『次の駅は○○~、〇〇~、お降りの方はお忘れ物の無きよう--』
「降りる駅はまだ先……って言うか多分あと十駅以上先だよね……」
電車のアナウンスが車内に響き渡り、緊張のあまり思わず独り言を呟いてしまう。
さっきから緊張のせいで、何度も荷物のテニスラケットを倒しそうになってしまっている。
今日は中学に入ってから初めての部活の試合だ。だけど試合場所は地元から結構離れた都心地。
そして私はド田舎に住んでいるせいで、恥ずかしいけどこの歳まで電車に乗った事が無い。更に私は試合場所すら良く知らない。
本当は試合場所を知っている友達と一緒に行くはずだった。だけどその友達は今日の朝になって風を引いてしまったらしく、結局私一人で試合場所まで行くことになってしまった。
「昨日の時点で一人で行くことが分かってたら、ネットで場所とか調べてたのに……」
友達が場所を知っているから大丈夫だと思って油断しきってた。
家族からいつもお前はどこか抜けていると言われていたけど、今回もやってしまったみたい。
取り敢えず駅で時刻表を見て都心方面の電車に乗ったけど、これからどうすればいいのか分からない。
携帯で試合場所を調べたいけど、電車内で携帯って使っちゃいけないんだよね? 通話だけが駄目で携帯で調べ物は良いんだっけ? 分からない事だらけでパニックになってくる。
取り敢えず分からないから電車を降りるまでは携帯を触れない。
だけど目的の駅についてから調べ出したら、試合に間に合わなくなるかもしれない。
誰か人に道を聞けばいいのかもしれないけど、知らない人に話かけるのはちょっとハードルが高い……本当にどうしよう……。
「なぁ、ここいい?」
そんな事を考えていると急に通路側から男の人に声を掛けられた。
「えっ?! あっ、ひゃい。ど、どうぞ」
咄嗟のことに驚いて変な声が出てしまった。顔が赤くなってしまっているのを感じる。
周りを見ると私が座った時には結構空いていたのに、いつの間にかかなりの座席が埋まってきていた。
この電車は二人で座る座席が二つ向かい合っているタイプの電車で、私がいる場所はまだ三つ座席が空いている。
男の人は三つの席の内、私の斜めの空いている席に腰を下ろした。
そこで男の人のズボンが視界に入り、そのズボンに見覚えがあることに気が付いた。これ私の学校の制服だ。
視線を上げて男の人の顔を見ると、そこには見覚えのある顔があった。
男子テニス部の有名人。私と同じ一年生の東山歩。
一年生どころか部全体でもかなり上の方の実力があると噂で聞いたことがある。
あくまで噂なのは私が女子テニス部で、あんまり実際に打っているところを見たことが無いから。
去年辺りから急にテニス部が増えたせいで、男子と女子で部活を分けたらしい。
まぁ、テニス部員が増えた原因は分かっているんだけど。というか私がテニスを始めた切っ掛けと多分同じだと思う。
こんな所で見ると思っていなかったから、思わず数秒その顔を見てしまう。そのせいで不意に東山くんと目があってしまった。
「……なに?」
「い、いや……別に」
慌てて目を反らして下を向く。
よく考えたら東山くんも同じ場所で試合があるんだから、同じ電車に乗っても全然不思議じゃない。
完全に女子テニス部と男子テニス部で分かれて練習していたから、男子も試合があることを忘れてた。
知ってる人ではあるけど、特に話した事もない男子が一緒になっても緊張は解けない。
これからの事を考えると現実逃避したくなってくる。
出来るだけ視線が合わないように、コッソリと東山くんの足を見る。……それにしても東山君の足長いなぁ。
たぶん身長は170センチくらいあると思う。同学年の男子と比べてかなり大きい。三年生の大半よりも大きいかもしれない。
私の身長は145センチだから、私から見ると余計に大きく見える。それにしても足が長い。
髪はちょっと長めだけど清潔感があるし、顔も普通にかっこいい部類に入ると思う。
私の周りにも東山くんが好きだと言っている人が何人かいるけど、それもまぁ納得できる。
だけど私にはその良さがイマイチよく分からない。
私のタイプは優しい人だ。だけど東山くんはちょっと冷たい感じがして近寄りがたい。
そもそも東山くんが誰かと長く話しているところを見たことがないし、性格なんて分かりようがない。
だけど東山くんが好きな子達は、そのクールな所がいいんだと熱弁していた。
そして東山くんを好きな人達にはもう一つグループがある。それは”東山くん漫画のキャラに似ている派”主にオタクグループの女子達がこれだ。
更にオタクグループも二つの派閥に分かれているけど、今はいいや。
そしてその似ていると言うキャラがいる漫画こそ、私がテニスを始めた切っ掛けであり、最近テニス部員が爆発的に増えた切っ掛け”青春テニス部”だ。
