多分エタらない、と思い込んでいたが、他の作品の更新が忙しくて、存外そんな事はなかったぜ、という作品。
黒歴史量産的なものがあります……。
感じていた。
私が今抱いている温もりから体温が消えつつあるのを。
私は泣きじゃくる赤子のように呼びかけ続ける。
けれど答えは返つてこず、代わりに手を握られる。
弱々しく、柔らかな手が。
視界が滲む。
暗がりの洞窟の中でもはつきりと見えるはずの目が、見えなくなつてゐる。
それで嫌でも理解できた。
いま私は失おうとしてゐることに。
唯一にして無二の道標を、導を。
あぁ、それはなんたる悲劇であろうか。
馬鹿げてゐる。
ありえてはいけない。
けれども、それが厳然たる事実であるのだ。
いやがおうでも覆せない。
手を強く強く握り締める。
閉じつつある目に、しつかりしろと爪を立てる。
それでも、彼女は目を閉じてしまう。
もう、開かれることはない。
目の前が暗くなる。
それは世界が閉ざされた感覚。
無性に、叫びたくなりそうになつた。
これが悲しみかと、私は唐突に理解する。
損失感が理解させたのだ。
孤児にでもなつた気分になる。
「――母様」
どうにも蒸し暑い。
森近霖之助は自身の店である香霖堂で、そう感じていた。
季節のせいか、それとも店内の構造のせいなのか。
あぁ、どちらもかと霖之助は一人で結論を下し、勝手に納得をする。
ごちゃごちゃとした店の中。
ある種の秩序はあるが、完全に物が入り乱れてしまっている。
見た目からして、暑さを誘発していると言っても過言ではなかった。
今更、それを変えようとも思わない。
霖之助は、そんな無駄な男らしさを持ち合わせていた。
代わりに思うのは、別のこと。
それは、完全なる妖怪になれば、暑さや寒さを超えることができるらしいということだ。
暑さ寒さを超越するために妖怪になりますか、と聞かれれば、霖之助は頷きかねない。
が幸いなことに、霖之助は生憎と半妖である。
半妖とは即ち。
人間と妖怪の血を、半分ずつに受け取った者。
人間でもあり、妖怪でもある。
人間でもないし、妖怪でもない。
それが半妖と呼ばれるものの実態である。
それ以上になりたいとも思わないし、人間になりたいとも別段思わない。
だから特に霖之助は気にしたことはなかったが、こうまで暑いと話は別だ。
妖怪の方が、面倒くささが無くて良いのでは?
そう考えるほどに夏は忌々しかった。
うちわを取り出して、霖之助は自分を無言で扇ぎ始める。
これは近いうちにあの河童共が開発した、扇風機なるものを買い込んだほうが良いのかもしれない。
ゼンマイ式で中々の不便さを誇っているらしいが、無いよりかはマシだろう。
などと、夏の禍に霖之助は苦しんでいた。
そんな時である。
入口から誰かが入ってきた。
見知らぬ誰かで、初めての客である。
「いらっしゃい」
何時も通りの挨拶。
霖之助は、常連だろうがご新規だろうが態度は変わらない。
単に無愛想なだけとも言えるが。
「はい、いらっしゃいました」
ただ、入ってきた客も大概とんちきな相手だったようだ。
黒髪を長く伸ばしていて、身に纏っているのは色褪せた着物。
けれど整頓された少女の表情に浮かんでいるのは、大いなる興味であった。
妙な返答に霖之助が面食らっていると、彼女は辺りをキョロキョロと見回し興味深そうにしている。
この古道具屋である香霖堂は、幻想郷で唯一外の世界のものを扱っているから、余程珍しく見えるのかもしれない。
尤も、霖之助でさえどこで何が埋もれているのかなど、大体でしか把握してないのであるが。
「店主さん、これは何でしょうか?」
そう言って彼女は、乱雑に陳列されている中から一つ、大きな物を取り出して霖之助の前に差し出す。
やたらとニコニコしている彼女に、霖之助も嫌とは言えず目の前に出された道具を能力で視る。
すると、霖之助の目から入った情報が頭に伝達され、これ即ち答えへと繋がる。
「これはバトルドームという遊具だね。
超エキサイティング! シュゥゥゥゥトッ! と絶叫しながら玉を弾いてゴールに入れれば良いらしいよ」
「……よく、分かりません」
困惑した彼女に、そうだろうなと霖之助も同意する。
彼の能力は『道具の名前と用途が分かる程度の能力』である。
その能力を活かして、こうして外の世界の道具を売っている、のであるが。
こうして、割と意味不明な道具にぶち当たることが多い。
だから霖之助はそれを考えるのを趣味としているきらいがあるのだが、今回のは流石に食指はそそられなかったらしい。
そっと元の場所に戻す霖之助の姿から、それは何よりも分かる。
「君は、何を買い求めて来たんだい?」
代わりに、誤魔化すように霖之助はそんな事を聞いた。
普段はしないような質問であるが、珍しくもご新規の客とあって訊ねてしまったのだ。
すると彼女は、少し微笑んでこう言った。
「今は、自分探しの途中なんです」
「ほぅ」
自分の店に来たのとどう関係が? と思ったが、無粋なので口は閉ざしたまま静かに聞き続ける。
声音に、少しばかりの悲しみが交じるのを霖之助は感じた気がした。
「大事なモノを無くしてしまって、これからどうしようかと考えていたんです。
特にしたい事なんて考えてもいませんでしたし、これからの指針をどうするのかもトンと考えつかない。
これから探していく段階なのです」
ふむ、と霖之助は頷く。
