鍍金の英雄王が逝く   作:匿名既望

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一年近く放置してきましたが、まったくもって終わりが見えないので仮バージョンを掲載しておきます。えっ? 戦闘シーンは? しらないなー(遠い目

2016.12.28
とは言いつつも戦闘シーンを書いた最新バージョンが別に残っていたので、そっちを更新することで正式な未完という形にします。


第10話 斯くして鍍金の英雄王は逝く

>>SIDE OTHER

 

 彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず──『孫子』の謀攻の項にあるこの言葉こそが、両者の勝敗を分かつ決定打であった。

 

 ギルは衛宮切嗣という魔術師殺しのことを知っていた。だからこそ彼は、対面の場に地雷の類が仕掛けられている可能性すら──生憎、そこまで悪辣な罠を切嗣は用意していなかったが──想定し、入念な事前準備を済ませた上で、この場に臨んでいたほどだ。

 

 令呪の使用もまた、その一例と言える。

 

 ギルは合計三十一画もの令呪を保持していた。内訳は時臣から奪った三画、綺礼から奪った三画、メディア召喚時手に入れた三画、バーサーカー譲渡後に雁夜から奪った二画、そして言峰璃正から奪った預託令呪二十一画である。

 

 このうちギルは預託令呪以外の十一画と預託令呪一画、計十二画を先んじて使用していた。

 

──次に名を呼び、“守れ”と告げた時、確実に(オレ)を守れ。

 

 大聖杯から魔術師(マスター)に与えれる三度の絶対命令権にして、一画一画が膨大な魔力を秘めた魔術の結晶。そんな令呪を持ちいた命令は、空間転移などの魔法に準ずる現象すら引き起こす。その性質上、ひとつの命令に対して四画以上の行使には意味がないことは、事前にメディアが突き止めていた。

 

 だからこその十二画の行使。

 

 メディア、アサコ、ランサー、バーサーカーの四騎に対する三画行使による絶対命令。

 

 命令が具体的であればあるほど効果は絶大になる。そうした意味では、ギルの命令は今一つ抽象的であり、宝具の使用を厳命するような令呪に比べると格が落ちると言わざるをえない。だが、三画を用いるとなれば話は別だ。いかに抽象的な命令であっても、そのために消費できる魔力量は絶大という言葉すらならぬるいものなのだから。

 

 ゆえに。

 

(令呪をもって命じる! セイバー! 宝具でアーチャーを討て!!)

 

 切嗣がパスを通じ、セイバーに令呪の力を注ぎ込んだところで決定打にはなりえない。

 

 だが、判断の速さは称賛するべきだろう。

 

 計画の破綻を察知するや否や、宝具の開帳(かいちょう)に踏み切るなど、凡百の魔術師にはできようもない。なにより令呪は魔法に準じる奇跡すら引き起こす。これほど近くにいるアーチャーに対して、ただ宝具を放つことだけを命じるならば、その言霊(ことだま)は預言にも等しい言葉になる。

 

 事実、セイバーの手にする不可視の剣が刹那の間に黄金の輝きを放ち始めていた。

 

 刀身を包み込んでいた【風王結界(インビジブル・エア)】は、聖剣から放たれる爆発的な魔力によって吹き飛ばされてしまう。

 

 その剣の名は【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】。

 

 史実においては実在せず、伝承においても名が出るのは後世のこと。

 だが神秘とは不条理なるもの。幻想とは不合理なるもの。

 現在から見て未来が不確定なように、現在から見た過去は不確定。

 されど不確定なる未来を現在から定める運命(ぜつぼう)があるように、相互に矛盾する神話伝承で語られる過去を現在から定める幻想(きぼう)もある。

 

約束された(エクス)──」

 

 セイバーは聖剣を振り上げると共に、星々の輝きを放つべく真名を解放しようとした。

 だが、その幻想(きぼう)不条理(れいじゅ)が砕いた。

 

 セイバーの魔力の変化が生じた瞬間、ギルは囁くように、こうつぶやいたのだ。

 

「バーサーカー、守れ。ランサー、守れ」

 

