ガチャガチャと食器の擦れる音が鳴る。
「いかがでしょうか?」
そう聞かれると男はこう答えるしかなかった。
「うまい」
その答えに満足気な笑顔を見せつつ盆で口を隠し、微かに笑う。
まずは一歩踏み出せたように咲耶は感じたのだ。
バツの悪そうに飯を掻き込む男を傍目に、自らも飯を口に運ぶ刑士郎。
一口分を咀嚼し、飲み込んだところで一つ、
「咲耶、少し腕が上がったか」
そう褒め称えるのだが、
「兄様、折角の夕餉の席です。
咲耶は皆で話をしとうございます。」
咲耶ににべもなく切り捨てられるのであった。
「おい」
目の前の男に話しかけてみる。
決して咲耶の目が笑ってないからとか、何時もよりも何故か恐怖を感じるとかそんな理由じゃ断じてない。
咲耶はもっとお淑やかだと、自分に言い聞かせる。
そんな刑士郎の内心を露とも知らずに男の急に動きを止め、箸と椀を置いて刑士郎の方へと顔を向けた。
その様子に億劫さを感じつつも、共通の話題を探し会話を試みる。
「飯は美味いか」
「……うまい」
旨いと答えてるはずなのに無味乾燥な答え。
思わず舌打ちしそうになるが堪え、会話を続けようと質問を続ける。
「具体的には」
そう聞くと男は珍妙な顔をしつつ、ポツリポツリと語りだす。
「……ひたし物に、汁がよく染み込んでいる。
……後は、酒がうまい」
「酒は関係ねえだろ」
思わず頭痛を患いそうに、いや精神的に頭痛を患ったような心境に陥る。
話をするようにと勧めた咲耶。
これはどうすればいい、と彼女に顔を向けると一つ頷き立ち上がる。
「少々お席を外さして頂きます」
そう言って、調理場へと姿を消した咲耶。
予期せず取り残された刑士郎であった。
しばらくしても戻ってくる気配はせず、新たな料理を用意しているであろう匂いを漂わせている。
そこに男が急に話しかけてきた。
「……どういうことだ」
男が何を言いたいのかが手に取るように分かる。
咲耶のことであろう。
何故、凶月の者が他人に大きく干渉するのか。
そんなところであろう。
「あいつが普通だからだ」
だから簡潔に告げた。
その言葉を聞き、男は黙りこんで再び思案を開始した。
普通である、男にとってはそれが異常であった。
あの、凶月がである。
ただ、認めたくないのかもしれない。
男は気付いていた。
刑士郎の言っていた普通の方向性の違いに。
彼女の普通は恐らく、誰もが掲げていた聞こえの良い形だけの物。
自身を輝かせるために使う言い訳とも呼べる絵空事。
他人との繋がりを本当に大切に思っている、相手のことを思いやること。
そんな常識をさも当然の如く振るっている少女。
ただある一点でのみ違いがあるとすれば、それは本気で実行しているかどうかなのだ。
(理不尽の権化だ)
男はそう思うしかなかった。
そんなこと昔ならどうでもいいと思っていたのに、何故か悔しく感じる。
どうしてコイツの方が人間らしいのだろうか、と。
咲耶のことを想い男はそう思う。
そして刑士郎、彼についても思うところがある。
妹の事を、どうしてそこまで信用出来るというのか。
身内といえど、そこまで純粋に見つめられることが出来るのか。
男は護衛や運び屋などを生業としている為、様々な人間を見てきた。
だがどいつもこいつも今、男が運んでいる奴らとは違った。
相手のことを気遣うのは上辺だけ、本当に自分に酔うことに余念のないような奴らばかりだった。
そして自分もそうであることを思い出し肩をすくめる毎日。
だから本当に不可解だ、この兄弟は。
それは自分にしか興味のなかった男が、初めて他人に興味を示した瞬間でもあった。
「……話を聞かせて欲しい」
考え込んでいた男が急に話をせがんで来た。
俺たちに関わる気などない、とさっきまで雰囲気を発していた。
そんな男の態度の変化に思わず眉をひそめてしまう刑士郎。
それを察したのか、男は今度は突飛な行動をとった。
「……頼む」
そう言い頭を下げる。
その様子に思わず目を向く刑士郎。
何故だか分からないが真剣に頭を下げる男。
その様子は必死さが滲みでており、師に教えを請う剣士の様にも見えた。
「何が聞きたい」
酒で口の箍が緩んでいたのかもしれない。
しかし、男が頭を下げたのだ。
それなりに応えてみようと思った。
「……おまえ、いや、貴方たちがどうやって今のあり方を手に入れたかを」
それに気怠げに頷き、酒を口に一つ含んでから刑士郎は語り始めた。
己の将のこと、刀を交え共に戦場にあった益荒男のこと、そして自らの妹のことを。
咲耶が酒のつまみを持って席に戻る。
「あらあら」
思わず笑みをこぼす咲耶。
そこには彼女の予測通り、いや、それ以上の光景があった。
「でだな、そこで覇吐っていうクソ野郎が俺の妹に……」
仲間のことを、刑士郎にしては珍しく饒舌気味に話していた。
この人は兄様の兄様の心に踏みこんだのか、それとも兄様が心を開いたのか。
自分たちの軌跡を語る様子は、かつての凶月の里での刑士郎を見るようで心が穏やかになるのを咲耶は感じた。
しかし、この語らいは日が昇るまで続くことになるとはこの時誰も予想などしていなかったのだが。
多分ここで力尽きました。
もうこれ以上は無理、と我ながら情けない理由。
キャラ達の行動に指針はあったのですが、世界観を表現しきれなかったのが書けなくなった要因か(遠い目)。