猫耳の件に関して、まだ話を続けたい鈴だったが、仕方なく現場責任者である役員に顔を向ける。その役員が首を縦に振ったのを見て、鈴も『シールドバリア』の出力を下げるよう、意識する。
「凰鈴音、これがお前の萌えを最大限に発揮させる服装だ」
パチン、と。アガリアレプトの指が鳴る。そして鈴の纏うISスーツが形を変える。
それまでは密着タンクトップとスパッツを組み合わせた味気ないデザインだった。それが上下が繋がり、健康的に露出していたへそを隠す。肩を露出し、裾を限りなく短くしたチャイナドレス風に形を変える。
結果、甲龍のコア出力は130%に近い数字で安定した。国家代表と呼ばれる地位にある操縦者たちが平均で135%前後の出力を維持していることを基準にすれば、世界のトップ陣とも渡り合い得る数字である。無論、あくまで数字の上では、であるが。
数字の向上は総じて良いことである。だが、萌えに対して、充分な理解があるとは言えない中国の関係者たちには理解できていなかった。小柄元気っ娘の萌えスタンダードたるへそ出しを放棄したのに、コアが萌えた理由が。
「ふむ、へそ出しが萌えの基本形の一つである事に異論はない。だが、素材によっては敢えて基本を踏み外した方が良い場合もある。へそ出しによってそこに視線を集めることによって、より魅力的な部位を隠してしまうこともあるのだ」
「で、では、その魅力とは……?」
落ち着き払った声に、研究員達が息を呑む。鈴音もまた、自身に向けられる言葉を緊張と共に待った。
「それは……」
「「「それは……」」」
「それは、WA☆KI★TI☆RA★、だ」
ワキチラ、すなわち脇がちらり。鈴音が纏うISスーツは袖がなくなっている。故に激しく動けばセクスィーな脇が汗の輝きを伴って衆目に晒されることになるだろう。その様子を想像し、萌えに疎い研究員達は同じ感想を抱く。
(((ありじゃね!?)))
研究員達は熱狂した。ISコアの出力値の数字に、そして自分たちの心の中に宿った確かな萌えに!
「「「WA☆KI★TI☆RA★!WA☆KI★TI☆RA★!WA☆KI★TI☆RA★!」」」
沸き上るワキチラコール。アガリアレプトとシュタインは、萌えに目覚めた新たな同志たちを慈しみの視線で見つめていた。
そして歓声の中心にいる鈴音は、どんどん赤くなっていった。ちょっと涙目である。そりゃあ、年頃で真っ当な感性を持った少女が、脇等というマニアックな属性を付けられたら恥ずかしくもあるだろう。
この日から、彼女は世界中のヲタクから『脇をprprしたいIS操縦者NO.1』という、登りたくもない道を登らされることとなった。
後日、紆余曲折ありIS学園で幼馴染である織斑一夏と再会した鈴音。更にちょっとあってケンカに至り、クラス対抗戦で決着をつける運びとなったのだが……
「さあ、一夏!ボコボコにしてやるから覚悟するにゃ!」
「……ぶふゅっ、ぷははは!ちょ、それは反則だって、鈴。猫耳に語尾に、にゃって。おま、真剣勝負の前に、アッハッハッハ」
「わ、笑うにゃー!」
締まらないのであった。