 配置は事前に決められていた。バーサーカーは前、ランサーは後ろ、距離を置いてアサコ、メディアは洋館で待機しつつ大聖杯の挙動を監視、という形だ。

 

 バーサーカーは対峙する可能性の高いセイバー対策。

 ランサーは後方から銃撃などに頼るであろう切嗣を警戒。

 アサコは切嗣の攻撃への対処をランサーに任せ、切嗣自身を押さえに行く係。

 メディアは司令塔。実はこのタイミングで、切嗣が仕込んだKGB崩れの荒くれものたちの襲撃を受けていたが、大要塞の域にある洋館を相手にどうこうできるわけがなく、メディアは特に、そのあたりをギルへと報告していなかった。

 

 なお、戦場にも等しい武器弾薬が投じられ、後日、誤魔化しのために少し苦労するハメに陥ったものの、結果的に陽動作戦は敷地を隔てる壁に煤をつける程度のことしかできなかったというのだから、【偉大なる神々の家(バビロン)】の守りは正しく大要塞そのものだった。このあたりは切嗣が過小評価していたというより、【偉大なる神々の家(バビロン)】とメディアの組み合わせが理不尽すぎたとみるべきだろう。

 

 いずれにせよ。

 

 慢心の欠片もないギルを相手に、慢心を期待した賭けに出るしなかったという時点で、セイバー組の敗北はすでに決していたと言える。

 

 だが、ギルたちにも“サーヴァントを一騎たりとも落とさない”という大目標と、“小聖杯の確保”と“召喚されたアヴェンジャーを暴走させてはならない”という小目標があったため、その優位性は紙一重だった部分も多かった。

 

 セイバーとバーサーカーの対決が、まさにそうだ。

 

 ギルが令呪を込めたキーワードをつぶやいた直後、彼の前には、霊体化していた黒騎士が姿を現し、セイバーの目からギルの姿を隠した。

 

 直後、バーサーカーの漆黒の甲冑がはじかれるように外れ、消えてしまう。

 

 素顔をさらした彼は光り輝きながらも湖面のような色合いをたたえる剣を振り上げ、セイバーを迎撃しようとする。

 

 セイバーは相手の顔を見て──ほんの一瞬だったが、驚いてしまった。

 ランスロットだった。

 己のせいで不義を働かざるをえなくさせてしまった、高潔なる理想の騎士だった。

 

 その小さな驚きは、致命的なまでに、セイバーから先手というアドバンテージを削り取ってしまう。そうなるとあとは自力の勝負──いや、令呪の数が違う。一画でも魔法に準じた奇跡を生み出すのだ。それを三画用いられたランスロットに、一画しか用いられていないセイバーがかなうわけもない。

 

 それでも。セイバーは騎士王であり、バーサーカーは湖の騎士だった。

 

 その差は、極めて大きい。

 

 セイバーが振るうのは【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】。人ではなく、星により鍛えられた神造兵器にして、人々の“こうあって欲しい”という願いの結晶。死せる王の伝承により救世主としての逸話すら宿した奇跡のひと欠片にして、遥かなる未来、鋼の大地と成り果てた先においても輝き続ける正真正銘の“最強の幻想(ラスト・ファンタズム)”。

 

 対するバーサーカーが振るうのは【無毀なる湖光(アロンダイト)】。【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】と起源を同じくする神造兵器だが、同朋だった騎士の親族を斬ったことから魔剣としての属性を得てしまった元聖剣だ。

 

 聖剣と魔剣。(まさ)るのは考えるまでもなく、聖剣だ。

 

 さらにクラス補正もある。ステータスでは同等でも、純然たるセイバーである騎士王と、バーサーカーでありつつも【狂化】を捨てた湖の騎士とでは、やはりぎりぎりのところで、純粋な座のままでいるセイバーが上を行く。

 

 すなわち、どうなるかといえば。

 

「──勝利の剣(カリバー)】!」

 

 放たれる星々の極光。

 対する【狂化】を捨てたがゆえに放てる至高の騎士の一撃。

 

「【縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)】ッ!」

 

 振り下ろされた鋭剣は、身の丈を越える極光を切り裂いた。

 完全に、ではない。

 極光を切り裂くと共にバーサーカーの体を覆う鎧と衣服が弾け、両腕が焼け落ちた。

 