それを見て、少女は更に饒舌になって語る。
「これからどうしようかと考えて、フラフラしていた時にたどり着いたのがこのお店だったのです。
何だか惹きつけられるものがあって、妙な気配がしたので来てみれば、ここは!」
少女が周りを見渡す。
そこには、正に散乱とした有様の店内の様子が。
けれども、何故だか楽しそうな少女はこう言ったのだ。
「魔界と見間違うほどの混沌。
しかも全てが不思議なものと来ています。
妙な気配がしたのも頷ける訳です」
何げに散々な物言いであるが、霖之助も自覚はしているので特別反論などはしない。
それに、どうやら何か目的があってこの店に来た訳では無かったようでもある。
だが、妙な気配というのも気になるし、後で掃除くらいはしておくかと霖之助に決意させることには成功していた。
「それで君は、ここで何か見つけられたかい?」
「いえ、特に何も」
色々あって楽しいですねぇ、と言いながらも、人生に関わる指標の様なものは全く見つけられないと切り捨てる少女。
まぁ、こんな店でそんなものを見つけられても困るのであるが。
霖之助はそんな益体のない事を考えつつ、世間話の体で彼女に質問を投げかける。
意外な事に、この珍妙な客が霖之助は気になっていたのだ。
「君は、一体どこから来たんだい?」
そう問いかけた理由。
それは霖之助が半妖であるから、辛うじて感じれたこと。
つまりは、目の前の少女は妖怪であるというとこ。
妖力を感じるから妖怪だという大雑把な理由ではあるが、それでも妖怪なことに変わりはないであろう。
すると少女は、指を指した。
方角的には、魔法の森と霧の湖の中間地点くらいを。
「あそこからです」
「漠然としているね」
「詳しくなんて、私も説明のしようがありませんから」
それもそうか、と霖之助は納得をする。
妖怪は自由にねぐらを決めて気ままに生活をしている故に、自分の家など感覚でしか覚えてないであろうから。
この少女も、妖怪らしくそこら辺は大雑把であったようだ。
「それで、買うものは決めたかい?」
少女に対してある程度の理解を終えた霖之助は、即座にそう訊ねた。
あったらあったで、無かったら無かったでどちらでも良いが、霖之助は取り敢えず聞いてみただけである。
少女は、未だに少し迷いながら視線を彷徨わせる。
その目が、ある一点で止まって。
「店主さん、これは何ですか?」
そう言って彼女が手に取ったのは、赤ちゃんをあやす為のガラガラ。
無縁塚は、本当に節操なく色々なものがあるのである。
「赤ん坊をあやす為のガラガラと呼ばれる物だよ。
振ると音が鳴る」
「なるほど」
彼女はひと振りして、そのガラガラを鳴らす。
すると、カランコロンという独特な音が鳴った。
彼女は面白がって、もうひと振りする。
鳴ったのは、あいも変わらず同じ音であったが。
「店主さん、これにします」
「分かった、お金は……持ってないよね」
「はい、お恥ずかしながら」
そう言いながら、彼女は懐から何かを取り出した。
目で視て分かったのは、それが折り畳まれた猪の毛皮であること。
どこか不安げに、少女は霖之助を見ていた。
「これでは、ダメでしょうか?」
これ以外は持ち合わせはないのですが。
そう言いつつ、ジッと霖之助を見てくる少女。
さて、どうしたものかと考える。
自分がこの毛皮を持っていても、何の意味はない。
買っていく客など、恐らくはいないであろうから。
だが、質も保管状態も悪くないので、里の霧雨の旦那あたりにでも売れば、それなりの値段を払ってくれるであろう。
そこまで考えて、霖之助は頷くことにした。
霊夢や魔理沙のように無法を働くなどはしていないし、この少女の方が幾分かましである事は明らかなことであるのだから。
「持って行きなさい」
そう告げると、少女は向日葵の咲いたような笑みを浮かべる。
幼いながらに、花を感じさせる笑みであった。
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げて、そして少女はこう続けた。
「私の名前は涼と申します。
今後とも宜しくお願いいたします!」
嬉しそうに、楽しそうにいう少女、涼。
霖之助はそれに少し首肯してから、自らも名乗りを上げた。
「僕の名前は森近霖之助。
しがない古道具屋をやっている」
それを聞いた少女は、霖之助の手を握ってブンブンと振り回す。
まるで尻尾を振る犬のようだと、霖之助は感じた。
それだけ、人懐っこさと安心感があったのだ。
「では店主さん、また来ますね!」
涼は手を離してから、そう告げた。
彼女にとって、名前を知っても霖之助は店主さんであったようだ。
「分かったよ、帰り道には気を付けなさい」
涼は無垢であったが故に、霖之助は珍しく仏心を出してそう言った。
それに涼は、もう一礼してから帰路についた。
ふらりと現れて、ふらりと去っていく。
妖怪ならよくあることであった。
「さて、静かになったね」
そう独りごちた霖之助。
それは、この場が思ったよりも静かになったから、つい言葉を発してしまっただけのこと。
一瞬、淋しいのか? とも思ったが、自分で直ぐに一笑に付す。
ただ、感じたことはあった。
「少しばかり、涼しくなったかな」
不思議と、先程までの暑さを感じる事はない。
意識するでもなく、霖之助は一つ溜息を吐く。
何故だか、少しひんやりした感覚があった。