そう、何を隠そう私も隠れオタク。青春テニス部は特にお気に入りの漫画だ。だからこそ私は”東山くん漫画のキャラに似ている派”が一番理解できない。
確かに東山くんはそのキャラの設定と所々似ているけど、二次元は二次元。三次元は三次元だ。
それに漫画のキャラも好きで東山くんも好きなんて、私からしたらそれは浮気だ。……まぁそのキャラは俺様キャラで私の好みじゃないから、別にいいんだけどね。そもそも三次元の男の子を好きになると言うのが私には分からない。私は生まれてからこれまで三次元の男の子を好きになった事が無い。どう考えても二次元の方が良いに決まっている。だって二次元の男の子みたいに紳士で優しい人なんて三次元でいるわけがないし。それに--
「……おい、お前大丈夫か?」
「えっ?!」
「何だか目が虚ろでヤバかったぞ」
「っ、だ、大丈夫だから!」
危ない……緊張と現実逃避でトリップしそうになってたみたいだ。いくら興味ない男子の前でも一応私も乙女だ。変な顔を見られたくない。
それにしても東山くんの方から話し掛けてくるなんて思わなかった。多分東山くん私の事知らないのに……さすが俺様キャラに似ているって言われているだけある。知らない人相手でもこんなにズバッと言っちゃうんだ……。
せっかく現実逃避してたのに一気に現実に引き戻されちゃった……いや、現実逃避しちゃいけないのか……。
うぅ……また緊張してきた。
「……おい、本当に大丈夫だろうな? 迷惑だからいきなり吐いたりするなよ」
むっ、見ず知らず(?)の人に失礼な。
「ほ、本当に大丈夫だから、乗り物酔いとかじゃ無いし」
「……ならいい」
それだけ言うと東山くんは別の方を向く。
あれ? もしかして本当に心配して言ってくれてたのかな……? いや、でも東山くんって人の心配とかしそうに無いし……自分の近くで吐かれたくなかっただけ、かな?
『次は△△~、△△~、お降りの方はお忘れ物の無きよう--』
そんな事を考えていると車内アナウンスが聞こえてくる。全然知らない駅名。もう私には、目的地まであとどれくらいあるのかさえ分からない。
そしてすぐにアナウンスて言っていた駅に電車が止まり、次々に人が降り、それ以上の人が乗り込んでくる。
もう車内の座席はほとんどいっぱいになり、私達の座っている席にも人がやってきた。
「あの、こちら良いですか?」
「…………」
やって来たのは恰幅の良い女の人と小さな女の子だ。多分親子なんだろう。女の子はお母さんの陰に隠れてしまっている。人見知りなのかな?
お母さんはかなり恰幅がいいから、東山くんの隣に座るのは窮屈だろう。そう思い、お母さんが私の隣に座れるように限界まで端による。
「どうぞ」
もう東山くんの時ほど動揺はしない。私は成長したのだ。今度はスマートに対応する事が出来た。
そう思ったのに何故か東山くんが突然席を立ち、私の開けたスペースに腰を下ろす。
「え゛!?」
何で東山くんが私の隣に座るの!? 驚いて思わず変な声が出ちゃったし!
だけど東山くんは何でも無いような顔で座っているだけで何も言わない。
「ありがとうございます。さぁ座りましょうね」
「……うん」
お母さんにお礼を言われ、お母さんと女の子はそのまま空いた席に腰を下ろす。だけど私はそれどころじゃない。
何で? 何でいきなり私の隣に座るの?? あのままでも東山くんが横にズレれば、普通に二人とも座れたのに。何でわざわざ私の隣!?
よく分からない状況に頭が混乱してくる。何よりもこんなに近くに男子がいた経験が無い。腰の辺りなんてゼロ距離だ。東山くんの身体が大きいから、完全に腰の横辺りが密着してしまっている。
さっきまでとは違う意味で緊張してくる。これって東山くんが私の近くに座りたかったって事じゃ……いや、でも……。
そうしてグルグルと頭のなかで考えていると、ふとお母さんと女の子の姿が視界に入る。
女の子はお母さんの手を握ったまま外を見て、たまに小さな声でお母さんに何かを話して楽しそうにしていた。
あっ、そうか……東山くんは女の子がお母さんの横に座れるようするために、私の隣に移動したんだ。
知らない男の人の隣よりも、お母さんの隣の方が安心するもんね。うん。
……
…………
……………………
はっ、恥ずかしい! 私自意識過剰すぎる!!
理解した瞬間顔が燃えているのかと思うくらいに顔が熱くなった。きっと今の私の顔はこれまで生きてきて最高に赤くなっているはず。
過去に戻って自分の頭をはたいてやりたくなる。うぅ……穴があったら入りたい……いや、本気で。
さっきまでの自分の考えに死にたくなりながら、ふと気が付いた。
東山くん、女の子が人見知りっぽいのを見たからこうしたのかな? あんなに自然に行動出来るなんてちょっとすごいかも……。
だってそれは人の気持ちになって考えられるって事だし。私なんてしばらくその行動の意味が分からなかったし。
そう考えた瞬間、大きく心臓が跳ねた気がした。