 トッと軽い音を立てて【無毀なる湖光(アロンダイト)】が地に落ちる。

 

 “最強の幻想(ラスト・ファンタズム)”を切り裂いたというのに、その刃にはヒビも無ければ曇りもない。まさしく無毀(むき)(こわ)せぬ刃は己の役目を全うしたのだ。

 

「……ようやく」

 

 バーサーカーはつぶやく。

 

「お叱りを……受けられ……ました…………」

 

 そうつぶやくバーサーカーを、セイバーは顔をしかめ──それでも翡翠のような瞳に困惑の色を浮かべたまま、見据えることしかできなかった。

 

 ……時間を、少しだけ戻そう。

 

 ギルの斜め後ろ──いや、ほぼ横に近い覚悟──の森林に隠れていた切嗣と舞弥は、コンマ数秒の違いこそあったが、ほぼ同時に、共に離れた場所からギルの背に向けて“斬首刑宣言(ポア・ド・ジャスティス)”の礼装魔弾を放っていた。

 

 必勝の魔弾。それも二方向からの同時狙撃。

 

 ここに至れるかどうかが最大の賭けだった。そして、ひとたび放ってしまえば恐怖政治(ラ・テロル)の狂気が王族を逃さない。だからこそ切嗣は勝利を確信した。

 

(──勝った!)

 

 だがすでに、彼の勝機は霧散していたのだ。

 

 令呪三画をもってギルの背後に姿を現したのは、霊体化していたランサーだった。まるで猛禽が翼を広げるかのように赤と黄の魔槍を構えたランサーは、魔法に準じる奇跡すら成し遂げてしまう令呪の、それも三画の後押しを受け、視認不可能な速度で迫る二発の魔弾に立ち向かった。

 

 ランサーは三大騎士クラスにして最速のサーヴァント。

 そのうえ令呪三画の後押しを受けている。

 おまけに彼は円卓の騎士の原型、フィアナ騎士団における最強の戦士だ。

 しかも彼の宝具は、“斬首刑宣言”殺しとでもいうべき魔術破りの霊槍だった。

 

「──【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】」

 

 真名を囁くことに意味はない。だが魔術破りの槍は、その権能を最大限に発揮した。

 

 刹那の三閃。

 

 コンマ数秒の時間差攻撃を、ランサーは最初の一挙動で二槍により迎撃する。いかに伝説を模した魔弾であろうとも、魔法に準じる令呪の言霊にはかなわない。あっけなく黄の槍により一発がはじかれ、ほぼ同時に赤の槍によりもう一発の魔弾そのものが破壊される。

 

 はじかれた魔弾は、なおも伝説をなぞろうと物理的にありえない軌道を描くが、【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】による返しの一閃でこちらも粉微塵に砕かれた。

 

 いかに必中の魔弾であろうとも、“斬首刑宣言”は宝具ではなく魔術礼装。【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】に砕かれてしまっては、破片に神秘が残り続けることなどできない。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが自ら召喚したランサーについての情報を一切洩らさなかった──ゆえに切嗣たちは知らなかったのだ。此度のランサーが破魔の槍を持つフィアナ騎士団の筆頭騎士であることを。

 

 そして。

 

 切嗣と舞弥がそれらの事実を認識するよりも早く──二人の意識はふっと途絶えた。

 

 二人の後頭部にはそれぞれ、一本の針が突き立っている。

 為したのは白骨の仮面を被る女暗殺者──アサシン。

 ひとりではない。

 切嗣の周囲には三人、舞弥の周囲には二人、同じ姿のアサシンが姿を現している。

 

 彼女たちは無言のまま切嗣と舞弥の武装解除を開始。

 ほどなくして切嗣のもとに別のアサシンが姿を現す。

 手にしているのは実用性皆無の奇妙な形をした短剣だ。彼女はそれで、令呪が刻まれている切嗣の腕を軽き切った。刹那、令呪がかすむように消えていく。

 

 パスの消失──それを悟ったセイバーが驚愕のあまり、目を見開く。

 それを見たギルは、ふっ、と笑いつつ、視線をバーサーカーの背に向けた。

 

 両腕を失い、満身創痍に陥ったバーサーカーは、崩れるように膝をついていた。

 

「見事だ。ランスロット卿。悔恨(かいこん)と誉れをもって、先に逝くことを許したいところだが……そういうわけにもいかん」

 

 彼は右手をバーサーカーの背に向けた。

 

「令呪三画をもってバーサーカーに命ずる。傷を癒せ」

 

 さらなる令呪の行使──莫大な魔力がギルからバーサーカーへと流れ込んでいく。かと思うと、失われたはずの両腕が光の粒子と共にもとへと戻っていった。傷ついた鎧も、衣服も、なにもかもが元通りになっていく。

 

 その様子をセイバーは呆気にとられたまま、見守るしかなかった。

 

 圧倒的すぎる。こちらとむこうの戦力比は、幾たびの綱渡り程度でどうにかなるものではない。そのことを今更のように思い知らされたのだ。

 

「……ふむ」

 

 ギルは周囲を見回し、気落ちした様子で吐息を洩らした。

 

「あと三つ、四つは奥の手があると思っていたんだが……」

「これでは呼ばれ損ではないか」

 

 不意に頭上から雄々しい声がとどろく。ハッとなったセイバーが顔をあげると、そこには見事な猛牛二頭に轢かれた神々しい牽引戦車(チャリオット)が宙に浮かんでいた。稲妻を踏みしめるように空中に浮かんでいる猛牛の戦車には、筋骨たくましい王者の気風を漂わせる男性の姿があった。

 

「誰が出てこいといった、ライダー」

「だが終わったのだろ?」

「まだだ。アヴェンジャーが暴走するやもしれん。その時は貴様の軍勢で……んっ?」

 

 隣へと戦車が降りてきたところで、ギルはようやく、ライダー以外の搭乗者がいることに気が付いた。

 

 ひとりはどことなく造り物めいた印象が強い銀髪の少年。もうひとりは、顔立ちこそセイバーに似ているが、彼女をより女性的かつ柔らかくした甲冑姿の少女だった。

 

(まさか……)

 

 嫌な予感を覚えつつも、ギルは念のため、ライダーに確認してみた。

 

「ライダー。荷物は館においてこいといっておいたはずだが?」

「余のマスターならおいてきたぞ。こやつらは別口だ」

「そうか。だが、後にしろ。今はとりあえず──」

 

 ギルは視線をセイバーとアイリスフィールへと向ける。

 

「──アインツベルン、ならびにセイバー。状況は見ての通りだ。

 降伏しろ。貴様らには、万に一つの勝ち目もない。

 奇跡が起ころうとも、それすら踏みにじるだけの用意が、こちらにはある」

 

 第四次聖杯戦争、唯一の戦いは、英雄王のその言葉によって終わりを告げることになるのであった。

 

>>SIDE END

 

 

 

 

 

>>SIDE ギル

 

 セイバー組は敗北を認めた。決定打は翌日から始めた原作鑑賞会だ。具体的には、アイリスフィールの体調の問題もあっため、1週間かけて『Fate/Zero』、『Fate/stay night Re'alta Nua』のセイバールートを見せたことが決定打となった形だ。。

 

 結果は、いろいろな意味で撃沈した切嗣とセイバー。

 アイリスフィールだけはイリヤの末路に号泣した。

 

「まー、そういうわけで観測次元の魂も宿してる俺が介入しなかった場合、こういう未来が待ち受けていた可能性が高いってことだ。結果的にセイバーから愛しの士郎を奪ったことは謝罪するが──」

「いや。もういい。もう、いい」

 

 しばらく撃沈していたセイバーだったが、妙にすっきりした顔で俺を見返してくる。

 

「私の負けだ。今更、それを否定する気も失せた。貴殿との契約、受け入れよう」

 

 とりあえず神酒で存在を維持していたセイバーは、俺との再契約を受け入れてくれた。

 

 ちなみに冬木市到来まで間、セイバーは弱体化した状態で準備が整うまで眠らされ続けていたからしい。再び目を覚ましたのは一昨日のことで、大勢のホムンクルスから魔力を流し込まれることで三日間だけフルポテンシャルを発揮できる状態にした上で乗り込んできたのだとか……

 

 それってちょっと、脳筋すぎないか? いや、よくよく考えてみると『Fate/Zero』では魔術師殺しをマスターにして最優のセイバーを召喚、『Fate/ stay night』では自らを生み出した最高のマスターに大英雄ヘラクレスをバーサーカーとして召喚させたアインツベルン家だ。錬金術の大家かもしれないが、こう……いろいろと脳筋な一族なのかもしれない。

 

「アーチャー」

 

 と、こちらも憑き物がおちたような顔になった切嗣が相談をもちかけてきた。

 

「娘を救いたい。手を貸してくれ」

「代価は?」

「……僕個人で支払えるものであれば、なんであろうとも」

「じゃあ、この館の管理を任せる。あー、あと鞘を貰う。あれは(オレ)が所蔵するにふさわしい宝だ」

「その程度でよいなら、いくらでも」

 

 その後、俺は【天翔る王の御座(ヴィマーナ)】を取り出し、メディアによる認識阻害を展開した上で、俺、メディア、アサコ、ディム、セイバー、切嗣という錚々(そうそう)たる面子でヨーロッパのアインツベルン家を強襲した。

 

 切嗣情報でアインツベルン家のサーヴァント対策を熟知していた俺たちは、速攻で当主を殺さないまでもぼこり、封印処置を受けようとしていたイリヤスフィールとセラとリーゼリットを救出。そのまま無事、冬木市へと戻ってきた。

 

 さらに【王の財宝】の材料を使いまくったメディア謹製の素体に彼女たちの魂を移動。アイリ、イリヤ、セラ、リーゼットはほぼ人間の状態になり──ついでに最後の仕上げに必要な小聖杯も確保することになった。

 

「じゃ、あとは……こいつか」

 

 問題は洋館の地下室につなぎとめることにした八番目のサーヴァントについてだ。

 なんと言えばいいのか。

 アイリが呼び出したアヴェンジャーは、どうやら【無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)】の黒い獣の状態だったのだ。知性を持たない獣であり、全ての光を吸収するため立体的には見えず、さらには一定の形を持たないキマイラそのものという想像以上のイレギュラー状態で顕現してしまったらしい。

 今は支配権を俺が握っており、メディアの霊薬で眠らされているところだ。

 

「ギル。この子、どうするつもり?」

「まー、あれだ。聖杯で返そうと思う」

「……聖杯で? 聖杯に、じゃないの?」

「セイバーも戻りたがっている。ランスロットとセイバーの魂だけでも、小聖杯は起動できるんじゃないかと思うんだが……どう思う?」

「不足を何かで補う必要があるわ。何か方法は?」

「令呪で強化して戻す」

「……令呪で?」

「もう6画ぐらい、なくとも平気だと思わないか?」

「ふふ。そうね」

 

 そんなこんなで、まずはアイリスフィールとイリヤスフィールの抜け殻となった体から小聖杯を摘出。これをメディアが時間をかけ、丁寧に加工し、白骨の小聖杯を作り上げる方針が固められた。

 

 その間、俺は聖杯戦争終結と共に魔術協会や聖堂教会から狙われる可能性を考え、いつでも逃げ出せるように売却できる資産は売却、購入できる現代的な物資を際限なく購入していった。

 

 ついでに双子館の所有権を衛宮一家──アイリとイリヤは正式に衛宮アイリスフィールと衛宮イリヤスフィールになり、久宇舞弥はアイリの義妹という形で衛宮舞弥という第二夫人の座についている──に譲渡。さらに、とある少年の保護を依頼し、家族会議の末にこれを受け入れてもらった。

 

 保護された少年の名は多々良士郎(たたら・しろう)

 

 詳しい背景は省くが、彼の体内から鋏、フォーク、ナイフ、カッターの刃のみなどが取り除いても、取り除いでも出てくるという怪奇現象を発症している少年だ。そのせいで事実上、家族から見捨てられ、施設でも対応に苦慮しているところだったのだという。

 

 どう考えても後の衛宮士郎(えみや・しろう)だとしか思えない。たまたま時臣から彼の話を聞いた俺は、熟考の末、衛宮一家にも話をつけ、問題の少年を衛宮家で引き取ってもらうことしたのだ。

 

 引き取る際に戸籍もつくりかえ、彼は衛宮士郎になった。

 

 ただ発症中の痛みや家族に見捨てられたトラウマがあまりにも深かったため、メディアに魔術で記憶を消してもらうことにもなった。はたしてそれが良かったのかどうか……なにが正解だったのか、俺には判断がつかなかった。

 

 まぁ、衛宮家にはアイリの妹として戸籍を得た衛宮セラと衛宮リーゼリットもいるため家事万能な原作の衛宮士郎にはならない可能性が高い──と思った当時の俺は、まだ世界の修正力(?)を甘く見ていたわけだが。

 

 いずれにせよ。

 

「出来たわ」

 

 検証と調整を慎重に繰り返したメディアが小聖杯の完成を宣言したのは、最後の戦いから三年も経ってからのことだった。

 

>>SIDE END

 

 

 

>>SIDE OTHER

 

 母に似て楽天的なイリヤと原作のように不器用だが真面目でしっかり者の士郎をセラとリズに任せたギルたちは、すべてを終わらせるべく、円蔵山の地下空洞にある大聖杯のもとへと向かった。

 

 待ち構えていたのは眠らせたまま数日前に移動させていたアヴェンジャー、遠坂時臣と言峰璃正、さらにはわざわざ英国から結末を見ようと訪れていたケイネス・エルメロイ・アーチボルトという1体と3人だった。

 

 ちなみに双子館には妻のソラウと、今年で三歳と一歳になる子供2人もいる。無論、さすがにこの場には連れてきていない。ケイネスは遠坂家経由で魔術協会と話すことがあったため、ギルたちより先に館から出発していたのでここで合流したという感じだ。

 

「待たせたな」と、ギルが告げた。

 

「いえ──」

 

 と時臣が謙遜の言葉を口にしようとするが、

 

「まったくだ。さっさと始めてくれ」

 

 などとケイネスが言葉を重ねるものだから、自然と二人は軽くにらみ合っていた。

 小さな笑いが起こる。

 

「まぁまぁ、二人とも」

 

 以前より老いが目立ちだした言峰璃正が割って入った。

 

「アーチャー。教会からの立会人として私が、魔術協会からの立会人としてサー・アーチボルトが、そして冬木市の管理人として遠坂くんが今回の儀式に立ち合います」

 

「承知した。そういえば、綺礼はどうしてる。まだイタリアか?」

「いえ、娘と任務についているとか。仲良くやっているようです」

 

 言葉だけ聞けばほほえましいが、綺礼の娘だという言峰華怜は、おそらく原作で言うところの『Fate/hollow ataraxia』に登場するカレン・オルテンシアのことだろうとギルは推測していた。つまり、『フェイト/タイガーころしあむ アッパー』で描かれたような、どうしようもない親子関係が成立しているものと推測できる。

 

「仲良く……ねぇ」

 

 自然とギルの頬がひきつるのは、原作を知悉しているがゆえのものだった。

 

「ああ、そうだ。アーチャー、キャスター」

 

 とケイネスが声をあげる。

 

「ここに来る前、ロンドンの我が家に“戦車男”から手紙が届いたそうだ。なんでもブラジルでナチの残党と黄金を巡り争っているところらしい」

 

 なにをやっているのだろう、あの主従は。

 

「つまり……相変わらず、か」

「そうだ。相変わらずだ」

 

 微妙な沈黙が舞い降りたのは、ある意味、仕方のないところかもしれない。なにしろあの主従、東南アジアで(いびつ)な聖杯を手に入れてしまい、その結果として冬木の大聖杯から切り離されてしまっているのだ。

 

 さらにウェイバーは、“歪な聖杯”のチカラによって【王の軍勢】の一部を個別召喚できるようになり、今では魔術協会から封印指定を受ける世界屈指の降霊術師という謎の評価を受けていたりする。

 

 ついでに英霊たる征服王イスカンダルに愛されてしまったがゆえに、見た目は以前と何ひとつ変わっていないとか。むしろ中性化が進んでおり、個別召喚した【王の軍勢】の英傑たちにも可愛がられている始末……

 

 彼らのことはそっとしておこう。というのが、聖杯戦争関係者の総意だという時点で、いろいろと察するべきところかもしれない。

 

「……まぁ、それはそれとして、だ」

 

 ギルは腕を組みつつ、本題を切り出した。

 

「ようやく準備も整い、星辰も良い頃合いだ。今日この時をもって、小聖杯を起動し、第四次聖杯戦争を本当の意味で終わらせる」

 

 彼の宣言で大洞窟の空気が一気に引き締まった。

 

「まず──セイバー。本当にいいんだな?」

「むしろ今日まで世話になった。感謝する」

 

 私服姿だったセイバーは、そう告げつつギルの前へと歩み出ていった。その数歩で全身が輝き、青い衣に輝ける甲冑を身に着けた騎士王の姿へと変貌している。

 

「迷いが晴れたわけではない。聖杯への願いも……理性では納得しているが、感情ではまだ、だ。おそらく私は、これからも英霊として苦難の道を歩む。私自身が本当の意味で納得するその時まで、その道程を後悔するつもりはない。だが……英雄王。アーサー・ペンドラゴンとして……また、アルトリアとして、深く感謝する」

 

 セイバーはギルの前で目礼する。王たるセイバーにできる精一杯の感謝だった。

 

 見ればその傍らにはランスロットが膝をついて控えている。

 

 

「不器用なやつらめ」

 

 ギルは苦笑すると、自らも黄金獅子の外套に黄金甲冑を身にまとう姿になる。

 続くように、他のサーヴァントたちも装いを変えていった。

 深紫の魔女の姿に戻るメディア。

 二槍の騎士の姿になるディム。

 白骨の仮面を被るアサコ。

 これを受け、スーツ姿の切嗣、アイリ、舞弥が見届け人たちのもとへと向かった。

 

 儀式が、始まるのだ。

 

「ウルクの王、ギルガメッシュが令呪の6画をもって命じる。アーサー王よ、その忠実なる騎士、ランスロットよ。セイバーとバーサーカーの座を離れ聖杯に戻り、新たなる戦いに旅立て」

 

 刹那、ギルの甲冑の下、左腕に刻まれた令呪の6画が輝き、神秘の力を解き放った。

 セイバーが告げる。

 

「さらばだ、英雄王」

「元気に死んでこい、はらぺこライオン」

 

 続けてランスロットが告げる。

 

「陛下の慈悲に深く感謝いたします」

「そう思うなら次は(オレ)に従え」

 

 セイバーとランスロットの姿が光の粒子となって消え去り、メディアが両手で持つ白骨の小聖杯へと光そのものが注ぎ込まれていく。

 

「メディア。足りるか?」

「…………」

 

 メディアは険し気な顔立ちで首を横に振った。

 

「……そうか」

 

 計算ではギリギリ足りるはずだったが……やはり令呪を全部使うつもりでいくべきだったか? いや、令呪は3画以上となると使ったところで大して意味がないことがわかっているのだが……

 

「ランサー」

「はっ」

「残念だ」

「過分なお言葉です」

 

 俺の後ろに控えていたランサーが嬉し気に、そう応えてきた。

 

「もとよりこの身は忠節の完遂を望んだがゆえにあるもの。ケイネス殿への不義理こそ悔いておりますが、陛下の騎士として()れた日々は、かつてにも勝る黄金の歳月であったと、胸を張って同胞(はらから)に宣言できます」

 

 その言葉は、俺の胸に熱い物をにじませてきた。

 

「フィオナ騎士団こそ“伝説の騎士団”の原典。その筆頭騎士に、そこまで言わせるほどの主君だったと、自惚れてしまってもかまわぬわけか」

「然り」

 

 そうか。俺は、おまえの良き主君であれたのか。

 

「アサコ、後は任せた。

 メディア様、どうぞ末永くお幸せに」

 

 俺の見えないところでランサーが二人に別れを告げていた。

 ……では、やろう。

 足りなければ、こうすることを最初から決めていたのだから。

 

「ウルクの王、ギルガメッシュが令呪の6画をもって命じる。我が騎士、我が友、ディルムッド・オディナよ、ランサーの座を離れ、聖杯に戻り、新たなる戦いに旅立て」

「御意ッ」

「……じゃあな」

「……お元気で」

 

 俺の背後からメディアの持つ杯へと、光の粒子が舞い散るように流れていった。その全てが器に注がれた瞬間、小聖杯は影を生まぬ霊的な輝きを放ち始める。

 

 満ちたのだ。ようやく。

 

「……始めるわ」

「任せる」

 

 ギルの言葉を受け、メディアは神代の言葉をつぶやき始める。その一言一言すべてが大呪文に匹敵するという神言を重ねることで聖杯戦争という大儀式を制御し始めたのだ。

 

 直後、大聖杯に光の柱が立ち上る。

 その光景は、光の神殿が生み出されたかのようだった。

 

 メディアの詠唱が力を増し、ついには手にしてた小聖杯がひとりでに宙に浮かぶ。

 

「──!」

 

 彼女は何かを力強く宣言した。

 小聖杯が強く輝き、大洞窟を埋め尽くすような光の洪水が生み出された。

 そんな中、何かが大聖杯の直上に姿を現す。

 

 聖杯だ。

 

 いや、万能の願望器と呼ばれる概念。形を持たず、見えず、触れず、そうでありながらもそこにあることが五感以外の感覚で誰にでもはっきりとわかってしまう超常の事象が顔をのぞかせた瞬間だった。

 

(──ギル、願いを!)

 

 メディアの念話が驚いていたギルの理性を叩き起こした。

 

「ギルガメッシュの名において聖杯に奉じる! 我こそは此度の聖杯戦争の勝者! 最後に残りしただひとりのマスター! 勝者として聖杯に求め訴える! 聖杯よ! アヴェンジャーとして顕現せしめたる“この世全ての悪(アンリ・マンユ)”に安息をもたらせ! 安らかなる黄泉の眠りを! 真の死を! 苦痛からの解放を!!」

 

 聖杯が震えた。

 

 そこから起きたことは、英霊たちですら把握できない世界の改変だった。

 アヴェンジャーが変質した。

 忽然と、その存在のありようが別のものに変わってしまったのだ。まるで、瞬きをしてみたら魚が空を飛び、鳥が豚と化していたかのような、突然の、理解不能な変化だった。

 

「──」

 

 不定形の獣のまま、アヴェンジャーがのそりと体を起こす。

 そして、顔をギルへと向けた。

 ぬちゃりと生まれた口から吐き出されたのは、不協和音だらけの不快な響きだ。

 

「偽善者め。……これで、満足か」

 

 ギルは不敵に笑った。

 

「成仏しろよ」

 

 彼の言葉に一瞬だけ間抜けな感じで口を開いたアヴェンジャーは、にやり、と笑うと、その存在を霧散させ、この世から消えていった。“この世全ての悪”という概念から解放され、この世界における過去・現在・未来の全てにおいて死という安息を得ることができたのだ。

 

(これでようやくひと段落──)

 

 と、ギルが思った直後のことだ。

 

 聖杯が蠢動した。アヴェンジャーというサーヴァントが純化されながら死を迎えたことで、アヴェンジャーの分の純粋なるマナが小聖杯に注ぎ込まれ、それが大聖杯にも流れ込んでしまったせいだ。

 

(なっ──!?)

(ギル!?)

(マスター!)

 

 ギルが、メディアが、アサコが、自らの存在そのものが聖杯に強く引かれていることに気が付き、戸惑いの思念を響かせた。その直後、豪風の如きの事象の変化が発生した。

 

 聖杯が揺らぐ。

 ギルが見たのは虹色の回廊だった。

 その彼方には──

 

>>SIDE END




という感じで別の物語になだれ込む……というものを妄想していたのですが、どうにもうまく書きあがらないので、この話はここまで。

最期までお読みいただき、ありがとうございました。

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